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転移装置を抜ければ、そこは北の大地。
真っ白な雪原が何処までも続く。
(修学旅行は参加したことがないけど、確かにお祭りの手伝いで函館へ来た時はゲートの存在を殆ど気にしてなかったな……)
天宮 佳槻(
jb1989)は去年の夏のことを思い出していた。ごくごく平和な、夏祭りのことを。
(九魔の時も、悪魔勢は北海道に引き上げたと知ってたのに)
北海道に、冥魔の本拠地はある。洞爺湖を中心とし、道都札幌を飲み込む巨大な結界を巡らせて。
函館市は、ちょうどその結界によって他地域と切り離されたような位置だ。青森の方がずっと近い。
今回の日高地方は結界を挟んで函館とは逆方向に位置しており、結界からの距離を考えれば函館より離れている。
――なのに、函館はあんなにも平和だった。
何故?
(元々撃退士制度が出来る前はバラバラな覚醒者組織が戦っていたと言うし、今でもそういう人がいたとしてもおかしくないけど……)
だとしたら、何故、久遠ヶ原はその存在を知らないのだろう。
何故、久遠ヶ原に協力を仰がないのだろう?
「この熊もどき! あたいが熊鍋にしてやるんだから!」
「つーか、見るからに毒持ちだよな? 熊鍋にもならねえヒグマとか超ムダじゃね……?」
佳槻の思考は、雪室 チルル(
ja0220)と月居 愁也(
ja6837)の狩猟脳発言によって中断された。
「……気になることは多いですが、とりあえず目の前の事が優先ですね」
「熊と蛇のキメラか? 他にも何か混じってやがるかも知れ無ェ。皆、気ィ付けろよ!」
真紅の翼を可視化させ、生み出す風で足場の不安定さを無効にし。小田切ルビィ(
ja0841)は先陣を切りながら、後方の仲間へ呼びかけた。
意識を切り替え、佳槻もまた翼を出してルビィに続く。
「合成獣ってことは、それぞれの部位を倒さないとダメなのかな」
それとも本体部分を倒しちゃえば、尻尾とお腹も動かなくなるのかな?
Robin redbreast(
jb2203)が、素朴な疑問を呟く。
「少なくとも、一つ一つを潰すことはできるんじゃないか?」
ふむ。少し考えて、愁也が応じる。
「バステが厄介だよな。俺が盾になって真っ先に尾をぶった切るから、狗月さんとRobinちゃんはガンガン攻めてってな!」
「任せナ。色々とあルだろうけど、色々はその後で」
愁也から聖なる刻印のバックアップを受けた狗月 暁良(
ja8545)は目的地まで走りながら、射程圏内に入った傍からディアボロの狙撃を開始した。
(ボニート……敵は取るぜ……!)
金鞍 馬頭鬼(
ja2735)には、友が居た。
共にこの大地を踏みしめようと誓い合った友が居た。しかし……約束は叶わなかった。
自分一人がこの戦場に居る意味を噛みしめ、闘志へと変える。
(俺だけじゃない、ウォシュレットも一緒だ!!)
呼ばれた気がして他班の愁也がキョロキョロしているが、馬頭鬼は気づいていない。
暁良の弾丸が届く頃、脚力を限界まで引き上げた馬頭鬼が誰より早く戦場へ到達する。
「水無月さんは青髪の女の子のいる二人組の班へ合流して下さい。残りの二人は女の子を守りつつ班の後方へ下がって待機していてください」
銃撃で援護しながら、馬頭鬼は後方で三つの部隊に分かれている仲間たちを指す。
「なるほど、わかりました」
「急な要請で、ほんと済まない! 助かった!!」
水無月がウェポンバッシュでヒグマを吹き飛ばした隙に、如月が後方へと下がる。
「ハジメ」
とことこ、ロビンが歩み寄る。
(ハジメは、謎の人が消えちゃわないように引き留めお願いね)
(?? わかった)
小声の指示に、身をかがめながら如月は頷く。
「お待たせしてすみません。助太刀します」
小さな妖たちがヒグマに食らいつく――六道家に伝わる呪符を手に、六道 琴音(
jb3515)も到着。
「そこのお兄さん、あともうちょっとだけその子よろしく!」
「む、…………」
琴音とは逆方向から到達した愁也が、緑髪の青年へ軽い調子で呼びかける。
「この娘を傷つけさせるわけにはいきません、必ず守りましょう」
「……くそッ。今だけだ」
彼女の真っ直ぐな瞳が後押しし、青年の協力を取り付けた。少女も、突然襲われた恐怖で必死に青年へしがみついている。これを振りほどいて移動するのは至難だろう。
「雪室さん、水無月さん、援護します」
その様子に安堵の息を吐いて、琴音はチルルと水無月へ呼びかける。
「なんだかよくわかんないけど、今はあの敵をやっつけないとね!」
元気一番・チルルが、改めて場の空気に活を入れた。
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「雪がなんだ、生粋の道産子なめんじゃねえぞ!!」
ビンッとクリアワイヤーを両手で張り、愁也は正対するヒグマへ審判の鎖を絡めた。
「っしゃあ!」
確かな手ごたえが返る。縛りつけ、麻痺させて、あとは殴る――……
――ゴオッ
赤髪の真横を、炎のブレスが通り抜けた。
「狗月さぁああああん!?」
麻痺をしても、『攻撃』はできる。その場から動けないヒグマは、腹から炎を吐き出した。
「フンッ、ぬるイな」
が。命中精度は落ちている。暁良は鼻で笑い飛ばし、身を低くして炎の下を駆け抜けた! 一気に間合いを縮める。
「ヒグマとフェンリル、強いのはドッチだと思う?」
銃から氷狼爪へと換装し、暁良はヒグマのどてっ腹に烈風突きを叩きこむ!
「体力がありそうだよね。とりあえずは毒付与を試してみるよ」
暁良の後方から、ロビンが蟲毒を放つ。蛇の幻影が絡みつき、首の後ろへ噛付いた。ぶわり、黒い霧がディアボロの身体を包む――毒の効果だ。
「早くね!!!!!?」
三人の連携が上手くハマり、真っ先に腹部の獅子が息絶えるのを見て愁也が思わずつぶやいた。
とはいえ、本体と蛇は生きている。油断はならぬ。
動きを止めている間にロビンはファイヤーワークスを降らせ、暁良がトドメに荒死による三連続攻撃で巨体を地に沈めた。
「どォよ!!」
拳を振り抜き、暁良は得意げに叫んだ。
他方。
「接近させないうちに仕留められればいいんだけどよ」
遠方から封砲を喰らい、後方にのけぞりながらも体勢を整えたヒグマの様子に、ルビィは舌打ちをする。
「……熊と勝負ってか? 気分はマタギか金太郎だぜ」
――突進してくる。
四足の構えを見て、ルビィもまた熊へ大剣の切っ先を向ける。左足を前に出し、右の頬の横で構える様は雄牛の角の如く。
「まっしぐらに来てくれるなら、好都合ですよ」
所詮、獣は獣か。
例えば馬であったなら、もっと知性があったろうに。
憐みにも近い眼差しで、ルビィから僅かに距離を取った馬頭鬼はワイヤーを構える。
「来ます、今です!!」
高所を飛翔していた佳槻が呼びかける。
「……ッ、…………ッッ」
ヒグマの突進にタイミングを合わせた、神速の発動。頭部を狙った水平斬りは、僅かにポイントこそ逸らすが大きなダメージを与えるに至る。
「『Ochs(オクス)』――雄牛の角で熊狩り、ってなモンよ」
痛みに暴れ、無茶苦茶に振り回された爪がルビィの頬を傷付けるも、掠り傷に過ぎない。
敵が暴れた理由、そしてその狙いが定まらない理由は足元にあった。
「桜魔燦・黒糸無葬―― 我が刃に切れぬもの無し」
「お馬さん国士無双?」
「リアクションありがとうございます!」
眉根を寄せるルビィへ礼を述べつつワイヤーを回収するのは馬頭鬼である。彼がカウンターで敵の足元を襲ったのだ。
「生命力は、本当に高いですね……」
ヒグマの猛攻が止まったところで、佳槻が他方向から符を操る。弧を描いて放たれる錆色の風の刃が、容赦なく腹部を抉った。
「厄介な尾に機動力、これを削ぐことからです」
機動力を維持したまま、馬頭鬼はヒグマの死角へ回り込んでは要所へ攻撃を繰り返した。
機を見た佳槻が石爆風を掛け、こちらも戦況は一方的な物へとなってゆく。
「その程度のパンチ、あたいには効かないわ!!」
最上段から振り下ろされる爪を、チルルは氷の結晶の盾で受け止める。
「その厄介な尻尾を叩ききってやるわ! このやろー!」
氷迅、雪に反射するかのような輝きを放つ鋭い刺突が蛇の尾を襲う。水無月が混沌の矢で続いた。
(敵の動きを抑えたうえで、敵の間合いの外から攻撃を仕掛ける事ができれば……)
攻撃を畳みかけられ敵が怯んだところで、充分に間合いを取った琴音が審判の鎖を放つ。
「水無月さん。大丈夫ですか?」
「あっ、……申し訳ない。気づかれてましたか」
立ち回る際、蛇の尾が水無月の手を掠めていた。毒に犯されていると見抜き、琴音は聖なる刻印で回復を促す。
「いくらでも援護しますから、無理だけはなさらないでください」
「……面目ない」
と、しょぼくれるヒマもなく。
足止めをしても、ヒグマは腹から火は噴くし尾は暴れるし意味もなく爪を振りかざす。
「お腹にまで顔があるのね! 熊のくせに生意気よ!」
鍋に出来る部分が減るじゃない!!
チルル、容赦なく腹へ剣を突き刺す。
近接に依る、多少の手傷は気にしない。深手に至れば琴音がフォローしてくれた。
「火力なら俺に任せナ! 一気にブッ斃すぜ!!」
そこへ、暁良の銃弾が飛び込んできた。
すげーな。
手にした魔道銃を撃つことすら忘れて、如月が少し離れた戦場を見遣って呟いた。
愁也たちの班が、抜きんでて連携が強い。真っ先に一体を撃破、他班の応援に向かっている。
「同じ撃退士でも、戦い方が違うっつーか……」
『敵に主導権を握らせない』戦い方を、知っている。
常に後方の如月たちを気遣いながら、敵をこちらへ抜かせない。
「……オレたちだって、別に」
「え?」
震える少女を抱きしめたまま、青年が何事か呟いた。
聞き逃した如月が振り向くも、彼はそれ以上、話すことはなかった。
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戦いが終わるのを見届け、青年がスッと立ち去ろうとする。
「待ってください。私は六道琴音と申します。貴方は一体……」
救急箱を手に、琴音が駆け寄ってくる。ルビィも続いた。
「協力に感謝するぜ。フリーの撃退士か何かか?」
「まあ、まずは礼は言っておくわね!」
ササッとチルルが青年の背後に回り、退路を断つ。
「ほら、女の子もお礼言いたいって言ってるし。俺は月居 愁也、もちょっと東の出身でね。お兄さんは?」
「…………名はない。とうに捨てた」
「……へえ?」
それは、また。
「じゃ、話を変えよっか。土地柄もあるけど、この地方に伝わる『あの』英雄みたいだ。カムイが宿る自然の力を借りて戦ってる……んじゃなくて、俺らと同じ能力だよね?」
愁也の言葉に、青年の顔色が変わる。
(日高には聖地と呼ばれる場所がある。かつての英雄のように、纏める者が居るんだろうか)
アウルの使い方を知っているのは独学か、仲間が他にもいるのか。
「洞爺湖ゲート支配領域周辺は、妙に天魔出現率が低いンだが……アンタ、何か知ってるか?」
探るように、ルビィの赤い瞳が青年の顔を覗き込む。相手は感情の読み取れない顔をしていた。
「いいや」
「今回がディアボロと初めての遭遇ではないのでしょう? 僕たち久遠ヶ原とは違う何かに属してるのでしょうか、それとも何にも属さず自分だけで戦っているのですか?」
佳槻は、己の思考を、浮かんだ疑問をそのままにぶつけていた。
純粋な疑問だった。
佳槻は『目の前の戦い自体にしか意味を見いだせない』。もし、彼が具体的な目的を、意味を持ってこの土地で戦ってるというのなら……それが何か知りたいと思った。
「悪いが、多くは話せない。しかし、……おかしな奴らだな」
青年は、緑髪をガシガシかきむしって苦笑いを零した。
「礼を言うのは、俺の方だ。たった一人で、あの数の化け物を相手にする強さは持っちゃいない」
如月と水無月が居合わせて、速やかに学園へ連絡を取り応援が来てくれたから。少女も自分も無事だった。
青年の上着をギュッと握りしめたままの少女は、不安げに彼を見上げる。「大丈夫だから」と背を押され、少女は琴音の方へと歩いて行った。
冷たそうに見えて、情は熱いようだ。その様子を見届け、愁也は言葉を重ねる。
「……教えてくれないか。ここで何が起きてるんだ? 折角なら、情報を共有したいと思ってる。人を守りたい、この大地を守りたいって気持ちは同じだろ?」
「アンタ、北海道出身だって言ってたか」
愁也の真っ直ぐな眼差しに、青年は耐えかねるといった風に首を振った。
「あんまり俺をいじめてくれるな。『誰にも知られるわけにはいかない』んだ」
「…………」
(『知られてはいけない』組織、誰にだ?)
ルビィが、言葉から分析する。
(今までも一般人を助けてたら噂になってそうだけど……。記憶を消したりとかできるのかな。単独行動の理由はあるのかな)
噂にならない理由。それをロビンは考える。……うまく答えが見つからない。
「レラ。仲間は俺を、そう呼ぶよ。教えられるのはそれだけだ」
彼を、それ以上引き留めるのは難しそうだった。
話が途切れるのを見計らい、青年・レラは踵を返す――その肩を、グイと掴む者が居た。
「馬はいいぞ」
ウェットスーツにマスクを装備、焦茶の腰布がオシャレな馬姿の馬頭鬼であった。
「……馬は、そうだな。良いな」
レラが真顔で答える。
「何!? 熊推しで無いのならなぜここにいるのだ!? 馬推しならば、なぜもっと早く言わない、友よ!!」
「急になんだ!? おい、お前ら仲間なら誰か止めてくれ帰れないだろう」
ガッと肩を掴まれ、揺さぶられ、レラがヘルプを求めるも皆が視線を逸らした。
「いやあ、どさんことしては止めるに止められない何かが」
「ばんばでもやってればいいだろう!!」
※ばんえい競馬:競走馬がそりをひきながら力や速さなどを争う競馬の競走
なお、北海道和種の『どさんこ』は使われず、『ばんば』と呼ばれる農耕馬が活躍する
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……案外とノリの良いお兄さんだったね。
何処へとなく見送った後、愁也が言った。
「地脈や気脈の流れで、函館方面は安全なんだろうか?」
「それはどうかな。時間が無かったから急誂えだが、それでも見てみろよ。函館は、ヘタすると結界に掠るぜ」
ルビィが自作の資料を取り出した。
「今日は単独行動だったけど、『仲間』がいるって言ってたね。アチコチにいるのかな」
函館が無事というのも、関係している?
「『知られてはいけない組織』……ですか。『撃退士』ではなくとも、この土地で天魔に抗う人々なのでしょうね」
ロビンの疑問に、琴音は考えを巡らせ、答えた。
「まあ、縁があればまた会えるわよね!!」
これ以上は考えても仕方がないと、チルルが一刀両断。
「レラ……『風』か。色んな所を吹きまわってるのかね」
冬空を見上げ、愁也が呟いた。
ここで紡がれた縁は、ほんの一端。
けれど、その一端から始まるのだ。