●ふわふわ生クリーム
『ベリーベリー』。美味しいスウィーツで話題のカフェ。
その2階席、相席用の大きなテーブルには『予約済み』のプレートが立てられていた。
可愛らしい制服姿のウェイトレスが、それを取り払い予約客を迎える。
「ごゆっくりどうぞ〜」
メニューを開き、そして去ってゆく。
「さ、今日は僕のおごりです。任務からの帰還を祝して、甘いもので素敵なひとときを」
主催の水無月、そして状況を把握できないまま彼に連れられて来た如月兄妹が、順に挨拶と自己紹介をした。
さて――水無月により、如月兄妹との関係取り持ちを依頼された女子6人はというと。
「或瀬院 由真と申します」
まず名乗りをあげたのは、或瀬院 由真(
ja1687)。
いわゆる『誕生日席』に着く水無月から一番離れた角席を選んだ。
ここであれば、依頼人である水無月、そして如月兄妹の3人の表情を怪しまれること無く観察できる。
「メニューがたくさんあって、迷ってしまいますね……。そうですね。ではまずは、モンブランと紅茶を、セットで」
由真がおっとりペースで注文をした後、水無月の左隣に着いていた雫(
ja1894)が自己紹介をする。
「初等部三年の雫です。レアチーズケーキと紅茶をお願いしまーす!」
(苦しい……です)
雫の事前調査によると、年下好みの水無月はマイナス6歳まで交際歴があるという。16歳当時、10歳。
年齢が上がるにつれ、相応に交際相手の年齢も上がっているが『16歳で10歳と交際』。いかがなものか。
好みのタイプは『明朗快活・運動系』。自らそれを演じることで水無月の反応を伺おうとするも、先に己が爆発しかねない厳しいミッションであった。
「高等部1年の九曜 昴なの…… メニューの右から全 ううん、とりあえず、4つ持ってきて……ほしいの」
九曜 昴(
ja0586)が、精いっぱいの自重でオーダーする。水無月の右隣、雫と向かい合わせの席だ。
これが、ティーパーティーの本格的な幕開けとなる。
「雪成藤花です、ご招待ありがとうございます」
続いて雪成 藤花(
ja0292)。如月妹――唯の右隣に着いている彼女は、昴との間に唯を挟む形となる。
「ベリータルト、オレンジのババロア、それからこちらの……ベルギー? チョコレートのオペラをお願いします」
「わしは叢雲 硯。よろしくなのじゃ」
叢雲 硯(
ja7735)は唯と向かい合わせ、ハジメの右隣である。
「あ、パフェメニューのここからここまで全部で」
自己紹介の後に、オーダーを通す。こと甘いものに関し、彼女に迷いという文字はない。
「さて、さて、楽しい楽しいお茶会だ。僕はジェーン・ドゥだよ。端から端まで、オーダーよろしく。飲み物は珈琲を」
自己紹介もそこそこに、ジェーン・ドゥ(
ja1442)は昴が思いとどまった壁を容易く突破する。由真と向かい合わせの角席で、硯と共にハジメを挟む位置取りだ。
「ええ、ええ、きっと素敵な一時になるだろうね」
さあ、素敵な密談は誰の為に開かれるのだろう。
●トッピングチョコレート
広いテーブルに、所狭しと並べられるケーキにパフェ、ドリンク達。
「このケーキ美味しいの……唯も一口……どう? もちろん僕のおごりなの」
水無月が何かを言い掛ける、気づかぬふりをして昴は唯へ、オレンジショートケーキを『あーん』してあげる。
反射的に口を開いた唯が、酸味の利いた甘さに、とろけそうな笑顔を浮かべる。
「おいしい! こんなに美味しいの、生まれて初めてです」
年上、同年代、同じ学園の女性たち。今は戦いのことなど忘れてゆっくりお茶会。
唯にとって、それはとてもとても楽しいことのようだ。
「あ、でもね!」
甘い食べ物、温かい飲み物に心を解された唯が、慌てて言葉を足す。
「おにいちゃんが、毎年作ってくれるケーキも美味しいよ!」
ガタリ。甘味好き女性陣の視線が、ハジメに集中する。話を振られたハジメもうろたえて腰を浮かせた。
「市販のスポンジケーキに、ボロボロになった生クリームだけど…… 私はそれも、すき」
警戒心など微塵もない言葉。それは、まぎれもない本心なのだろう。
「いいな。僕も、そのケーキを食べてみたいな。一度といわず……この先も、何度も」
そして、本心が行方不明な水無月の言葉である。
「ひとにたべさせるものじゃないですよ」と、唯はさりげなく酷い切り返しをしていた。
『僕は唯さんと確実に親睦を深める』、依頼提出時の彼の言葉は確かに守られているようだ。
(本当に兄妹の事を思って行動しているのかもしれません。然し……)
カップに唇を付けたまま、由真は3人の動向をそっと見守る。
(水無月さんは、妹さんの本心を知った上でこんな事をしているのでしょうか……?)
結果的に兄妹を引き離そうとすることに、どうしても納得がいかない。
(どうすることが一番いいのかな……)
上質なチョコレートとコーヒーの風味が織りなすハーモニー。初めて味わうベルギーチョコのオペラを口に運びながら藤花も考え込んでいた。
事前の聞き込み調査からは、水無月に不審な点は見当たらない。
両親健在の一人っ子、裕福な家庭で生まれ育ったという。撃退士としての能力は言うまでもない。
「初等部の制服、可愛いですね」
フレッシュジュースをこくこく飲んでいた唯へ話を振ると、彼女は照れた笑いを見せた。
「勝負服なんです!」
「まあ、水無月の世話になれば、制服の一着や二着……私服だって困らないだろ」
ぼつり。
なごやかなお茶会に、珈琲の染みのような暗い色の声。ハジメだ。
「それはもちろん、唯さんは育ち盛りだかね。色んなコスチュームが似合うと思うな。今度、三人で出かけてみようか」
水無月は単語のチョイスを間違えている。10歳児を相手にコスチュームは無かろう。
「ハジメ君もさ、もっと……」
「俺の事は、いいだろう。自分一人くらいなんとかなる」
「一人って言ったって……」
紳士的な態度の水無月へ、ハジメは苛立ちを隠せなくなっている。
そこで由真が、そっとスプーンを器に戻した。
「ここは一度、間を置いて頭を冷やしませんか?」
兄と先輩の不穏な空気に、唯はすっかり怯えていた。
「あちらの席は眺めがよさそう。女同士でゆっくりしてきていいですか?」
由真の提案に同意した藤花が、唯の肩をそっと抱き寄せながら水無月へ了解を求めた。
昴も、4つめのケーキを味わってから頷く。
「……ちょっと、取りみだしてしまったね。すまない。唯さんを頼むよ」
そうして藤花と昴が唯を伴い、窓辺の席へと移動した。
「先輩、ごめんなサイっ。雫もどりましたー★」
自身のロールプレイに耐えきれなくなった雫もまた一時離脱し、化粧室にて密かに悶えて発散させてから復帰した。
3人が抜け、がらりとした印象のあるテーブルは、既に水無月とハジメを個々に取り囲む形を取っていた。
「こちらこそ、僕から空気を乱してしまって……。やっぱり、フォローを頼んで良かった」
(悪いひと……だとは思わないんですが)
雫は茶会スタート時から感知能力をフル活用して水無月の様子をうかがっているが、邪なものは感じられない。故に、水無月がわからない。
「水無月さんは、どうして、今回の事を?」
席を移動して来た由真が、そっと核心に迫る。
「貴方は唯さんの事を……、どこまで本気で考えていますか?」
ゆっくりとした由真の口調は、水無月の心を鎮めさせる。
責めるのではなく、相手の心を引き出そうとする語り口。
返答に詰まる水無月の表情から、雫は一つの感情に気づいた。
女性陣が常軌を逸したオーダーを敢行しても笑顔を崩さなかった好青年の、その仮面に亀裂が入っている。
「本当に信を得たいのならば……他者の力を借りるのではなく、もっと実直に、自分の考えと想いをぶつけるべきでしょう?」
由真の言葉一つ一つが、水無月の心の中の何かを揺さぶっているようだ。
雫は、水無月の動向をじっと見守る。
「そうでも無ければ……家族の絆という、とても強い力には敵いませんよ」
「……家族……うん、そうだね、……家族」
水無月は口の中で言葉を繰り返す。
「僕は…… 唯さんだけじゃない。ハジメ君のことも……」
導かれるように、水無月から笑顔という仮面が落ちる。
恵まれた環境の爽やか優等生から、裕福ゆえに孤独な暮らしをしてきた青年の顔となる。
一方。
硯とジェーン・ドゥに挟まれたハジメは、完全にすくみ上がっていた。
「たしかに、たしかに、こんな素敵なケーキを食べられるのなら、妹さんも幸せだろうね」
フォークの先にスフレチーズケーキを踊らせて、ジェーン・ドゥが惑わせる。
「けど、それが本当の『幸せ』なのかな?」
自分で言って、覆す。惑わせて、踊らせて、魔女は茶会を楽しむ。
「水無月氏の傍でなら、妹さんも裕福に暮らせるだろうさ。けれど結果的にお兄さんと離れる事を、妹さんはお望みかな?」
利点。欠点。恐らくはハジメ自身も葛藤したであろうことを、丁寧に確認する。
「大好きなお兄さんと一緒なら、どんな苦しい生活でも妹さんなら喜んで耐えてくれる。果たして、それは本当かな?」
曰く、惑わす言葉こそ魔女の業だとか。
「『君がしたいようにするのも1つさ』お兄さん?」
「……お互いを気にするが故に行き違うのは、不幸な事じゃの」
硯はペロリとパフェスプーンを舐める。彼女の手元には、空になった5本のパフェグラス。そして、新たに和風抹茶くず餅パフェへと進攻順調続行中。
「妹の為になることは、果たして妹が望み、幸せになれることなのかの?」
魔女と対照的に、ストレートな硯の言葉。
「……自分がどうしたいかということを、疎かにしているように思えるの」
「俺は……唯の為なら 俺なんて」
「頼りなくて情けない兄が立派になってみせる、という選択肢は如何かの?」
「うぐ」
ジェーン・ドゥが、愉快と笑った。
「君にとって大事な事は、優先する事は、さて、さて、何なのかな」
妹の思い、自身の思い、身近な幸せ、将来の幸せ、そのどれを優先するのか。
答えなんてないのだから、必要なのは納得と決断だ。
「次はここから三つもってきて……ほしいの。あ、会計は最初のと一緒の伝票で……なの」
窓辺席へ移った三人は、それぞれ次のオーダーをする。
遠慮も容赦もない。
「お兄さんは唯さんのことを大事に思ってるんですね」
わたしは一人っ子なので、ちょっと羨ましいな。藤花はそう付け足す。
「……うん。いっつも、心配ばっかり……かけちゃって。これも、そうなんです」
聞けば、制服を縫い直すのは、兄の手ずからだと言う。
ダアトの能力を持つ兄と対照的に、唯は接近戦で力を発揮するタイプ。
そのことも、兄の無力感を募らせる一因のようだと、察することができた。仮に同じ任務に赴いても、兄は直接、妹の盾になる事ができない。
「唯さん自身は、本当はどうしたいんですか?」
「え」
「僕たちは……唯の意見を一番尊重したいと思ってるの……」
「自分の口で、本当に言いたいことを言わないと、伝わりませんよ?」
唯は驚いて、左右にいる先輩を交互に見る。
「もちろん……ここでの話は兄にも……水無月にも言わないの」
唯の、味方なの。
昴の言葉に、唯はあふれ出る涙を止められなくなった。
●ベリーベリーハッピー
「どうする? 僕が変わりに……言おうか?」
卓へ戻ってきた唯の様子が違う事に、一同も気づいている。
昴の言葉に、しかし唯は首を振った。
きりりとした眼差しで、兄を、そして水無月を見つめ、それから全員へ向けて、お辞儀をした。
「私は、おにいちゃんが大好きです。撃退士として、水無月先輩を尊敬しています」
そうして、上げた表情は笑顔だった。
「だからね、あのね。先輩、おねがいがあるんです」
「なっ、なにかな、唯さん!!」
ガタタッ、男二人が挙動不審に席を立つ。ハジメは青ざめ、水無月は紅潮している。
「おにいちゃんを、助けてあげて下さい」
ぺこり。もう一度、唯は頭を下げた。
「私はだいじょうぶ。ほら、こんなに素敵なお姉さんが味方でいてくれるんだもん」
藤花と昴の腕を取り、誇らしげに胸を張る。
「でも、おにいちゃんは……ともだちすくないから」
ガタッ、ハジメが床に落ちた。
「水無月さんが助けてくれたら、おにいちゃんも撃退士としてのお仕事、もっと活躍できると思うんです」
「僕の方こそ喜んで!」
応じ、水無月がハジメの様子をうかがう。
テーブルに手を突いて立ち上がったハジメは、青ざめた顔が一転して真っ赤になっていた。
「ま、わしとしては三人で組めば良いのではないかと思うのじゃ」
硯が一石を投じる。
「タケルがどちらを狙っていたとしても、組んでいれば兄妹もお互いを見張っていられるじゃろうからな」
ガタッ、今度は水無月が落ちた。
青ざめた顔で立ち上がる。
「えー どこでそうなったんでしょう」
「水無月さんの守備範囲がマイナス6歳までOK、最年少記録は10歳と聞きまして」
ロールプレイを終了させた雫が、兄妹の前で公表する。如月兄妹が、そろって顔をひきつらせた。
「かっ、勘違いしないでくれよ、二人とも! 僕はっ 家族が欲しかったんだ、その……日常を共有できる兄妹が欲しかった」
「家族、って……アンタは両親ピンピンしてるだろ」
「でも、一緒には暮らせない。暮らしたこともない。与えられるのはお金だけ、撃退士の能力に目覚めてからは、より顕著にね」
成り金トンビが鷹を生んだ。
心ない周囲の言葉から、両親は水無月を遠ざけた。
「2人だけで生き抜いているハジメ君と唯さんは、とても眩しく思えた。
ささいな喧嘩を繰り返していることも、よく知ってる。僕に何かできることはないかって、考えてた」
そこで、唯を引き取るという事を思いついたのだそうだ。唯へ会うためにハジメも家を訪れるだろう、第三者が入れば2人のすれ違いも収まるだろう。彼は由真と雫の前で、そのように告白していた。
自立した上での、友情。その為の基盤を、強引な方法でもいいから築きたかったのだと。
誰かを思いすぎるあまりに、結果として残念な行動をとるのは、優等生とて同じ事であった。
「水無月さんの意見も分かるのですが、家族が離れ離れになるのは認めたくありません」
雫の言葉に、水無月が力無く笑う。
「そうだね。今日は――唯さんの本心を聞く事ができて、良かったと思ってる。皆さんには、改めて感謝を」
「俺の本心は何処に」
「あ、ケーキはごちなの」
「ケーキは別腹です、ええ別腹です」
「甘味が食べられればそれで満足さ」
「本日の私の言動の一切は、他言無用徹底してくださいね」
「パフェも持ち帰り可能とは、やりよるの!」
参加者全員が、この日とびきり気に入ったスウィーツを手土産に。
依頼者水無月は、分厚い伝票を片手に。
それでも、誰もが皆、笑顔だった。
密談の席には、甘いものを。
大概、これで、上手くいく。