●
薄曇りの空の下。瓦礫と廃墟で作られる冥魔の領域。
風の温度だけが、『外』と変わらない。
(ソングレイか、相対するのは3年ぶりだな……。まぁ、俺は直接戦ったわけではないが)
そう遠くない空に、赤翼の悪魔がいる。
咲村 氷雅(
jb0731)はその姿を確認しながら、ふと進む足を止めた。
「御影」
「はっ、はい! なんでしょうか、咲村先輩」
振り向いて名を呼ばれ、御影 光が慌てて歩み寄った。
「お前、武器は太刀だと言っていたな。これを貸す、状況に合わせて使え」
「……符、ですか」
「紅鏡霊符だ。それなりに使いこんであるから役に立つだろう」
「魔法は使い慣れていませんが…… そうですね、遠距離の手段は必要ですよね。ありがとうございます、確かにお借りいたします」
「遠近を使って、敵の撹乱でディアボロ対応の味方の支援を頼む」
「わかりました!」
その一方で、
「パターンの読みにくい気まぐれ型の旅団長、ですか……。レラさん、お願いしたいことがあります」
レラへ声を掛けるのは天宮 佳槻(
jb1989)だ。
「俺にできることなら」
そろそろフライトジャケットも暑くなってきたとぼやいていた青年が、小さく首を傾げて応じる。
「出来れば少し下がった位置で、味方の回復に専念して欲しいんです。短期の奇襲とはいえ……否、だからこそ攻撃役が心置きなく動ける為に、回復役が不可欠なんです」
「……わかった。あんたたちのことは信頼している。俺も可能な限り応えたいと思う」
そこへ、歩み寄る一つの影。
「次へ繋がる戦いにしましょう。よろしくお願いいたします」
「ああ、ユウだったな。こちらこそよろしくだ」
御影、レラ、そして後方を守る千塚 護へと頭を下げるユウ(
jb5639)へ、レラがはにかんだ。
「護さん、退路の確保宜しくお願いします。あのソングレイが相手では帰りのことなど考えていられないでしょうから、心強いです」
「任せておけ。危ないと思ったらいつでもピックアップに向かう」
生真面目そうな黒髪の青年は、表情に不安を浮かべながらも、言葉だけは力強く。
「狙いは撃破だよね」
ゆっくりと配置に付きながら、龍崎海(
ja0565)は腕時計のアラームをセットする。
序盤はディアボロを相手取り、中盤で一気に悪魔を相手取る、その切り替えの合図だ。無論、その前に悪魔自ら攻撃をしてくるのなら話は別。
(……奪われた地は取り戻してみせるわ)
海の右隣で静かに闘志を燃やす巫 聖羅(
ja3916)は、その背に翼を顕現した。
結界の中と外では、あまりに違う風景。奪われ、搾り取られた地に足を踏み込んだ時、背筋にゾワリとしたものが走るのを感じた。
「自分は飛んでる敵相手だと分が悪いですけど、倒しきれなくとも足止めは務めます」
ディアボロの目を引き付け、耐えきれるように。
厄介なのは地を駆るデスストーカー、巨大サソリだろう。飛行能力を持つ者が多いゆえ、持たない者が必然的に危険へ晒される。
聖羅とは海を挟んで逆方向、撃退士部隊の最前線であり中央にて、若杉 英斗(
ja4230)は護りの結界を発動した。極力目立たないよう、視覚効果は打ち消すように配慮する。
「ま、焦らず行こか。ディアボロは押さえ続けたる」
その左手をフワリと飛翔するのはゼロ=シュバイツァー(
jb7501)。
同じく部隊中央にて、こちらは上空からの『眼』を果たす。
(ソングレイはゲーム感覚で戦闘を楽しむみたいだし、最初は興味を惹かないようにふるまった方がいいかな)
懐かしさを憶える、北の大地―― 初めて北海道の地を目にした時、Robin redbreast(
jb2203)は記憶の奥底を優しく撫でられる思いをした。
が、眼前に広がる荒野はそれまでの戦いで見て来たものと同じ、侵略者に蹂躙されたもの。
何にも縛られない春風だけが残酷にそよぐ。
少女の、宝石のような翠の瞳は人形のように感情を映さない。
敵は未だ、こちらに気づいていないようだ。
しかし、接敵可能な距離に至る頃には互いに視認しているはず。
戦闘開始まで、あと――……
●
「……撃退士?」
自分と同じ高さに在る人影が幾つか。ソングレイは進行を止め、様子を伺う。
荒地ばかりで何もなく、飽きて来たところだった。
『何故ここに』とは思わない。偶然ではないのだろう。
翼持つ者ばかりではなく、地上にも数名いるようで、視線を下ろせば廃墟の屋上にも1人。
「その人数で俺にケンカを売ろうってんだ、まさか手ぶらじゃあないよなぁ?」
(あるのか――『祭器』?)
してやられた経験を持つ悪魔は疑念を抱く。
(それならそれで、奪うなり壊すなり……)
などと考えている間に。
爆音が降り注いだ。
「偵察に来ただけなのに……これ以上は危険だよ、ディアボロの足止めはするから、早く逃げよう?」
うろたえる声と、放つ魔法の凶悪さが釣り合っていない。
先制攻撃をぶち込んだのはロビンだ。
降り注ぐコメットが、遠方の廃墟も打ち崩し瓦礫ごとデスストーカーを襲う。
「タシカニナー、こらぁ難儀ヤデー」
歌うような棒読みで、ゼロが逆方面をブレイジングストームでかき回す。
「ッと、ビンゴや。…………ッッ! 来るで!」
崩れた廃墟の下から、のそりと1体のデスストーカーが姿を見せた。
2人の連続攻撃で撃退士たちの位置を察知したディアボロが、素早く動きを見せる。
デスストーカーの群れが襲い掛かって来た!
飛行する海や聖羅の下を潜り抜け、1体がロビンを狙う。
「レッドブレストさん、大丈夫ですか!?」
「……、うん、平気」
2連続で振り下ろされる大爪による攻撃は受けてしまったが、尾の毒針は避け切った。
少女を案じる英斗にもまた、これでもかと3体が囲い込むように――
「させるか!!!」
白銀の円盾から、爆発的にアウルが解放される。
大爪の初撃とぶつかり合い、四散し、弾き飛ばす!!
「初撃で飛ばしてしまえば、お得意の3回攻撃もできないだろう!」
囲ませる前に次々と弾き飛ばし、英斗は戦闘態勢を整える。
その横を、豪雷を響かせアウル弾が走る。まだ動きを見せないドラゴンゾンビを相手に、ユウの射撃が真っ直ぐ通った。
「今です、若杉さん」
「はい!」
それを合図に、英斗は天に向けて左手を突きあげる。
「降り注げ、ディバインソード!!!」
ユウが初撃を与えたドラゴンを巻き込み、眠りへいざなう白銀の剣を呼び込む!!
英斗が先に吹き飛ばしたデスストーカー1体と、ドラゴンゾンビがそのまま眠りに落ちた。
「私も続くわ。効果範囲に入らないよう注意して!」
廃墟には伏兵がいるかもしれない――その懸念はロビンが初手で打ち砕いた。
故に、聖羅は効率よく最大数の敵を範囲に含めて、スリープミストを放つ――が、
「魔法攻撃にも強いとか、やめてよね……」
恐らくは、ほんの紙一重。10回やれば9回は成功したはずだ。
睡眠に落ちなかったサソリの姿に、聖羅は歯噛みする。
「仕方ないさ。とにかく今は、畳みかけるだけ」
「同感だ」
海がもう1体のドラゴンゾンビに向けてヴァルキリージャベリンを放ち、
屋上にて構えていた氷雅は射程へ入ったデスストーカーへと赤い蝶を無数に飛ばす。
蝶は、その羽を炎と変え、爆ぜ、敵を包み込む!!
(今なら効きやすいはず)
爆炎が消えぬうちに、佳槻がスイと移動する。
発動するは、式神・縛。
攻撃を受けて怯んでいる隙をついて、その動きを強引に封じ込める。
「悪魔個人に因縁はないけど、乗りかかった舟みたいなものかな」
意識的にではなかったが、結果として北海道のレジスタンスと幾度か関わりを持った佳槻は、なんとなく放っておけない気持ちになっている。
名のある悪魔との戦いは他に任せるとして、大地を踏み荒らすディアボロの足止めはしっかり行なう。そういう心づもりだ。
「ちぃっ、来るでドラゴン!!」
高所で戦況を視界に収めていたゼロが注意を促す。
溶けかけた肉片をむき出しの骨へ貼りつけたドラゴンゾンビの1体が、英斗や海たちの前線部隊に向けて動きを見せた。
大きく口を開き、球状の衝撃波を吐き出す。
(……速い!)
本体の動きに反して、ブレスを放つまではワンモーションだ。
予備動作があるのなら、と警戒していた聖羅、着弾点として狙われた海が被弾する。
「っ、つう……!」
英斗の防護陣内ではあるが、コストオーバーの影響で生命力が落ちている聖羅にとって、掠り傷程度であろうが大きく響く。
「レラさん、回復期待してますよ!」
「ああ、任せろ!!」
英斗に呼びかけられ、後方に控えていたレラが腕を伸ばす。
敵味方入り混じる前線では、範囲回復を発動しにくい。
他の負傷者も気になるところだが、ここは聖羅に向けてライトヒールを飛ばした。
●
――違う
そう、ソングレイは判断した。撃退士たちは祭器を持っていない。
鳥海山での彼らは、もっと格上のディアボロを容易く撃破していた。
蒼白い光に身を包んでいたのと関係があるのだろうか?
(情報が欲しいところだ)
ここに居る撃退士が、それを持っているかはわからない、が。このまま逃がすのも惜しい。
(偵察、と言っていたか……?)
詳細までは聞き取れなかったが、逃げ惑いながら初撃を放った少女。たしか、そんなことを叫んでいた気がする。
(偵察だと。結界内まで来て――……本気か?)
狙いはどこだ?
本気で、総大将が不在だからと洞爺湖ゲートを落とせると思っている?
あの『祭器』があれば可能だと思っている?
(持っていないくせに)
少なくとも、今は、ここにはない。ならば、ソングレイの姿を見るなり逃げればいいだろうに。
逃げるどころか……
「ふん」
旅団長は鼻を鳴らし、漆黒の大鎌をぐるりと旋回した。
「せいぜい、俺をソノ気にさせてみろ」
●
いつ、悪魔が動くのか。
或いは退屈と見限って撤退してしまう?
その動きを気に掛けながら、撃退士たちはディアボロへの攻撃を続ける。
ソングレイと本格的な交戦となったら、対応している余裕はない。その前に片付けるなり動きを封じなければ――
「魔法の方が、攻撃の通りは良いようですが……硬い、ですね」
ユウとロビンが魔法攻撃で重ね打ちをして、ようやくデスストーカーは大爪の一つを落とした。
「……っ」
しかし、すぐさま反撃に振り下ろされる他方の爪、身を反転し鞭のようにしならせる尾に、ロビンの小さな体が崩れそうになる。
「どうにも厄介だな」
少女を受け止め、さりげなく背へ回しながら回復魔法を施してレラが言う。
「地上に居る限り、狙い撃ちと包囲攻撃で苦しめられますね……」
氷雅より借り受けた符で追撃を与えながら、御影も駆け寄る。地上部隊は、少しでも死角を減らさなければならない。
しかし密集すればドラゴンのブレスで薙ぎ払われる。悩ましいところだ。
「……包囲か」
レラは眉根を寄せる。
悪魔を数に入れなければ、撃退士とディアボロの数に大きな差はない。
それなのに、向こうはこちらを取り囲み集中攻撃ができる。こちらは後手に回り、戦力を分散させられる形となっている。
「いや、これがお前たちの戦い方なのだろう。俺からは何も言わない」
前方で、佳槻が四神結界を巡らせるのが見えた。
「ん?」
「え、まさか……」
「来たか!」
氷雅とユウが、驚きの声を上げる。
レラはロビンを守りながら盾を掲げる。
ドラゴンゾンビが再び、衝撃弾を放つ――英斗の攻撃で睡眠に落ちていたデスストーカーをも巻き込んで。
「はぁあああああ!? 同士討ち!?」
ゼロが頓狂な声を上げた。
まさか、馬鹿な。
だが、少々の傷を負いながらも目を覚ましたデスストーカーは、すぐさま狙いを定めて動き出す。
飛翔しているユウの下、背に回すレラの裏を突き、ロビンの小さな体躯目掛けて大爪を下ろす!
鮮血が、荒廃した大地に飛んだ。最前線で神の兵士を発動している海とは距離が離れすぎている。ロビンはそのまま、昏倒した。
――えげつない。
言ってしまえば、それであった。
心ある者同士であれば、恐らくは取れない行動だろう。範囲攻撃に巻き込み、強引に起こすなど。
(それでも……撃破を狙うより、多くを眠らせた方が良いのか?)
攻撃手段を持つ者を徹底して眠らせてしまえば、それすらできなくなる。考えが、英斗の脳裏をよぎった。
そのことで同士討ちを誘発させられるなら、それも1つだろうか。
まだ、撃退士たちは1体たりともディアボロを倒せていない。
予想以上に守りが固い。あるいは体力が高いのか。
確実に各個撃破を狙うか、足止めのバッドステータスに徹底した比重を置くか、どちらかであれば別だったかもしれない。
数年前に東北地方で確認されていたディアボロだからといって、そこに油断はなかったはずだ。
旅団長が個人行動で連れ歩くのだ、それ相応の知性なり能力なりが与えられていておかしくはない。
「なんだ、鳥海山での勢いはどうした? この首が欲しかったわけじゃないのか」
ひゅん、大鎌が空を切る。
赤翼の旅団長は、爬虫類めいた目を撃退士たちへ向け、口の端を歪めた。
「俺ァな、なにもディアボロのお散歩に来たわけじゃねぇんだよ」
――少しくらい、楽しませてくれよ。落胆させんな。
凶悪な殺意と共に、滑空してきた!
「来たか。……九魔からの付き合い、ここで終わらせるぞ」
「最後まで立っていたら、もう一度言ってみな」
猛スピードで切りつけられる鎌を、海はシールドで受け止めきれない。が、傷は思ったほど深くはない。
英斗の防護結界の恩恵もあるし、余力を残した攻撃といったところか。
「私がお相手いたします。――さあ、踊りましょう」
変化を発動させたユウが、翼を打ち付けソングレイへ正面から接近する。狙うなら自分を、と。
悠然とした笑みと共に、ゼロ距離射程でトリガーを引く。
「ようやく群がって来たか。さて――どの程度か、試させてもらおう」
防ぐでもなく避けるでもなく攻撃を受け止めきって、それでもソングレイは余裕の表情を崩さない。
海とユウを至近距離に捉え、神速で大鎌を旋回させる。漆黒の鎌が、幻影の炎を纏う。
周囲を鋭く切りつける一撃は回避の暇を与えず、2人を巻き込んだ!
空中戦を展開する彼らの下を、3体のデスストーカーが疾駆する。
「くそッ!」
取り囲まれたのはレラだ。それでも、持ち前の打たれ強さで凌ぐ。
「今なら……!!」
前線を抜かれてしまったが、敵が密集しているのはすぐそこだ。
英斗は、再び聖剣を天から降らせる。範囲内には既に睡眠に落ちているドラゴンが居る上手く外して範囲に入れる位置が取れず、苦し紛れとなったが……
ソングレイをも巻き込んでの、起死回生狙いの一手は――攻撃こそ全弾命中するも、睡眠へ落とすことは適わない。
「――この地は絶対に取り戻すわ。帰ってルシフェルに伝えなさい、ソングレイ……!」
しかし。それをもブラフとし、空を駆る姿があった。聖羅だ。
海、ユウ、英斗で完全に意識を引いた、そこへソングレイの背面へと回り込んで異界の呼び手でしかと束縛する。
「!! 貴様……」
(どれくらい、維持できるかはわからないけど……!!)
悪魔の睨みに、聖羅は決して屈しない。ありったけの気迫を込めて、睨み返す。ここで、負けてなんていられない。
「顔は覚えていないだろうが、覚える必要も無い。――ここで終わりにしてくれる」
ドラゴンゾンビを盾に視界外から距離を縮めた氷雅が、悪魔に向けて赤い蝶を飛ばす。炸裂する炎はドラゴンも巻き込み盛大に爆ぜた。
(正直に言えばそこまで興味は無いが、全力を出さない理由にはならないな)
冷ややかなブルーの瞳は冷静に、敵へどれだけのダメージを与えたか、それを測るためだけに向けられる。
「舞台は整ったかな。遠慮なく行くよ」
そこへ、海が温存していた最後のヴァルキリージャベリンを放った。
ソングレイは舌打ちし、防御スキルを発動する。深紅のエネルギー体が檻のように周囲を巡り、渾身の一撃を緩和させる。
(……今の技は、初めて見たな)
それまでの報告書にもなかったと、海は記憶を辿る。
ソングレイが学園史に登場したのは数年前だ、その頃の自分たちの力は、今よりずっと下だった。
あの時は『見せるまでもない』という判断だったのだろう。
今は、それだけ、彼に追いついている――そのはずだ。
●
冷たい手のひらが、ロビンの頬を軽く叩く。
「おい、……起きれるか?」
「……んん」
回復魔法の補助を受け、ロビンはパチリと目を覚ます。
「俺は、もう余り守ってやれないかもしれない。というのも不甲斐ないが……」
「大丈夫」
デスストーカーの包囲攻撃を受け、レラは満身創痍だった。仲間を含めた回復をしたくても、眼前に敵がいるのではそれも叶わない。
「行ってくるね」
ディアボロは、まだ多く残っている。しかし、ソングレイが動き出した。
今は飛行している撃退士に意識が向いているようだ。ならば、地上から狙う最大のチャンス。
にこり。人形のように整いすぎた笑顔を浮かべ、ロビンはハイドアンドシークで身を隠す。
潜行するに最適な廃墟の類はことごとく崩れてしまっているが、なんとかなるだろう。
「そろそろ、大人しぅ骨に戻らんかいな!」
ソングレイ戦へ障害となり得る位置にいるドラゴンゾンビへ、ゼロが攻撃を仕掛けるもなかなか当たらない。
当たった時も、強い手ごたえはない。
本来の力を出し切っていないからだろうか? これで是と選んだのは自分だ、そこで後悔はしない。
けれど、もし―― そう思わないわけでは、無い。
そうこうしている間に、ドラゴンが幾度めかのブレスを吐き出す。もう1体が別方向から距離を縮めての同時打ち。
直撃した聖羅が落ちかける、1度目は神の兵士で引き起こされるも、2度目で完全に墜落した。
「……大将ごと巻き込むって、エエ教育されとんなー……」
巻き込まれたとはいえ、ソングレイはひっかき傷程のダメージも受けていないようなのが癪である。だからこそ、なのだろう。
(そういや)
ドラゴンゾンビは2種のブレスを使うという事前情報があったが、物理衝撃弾ばかり放っているのはデスストーカーを巻き込む前提だからか?
魔法の方が、攻撃の通りは良い。ユウや御影がそう話していた。
「クッソ忌々しい奴や、ホンマ!!」
「もっと早くから、こうしておけばよかった」
ドラゴンゾンビの背後を取った佳槻が、ブレス直後の隙を狙って式神・縛を仕掛ける。
容易く術中に落ちたドラゴンを見て、少年は嘆息を一つ。
「あとは、石爆風で止めて回ります。なんとか効けばいいんですが」
「ここまで来たら、倒すよりそっちが早いな。任せたで、天宮さん」
信頼を置く戦友の姿にゼロは頼もしさを感じつつ、自分もフォローを続けると告げた。
ソングレイへ攻撃する仲間たちが、後ろからディアボロに襲われないように……十全に力を発揮し続けられるように立ちまわるのが、自分たちの仕事だ。
その下を。瓦礫を乗り越え、或いはくぐり、駆け抜ける小さな影があることに、今は誰も気づいていない。
距離を取りながら繰り出すユウの攻撃を、ソングレイがワンステップで回避する。
――その、真下。
撃ち放たれるはゴーストアロー。闇の矢。意識外から放たれる、極悪な魔道の一撃。
「……っ、ガキが」
さすがのソングレイも防御は間に合わず、まともに喰らう。狙われたのは後頭部だが、僅かに逸れて額から血が伝う。
下降すれば攻撃は届くだろう、しかし悪魔はそれを選ばない。選ぶまでもない。
主へ向けられた牙を確認した下僕が、背後へと差し迫っていたから。
「――――ッッ!!!」
声にならない悲鳴を上げたのは、レラだった。
言葉なく地に伏した少女。
幾度も戦場を共にしたというのに、呼ぶべき名を知らないことを、彼はこの時に知った。
(俺は)
まもりたい、それが全ての始まりだ。レジスタンスとして活動を続けているのも。癒しの術を中心に習得してきたのも。
(あんな、ちいさな)
久遠ヶ原の撃退士には年齢など関係ない、思春期にこそアウルは強く発動するとかなんだとか聞き覚えがあるが、レラにしてみれば子供は子供。まもるべきもの。
「レラさん、後ろです!!」
御影が叫ぶ、炎の刃を援護に飛ばす、それでも迫る敵の勢いは止まらない。盾では防ぎきれない猛攻撃を受けてレラもまた、その場に沈んだ。
●
これで最後。
祈る気持ちで英斗はもう一度、聖剣を発動する。
地上に居るのは、自分と御影だけ。1体でもいい、デスストーカーの勢いを止めなければどうにもならない。
動きが止まった以外の2体が英斗を標的にする。鉄壁の防御力を誇る彼にしてみれば一撃一撃は大した傷ではないが、畳みかけられ重なると重くなる。
「さっきからチョコマカしてると思ったら、お前か」
スイ、とソングレイは首を伸ばす。地上で味方のフォローに徹する英斗を確認した。
「……だったら、なんだ」
「いいや。なかなか肝が座ってんじゃないか?」
地上の最前線。もっとも敵の攻撃を受ける場所で、恐れることなく――それでいて『影』に回る。
やたらとソングレイ狙いの撃退士が迷いなく仕掛けてくると思ったら、そういうことかと納得したようだ。
「ソングレイ! どこを――」
足止めしようとするユウの攻撃を片腕で受け止め、他方の手で鎌を振るう。稲妻の如き軌跡を描く衝撃波が、真っ直ぐに英斗を襲った!
英斗は黄金のアウルに身を包み、最高硬度の盾で受け止めるも、カオスレートの深いところから繰り出される一撃は重い。
グラリと意識が遠のきかけたところを、海の神の兵士が発動して辛うじて持ちこたえる。
「どこを見ている」
その間に移動した氷雅が、味方を巻き込まないよう距離をギリギリに調整した指弾を放った。
弾けた空気の衝撃波は確かにソングレイへダメージを与えるも、望んだ効果までは得られない。
さすがに耐性は高いらしい。
どこかでアラームが聞こえる。海が腕時計にセットしていたものだった。しかしそれも、轟音の前にかき消されてゆく。
嵐のような激しさを纏う、一閃。
身を護る黄金のアウルさえ紙のように切り裂く。
カオスレートの深いところから放たれる強烈な一撃は、今度こそ英斗を重体へと追いやった。
「……若杉先輩、若杉先輩!!」
信じられないと、御影が叫ぶ。
まさか。だって。そんな。
「御影さん、高いところへ登るんだ。少なくとも、デスストーカーからは攻撃を受けない」
落ちついて。そう言いながら、海が英斗の傍へと着地する。
「今は一人でも多く立ち続けて、攻撃を続けなくちゃいけない」
「……、はい」
倒れた英斗の胸元に、海が手を翳す。
生命の芽――重体に陥ったものすら救う、癒しの力。
「若杉さんには、まだまだ活躍してもらわないとね」
「ふふっ、そうですね」
「え? 今、何を話して……」
目覚めた英斗に対し御影は一礼し、最初に氷雅が拠点としていた廃墟の屋上へ向かった。
●
「効果は短いけど、確実性が大事だからね」
2体目のドラゴンも石化に成功し、佳槻は顎を伝う汗を拭う。
これで、上空で戦う仲間たちは楽になる。
残された時間は折り返しを過ぎたが、戦況は芳しくない。
ソングレイは、撃退士からの攻撃の殆どを回避するか正面から受け止めている。
幾度か深紅の檻を発動して防ぐ姿も見られるが、基本的には撃退士の力量を見極めるかのように、受け続けている。
それでいて、不利と思わせるような表情を見せない。
(彼なりの賭けなのか?)
BETするのは自身の体力。相手の攻撃力と、尽きるのはどちらが先か。
(鳥海山では祭器の力を得た撃退士の前に、撤退してたのだったか)
あの時は、状況も違った。責任を負う身だったから、上からの命令もあったのかもしれない。
ならば、今は。
指弾を使い切った氷雅が、武器を愛用の双剣へ切り替える。
「最低でも片腕は貰うぞ」
美しい氷のような刃が悪魔を襲う、
「惜しいな」
悪魔は笑い、振るう鎌が灼熱の円を描いた。
一度重体に陥ったことで、英斗の防護結界は消えている。
回避力を上回る命中精度を前に、氷の蝶はスルリと墜ちた。
聖羅。ロビン。氷雅。それからレラが、戦闘不能になっている。
ディアボロは数体は撃破したし、他は石化や睡眠で無力化している。
(そろそろ、こっちからも仕掛けるか……)
分の悪さを読み取り、それまでは悪魔へ興味を見せなかったゼロが方向転換を。
「もう一息や、景気ええの一発たのむで!!」
「はい!!」
影隴による一撃離脱。
そこへ、変化の限界を感じ取ったユウが能力のリミットを外す。
手にしていた銃が漆黒に染まり、剣を象る。
「私は、悪魔……。それでも、迷いません」
男爵・リザベルと対峙し、穿たれたことを思い出していた。
しかし、それは恐怖の記憶ではない。
悪魔でありながら、同族たる悪魔と戦う、ユウにその決意をもらたした。
今も、同じ。
「……ふむ」
剣を切り返し二度、三度と繰り出される攻撃を鎌の柄で受け止めながら、ソングレイはユウの戦闘力を推し量る。
「筋は悪くねえ」
からの、旋回。
全力を解放し、動きの止まったところへ容赦なく魔法の黒焔を飛ばす!
「もう少し、遊ばせて貰いたいところだが」
期待できそうにないな?
挑発的に、悪魔は笑う。
「そろそろ、お前らも邪魔になって来たな」
ずっと後回しにしていた、海とユウを直線でつないだ。
「吹き飛べよ!」
稲妻の衝撃波が走る、ユウは完全に墜落した。
海は神の兵士により辛うじて耐え抜く。
「それから……まだ居やがった」
屋上の御影とともに、デスストーカーの対応をする英斗を忌々しく睨む。
「今度こそ、二度と立ち上がれないようにしてやるよ。俺って親切だねぇ!」
「!」
一撃離脱したばかりのゼロと英斗を直線範囲に含めての、衝撃波。
ゼロは辛うじて躱すも、回復したばかりの英斗は盾ごと吹き飛ばされ、今度こそ動かなくなった。
――そこまでだ
青年の声とともに、魔道銃の一撃がソングレイを襲う。
「時間だ! 撤退するぞ!!」
「護先輩!」
千塚率いる後衛部隊が強化されたワゴン車数台で到着し、気絶している者たちをピックアップする。
屋上から車の屋根へと跳び移り、御影も合流した。近寄るデスストーカーを符で追い払う。
「おいおい。このまま、俺が見逃すとでも思うのか?」
「お前が欲しいものは『此処じゃない』。わかっているんだろう」
「……ふん。なるほど、ね」
鳥海山に居たはずのソングレイが、北海道へ戻ってきた理由。それを、撃退士は知っている。
知った上で今回の戦闘だったのだと千塚が告げると、悪魔は鼻を鳴らした。
「OK。今日のところは退いてやろう。祭器なしで俺にケンカを売る度胸は悪くない。今度はもっと、楽しませてみろよ」
――それまで、生きてろよ?
喉の奥で笑いながら、悪魔は引き揚げていった。
●
帰途、車に揺られながら撃退士たちは意識を取り戻しつつあった。
「……俺は……負けたのか」
「咲村先輩、ゆっくり起き上がってください。傷は深いんですよ」
「ああ、大丈夫だ」
御影の手を借り、氷雅は体を起こす。
「魔道符、お貸しくださってありがとうございました。剣の腕だけを磨きつづければと思っていましたが……勉強になりました」
「それは良かった。返さなくていい、記念に持っていろ。もし手に馴染まなければ、売って別のを買うといい」
「そ! そんなわけにはいきません!!」
氷雅の申し出に驚き、御影は大袈裟に首を横に振る。
「ちゃんと、私の目で、手で、武器を選びたいと思うんです。咲村先輩も、そうやってこの符を大切になさっていたのでしょう?」
「だが」
「次にお会いする時は、もっと頼れる後輩になっていますから。だから……お気持ちだけ、嬉しく頂きます」
意識を取り戻してからも、レラはずっと沈んだ表情でいる。
現地案内を買って出たというのに、ろくな働きも出来ないままだった。
戦闘経験は積んでいる自負があっただけに、学園の撃退士との力量差を痛感したこともあるし、やはりロビンの件を引きずっている。
「なぁに暗い顔しとんのや。全員、五体満足で帰れるんやで」
「……あんたは」
がしっと首に腕を絡めて来るのはゼロだ。軽く引きながら、レラは顔を上げる。
「反省文は返ってから書いたったらええねん。それより、せっかく北海道に来たんや、ソレらしい風景を見たいんやけど」
「風景?」
結界を出てからは、のどかな草原が続いている。もうしばらくで市街地だ。
「仲間から聞いて、楽しみにしとったんやけどなー。みんな、口をそろえて言うんや」
「…………」
まさか、と青年の表情が強張る。
「『馬はええで♪』」
「あんたもあいつらの仲間かぁあああああ!!!」
どこまで続くんですか、これ。
「やった、元気出たな。アンタは、そうしとった方がええ。ここではレジスタンスの代表なんやろ」
「……すまない」
彼なりの気遣いだと知り、レラは微かに顔を赤らめながら俯いた。
範囲攻撃。
直線攻撃。物理と魔法の二種。
接近の超強力攻撃。
防御スキル。
これまでの記録にあったもの・なかったものを、海は纏め上げていた。
「どれだけ本気を出していたかはわからないけど、幅を知れただけでも収穫かな」
深手を与えるには至らなかった、任務としては失敗になる。
が、全てが無駄骨ではない――
この戦いを経て、小さな芽は葉を伸ばしていくに違いない。
「次は、負けないわ」
後ろの座席で、聖羅が言った。
「取り戻すのよ。奪われたままでなんて、終わらない」
希望の芽が、花開くその時まで。
まだ、戦いは続くのだ。