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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/05/09


みんなの思い出



オープニング

●救いの在処
「川が堰き止められている?」
 現場からの報告に、学園で情報処理をしていた職員が怪訝な顔をした。
 地図と照らし合わせると、京都北東部の渓谷。住民移送ルートとは離れた位置だが、確かに川が存在している。
 支流の名すらない、細い川だ。
『サーバントの飛翔を確認しました。今はこちらへ攻撃を仕掛けてくる気配は無いのですが、どうにも不気味です。撃退士の派遣を要請します』
「わかった」
 通信を切り、目撃情報を整理する。『今は』大丈夫でも、『いつ』異変が起きるか解らない。
 迅速な対応が必要だろう。
「しかし……京都の山に、飛翔する神の使いか」
 天狗か。
 笑ってはいけないところだが、数日前に場所を違えて白蛇型と狐型のサーバント退治の報告も上がっていた。
「どこまでも、おちょくってくるな。……天使共め」
 それから、川を堰き止める事について考える。直ぐに思い浮かぶのは、洪水。
 神話であれば、神の怒りによる大洪水が起き、方舟に乗った動物たちだけが生き残ると――
「舟……」
 貴船神社に、鞍馬天狗。
 キーワードだけを挙げれば、単純な連想。方角も遠からず近からず。
 しかし、自分たちが敵対している天魔は、自分たちの思い描く「神」「神の使い」とは異なるものだ。
 単純な連想で、ふざけた造形をする者が――いるのかもしれない。
「忌々しい!」
 デスクを叩きつけ、それから改めて情報の整理に取り掛かった。


●方舟の行方
 程なく、志願して来た撃退士が集まり手短な説明を始める。
「場所は京都・北東部の渓谷だ。地図の通り些細な支流だが、そこに『ノアの方舟』を模した障害物が登場したらしい。
ただし、積みこんでいるのは希望の綱の動物ではない。言うまでもなく、サーバントだ」
 現地の通信員から送られてきた、サーバントの画像を見せる。
 有翼・人型狗頭。出来の悪い合成獣のようであるし、
「……てんぐ?」
「失敗作に見えるがな」
 生徒の一人の感想へ、職員は「やはりそう思うか」と怒りを隠さない。
「人々に鉄槌を。そして我らが支配下に――メッセージとしては、そんなものか」
「こんな支流で」
「だからだろうさ。東部では狐と白蛇のサーバント。その土地の『信仰』さえ、吸い取ろうというのだろう」
 窮地に追い込み、増幅する感情。それこそが天魔の糧である。
 大規模な戦闘において封じられた都が徐々に動き始めている今、小規模であろうと混乱の火種は相手を確実に調子づかせる。
 ここで、叩いておく必要がある。
「川の流れを堰き止める巨大な『方舟』の破壊、そこから飛来するサーバントを殲滅が任務だ。
川は渓谷の幅まで広がっているだろう。押し流されるといった二次被害に遭わないよう、注意してくれ」


リプレイ本文

●天狗の住処
 激しい水音が、遠くからでも感知できる。
 地図に名すら載らないような渓谷。細い流れにおいて、それは確かな異変だった。
「んー、この渓谷は中々風情があるねぇ……。余裕があるなら二胡でも弾きたいけど……まぁお仕事だしねぇ」
「決壊する前になんとかしないと! ですからね……。残念です」
 九十九(ja1149)が、もとより細い目を更に細め、溜息をつく。頷きを返すのは、交友のある六道 鈴音(ja4192)。
「それにしても、方舟に天狗ねぇ。和洋折衷のつもりなのかしら」
「系統がバラバラだな。やらせてる天使がアホなのか適当なのか。ま、いいさ。こっちは、やるべき事をやるだけだ」
 長成 槍樹(ja0524)は鈴音の言葉を受けて肩をすくめる。
「天使ども、我々を馬鹿にしているとしか思えん」
 憤然と続くのは如月 紫影(ja3192)だ。改めて、自分たちの敵は『異世界』に存在していることを思い知る。
 『日本』という土地すら、玩具のパーツ程度にしか考えていないのかもしれない。
 そうだろう、そうだろう、天魔にとって『人間』は『糧』でしかない、面白半分に『糧』の考えに乗ってみる、今回はその程度の気まぐれなのだろう。
「天狗退治なんて、わくわくするわ」
 一方、八東儀 ほのか(ja0415)の目は戦闘態勢の輝きを宿していた。
 足場の悪さ、飛行系ばかりの敵を相手取るということから、ルインズブレイドの彼女は下準備に余念がなかった。
 愛用の大太刀には刃元をやすりで刃止めし、刀身部分に革紐を巻いてある。革紐の部分を使って刀身を持ち、自在に右手左手の持ち幅を変えて戦えるように。
「安心してねって言える戦況じゃないけど、不安をひとつ減らすことぐらい、がんばらなきゃ……」
「戦闘も船の破壊も気をつけないといけませんね、莉音さん」
 紫ノ宮 莉音(ja6473)は京都出身だ。生まれた土地、全てに思い入れがある。それを知る紅葉 公(ja2931)が、力みがちな彼を、やんわりとフォローした。
(鞍馬天狗と聞いて思い浮かぶのは、覆面ヒーローだったりする程度には信心のない人間だけれども)
 莉音と公の会話を聞きながら、狩野 峰雪(ja0345)は考える。
(人外との戦争なんてものには、ルールもモラルもあったもんじゃないわけだから、相手の心理を突く作戦は賢いといえる、が……)
「ただ、それを大人しく許容するつもりもないけれどね」
 最後尾を歩き、常に穏やかな表情の彼がこぼした言葉に、気づく者はいなかった。


●いざ天狗退治
 ――ザァザァ、ザァザァ、
 細い支流は、今や激流となって眼下にあった。
 そして、
「天、狗……?」
「見事な失敗作だな」
 ほのかは首を傾げ、紫影が一笑した。
 有翼・人型狗頭といえば確かにそうだ。コボールトに蝙蝠の羽を取ってつけたような、チグハグな姿は……日本人の感覚で考えると、やはり『天狗』に落ち着いてしまうのだろうか。
 馬鹿にされている気しか、しない。
「まっ、何はともあれサーバント退治……行きますか!」
 気を取り直し、ほのかが声を上げる。
 怒ったところで、どうしようもない。
 今は冷静に、この膨大な水の流れを逃がすこと、のさばるサーバントを倒すこと。すなわち――破壊の為に作られた方舟、その作戦を封じる事が第一だ!
 時間を掛けてはいられない。
 打ち合わせ通り、大天狗と小天狗、それぞれの対応グループに分かれ、足場の悪い斜面を下っていった。


「天狗ども来たり候」
 先に反応してきたのは、事前情報通り、2体の小天狗であった。
 羽音を立てて、一気に距離を縮めてくる。
 莉音の表情が、スッと変わる。
 鈴音・公の盾となる位置を取り、またそうすることで大天狗を標的とする、ほのか・九十九・峰雪の行動を楽にする。
 紫影と槍樹は射程を活かし、両陣営のサポートをいつでもできる位置へと移動している。
「いかなるヒトにましませば、御名を名のりおわしませ」
 ヒトでもなければ名も持たぬ天狗は、莉音の言葉に応じない。
 先に接近して来た1体が翼を広げ、莉音に襲いかかる――
「この世界には、お約束というものがあるのです」
 莉音の背後から、炎球が勢いよく飛び出し、小天狗を吹き飛ばす。
「道理に従わない者には、それなりの対応を!」
 忍術書を手に、公が告げる。
「ここで決壊してしまったら水に押し流されかねませんね。気をつけないと……」
 仮に攻撃を外しても不安定な方舟へ被害が及ばないよう、加減をするのはなかなかに難しい。
 小天狗を誘導する傍ら、ギリギリの位置まで下がってきている。足場が崩れればそのまま水流に飲み込まれかねない、危険な戦闘である。
「こうるさい蠅を叩き落としてやりますか」
 続いて襲いかかってくる小天狗を、鈴音の雷球が突き放す。
 翼をチリリと焦がされた小天狗が、距離を取ったまま、羽ばたきを大きく、ゆっくりとしたものへ変えている。これは……!

「サーバントの攻撃コース侵入を確認、対空砲火を開始する」

 風圧の構えを見せる小天狗は、機を伺う紫影にとって格好の的であった。
 アサルトライフルの連射で、羽といわず胴といわず、アウルの弾丸が容赦なく撃ち抜いていく。
 撃破するには至らぬものの、足場を確保した莉音が攻撃へ転じるだけの余裕を与えた。薙刀を振るい、羽を落とす。
「消し炭にしてやる!」
 立て続けの、鈴音の攻撃。これでは残る小天狗も、なかなか距離を縮めることができない。
 ふわり、小天狗が飛行の軌道を変えた。
 陣形を組む莉音たちから、離れた位置に在る、
「おっと」
 こっちに来たかと、槍樹が軽く目を見開いた。
「大丈夫だ」
 援護は要らない、仲間たちを片手で制する。
 小天狗は速度を上げ、連続攻撃で突撃してくる。
 ――ドンッ
「残念」
 肩口を突かれ負傷しながらも、槍樹のリボルバーが零距離射程で魔法弾を放った。
 甲高い鳴き声を上げ、天狗は墜落し、水流に飲まれていった。


「気に入らないのさね。空を飛んでるから優位? ……間違いだと教えてやるのさね」
 小天狗対応組は無事と見て、九十九が弓を手にする。舟上では、大天狗がその翼を広げていた。
 状況からして、奇襲という手段はない。が、散っての行動で相手に的を絞らせない事ならば可能である。
 離れすぎても、孤立して集中攻撃を受ける。付かず離れずの距離で、小まめに動き回ること――それは峰雪の案だった。
 峰雪の第一砲、他方向から紫影の狙撃、そして真っ向から九十九が矢を放つ。
 くわっ、大天狗が大きく口を開けた――標的は、九十九!
「おおっと、これはいけない」
 咄嗟に槍樹がマジックシールドを発動し、九十九を守る。
「フォローサポートはこっちに任せて、若い子は伸び伸び戦うといい」
「長成さん、ありがとうなのさねー」
 髪の毛一つ焦げさせない、完璧な障壁。頼もしい事この上ない。
 九十九が、手をぱたぱた振って槍樹へ礼を述べる。
 そして大天狗が炎を吐き終えた直後のタイミングで、

「ふっ…… ついに、この時が来たわ!」

 ほのかは斜面を下る勢いを一度止め、足場を確認し――舞った!!
 全力で跳躍した軌跡に、光が舞い散る。それはまるで、そう、『天狗』の羽のよう。
 『飛翔する天狗を叩き落とした』という逸話のある跳躍術。今、この相手に発揮しないでいつ使う!
 空を舞う天狗の、更に上から大太刀を振り下ろす!
 ――大天狗の絶叫が渓谷にこだまする。
 さすがに見事真っ二つ、とはいかないが、痛手を負わせることはできた。大きな翼の一つを削ぎ落すことに成功する。
 大太刀の勢いは止まらず、舟底に食い込む。引き抜こうとする僅かな間、ほのかの背後がガラ空きとなる。
 厭な汗が、ほのかの顎を伝う。その上空で、幾つものアウルの銃弾、矢が風を切った。
「やらせはしないのさねぃ」
 遠距離攻撃組の、一斉援護だ。 
 峰雪の狙撃が翼の関節部を粉砕し、地に落とす。
 槍樹の魔法の弾丸が足止めとなり、
 紫影の弾幕が追い打ちをかける。
 翼を失った天狗が鋭い爪を振りかざし、ほのかへ襲いかかろうとした先へ――
「……暗紫風」
 狙い澄ました九十九の一矢が、紫紺の風へと変わり天狗を煙に巻いた。
「ありがとう!」
 作ってもらった隙は大きい。
 ほのかは大太刀を引き抜いた勢いで大天狗に再び切りつけた。衝撃で、天狗が吹き飛ばされる。

「八東儀さん、さがって……――六道封魔陣!」

 皆が大天狗との戦いに集中しているところへ、鈴音が船上へ転がり込んで来るなり厳しい声を発する。
 置き上がりと同時に、大天狗が業火を吐きだしてきた!!
 障壁として白色に輝く紋様が展開され、炎を凌ぐ。
「出来損ないの天狗には退場してもらうわ」
 小天狗との戦闘を終えてきた鈴音は、衣服が泥だらけになっている。
 足場の悪さを気に掛けず、逆手にとって回避、応戦した結果と見える。

「灼きつくしてあげる。――六道呪炎煉獄ッ……!」

 ほのかの技が『天狗』を相手取った伝承に基づくものであったように、鈴音のそれは『大蛇退治』にまつわる奥義であった。
 漆黒と紅蓮の炎は、出来そこないの大天狗を取り込み、柱のように燃え上がった。


●救いの方舟
「天狗落としに、大蛇退治かー」
 最後の派手な攻防を見守った莉音が、おっとりした表情・口調に戻る。
「とにかく無事に終わってよかったですね〜」
 莉音の気負いが減ったと見えて、公も安堵の表情を浮かべた。
 この先は方舟解体が待っている。とはいえ、最大の闘いは乗り越えた。
「さてと。他に、ケガをしてる人はいませんかー? あはは、みんな泥だらけ」
 そういう莉音も泥だらけである。
 小天狗対応班、また斜面からの狙撃犯は、攻撃を受ける受けないにかかわらず泥まみれ。
 舟で応戦したほのかに至っては、水しぶきを浴びて濡れる始末だ。
 ケガであればアストラルヴァンガードが治癒できるが、こればかりはどうしようもない。
 莉音によるケガの治療も終え、いざ、方舟解体。


「一気に破壊すると溜まった水が氾濫しそうですから、まずは川上の水量を減らして……ですね」
「どう壊せば一番巧く水が流れるか、事前に水害の専門家に確認しておいたが。舟の端から壊して流れ出す水を増量、安全域になったら完全破壊、という手順がベストのようだな」
 状況確認をした峰雪が顎に手を当てながら発言すると、槍樹が具体案を挙げた。
「神話を模すなんて悪趣味よねぇ」
 しかも、『救いの方舟』であるそれが、凶悪なものとして扱われる。そして撃退士が破壊する、だなんて。
 錯綜しすぎて、頭がおかしくなりそう。
 ほのかはブツブツ言いながらも軍手をはめ、準備していたバール、大きなハンマーなどを持ち出した。
「……素朴な疑問なのさね。どうやってこの方舟運んだんだろうねぇ……」
 一緒に解体作業にとりかかる九十九の発言に、鈴音が噴きだした。
「それは考えませんでした。運んだのでしょうか、それともまさか、ここで作っ……?」
 不格好な天狗たちが、木板を運び、日曜大工よろしく舟を作り上げる。
 そこまで想像して、鈴音は笑いに撃沈した。
 ――ドォドォ、ドォ……
 水流の音が変わりはじめる。
 そろそろ、舟上での解体作業には限界があるようだ。舟から斜面へと、全員が移動する。
「水流に巻き込まれないよう、気をつけるのさねぃ。万が一の時には、これがあるけど」
 先に渡り終えた九十九が、準備していたロープを見せる。これで助ける、という意味らしい。
「大丈夫、大丈夫よ」
 得意の跳躍一つで無事に渡り終えたほのかが、少々青ざめながら答えた。
 命中率には定評のあるインフィルトレイターの救助であれば、それは確かに頼もしい。
 しかし、無事に戦闘を終えた後でのハプニングは御遠慮したい!


●封じられし思惑
 ほのかと莉音が、高い位置から全体を確認する。
 鈴音、公、九十九、紫影、槍樹、峰雪が、それぞれの武器の照準を壊れかけの舟に合わせる。

 ――光、音、炎……撃退士達の力が一点で爆発した。

「これで天使の目論見も阻止できたな」
 渓谷の底に、解体された木片がガラガラと散り、その上を何事もなかったかのように水が流れてゆく。
「終わったか。さて、早く戻って娘の迎えに行かんとな」
 長居は無用。槍樹が踵を返す。

 自然は自然へと戻り、日常は日常に戻る。
(でも、まだ終わってはいない)
 この京都を覆う、恐ろしい戦いは終わっていない。
 本当の日常は、この先にある……。
 莉音は美しい渓谷を目に焼き付け、次なる戦いへと気を引き締めた。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 天狗狩・八東儀ほのか(ja0415)
 万里を翔る音色・九十九(ja1149)
 久遠の誓約・如月 紫影(ja3192)
重体: −
面白かった!:7人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
天狗狩・
八東儀ほのか(ja0415)

大学部4年176組 女 ルインズブレイド
泰然自若・
長成 槍樹(ja0524)

大学部9年172組 男 ダアト
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
久遠の誓約・
如月 紫影(ja3192)

大学部7年244組 男 インフィルトレイター
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード