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「なんか筧さんと一緒の戦場はひさしぶり? そうでもなかったでしたっけ?」
「戦場は一年ぶりくらいじゃないかな」
若杉 英斗(
ja4230)と筧は何がしかと顔を合わせているけれど、記憶を辿れば依頼として同行したのは、昨年の多治見ワインフェスタ以来だった。共闘となれば、更に遡る。
「まあ、若ちゃんが居るっていう安心感は揺るがないよね。磨きのかかった『盾』を、筧さんも実感すると良いよ!」
並走しながら、我がことのように加倉 一臣(
ja5823)は得意げに。
「もちろん、加倉の腕前にも期待しているさ。今日は竹刀じゃなくて銃装備だね?」
「筧さんは、ディアボロ相手に3分間引き分けとかナシですからね……!!」
「……仲いいなぁ」
そんなやりとりを眺め、後方から呟くのは常木 黎(
ja0718)。
「鷹政さん、走りながらで聞いてくれるかな。この先の行動についてなんだけど」
「あいさ」
基本的には、現場で足止めをしている企業撃退士・夏草に場を預けたまま、全員でバックアタックスタートということだった。
が、さすがにそれでは夏草に負担が大きいだろう。相談の末、メンバー内で少しばかり構成を変えることにしたのだ。
「――って感じで、あとは出たトコ勝負。お願いできる?」
「りょーかい。砂原君、静矢君、負担が大きいと思うけど、二人とも頼むね」
黎からの全体作戦を受け、筧は別行動をとることになる鳳 静矢(
ja3856)と砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)へ呼びかける。
「二人も街の人達も無事だと良いのですが……。できることを全力で尽くしましょう」
「まあ、色々待ってはくれないね。それが現実だ。企業にお勤めの先輩的に、僕ら後輩は働かないとねー」
竜胆は、普段と変わらぬ軽い調子で片目を瞑る。
(……避難誘導の人間が足りない、か)
他方、天宮 佳槻(
jb1989)は別の角度から今回の事件について考えていた。
避難誘導には撃退士を雇用している会社の社員たちもあたっているというが、それでも撃退士を更に投じるほどに、場は混乱している。
(此方から、積極的に人数を出す余裕はないかもしれない。でも……)
現場に着いてみなければわからないことが多い。それでも役に立つようならと、佳槻は出がけに学園から拡声器を借り受けていた。
「んでは、夏草ちゃん応援に行こっかな。合流できるようなら、また戦場で!」
「気を付けて!」
夏草側の通りへ抜けるため、砂原が迂回路へ駆けてゆく。その背へ、英斗が短く声をかけた。
「僕は空中から援護をします。そのまま一度、ビルの上から避難者へ呼びかけるつもりです」
人は、自分がどういう状況に置かれているのか全くわからなければ、焦りが増すものだから。
続ける言葉に、黎が短く頷く。
「回復前の夏草くんや一般人へ、ディアボロの意識を向けたくないし。そういった意味でも助かるね」
高所で音を発する佳槻は敵の視点からも目立つだろう。しかし報告されている限り、今回のディアボロに飛行能力は無い。
『ビルの上』に居る佳槻は、敵の気を引き、攻撃を受けない場所に陣取ることとなる。
「それでは」
陽光の翼を広げ、佳槻が地を蹴る。
「こっちもそろそろ、気合入れていきますか」
一臣が黎に目配せ。インフィルトレイター二人が銃を構える。英斗もまた、臨戦態勢を取った。
「行きましょう、筧さん。よろしく頼みますよ!」
「任せとけ!!」
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銃弾の嵐が爆風を巻き起こす。
「くらえ、ディバインソード!」
土埃が消え去る前に、天上からアウルの聖剣が降り注いでは蜘蛛型ディアボロたちへ追討ちを。
「お待たせ、夏草さん!」
「さ、Payback Timeと行こうか」
ディアボロ越しに、吃驚した夏草の顔が覗く。
英斗と黎が、力強く笑って見せた。
(これ楽しいかも……。またやりたいなぁ)
他方、煙に紛れ夏草側へ移動を開始する一臣。彼の潜行効果を活かしたままにするのもまた、黎の役割だ。射手は一人だと、敵に思わせる。
彼女の独り言に一臣は軽く肩を揺らし、先を移動する静矢の援護に向かった。
「一体でも眠らせられれば、敵の手数を減らせるんだけど……まともに入っただけラッキーかな」
聖剣の威力で睡眠効果も狙った英斗だったが、そちらは打破されてしまった。
黎と一臣の一斉射撃の最中にクリティカルがあり、大蜘蛛の脚の何本かが吹き飛んだのもまた、幸いだろう。
「微妙な知性のある敵って嫌だよね!!」
装甲をガッチリ固めた英斗ではなく、見た目はラフな筧が真っ先に狙われた……糸状の風魔法攻撃を、受身でやり過ごす。
対する大蜘蛛は、動きが緩慢だ。巨体を反転し、近場に居た英斗に襲い掛かる!
「……敵の攻撃は、すべて俺が受け切ってやる!」
英斗は腕を交差し、愛用の盾・飛龍で四連撃全てを受けきった。
ひとつひとつは、彼の守備力からすれば掠り傷程度だが――
「英斗くん、避けて!!」
黎の声が、鋭く走る。大蜘蛛の身体の影から、刃状の足を持った小蜘蛛が英斗へ接近していた。
「!!」
銃弾が走り、その爪の軌跡を逸らした。
「まだ余裕はあるよ、躱せるところは躱そう。アシストするから」
疾風怒濤の地上戦。その間に、佳槻は確実に大蜘蛛の上空を捉えていた。
「――式神・縛。しばらく、そこで大人しくしてもらう」
完全に意識の外から掛けられた術式に、大蜘蛛は低く咆哮すると同時に容易く束縛に落ちた。
ギチリ。
アウルの依代から作られた式神は、相手の巨躯に動じることなくしっかりと締上げる。それを確認し、佳槻は空を蹴り、近くのビルを目指した。
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「大通りは戦闘中。紛れ込まない様に、誘導する子に従って!」
竜胆の全身を、淡い白光が包んでいる。普段は消している光纏だが、避難中に道に迷った人々の目印になればと、今は灯したままでいた。
(案外と近いね……。タイムラグが無いのはありがたい、けど)
『近い』のは、本来使う予定だった道、そして避難する人々との距離。
誘導に使われている道路は、確かに安心だ。しかし迷い込む人々は『戦闘の起きている場所』を避けるより、『撃退士のいる場所』としてこちら側へ紛れてしまっている……?
(『撃退士』……ね)
竜胆は、その肩書が一般人に与える影響を再確認していた。
企業撃退士として、この土地に赴任している夏草という人の存在感もまた。
「やあ、到着したよ夏草ちゃん」
「君は……」
上手い具合に道を抜け、合流が叶った。
遠方から降り注ぐ回復の光に、宵闇の陰陽師・夏草がハッとして振り返る。
「もう一丁。どう、体は動く?」
「……ありがと。そっか、久遠ヶ原からの応援は二手に分かれてたんか」
「そういうこと。こっちにも、まだ応援が来るよ。夏草ちゃんは避難誘導の補助をお願い」
「…………でも」
「土地勘ある子の方が『助けられる』でしょ? ……って、他の子が言ってた」
――『撃退士』として、選んでね。
明るく軽い、普段の竜胆と変わらない言葉。声。ただ、その瞳だけが真剣な光を宿していた。
「絶対的に人、足りないんでしょ?」
「夏草さんは下がって避難の協力を。ここは私達が抑えます!」
後押しをするように、向こう側から静矢が到着する。やや後方に、一臣の姿もあった。
「この街の人々にとっては、夏草さんこそが現状一番街を護ってくれる撃退士なんです」
静矢の言葉には、これ以上ない説得力があった。夏草も、折れるしかない。
「ははは……頼もしいなあ……。恩に着る」
泣きそうな顔で笑い、夏草はお辞儀を一つ。そして、避難経路に向かい走っていった。
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地上4階建のビルの屋上で、拡声器を手に佳槻が叫んでいた。
「現在、増援の撃退士がディアボロを足止めしています。近づかなければ当面危険はありません。誘導の方の指示に従い、落ち着いて避難してください」
声が鮮明に届いているかは不明だが、何を言わんとしているかは伝わるだろう。
(情報が入れば一旦は落ち着くし、そうなれば誘導する社員は撃退士の仕事は細かくわからなくても地元を知っている人だし。避難する側も大人だから)
天魔被害の多い地域だからこそ、良くも悪くも『慣れ』もあるはず。
増援の撃退士が到着したこと。
戦闘が行われている明確な場所。
それさえ理解してもらえれば……
(うん、大丈夫だ)
眼下には、戦線から避難経路へと走る夏草の姿が見えた。これで正しく情報が伝わる。
「避難する人と誘導する人が上手く協力して、此方に迷い込む事無く避難してくれれば最悪の事態は免れる。僕も、そろそろ戻らないと」
●
静矢と一臣の二人が、無事に夏草側へ合流できるよう、移動の間に英斗はタウントで小蜘蛛の意識を引き付けていた。
徹底した防御と、黎の回避射撃がテンポよく入り混じり、敵を疲弊させる。
「黎、こっちも援護頼む!」
「任せて」
走るアウル弾に流れを乗せて、筧は水平に太刀を振るう。魔道蜘蛛の足を三本、切り払う!
「うわっととと」
大きく体勢を傾いだ蜘蛛が、口から突風を吹き出す――
「油断は禁物だってば」
「さーんきゅ!!」
最後の回避射撃が、それを逸らした。
「デカイ背中、ガラ空きだねぇ」
口笛でも吹きそうなノリで、その背後から砂塵が舞った。――『八卦石縛風』。
「おや。石化するだけで良かったのに」
竜胆に依る派手な背面攻撃はカオスレート差も相まって、そのまま魔蜘蛛撃破に至る。
「なーるほど、ね!」
次いで、一臣も残る小蜘蛛の背面へとアシッドショットを叩きこんだ。
完全に前後を挟まれ、敵は対応に混乱している。
親玉だろう大蜘蛛は、束縛されて身動きさえ取れない。
身動きは、取れなくても――
「……させるか!!」
大蜘蛛が、後脚を動かす――情報に聞いていたスキルの予備動作に違いない。
英斗が、すかさず一歩踏み込む。
輝く盾で、思い切り大蜘蛛を殴りつける!!
「……っ、ぐ…………」
ジン、と英斗の腕に鈍い痺れが走る。手ごたえはばっちりだ。シールドバッシュに依る、スキル潰しは成功した。
「堅っそうだねぇ。じゃ、コレはどうかな……っと」
大蜘蛛の動きが止まっているところへ、黎がアシッドショットを撃ち込む。
「調理の準備は万端ってところだね、黎ちゃん」
「え……一臣くん、これ、食べるの?」
「喩え! ものの喩えですから!!」
外殻の堅い敵へ、腐食効果を植え付けたことに対する一臣の言葉に、真顔で返す黎。何かを想像してしまったらしい。
●
「大蜘蛛は、こちらで引き続き止めます」
式神の束縛効果が解けるのを見計らい、佳槻が今度は石縛風で足止めをする。上空からの攻撃は、分かっていたところで『蜘蛛型』が安易に対応できる方向ではない。
一臣と黎が、小蜘蛛の胴体を狙ってアウル弾を放つ。その点と点を繋ぐように、筧の太刀が走る。
「こっちは撃破! あとはデカイの!!」
「頑張るのは嫌いなんだけどねー。一発、やっておこうかな」
敵が動けない今なら、カオスレートを大きく変動させられる。竜胆が、眩いヴァルキリージャベリンで大蜘蛛の身体を穿った。
「この機、逃さぬ……!!」
呼吸を合わせ、静矢が物理攻撃の紫鳳翔を飛ばす。
白と紫の直線が大蜘蛛の背面を突き、
「――燃えろ、俺のアウル!! 穿て、その装甲!!!」
真正面からは、英斗の天翔撃が全身全霊でもって打ち抜いた。
●
おつかれさま。
一番、負傷の深かった英斗へ、竜胆がヒールを掛ける。
「避難誘導は終わったさ。こっちは…… 大丈夫だったみたいだねぇ」
黎や一臣も応急手当でメンバーの負傷を手当てしていたところへ、夏草が姿を見せた。
「や、風太くんも毎度大変だねぇ。ま、私は研修より気持ち楽…… おっと」
「企業勤めも悪くないのだよ、常木さん。今回は、結果的にいつも通りにありがとうだけどね」
黎へ笑みを向ける程度に、夏草も精神的に持ち直しているようだ。
「……夏草さん」
そこへ、静矢がスイと進み出る。
「街に馴染んだ夏草さんや地元の加藤さんに並ぶ人物が、そう容易く見つかるとも思えません。増員するにしても……夏草さんの代わりが誰にでも務まる訳では無いと思います」
「……それは……うん、ありがとう?」
静矢の真剣な表情に気圧されながら、その真意を汲み取れず、夏草は半歩後ずさる。
「命懸けで戦い護り、尚且つ自分も生き残り、土地に住む皆を安心させる……差し出がましい様ですが、それこそが企業撃退士ではないでしょうか?」
「……、…………鳳くん」
そこまで言われて、ようやく彼も理解したようだ。自分の命を軽んじるかのような今回の戦い方を、静矢は指摘している。
託す誰かがいると思えば出せる全力があるかもしれない。
しかし、譲れないと思えばこそ、護る想いこそ、撃退士には必要なのではないだろうか。決死ではない、生き延びる強さだ。
「……誰かさんも、こんな感じの事があった様な気がするねぇ?」
「えー、誰だろーなー」
コツン、黎が筧を肘で小突けば、当人は明後日の方向を見遣る。
「やだ、あの激しい夜を忘れちゃったの筧さん……。俺を傷物にしたくせに……」
「加倉は、なんていうかゴメンね!?」
「はは。でも……感慨深いね。『あの時』もそうだし、……手を伸ばせる限り、俺は伸ばしていきたいって思います。まる」
命の選択。
回避できなかった犠牲。
――何か出来たのでは、という後悔。
撃退士を続ける限り、一臣の心に影を落とすそれらは、撃退士を続ける限り『次こそは』という強さに変わる。
そう、実感していた。
「うん」
それで良いと思う。筧は、バシンと一臣の背を力強く叩いた。
「反対方向の被害状況の確認も終わりました」
額にうっすらと汗を浮かべ、佳槻も戻ってくる。幸いなことに、用意していた救急箱の出番もあまりなかったらしい。
「フォローありがとう、天宮君。じゃ、今日は撤収しましょうか」
「え?」
ぱんぱん。手を打ち鳴らす筧の顔を、思わず佳槻は見上げた。
「うん?」
「あ、いえ…… 飲み会とか、あるのかと思って」
打ち上げ的な。ほら、仮にも企業就職体験だったし。トラブル発生だったけれど。
無いならないで――……言いかけた佳槻の肩を、夏草がバシバシ叩いた。
「せっかくだし、何か食べて行こうか。美味しいものは色々あるしね! ほら、もうすぐワインフェスタのシーズンですし、そういう話でも?」
「あ、聞いてよ夏草君。今回のメンバー、全員が去年のワインフェスタ参加者だったんだよ」
「そうなんか! だったら尚更だ。天宮くんのホットワインは好評だったしねぇ。さ、行こう行こう」
「え……あの、その」
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会社と撃退士との間の、契約に過ぎない関係。企業撃退士。
それでも、その背に胸に背負う誓いは、他となんら変わらない。期待、責任、そういった重圧は、より重いものかもしれない。
誓いと、契約。
さらりとした笑顔の下に隠して、今日も明日も、撃退士は戦い続けるのだろう。