●五度目、ようやくの春
三年連続、2月開催の修学旅行先。
昨年は夏に小旅行企画もあった、北海道函館市。
今年は春、桜の季節――花弁と共に舞い込んだのは【紡縁】と紐づけられる依頼、つまりは『撃退士の仕事』であった。
函館駅前の広場から望む萌える緑の山に目を細め、キサラ=リーヴァレスト(
ja7204)は爽やかな春風を胸いっぱいに吸い込む。
「……修学旅行…も…遠足…も…なかったですが……、……来れました…。4度目…の…函館…です♪」
修学旅行で函館を訪れることがキサラと、夫であるサガ=リーヴァレスト(
jb0805)の欠かせない行事となっていた。
今年は修学旅行は無し・遠足のプランにも函館の名は無く『毎年恒例』記録もストップかと思ったが、意外な展開で機会が舞い込んだ。
「四度目か、縁が深いな」
キサラの隣で、サガも嬉しそうにしている。
「何度も来ているのか……。では、是非案内をお願いしたいな」
「キサちゃんとサガさんが一緒なら、とっても楽しいのですよぅ☆」
2人と交友のある鳳 静矢(
ja3856)の腕に、妻である鳳 蒼姫(
ja3762)がしがみつく。
戦場を共にするならこれ以上なく心強く、日常を共にするならこれ以上なく楽しく過ごせるだろう心許せる夫婦同士。
「今回は単純な観光とも行かないだろうが……函館に関しては一日の長がある、案内させてもらおう」
「もっちろん! 観光に勤しみつつも、しっかり巡回するのです☆」
『巡回』。それが今回、函館市街を訪れた撃退士たちに課せられた仕事。
撃退士が街へ友好的であることを伝え、人々へ安心を与えること。
もちろん、純粋に楽しんでも良いし意識的に動いても良い。
(修学旅行なのか特殊任務なのかわかりませんが……中々に興味深いですね)
天候に恵まれたこともあり、グラン(
ja1111) は明るい表情で空を見上げる。
修学旅行や夏の企画で参加したこともある、まったく知らない街でもない。
「光嬢は札幌近隣のレジスタンス拠点へ戻るということでしたか。彼女にもリフレッシュする時間を作れたらと思いましたが……」
今回の依頼を斡旋した御影光のことは、グランも気に掛けている。
真面目な少女だから、肩に力が入り過ぎたりしていないだろうか。
(せっかくですから、街を巡回しながら喜びそうな甘味を土産にしましょう)
「『久遠ヶ原撃退士パスチケット函館』、提携先は多いな」
(撃退士がいるってことを知らしめることが目的だったら、場所は特定しないで回ろうか)
今回の依頼用に支給された割引ガイドブックを開き、龍崎海(
ja0565)は行先を思案する。
海は一昨年の修学旅行でも函館を訪れていて、当時の店が残っていることを少し嬉しく感じた。
そうはいっても目的なしにブラブラするのでは、そのうち苦しくなるかもしれない。
「うーん。【北方】で強化合宿している人達のお土産を見繕うことにしようかな?」
函館市街からバスで行った先で、レジスタンスたちと強化合宿しているグループがある。
彼らは街で遊ぶ時間が無いから、思い出として丁度いいんじゃないか?
「あまり奇をてらわなければ貰って邪魔になるものじゃないし、余っても自分で消費すればいいだけだし」
誰かの為に何かを、そう考えるだけで張り合いが出来るというもの。
何もないとは思うけれど万が一を考え祖霊符を発動すると、海は春の函館の街へと繰り出した。
●自然豊かな大沼で強化訓練!
函館市街からバスで小一時間ほどの場所に、活火山と裾に広がる湖を囲む自然公園がある。
学園生たちがバスから降り立つと、到着を待っていた人影が3つほど。緑髪の青年、亜麻色の髪の青年、そして小柄な少女。
「久遠ヶ原の撃退士だな。俺はレラ、話は聞いてると思うが――」
「「馬はいいz」」
「わかった」
矢野 古代(
jb1679)、華桜りりか(
jb6883)、櫟 諏訪(
ja1215)が声を揃えたところで、緑髪の青年は言葉の先を止めた。
「レラさん、はじめましてですよー?」
「またお会い出来て嬉しいの……」
「……ヨロシク頼む」
諏訪とりりかの後ろには、アスハ・A・R(
ja8432)が静かに立っている。
「レラだ久しぶりー!」
そして一行の後ろから、ぬっと『馬』が顔を出した。
「!?」
レラ、さすがにドン引きである。
「馬は愛でるものって、どういう意味のいい、でしょうか?」
「はぐっ!!」
特製ホースマスクを装着している月居 愁也(
ja6837)の腹へ抉るようなチョップを入れ、矢野 胡桃(
ja2617)が愛らしく微笑んだ。
「はじめまして、レジスタンスさん」
「俺でっす! ナナさんと湊さんは初めましてだな!」
自己紹介をする胡桃に続き、腹を押さえながら愁也はマスクを脱いだ。
「なぁ。レラの言ってた『馬一味』って、こういうことなの?」
苦笑いするレジスタンス年長者の湊へ、レラが肩をすくめた。
『馬はいいぞ』の伝言ゲームで、レジスタンスの話を聞いたらしい撃退士が協力してくれることが幾度かあった。今回、確実に増えている。
「レラ殿はお久しぶりですね」
賑々しい一団を割って、夜来野 遥久(
ja6843)が落ちついた物腰で歩み寄る。
「ああ、互いに元気そうでよかった。今日は世話になる」
「3人ともおひさー」
そこへ軽いノリで加倉 一臣(
ja5823)が続く。
「吉……よし! ナナちゃん足も完治してるね! よかった!」
うっかり禁断の『吉田』を持ち込みかけた一臣が、滑り止めしつつ黒髪ショートカットの少女へ笑いかけた。
七人いるというレジスタンスの『吉田』、その七番目だから『ナナ』。少女はありふれた名前にコンプレックスがあるらしい。
「おかげさまで! 加倉さんもお元気そうで安心したよ!」
かつて遭遇した強敵ドラゴンに脚を潰された少女も、ひざ下丈のカーゴパンツから完治した脚を伸ばしていた。
これまで極秘の存在として北海道で活動していた名無き『レジスタンス』。
幾度かの遭遇・共闘を経て、学園へ正式に協力を仰ぐこととなった。
函館市街の巡回を含めて、今回の『依頼』はレジスタンスからのものだ。
市民へ安心を与えること。
そして、レジスタンスメンバーの能力底上げ。
こちら大沼方面では、野良ディアボロへの遭遇を警戒しつつの、レジスタンスへのスキル伝授特訓がメインとなる。
互いに力を高め合い、来るべき時の備えとなるよう。
「改めて自己紹介をするね。僕は湊、潜行能力を使った闇討ちが得意です」
温和な笑顔に物騒な言葉を乗せるのは20代半ばといった亜麻色の髪の青年。
「あたしは『ナナ』! 一撃離脱担当、湊の相棒だよっ」
年の頃なら女子高生、活発なスタイルでナナはスマイルを見せた。
「見知った顔も多いが……レラだ。癒しの術と近接戦闘がメインだ」
「北での戦いも激しさを増していますし、レジスタンスの皆さんともっと深く連携を取れるように互いを知っていきたいですね」
「ユウさんも来てくれたんだ!」
「ナナさん、ケガの具合がよくなったようで安心しました」
救出戦で行動を共にしたユウ(
jb5639)を見つけて、ナナがはしゃいで駆け寄ってくる。
ふたりは手を握って再会を喜び合いながら、ユウは視線をレラへ向けた。
「先の戦いのお怪我は……もう、大丈夫ですか?」
「ああ。先日は不甲斐ないところを見せたな……。ユウも元気そうでよかった」
悪魔旅団長・ソングレイへ敗北を喫したのは、そう遠くない過去のこと。
「『個』の力に『組織』の力を、互いに高めていきましょう。今回は、いいきっかけになりそうです」
「……ふむ。確かにのう」
ソングレイ戦には居合わせなかったものの、ユウやレラと共闘の経験がある緋打石(
jb5225)が感慨深く頷く。
3人が居合わせた戦いは、まさに個と連携とが上手く噛み合ったものだった。
「小さいの、お前も一緒だったのか」
「緋打石じゃ」
はぐれ悪魔の存在に、不慣れだというレラ。洞爺湖ゲートの冥魔勢力相手に戦い続けていれば、仕方のないことかもしれない。
しかし、彼らの組織のリーダーは堕天使だという。その巡り合わせの妙を面白く感じながら、石は青年へそっと耳打ちをした。
「――、……」
「……!?」
「まあ年齢のことはさておき、仲良くやろうではないか」
誰にも内緒で明かしたのは、石の実年齢。
さて、その真実や如何に――?
逢見仙也(
jc1616)は、ただただ広がる青空を見上げる。野鳥に酷似したディアボロも居るというから、空を飛ぶものへ自然と意識が向く。
「強化合宿か……。連携も大事だが、近隣の警備も必要なんだよな。俺は自分の訓練と討伐に向かいたいが」
「それなら、私も同行しようかしらぁ? 単独行動は何が起こるかわからないしねぇ……?」
邪魔はしないわぁ。そう告げるのは黒百合(
ja0422)。
「周辺の地図を一定範囲で区画分けしてきたの……。これなら、誰が何処にいても特定できるでしょう?」
「これは明確で良いですね。お借りできますか?」
軍曹 違った 只野黒子(
ja0049)が、黒百合から地図の写しを受け取る。
「そして同行諸君。出立前に水と食料1日分を各自持参してくださいませ。避難対策、行軍訓練も兼ねます」
黒子は振り返り、『馬一味』メンバーへ指示を出す。
「……ブートキャンプ?」
『桜の季節だよ、遊びに行こうよ』そんな感じで親しいお兄さんたちに誘われ、大好きな父と旅行とウキウキ参加した胡桃が後ずさる。
「えーと……。戦えばいいなら、喜んで」
花の咲く季節。何かが目覚める。
それぞれが強化訓練の支度を進める中、クーラーボックスを下ろして思案顔をしているのは天宮 佳槻(
jb1989)。
「佳槻お兄ちゃん、どうしたの?」
気づいた胡桃が、ヒョイと覗き込む。
「ああ、いや……。『腹が減っては』と言うだろう? 訓練が終わったら、焼き肉でもできればいいなって考えてたんだけど」
材料や道具は一通り持ち込んだ。あとは準備の時間を取れるかどうか。
「白いご飯も欲しいけど……時間があるかな」
この人数分は難しいだろうか。
「なかったら作ればいい、先人の言葉ですね」
そこへ、黒子が口角を上げて提案を一つ。
「スケジュールに飯盒炊飯の時間を加えましょう。ただし行動プログラムは変更致しません。皆様なら可能ですね?」
●桜の花の満開の
五稜郭公園。
時代の変わり目に生まれた戦いの、北の果ての地。
当時の面影は要塞だった地を囲む堀くらいなもので、その堀沿いには美しい桜の花が咲き誇っている。
桜の下で、ジンギスカン。
それはこの街の人々の春の楽しみ方の一つであり、去年も今年も、そしてきっとこれからも変わることなく。
「関東じゃ花見は終わっちまったけど、北海道では今頃が満開の時期なのか……」
賑やかな声と舞い散る花びらに目を細め、小田切ルビィ(
ja0841)は公園内を散策する。
やがて、肉の焼ける音と匂いにつられて腹が鳴る。
「……一人や二人、紛れたところで問題なさそうだよな?」
会社の宴会らしき大人数の一団を見つけ、ルビィはヒョイと顔を出す。
あくまでにこやか、相手を警戒させないように。
「巡回中の撃退士だ。花見客を狙って天魔が悪さしないとは限らねえ。暫く皆に混ざって見張らせて貰っても構わないか?」
「天魔!?」
空気が一瞬にして凍りつく。
(おっと。しくじったか?)
「札幌方面の悪魔が、今は東北でドンパチしてるんでしょう? いつの間に頭上を越えられたやら……。零れた配下が道南圏で暴れたっておかしくないし……」
「毎年なら、年の初めに久遠ヶ原の生徒さんが遊びに来るでしょう? 今年はそれどころじゃなかったって思うと……もう、おっかなくって!」
口々に不安を告げながら、地元民は白米おにぎり、器に山盛りのジンギスカン、紙コップにソフトドリンクを注いでグイグイとルビィへ渡す。
「嬉しいなあ、やっぱり今年も来てくれたんですねぇ。ここは桜の季節は、特に人が集まりますからね。ゆっくりしていってください」
「サンキュ。……お、美味い肉だな」
「味付けラムも、こっちに!」
「焼きそばもできるぞー」
(……怖かった、とか言ってなかったか?)
全力で歓待に振り切ってるように思えるのは何故だろう。
(ま、関東人にゃ珍しい光景だし、俺も楽しまないとな!)
「米も美味いな」
「あー、地元の特産米でねぇ」
「へえ、大したもんだ。そうだ、地元っていやぁ聞きたいことがあるんだが――……」
同刻、五稜郭タワーの展望室にて。
「この高さからこの数の桜っていいねー。五稜郭の形も相まって不思議な感じ」
「上から眺める桜も綺麗ですね。桜色で彩られた星型が風情あります」
薄紅色の絨毯に感嘆の声を上げるのは、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)と樒 和紗(
jb6970)。
同行者が心を許せる竜胆だからか、春の陽気からか、和紗の表情もどことなく柔らかい。
「地上が見える、シースルーの床ですか。おもしろそうですね」
こんな好奇心も首をもたげる。
他の都市にあるタワーの類に比べたら、決して高くはないのだが、こういう遊び心は悪くないと思う。
――が、彼女の行動に竜胆は慌てて腕を伸ばした。
「ダメ! 和紗、見えちゃうからダメ!」
「竜胆兄……意味分かりません」
地上から見上げられたらどうするの!?
血相を変える従兄へ、和紗は冷ややかな視線を送った。
(学園が札幌奪還に動けば、後方撹乱で狙われるかもしれないな)
賑やかなやりとりが繰り広げられる一方で、同じくタワーの展望室で黒井 明斗(
jb0525)は思索にふけっていた。
ルシフェルたち主力は、洞爺湖ゲートから鳥海山……秋田方面へと南下している。
そこから札幌方面へ戻るとなれば道南は通過地点だ、敵勢力にしてみれば襲いやすい。
撃退士側は転移装置で直接向かうか、札幌方面からならば広大な支配領域を抜けて向かわなければならない。
晴れ渡った空、水平線の向こうには青森の地が見える。山並に阻まれ、札幌方面はよくわからない。
天魔被害や勢力争いからほど遠く感じるが、けっして他人事ではないのだ。
(近隣の守りは引き続きレジスタンスが行うという話だが、僕たちに出来ることはないだろうか)
「……勝つことばかり考えると品が悪くなりそうですね」
ぐるりと1周したところで明斗は肩をすくめ、公園内を周ることにした。
地元民たちがジンギスカンを楽しむ姿の他に、屋台も幾つか出ている。
明斗はあれこれ見て回って、今日の昼食を決める。
「じゃがバターを2つ下さい」
「はいよー、熱いから気を付けてな! 塩辛は付けるかい?」
「……ええと、それじゃあお願いします」
ほくほくに蒸し上げられたジャガイモにバターを落としたシンプルな昼食。イカの塩辛を添えるのが地元流なのだそうだ。
「和紗。なにか良いお土産、見つかった?」
「……あ」
五稜郭タワー1階の売店にて。
季節限定・桜グッズの特設コーナーで、桜色のクマのぬいぐるみをフカフカしているところを見つかった和紗は、頬を赤らめて振り向いた。
「これは、あの、……お土産に買っていったら喜ぶんじゃないかと、抱き心地も良いですし」
「なるほど、かわいいね。『おそろいで2つ』買ったら?」
「……そういうわけじゃ! 竜胆兄は、良いものが見つかったのですか?」
クマを2つ小脇に抱える従兄の背を叩きつつ、和紗は彼の腕に下がる袋に目をやった。
「ああ、桜の入ったお酒なんだって。見てごらん」
「花びらと金粉がお酒の中を舞っているようで……綺麗ですね」
細身のカクテルグラスに、似合いそうだなんて考える。住み込み先の影響もあるだろうか?
「だけど、和紗は来年にならないと飲めないから残念だね」
「来年、買えばいいだけですから」
「……和紗!」
「……。別に来年も一緒にという意味ではないですから」
喜びに瞳を滲ませる竜胆へ、可愛い従妹はツンと続けた。
屋台。宴。歌い、春を楽しむ人々。
売店での買い物を済ませた竜胆と和紗は、春を全力で謳歌する光景に顔を見合わせ、そっと笑いあう。
「ジンギスカン、食べてみたいなー。どこかのグループにまぜてもらえないかな?」
お店で買うより、地元の味!
はしゃぐ竜胆を、今度は和紗も止めなかった。
●新鮮な海の幸をどうぞ!
「はぁ〜〜〜〜るばぁる きt
<ピーッガガガg>
「……去年の夏やにもやったな、これ」
去年よりは、少し頑張れたかもしれない。
序盤のフレーズで妨害が入る業界の厳しい風を感じながら、若杉 英斗(
ja4230)はこうでなくちゃと一人で頷く。
「レラさんに挨拶しておきたかったけど、彼は強化キャンプか……。元気だなぁ」
自分なんか、まだソングレイにやられたトコロがズキズキするってのに。
傷口こそ塞がっているが、痛みは抜けきらない。
今回はゆっくり観光に徹しようと、決めていた。
「朝市に行きたかったんだよな。前回のお店も美味しかったけど、今回はおいしい塩ラーメンが食べたいな……」
あちこち巡る撃退士に、力強い味方『久遠ヶ原撃退士パスチケット函館』。朝市の店舗は、ほぼ網羅されている。
「合わせ味噌? トンコツベース??? 函館は塩じゃないのか!!」
「おや学生さん、修学旅行か何かかい」
どういうことだと困惑する英斗の背へ、老人が声を掛けてきた。
「あっ。お訊ねしても良いですか。美味しい塩ラーメンが食べたいんですが……。函館って、塩ですよね?」
「そうさ。海鮮出汁の、あっさりとコクのあるスープ、それでいて安い。それこそが我らが『函館塩ラーメン』だったんだがねぇ……」
地元民はそれに飽きてしまい、他地域の有名店をもてはやす。
他の店も安価のラーメンでは稼ぎを取れないと、こねくり回したメニューを売り出す。
「痛ましいことさ……」
「それじゃあ、この辺でおいしいラーメン屋さんって、どこがオススメですか? ガイドブックに載ってないお店でも構いません!」
「むっ。青年、見どころがあるな。どれ、ガイドを貸しなさい。書きこんでやろう。この辺りは路地が入り組んでいてなかなか……」
パスチケットを手に来店した鳳夫婦・リーヴァレスト夫婦を、朝市の店員たちは歓喜で迎えた。
「わー! 今年も来てくれたんだねぇ。そちらは見ない顔だけど、お友達かしら?」
恰幅の良い女性が、茶とメニューも持って来てキサラから蒼姫たちへ視線を移す。
「ええ。この店はイクラ丼が実に美味だと聞きまして」
「他にもいろいろあるわよぉ。ゆっくりしていってね、撃退士さん!」
かくして始まった函館海鮮格安ツアー!
「……今年も…味わえました…ね……。……嬉しい…です……」
「うわー、凄いのです。新鮮なのですよぅ☆」
「うむ、これは美味いな」
こぼれんばかりのイクラ丼を楽しむキサラ。蒼姫と静矢は、それぞれ組み合わせの違う三色丼を頼む。
「静矢さん、イカの脚が! 脚が動いて!!」
「すごいねぇ〜。確かにこれは、地元でしか味わえないな」
「ふふふ……。相変わらず楽しそうだな」
キサラの頬に着いたイクラを一粒とってやりながら、サガは穏やかに微笑んだ。
2人きりのテーブルも良いが、友が一緒だと違う楽しさもある。
「食べ終わるのが惜しいが、この後は味噌バターラーメンも控えているぞ」
そこもまた、2人の行きつけなのだという。
第二の故郷のようだね、と静矢が笑った。
●ただいま強化訓練中!
「ダークウルフを確認したわぁ。2組、計6体。……応援を頼めるかしらぁ」
地図上の区画を続けて伝え、黒百合は通信機向こうの応答を確認すると得意の機動力で仙也のもとへ戻る。
「東西からそれぞれ接近中……、こちらの存在には気づいてなくて、考え無しの徘徊みたいねぇ。西の方が近いわぁ」
「わかった。応援が到着するまで引き付けよう」
「上空から援護をするわぁ。……巻き込まないように気を付けてねぇ?」
「お互い、それも『訓練』だろうな」
もちろん、巻き込むつもりはないが。冗談を交え、仙也は黒百合がもたらした情報を基に、慎重に進みだした。
報告を受けた頃、さほど離れていない場所でユウや佳槻が、ナナへスキルを伝授していた。
「……そう、そこでアウルを―― 淡い闇をイメージしてください。それで相手を包み込むんです」
ナイトウォーカーで言うところの『氷の夜想曲』を、ユウなりにアレンジした『常夜』。
敵を淡い闇で包み、眠りに落とすオリジナル技だ。
「僕からは『八卦水鏡』を。防御上昇・ダメージ一部反射効果で、後衛でも前衛でも潰しの効くスキルだと思います」
続き、佳槻がスキルの概要を伝える。
「反射効果……。それは心強いねっ」
有効活用できる仲間へ、是非伝えたい。
「但し、反射による攻撃効果は期待しないこと。何しろ敵に大ダメージを与えるには、自分がその三倍以上のダメージを喰らうことになりますから」
じゃあ――……
始めようとしたところで、黒百合から応援要請が入った。
木々の間を走り、敵の呼吸を追う。
狼型だというから、聴覚・嗅覚によってこちらを捕捉されている可能性は高い。
仙也はそれを、逆手に取り……
「まとめて来てくれるなら、好都合だ」
飛びかかるダークウルフの群れ、その鼻っ面へ炸裂陣を見舞う!
「囲む余裕は与えない」
続けて黒鎖を振るい、1体を足止めする。
「さぁて、飛んでもらおうかしらぁ?」
仙也の後方を飛翔していた黒百合が、その間に弾丸蟲を放つ。無痛性ゆえの、恐ろしい攻撃。
相手は死するまで攻撃されていることに気づかない。
「よーぉし、そこまでだぁ!!」
そこへユウや佳槻が駆けつけ、ナナが教えられたばかりの常夜を仕掛けて敵を無力化した。
他方。『馬一味』一行は、あらかじめ用意されていたが如きディアボロの大群と格闘していた。
「地雷じゃないよね! 地雷踏んだわけじゃないよね!!」
「あえていうならフラグ……か?」
サンダーホークを撃ち落とす一臣へ、冷静に切り返すのはアスハ。
「……面倒、だ。雨を降らせるk」
「「ダメ、ゼッタイ」」
アスハが口走ったところで、仲間から全力で止められる。
「前衛は対狼のラインを崩さないように。後衛は鷹対応専念で切り抜けられる戦力です。ただし足場が悪いので、地滑りには最善の注意を……」
「砂地の斜面って酷いよね!! 遥久! ふぁいとーーー!」
「一発、お見舞いすればいいのか愁也」
「わかってるのにわかってない!」
薙ぎ払いで相手の体勢を崩した直後に自分の体勢も崩した愁也、斜面を滑る姿を一瞥するだけの遥久から『お前なら這い上がってくるだろう信頼している』という思いが込められているのだとキャッチするのは愁也。
「敵が誰を狙うのか。回復役か、支援役か、火力役か……。そこを見極めれば、生存率は跳ね上がります」
「道理だな」
「愁也の攻撃を経て、敵は標的を変えました。『阻害者』です」
戦闘を続行しながら、遥久がレラへ見解を伝える。
「つまり、こういうことか」
レラは掌中に、アウル製の投げナイフを3本ほど生み出す。滑り落ちる愁也を襲うダークウルフへ、続けて投擲した。
「敢えて群れから離し、狙いやすくするわけですね」
もう1体は、遥久が審判の鎖で束縛を。
「後衛がやるべき事は、一つ二つくらいじゃないかな」
後方を守る古代が、湊へ告げる。
「判断をする事。後ろから見て、後ろを警戒して、状況を考えて。攻撃か、支援か、はたまた撤退を促すか」
――俺も出来てるとは言い難いが。
口の端を歪め、男はニヒルに笑う。
「そして――…… 状況を作る事ってな!」
――ダンッ
古代が放つイカロスバレットで、サンダーホークは撃墜された。
「自分から伝えたいのは、攻撃を当てるタイミング、ですかねー?」
古代とも重なる部分があるが、状況作りを含めて、諏訪は湊へ語り掛ける。
「攻撃を当てるために、先手を取って攻撃して、相手に回避をさせて体勢を崩し、そこへ味方が当てに行く連携が一つ。
もう一つは敵の攻撃に先んじたり、カウンター的に攻撃で隙をついて当てる方法などがありますねー?」
「自分の攻撃がブラフになるっていうことか」
「是非、活用してくださいなー?」
「そっか、この辺で食い止めてたんだなぁ……」
射撃の合間に、しみじみと一臣は呟いた。そして、前衛で戦うレラの背へ呼びかける。
「礼が言いたかったんだ。俺の故郷が平穏であれたのは、君たちレジスタンスのおかげだったんだね」
「いつでも遊びに来ると良い、と俺が言うのもおかしいが……。そうだな、いつでも守りの手伝いに来ると良い」
「はいはーい! 俺は道東を守るぜ!」
地滑りから復帰した愁也が元気よく加わる。
「んと、一人では対処できない事も、みなさんがいれば何とかなる事もあるの……。協力や連携も大切なの…です」
波状に押し寄せる狼を式神・縛で押さえ、りりかが続いた。
――祓い給へ 清め給へ
簡略化された唱え詞が、メンバーの傷を癒していく。ふうわりと、どこからか春の香りが漂う。
「やっぱり回復は大切だと思うの、ですよ。長く対応する為と……あとは万が一、味方のこうげきに当たっても回復すれば大丈夫なの」
「大事なこと、だな」
深く頷くアスハへ、誰もツッコミを入れられない不具合。それに気づかず、湊は真面目に学習している。
「そういえば、君が戦闘中に見せた技はなんだったんだ? 教えてもらえるだろうか」
「んうっ」
レラに呼びかけられると、胡桃は慌てて古代の背に隠れ、おずおずと顔を出す。
「瞬間移動みたいだったが」
「ごめんなさい、私……教える技術が無くって」
「そういう技もあると知るだけでも心強い。取って食うわけじゃない、怯えないでくれ」
胡桃の人見知りに動揺するレラを見て、ふむ、とアスハが提案を一つ。
「瞬間移動、か。ならば、僕が教えよう。ま、借りものなのだが、ね……。アウルを使って、発条のように飛ぶだけ、だ」
●
夕刻、強化訓練チームは食事の支度が始まる。
あちこちで良い香りがする中、レジスタンスへの技の伝授は続いていた。
「北海道といえば、過去は正式な日本の領土ではなく東北のように別の民族が住んでいたらしいの」
「どこまでを『過去』とするかは難しいが、東北と北海道に住んでいた民族は同一文化だった。地名は宮城辺りまで名残があるはずだ」
風を意味する名・レラが、石の語りへ切り返す。
「ふむ、よく知っておるの、若いの。五稜郭に集った士の夢は叶わず散ったが、そういう土地なのかの。諦めず、抗い、戦う……誇りある者どもじゃ」
「……今の日本が、各地の民族の壁などなく『一つ』になっているように、いつかはそういう時が来るんだろうか。抗い、戦った果ての淘汰は……あるんだろうか」
石の言葉を受け、レラは神妙な顔をする。
レジスタンスのリーダーは堕天使で、こうして自分たちへ技を伝えてくれる石やユウははぐれ悪魔だ。
天使だ冥魔だゲートだなんだと、今は抗い続けているが…… いつの日か、それすらも笑い話になるのだろうか。
石のように長く生きていれば、そんな流れも見える?
青年の問いに、石は肯定も否定もしなかった。
「さて、自分からの技の伝授じゃが…… 荒っぽいのを用意してみた。今から披露するゆえ、好きな方を選べ」
●
グランが発動するスリープミストの元に、複数の酔っ払い客が沈静化する。
「街の往来で乱闘騒ぎになるかと……。おや、貴方は」
「久遠ヶ原の撃退士です。警察の方も大変ですね」
駆けつけた警官が、グランの姿を見てホッとしたのが見て取れた。
「いえいえ。撃退士の皆さんに比べれば……。天魔に荒らされるのも大変ですが、普段の街の治安もなかなか」
苦笑し、それから『がんばってください』と手を握り、酔いつぶれた民間人を抱き上げて警官は去っていった。
「さて。鮮度が重要となるものは控えましたが、函館でしか買えないものも購入しましたし……学園へ戻るのを楽しみにしましょうか」
土産が無事だったことを確認すると、グランは夜の函館へと姿を消していった。
(……不要になればいいんだが)
湯の川温泉郷でゆったりとした時間を過ごしながら、明斗は考えを纏めていた。
もし、函館が戦渦に巻き込まれた際の対策――。
ノートパソコンを持参しているから、あとで休憩室からでも学園宛にメールを送るつもりだ。
学園が即座に動けなければ、レジスタンスが動いてもいいだろう。
策はいくつあっても困らないはずだ。
函館山・山頂にて。
ルビィはキラキラと命を持つように輝く夜景を見下ろしていた。
「――例え相手がルシフェルだろうが、メタトロンだろうが……この灯火を消させやしねえよ……」
激化していくだろう戦いへ、決意を新たに。
●遠くない再会への誓い
短い日程が終わり、函館空港。
「レラさん。見送りに来てくれたのか」
ロビーでレラの姿を見つけ、海が駆け寄る。
「まあな。レジスタンスでフリーに動けるのは俺くらいだし」
「……先のソングレイ戦は、あまり気にしないで。前回のは、こっちの落ち度だと思う」
「一緒に戦って、どっちがどうってことはないさ。次があるなら、その時はバシッと結果を出そう。俺も努力する」
「次は、負けないよ。ディアボロも甘く見ない」
頷きあう二人の元へ、ルビィが歩み寄ってくる。
「よかった。ここで落ち合えたんだな。レラ、確認してもらいたいモンがあるんだ」
「確認? ……『久遠ヶ原新聞・号外』?」
「学園の撃退士が今年も来たぜってェのを、広く伝えたいんだ」
函館限定配布で、撃退士たちが楽しむ姿や穏やかな街の風景を。
『当たり前の幸せ』の再確認を。
「受け取っておく、地域ラジオ局にも回しておこう」
様々な思いを乗せて、飛行機が離陸する。
函館の街が、グングン小さくなってゆく。
(いつか、また)
この街へ。
(いつか、また)
レジスタンスと手を取り合って。
いつか――伸び伸びと、北海道の自然を満喫できるように。