●
「うわー、雪がいっぱい! 久遠ヶ原とは、ずいぶんちがうんだねぇ」
ペンションへ到着し、草薙 タマモ(
jb4234)は銀世界に負けないくらい瞳を輝かせた。
「遊びに来れるなんて、楽しいな!」
「えーと、鍛錬合宿…… ですよね」
笑顔のタマモへ、北條 茉祐子(
jb9584)が目をしばたかせる。
「え、鍛錬!?」
「バレンタインサバイバルナイトを勝ち抜く為の、スキルアップとなりますよう。先輩方、どうぞよろしくお願いいたします」
「お菓子作り!? やっぱり遊ぶんじゃん!」
恭しく頭を下げるレティシア・シャンテヒルト(
jb6767)の言葉に、天使の少女は安堵の笑顔へ戻った。
「誰がどういうチョコを作るのか、私気になってしまって…… ぽっ」
頬に両手を添えて恥じらうのは、村上 友里恵(
ja7260)。
作ることも楽しみだけれど、皆で試食も非常に楽しみ。色んなチョコレート、お菓子、想い、きっと素敵に違いない。
●鍛錬、戦闘編!
「高いところの雪おろしなら俺がやるよ」
防寒具とカイロで寒さ対策も万全な龍崎海(
ja0565)が、陰影の翼を広げて見せた。
バルコニーの雪下ろしも、リクエストが多かったのでついでに請け負うことに。
「雪は……堆雪場に投げ捨てても良いけど、鍛錬時のフィールドに遮蔽物を作るのはどうかな」
高さは胸程度、等間隔。
着々と、戦闘鍛錬の準備は進められていった。
「最初に来たのが二年近く前か。あの頃も今も、少し血の気が多過ぎたな……」
「もう、そんなに経つのですね。こうしてまた訪れることが出来て嬉しいです」
水無月 神奈(
ja0914)と御影は思い出話をしながら、模擬戦の準備を進める。
「真剣は不慮の事故が怖いが、見たところ竹刀より刀が振るいたいようだな?」
「えっ。ほ、ほら、相手が神奈さんだから、思い切り胸を借りられますし!」
「実戦形式ならこちらの方が良さそうか。光の成長は早いが……、まだ負けてやるつもりはない。存分にやろう」
「はい!」
二人の剣士は、白刃を向け合った。
(速い)
二人の立ち合いを見学しながら、茉祐子は瞬きを忘れる。
スピードだけなら御影が上、しかし神奈が的確に攻撃を捌く。力押しの打ち返しではなく、流れに沿って払って距離を取る。
(水無月先輩が…… 押されている、わけじゃない)
払われた御影の刀が、スイと遮蔽物の角を切り落とすたびに、少しずつ視界が開ける。
――『場所』が作られているのだ。
「危ないっ」
茉祐子が思わず声を上げる。
神奈が足払いを仕掛ける、御影が後方へ跳躍し回避する。遮蔽物に上がり、そのまま大上段に――
「引っかかったな」
振り抜いた刀から、風の衝撃波が御影の足元を狙い飛ばされる! 空中では避けきれない、バランスを崩した御影の身体が落下し――
「勝負あり、で良いか?」
「負けました」
切り結ぶことに意識が回り、スキル運用を失念していた。
御影が、ペソリと肩を落とす。
雪にまみれた少女へ、神奈は手を差し伸べた。
「よろしくお願いします」
「あたしが茉祐子ちゃんの勇姿を見るのは今回が初めてか。楽しみにしてるよ」
(経験の差を考えると、勝負にならないような気がしているんですが……。でも、全力でぶつかっていきます)
愛用の和弓を手に、茉祐子は深々とお辞儀を一つ。
対する野崎は、ショットガン。射程は同じくらいか。
(ただの、屋外戦とは違う…… 自然、それも『雪』は特別ですね)
剣士たちの動きから注意点を読み取っていた茉祐子は、遮蔽物を削りにくる野崎の弾丸を躱しながら機会を伺った。
キラリ、キラリ、白銀の雪が視界に舞う。反射しては目に痛い。
まずは『慣れる』こと、そして足場をしっかりと保つこと。
遮蔽物から遮蔽物へ移動しながら、茉祐子は確認してゆく。確認作業が不自然と思われないよう、牽制攻撃を交えて。
(迷いのない矢だ、性格が出るよね)
無駄撃ちのない攻撃を、野崎はそう解釈していた。
「さて、そろそろ隠れる場所もなくなって来たねぇ……、どうする!?」
今までより大きめに身を乗り出し、野崎は茉祐子の隠れていた遮蔽物を吹き飛ばした。
「隠れられないなら、隠すまでです」
雪の塊が飛び散る――それに乗じて、砂嵐が舞った。
「!?」
野崎の狙った先に、茉祐子は居ない。
彼女の攻撃に合わせてサンドストームを巻き起こした少女は、そのまま直進して野崎の背後に回り込んでいた。
「……武器が、一つだけだとでも?」
野崎の背へ、茉祐子が番えた矢を突きつける。
野崎は、後ろ手に苦無を構えていた。
「なんて、ネ。背後を取られた時点で、あたしの負けだ。撃ちあいだけが遠距離戦じゃない。勉強させてもらったよ」
最後は、二対一の模擬戦だ。
「ルールはスキルなしで、戦闘不能や気絶判定に降参したら負けって感じでいいかな」
「わかりました」
「……骨が折れそうだよね」
スキル無し、とは言え。相手は鉄壁の盾たるアストラルヴァンガード・海。
御影と野崎は、顔を見合わせ肩をすくめる。
「そのままだと、長期戦になりそうですよね……。制限時間を5分として、より有利な状況にあるほうが勝ち。どちらとも言えなければ引き分け、と言うのはどうでしょう?」
茉祐子が提案し、時間制が採用された。いずれ、途中で戦闘不能になるようであれば、そこまで。
(雪上戦、というのも普段とは違う雰囲気で勉強に、なるな)
海の槍と、御影の刀がぶつかり合って火花を散らす。その足元を野崎の銃弾が狙った。
「光ちゃん、がんばってー」
棒読みの声援と共に、援護射撃が飛ぶ。
御影の攻撃は、海にしてみれば軽い。正面から切り込まれれば、受け流す・薙ぎ払うといった対応ができる――野崎の横やりが無ければ。
スキルの使用は不可としたけれど、雪原を狙って攻撃されれば舞い散る雪で視界は遮られる。煌めく白刃が直視を妨げる。
軽い攻撃も重なれば、寒い状況で確実に体温を奪う。
「あまり、のんびりもしていられないか」
海は大振りに槍を旋回し御影の攻撃を弾き飛ばす、その隙に野崎に対して魔法を繰り出し、遮蔽物ごと襲った。
魔法書から槍へ、再び持ち替えるより―― 御影の立て直しが、早い。
「チェックメイト。どうかな?」
海の背後へ回り込む御影と、正面から銃口を突きつける野崎。
ただし、三人とも傷だらけ。
「――時間です。引き分け…… でしょうか?」
茉祐子が、試合終了を告げた。
●鍛錬、お菓子編!
一方。
館内清掃を終えた面々が、広いキッチンでお菓子作り鍛錬を開始。
「皆で大きなチョコケーキを作るのです♪」
うきうきと、友里恵が計量を始める。
「目標は3段ウェディングケーキを超えるものですね。楽しみです」
自身の試作準備を進めながら、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は友里恵へ頷く。
「素材は拘りますよ、こちら、高級板チョコです。ケーキに使うチョコクリームは私にお任せあれ!」
「ファティナ…… それを材料にするのか」
ゴのつくブランド品だ。強羅 龍仁(
ja8161)も流石におののく。
「美味しさ、楽しさに手抜きはしませんよ♪」
「そうだな、だったら…… ホワイトチョコやビターも織り交ぜて、味が単調にならないよう組み立ててみるか」
「お菓子は作るより、食べる方が得意なんだけどなぁ」
ヒョイと覗き込みながら、タマモは自分は何をしようかと首を捻る。館内清掃を頑張ったので、実はすでにちょっとお腹が空いている。
(私にもできることってなんだろう……)
「あっ、よくわからないけど、私混ぜたい!」
「うん? タマモがやるのか。けっこう力仕事だからな、根気強くな」
「……私、技術ないよね」
「それを身に着けるための鍛錬ですよー。楽しめばいいのですから」
ショボンとする少女へ、ファティナが泡だて器の持ち方から教え始めた。
スポンジケーキが、次々と焼きあがる。
チョコレートの良い香りが室内に広がっていた。
「お疲れ様ですー! うわあ、良い香り!」
「お帰りなさい、光さん♪」
「ファティナ先輩は、何を作ってらっしゃるんですか?」
模擬戦を終えた御影が、エプロンを付けながら駆け寄る。
「フォンダンショコラのストロベリーチョコverです。抹茶はマスターしましたが、ストロベリーはまだ完璧ではないので」
「七色……では、ないです?」
「贈り物ですから……」
いつぞやの出店で食べたものを思い出した御影へ、ファティナが苦笑い。
「光さんはお料理特訓中と聞きましたし、出来る限り教えさせて頂きますね。どういったものを?」
「えーっとですね、プチシューなんですけど…… チョコを掛けて……」
「プロフィットロールでしょうか?」
「それです! 小さく作って、積み重ねて……」
「シュー生地さえ上手く作れれば、少ない手間でたくさん用意できますものね。シュー生地さえ」
問題は、そこです。
湯通ししたレーズンをラム酒へ漬け込む間に、洋梨のコンポート作り。
レティシアは手際よく進めてゆく。チョコレートは温度管理が命、室内温度も調整も彼女が担った。
贈る予定は、すでにある。その人の好みに合わせて、甘さは控えめ、大人っぽくシックな味わいを目指す。
「……たとえば。たとえばですが。チョコを渡すなら、どのタイミングが正義だと思います?」
その合間に。さりげなーく、話題を振ってみる。
女子一同の手が止まった。
「二人きりの夕食の後に…… というのも、素敵ですよね」
なんてことをいえるのは、恋人がいるファティナ。
「『果たし状』を忍ばせて、校舎裏で手渡しというのも…… ぽっ」
斜め上に行くのが友里恵か。
●
甘いチョコレートの香りにカレーの香りが混じっての、夕食時間がやってくる。
「カレーなら文句は出にくいし、余ったら朝の分に回せばいいよね」
「同じことを考えていたな」
用意をしたのは、海と龍仁の男性陣だった。
見事な限界突破5段チョコレートケーキ(頂上の一段はプチシューのチョコレート掛け)、
ファティナのフォンダンショコラストロベリー、
タマモと友里恵のハート型チョコ(友里恵特製チョコは、コインが入っていたら当たりです!)、
龍仁は種類豊富にマフィンやブラウニー、クッキーといった焼き菓子を。
レティシアはラムレーズン入りのトリュフに、洋梨コンポートのチョコレート掛け。
そして御影のプロフィットロール。不格好だが、中のクリームはファティナ仕込だ。
テーブルの上は、そうそうたるものだった。
「……『誕生日おめでとう』? それに、桜の飾りって」
限界突破ケーキのデコレーションに、野崎は笑う。
「テーマは『季節感無視』です。寒さが続いてるので、暖かい季節も混ぜてみました♪」
「楽しそうで非常にいいと思います」
友里恵の悪意なき善意に、野崎の腹筋が辛い。
「御影さんには、私から…… これ、食べて下さい…… ぽっ」
「えっ、良いんですか、村上先輩。えへへ、嬉しいです」
「後でステキなプレゼントが贈られる当たりコインで、幸せにしてあげますね♪」
甘味と笑いに包まれて、夜は更けてゆく。
●
(あの時もこうして眺めたが……今と昔とでは違うものもある、か)
「光、寒くはないか?」
「防寒対策はバッチリ。雪って、たっぷり積もると暖かいんですよね」
赤いダッフルコートを羽織り得意げな表情の御影へ、神奈も少しだけ口元が緩む。
「私は……、光の笑顔が好きだ」
「……」
「これで二度目だが…… 想いが届くなら、何度でも伝える。光――」
「神奈さん」
言葉を、御影が遮った。一歩、後ずさる。距離を置く。俯いて、表情は見えない。
――時間を、いただけませんか?
想いを告げられ、御影がそう応えたのは昨年の夏だ。
姉のように慕う相手からの告白は、ただただ驚きでしかなかった。
友人ではなく。先輩後輩ではなく。姉妹ではなく。
それが、どういったものか――その先に、何があるのか。どう、なるのか。
御影なりに、考えてはいた。神奈もまた、待ってくれていたのだと思う。待ちながら、御影の窮地には駆けつけ、手を伸ばしてくれた。
「わたしは、私にとっては、神奈さんは大切なひとです。他のだれとくらべるとか、そういうことではなくて、代りのないひとです」
でも――
「きっと、私の『好き』と、神奈さんの『好き』は、違うんです……」
星明かりの下、御影のポニーテールがゆるりと震えた。
どうしたら良い?
何を差し置いて自分を大切にしてくれるこの人を、傷つけないために、どうしたら良い?
『今まで通り』でも気持ちが通わなければ、苦しませるばかりではないだろうか。
どう、したら。
●
ロッジの前、星空の下。野崎は俯いていた顔を上げた。
「強羅さん」
「星を観ようと思ったら、バルコニーには先客がいてな」
「あー…… ねぇ?」
くわえていた煙草を外し、女が薄く笑う。
「雪上戦の事は報告書を読んでいる、気にはかけていた。……少しは晴れたか?」
「知ってるでしょうに」
言われ、龍仁の腹の辺りへ軽いパンチを。
「嫌いじゃなければ」
後ろ手にしていた小さな箱を、龍仁は差し出す。
種類豊富な焼き菓子を作る間で、丁寧に丁寧に、たった一つを作り上げていた。
小さなザッハトルテ、シンプルな形にたっぷりと生クリームが絞ってある。本格的だ。
「渡す相手が、もういないからな……。食べるなら女の子に食べてもらった方がいいだろう」
「……」
「緋華?」
「ごめん、ガンと来た」
アイスブルーの双眸からボロリと大粒の涙が落ちる。
「そうだよね。そうだ。バレンタインって、そういう日だ。――はは」
もう居ない、渡したい相手。渡すべき人。そんな存在が、野崎にもあった。過去の話だ。何年も前の話だ。
それ以上は語らない野崎へ、龍仁もまた問いはしなかった。
涙をぬぐう女から、そっと視線を外して龍仁は空を仰ぐ。いつかの思い出の星座が踊っている。
「今も昔も、星空は変わらず同じだ……」
(だから、星空を見てる時だけは……あの時に、帰れる気がしてしまう)
「なんて……、おっさんが夢見がち過ぎたか。……そんな資格も無いのにな……」
ふと呟いた横顔に、柔らかく作られた雪玉がぶつけられる。
「なに言ってんの。夢を忘れちまうより、よっぽど素敵じゃない」
安心していい。どんな美少年だって、行く末はおっさんだよ。
●
それぞれに物思う夜が明け、真白の朝が来る。
「光さん」
ファティナに呼び止められ、御影が振り返る。目元が赤い。
「優先されるべきは光さんのお気持ちです。……だから、『どちらか』を絶対選ぶ必要はありませんよ」
好きだから、傍に居たい。
たぶん、その気持ちは同じだと思う。
それでも ……意味が違うことも、あるのだと。
承知の上で、傍に居ることを選ぶ?
『違う』ことの辛さから、離れることを選ぶ?
その、『どちらか』……
チョコレートは、甘くて苦い。
みんなのバレンタイン当日は、甘いもので彩られますように。