●
「なるほどな……。これは確かに、視界が悪い」
若杉 英斗(
ja4230)はナイトビジョンを装着してみたものの、暗所対策のアイテムだ。ゴーグルだから、素のままよりは楽という程度。
「聞きしに勝る、ってヤツやなぁ。周辺情報は出発前に叩きこんできたで。市街地がこうだから、進行方向はアッチやな」
転移装置の着地誤差を考慮に入れて、ある程度の広域地図をゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は下準備として記憶して来ている。
風の強い場所で、地図なんて悠長に広げても居られない。覚えた方が早い。
「帰って来たなーって安心する景色だね……。とも言ってられないか」
北海道出身の加倉 一臣(
ja5823)にしてみれば懐かしい程度の風雪ではあるが、射手として制限を受けてしまうことも同時に実感していた。
「物理的に視界が効かないのは好都合じゃないかな。思ったよりスムーズに、隠密行動は出来ると思う」
「心配なの……。速やかに救出しましょう、です」
一臣の言葉へ、華桜りりか(
jb6883)がコクリと頷いた。
「北海道独自の撃退士組織……まさかとは思いましたが」
「学園の義務とかは心底ドーでもイイけど、その秘密組織には北海道の知り合いが居るみたいだシ、助太刀に否はねェよ」
ここ最近の奇妙な遭遇者――今回の合流相手を思い浮かべて、ユウ(
jb5639)は感慨深げに呟き、狗月 暁良(
ja8545)も態度こそ素っ気ないがどこか楽しそうだった。
(我流のアウル技術で天魔に対抗する人達か……。戦友として見殺しにはできないな)
英斗は面識こそないが、戦場を共にしたことのある幼馴染から少しだけ話を聞いている。『戦友』と呼ぶには、それで十分だ。
真っ白な雪と風が視界を遮る。その向こうに、ぽつんと佇む人影があった。オリーブ色のフライトジャケットに、短く刈った緑髪の青年の姿がボンヤリと浮き上がっている。
「レラさん」
ユウの呼びかけに、青年は弾かれたように顔を上げた。
「……あんた達も来てくれたのか」
彼はユウやRobin redbreast(
jb2203)、小田切ルビィ(
ja0841)や暁良と、既に面識がある。
久遠ヶ原へSOSを入れたものの、顔見知りが来るとは思わなかったらしい。
「今度は正式な共同作戦として共に行動することになるなんて……。これからの為にも、何としても仲間たちを無事に助け出しましょう」
「すまない、どうかよろしく頼む。――俺はレラ、北海度で活動している……まあ、レジスタンスみたいなものだ」
「レラさん、よろしくお願いします……です。早速救出に向かうの……」
ユウへ頷きを返し、それから初対面のメンバーへ簡単に自己紹介をするレラに、りりかも申し出る。
「君が例のあの人か」
そこへ、一臣が興味深そうに呼びかけた。
「……例?」
「『馬はいいね』」
にこり。
「…………どういう広まり方をしてるんだ、それは」
『ここには居ない友人たちがレラと面識があるという合言葉』になってきているのは気のせいか。
額に手をあてるレラへ、一臣は右手を差し出す。
「北海道系撃退士の間では、ちょっとした噂よ? 俺は道南、故郷がお世話になってたのかもね。改めてよろしく、レラくん」
「そうか、……わかった。それじゃあ、遠慮なく力を借りる」
二人は握手を交わし、そして現場へと向かった。
「彼らの位置情報は、大まかにでも把握していらっしゃるのですか?」
「雪原の向こうに防風林がある。そこに身を潜めてるのは確かだが……詳細まではわからない」
ユウの質問へ、『長時間の通信は音声で敵に見つかる可能性がある』とレラは続ける。
「会話はしなくても、いいんじゃないかな」
そこに、ロビンが意見を投じた。
「こっちから話しかけて、向こうには通話部分を叩いてもらえないかな? YESかNOの2種類くらいなら聞き分けできると思うよ」
「……それがあったか」
「戦闘音で二人が不安にならないようにと、ちゃんと助けに来たよって、伝えておきたいね。ただ、ある程度の安全を確保するまでは、連絡しない方がいいかな」
反射的に声が出る、ということもあるだろう。すぐにサポートできない状況で彼らが敵に見つかってしまったら大変だから。
そう添えるロビンに、レラが短く頷いた。
●
やがて、周囲の異変が目に見えて来る。
ひとならざるものの移動跡、激しく削られた地表、爆炎で溶けた雪の跡。人の足跡は、風雪によって既にかき消されていた。
「鳥海山に向かって手薄になったと思ったら、ルシフェルは備えの部隊を残していたんだね」
天界の巨大な拠点としては鳥海山が北限だが、だからといって簡単に留守を空けるわけがない、か。
強力なディアボロの痕跡を見て、ロビンが言葉を落とす。
「敵は二人の気配を追ってるから、敵が多く集まってる辺りの先にいるのかな」
「いや、湊は気配を消すのが上手い。逃げに徹すれば、防風林へ逃げ込む前に撒いてると思う。見つけきれなくて右往左往してるのが関の山だと思うが……」
レラはそこで言葉を切り、しばし考え込む。
「敵の知能がわからないな。日常的に相手にしてる野良ならともかく、今回は結界内から出て来た強力なヤツなんだよな……」
気配を断っても、姿を消せるわけではない。
聴覚や視覚、嗅覚が異常に発達している敵という可能性を捨ててはいけない。
「油断大敵ってことやな。油断はせぇへんで、全力で焼き尽くしたる」
接触するまでわからないことが多いなら、どんな局面であっても対処するだけの余裕が必要だと、ゼロが口の端を歪めた。悪い顔である。
「前回はモフモフで、その代わりにドロドロってのが気に喰わネーけど……ドラゴンが居るし、ま、浪漫的にはイイや。光、細かいコトは言わネーから互いにフォローをシて行こうゼ」
「了解です。よろしくお願いしますね、――……」
「っと、あ゛〜……自己紹介、シてなかったか。狗月暁良だ。宜シく」
「はい、狗月先輩」
ふふっと笑い、御影は愛用の刀を顕現すると暁良に並走した。
「それと、自己紹介と言えば―― ……まァ、そっちは、作戦が無事に済んだ後にでもな」
暁良は先を行くレラに呼びかけようとし、口をつぐむ。『そこの女』呼ばわりは引っかかるが、今回で覚えさせればいい。
(このイイ女の顔くらい、覚えていてくれソーだけどよ)
「でかい的が大空を飛んでるな。……落としたいね」
吹雪の中、上空を旋回する巨大な黒い影が確認できた。一臣は好戦的な笑みを浮かべるも、得物の射程に収めるには、まだ遠い。
「視界が遮られるったって、どう考えても高所がアドバンテージを握る。ブラックバハムートをフリーにするワケには行かねぇな。先に行って引き付けておくぜ」
「なんか前もこんなんあったな。援軍特急再びや!」
ルビィとゼロが翼を顕現し、先行を開始する。
「まだ防風林に敵の手が伸びていないのなら、絶対に意識を向けさせるわけにはいかない。……自分は雪原を突っ切ります。近寄る相手の足止めをしますから、様子を見ながら救助を」
「了解。任せた若ちゃん」
駆けだす英斗を一臣が見送る。そのタイミングで、上空では戦いが始まった。
●
獲物を探し雪原へ意識を向けているブラックバハムートの後方へ、ルビィが吹雪に紛れて回り込む。
「――どっち向いてんだ? お前の相手は俺がしてやるよ……ッ!」
直近へ迫り挑発をするも、強い効果は得られない。
「横っ面殴られねぇと気付かねぇか」
相手取るにふさわしいと認識するのなら?
(方法はなんだって良い、ブレスが防風林へ向けられたら任務はオシマイだ)
紋章から大剣へと武器を変えて、ルビィは今一度強く踏み込む。
「でけぇ図体だ、退治し甲斐があるぜ……」
胴体を切りつける、そこでようやくルビィの存在を認識したバハムートが、咆哮し身を捩った。
「ッとお!!」
青年の眼前を、鋭く強大な爪が掠っていく。来るだろうと予測していなければ、首ごと持っていかれていた。
「いいぜ……。そのまま、俺を見てろ」
浅く頬を割かれ流れる血を拳で拭いながら、ルビィは敵と正対した。
(否が応でも、無視はさせねぇ……!)
空中戦の、わずかに下方をゼロが飛行する。さりげなくバハムートの行動を制限できる位置を取り、単身で戦うルビィのサポートとなるように。
「ウヨウヨおるのはええねんけど、もう少しまとまらんかい!!」
ブラッドハイロードもブラッドスライムも銀世界で無駄に目立つ存在だ、雪原を見渡せる場所に着けば標的とすること自体は難儀ではない。が。
点在しすぎて、範囲攻撃内に収めることが難しい。飛行状態ということを考えれば射程も限られる。近づこうとすればルビィを孤立させてしまう。
「雑魚に時間を割くのも惜しいんや、一気に押していくで!!」
仲間たちの追撃を信じ、ゼロは選ぶ。ブラッドスライムの複数体を収める場所へと移動し、眷属殲滅掌を乗せたブレイジングストームを仕掛ける!
地べたを這いずり回るスライム3体は上空からの攻撃を予測しておらず、ただ反射的にその身を固め、致命傷までは防いだといった風だ。
「んぅ……、地上は……任せてなの……」
そこへタイミングを合わせて、りりかが炸裂陣を放つ。
強力な魔法攻撃が1体を溶かし、残る2体は震えながら結合した。
「ハイロードは押さえます!」
そこへ、変化を済ませたユウが颯爽と飛び出す。
ブラッドハイロードは互いに距離を取っていて同時に巻き込むことはできない、ならば1体へ集中するだけだ。
蒼い光を纏う拳銃の、トリガーを引く!
魔をもって魔を滅ぼす、ユウが習得している対冥魔の攻撃スキル。
「魔法攻撃じゃなければ、その外套も飾りですよね」
「よくゆうたで! たこ焼き神の前に出てくるとはええ度胸やな、まるっと焼き上げたるわ!!」
――まずは1体ずつ確実に。ゼロが次の標的を定める間に……
「さぁて、伸るか反るか…… とっておきの腹パンだぜぇ!!」
一臣がバハムートの真下へと滑り込む、真っ直ぐに銃口を上に向け、対空射撃『DoSinpetus』を放った!!
ノイズのエフェクトを纏ったアウル弾が、巨大なドラゴンの腹を突き破る。
「う。お、お、おおおおおお!!!!?」
「惜しいオミさん、あと10センチ」
「華麗にプレスされる位置ですね!!?」
冷やかすゼロへ、涙目の一臣が命からがらに叫ぶ。
――直撃を受けて、墜落して来るドラゴン。
落下効果が効くかどうかは賭けであったが、ヤダそんな素直に落ちてこなくても……
なんとか身を返した一臣のすぐ横へ、バハムートは雪煙を巻き上げながら倒れ込んだ。
「油断すんなよッ、撃破したわけじゃねぇ!」
上空から、ルビィが注意喚起する。バハムートの巨大な目玉が、ぎょろりと一臣を捉えた。やばい、これは喰われる流れ。
「っとと、そうだった。小田切くん、サンキュ!! 狗月さん、光ちゃん――あとは任せた!」
「オウよ!!」
「加倉先輩、ありがとうございます!!」
当初はスライムの消耗狙いだった2人だが、バハムートの墜落に成功したとなれば事情が違う。
一臣の呼びかけに応じ、攻撃先を変更する。
「せっカク墜ちてきてくれたんだ、歓迎するゼェ!?」
縮地で一足飛びに接近した暁良が、一臣の離脱をアシストするように回り込んで拳を打ちこむ。
「私たちの攻撃が届くうちに、少しでもダメージを……!」
御影は封砲を放ち、暁良を狙っていたスライムごと巻き込んだ。
雪原で激しい戦いが展開する一方で、救助を待つレジスタンスのもとへ向かうのはロビンとレラ。
「邪魔はさせないよ」
ロビンは行く手を阻むスライムに対しファイアワークスで突破口を開き、
「着いてこられても迷惑だ」
追うように、レラがアウルでナイフを生み出しトドメを飛ばした。
「道を拓くのは大事だが、あまり目立つわけにもいかないな……」
応戦の難しいところだとレラが眉根を寄せる。
「大丈夫、あとは走るだけ」
戦いは、ゼロやユウの立ち回る周辺で激化している。先ほど遭遇したのは、はぐれていた個体だ。
「はー、追いついた。じゃ、そろそろ本気出して向かいますか」
全力移動を重ねていた一臣も合流し、一行は先を急いだ。
●
「3人とも、早く!」
救助部隊の道付けを手伝うのは、先行していた英斗だ。
彼らの後ろを、英斗が守る。その先――防風林へは、敵を決して近づけないように。
「ここから先は、通行止めだ!」
暗色のブラッドスライムが、膜状に体を広げて英斗を取り込む。――が。
「計算のうちだ」
束縛される中で放つは、渾身のガードクラッシュ。
攻撃に驚き硬直する、それすら貫く一撃。
スタンさせて解放されると、アーマーチャージで畳みかけ、軽く6mは吹き飛ばす。
「ふう。計算のうちでも、スライムはどろっとしてて気持ち悪いな……」
ぼやく合間に襲い来るハイロードの炎球は、愛用の盾で防いだ。爆発する頃には、救助部隊は既に駆け抜けたあと。
「さて、ここからが正念場だな」
拳を打ち鳴らし、英斗は眼前の敵へ集中した。
先を急ぐ3人の前に、防風林が近づいてくる。
「……今のところ、スライムが入り込んでる様子は無いみたいだね」
ロビンが、雪原にそれらしい跡が無いことを確認する。質量のあるディアボロだから、この吹雪の中でも移動の痕が消えることがないのは他の場所で実証済みだ。
「雪原班で、既に5体は撃破したって。りりかちゃんから連絡があった」
「結合前のカウントか?」
「そそ」
中継を担う一臣の報告へレラが確認をし、肯の答えを得ると思案顔となる。
「……事前情報だと、残り5か」
吹雪の中でも認識しやすい敵の姿とは言っても、さすがに全てとはいかない。――が、落ち着いてきていると判断していいはずだ。
レラは通信機を取り出す。
「あ、レラくん。2人の位置からはディアボロが見えるか、彼らから見て何時の方向に何が居るか分かるなら、それも確認をお願いしたいんだけど……いいかな」
「わかった」
一臣の要請に二つ返事をし、青年は救助対象と連絡を繋ぐ。
「だまれ。喋るな、音を出すな、助けてやるから大人しくしていろ」
「…………」
「…………」
ワントーン低い声で話し始めたその姿に、一臣とロビンは言葉なく顔を見合わせた。
●
一度は墜落したバハムートだが、直ぐに翼を打ち付けて飛翔する。
「チィッ」
殴り足りない暁良が悪態を吐く、上空で待ち構えるルビィが異変に気づく。
(単純に飛び上がってるワケじゃねぇな、息を吸い込んで―― ……ブレスか!?)
「ヤバイぞ、離れろ!! ブレスが来る!」
それがどれほどの威力か、ここへ到着する前に目にしてきた。雪は溶けるどころか蒸発し、地面は深くえぐられて。
「とはいっても……『俺』が退くワケにもいかねぇんだよ、な」
ぎりぎりまで引き付けて、それから避ける。
遠目にも、救助部隊が防風林へ入っていったことがわかる。
要救助者の安全が完全に確認できるまでは、絶対に絶対に意識を向けさせてはいけないのだ。
吐き出される黒炎が眼前に迫る、回避を試みるルビィの足がギリギリのところで焼かれた。
「……ッ」
焼き切られたかと思う程の痛みが襲う。それでも。脚が潰されても、ルビィには翼がある。
「……ハッ! ――折角のランデブーだ。もっと愉しもうぜ……!」
その瞳が、力強く輝きを増す。ニヤリとした笑みと共に、大剣が煌めく。
どうやらブレスは連続で吐き出せないらしい。牙を向け尾をしならせるその攻撃を往なしながら、ルビィは巨体故に小回りの利かないバハムートの頭上を取った。
剣が纏うは、光と闇のアウル。混沌の一撃。
ルビィを見失ったバハムートは、地上の撃退士に対してブレス攻撃を試みて息を吸い込む、その隙に。
――ザクリ
それは驚くほど美しく、吸い込まれるように、バハムートの額へと突き刺さった。
「りんりん、気ぃつけぇ! 左手10m先、タコが居るで!!」
「たこ焼きにするには美味しくなさそうなの……」
上空からの戦況伝達を受け、りりかが守りを固める。地上では吹雪が邪魔をしてよく見えない、ゼロのアシストは非常に助かる。
炎の礫が頭上から降り注ぐも、充分に防御可能なタイミングだった。
「たこ焼きがだめなら、刺身はどうでしょうね」
りりかたちへ意識を向けていたハイロードの、その背には英斗が居た。
防風林傍の安全を確認した後、挟撃の形で慎重に距離を縮めて来たのだ。
思念で飛ばす愛盾『飛龍』が、外套ごと敵を切り伏せる。
英斗との距離を考慮して、ユウが別角度から影の刃を躍らせる。
「これで……終わりでしょうか」
「少なくとも、ハイロードとバハムートは撃破完了ですね。スライムは自分が1体倒しました」
「……残り、4なの」
一端の収束を見せたようで、撃退士たちが集まり手短に状況確認をする。
「俺と光で2体は倒したぜ。ツーマンセルだと飲み込まれなくてイイな」
飲み込まれ経験者・暁良は、当時の感触を思い出して思わず自身の肩を抱いた。
「事前情報に間違いがなければ、あと2体……どこかに潜んでるワケか」
こうなってしまうと、逆に厄介だ。
「りんりん、救助部隊はなんて?」
「んと……取り込み中、らしいの」
合流は完了した心配無用、一臣からの通信はそれきりだ。
たしかに、防風林内に敵がいるかもしれず或いは狙われるかもしれない状況で、長いやりとりは難しい。
救助者には深い傷を負ってる少女もいる、手当てがあるだろう。
「んじゃ、あとは索敵しつつ救助班との合流待ちやな」
待つ間に殲滅できたなら、越したことはない。
ゼロの案に異を唱えるものは居なかった。
「……あ、小田切さん、待ってください……なの」
再び上空へ発とうとしたルビィへ、りりかが慌てて回復を掛ける。
「……祓い給へ、清め給へ……」
それは木花咲耶姫に捧げられる祈り、春の香りを纏う癒しの光。
「だいぶ楽になった……ありがとよ」
●
「うわぁああああああん! レラぁああああ!!!」
「ええい叫ぶな、居所がバレる。湊、こいつの口塞いどけって言っただろ!」
「レラも充分に叫んでる。仕方ないよー、ナナもがんばったんだって。……で、こちらが『久遠ヶ原』の?」
「……ああ」
防風林にて。
一行は、通信機のやりとりと一臣の索敵能力で救助者たちのもとへ到着していた。
バハムートのブレスに脚を焼かれた黒髪ショートカットの少女・ナナと、彼女とタッグを組んでいるという亜麻色の髪の青年・湊。
ずっと痛みと恐怖、寒さに耐えていたナナはレラの顔を見るなり感情が緩んで泣きだしてしまっている。
レラによる回復魔法を受ける間、湊が一臣たちと情報交換をしていた。
「久遠ヶ原の関係者が上層部にいるんだね」
「ああ、僕たちは『オヤジ』って呼んでる。アウル? の使い方も、基本はその人から教えてもらってるんだ。あとは個人でどうにかしてる」
レラよりも年上だろう湊は落ち着いているものの、彼自身も満身創痍だ。ロビンのライトヒールを受けながら会話を進めた。
「久遠ヶ原とは『上』同士のやりとりしかないから、僕たちも君たちのことは詳しく知らないんだ。助けを呼んだって聞いた時も、なんの冗談かと思った」
「その辺は俺たちも初めて聞いてね、驚いたよ。でも、これからは助け合っていけるって聞いてる。まぁ、狙いの規模は大きすぎてピンとこないけど」
――祭器の力で、北海道を冥魔の支配から解放する。
そう、ミーティングルームでレミエルは話していた。
北海道に展開されているゲートは、ただのゲートではない。人界における冥魔の総大将・ルシフェルが主なのだ。
祭器がいくら強力だからといって、そう上手くいくだろうか?
「『祭器』……だったか? 俺も話に聞いたばかりで、よくは知らないが」
回復を終えたレラが、ロビンから防寒着を受け取りナナの肩へ掛けながら言葉を続ける。
「タイミングを狙うなら今しかないのはわかる。作戦を成功出来るかどうかは……『俺たち』次第だ。きっとな」
俺たち。
レジスタンスと、久遠ヶ原。
そう言葉に込めた青年の眼差しを受けて、まんざらでもないと一臣は笑みを返した。
「っと。しまった、りりかちゃんから連絡だ。はいはーい、こちら加倉です。ゴメンね、救出は完了したよ。――うん、わかった。了解!」
雪原は寒すぎるから、とりあえず防風林内で合流希望ということらしい。
●
雪が止み、風も収まってきた。
「りりかちゃん、みんな、こっちこっち!」
「大丈夫でしたか? ……です」
戦いを終えた面々が、応急手当てを終えて防風林へやってくる。
「任せっきりになっちゃってたね。俺も林の中からサポートできればと思ったんだけど」
「結果的に正解だったんじゃねぇかな。下手に攻撃すれば、簡単に意識もってく奴らだったぜ」
単身でバハムートを引き付け切ったルビィが言う。
この広すぎる雪原で――英斗が防壁を担ってくれていたとはいえ――敵が防風林方向へ攻撃目標を定めてしまったなら、防ぐ手立てはないに等しい。
ブレス一つ、爆炎一つでナナや湊は落命していた。
雪原で戦うメンバーだって、攻撃を仕掛ける側であり敵の特性を事前に掴んでいたという利があればこそ、うまく立ち回れたのだ。
「……今日の俺の首の皮の厚さと来たら」
ちょっとした判断、動作で命を繋いできたのだと知り、一臣は小さく震えた。
「ま、無事でヨカッタじゃねーか。俺はモフモフも好きだけどよ、そういうのを守ってきたのがレラや……ナナと湊だっけ? アンタらなんだろ」
「ああ。……女、あのあと、ちゃんと手を洗ったか」
「ガキじゃあるまいし、いつのハナシだよ!? ……ッたく。俺は名前を憶えてるんだからな、レラ。いつまでも『そこの女』呼ばわりすんナよ」
レラに茶化され、それからようやく暁良は名乗る機を得る。
「狗月暁良、アキラだ。よッく刻んどけ」
トン、と青年の胸元を拳で小突いた。
「……えと、れじすたんすの皆さんは……これから、どうなさるんですか?」
学園と協力体制を取るということは聞いたけれど、これまで隠密に行動をしていた彼らは何か変わるのだろうか。
自分たちは、どういった形で力になれるのだろう。
りりかの問いに、レラは顎を撫でて思案する。
「その辺りは未だ、俺たちも詳しくは聞いていない。今のところは『オヤジ』……サブリーダーで、久遠ヶ原との繋ぎを取ってる人なんだけどな。そこの当人同士の話で」
「……『祭器』の存在が関係していると、聞きました」
そこへ、御影が言葉を挟む。
「私は東北地方で、素材の収集やテスト使用にも携わってきました。現在鳥海山で、天・魔を牽制しているものとは別の効果を持つものですが」
「? 別の効果?」
……話してもいいのだろうか?
いや、他ならぬレミエルからの依頼だ、情報共有は悪いことではないはず。
迷った末、御影は知る限りのことを伝える。
結界を無効化する『祭器』、
撃退士の能力を跳ね上げる『祭器』。
その2種類が開発されていること。
「はー……。なるほどな、そいつは途方もない……なるほど」
「私が関わったのは、結界を無効化するものです。ゲート同様に、地脈のエネルギーが関係するもので……」
「ゲート同様、か。でかいゲートの傍なら、でかい効果が得られるってわけか?」
話を聞いていたルビィが、考えを纏めて訊ねる。
「……、恐らく」
ルシフェルゲート。
日本国内最大規模の、冥魔ゲート。
それが息づく地脈エネルギーは――……
「途方もない」
レラは重ね、そして笑った。
「あんたたちの能力は、誰より俺が傍で見させてもらってきた。全てがそうってわけじゃないかもしれないが、心根が曲がってないことも知ってるつもりだ」
それから、撃退士ひとりひとりと視線を合わせる。
「俺は一介の構成員にすぎない、大した発言力はないが……リーダーにも伝えておく。この大地は決して蝕まれ続けるだけじゃない、ジリ貧の防戦以外の道がある、ってな」
上層部同士の話だけで物事が進んだのなら、逆に反発が生じるだろう。
現場を知る声があること。届けること。それは、きっと大きな力になる。
「私たちも、気持ちは同じです。……これからの、ために。共に戦いましょう」
「ああ」
ユウが進み出て、レラが応じる――その光景を眺めていたナナが不貞腐れた声を発した。
「アレよね、レラは女の子らしーい女の人に弱いよね、ミーナさんだっt」
「だまれ吉田誰が何に弱いだと吉田」
「本名で呼ぶのは止めてって言ってるでしょー!! 組織内で7人も被ってる段階でナシなんだから!」
「……吉田ちゃん?」
七番目の吉田だから、ナナ。
言われてなるほどの由来に、一臣は笑う。微笑ましく感じただけだが、当人からは涙目で睨まれた。
「リーダーは、女の子らしい方なんですか?」
意外だな、と英斗は湊へ訊ねた。
「……まあ、うん……そうだねぇ。…………外見は?」
「湊、それミーナさんの前で言ってみろよ」
「言わないよ!? 言えるわけがないよ!? レラはリーダーが絡むと性格変わるのどうにかした方が良いよ!?」
(……なんとなくわかったような気がする、かな)
レジスタンスたちのやり取りを眺め、英斗は英斗なりに納得をした。
●
途方もない戦いが始まろうとしている。
作戦は既に、水面下で始まっていた。
途方もないと、諦める? ――否。
どこまでも広がる銀世界に足跡をつける人間がいて、その空へ翼を広げる仲間たちがいるのだ。
途方もないことだからこそ、手を取り合って進む必要がある。
今日という日は、まっさらな雪原に踏み出す貴重な第一歩だ。
レジスタンス。名を持たない、北海道の抵抗勢力。
彼らと手を携え、奪われ続けて来た大地を取り戻す。
それは遠い未来の夢物語ではなく、達成すべき目標なのだと、この場に居た誰もが感じているはずだった。
穏やかな風が雲を押しやり、傾き始めた陽が美しく雪原を照らしていた。
ほどなく、北の国にも春が来る。
縁があれば、いずれまた、共に同じ戦場を。