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冬空の下、撃退士たちは持て余した力を大地にぶつけていた。
雪をかき分け、地表を掘り、そこに眠るという特殊鉱石を探す。
「【祭器】……天魔への対抗手段ですかー。でもなんでこの名前なんですかねー? 何かを祭るのでしょうかー?」
のんびりと問うのは櫟 諏訪(
ja1215)。
「『祭器』は『祭事』に使うもの、祭事とは神社での行事ですよね。天使や悪魔が西洋風らしいことに対抗して、日本らしいネーミング……とも違いますよね」
それに対し、御影がうーんと唸る。
そればかりは名づけのレミエルへ問うしかないが、問える空気だとも思えなかった。
実物が完成して、自分たち学園生の前にも提示されたなら、納得できるのだろうか。
そんな、のどかな会話を交わしていたのがほんの少し前のこと。
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青天の霹靂とは言ったもので、ほぼ安全圏だと思われていた場所にディアボロが群れて襲い掛かってきた。
ワイバーンが空を飛び、地鳴りと共に白い巨人が接近してくる。
『絶対に安全な場所』と断言なんて、出来ないご時世ではあるけれど。だから、こうして撃退士が採掘に当たっているわけだけれど。
「楽なミッション……、んな訳ないよな」
君田 夢野(
ja0561)は嘆息一つ、地表を掘る手を止めて銀色の焔が刻まれたギターを顕現する。
「採掘現場各地で冥魔の妨害が入っているみたいだね。此処も、か……」
臨戦態勢を整えながら、狩野 峰雪(
ja0345)は空を仰いだ。
富士、それから北陸地方でも同様の事件が挙がっていたか。
(偶然? それとも情報が洩れている? だとしたら、どこから……)
が、それ以上は思考する時間が惜しい。
「飛行戦力は厄介だから、早めに機動力を奪っておきたいよね」
ダウンジング・ペンデュラムが大きく反応を示す地点を守りながら、峰雪はワイバーンが第二撃のモーションをとるより先に行動を起こした。
星の鎖を絡め、地上へ引きずり下ろす!
「同感ですよー? 空中にいては戦いづらいですし、その翼奪わせてもらいますよー?」
ほぼ同時に放たれた諏訪のイカロスバレットは、もう1体の片翼を穿った。
「どちらも息はしてまさぁ、ゆめゆめ油断はしないよう!!」
(さみぃから早く終いにしたかったんだけどなぁ……)
本音と手荷物を放り出し、点喰 縁(
ja7176)が前衛へ進み出る。
「暖を取るには、ちぃとばかし激しいや」
苦し紛れに吐き出された炎のブレスを、真正面からがっしりと受け止めた。後ろの仲間たちを守り抜く。
(……邪魔……)
雪山に身を潜め、片翼を落としたワイバーンへ死角からトドメの一撃を打ちこんだのは紅香 忍(
jb7811)。
アサルトライフルを手にする少女然とした風貌の少年は、いささか機嫌が悪いようだ。
(珍しく、殺しの無い仕事だと思ったのに……)
追加手当の請求は可能だろうか? いや、斡旋所での任務内容カテゴリは『戦闘』だったか……。それにしたって。
戦闘があるかもしれない、程度の可能性だったろうに、こちらから敵地へ乗り込んだわけでもないというのに、向こうから勝手に来るだなんて理不尽な。
「まぁ、面倒事はサクッと終わらせるに限る!」
鱗が固い=物理攻撃に強いとするなら、魔法だったらどうだ!
残る1体のワイバーンへ、夢野が側面から銀焔の衝撃波をぶつける!!
「くっ、まだか……しぶといな」
「これでトドメだ。観念するんだな」
御影たちと共にペンデュラム反応地点での掘削作業をしていたサガ=リーヴァレスト(
jb0805)は、攻撃ラッシュの合間に黒い刀身の大剣を振り抜いた。
風を切る音が唸る。星の鎖が絡まり飛翔できないワイバーンへ、『漆黒の日輪』なる刃が容赦なく下ろされた。
断末魔を叫ぶ暇もなく、ゴトリと竜の首は落ちた。
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(……ちょこまかうるさいジャックフロストがやっかいか)
戦場となった遺跡を見渡し、若杉 英斗(
ja4230)は判断を下す。
北から迫る2体のワイバーンへは他のメンバーが向かっている。ならば、その間に包囲されるのを防ごう。
「西側の対処は任せて下さい!」
掘り進めていた穴へ滑り落ちないよう気を配りながら、英斗は敵との間合いを測る。
(動きはジャックフロストの方が断然早いのに、わざわざスノージャイアントと同行して……。格好の的だ!)
敵の初手、歌うように吹きつけられる氷のブレスを円盾『飛龍』で防ぎ、返す刀で聖剣を降らせる!
数多の剣に突きさされ、巨人はピタリと動きを止めた。……睡眠が効いたらしい。
「お前たちの相手は俺だ! この先へは入らせない!!」
タフそうな巨人を確実に足止めできたことは大きい。
単独で複数敵を相手取る不利はあるものの、同種の敵であれば行動パターンを把握すればどうにかなるはず。
雪を踏みしめる足に力を込め、英斗は敵を睨みつけた。
他方、直近のワイバーン2体が撃破されるのを確認し、北方の迎撃へ向かうのは天宮 佳槻(
jb1989)。
中央付近で掘り進めていた穴から、陽光の翼を広げ一気に高度を上げる。
(東北というと天使と悪魔、両方が本拠地を置いてた事がある土地だけど。龍脈とかそういうのとも関係ありなのか?)
青森では、ゲート展開こそ未然に防いだが【九魔侵攻】と呼ばれる大規模な戦いがあった。
南西の秋田では【神樹幻燈】、こちらは未だ本拠地を崩せないまま。
【祭器】に必要とされる特殊鉱石と呼ばれるものには種類があるようで、『隕石に含まれている事がある希少鉱物』或いは『一定条件の性質を持つ鉱石が長い間強い地脈の力に晒され続けた物』だそうだ。
この地に眠るのは、後者と考えるのが妥当だろうか。
環状列石。縄文時代の遺物。祈りの場。導かれるのは、そういったイメージ。
「天魔勢力への対抗か。本当にそれだけの力が得られるのかどうかわからないけど」
口の中で小さく呟く。ワイバーンの羽ばたきが近づく。攻撃の間合いまで、あと少し。
「やれることはやっておいて損はないだろう」
この戦いが、行動が、何がしかへ繋がるのなら――。
敵の視線を高所へ引き付け、素早く印を結ぶ。突進してくる1体を、式神を飛ばし束縛する!
「天宮くん……!」
「大丈夫です」
続くもう1体が、佳槻へ向けて巨大な火球を吐き出した! 地上で峰雪が青ざめるも――想定内。
パン、と弾かれる音。事前に展開していた八卦水鏡による、攻撃の反射だ。
ワイバーンが怯んだ隙に峰雪が再度、星の鎖で地上へ絡め落とす。
「地に落としても攻撃力がありそうだから、早めに討伐してしまいたいね」
「ええ、足は無くても炎は吐きますしね」
「吐けなくしてしまえばいいと思いますよー?」
中央部の雪山上で銃を構える諏訪がタイミングを読み切って、炎を吐こうと開かれたワイバーンの口内へアウル弾を打ち込んだ。
一、二度モーションを見てしまえば、諏訪の俊敏さなら攻撃を重ねることが可能だった。
「御影さん、柏木さん、南方面の防衛をお願いしますよー?」
「はいっ、櫟先輩!」
「守るだけなら…… 任せて!」
中央高所で司令塔を担い、諏訪が南方の御影と柏木へ指示を飛ばす。ついでにアシッドショットも飛ばし、迫るスノージャイアントに楔の一手。これは南・東・西それぞれへ順に撃ってゆく。
「俺も居まさぁ、万全ってことで!」
ひらりと片手を挙げてから、縁もまた槍を構えて南方面の防衛に向かった。
「私は北方面から侵攻してくる地上部隊の足止めに向かいます」
スッと、佳槻たちの後ろを小さな影が抜ける。忍だ。
採掘途中の穴の間を抜け、雪山の影を縫いながら前進を。
「殺しは本意ではありませんが、こうなっては仕方ありません」
金色に変化した瞳が、迫りくるスノージャイアントの腹を的として捉える。
「巨人の動きは、私が止めます。……その後を頼めますか」
「無論」
ハイドアンドシークで気配を消しているサガへ、忍は振り向くことなく呼びかける。
ディアボロは、何処からとなく飛んでくる弾丸の先を目指して進んでいる。忍の存在しか認識していないはずだ。
(3、2…… ……今)
雪山と雪山の間、動きの鈍る場所へと誘いこんだ忍がタイミングを外すことなく影縛で動きを縫い止めた。
「数が多かろうが、一斉に来なければ対処は容易いものだ」
不意に姿を見せたサガが、忍を範囲に巻き込まないよう配慮してクロスグラビティを落とす! 巨人は、闇の逆十字に圧殺された。
「頭数が足りるようなら影に徹しようとも思ったが…… そう甘くはないようだな」
確かな手ごたえを感じながらも、サガは呟く。
メンバーは四方に散り、それぞれが足止めを行なっている。
中央の諏訪が、各方面の状況を見て適宜援護射撃をしていた。
それぞれが全力を出し切ることで、守ることができる局面だろう。
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残るワイバーンを峰雪と佳槻で無力化する間、西を英斗が止め、北を忍とサガが守る。
(……【祭器】は、戦いを終わらせる切っ掛けになるかもしれない)
東に向かう夢野は、今回の任務そのものへ思いを馳せていた。
この戦いの日々も、何時かは終わらせるべきだ。そう考える。
目を伏せ、それから真っ直ぐに正面を見据える。襲い来るのは『敵』。己が手には『武器』。
敵を倒すこと。久遠ヶ原学園へ来てから、何度も何度も何度も何度も、繰り返してきた。
「もういいだろう、俺は戦いの為に何かを失うのには疲れたんだ」
【祭器】の完成が、永遠の平和とは言えずとも礎になるのなら。今の戦いに、確実な意味があるのなら……賭けよう。駆けよう。
「だから――ディアボロ風情に邪魔などさせるものかよ!」
魔力を込めた声を、巨人へぶつける。
さぁ、来い。真っ直ぐに。何も考えず。その先には――
ズズ、大きく地が揺れる。
夢野に気を取られた巨人が、雪山を粉砕し直進した後に先に開いている穴へと滑り落ちた。大きすぎる身体が災いし、すぐには身動きが取れずにいる。
「ふっ、しばらくはそこで清聴願おうか」
赤い大弓へと持ち替えた夢野は巨人へ言葉を掛け、跳ねまわるジャックフロストに照準を合わせた。
「行きやすぜ、御影さん」
「はいっ、点喰先輩!」
「あんまり長く止める自信はないから、なるはやでお願いねっ」
柏木が真正面からスノージャイアントの足止めをする感に、縁と御影が連携を取ってジャックフロストを仕留めていく。
「……っ、痛!」
「御影さん、……温度障害ですか」
「今は大丈夫です、先に倒してしまいましょう」
ブレスが腕を掠め、顔を歪める御影の傷口を確認する縁へ、御影自身が首を横に振る。
「危なけりゃいつだって回復かけやす。それから、味方との情報共有は大事って奴で」
槍を振り回しながら、縁は後方に向かって大声で叫ぶ。ジャックフロストのブレスに潜むバッドステータス効果。それから柏木の対応から判断できるスノージャイアントの特徴。
「んん、魔法の方が効きは良いみたい」
「了解だ!!」
東方面で奮闘している夢野の声が響く。ちょうど、ピッツィカート・フィストで巨人を再び穴の底へ叩きこんだところだ。
武器を、魔法属性である愛用のエレキギターへと持ち替え、最後の演奏を始める。
「冷え込んできましたし、日が暮れる前に採掘も終わらせたいですしねー? ちょっぱやで片付けましょうかー」
遅延戦闘の続く南方へ、諏訪はスターショットを向ける。輝くアウル弾が巨人の胴体に炸裂した。
それとほぼ同時に、西方面でも決着がつこうとしていた。
ジャックフロストを沈めた英斗が、睡眠状態の続くスノージャイアントへと向き合う。
「眠気覚ましの一発だ…… そのまま、永遠に眠れ!!」
白銀色の軌跡、全力を乗せた天翔撃!!
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ひゅう、と戦い終わった雪原に冷たい風が吹く。
「んで、邪魔者を退けられたはいいが、本筋の穴掘りが残ってるんだよな」
夢野が遠い目をして呟く。
「掘り出した鉱石に触れさせた時、ペンデュラムが太陽のように輝くそうなの。それまで……掘って掘って掘りましょう」
鉱石以外の物――遺跡に類するものも出てきそうで妙な緊張感のある現場だが、気にせず柏木はペンデュラムを掲げた。
「その前に。まずはキッチリとケガを治してからですよ。冷えた身体によくねぇ」
範囲回復魔法を掛けるから集まるようにと、縁。
「冷えるといえば。温かい飲み物を持ってきています。疲労とケガは別物ですから」
「おんや」
佳槻の申し出に、縁が目を丸くして、それから笑う。
「考えることは同じだったかね。雪国での仕事だってぇンで……実は用意してたんだよねぇ」
縁は、魔法瓶を幾つか用意して、汁粉の準備があるのだといった。
「きゃーー!! 点喰さん、すごい! 天才!! 神様!?」
柏木のテンションが90くらい上がった。
「それじゃあ、雪は一か所にまとめて置いて、かまくらにしようか。仕事がひと段落したら、そこで休憩も良いね」
子供の頃のようだ、と峰雪は穏やかな表情を見せる。
にわかに活気づいた一同の傍ら、忍は何事もなかったかのようにサクサクと採掘に戻っていた。
「……あ。柏木様、よろしいですか?」
「あっ、うん! 紅香さん、それらしい感じの物が出た?」
「ええ、なんだかすごく眩しく――」
「……!!」
忍の掘り当てた鉱石へペンデュラムを触れさせると、蒼く眩しく、強い光を発した。
「凄い輝きだな。これが『大きな力』に繋がるのか」
現物を見るまで、実感がわかなかったが……。ほう、と夢野は溜息を吐く。
「隕石と、霊気を浴びた石…… どちらなんでしょうね。こうしてみると、星のカケラみたいです」
鉱石に触れ、御影は呟いた。
「無事に鉱石を守れたし敵も排除できたけれど……。冥魔の妨害は、偶然なのだろうか。指揮官に相当する存在は居ないのかな」
引き続き採掘の体勢へ戻りながら、峰雪が呟いた。
「あまり、知性は感じられませんでしたけどね。何と比べるかにもよるけど」
英斗は戦闘の手ごたえを振り返る。とはいっても、敵が人間を過小評価しているだけかもしれない。
「いずれにしても、まだまだ特殊鉱石とやらは必要なのだろう。完全に安全な場所などない以上、このように注意を払いながらの作業となるのだろうな」
撃退士の戦闘能力と体力があれば、それも苦ではないのだろうか。腕組みをして、サガが言葉を挟んだ。
人類が、天魔へ対抗するために必要な【祭器】。その原材料となる特殊鉱石。
地球を愛し、暮らす者たちが真なる平穏を得るための希望を繋ぐ動きは、こうして各地で続けられることとなる。