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崩壊する街中に、鈍く光る巨体が覗く。
「おお、怪獣だ!! これで変形ロボットがあれば浪漫だな」
「せやなあ。撃退士は3分間で片付ける縛りを入れよか、ミハさん」
「……俺は何故、この場へツッコミハリセンを持ってくるのを忘れたんだろうな」
はしゃぐミハイル・エッカート(
jb0544)とゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の後ろで、浪風 悠人(
ja3452)は遠い目をした。
「なんやて! ゆーはん、ツッコミの自覚たりないんとちゃうか!!」
「これ、緊急救出依頼だからな!!?」
「要救助者もいるみたいだし、ささっとやっつけようね!」
ガン ガン ガン
ツッコミ要員のツッコミアイテム不所持というトラブルへ、雪室 チルル(
ja0220)が特殊合金製のスコップでもって助け舟(物理)を出した。
これくらい、撃退士なら耐えられる痛くない痛くない(暗示)。
「通報者の『美馬 賢』は、たしか『セロシアの集い』に所属していたはず……。僕が連絡を取ってみます」
呻くゼロたちを華麗に放置して、天宮 佳槻(
jb1989)は通信機を手にした。
●
踏みにじられて、初めて立っていたことを知る。
草花は、踏まれても背を伸ばす。伸ばすから刈られると言われても、生えてくる。
――佳槻が遭遇した、昨春の事件。
セロシアの集い。『圧倒的弱者であると、自ら認めてしまってはいけない』という思想のもと集う人々。
『恒久の聖女』による洗脳工作でアウル覚醒者の暴動が多発した時期があり、それに抗う主張を打ち出した団体の一つだ。
罪を犯し服役中であるアウル覚醒者を兄に持つ賢が『セロシア』へ身を寄せている頃に起きた一件へ、佳槻は携わっている。
「――聞こえますか。久遠ヶ原学園からの救助部隊です。現在、そちらへ向かっています」
『あ、ありがとうございます』
少年の震えた声が、佳槻の耳へ飛び込んでくる。
事件当時、佳槻が賢と直接会話をしたことは無い。彼はこちらを知らないだろうけれど、救出作戦自体はしっかりと覚えているようだ。学園を信頼してくれているのだと、声からわかる。
「大まかな状況は伺っています。そこに、青山さんが居るんですね?」
『は、はい……』
「頭を打っていると聞きました。僕たちには専門的な医療知識がありませんので、本格的な救助隊の到着には少し時間が掛かります」
『…………はい』
淡々とした佳槻の声に、賢の対応も少しずつ落ち着いてくる。
「ですから、その間は青山さんを励ましてくれますか。呼びかけて、生きようとする意識を繋ぎとめておいてくれますか」
通話の向こう、息を呑む気配。
「それと、周囲の音や声で気がつく事はありませんか? どちらの方向にサーバントの姿があるとか、他の救助者の気配があるとか」
『……ッ、はい!』
泣いて掠れている少年の声が、佳槻からの『要請』を受けてシャキッとなる。
――自分にも、できることがある。
撃退士のように、敵へ立ち向かう力が無くても。
大人のように、知識や経験が無くても。
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撃退士たちはそれぞれ常時連絡を取れるようにして、作戦はスタートした。
「おーおー、やること一杯やなぁ。まぁキチッと仕事しますかね」
「敵が移動するだけで、瓦礫が崩れて危険そうですね……。他の救助者の何名かは、居場所も掴めましたが」
ゼロと佳槻が翼を顕現し、上空から様子を伺う。出来る限り早く敵を倒したいところだが、下手を打てば被害が広がってしまう。
「瓦礫の下敷きになっているという救助者を全て把握することは難しいかもしれんな。それなら『絶対に人が居ない場所』を選べばいい」
二人からの情報を受けながら、ミハイルは荒らされた結果として開けた場所が無いか尋ねた。
「そうね! まずは要救助者から引きはがして、安全を確保して誘導ね」
「……わかった…」
チルルが身の丈より巨大な剣を引き抜いて太陽に照らし、Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)は蒼い狙撃銃を構える。
サーバント対応班のタイミングに合わせ、悠人が後方へ控える救助隊員たちへ告げた。
「要救助者の位置は把握しました。救援ルートを割り出し次第連絡しますので、応援よろしくお願いします!」
(人命救助も俺の戦いだ。他にも助けを求めている人たちがいるというし、とにかく急ぐ!!)
悠人はボディペイントを施し、単身、瓦礫の合間を縫って全力移動で駆け抜ける!
●
「さぁて、トカゲの丸焼きの時間や」
建物が倒壊し、車が横転している市街地。どこに、助けを求める声が下敷きとなっているかわからない状況。
――ならば、『空』は?
ゼロは好戦的な笑みを浮かべると、ことさら強く翼を打ち付ける。
「地べた這いずり回っとらんと、コッチの相手もしてぇな!!」
大袈裟な宙返りからの急降下。真っ直ぐ伸ばした足が、シルバーリザードの眉間にヒットする!
リザードは咆哮し口を大きく開くも、空中のゼロを捉えるには至らない。
「……ッ、縛!!」
痛みにもがきながら、リザードは長大な尾を振るおうとする。その兆候を読み、佳槻は上空から背を越えて式神を飛ばした。
「ナイス、かっちゃん! そのまま縛りつけたってな!!」
式に束縛され、リザードが巨体を捩る。周辺の瓦礫が幾つか崩れるが、それだけだ。
「こっち側に空きスペースできたで、押し込め!!」
「……了解…」
「よぉっし!! みんな、行くわよ!」
敵の意識を引き付け続けるゼロが、地上を走る仲間たちを誘導する。
頭はゼロ、尾は佳槻が抑えきった。
今なら――
「大きい……ちょっと、静かにしてて…」
スピカの手にする狙撃銃がアウルの輝きを纏い、『破滅』を冠する剣・レーヴァテインを象る。
並走するチルルは、武器と両腕を一体化させるようにアウルの氷塊を生成し始めた。
「……ここだ!!」
ポイントを尾と胴体の付け根へ絞り、合図を出すのはミハイル。
三者がタイミングを合わせ、渾身の一打を繰り出す!!
――ズ、……ズ……
動いたのは、5,6mといったところだろうか。
何しろ質量のある対象だ。たった一人で仕掛けていたなら、ビクリともしなかったかもしれない。
「大きいし、被害もすごいけど……上はがら空き…?」
その場へ束縛したこともあり、ここからが本気の戦闘開始。
スピカは武器の疑似再現を解きながらリザードの背面へ回る。
「正面は、あたいに任せて!」
大剣を携え、チルルが正面へ。スピカは無言でうなずきを返し、翼を広げた。
「腹へ潜り込むのは、今は無理だな」
どこをどうみてもとにかく堅そうな表皮の敵を前に、腹部ならば……と考えていたミハイルだが、それは今ではないと切りかえる。
チルルをサポートするように、正面側へ。ここなら、仮に立ち上がった際にあらゆるパターンで対応できるだろう。
●
火災が起きていないのは、不幸中の幸いだ。
荒廃した市街地を、跳躍を交えながら駆ける悠人は顎を伝う汗をぬぐう。
「対サーバント部隊が動き出したよ。そちらの状況はどう?」
『化け物……離れて、行きます』
「良かった」
賢たちから遠ざけるようにサーバントを誘導する作戦は、きちんと成功している。
敵の移動は作戦なのだと伝えることで、状況がわからない少年を安心させる。
悠人は走りながらもできるだけ穏やかな声で会話を繋いでいた。
「見つけた!」
最後の瓦礫を飛び越えたところに、頬を涙で濡らした少年と、瓦礫の下敷きになっている青年がいた。
「もう大丈夫。連絡をくれてありがとう」
「た、たすけて、青山さんを助けて!!」
「任せろ」
(とはいったけど――)
瓦礫で圧迫されているから、ある程度止血されていると見るべきか?
下手に動かすよりは……
悠人は膝を着き、瓦礫を退かす前にヒールを掛ける。やわらかなアウルが、青山の身体を包み込んだ。
「――……う」
「青山さん!!」
「痛むと思います、少し待っていてください」
それから悠人は瓦礫を退かし、青山を救出した。
まだ意識は朦朧としているらしく、目はうつろで言葉も曖昧だ。
専門の救助部隊へ託すのが最善だろう。悠人は、これまで駆け抜けた道と戦闘が行われている方向から安全なルートを割り出して連絡を入れた。
そして。
「賢くん」
呼ばれ、少年が顔を上げる。
「俺はね……覚醒した時、厳しい躾に耐えきれずに父親を傷付けた経験があるんだ」
「…………」
賢の目が、大きく見開かれる。
「父も覚醒者だったから、その時は命に別状はなかった、けど……」
もしかしたら。
先を言わなくても、予想できる惨事を少年は理解している。
「けどね。そんな俺でも、今は人命救助に従事しているんだ。この手で、この力で」
悠人は、震える少年の両肩に手を添えた。
「……お兄さんも、こうなる事を保証する。誰かを助けるために動くことのできる人だって聞いたよ」
「はい……」
誰かを助けるために、加減を間違えたり貧乏くじを引いたり。そういう兄だ。
少年の様子が落ちついたのを確認し、悠人は次に戦闘部隊へ連絡を繋ぐ。
「聞こえるか、ゼロ。こっちは俺が引き受けた、お前は食われても良いから絶対こっちに通すな!」
『おっけい、ゆーはん。カチカチ眼鏡の材料、おみやに待っててや〜』
「要るかァア!!」
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「束縛が有効な間は、純粋な攻撃へ集中した方が得策か……」
「そういうこっちゃな。――そら、おどれの背筋はどの程度や? 反り返ってみぃ!!」
スタンで意識を刈り取る手もあるが、佳槻の施した式神は時間経過とともに体力も奪う。下手にバッドステータスを重ね掛けしない方が賢明だとミハイルは判断し、仲間たちにも呼びかける。
その間、上空で引き付け役のゼロが敵の鼻先を飛び回って挑発を続けた。
完全に届かない場所へ出てしまえば、向こうも手近な獲物を探してしまうだろう。それでは囮の意味がない。
「ッとぉ!」
ギリギリを狙いすぎたか、不揃いな牙がゼロの脚を掠め――否、これは、
「立った……トカゲが立ったぞ……!!」
「クララより感動的やな、ミハさん!」
「――マテリアライズ……」
ツッコミ不在の状況で、スピカは敵の背面からアウルで具現化した雷を纏う巨大な槌でブン殴った。
式神に縛られながらも立ち上がったシルバーリザードの、足元がふらつく。
束縛は外れたものの、続けざまにスタンが決まった。
「一人の力じゃ、ひっくりかえすのは難しいみたいだし。だったら――!!」
「束縛では『移動はできない』ものの、その場での行動は可能だったか……。厄介だな」
(束縛状態で火を吐かれても、スタンから目覚めた直後に吐かれても面倒だ)
この機に、徹底的に潰すべきだろう。ミハイルが口の中で呟いた。
チルルは、大剣へアウルを収束させ氷の突剣を生み出す。
一方でミハイルは敵の喉元へ照準を定める。
元気よく跳躍からの氷の一閃と聖光のアウル弾が交差した!
有り余る攻撃力で、巨大サーバントの頭を吹き飛ばす!!
「尻尾切り、で……動かれても困る、から……」
頭部を潰しても、下が動くかもしれない。
スピカは油断することなく、遺された胴体から尾に掛けて、レーヴァテインとミョルニルを丁寧に連発で叩きこんだ。
「もっと、攻めたかったのに……」
最後は荒死でフィニッシュというコンボを予定していたが、その前に巨体はぐたりと動かなくなってしまった。
「充分、エグかったで」
それは、ゼロからの最大限の賛辞である。
●
サーバントの死を確認後、残された救助者の保護にメンバーは走り回っていた。
ミハイルが回復魔法を施し、スピカとチルルが瓦礫の撤去や細やかな処置にあたる。
「ガレキ、場合によっては…どかすの、危ないかも…。気を付けて……」
スピカはクラッシュシンドロームの危険性を伝え、プロに任せるべき仕事があることも共有する。
程なく救急隊員が到着し、周囲に安堵の空気が流れる。
「応援、ありがとうございます。ここまで手伝っていただけるとは……」
「乗りかかった舟だもの! 全員、元気に帰るんだから!!」
敬礼を受けて、チルルは元気いっぱいの笑顔で答えた。
敵を倒して、要救助と指定された人だけ助けてサヨナラなんて、なんだか薄情じゃない?
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サイレンの音と共に、佳槻が賢たちのもとへ現れる。
「大丈夫ですか。救急車が到着しました」
「あ、あなたは……最初の」
「会うのは初めまして、ですね」
声で察した賢が、佳槻を見上げる。
「青山さんとは、『セロシア』で?」
賢は今も所属しているのか、そこで交友は広がっているのか……。過去の件に携わっていたことにも触れながら、佳槻は問う。
「いえ、たまたま一緒に雨宿りをしていたんです。『セロシア』は、なんだか大久保さんによる武術道場みたいになってるんですけど」
簡単な護身術や、武道の心得や。いわゆる『ひとの心を健全に保つ』もの。
(このままで良いとか駄目だとか、正直僕にはわからないけど……)
『このまま』という状況に対する不安。
それは佳槻も考えないではない。しかし、いつだって目の前の『事実』の方が重要で、対処しているうちに時は流れ続ける。
賢はどうだろう。あの頃から、変化しただろうか。
小さな寄り合いだけを頼りにするのではなく、行き会った人の助けを求めること、その相手を的確に判断すること……それが今、少年には出来ている。
「そう、でしたか。お兄さんにせよ青山さんにせよ他者を『物』ではなく、思いや考えを持った『ひと』として見て思いを馳せられるのは、素敵で大切な事だと思います」
「も、の?」
考えてもなかった。そんな無垢な視線を受けて、佳槻の方こそ少し動揺する。
「……あ。ええと。思う人、待つ人がいる事はそれだけで誰かの灯りになるのだろうから」
青山の回復を願い、
兄の帰還を待つ。
真っ直ぐな思いは、孤独の中に居る彼らを暖かな光で迎えることだろう。
「不幸も立派な経験値や。どう生かすはお前次第。まぁ俺は、不幸を知ってるやつやからこそ優しくなれると思うけどな」
たこ焼き屋台を建てるスペースなかったわー。
ぼやきながら、ゼロが姿を見せた。ミハイルも一緒だ。
「少年」
救急車へ搬送される青山へ付き添う賢へ、ミハイルがホットココアの缶を手渡す。自販機で購入したてのホカホカだ。
温度は、人の心を和ませる。
「青山の意識が戻ったら、君の事を少しずつ話したらどうだろう。話せることだけでいい」
「……?」
「青山が君に身上を話したってことは心を開いたということだ。会話のボールを投げられたら、投げ返してみては?」
コミュニケーションは、癒しだ。
不安を吐き出すのもいいだろう。
「……はい!」
少年は晴れ晴れとした笑顔で、救急車へ乗り込んでいった。
――何になりたいか、がゴールじゃない。どんな風に生きていきたいか。
離れた家族。会いたい人。
誰もが抱く、遥けき彼方――……
迷いながらもいつか辿りつく、夢路の果て。