●はじまりは爽やかに
(確か以前にも一度同じような流れでキャンプした事、あったわよね……)
東雲 桃華(
ja0319)は、記憶を辿りながら豊かな自然に目を細めた。
皆が、食材やなんだと入った大きな荷物を抱え、これからのプランを話し合う。
(他は皆楽しそうね。……当然か、だってこれ合宿じゃないもの、どうみてもキャンプだもの)
「サバイバルしろって雰囲気でも無いわよねぇ、食材は持ち込み可みたいだし」
「これが合宿な訳が無い」
思わず呟く桃華の隣で、清清 清(
ja3434)もまた、断言したのだった。
「皆さんで楽しむのもいいですが、死亡フラグの立つ様な料理は……」
「私だけじゃなくて安心したわ」
清は、自前の弁当さえ用意してくるという周到さ。さすがに桃華も笑った。
「時間の潰し方を考えていたの。散策でもしようかと思ってたけど……よかったら、一緒にどう?」
「そうですね。木陰の辺りだったら、皆さんの様子も見守れそうですし」
ゆっくりすることが最優先。清のスタンスに桃華は共感し、2人で林道を散策することにした。
●川の闘い〜個人戦〜
全体的な動きを見ると、川に向かう者が多い。
季節がら、心地よい水に触れたいということも、そして現地の食材という響きに惹かれることもあるのだろう。
敷地ぐるりを囲むように流れる川は思いのほか範囲が広く、結託する者、個人プレイに燃える者、様々だ。
「さて、一匹掛かれば御の字か。居れば良いな、ウナギ」
そんな一人。千葉 真一(
ja0070)は、川辺の葦を利用して鰻獲りの仕掛けを作る。
自然豊かな山間部で育った真一は、どことなく懐かしさを感じる。
アミューズメント複合施設にあるキャンプ地ということから期待はさほどしていなかったが、自然と巧く融合した形のようだ。
鼻歌交じりに岩陰などを探り、餌用の川エビも捕獲完了。
靴を脱ぎジャージを膝までたくし上げ、川に足を下ろす。ひんやりとした感触に、思わず固く目をつぶる。
「結構、綺麗なんだな。この川は」
久遠ヶ原の暖かな海や、学校のプールとは違う。天然のそれに、改めて胸が高鳴りはじめる。
一匹掛かれば恩の字、とは言え――こいつは、野生の血が騒ぐ!
「サバイバル同然の合宿ねぇ。ま、愉しめれば問題ないかぁ」
雨宮 歩(
ja3810)はサバイバルナイフで適当な長さの木の枝を切ると、ぶらぶら振り回しながら釣り場を捜し、歩く。
その少し後ろを五十鈴 響(
ja6602)がトコトコついてゆく。
「ご協力に感謝、と。よろしく頼むよ、五十鈴」
「こちらこそ、よろしくお願いします、雨宮さん! このあたりは何が捕れるでしょうか。アマゴ? 岩魚?」
「んー、そういうのは、水の冷たい上流だねぇ。……ま、釣ればわかるさ」
「ですね!」
ポイントを定めると、釣り竿の制作から始めた。
釣り糸は木の皮やツル、針はゼムクリップを折り曲げ先をナイフで尖らせて代用。
「手伝うか?」
「だ、大丈夫です!」
響も、慣れない手つきながら見様見真似で釣り具作りに挑戦した。
沢山捕れるよう、川底にU字型に石を積み上げ、準備はOK。
「さて、釣れるかどうかは運次第ぃ」
現地調達の餌を付けた糸を、ぽちゃりと川面に放る。
「器用ですね、雨宮さん」
「そうでもないさ」
すぐに釣れるわけでもない。やがて静かな時間が流れる。
川辺の野鳥を観察しながら、響が草笛や歌を楽しむ。
「器用だねぇ、五十鈴」
「そんなことないです」
同じような応酬をして、2人は笑いあった。
「魚でも『生命探知』は有効のはず……だよね」
ネコノミロクン(
ja0229)はスキルを駆使して追い込み漁をする。
釣りをするメンバー達に影響を与えないよう配慮して、川幅の狭いところに木の枝を組み合わせた簡易な堰を作ってある。
撒餌用にゲットした虫や川エビも駆使しながら、いざ集中。
大小とわず、魚の影を追う。ターゲットを絞らない事が功を奏して、種類のわからない魚も堰に引っかかりはじめている。
「もしたくさん獲れたなら、先生へ献上と他の皆へもお裾分けしよう」
鮎の腹の中に虫が入っている可能性は……気付いちゃいけない。
※気を付けましょう
「散歩でのんびりというのも気持ちよさそうではあるけれど……」
アニエス・ブランネージュ(
ja8264)は悩んだ結果、魚獲りへの挑戦に決めた。
釣竿を作って釣りに挑戦する姿もあり、彼らの邪魔にならない位置を選ぶ。
わざと水を蹴立てて魚を狭いところに追い込み、それで捕まえる作戦だ。
「なかなかに元気だな、君たち!?」
釣り堀に放された魚とは違い、天然魚の動きはしなやかで、思いのほか苦戦する。
手を伸ばす、水しぶきが肌に跳ねる、そんな行動一つ一つが陽気の下では気持ちいい。
「っと、きゃ……」
それは予想の一つではあった、が、タイミングは想定外。逃げる魚を追うことに夢中になるうちに、足を滑らせる。
短い悲鳴の後、盛大にダイブ。
「っはーー! 気持ちいいね、ここまでくると」
ざぷんと顔を出し、びしょ濡れになった己の姿に笑う。
着替えはもちろん用意してあるが、もうしばらくはこのままで。童心に返るのも悪くない。
(山……そして自然……良いですねぇ、絶好の修業日和です。自然を相手にしてこそ感覚は養われるものですしね)
戸次 隆道(
ja0550)は川の中程に立ち、呼吸を整え、精神を統一させた。
自然と一体となり川の流れ、風の流れに身を任せ、自身が川となる。
魚が警戒せずに近づいた一瞬――、
――神速果断!
通常であればV兵器での攻撃となるが、相手は天魔ではなく、お魚だ。
明鏡止水の境地、心安らかに隙を見逃さずアウルを練り上げての一撃。衝撃により、周辺の魚がプカプカ浮いてくる。
「ふふ……良い成果を残せそうですね」
これを機に、新たな技を作り上げるのも修行の一環やもしれぬ。
隆道の中に、熱い感情がふつふつと湧き上がっていた。
おっと、平常心、平常心。
清々しい川原、肌に触れる風、木々の匂い、耳に川の流れる音が心地よい。
「こんな、平和そうな場所なのに……」
佐藤 としお(
ja2489)は、撃退士としてこの川に居る『主』と戦う為にやって来た。
着いて早々、周りの村の人達に主について情報を聞いて回ったが……有益な情報はあまり得られなかった。
ひと一人まる吞みするという『主』。『主』を失えば、加護にあずかっている村の存続も危うい……しかし、尊い命と引換の平和に、何の意味があるというのだろう!
村の人々の嘆願、そして決意。それは、としおの心を激しく揺さぶった。
としおは、木の上から下の川面に映る『主』の動きを息を潜め、追う。
――ひと際おおきな影が、ゆぅらりと現われた。あれが、もしや!?
動きが一瞬止まった瞬間、全身を伸ばしてダイブする!
「ま、まさかこいつは!」
直前、影の正体に気づく。
(僕は勝てるのか……いや、勝つんだ!)
有益な情報を得られなかった理由が判明する。
しかし、なるほど奴こそ『主』の名にふさわしいであろう――
相手を知ればこそ、無謀な戦いかもしれない。しかし、自分は背負っている人間だ。村人の希望を背負い、ここに居る!!
(この命と引き換えにしても、『主』、僕はお前を倒す……!!)
「うがぁぁ!」
クマの如き咆哮と共に、水面が激しく抉られた。
水しぶきがキラキラと陽光に反射して、としおの頬を濡らす。
「ぐふっ、としお死すとも志は……」
「がんばって、がんばってなのー」
遠くで、可愛らしい女性の声。嗚呼、誰かが僕を応援してくれている?
「主……どこだ?」
「あっ、静矢さん、そっちに大きな影なの!」
「よし! 北陸のクマ直伝のシズヤクローで……!」
「うわぁあああああ!」
鳳 静矢(
ja3856)の右手一閃と共に、飛び起きたとしおは絶命という名の、再び深い夢の中へと落ちていった。
つまりはそういうことである。
●川の闘い〜団体戦〜
「これだけやって仕留められんとは」
「さすがは『主』といったところでしょうか」
肩で息をしながら、静矢は妻である鳳 優希(
ja3762)の待つ川辺へ上がってくる。
サポートをしていたアイリ・エルヴァスティ(
ja8206)も続く。
優希の傍らには、巨大魚が5、6匹、びっちびち跳ねている。
一般人が見れば『主』と説明もつくだろうが、なにしろ獲りすぎた。そのことから『主は他にいる!』に至り、今ココである。
「それ以上は、生態系に支障がでそうですね」
様子を見に来たRehni Nam(
ja5283)がストップをかけた。
無念。しかし、やむなし。
若夫婦は、寂しく三角座りで川に向かって石投げをした。
アイリはそのまま上流へ向かい、鮎狙いへ移行する。
上流から流れ着いている木の枝から、手頃で硬くてまっすぐな長いものを選び、先端に針を曲げたものを複数取り付け即席の銛を作る。いわゆる『魚突き』というものだ。
瞬発力・動体視力を問われる、これもまた鍛錬の一つ。
突き時、鮎は近づくと反転してしまうため狙い定めて正確に素早く突くのがポイントだ。
小さい魚は狙わないのは矜持である。
「ふふっ ……海賊系なめんじゃないよ!」
元海賊の一族出身、誰に咎められることなく本領発揮!!
――程なくして、大量の活きのいい鮎を持ち帰ることとなる。
「莉音君! 一緒に魚捕ろうっ!」
シエル(
ja6560)が、やや強引に紫ノ宮莉音(
ja6473)の袖をひっぱる。
「それじゃ、いってきまーす♪」
魚獲りは同班のメンバーも計画しているが、シエルの勢いに飲まれる形で莉音は青木 凛子(
ja5657)に手を振り、川辺へと向かっていった。
「ケガには気をつけるのよー!」
すっかり皆のオカンである凛子の、朗らかな声が晴天に響いた。
「絶対楽しもう!」
目を輝かせ、先に川へ入るシエル。小魚が周囲を泳ぎ、くすぐったい。
「うん、いろいろ捕れるといいよね」
内陸育ちのため水に不慣れな莉音も、ゆっくりと足を浸した。
川面に日差しがキラキラ反射して。楽しそうに笑うシエルが眩しくて。
ほんの少し、ボンヤリとした。その時だ。
「わぁっ!」
「莉音君!?」
膝下程の水位に来た所で滑る。シエルが腕を伸ばす。莉音の腕を持ち、支えようとするも触れてみると意外に体格差があることに気づいた。
莉音もまたシエルの手を引く形となり――
――だぱァん!!
水音と共に、2人は川へ倒れ込んだ。莉音が下敷きとなる。
「ごめんね、大丈夫?」
「ごめんー……」
声が、ユニゾンする。
シエルは思わず笑い、それから莉音の腕を掴んだままとだと気付いて赤面する。
そっと手を離し、身体を引き起こす。衣服がびしょぬれだが、それどころではない。
「えーとっ、気をつけなきゃだねっ」
背を向けたシエルの微妙な変化に莉音も恥ずかしくなって慌てるが、ここで変な沈黙になるのも厭だ。
一切に気づかないふりをして、莉音は声をかける。
「あの……えっと……捕まえ方、教えてっ!」
「俺、鰻を獲ったら石田くんに捌いてもらうんだ……」
加倉 一臣(
ja5823)が、希望たっぷりの言葉を呟く。
「鰻を捌くか加倉さんを捌くかは、気分次第ですね」
にこにこと、石田 神楽(
ja4485)はいつもの笑顔を絶やさない。
その横で。
「水辺に一発スラッグ弾……フラグ弾……」
真剣な表情で考え込む、十八 九十七(
ja4233)。
「よし、行くですの!」
「ハハハ、さすが九十七ちゃ……この子、目が本気!」
川に一発派手にショットガンぶち込んで魚獲りしようとする寸でのところで、一臣が慌てて止めに入る。
「ちょい待ち! 石をぶつけて獲ればいいから!」
「誰かをぶつけて獲ればいい? なるほどですねぃ」
「やだ、この子ったら難聴!?」
九十七は、正義のクソ力でもって一臣をむんずと引っつかみ、川を目掛けてブン投げた!
川面に、キャンドルライトを思わせる柔らかな色が反射する。
と、同時に派手な水しぶき。
――後に大学部3年・K氏は語る
『思わず光纏しました。撃退士で本当に良かったと思います』
ちなみに、
『後悔はしていない。反省している』
こちらが高等部1年・S氏の言葉であった。
先端を鋭く削ったやや太めの枝を銛代わりに、九十七は鮎獲りを続行する。
ずぶ濡れを気にせず、浮き石にぶつけた額をさすりながら、一臣も軍手を装備して鰻獲りへと移る。
アウトドア好きで経験もある為、アクシデントも楽しみの一つだと心得ている。
「皆楽しそうでえぇことやね」
炊事場から一行を眺める宇田川 千鶴(
ja1613)が、持ち込み食材である野菜を刻む手を休めた。
ジーンズ姿のアウトドア仕様で参加している凛子は、持参した消毒液・絆創膏が予想通り出番となるのを確認し、「仕方のない子たち」と頷いては笑った。
●林の冒険〜混ぜるな危険〜
「皆、期待しちょってええけぇね!」
同班である、凛子たちへ意気揚々と手を振り林へ向かったのは水城 秋桜(
ja7979)。
初夏! 目指すはマツタケしかないけぇ! そう勇む彼女が携える籠は3セット、『安全・不安・ぶち不安』だという。
その準備の段階で、ぶち不安である。
「うーん。フィトンチッド吸収、吸収」
氷雨 静(
ja4221)は、東城 夜刀彦(
ja6047)と共にキノコや山菜などの調達に訪れていた。
風が草木を揺らす音が涼やかで、春から初夏へと香りの移ろいがまた心地よい。
「来年のことも考え、採り過ぎないようにしないとね」
放浪生活のある夜刀彦は、こういう時に頼りになる。
なにしろ、当時の命綱は山菜と茸。毒キノコ&毒草と食用の違いは過去実体験済みの熟知のため間違うことは無い。
毒察知回避には安定の信頼を置けるといえよう。
「これは大丈夫でしょうか?」
「あっ、気をつけて。食用に似てるけど……柄を割ると黒シミが出来てるでしょ。危ないんだよ」
「なるほど…… 頑張りますよ!」
教えてもらった事を一つ一つ記憶しながら、静は解る範囲から取りかかる。
籠が半分程度になったところで、渓流沿いへ移動することとなった。
「向こうには、コゴミやナラタケがあるかな」
「楽しみです!」
調理法も聞き、静かは既にお腹が鳴りそうである。
さて。そんな2人が去った後、タイミング悪く――シナリオ的にはお約束で、秋桜が登場することとなる。
壁走りを駆使して崖を駆け上がってみたが、赤松林らしきものは見つけられず、ここへ辿りついたのだ。
「うーん? あっ、色々あるね!! マツタケっぽいの発見じゃあ!」
他、シメジっぽいのとかナメコっぽいのとか、大量にゲット。
「これだけあれば、充分かなっ」
若干、不安・ぶち不安が多い気もする。が。
「焼いて焼いて〜〜っっ」
既に魚の準備も始まっている炊事場へ、秋桜が戻ってきた。
きのこは鍋に入れる予定だが、マツタケは炙りと心に決めている。
網焼きスペースで、手頃な幾つかを焼いてつまみ食い程度は許されるだろう。
「そうじゃ! 若杉さん!」
「うん?」
焼き魚用に石を積んで炉を作り、薪をセットしていた若杉 英斗(
ja4230)が顔を上げた。
「これおいしけぇ、どうぞ♪」
毒見はしたいが自分では嫌。秋桜は英斗に白羽の矢を立てた。
「ありがとう秋桜さん。見事な色合いのキノコですね」
実直な性格の英斗は、疑うことなくそれを手に取り、設置したばかりの炉で炙り焼きしてみる。
「へぇ〜、はじめて見るキノコですが、良い香りですね」
縦に裂き、一口。なかなか香ばしい。三口で完食。
「どう? どう?」
「美味しいですよ、 ……――あれ?」
顔を覗き込んでくる秋桜の姿が、ぼやける。
英斗は眼鏡を外し、目をこするが視界は変わらない。むしろ、一層ぼやけ――
気がつくと、そこは異世界でした。
「出たな宇宙人め、地球は渡さないぞ!」
闇の中に星明かりが明滅する。その中に、言語の通じぬ異形が数体。
ババッと英斗はポーズを取り、正義のヒーローに転じる。が、納得いかない。
「ダメよ! そんな事じゃプリマドンナ失格ざます!」
宇宙人へ熱烈指導したところで通じない。
「こうじゃない! こうよ! こう!!」
ならば仕方ない、自ら演じるまで!!
「立て、立つんだ! そんな根性で世界に通用すると思っているのか!」
そうして、英斗は泡を吹いて倒れた。
――後に大学部2年Mさんは語る
『若杉さんなら何を食べても大丈夫だってKさんに聞いたけぇ…』
●BBQは賑やかに
「BBQ楽しみだー!」
復活した英斗が、両手を挙げて叫んだ。
「食あたりにライトヒール効いたのかな?」
念の為、治癒術を施した莉音だが、効果のほどは定かではなかった。
ともあれ、命あってなによりである。良い子は真似しないでね!
個人個人で収穫した魚も、網や英斗の作った炉を囲んで焼き始める。
各種調味料のいい香りが、辺り一面に漂ってくる。
「凛子ーー 濡れちゃった☆☆」
ずぶ濡れになって帰ってきた一臣へ、凛子はヤルトオモッタという顔。
一臣の濡れたTシャツを容赦なく引っぺがし、タオルでわしわし髪を拭いてやる。
「拭き辛いわ! 屈め!」
お説教しつつ笑ってしまう。まったく、男子というのはいくつになっても!!
「凛子さーん」
「濡れちゃったぁー」
続いて戻ってきたのは、莉音とシエル。
「まったくもう、手のかかる子たちだこと!」
これも、アウトドアの醍醐味というやつだろう。凛子は笑顔で2人を手招きした。
千鶴が、準備して来たおにぎりを配る。
「もう〜〜 千鶴ちゃんったら! うちにお嫁に来て欲しい!」
千鶴の手際の良さに、凛子は感嘆しきりである。そんな彼女も、きのこの炙り、山菜のお吸い物を始め、主婦の本領を発揮していた。
中でも唐揚げは無表情で油の音を聞き、
「――――今」
揚った瞬間を逃さないプロっぷりである。
鰻は神楽が、そして真一も一緒になって捌くのを担当した。
血抜きに始まる手順を踏んで手際良く捌いていく。
「ひつまぶしっぽく、たれも活用しての混ぜご飯で行きたいって思うんですけど」
「あ、いいですねぇ、それ」
真一の提案へ、神楽がにこやかに応じた。
千鶴のおにぎりだけでは足りないだろうと、別途、米も炊いているはずだ。
大鍋を使った料理が無かった分、スペースに余裕ができたのだ。
一方。
「『主』とはいきませんでしたが、この大きさにこの数……ですか。腕が鳴ります」
静矢とアイリが仕留めた巨大魚。
レフニーはこちらにとりかかる。
「せェっ!!」
――包丁一閃!
見事に解体。
皮つき部分の金網焼き・皮なし部分の鉄板焼き・骨の唐揚げ・粗汁と、用途に応じて部位を分けていく。
「久しぶりのBBQ、楽しむのです♪」
優希とレフニー、静や夜刀彦たちが下ごしらえを終え、静矢達のグループも網を囲み始めた。
爆発防止、ウィンナーに切れ目を入れることも忘れない。
玉蜀黍は、そのまま網焼き。
優希特製秘伝のタレ(濃口醤油1: 味醂1 : 酒1 : 砂糖1のバランスで調合)を使って何度も塗りながら焦げ目が付くまで焼くのがポイント。
その横で、手伝いをした静矢も具材を刺した串を並べていく。
「さぁ、ロシアンデスソースの開幕だ」
いつの間に仕込んでいたか!
何かとんでもない事始めたよこの人!
「そこのお肉はまだ生焼けです! こっちをどうぞ」
片やレフニーはお奉行状態である。
アルミホイルで器を作り、カマンベールチーズ+白ワインでプチチーズフォンデュもなかなかに贅沢。
「美味しいです!」
静が、ヒラタケのバター焼きに舌鼓を打つ。
自分で採ってきたという達成感もあることから、味は何倍にも美味しく感じられる。
大鍋での調理には、参加者誰もが恐怖を感じたらしい。
夜刀彦に至っては、MY鍋持参という意気込みである。
結果的に、味噌汁・粗汁、もう一つの班ではお吸い物・きのこ汁と、バラエティに富んだ汁物が用意できた。混ぜなくて良かった!
「うん、コゴミの胡麻和えもイイ感じです。そろそろ、おすそ分けに行ってきますね」
巨大魚料理も美味しく焼き上がってきたところで、夜刀彦が名乗りを挙げる。
皆で「頂きます」をしたところで、夜刀彦が姿を見せた。
「あらあら、ありがとう〜〜 きゃー、美味しそう!」
応じた凛子が歓声を上げる。
一同も腰を浮かせ、それから夜刀彦に感謝を述べる。
「こっちには、デスソース入っていないと思いますんで」
「エ?」
「あ、なんでもないです!」
なんのフラグかと反応した一臣に、夜刀彦が慌てて首を振る。
「誰かあちらにもお裾分けして来て〜?」
手ぶらで帰すわけにはいかない、さりとて再び料理を運ばせるわけにもいくまい。
味見でお腹が一杯になっていた千鶴が席を立ち、さりげなく神楽も続いた。
「なくなる前に、帰ってきてくださいね」
先程まで倒れていたとは思えない食欲を見せながら、英斗は二人の背に声を掛けた。
「きのこ汁! ぶち美味いーー!」
「若ちゃんのアレを見ておきながら、きのこに手を出せる秋桜ちゃん、すごいよね」
うんうんと頷きながら、一臣は山菜のお吸い物をすする。なんだか苦い気がするけれど、山菜はきっとこんな味、こんな味。
「天然の鮎は、違うわね〜 いただいた魚料理もすっごく美味しいわ! この皮の部分!!」
「骨まで美味いとは、おそるべしですの」
九十七もご満悦。
「こんだけ自然が多いと心が洗われるわぁ」
隣の班へ差し入れをしたあと、千鶴と神楽は林道の散歩へと抜け出した。
「うん、いい天気ですね。空気も美味しい」
遠く、はしゃぐ仲間たちの姿が見える。
デスソースに遭遇したらしい悲鳴も響く。
しかし、皆でワイワイするのもいいが静かな時間も満喫したかった。
木陰の部分では、桃華と清が手製の弁当を広げていた。それも選択の一つだろう。
「……また変なことしてる……。元気ですねー……」
清の言葉に、桃華が肩を揺らす。
「爆発までは至らないようで、よかったけれど」
神楽には会話内容は聞こえないが、2人の楽しそうな雰囲気が伝わる。
「石田さん」
くい、と千鶴が神楽の袖を引いた。
何かと振り向けば、うっすら赤面と溜息。
「彼女たちは……そういうのじゃないと思いますが」
「それでも。悪趣味ですよ」
「そう……ですか?」
そのあたりは、女心の機微というものか。彼女が言うのなら、そうなのだろう。
「今度は笑って、どないしたんですか?」
「いいえ、なんでもありません。さ、行きましょうか」
さて。単独行動をしていた者の多くも、炊事場で一緒に食事を摂る中。
終始、姿を見せなかったのはラグナ・グラウシード(
ja3538)。
合宿だというのに、安定のぼっち行動をとりたがるコミュ障気味の非モテ騎士であった。
「日頃の疲れを忘れられればな……」
料理や魚釣りをする軍団から離れ、少し離れた涼しい場所で昼寝をしていた。
笑い声を遠くに聞きながら、ぼんやりとしているうちに、すっかり本気で眠りこんでいたようだ。
疲れていたのは、本当らしい。
木漏れ日が頬に当たり、眩しさで目を覚ました。
「本当にいい天気だ……安らぐな」
安らぎすぎて、若干さびしい。誰か声を掛けてくれまいかと思わなかったわけじゃない。だがしかし眠りこけてしまったのも事実。
「ラグナ先輩。みーつけた」
そこへ姿を見せたのは……後輩のシエルだ。
「ラグナ先輩も一緒に食べましょうです」
料理の差し入れを持って、ラグナの隣にストンと座る。
「ひ……人の厚意を無駄にするわけにはいかんからな」
待ってましたとは口が裂けても言わないのが男のプライド。精いっぱいの照れ隠し。
知ってか知らずか、シエルがニコリと笑う。
「お魚、ボクも獲ったなのですよっ」
「あ、ああ。そうなのか」
言われてみれば川で転びでもしたのか、シエルの長い髪は水に濡れ、衣服も着替えているようだ。
(――……!)
毛先から滴る水滴で、ちょうど彼女の肩口から胸元が、うっすらと濡れているではないか!
透けるかどうかは、凝視せねば解らない程度。
いやいやいやいや、可愛い後輩をそんな目で。
だがしかしこれはほんのちょっとした神様のサービスいやいやいやいや
「濡れているぞ」
ふわり
煩悶の末、ラグナは超紳士的対応として己の上着をシエルに掛けてやった。
「この陽気とはいえ、風邪をひくかもしれん。自己管理も鍛錬のひとつだぞ」
●青春は爆裂だ
きのこ被害者一名。
ロシアンデスソース被害者数名。
正義のクソ力被害者一名。
川の主・発見ならず。
悔いや疑問も少なからず残りはしたが、晴天下の美味しい料理でオールオッケー。
本格的なサバイバルとは確かに違うだろうが、得た物も確かにあるはずだ。
ある者は新たな友を、ある者は確かな知識を、そして新たな縁が、芽生えたかもしれない。
なにも進展はなかった? それもまた一つの経験である。
「はーっ 目いっぱい動いたぁ 腹いっぱい食べたぁ!!」
真一が、満足そうに伸びをする。
たくさん食べて、後片付けも完了。大人数だと全てが早い。
日が傾き始めた頃に、宿泊施設へ向かうべく一行はバスに乗り込む。
「雨宮さん、たくさん教えて下さってありがとうございました! なにかお礼をしたいのですが……すぐには浮かばなくって」
「五十鈴は真面目だねぇ。いーよいーよ。ボクも楽しかったし」
手作りの釣り竿、自分で釣った魚、自分で焼いた魚。響にとっては、どの体験も初めてで、そばには歩がいてくれた。
どんなに楽しかったか、頼もしかったか。
しかし、響の言わんとすることは、既に伝わっている。歩は、響の頭をポンと撫でてやって、それからバスに乗り込んだ。
「東城さんは、きのこ類のプロフェッショナルだったんけぇー! うちも教われば良かったぁ」
「プロ……でもないですけども」
「まあ、被害者は若杉さん一人でとどまりましたから」
「俺のことは忘れて下さい、石田さん……」
「さて……編み出した必殺技を、どう活かすかな」
「結局、僕はドリームストーリーで終わっちゃったな……」
満足げな頬笑みを浮かべる隆道の横で、としおは反省モード。
「同じ魚でも、獲り方で味が変わるものなんだねぇ」
「私は手銛を使いましたが、囮鮎とか、いろいろ試して食べ比べも楽しかったかもしれませんね」
アニエスとアイリは、互いの情報交換をする。
「そもそも今回のこれ、先生は私達に何をさせたかったのかしら……」
「深く考えない事が一番かもしれません」
桃華の溜息に、清が苦く笑った。
「まあ、戦士にも休息は必要だということだな」
差し入れの対価として後片付けを手伝わされたラグナも、結果的には楽しんだらしい。
「施設と、恵みを与えてくれた自然に感謝です」
ネコノミロクンが、離れてゆくキャンプ地を振り返った。
そして。
「これ、合宿初日なんだよな」
誰かが呟いた。
そう、これは【春季合宿】伝説の一幕に過ぎないのだ。
夜、そして明日。
どこかで何かが、あるいは誰かが、もしくは己が。爆裂することもあるのかも――しれない。