●
「……へ、え。まぁ、悪くないんじゃないの」
『紅葉』とは良く表現したもので、真っ赤に色づいた葉が道を山を彩っている。
鮮やかな黄、橙が陽の光を透かして輝いてすら見える。
見惚れかけた篠倉 茉莉花(
jc0698)は慌ててポーカーフェイスに戻し、胸元のマスコットに指先を伸ばす。『この子』にも、よく見えるように。
「ナムも来てたのか」
人の群れの中、知った顔を見つけて黒夜(
jb0668)が歩みよる。
パーカーにズボンにスニーカー、パッと見では少年のような黒夜だが、対するRehni Nam(
ja5283)は…… 男装?
「やあ。僕は温泉でゆっくりしようと思っていてね」
男装だ。
なんでまた、旅先で。そう思わないでもないが、それがレフニーなりの楽しみ方なのだろうと納得し、黒夜は深入りしないでおく。
「そっか。ウチは紅葉狩り。綺麗な景色をたくさん収めたくて」
使い捨てカメラだけで足りなければスマホもある。
道行く猫に出会えれば幸運。そう思う。
「……京都、か。こうした気持ちで訪れるとは……考えもしなかった」
黒夜の眼差しは、遠く遠く、時を越えた場所を探しているようだった。
ぼんやりと、感情の薄い表情で周辺を見回すのはハル(
jb9524) 。
ひらり舞い落ちる姿は、いつか見た桜の花弁のように儚いが、濃く色づいた葉の存在感は力強いものだった。
「……全部……散ったら、冬が来るん……だよね」
手のひらに落ちてきた、手のひらの形をするそれを眺め呟く。
もうじき、冬が来るだろう。冬が来たなら遠からず春が来る。
けれど今は、短い『秋』を堪能するべく。
目的地へ着いた撃退士たちは、解散の号令を受けると同時に、思い思いの場所へと向かって行った。
今日は楽しい、紅葉狩り。
●
今回は、ちょっとした慰安旅行の気分で参加した龍崎海(
ja0565)は、団体の中に表情の優れない少年がいることを気に懸けていた。
数名に囲まれてはいて、海とは違う方向――温泉ではなく散策コースへ行くようだけれど。
「体の調子が悪いの?」
「え、あ……」
もともと医学の道を志していたこともある、そういったことには敏感だと自覚はある。
海に肩を叩かれ、金髪の少年は戸惑いの表情と共に振り返った。
「初めまして、大学部五年の龍崎海です」
「中等部の、ラシャ、だ。調子が悪いわけじゃない。……堕天したとはいえ、『オレ』が居て良いものなのかと、な」
「それをいうなら。今まで、京都に天使生徒は何度も訪れているよ」
「そうなのか?」
気に病むことじゃない。そう伝える海を疑うわけではないが、ラシャの表情はなかなか晴れない。
(とはいえ、本人の気持ち次第なわけだしね……)
なんだかんだで『来た』ということは、それなりの決意があってと知りつつ、少しでも軽くなればいいな。海は思う。
「私も京都の人間だ、思う所が無いとは言わん」
ぽふん。
水無月 神奈(
ja0914) が、丸めた観光パンフレットで少年の後頭部を軽く叩いた。
「だが憎む者もいれば、光の様に手を差し伸べる者もいただろう? 彼のように、案じてくれたりな。今はその好意に甘えて楽しめばいい」
「うん。俺はこれから温泉だけど、そっちは散策なんだよね? たくさん、京都のいいところを見ておいで」
「……努力する」
頭をさすりながら、目線を下げつつラシャは応じる。
「龍崎先輩、ありがとうございます」
どうやら少年の世話係らしい御影が、パタパタ駆け寄って海へお辞儀を。
「先輩も、湯あたりには気を付けて、のんびりしてきてくださいね!」
「怪我はもう大丈夫か?」
海と別れてから、神奈はおもむろに口にした。
御影とラシャが、揃ってそちらを向く。
どちらのことだろう、と顔を見合わせ。
「私の足なら、今日の散策は慣らすのにちょうどいいかなって」
先日、階段から落ちて足を捻った御影はショートブーツの爪先でトントンと地面を蹴り、
「今は見せられないが、折れた翼なら曲がることもなく無事に直った。頭の打ちどころも問題ない、記憶の欠落や他者との入れ違いは起きていない」
「……入れ違い?」
「頭を強打すると、ごくまれに起きると何かで読んだが……違うのか?」
「読んだ本のセレクトが違うな」
ぺしん、神奈は再び少年の頭を叩く。
どこでどんな人界知識を得ているやら。
「京都は人斬りがやばいと社会科で習いましたね。そちらは既に学習済みですか?」
ふらっと声を掛けてきたのは、光と同じ色味の青髪ポニーテールの少女。背格好も近い。
目元はサングラスで隠され瞳の色はわからなかったが、――なぜか腰には土産屋で買ったらしき木刀がさがっている。怪しい。
「あやしい知識植え付け御免にそうろう……!?? 何をなさっているんですか、歌音先輩!」
「歌音? 誰の事かしら。あたしがそうである証拠はあるの? 証拠を出しなさいよ! あたしが知ってる歌音 テンペストは、たわわなGカップの美少女よ! こんなまな板なハズが無いわ!」
「声でバレバレです……。えっと、Gカップ、は」
「サラシか何かで巻けば潰れる」
「そ、それです!! ……神奈さん、何故そんな的確な助言を的確なタイミングで」
「それが時間制限のあるドラマの鉄則よ、光ちゃん……。見破られたら仕方がないわ。京都嵐山といえば殺人事件のスポット。怖いから、ご一緒してもいいかしら」
一瞬だけサングラスを外して見せた歌音 テンペスト(
jb5186)は、青い瞳で笑ってみせた。
「もちろん、大歓迎です。旅は道連れですよね。お弁当、足りるかな……」
「光ちゃんの手料理? あたしも作っているから、みんなで交換すれば怖くないよ!」
長い長い沈黙の後、こくりと御影は頷いた。
「秋鮭の握り飯と別に、栗きんとんは作ったが……後で食べるか? 私も負けずと鍛錬はしているが、料理の腕を見て貰いたいしな」
「神奈さんの手作りですか? 楽しみです! 交換こしましょうね」
「酷いわ光ちゃん、温度差に絶壁を感じるわ……!」
「成長期! です!!」
噛み合わずとも、そこはかとなく噛み合う会話である。
「……すっかり、見慣れた面々ですね」
くすり。穏やかな笑いを零したのはグラン(
ja1111)。
「巡る場所などは、もう決まって?」
「ノープランです!」
御影が振り向き、力強く頼りない宣言をする。
「私は、光に合わせようと思っていたな」
「でしたら。嵐山には百人一首の歌碑があったように思います。他の名所を巡る合間にでも、訪れてみませんか?」
制覇する必要はない。和歌に詠まれた想いに触れてみること。それはきっと、秋という季節にもピッタリなはず。
「ヒャクニンイッシュ?」
「説明は歩きながらでも」
「グランは…… 本当に物知りだな」
いつの間に親睦を深めていたやら、ラシャはグランに対しては警戒心が薄いように見える。雛鳥のような眼差しで見上げていた。
御影は小首を傾げつつ、それは悪いことではないので難しいことを考えるのは放棄。
「それじゃあ、皆さんで行きましょうか。たくさん歩けば、きっと何を食べても美味しいですよ!」
手にしたバスケット、その中身に自信はあるものの不安も大きく。振り切るようにわざとらしく大きな声を出して。
「ところで自転車に乗った事は?」
「オレか? ジテンシャ……。あれは運転免許がないと乗ってはいけないと聞いたが、違うのか」
「……誰に入れ知恵されてるんだ。無いならこれも経験だ、乗れ。ほら、そこに貸し自転車屋がある」
「ハードですよ、神奈さん!?」
「いつまでも、光が手を引いて歩くわけにもいくまい?」
「なるほど」
スパルタな提案に御影が驚くも、強引な理由にあっさり納得する。
「自転車特訓と言えば、アレがお約束ですね……!? ラシャさん、後ろはあたしが支えるから、安心して漕ぐといいですよ!!」
「着々と大惨事フラグ」
気づかぬラシャは、グランの案内で真面目な顔つきで自転車選びを開始していた。
●
「三回目のお出かけ! ワックワクのドッキドキだよね!」
「やはり一緒に出掛けるのは良いな」
外の空気を大きく吸い込みながら、パウリーネ(
jb8709)とジョン・ドゥ(
jb9083)は秋の嵐山地区を堪能していた。
渡月橋を目指しつつ、幾つかの茶店へ立ち寄りつつの。
(……パウリーネと一緒にいられるだけで、十分嬉しいし幸せだけど)
回数を大切に数えている彼女の姿も愛しくてたまらない。自然な笑みが、ジョン・ドゥに浮かぶ。
「日本の四季ってスゴイ……。周りが燃えているようだ櫻餅を食そう!」
「だだもれだ、パウリーネ。櫻餅は春の菓子じゃないか? 今頃だと、何があるんだろうな」
「そう、なのか? ……。そういや、何だかんだ京都に来るのは初めてかな」
「いろんな発見があるといいなあ」
ジョン・ドゥが楽しそうだから、パウリーネも楽しい。
愛を語る言葉はなかなか口にできないが、その表情から互いの気持ちは十分に伝わった。
●
紅葉も見ごろ、幅のある渡月橋だが観光客で押すな押すなの賑わいを見せている。
紅葉と共に橋自体を写した映像は有名だが、実際に歩いてみると光る川面に遠く色づく嵐山、ゆっくりと舟が滑るように浮いていて……息吹を肌で感じることができた。
「この景色は圧巻だねぇ!」
渡月橋の欄干から身を乗り出し、自身の瞳と同じ紅色にはしゃぐユーナミア・アシュリー(
jb0669)を、夫であるシルヴァーノ・アシュリー(
jb0667)が落ちないようにと優しく抱き留める。
「素晴らしいね、相変わらず」
「シルは、ここへ来たことがあるの?」
「写真で知ってるだけだよ。幼少期、祖母に見せてもらった日本の秋は彩り豊かでね。心を奪われたものさ」
「だったら私と一緒、『初めて』ね?」
「そうだね。直接見る姿は―― 圧巻だねぇ」
結局のところ、口を突いて出る表現は同じで。夫婦は顔を見合わせて笑った。
「お天気も良いし、橋は広いし、川はキラキラだし……。橋の看板はカメラに収めたし…… あっ、待ってシル、そこ、絶景スポット!! えーとえーと」
「あ、すみません、写真お願いできますか。ここ、押すだけなんで」
「シル、頭良い……」
道行く見知らぬ観光客へ、サラリと撮影を頼む夫の姿にユーナミアは感心しつつ。
二人仲良く撮ってもらった後は、撮ってくれた人のカメラを受け取って撮りかえす。素敵な思い出、袖振り合うも何かの縁。
「メモリいっぱいにしようね。お土産屋さんも、見ごたえありそうなんだよねーー」
「お腹もいっぱいになりそうだね?」
「うん、だからたくさん歩く! よ!!」
足で肌で、空気や匂い、感触を満喫していこう。それは、カメラには残せないものだから。
――と、そこへ。
橋を降りた向こう側、観光客を乗せた人力車が威勢よく通り過ぎてゆくのをユーナミアは目撃してしまった。
舞妓さんを乗せた人力車が、がらがらと走り抜けてゆく。
「……人力車が居ます。私乗ったことがないです」
口ほどにものを言う目で追いながら、ユーナミアが隣を歩くシルヴァーノへ訴える。
「二名一区間、お勧めルートを満喫としますか」
夫は笑いながら、期待の眼差しへ応じて見せた。
人の波に潰されないよう、美森 仁也(
jb2552)は小柄な美森 あやか(
jb1451)を守るように注意を払いながら橋を進む。
「京都でお弁当広げる所があるのかな? 確か、小学生の時に来た修学旅行じゃ何処も観光地っぽかったですが……」
仁世の胸元で、あやかが心配そうに『旦那様』を見上げては言葉にする。
茶店、土産屋、寺社仏閣……。いずれも、手製の弁当を広げるには難しそう。
「渡った先にも、公園があるよ。川沿いに歩いていったところだね」
石畳の階段を登って行けば、周辺の山々を一望できる展望台がある。そこならどうだろう。
「あなたは京都に詳しいのね」
「俺も久しぶりだよ。それで、行ってみたいところがあるんだ。公園でお弁当を食べてから、いいかな」
「もちろん。縁結神社はもう必要ありませんし、ね?」
ようやく、橋を渡り切って開けた場所に出る。あやかは仁也の大きな手を握り、川沿いの道を進み始めた。
「橋からの眺めも良いけど、橋を眺めるのも素敵。未だ復興途中の所もあるんでしょうけど……観光地でもあるし、お客さんが多くて安心しました」
風が吹けば、葉が鳴る。川面が揺らいで陽光を弾く。静かな風景、遠くに喧噪。
繋いだ右手と左手が暖かい。
風が吹いて、濡れ羽色の髪をさらう。
片手で押さえながら、渡月橋を渡り終えた樒 和紗(
jb6970)は桂川沿いに散策を楽しんでいた。
小花模様が彩色された、草木染めの小紋姿は景色によく溶け込んでいる。
「散策には良い季節ですね……」
山々の色彩に目を細め、誰に言うでなく呟いた。
川の流れる音。野鳥のさえずり。自然の生み出す音が、心を穏やかにさせた。
和紗は大阪出身だが、京都は永らく訪れることが無かった。少し離れただけなのに、全く別の世界である。
大阪が、他と別世界という意見は 今は、横へ置く。
「くまなき月の渡るに似る……。夜も素敵なのでしょうね」
――渡月橋、その名の由来を口にして。
橋をよく見渡せる場所を、スケッチ場所に定めて和紗は画材を取り出した。
楽しげな人々も含めての、柔らかな雰囲気の『京都』を描くべく。
●
広々とした、露天風呂。
遠くに山並みを望む、贅沢な空間。時折、色づいた葉がハラリハラリ落ちてゆく様子が風情というもの。
「あのう、お客様……」
「おや、なんだい?」
女湯の暖簾を潜ろうとしたレフニーが、おもむろに呼び止められる。
首の後ろで一つに結った銀髪、心なしか普段よりキリッとした表情……、
「ふっ。問題ないよ、僕はほら」
キラキラと背景に星を飛ばしながら、レフニーは学生証を提示。
「これは失礼いたしました……!!」
女性スタッフは、顔を赤らめて反転していった。
男装モードなのだから、勘違いされても仕方がない、のだけれど。
(一緒に、来たかったなぁ……。残念だな)
都合がつかず、同行できなかった大切な人を想いながら湯に入る。今回の男装は、その反動なのかもしれなかった。
「……この蒼空の下、君は今どこにいるのだろうか?」
湯に浮く紅葉が水面を踊るように浮いては散って、寄っては流れる。空の白い雲とはまた、違うリズムで。
「おー……。いい湯だ……。秋だなー」
「秋、です……ねー。……あー、溶ける……寝る……」
マイペース系男子二人、桝本 侑吾(
ja8758)と久瀬 悠人(
jb0684)が、長い手足を伸ばしたまま湯と同化しかかっていた。
「い、たい、痛い痛い、チビ、大丈夫、ちょっとだけだから」
ヒリュウのチビにアホ毛をひっぱられ、沈みかけた悠人が岩につかまりながら身を起こす。
「……京都もこういう風にのんびり温泉を楽しめるようになったんだな、いい事だ」
そんなやりとりを見て、侑吾が笑いを噛み殺す。
「ここが天使に占領されていた、なんて思えない状況ですからね〜。人間ってすげ〜」
歴史ある街の意地と根性とでもいうのだろうか。真っ先に整備すべき場所は再建されていて、観光案内にしても然り。
そして観光客も何を恐れるでなく古都を訪れ、楽しんでいる。
「結果よければ全て良しっていうしな、ん? 終わりだったか? まぁいいや」
舞い込んできた紅葉を手に取り、指先でくるくる回してみながら侑吾。
「……終わったと思ったら別の所でハッスルする天使やら悪魔がいるから、俺達の冒険はこれからだ的な感じっすよね」
「久瀬君、それは少年漫画最終回あるあるだ」
強引に終わらせないように。
\エリュシオン、まだまだ続くよ!/
「冒険を続けるための、一回休みですよ。ほら、第一部・完」
「久瀬君、それは永遠に第二部が始まらないあるあるだ」
「えーーー。あとは第二部だけど学年が変わらないとか?」
「永遠に中学生とか幼稚園児とか……あるあるだな。久遠ヶ原に進級試験があって、よかったんだろうな……」
「大学生になっちゃうと、その感覚も鈍りますけどねー」
「五年生へ突入すると、特にな……」
ことし、ごねんせい(大学部)になりました。
何とも言えず流れる沈黙の間を、ぱしゃぱしゃとヒリュウが渡ってゆく。
「……。おい、ヒリュウ泳いでるぞ、というか泳げるのか?」
「チビですか? いや、泳げないっす、浮くことは出来ますけど」
ギョッとして身を乗り出す侑吾、ごごごごとヒリュウの頭を押さえて沈めに掛かる悠人。
バシャン、とヒリュウが尾で湯を払い、召喚主に目つぶしを。それと同時に頭へ噛付く。
「いたたたた、こら、チビ、食うな! 食い物じゃないって!!」
「久瀬君の頭の上は、居心地良さそうだなー……」
「温泉に来て肩こりなんて……」
齧りつきからの、安息の場所を見つけたらしい。悠人の頭の上で御機嫌のチビ、主は掛ける言葉が見つからず。
助けるでなく、先輩はのんびり楽しげに眺めているばかり。
露天風呂の反対側では、そんな二人と一匹の様子に、海もまた和んでいるようだった。
(昼間からの温泉も、いいものだな……。凄く贅沢で、心が洗われる気がする)
豊かな自然の空気を味わえることも魅力。
「のぼせる前に、あがらないとな」
ぬるめの温度だから、ついつい長居してしまうけれど。
「はー。生き返った。俺はそろそろ戻りますけど、桝本さんは?」
「ん、もう少し、のんびりしていくかなー。せっかく遠くまで来たんだし」
「それじゃあ、休憩所で。湯あたりには気を付けて」
「はいよー」
頭にタオルを乗せ、侑吾は後輩へとヒラリ手を振る。
「あーしかし本当にいいな、ここでならいくらでもぼーっとできそうな気がす……」
「ははは。知ってますか桝本さん、それって俗にいうフラグって うわー本気で沈んでます桝本さん、沈んでる死ぬ死ぬ」
去り際の独り言、笑いながら悠人が反応するものの、背後で水没音。
慌ててチビと共に引き上げることとなる。
●
渡月橋を越えて北へ、紅葉の名所で知られるお寺、静かな竹林、トロッコ列車を見送って。
「うわーー、歩いたなぁ」
「この辺りに、公園があったはずなのです。お腹が空きましたね〜♪」
「サンドイッチ、たくさん作ってきたからね」
疲労を訴える水無瀬 快晴(
jb0745)へ、支倉 英蓮(
jb7524)が地図を広げて進行方向を提示する。
そんな友人たちの姿を、川澄文歌(
jb7507)は微笑ましく感じながら。
「あ、見えてきた。あそこがそうかな?」
小高い丘の様だ。定番中の定番、渡月橋こそ見知った顔を幾つも見かけていたけれど、ここまでくると『自由時間』なのだなぁとしみじみ思う。
何を急ぐということも無く、談笑しながら三人は展望台を目指した。
「ティアラも睨も、いい子にしてたね」
快晴が、同行していた自身の飼い猫と英蓮の肩に居る梟へと声を掛ける。
見知らぬ街へ来て、好奇心のままに動き回るか萎縮するかと不安な面も有ったけれど、心配不要の様だった。
「久しぶりに、みんなでのんびり……だね。私は最近、戦闘依頼が多かったから」
歌って踊れて戦える、『アイドル部。』部長もハードワークだ。
マイスターの称号を冠する得意のカツサンドに、おかず類もお手製のお弁当を文歌が手際よく広げてゆく。
「お茶のポットはこちらでーす」
「ぉぉ〜! さすがフミのサンドイッチなのです♪ ほら、睨も食べてみ?」
英蓮が歓喜の声。真っ先にはむはむしながら、肩に停まる相棒へ。
「快晴さんもどうですか?」
「……ありがとう」
すっ、口元へ勧められたサンドイッチを、快晴は反射的にそのままはむり。
それからハッとして、受け取り直してゆっくりと味わう。文歌と双方、ほんのり頬が赤くなる。
「え、えと。ティアラもおいで〜。こっちはティアラが食べても大丈夫なように作ったからね」
気を取り直し、文歌は別のバスケットへ詰めていた猫用サンドイッチを差し出す。
「ほら、ティアラ。良かった、ねぇ?」
うにゃ、と返事をして、ティアラはサンドイッチを鼻先で確認。快晴に頭を撫でられ、御機嫌にサンドイッチを食べ始める。
一心不乱なその姿は、なんとも愛らしい。猫とて歩けば腹が減る。道草食わずについてきたのよ。
「……梟って何食べるんだろう? 睨用にも作ってきたかったんだけど、ミミズはもってないし……」
真顔で考え込む文歌の傍ら、通常のカツサンドを睨はついばんでいる。梟は肉食だから…… 問題ない、のかな?
「たっぷり食べておきなよ、ティアラ。睨を食しないように、ね?」
「ふふ、大丈夫ですよカイちゃん。いざという時は、猛禽の力を見せつけ威嚇するよう言いつけてあります」
「……それは、ちょっと見たいかも。なんだか和むな」
ポテトサラダのハム巻を頂きながら、快晴は肩を揺らす。
「あ、美味しい」
「お口に合ったなら嬉しいな。あとね、これも自信作なの」
一方で、快晴と文歌は甘酸っぱいやらじれったいやらの空気を醸し出していて。
(……にゅふふ……。このロケーションで、ただの良い思い出☆作りだけで帰るつもりはないのですよ)
猫モードON、ティアラとサンドイッチを奪い合いながらも英蓮の視界の端には二人の姿はバッチリ映っている。
猫耳も猫尻尾もピンとした状態は、すなわち周辺警戒中。
「最後の一切れ、渡しません!」
ティアラと戯れることに夢中、になった振りをして文歌へドーン!!
「っきゃ!?」
「……っと、だいじょぶ?」
突き飛ばされ、バランスを崩した文歌を快晴が抱き留める。
片手にアツアツ紅茶の入ったカップを持っていた文歌は、それを死守するのに精いっぱい。
快晴は、その手を掴みつつ空いている手を少女の背へ回す。
「……あ、ありがとうございます…………快晴さん」
「どういたしまして。怪我はない?」
「はい」
英蓮の意図に気づき、快晴の胸へ体を預けながら赤面する文歌。他方、快晴は気づいていないようだった。
そっと文歌の頭を撫でながら訊ねてくる。
(英蓮ちゃんったら……!!)
快晴から打ち明けられた気持ちへの答えを、文歌は出していない。けれど、どうとも思っていないわけがない。
少年の鼓動が文歌の耳に痛い。きっと、自分の体温も彼に伝わっているはず。
まだ、言葉には出来ない想い。形にはならない想い。
もう少し、もう少しだけ、時間を下さい……。
●
「はじめまして、天使さん。私は六道鈴音。よろしくね」
「ラシャだ。ラシャ・シファル・ラークシャサ」
歌音や御影らに囲まれ、賑やかに紅葉巡りをしているところで六道 鈴音(
ja4192)に呼びかけられ、目を丸くしながら金髪の少年天使が振り返る。
気に懸けている部分を直球で口にされ、反応に戸惑う。
声を掛けたはいいが、額や頬にすり傷だらけの姿に、鈴音もまた驚いていた。
自転車教室の結果であることを、少女は知らない。
「御影さんもこんにちは」
「こんにちは、六道先輩。えっと……、もしかして」
珍しい姓に思い当たる節があり、御影がそのことについて触れる。
「ええ、妹です。だから、ラシャ君のことも姉から聞いていたわ」
「ああ……」
神奈、グラン、歌音らも居合わせた、ひとつの事件。そこには、鈴音の姉も同行していたのだ。
(撃墜の事は……話題に出さない方が、いいよね)
事情を知っている人々に囲まれているとはいえ、きっとまだ、笑って話せるようにはなっていないだろうと鈴音は考える。
「それじゃあ、六道先輩がふたりになっちゃうので…… 鈴音先輩、ですね!」
「呼びやすいように呼んでね」
ふふっと笑い、声を掛ける前から見守っていた御影とラシャの様子を思い出す。
鋭い神奈の言葉、慌ててフォローに入る御影、それが滑ったところで歌音が美味しく調理してはグランが穏やかな表情で見守る。
(御影さんは、けっこう世話焼きタイプなのかな)
一生懸命が、ちょっと空回りしているような、不慣れなような。
実のところ、御影は学園へ来てから世話をしてもらうことが多かったため、誰かへ還元したいと思うもののうまくゆかずの図、であった。
「ラシャ君は、まだ学園に慣れていないのかな?」
借りてきた猫、の言葉がふさわしい少年の様子に、ひょいと顔を覗き込んで鈴音が訊ねる。
「そう、だな……。よくしてもらってるとは思うが、戸惑うことの方が多い」
学園側から提示された規則関係は、理解できたし遵守しているが、『学園生活』――実際の、生徒たちとの交流には、テンションについていけなかったり謎の『お約束』に振り回されたり。
「だったら、今日はいい機会だよね」
「…………」
「どうかした?」
「学園にも、グランやリクドウのような者がいるのだな、と思って」
「どうして私がカウントされないんですか!」
「ミカゲは…… アレだろう。オレとドングリの背比べ、だったか」
「そんなこと! ありませんし!!」
やりとりに、鈴音が素直に笑った。
「紅葉が綺麗だよねぇ」
「何処を歩いても、楽しいですよね。場所によって日当たりが違うから、色づきも変わってて」
「嵐山は久しいが……今年も綺麗に色付いているな」
神奈も、鈴音たちのやり取りに優しい顔つきになる。
「秋の紅葉は春の桜と違う趣があって落ち着く。まぁ……、光には花より団子かもしれないが」
「わっ、私だって花も団子も好きですよ、神奈さん!!」
「両取りか」
それも『らしい』と、神奈が喉の奥で笑った。
「まあ! あれはイコさん……違った、舞妓さん。これぞ真の『ま抜け』……!」
「うぐ!! あ、でも本当だ。綺麗ですねぇ……」
一行の前を、人力車に乗った舞妓さん二人が通り過ぎてゆく。
以前の雑談での失態を歌音にからかわれ、胸にダメージを受けつつも立ち直りの早い御影は素直に見惚れる。
「この辺りに、体験できるお店があったはずです、貸衣装でしょうか」
「そういう時間の使い方も有りましたか……!」
グランがガイドをめくる。その辺りの樹へどんどんと拳をぶつけて御影が悔しがった。
「お寺や神社、お茶屋さんはチェックしてたんですけどねぇ」
「花より団子だな」
「もう!」
ついでに、神奈のこともポカポカ。
「光嬢、気を取り直して。『花』が見えてきましたよ」
「え? どこですか、グランせんせい」
――縁結び神社。
案内看板に、御影は笑顔で固まった。
「『お亀石』を撫でながらお祈りすると、願いが叶うそうですよ」
「なんだか可愛らしいですね?」
「黒木鳥居というのも、珍しいです。まあ、気負わずに」
「ガイドブックで予習してきました、木の皮を剥かずに造ったんですよね。あ、ということは竹林も近いのかな」
楽しげなものが、まだまだたくさんありそうだ。
●
ずっとずっと高いところで、竹の葉が擦れ合って音を立てる。
空に向かってスイと伸びた竹が整然と並ぶ、竹林。
遊歩道を、ユーナミア・シルヴァーノ夫婦は散策していた。
「太陽の光を遮るから、少し涼しいね」
「この静謐な佇まいはとても好きだよ。いつか着物を試したいね」
「いつかと言わず」
「いつか試したいね」
「いつかと言わず」
「楽しみは少し残しておいた方が、『また』この街を訪れた時の楽しみになる…… そう思わないかい?」
「たしかに……!」
全力直球がいつでも可愛い奥さん。全ての願いを叶えてあげたいところ、だけれど。
こうして、小出しに『楽しみ』を消費していくのも良いだろう?
「シル! 縁結び神社だよ、お神籤参ろう!?」
「落ち着いて。お参りをして、お神籤、だね」
「そう、それ! まず神様にご挨拶、しないとだよね」
勢い余ってつんのめりながら、ユーナミアはシルヴァーノの袖をグイグイっと引いた。
黒木鳥居は、近くで見ると迫力が違う。
神社の由来を看板で熟読し、手水舎で手を清め、本殿へ。
伊達男といった風のシルヴァーノが、意外とこういった作法に詳しい。
本人曰く『祖母仕込み』。
「気持ちが。大事だと。思ってます」
不慣れな動作で、それでも懸命なユーナミアが、熱心に願いを捧げながらそう言った。
「俺もね、気持ちが大事だと思うよ。だからこれからも、一緒に大事にしていこうな」
「シル、お神籤ひこう!」
「俺、今、結構いいこと言ったよな!?」
お預けしていた反動がやってきて、ドキドキワクワクお神籤たーいむ!
「俺は、吉か。可もなく不可もなく、ってところだな」
「えーと…… ふふっ」
「ユーナは、なんだった?」
「『周りの人を大切に』」
「へえ?」
暖かな文面が綴られていて、なんだかくすぐったい気持ち。
どちらからとなく、指先を絡めて手を繋いで歩き始める。
入れ違うように、賑やかな団体がやってきた。御影たちだ。
「あ、アシュリー先輩たち。こんにちは。もうお参りは済ませたんですか?」
「お神籤までバッチリ。なかなか素敵でした。貴方達の縁も素敵でありますように」
ユーナミアは御機嫌笑顔で、御影の頭をポンと撫でて。
「縁結び……。色んな『縁』が、ありますものね」
結ばれ方も、様々だろう。
難しいことは考えないで、神様からご意見伺いの気持ちで向かうのもいいはず。
「可愛い女の子とウハウハ……! 神様お願い!」
「歌音先輩は…… 相手は誰でもいいんですか?」
素朴な疑問を口にしただけの御影だが、歌音に100のダメージ。背景にベタフラッシュ炸裂。
「そ、そうね、可愛い女の子、ただそれだけで唯一絶対の価値があると思うの。よりどりみどり、どどめいろパラダイスだと思わない?」
「そういう考え方もあるのかー……」
「落ち着いてください、光嬢」
「戻って来い、光」
グランと神奈が、ガッと御影の肩を掴んで引き留めた。そっちは転んではいけない道。歌音だから許されるのであって。
「『来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに』……とも、ね」
この神社にあった、『百人一首の歌碑』の一つをグランが唇に乗せる。
恋しい人を待ち続け焦がれる想いの歌。待つしかできない辛さ。
ざくざくざく、御影に突き刺さる何かがある。
大切だよと、御影にとっても大切な二人から告げられて、明確に返事をできないまま、こうして大勢で過ごすことを選んでいる。
急がない、という言葉に甘えてしまって。
「さ、参拝もしましたし、お神籤引いてみましょうか!」
がんばれ神様。
運を天へ投げ、御影は皆へ呼びかけた。
「『周りの人を大切に』……、そうですね。いかなる時でも、そのように思い どうしました?」
神奈、歌音、御影が揃って青ざめているものだから、グランが首をひねる。
「三人揃って『凶』って、どう思いますか先生……」
なんたる厳正な結果。
「凶だからといってすぐに落ち込むことはありませんよ。書いてあることをよく読んで、あとは木の枝に括りつければいいのですから」
「……先が思いやられるな」
誘われて引いて見たものの。神奈が深く嘆息した。こういったことに引きずられるつもりはない、けれど。
「えーーーと。そろそろ、お弁当にしませんか? おにぎり作ってきたんですよ」
場の空気を何とかしようと、鈴音がパンと手を打ちならした。
着慣れた赤い着物でゆったり散策するのは椿鬼(
jc0093)。
落ち来る紅葉に誘われて、あちらへひらひら。こちらへひらひら。
「……きれい」
何度か拾っては捨て、あっちのが綺麗とふらふら。家族の分だけ、拾い集める。
「綺麗な赤をはは様に、斑点模様の面白い柄を双子の片割れに、グラデーションが綺麗なのをとと様に」
歌うかのように唇に乗せ、はぐれ悪魔の童女は鳥居の前で足を止めた。
「……?」
まっくろ。珍しい。
興味深げに、まじまじと。ぐるぐると、周辺を歩いてみたり。
「……あ、おみくじ」
人間世界の運勢占い。そうだ、家族用のお守りも買おう。
蝶の羽のように赤い着物の袖が揺れる。
「……、れんあいうんぜっこうちょう」
引いた神籤の内容を巫女さんに読んでもらい、小首を傾げる。
いいこと、なのかな?
巫女さんは笑って、椿鬼の頭を優しく撫でた。
小さく手を振り、童女は歌いながら石段をとんとん下りては次の場所へ。
●
貸切風呂で、水入らず。
温泉をゆったり楽しむ悪魔カップルが一組。
(……なんか視線を逸らされてる気がする?)
ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)の様子が普段と違う?
リコリス・ベイヤール(
jb3867)は小首を傾げ、それは何故だろうかと考える。
二人きり、だからだろうか。
「外見的には、なんていうかその、あまりドキドキはしないかな、意外と」
「む、それなら直視すればいいじゃない、……ドキドキしないんでしょー?」
余計なことを言う彼へ、リコリスはにやにやっと挑発的に返しつつ、そこで売り言葉に買い言葉とならないのがヴァルヌスなのだろう。
(それでも、芯の方はしっかりと紳士なんだよねぇ。そういうとこ、好きだよ)
半ズボンの似合う美少年姿のヴァルヌス。脱ぐと意外に引き締まったバディであることを、リコリスは見逃さず。
二人で並んで湯に浸かり、ヴァルヌスはそっとリコリスの肩を抱きよせる。高所にある窓からヒラリ、紅葉が舞い込んで湯に浮かぶ。
「ボクはこの、色で溢れた世界が好き。ボクの好きなものが輝いて見えるから……。リコ、君もね」
「色褪せた世界なんてつまんないもんねー。ふふん、これから私がもーっと照らしてみせるよ♪」
(やっぱりロマンチストだよねぇ)
浮かぶ紅葉を手に、視線は窓に切り取られた空と鮮やかな葉。そんなヴァルヌスの横顔が綺麗だと、リコリスは思う。
ロマンチストで紳士。ちょっと余計なことを言う時もあるけれど。
「キミとこの世界で、素敵なこといっぱい作っていきたいな」
「うん、ヴァルヌスちゃんと一緒にねっ!」
(やばい、ちょっとキュンとした……)
魔界からの幼馴染、大切な間柄。
飽きることなく、こうして今も。そして、これからも。彩り豊かな、この世界で共に過ごしていけたなら――
「あ、のぼせそう。先に上がるね!」
「で、放置とか…… ちょっと、ヴァルヌスちゃん!?」
さっきのキュンは、やっぱ無し!
男らしくザパーと上がってゆく彼の背へ、リコリスはぷくりと頬を膨らませた。
温泉から上がってすることと言えば。
「やっぱり、これだよね」
定番の腰に手を当てるスタイルで、海がコーヒー牛乳をグイッと行く。
食事処を兼ねた休憩所は、ほどよく賑わっていた。
「ふう、温泉のあとはこれに限るね」
浴衣姿で満喫しつつ、同様にコーヒー牛乳を飲みほしていたのはレフニー。
「ちょっとお腹もすいたし、ざる蕎麦にしようかな。……あれ、京都は蕎麦よりうどん、そばなら温そばだっけ?」
食券を買い求める手前で、ふと思い悩む。
「にしん蕎麦じゃない? 京都で温蕎麦なら」
レフニーの独り言を耳にした海が、ひょいと言葉を挟んだ。
「にしん。お魚の」
北海道は道南の名産です。
「ほら、身欠きにしんって、乾燥させた……」
北前船に乗って、はるばる京都へやってきて、美味しく調理されるのです。
「なるほど、試してみようかな」
「俺も何か食べておこうかなぁ……」
海もメニューをじっと眺めた。
ヴァルヌスに放置され、ふくれっ面をしながらも淡い花柄の浴衣を身に着け、リコリスは休憩所へ。
「待ってたよ、リコ。こっちにおいで。さっきは手配してた食材を受け取る時間が迫ってたものだから……」
「食材?」
「旬の食材を湯葉を絡めて食べる、湯葉フォンデュ。京都といったら、湯葉に京野菜、美味しいものがたくさんあるからね」
「むぅ……」
「ほらほらリコ、不貞腐れてないで。はい、あーん」
小さな陶器に温められているのは豆乳。表面に幕が張り、『湯葉』になったタイミングに温野菜などをくるりと巻きつけ特製のタレへサッと。
「……ま、まぁ、あーんに免じて許してあげようかな。んぐ、あふあふで、おいひい……!」
「よかった。笑顔のリコが一番。――あと浴衣、似合ってるよ。とってもキュートだ」
不意打ちに、トーンを落とした声で耳元に囁く。
一瞬のうちに、リコリスの顔が赤く染まった。
「っ……。あ、ありがとぅ…………」
……不意打ちとか、ずるい。
上目づかいで訴える彼女へ、彼は満足げに微笑み返すだけ。
(……うん、温泉ってとってもいい所だ♪)
照れ照れを隠しつつ、リコリスはもう一口『あーん』をしてもらう。
美味しくって、暖かくって、彩り豊かな温泉。最高じゃないか。
●
寺社の庭園の片隅で、持ち寄ったお弁当を広げあう。
「失敗しても挫けないメニューに挑戦しました」
「どういう目標だ」
キリッと表情を作る御影に、神奈は肩を揺らし。
「出汁巻き卵よりスクランブルエッグ。三角を目指すより俵型のおにぎり!」
「あたしは『手』料理で攻めてみたわ! 手羽先・蛙の足・蛸・イカゲソ!」
「『足』が混じっていますよ、歌音先輩」
「熊の手は手に入らなかったのよ……」
よくわからない対決を、鈴音がポカンと見守っている。
「あっ、お茶もあるんだった」
手を合わせ、皆で『いただきます』。
おにぎりも、作り手が違うと味わいも様々。
「神奈さんの、美味しいです……! 栗きんとん!!」
「先に飯を食べろ、光。それはデザートだ」
「だって、なくなっちゃいませんか?」
「誰も取らな おい、そこの天使。食事の順番から叩きこまれたいのか」
「光嬢。抹茶餡の大福を、おやつに用意していますからね」
「ほんとですか、グラン先生! じゃあ、栗きんとんは主食ですね♪」
「……光、いいのかそれで」
「鈴音さんのおにぎりも美味しいです。よかったら、私のも召し上がってくださいね。形がシンプルだから、具を色々と」
梅鰹、ネギ味噌、マヨ明太。単品だけでも食が進む感じの。
「光ちゃん、さりげなくスルーしているわね『蛙の足』?」
「あ。グラン先生、お茶のお替りどうぞ」
「唐揚げの味付けがいいですね。美味しいですよ」
「やった、褒められた!」
住職さんに咳払いをされるまで、楽しい食事は賑やかに。
●
観光エリアから見て、北の外れ。化野。古来より葬送の地、風葬から土葬へと習慣が移り変わる間もずっと、そうであった。
名のない、名のある、あらゆる『仏』が眠る地。
ゆらり、煙か何かのように頼りない存在が、石仏を見下ろす位置にいた。一ノ瀬・白夜(
jb9446)だ。
(京都……訊いたこと、ある。ニホンのニホンらしい所が沢山ある、所……)
この地へ辿りつくまで、たくさんの紅葉を、銀杏を、人々を目にした。
道はいくつもあったはずなのに、何故か白夜は、この葬送の地へ足を向けていた。
(何だか、来なきゃ……いけない気がした、んだ)
誰に問われたでもないが、胸の中で呟く。
呼ばれた、とでもいうのだろうか。
「秋は何だか寂しい、気がする。けど……。そんな中、この葬送の地の風に流されたり、身を埋めたりした人達は」
今、どんな想い、なんだろう……?
白夜は、想像する。
寂しいのかな。哀しいのかな。
――それとも。紅葉に、身を……包まれて、幸せなのかな。
(僕が死んだら……こんな土地に、と願ってしまうのは何故、だろう)
悲しむ人は居るのだろうか。
鎮魂を捧げに誰が来ることが無かったとしても、この土地なら――、そう考えてしまう。
上手く表現できないが、何だか、惹かれる。そう感じた。
「僕の死んだ母親って言うのも……こんな土地に、居たら……イイ。そうしたら……きっと、何もかもを、忘却の彼方に……」
でもホントは心近く。眠れるのに。
あらゆる『死』が集い、眠る場所。
その空気は、とても静かだった。
何に邪魔されることは無く。言葉にする必要もなく。想いを寄せる、ただそれだけで……伝わるような、気がした。
記憶の欠片にさえ残らない、白夜の母親。顔を思い出すことが出来なくても、ここでなら……なんて。
並ぶ石仏は、魂の供養を願って建てられたという。
そんな『感情』が、ここには――人界にはあるのだということに、何故だか安らぎを覚える。
(来ることが、出来て…… 良かったの、かな)
人伝や、映像ではなく。空気に触れること。自身の身体に記憶すること。
……きっと、良かったのだろう。
いつか、いつの日か、白夜が『死』を感じた時に…… この場所を、思い出すことができるだろうから。
「凄い紅葉だな」
シャッターを切りながら、黒夜は息を呑む。
数えきれない石仏を見守るような、紅葉の姿。花の代りに捧げられているかのよう。
(ここに、埋葬されてるわけじゃないけど……)
京都。忌まわしくも大切な、黒夜の生まれ故郷。
双子の姉や、初恋の従兄が眠る土地――。
それぞれとの思い出が、ふっとよぎっては消えてゆく。
「っていうか、あれから一年が経つのか」
京都奪還戦線、通称『奪都』。
天界軍に制圧された京都を取り戻す最終決戦から一年余り。
今では、こうして観光や散策が楽しめるまで、土地は力を取り戻している。
(最終戦の直前……夏の大敗は、忘れない)
あの時ほど悔しい思いをした経験は、今のところはまだない。
自分たちが本気じゃなかったわけじゃない。敵だって本気だった。本気で、自分たちを殺しに来た。
「……気付いたことを機に、また心に刻んでおこう」
石仏を数えながら、夕陽に染まるのをのんびり観察していた椿鬼が小さく呟く。
「逢魔時…」
『何か』と出会う、そんな時間。誰かに会えないだろうか?
「化野にある寺院の石像は『一つは知っている人に似ているものがある』っていわれているんだ」
「知っている人に似た仏が一つはある、か……」
仁也とあやかが、何を探すというでなく石仏を眺めて歩く。
(あ。この並んだの……写真で知ってる、おとうさんとおかあさんに……なんか、似てるかも……)
ふと立ち止まり、あやかは仁也の服の裾を掴んだ。
「ちょっと、待っててくださいね」
身をかがめ、残っていたおにぎりを取り出して、供えると手を合わせる。
「似た顔が、あったかい?」
「はい、……懐かしい人に、会った気がします」
「そう、か」
連れて来て、良かったな。あやかの手を引いて立ち上がらせながら、仁也はそう思った。
「あ、美森さん! こちらにいらしてたんですね。……あれ、W美森さん」
そこへ、ヒョイと御影が顔をのぞかせる。
「夫婦なんです。彼女の16の誕生日で、籍を入れまして」
それぞれ別の依頼で御影は面識があったが、鈴音たちのようにすぐ血縁で結び付けることができなかったのは……そうか。そういうことか。
いや、それ以前から姓は同じで、……事情があるのだろう。
「そうでしたか。おめでとうございます」
改めて、御影が深々と礼をしては祝福を。
「こういった場所でお祝いも、なんというか……ですけれど」
「いえ、ここだから…… 嬉しいんです」
あやかの笑顔の理由を、御影は知ることは無かった。
(風化して、その顔はよく分からないけれど)
知らぬ魂の眠る石仏の間を、和紗はそっと歩く。その一つ一つに鎮魂の思いを馳せる。
これまでに喪われた命に、安らかな眠りと祈りを捧げるように。
「――笛の音」
遊んでいた椿鬼が、和紗の奏る篠笛を耳にして顔を上げた。
「……きれい。どこか、かなしそう」
「素敵な音ですよね、樒先輩の楽は」
何をしてたのかな? ひょい、と御影が童女の手元をのぞき込む。
「楽しい、ね」
「うん、不思議な場所ですね」
「椿鬼といっしょ、ふたご?」
童女は、光と神奈へ綺麗な紅葉をくれた。
「私たち、双子ですって。神奈さん」
「そこはせめて、姉妹だろうに」
(子供に……罪は無い、か)
神奈は少し決まりの悪そうな表情で髪を払い、それでも御影の手から紅葉を受け取る。
「ここまで努力したのに、光ちゃんになろうとしてもなりきれない……。そんな部分が自分らしさかな」
パァン、歌音はサングラスを地へ投げつけては目に涙を浮かべた。
自分探しをする気持ちになることだってある、秋だもの。
●
綺麗な夕陽が、渡月橋に掛かる。
橋の欄干に並んでよりかかる、パウリーネとジョン・ドゥ。
美しい紅葉を指先でつまみ、今日一日のことを語り合いながら、話題は『もみじ』そのものへ。
「花言葉は『調和』とか『美しい変化』……、あと『大切な思い出』とかもあるんだっけ?」
(確かに、ジョンと過ごす時間は、代え難い大切な時間だよ。……照れ臭くって言葉にできないけどさ。本当のホント)
「『大切な思い出』なー……うむ、大体パウリーネ絡みだな。これからも増えていくんだろうな」
対するジョン・ドゥはストレートに言葉にしてくれてしまいやがるから、パウリーネの方が照れてしまうというもの。
きっと、こうして過ごす時間もまた、『大切な思い出』になってゆくのだろうとも確信していた。
「おや、もう戻った方が良い時間か。京都って他にももっと名所があるんだよな? また一緒に行きたいね」
「京都ってスゴイ。私は改めてそう思った!!」
さあ。これからも、大切な思い出を紡いでいこう。大切な人たちと、一緒に。