●夢の国は眠りの中
朝8時。
係員の案内で、撃退士達は開園一時間前の小規模遊園地へと踏み込んだ。
「危険生物が徘徊してても強行開園しますか、いやぁプロですねぇ。これでもし何か起きちゃったら、一体どなたが腹を切るんでしょ」
ハーヴェスター(
ja8295)が、柔らかな笑顔で立ち去る係員に声を掛ける。
相手に聞こえるか聞こえないか、ギリギリ……相手の『良心』を撫でるような言葉。
係員は、一瞬だけ足を止め――聞こえなかったフリを、選んだ。
「大人ってさぁ、ほんっときったにゃ〜いわん!」
冷たい空気を裂くような、Jungo(
ja8030)の声。
彼はひとしきり嘲笑し、それからおもむろに眼鏡を装着する。
「……まぁ、俺は遊べるし暴れられるし飯食えるしで問題ねぇんだけどな。てゆーか、そういう大人が居るから世の中って成り立ってるんじゃねーの?」
ヘラヘラとした笑いが、一転して冷やかなものになり――再び眼鏡を外すことで先に戻る。
「だがしかぁぁぁし、こんな俺がヒーローショーしやがってしまうなんてねぇ……マジうっけるぅ〜」
フリーダムなJungoの真意を、誰も計ることはできない。
そんな彼の手には、開園以降にもディアボロを撃退しきれなかったケースを想定したヒーローショーで使う、犬の様な猫の様な――曰く『ワンニャー』の着ぐるみがある。真意はどこにあっても、依頼に対する意気込みは確かなようで、アンバランスな印象に拍車を掛けていた。
「汚いとか? よくわかんないけど。要は俺たちが敵を倒せばいいってことだろ」
「遊園地は夢の国、そこを荒らす魔物達を、ボクは絶対許せない!」
花菱 彪臥(
ja4610)は、クセのある依頼に対して自分なりにシンプルな答えを出していた。
犬乃 さんぽ(
ja1272)も、キリリとした表情で与えられた仕事に対し、意欲を燃やす。
「行楽シーズンに行楽地で群成されるのは非常に迷惑ですからね〜」
古雅 京(
ja0228)が、『経営者』『遊びに来る子供たち』どちらの心情も汲み取ったコメントをする。
「人が楽しむべきところに危険……事故等の可能性は消えないが、こういった形の危険性は迷惑だな」
雨下 鄭理(
ja4779)も、淡々とした風だが京の言葉に頷きを返した。
蝶型ディアボロの発生地は遊具施設から離れた花畑広場だというが、施設内まで現われている可能性が高い。
小ぶりなそれを、見逃さず確実に撃破すること。
開園と同時にやってくる子どもたちへ危害が及ばないようにすること。
(引き受けた以上は、しっかりやるさ)
要点を頭の中で手早くまとめ、黒田 圭(
ja0935)は気だるげな仕草の中に、やる気を忍ばせた。
「――『自分』は人形。からくりに廻り、幾度も変わる多面の人形」
鄭理の自己暗示。時間が来ても、役が変わっても動き続ける機械の如き心を。
「さ〜て、開園前に狩りまくって、遊べるようにするわよ〜♪」
「子供達の夢を守りに行きましょうか」
守叉 典子(
ja7370)とフェリシア・リンデロート(
ja7423)の言葉が、全員の気持ちを前へと向けた。
●秘密の花園
「開園前の遊園地って、静かで別の場所みたいです……」
『この先:花畑ひろば』の看板を通過しながら村上 友里恵(
ja7260)が好奇にほんのりと頬を染めた。
「メリーゴーランド、か。……乗ったことも無いわね」
新井 司(
ja6034)は遊具施設を横目に、ポソリと呟く。
まずは殲滅に集中することとなるわけだが、それでも少しだけ『あとの楽しみ』に心が動かないわけでもない。
「うふふ、七色の蝶だなんて、さぞ綺麗なんでしょうね。折角だから一頭持ち帰ろうかしら? なんて、冗談よ」
「ディアボロでなければ……夢のある話ですのにね」
おっとりした口調の月原 アティア(
ja5409)に、フェリシアが小さな溜息を返した。
「絶対開園までにやっつけよう。遊園地を楽しみにしてる子達を、危険な目には会わせられないもん」
最悪のケースとして、撃破が間に合わない事は想定している。とはいえ、目標は揺らさない。
さんぽが気合いを入れ、おもむろに駆けだした。
「ちょっと待ってて!」
得意の壁走りで、瞬く間に観覧車へと登る。双眼鏡で遊園地全体を見渡し、蝶の所在を確認した。
メンバーの一人のスマホが震え、さんぽの声が響いてくる。
『アスレチックコーナー! えっと、そこから9時の方向!』
全員の表情が一気に引き締まり、戦士のそれとなる。
ここからだと、花畑よりも近い。司が係員から借りておいた園内マップによれば、そのまま花畑へ抜けることも可能だ。
「……実戦って何気に初めてかも」
駆けながら、友里恵の鼓動がいつもより早く鳴る。
「遊具を傷つけないようにな!」
蝶を確認した圭が、全員へ再度の注意を促した。
「はぁ〜ッハ!! 俺も無駄撃ちはキライよぉ〜!」
Jungoがオーバーアクションでリボルバーを回し、軽快に放つ。
「遊び時間のために減らすわよ!」
その間に距離を縮めた典子が、大太刀を振りかざし、跳躍一つ。
着地と共に、派手に蝶たちを薙ぎ払う。最初から全力モードだ。
「しっかり狙って逃がさないようにしないとなっ」
彪臥も続き、ファルシオンを振るった。
「あらあら、残念」
術の発動途中で、まずは殲滅完了したらしく、アティアがスクロールを閉じた。
「4、5……6体ですか」
「他には見当たらなかったよっ あとは花畑に直行しようっ」
友里恵が撃破数をカウントしている間に、さんぽが追いついた。
朝陽に花弁を開き始める花畑、そこに舞う七色の蝶の群れは、ほんの少しだけ幻想的であった。
「蝶々採集、と行きたいところではありますが……」
京が、構えたクレイモアにアウルを集中させはじめる。
「選別はきちんと致しますよ」
群がってきたところで、発勁を叩きこむ!
花はもちろん、地表にも傷つけないよう配慮している。
「ほんと、残念ね」
京の攻撃から逃れた個体は、アティアが放つ光に焼き尽くされた。
「大地爆裂ヨーヨー☆ストライク!」
一方、広場の辺りではさんぽ達が戦いを展開していた。
花畑自体に被害を与えないことを考慮しての行動だ。
「頭さげてろよー」
一声かけて、圭がショットガンで射撃を行なう。
「きゃっ」
その威力に、花畑の外側から逃げ出す個体を撃退していた友里恵が小さく声をあげる。
(えっと、集中、集中!)
慌てて気を取り直し、ロッドを振るう。
その彼女の前を、影がよぎった。
「雨下さん……!」
「ケガはないか」
「だ、だいじょうぶです」
「だったらいい」
友里恵の横へ回りこんでいた蝶を紅銃黒弾で叩き落とし、鄭理が壁役として立ち回る。
「……身を挺しても他の者や仲間を傷つけない、それも仕事だ」
「な、仲間の傷を治すことが……私の仕事です」
「ああ、そうだったな」
友里恵は、アストラルヴァンガードだ。思い出して、――なのに彼女が攻撃手に回っていた事に少しだけ驚いて、鄭理は表情を崩した。
「回りこまれないように気をつけていきましょう!」
ハーヴェスターも素早い身のこなしで加わり、友里恵をサポートした。
他方。
「半数は倒しましたね」
フェリシアはタウントを発動させ、シールドで防御をしながら戦況を判断する。
「この調子なら、余裕で殲滅できちゃうかもね!」
フェリシアのサポートをしていた典子が、ご機嫌に応じた。
30、と聞いていた個体数は多いものの、これだけの人手があれば充分に対処できる。
群がって攻撃を仕掛けてくる習性も逆手にとれば、労せず狙い打ちできると同義だ。
『リンデロート、そちらはどう?』
「新井さん! だいたい片付きました」
反対方向でディアボロ狩りをしている新井からスマホに連絡が入り、フェリシアが慌てて応答する。
「数は10。アスレチックと併せて16体撃破の確認です」
『こっちは6。一度、集合した方がいいかしら。情報を纏めたいわね』
「了解です」
8時45分。開園前の定時アナウンスが花畑にまで響く。
「先に退治したのと合わせて、ちょうど30……ですか」
話をまとめ、京が少し考えこむ。
「巧く行き過ぎっていう感じはあるわね」
司も同意した。
「んー……、予定通り、各グループ担当の捜索エリアへ分散するってコトでいいのかね」
不安が残るのであれば、警戒を解かなければいい。
無駄な議論は面倒だといわんばかりに圭が話を畳みに掛った。
「よっしゃ、遊ぶぜーっ!」
「遊んで帰るまでがお仕事よ〜♪」
メンバー達の軽傷を手当てしていた彪臥が、それを聞いて元気に飛び上がった。
この時の為にと戦闘に全力を注いでいた典子と、ハイタッチをしている。
「お茶菓子も持ってきております。無事に任務が終わりましたら、みんなでお弁当を広げましょう」
「折角ですし、遊園地の芝生に座って食べたいですね」
京の申し出、友里恵の提案に歓声が上がり、一時解散となった。
●キッズパークなないろへようこそ!
「みんなぁっ、向こうのひろばでヒーローショーが始まるよ☆いっそげーっ!」
ハーヴェスターが、全開のアニメ声で小学生たちに呼びかける。
遠足のしおりには書いていなかった『ヒーローショー』。男子達の目が、途端にキラキラと輝きだす。
売店付近の花畑ひろば。さんぽが蝶退治の際に放ったヨーヨーストライクの痕が、即席のセットとなり雰囲気を出している。
そこでは、ワンニャー&ニンジャヒーローの熱い戦いが繰り広げられていた。
「この人達は悪い蝶を退治する正義のヒーローです♪」
友里恵が、子供たちへ説明する。
悪の秘密結社が生み出した『七色の蝶』。その脅威より、みんなを守るために今日はヒーローがやってきた!
「魔法の忍者ゲキニンジャー、そしてこれがボク必殺のヨーヨーだよ!」
さんぽが軽やかにムーンサルト、同時に得意のヨーヨー技を放つ!
「わんわんわォー!」
ヨーヨー技『犬のさんぽ』へ、ワンニャーがアクロバティックに反応する。
可愛らしい着ぐるみにあるまじきワンニャーのトリッキーな動作、勇ましさを見せるゲキニンジャー。
彼らが何と戦っているのか。彼らは味方同士なのか敵対しているのか。
それすらも子供たちにはよく伝わっていなかったが、「カッコイイ!」と評判であった。
「はいはい、あんまり前に出るなよー 怪我するからなー」
「フハッ! まぁ……ガキ共が危険になったら助けてやらんでもない!」
前のめりになる子供たちを圭が制する後ろで、ワンニャー……Jungoがビシリとポーズを決めた。
アスレチックコーナーでは小学生たちと同化して、彪臥と典子が満喫している。
「みんな元気ね〜、お姉さんも負けないわよ〜♪」
「俺だって!!」
子供たちと差がつき過ぎないよう加減はしているが、大きく空気を吸い込んでの運動は、なんと気持ちがいいものか!
ターザンロープを上まで登り詰め、彪臥は器用に反転する。真っ青な空が目に染みた。
「楽しむ人を見て過ごすというものも一つの楽しみ方ではないだろうか?」
「そうですねぇ」
鄭理と京は、残党の探索をしていた。表向きには、はぐれた家族を捜して――あるいは見守りながら、ともとれるだろう。
典子達も、高い位置から同様に目配りをしている筈である。時折、「どこかな〜?」という典子の声がこちらまで響いてくる。
気温が上がり始め、穏やかな一日を作りはじめていた。
「乗ってみようかしら」
アティアと遊園地敷地内を探索していた司が、おもむろに発言した。
視線の先には――……
「まあ! 一度、メリーゴーランドに乗ってみたかったの」
――愉快な音楽、上下に揺れる木馬に馬車。カラフルに点滅するライト。
(この年になって、初めて乗ったけど)
やはりと言うべきか、今更これに乗った所で面白いとは思わない。
けれど……
周囲の子供たちは、キャッキャと歓声をあげている。
(自分も、あれ位の年代なら楽しめたのかもしれない)
「だとしたら……かつての私に代わってあの子達が楽しめるようにするのは、きっと意味のあることよね」
司の呟きは聞こえない筈の、後方にいるアティアが「楽しいわね」とにこやかに手を振った。
それで、いいのかもしれない。
おっとりとしたアティアの雰囲気につられるように、ほんの少しだけ司の表情が和らいだ。
ヒーローショーが無事に終わり、友里恵は圭、Jungoと共に遊園地を巡ることとした。
「私はメリーゴーランドに乗ってみたいなあ」
演技とも本気ともつかぬ友里恵の一言に、圭の表情があからさまに引きつる。
「村上、さすがに、それは」
「ノンノン、俺たちゃブラッザァだぜー? なー、友里恵ー☆」
「はい、Jungoおにいさん!」
「……フリーダム」
「一人だと恥ずかしくて寂しいですけど、皆で一緒ならきっと楽しいですよ♪ ね、黒田さん? あ、圭おにいさん!」
『年の離れた妹をベタ甘やかしの兄2人』という設定のようだ。
「折角の機会だし、楽しまないと。な」
「皆で乗ってる所を記念写真も…… あっ、他の乗り物もお付き合いします♪ 絶叫系は少し苦手ですが……涙はぐっと我慢です」
(こりゃ何を言っても敵わない、か)
観念したように、圭は肩をすくめると先を行く2人を追った。
――きゃーーっ
そんな折、園内に女子の悲鳴が上がった。
何事かと視線をやると、フェリシアが取り囲まれている。
「『ツインラビット』だー! ほんもの? ほんもの?」
「あっ、ええっと、どうしましょう」
『美少女騎士ツインラビット』は、女優フェリシアの顔の一つである。が、今は撃退士として任務中なのだ。
これはいけない。
変装用にと、服装や伊達眼鏡など気を配ったはずだが……
「ゲキニンジャー、第2幕! 美少女騎士ツインラビットとのコラボレーションだよっ☆」
そこへ、ゲキニンジャー参上!
華麗にセーラー服をなびかせて、フェリシアの隣へ着地する。
「えっ、あ」
さんぽのウインクに、フェリシアは察する。
その瞬間、女優としてのスイッチON!
「本日限りの、スペシャルイベントです」
パチンと指を鳴らし、開幕を告げた!
●覚めない夢の中で
時刻となり、一行は花畑ひろばに集まった。
開園後の戦闘には至らず、ディアボロ撃破を完遂した旨を告げると、手の空いている係員達が総出で感謝の意を述べてきた。
経営は大企業に移ったといえ、係員達は昔から、このキッズパークを見守り支えてきたのだ。
今回の件に、なにより心を痛めていたという。
「無事に解決して、安心しています……子供さんたちも、すっかり楽しんでくれて」
そのことが何よりもうれしいのだと、口々に言う。
ディアボロは撃退され、子供の夢は確かに守られたのだ。
その後の風聞で子供たちが離れてしまう事を、誰もが恐れていた。
「また遊びに来ましょうね」
驚く事に、支給されたのは優しい味、手作りのお弁当で。
晴れた空の下、暖かな日差しでの楽しい昼食。
今度は、戦闘抜きで訪れたい――
友里恵の言葉に、誰もが笑みを返した。