●
転移装置を抜けると、撃退士たちは白銀の世界へ放り出された。
遠くに、雪を被った森が見える。恐らく、戦場はそこだろう。
「最近、北海道関連の依頼が目立つけど……何かが影響しているのかな?」
龍崎海(
ja0565)が札幌近郊の依頼へ参加したのも、最近の事だ。
「縁ならば、どこかで全て繋がるのかもしれませんね。レラ殿……でしたか。従兄弟や友人らの話で聞いています」
海と同じ依頼に参加しており、また今回の戦場にて共闘しているという謎の青年についても、夜来野 遥久(
ja6843)は事前に多少ながら情報を得ていた。
「うーん。斡旋所で連絡先は聞いたけど、学園生は誰も通話に出ないな」
ダメモトで先行している撃退士に連絡を取ろうとした海だが、試みは上手くいかなかった。
「戦闘中で、手が回らないのでしょうね」
海へ、天宮 佳槻(
jb1989)がそう呼びかける。呼びかける傍らで、思考を続けていた。
(こちらは挟撃可能な状態で、一見するとこっちに有利そうな状況なんだけど……。動物達の保護や周囲の環境保全まで考えると、単純では無さそうだな)
「今は自分たちにできることで詰めていきましょう」
「光等で加勢に気づかせるようにできるかもしれないけど、そうすると敵にも気づかれ奇襲の失敗が高まるか……」
別の連絡手段も考えてみて、それから海は先行部隊への連絡を断念した。
「可愛いのを可愛くネーのが追っ駆けてるってギルティ案件だシ、チャキッと済ませるとするか。先制攻撃は任せとけ」
前に狗月 暁良(
ja8545)が戦った場所は日高だった。しかし、今回もどうやら見覚えのあるヤツが居るらしい。
上手くいけば、自分たちの存在が『合図』になるかもしれない。
(北海道……)
一面の雪景色を走りながら、Robin redbreast(
jb2203)は北国の景色に目を奪われていた。
この感覚は何だろう。『懐かしい』?
機械として生きるよう教育された少女の、消し去ったはずの記憶の片隅に、何かが引っかかる。それは不快ではなく、どこか暖かい。
「……動物……。色んなスキルで戦う撃退士のことも、怖く思ってしまうかもだね」
何気なく感じたことが、ぽそりと口をついた。
●
人間の足跡は、動物の群れによって消されていた。統率されたように逃げる軌跡は、森の奥へと続いている。
跡はところどころ乱れているが、血痕は一つとしてないのがかえって不気味である。
「お〜……凄ェ数の動物だな……。流石は北海道だゼ」
映像でしか見たことのない、エゾシカやキタキツネ。エゾリスたちは木々の上に避難している。
雄大で、野性味があり魅力的なそれ等は……大量のディアボロに怯え、撃退士の少女たちの後ろで震えていた。
「……ネーわ」
暁良の表情が、スッと冷えたものになる。
あんなものまで襲うなど、許してたまるか。
「狗月さん」
「サンキュ。じゃあ、景気よくイくとすっか!」
遥久がヒドラによる毒対策にと、暁良へ聖なる刻印を付与するのが合図となる。
「折角背中を見せてくれているんだしね」
海の放つヴァルキリージャベリンが、光の道を作る。狭い森の中を塞ぐスライムたちを一直線に穿った。
その間に距離を詰めたロビンは小柄な体格を生かし、スライムの合間に見えるヒドラの一体をファイアワークスで消し炭にした。
何が起きているのか理解が追いついていないと思えるスライムたちは、本能のままに弱体化した個体同士が結合する。赤黒い体がプルンと震え、最初からそうだったかのように『一つの個体』になる。
「厄介な能力もちから、足止めしていきますね」
次いで、六道 琴音(
jb3515)が幾分か開けた視界へジャッジメントチェーンを投じた。もう一体のヒドラを捉え、麻痺に落とす。
「今です!」
攻撃手がひとしきり動いたところで、遥久が最前線へ。ナイトアンセムを発動し、こちらを認識し始めた敵を暗闇へ落とす。
範囲内の全てとはいかないが、大半が認識障害に依る混乱を起こしていた。その隙に、ユウ(
jb5639)と緋打石(
jb5225)、佳槻といった飛行能力を持つ者たちがディアボロの一群を飛び越えてゆく。
「よう、助けに来た」
「「緋打さん!!」」
石の登場に、ユナと唯の表情が明るくなる。天使と遭遇して窮地に陥った時にも、こうして助けに来てくれた。
「学園から、援護に参りました。私はユウと申します」
石とユウが、前衛に加わる。
変化により悪魔本来の姿に近く戻ったユウを見て緑髪の青年は驚きを隠さなかったが、学園の名を耳にして小さく頷いた。
「えーと、レラだっけ? 天界の加護を強く受けているのならずっと前衛で立つのは辛いだろ? 手伝うぞ」
「…………」
盾を装備しているとはいえ、確かに青年の手傷はルインズの水無月に比べて深い。
レラは見るからに自分より年下の少女からの進言に眉根を寄せ、それからハッとした表情をし、「助かる」と最後には呟いた。
「四神結界を張ります。だいぶ楽になると思うんですが」
佳槻は中衛、ハジメの傍へ。
「六角さん。敵の足止めや奇襲への対応は引き受けますから、引き続き動物たちのケアを頼めますか」
「……はい!」
佳槻の要請に、ユナはシャンと背筋を伸ばして返答した。
「反撃開始と参りましょう」
拳銃を手にしたユウは、琴音が束縛したヒドラの胴体を撃ち抜いた。
「むやみやたらに生態系を壊すよりも楽しいことを教えようか? まあ楽しいのは自分だけかもしれんが」
他方、石が放つは戦車の炎。アウルの火車は一直線に駆け抜け、渋滞を起こしているスライムに襲い掛かった。
「この銀世界を余り壊さぬようにしたいからな……。破壊のし過ぎに用心用心」
敵だけを狙い撃ち、周辺の木々を傷付けることのないように。
●
「スライム2体の後ろ、ヒドラが居ます」
生命探知で探り当てた遥久が指摘する、同時に毒針が彼を襲うも、その盾の前には掠り傷にしかならない。
「オモシレーくらいにくっつき合うのナ、こいつら。そろそろ遠慮はイラネーな」
暁良は遥久の示したヒドラに向かって駆ける。
「コレで3つめェ!」
紫焔を纏う、鬼神一閃。逆側からユウのアウル弾が走り、挟撃によって撃破。
――その、背後を。
「!?」
味方の援護射撃が走るも撃破しきれず、赤黒い膜が暁良を襲った。
「狗月さん! ……どうすれば」
助け出そうにも、うかつに攻撃すれば巻き込んでしまいそうだ。符を手にして、琴音が惑う。
「……試してみるね」
すっと、小さな影が動く。ロビンがスタンエッジを繰り出し、プルプルのスライムに電撃を与える。
「今なら」
スタンが決まり、スライムがぐたりとするのがわかった。そこで琴音は集中力を研ぎ澄まし、中の暁良を傷付けないよう魔法攻撃で追撃する!!
「うわー…… 最悪だった」
「無事に出てこれてよかった。他に調子の悪いところはない?」
海が回復魔法をかけながら訊ねる。暁良は首を横に振る。異常はないようだ。
「寒い時に嬉シくねェ『服を溶かす』って特徴がネーのは救いだったかもな」
ドロッとした感触は、肌に残っている。顔をしかめながらも、冗談を言う余裕は残っていた。
(……足跡?)
混戦の中、ロビンは雪上の不自然な跡に気づく。のっそりと、木々の間へ入り込むように、それは。
「タケル。右側に気を付けて」
「へ? あ、ぅおわ!!」
「来たか!」
向こう側からの注意喚起に戸惑うタケルだが、佳槻が一足先に反応した。
木々の暗がりから、流動性を活かして入り込んだスライムが飛び出す――その出鼻を、八卦石爆風で固める。
「1体くらいは、忍び込むと思ってはいたけどね」
そこへ海が魔道書を繰り、青い玉石を槍のように飛ばし、貫いた。
合流時には8体居たブラッドスライムだが、先制攻撃で5体までに減り、その中で潜行した1体も撃破し、弱ると結合するという本能が裏目裏目でとうとう1体だけとなっていた。
「これでヒドラも討伐完了ですか」
氷刃でダークヒドラを切り伏せて、遥久は涼しい表情で戦場を見渡した。
「……他に隠れているディアボロは居ないようですね」
最後の1体も石によって撃破されるのを確認してから、遥久は再度の生命探知で確認する。
戦場へ到着した時は途方もないように感じられた敵の数だったが、先制攻撃からの挟撃が功を奏し瞬く間に消し去った。
「……終わった、のかな」
海の呟きへ、冷たい風が応えるように吹き抜けた。
動物たちの嘶きが、森の中に響いた。
●
戦いが終わり、各自で傷の手当てが行なわれる中。
「いやー、急とはいえ紹介が遅れてすまぬのう。緋打石じゃ。妹御たちとは面識があってな」
「ほら、話したでしょう、お兄ちゃん。前に、助けてくれた人だよ」
「あー……。唯の兄の、ハジメです。こっちは友人の水無月。今回を含め、世話になっちまって」
ハジメが、ペコリと頭を下げる。一方のタケルは、ニコニコと微笑を浮かべて石を見つめている。
「緋打さん、今回はありがとう。ところで、あなたは知っているかな。唯さんと同級っていう金髪の」
「水無月、それは今は止めろ」
「初めまして。久遠ヶ原の夜来野と申します。レラ殿、ですね。以前、従兄弟や友人がお世話になりました」
遥久に呼び止められ、レラは怪訝な顔をする。そっと伸ばされた手が青年の傷を癒し、同じ能力持ちだと知る。
「私も、北海道出身なんです。『もう少し東の方』ですね」
「……ああ、あの時の」
遥久の言い回しで、レラも思い出したらしかった。
「そういえば、馬もお好きだそうですね?」
「…………あの時の」
従兄弟と友人。納得した。
「日本は狼が居ネーのが残念だケド、……コイツら可愛いーな、モフモフ」
「待て!! 狐に触るな!」
遥久との会話を切り上げ、レラは血相を変えて暁良の元へ向かった。
マインドケアの効果で穏やかなキタキツネへ、手を伸ばしたところだ。
「エキノコックスに感染するだろう!!」
※エキノコックス:寄生虫の一種
キタキツネなどが所有しており、人間に感染した際の致死率は恐るべきもの
「……交流方法はあるダろう? レラなら知ってるだろ?」
冬毛でモフモフしたキタキツネと一緒に、暁良は青年を見上げる。
戦闘時もクールな印象の女性の、意外な一面である。
「…………触った後は、手を洗え。念入りに。必ずだ」
「リョーカイ」
(彼にとって大事なのは土地なのか、……それとも人なのか)
動物に触れようとする面々へ注意を飛ばすレラを眺め、佳槻は考える。
訊ねてみたい気もする。答えは返らないだろうとも思う。
(気になるのは……自分にどちらも見いだせないから、なのかもしれないけれど)
佳槻はその手で守り、戦ったはずの掌へ視線を落とす。
意義を見いだせなくても、戦う。守る。
自分の感情の在処がわからなくても、動くことはできる。
(……僕は)
感情を、取り戻したいんだろうか。それすらも、今はまだ、わからない。
「動物に慣れてらっしゃるんですね」
「北海道内は庭みたいなもんだ」
エゾシカとの接し方をアドバイスしたところでユウが微笑して、レラはフイと顔を逸らす。照れ隠しらしい。
「さっきは、すまなかった。助けに来てくれたってのに、失礼な態度を取った。そっちの小さいのも」
「うん?」
呼ばれ、石が振り返る。
翼を持つ異形の者。はぐれ悪魔たち。
「土地柄、どうしても過敏になっちまう。こっちの味方についてくれる存在が居るのは知ってるのにな……」
駆けつけた瞬間に見せた表情のこわばりは、そういう理由からだった。
素直に頭を下げる青年へ、石は首を振る。
(はぐれ……あるいは堕天の存在を知っている、受け入れているのか)
そんな様子を、遥久はじっと眺めていた。
撃退士と同じ能力をもつ――つまりはアウル覚醒者――の、レラという青年は謎が多い。
なんらかの組織に属しているようだが、明らかにはできないこと。
北海道で生まれ育った遥久でさえ、そんな組織のことは知らない。
日高から富良野――決して近くはない距離を移動していること。
久遠ヶ原を、敵対視しているわけではないらしいこと。
(……久遠ヶ原、か)
ふと、ひとつの疑問が浮かび上がる。
それは、海もまた同じであった。
(前に学園長と連絡を取り合った人の関係者なのかな?)
確たる証拠はない、けれど。
海が北海道を訪れた依頼というのは学園長からのもので、実に奇妙だった。
「『有無相生』って……知っているかな」
「なんのことだ?」
「有があるから無があり、無があるから有がある。『片方だけでは成り立たない』『相対的な二つが揃うことで意味が生まれる』」
半分は、カマかけだ。
学園長からの依頼で託されたのは、勘合の片割れ。それを相手の物と併せて浮かび上がった単語が『有無相生』。
四文字の意味自体は重きが無いのかもしれない、ならば『勘合』そのものならどうだ。
「……」
レラの表情は変わらない、外したか?
――、――――、―――――!!!
そこへ、突如として緊急アラームが鳴った。
「っ」
レラはジャケットの内側から通信機を取り出し、画面を見て舌打ちをする。
「どうぞ」
「いや……」
遥久に促され、かといって…… 悩む間にもアラームは鳴り続ける。
「くそっ。何が起きた!!」
諦め、応じたレラの……血色の良い肌の色が、みるみる青ざめる。
「は? 札幌? 待てよ『オヤジ』、学園長から連絡が入ってんだろ。今は――……」
「…………」
「…………」
「…………」
札幌。学園長。連絡。
逃れようのない単語が並ぶ。並べてしまったと気づいたレラが振り返る。突き刺さる撃退士たちの眼差し。
「レラはお仕事中だったのかな? ディアボロの住処を見つける情報網とかあるのかな」
そこへ、邪気皆無のロビンがザックリ切り込んだ。
「なにか目的があって、こちらにいらしたのではないですか?」
ディアボロが出現するような場所でまた会うなんて……偶然じゃないですよね。
責めるわけではないが、一つ一つ確認するように、琴音が声を掛ける。
「業務提携できたらいいね」
にこ。感情の薄い笑みを浮かべ、ロビンが小首をかしげた。
レラは、ロビンと琴音、それから海と遥久へ視線を巡らせ――佳槻、暁良で少し止める。ユウと石に対しては、何かを言いたげな表情で口を閉ざす。
そして最後に、
「ああ。『次』があれば――……必ずだ」
そう告げて、
「そこの女。必ず、手は洗うんだぞ。顔をうずめたなら、顔もだ」
暁良へ言い残し、今度こそ風のように去っていった。
「またの逢瀬を楽しみに……と言いたいところですが、穏やかではなさそうですね」
日高から富良野、富良野から――……札幌?
学園と、北海道で暗躍する『組織』にどういった繋がりがあるのか。
札幌では今、何が起きているのか……
予測と予感を秘めながら、遥久は風の行方を目で追った。