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アウル。撃退士の素養。『人』にして『人』ならざる能力。天魔に抗う力。
そのちからの使い方は、何をして『正しい』と判断できるのだろう。
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――全てのアウル覚醒者に告ぐ
壊れたラジオのように、繰り返される戯言。
割れたガラスの向こうから、笑い声が零れ落ちてくる。
(あんな放送、セロシアの人たち……だけじゃなくて、誰にも聞かせたくないです)
心臓を掴まれる思いで、北條 茉祐子(
jb9584)は胸元で拳を握る。
ひととひととの間に、線を引く言葉。言葉という暴力。
「人間の尊厳とか、心を守るって、よくわからないけど。どうしたら、みんなが納得できるのかな」
ビルを見上げるRobin redbreast(
jb2203)の手には、ヘッドセットがいくつか。
「諒がね、被洗脳者を助けようとしていたことがあったから。とりあえず、洗脳に掛からないのが第一だと思って用意してきたよ」
諒――美馬 諒。獄中のアウル覚醒者。今回の任務の、間接的な依頼者とも言えるだろう。彼の弟が、セロシアにいる。
「人間の撃退士の人は、よかったら使って。一般構成員に対応する警察部隊の人にも、アカレコの人用に渡してくるね」
「私たちは、『外』で様子を伺いますわね。何か起きたら、すぐに連絡致しますわ」
斉凛(
ja6571)は、茉祐子や天宮 佳槻(
jb1989)と共に、飛行スキルでビルの窓の警戒に当たる。
凜は、会議室の騒動を見守っているらしき近隣のビルへ。
茉祐子は、会議室から死角になる上階の壁側へ。
「突入タイミングは合わせるつもりでいますが、内部の様子次第ですね。最悪は回避しましょう」
そして佳槻は、二人と会議室内部を見渡せる場所へと。それぞれに別れていった。
「もう一度、念のために部屋の広さを確認しておきたいのだが…、40m四方、であってるねぃ?」
「そうね。400m四方だなんて、陸上競技でもするつもりかって話ね」
訊ねる皇・B・上総(
jb9372)から視線を逸らしつつ、野崎が返答した。
事前質問での、野崎の通達ミスだ。
「まあ、それでも私の手札が最適なタイミングで切れないのは変わらんがねぃ」
「終始不備だらけで申し訳ない。これで最後にさせてもらうから」
黒いアーミーキャップを目深にかぶり、野崎は詫びた。
「急ぎましょう。こうしてる間にも、捕えられてる人たちは危険にさらされている」
警察部隊の突入に合わせ、鳳 静矢(
ja3856)は準備を整えた。
「エレベーターが使えるのであれば、一般構成員でビルをガードさせる理由がありませんよね。嫌な感じがします」
「ふむ」
東西の階段分岐点・エレベーター前まで来て、若杉 英斗(
ja4230)が呼びかける。その傍から、静矢はエレベーターの呼び出しボタンを押した。
「……これで、よし。陽動になれば良いが」
開いた扉に半歩だけ踏み込み、5階を押して自身は乗らずに送り出す。
「速やかに参りましょう」
作戦やビルマップを頭に叩き込んだ雁鉄 静寂(
jb3365)が、西階段を目指し走り始めた。
メンバーそれぞれ、東西の階段へ別れ進み出す。
警察部隊と構成員が衝突し、揉み合う音が階上から響いていた。
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下卑た笑いが窓を抜け空に響く。
「ちから! チィカーラ!! 優劣を決めるのはソレだ。なぁ、力持たぬ集団のミナサマよぉー!!」
発砲音が一つ、床に向けた威嚇射撃だ。
(あれが、礒部……。他方が平石か。洗脳はされていても上下関係は残ってるのか……)
笑い、語る男の後ろに、拳銃を手にした若者が控えている。こちらも厭らしい笑いを垂れ零しており、双眼鏡越しに佳槻は眉を顰めた。
『セロシアの集い』所属の一般人たちは、みな一様に手足をロープで縛られ、床に転がされている。暴れた形跡があり、机やパイプ椅子が散乱していた。
『天宮先輩、斉さん…… 鳳先輩たちの到着は未だですが、このままで良いとは……』
ヘッドセット越しに、茉祐子の声が響く。
「同感です。何がスイッチとなって、二人を逆上させるかもわかりませんし」
『タイミングは合わせますわ』
「わかりました。窓の下へ、鳳凰を召喚します。それを合図にしましょう」
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飛行班が先に動くという報せが、階段を上っているメンバーたちへ伝わる。
「やれやれ、だねぃ……」
敵は、事態は、待っていてはくれない。速攻で打てる手が有るのなら、それが最善だ。
作戦変更にも動じることなく、上総は小さく肩をすくめるのみ。
「なんとしても、死者は出さないようにしましょう」
共に東階段を駆け上がる英斗が、4階を通過したところで眼鏡の位置を直す。
「洗脳だろうが思想の衝突だろうが、ヒトとヒトが相争うことこそが、『悪魔』の目論見だろうからね」
野崎が同意を示した。
見失ってはいけない、全ての『始まり』は悪魔の意図によるものだということを。
「了解です。合流時は、互いの位置関係に配慮ということで」
「風雲急を告げる、だな」
西階段を進むのは、静寂と静矢、それからロビン。
「警察部隊のアカレコの人は、洗脳大丈夫みたいだね」
天使や悪魔、それぞれの血を継ぐハーフには効力が無いとされる『ゐのりの声』は、そんな存在たちと近しく生活を送っている久遠ヶ原の撃退士には効果が薄いらしいが、『そう』ではない撃退士に関しては不安が残る。
会議室内の状況を確認後は撤退するように静矢から要請を出していたし、ロビンが託したヘッドセットへ同部隊のメンバーから意識を繋ぎとめる声が届けられ続けているはずだ。
「おっと」
階上の揉みあいで、警察部隊の一人が弾き飛ばされてくる、静矢がそれを支える。
「随分と、激しいようですね」
「向こうは遠慮がありませんから。それに、洗脳状態の覚醒者が場をかき乱している」
「草野……ですか」
5階のガードに当たっている構成員は打撲系、そして覚醒者である草野は忍刀で武装している。必然的に、至近距離での応酬となるだろう。
「全ては力あるモノに総べられるべき、持たざるモノは持つモノの下に! 聖女に光あれ!!」
「……相変わらず身勝手な主張だな」
騒乱の中へ、静矢たちも飛び込んでゆく。静寂とロビンは、ハイドアンドシークで気配を消して。
「待ってくださいよ草野さん、何いってるんですか! オレたちは、その聖女に――」
「やぁかましい、非力なる同胞よ!」
「ぎ……!!!」
洗脳がもたらす影響が、内部分裂を呼んでいる。刀の柄で、草野は同胞の顔面を殴打して廊下向こうへ吹き飛ばす。
(あちこちで強制的に洗脳するのは許せませんね。人の思想は、自由であるべきです)
その光景に、静寂は声には出さず思考する。
(人を強制的に管理下に置くということが、どれだけ非道かということを――皆で思い知らせましょう)
(行くよ!)
ロビンとアイコンタクト、素早く草野の背面へ回ったロビンが、草野の首に腕を絡める。締める最中に、静寂は急所に狙い定めて抉るような鋭い蹴りを入れた。
「えぐい」
男性ならば躊躇するだろう、痛みを思わず想像するだろう。
女性陣の連係プレーに、静矢は短く感想を述べた。
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(どうして、ピンポイントでディアボロを送り込んでくるんでしょうか?)
響く声に耳を閉ざしたくなる思いを必死に抑えながら、茉祐子はふと考えた。
思い出すのは監獄襲撃事件。あの時は、ラジオ型のスピーカーが『置かれて』いた。
(もしかしたら、こうしている間にも無作為にあちこちにばら撒かれているんでしょうか……)
「北條さん、援護をお願いします」
「あっ、はい! 天宮先輩」
飛来した佳槻が、鳳凰召喚の構えをみせる。
直近でディアボロの動向を注視していた茉祐子は、すっと弓を室内へ向けた。
一方。
「たしかに、目にもとまらぬ動きですわ……」
セロシアの騒動は、近隣のビルでも動揺を呼んでいる。事情を話して中へ入り、待機させてもらっていた凜は、良く見える場所から洗脳の根源であるディアボロの動きも注視していた。
黒い球体はボールのように飛び跳ねながら不快な声を発している。何を傷付けるではないが、部屋から出るそぶりもない。
「お邪魔いたしましたわ。ほんの少し、賑やかせるかと思いますが…… 心配には及びません。ティーパーティーの時間ですの」
優雅に一礼するとともに、凜は待機していた部屋を後にして再び空へ。
「さあ…… パーティーの始まりですわ。準備はメイドにおまかせくださいませ」
鳳凰の声が高らかに蒼天へ響く。
同時に一条の白光が窓ガラスを割る。
凜の長距離射撃に不意を突かれ、スピーカーの動きが止まる。
「そのまま音も止めて下さい!!」
あらかじめ割れていた窓から、茉祐子が紫電を纏う矢を放った。
ダンピールの誓い、『人と共にある』という想いを乗せた攻撃は、真っ直ぐに鋭く。スピーカー中央部を的確に射抜き、床へ墜落させた。
「なんだ、テメェッ」
二人の男が、狙撃からの突入を果たした凛へ振り向く。
「貴方が望むのは、優雅なティータイムでしょうか。それとも、赤く染められたパーティーでしょうか?」
にっこり。リーダーである陰陽師へ銃口を突きつけ、凜は優雅に微笑みを。
「人は最後まで諦めてはいけないのですわ。『圧倒的弱者である事を自ら認めてはいけない』、この言葉は正しいと思いますの」
「邪魔するんじゃねぇ!」
男は人質の一人を乱暴に掴むと、覚醒者特有の馬鹿力で窓の外へ投げ出す!!
「っ!!」
「大丈夫です、斉さん」
窓の外からは、佳槻の声。
待機していた鳳凰がクッションとなり受け止め、それからあとは茉祐子が生み出した風の揺り籠でフォローを。
「このままこの子は下へ送り届けますね。……怖かったでしょう」
放りだされたのは、茉祐子とそれほど歳の変わらぬ少女だった。。
茉祐子は、ゆっくりと降下する揺り籠に付き添った。少女が目を覚ました時、更なる混乱で心を痛めないように。
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「間に合え……っ!!」
英斗が、会議室のドアを蹴り破った。
勢いそのままで転がり込んで、庇護の翼を展開する。
「誰も、死なせたりするもんか!」
平石が炸裂させる魔道球から、がむしゃらに人々を守った。
「おっと失礼。少々虫の居所が悪くてねぃ……」
時間差で到着した上総は、礒部の首筋に魔法書を当てる。バチンッ、電気ショックが若者の体内を駆けた。
「モツがちょっと焦げてるかもしれんが、自業自得と思ってくれたまえ」
バタリと倒れる姿に背を向けたまま、少女は言い捨てた。
「みんな伏せて!」
草野の無力化を済ませたロビンたちが、そこへ畳みかけ――
ほんのり赤味がかった、白いモフモフが室内に姿を現す。
ばくん。
上総のスタンエッジで身動きが取れなくなっていた礒部、パサランに飲み込まれる。
(向こうで片付けるね。これ以上は、セロシアの人の見えない場所でやるよ)
(ふむ。任せるのよさ)
「多少、荒っぽいが…… 観念しろ!」
白いモフモフの、その後ろを静矢が刀を抜きながら進んだ。
「命までは取らない、が――」
符を持つ、平石の右腕が一閃と共に床に落ちた。
「早いうちに医者へ行けば、くっつくかもしれんな」
混乱とどよめきの中、佳槻は真っ先に大久保翁の拘束を解いた。
「『セロシア』の皆さんを、貴方が落ちつかせてください。今、それができるのは大久保さんだけでしょう」
何を言わんとしているか察し、大久保は同志たちへと振り向いた。
「恐れることは無い、理不尽な暴力に屈することは無い――……!」
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パトカーと救急車のサイレンが近づいてくる。
生ぬるい空気に血の匂い。嗚咽の声。
憔悴しきった人々は一つの場所に纏まり、肩を抱き合っていた。
「下階の安全、確認しました。ビル内全て、暴徒の手より取り戻しました」
静寂が戻り、報告を。少しだけ場の空気が緩んだ。
「大久保さん、貴方が組織を作らなければ、こんな事件は起きなかったでしょう。ここまで人を巻き込んで、責任は感じないのですか?」
佳槻に問われ、大久保は顔を上げる。
「人の心とは、『守る』とは何なのでしょう」
迫害を受ける、アウル覚醒者。
アウル覚醒により、暴力を被る一般人。
一般人とアウル覚醒の住み分け。
それらは酷く、感情的だ。
「そうさな。死人が出なかったのは奇跡としか言えん。撃退士がおらなんだら……」
結局は、守られなければ生きていけない。
『力』を持たないとは、こんなにも悲しいのか。惨めなのか。
それは、悪いことなのか? 引け目に感じることなのか?
「踏みにじられて、初めて立っていたことを知る。草花は、踏まれても背を伸ばす。伸ばすから刈られると言われても、生えてくるのよ」
答えに、なっていない気がする。
――踏みにじられて
(……僕は)
立っているのだろうか。
「物理的な強さだけではなく、心の強さも大切ですわ」
ケガを受けた人々の治療をしながら、凜は語り掛ける。
「あなた方の気高い精神は撃退士以上かもしれない。素晴らしいと思いますわ。同じ心で、戦う事はできないでしょうか?」
「……同じ?」
中年女性が、小首をかしげる。
「この狼藉者達の様に押し付ける気はありませんの。ただ……あなた方の行動を賞賛する撃退士がいる事も、覚えていてくださいませ」
武器を手にするばかりが、戦いではないはずだ。
力で制圧するばかりが、強さではないはずだ。
それを知っている人々だから、共に『戦いたい』。
人々の中に、英斗は美馬 賢の姿を見つけ出す。
「無事でよかった。君のお兄さんからの依頼だった。『君を助けてくれ』ってね」
「……兄ちゃん、が?」
「離れていても、兄弟の絆は在る……ってことじゃないかな。クサイかな」
少年は、目を伏せながら首を横に振った。
「ほんとうは、こんな時、兄ちゃんが居てくれたらって……。助けてって。でも…… いえなかった」
自分を庇い、父を殺めた兄。あのとき助けてと言わなければ、何かが違っていたかもしれない。
「負けなかったんですよね」
茉祐子が背を屈め、賢へ視線を合わせる。
「心が強い、ってことだと思います」
此処に居る、ということ自体が意思表示だ。
『セロシア』の今後や存在の善悪は、ひと言では難しいだろう。
ただ、少年が自立を願い飛び込んだことは伝わる。だから。
「……つ、よい?」
「私も、そんな強さを得られるようになろうと思っています」
茉祐子の言葉が、張り詰めていた少年の心の糸を緩めた。堰を切って涙があふれ出す。
「兄ちゃんが…… 誰も傷付けなくていいように…… 僕、も、強くなり……っ」
天使と悪魔と人間。それぞれの血を継ぎし者。
アウルの力を持つ者。持たざる者。
それぞれの住み分け、線引きは、感情的なものがついてくる。
『悪魔』は、そこにこそ付けこんでくる。
非常に厄介で、厄介だから……
負けてたまるか。
同じ空の下、思いを重ねて、明日に向かう。