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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/29


みんなの思い出



オープニング


 夏の厳しい暑さが過ぎ去り、冬の冷え込みが来る前。
 寒暖の厳しい岐阜県多治見市の秋には、ちょっとしたお祭りがある。
「夏草さん、今日はお休みなんですか?」
「あってないようなものさね、事あらば24時間いつでも呼び出しが来る」
 白い壁に赤い屋根、バロック建築の美しい修道院。
 敷地内のブドウ畑は収穫を終え、犬が元気に走り回っている。
 野犬保護センターの管理員をしている林 由香は、不意に姿を見せた地元の企業撃退士・夏草 風太の切り返しに苦く笑った。
「お。ロッキー、すっかり元気になりやがったなぁ。貰い手つかないの、ついにコイツだけになったんですか?」
「我が家で引き取ろうかって。祖父も、犬嫌いではありませんし」
「由香さんが飼い主だったら、あの子も安心するだろうさ」
「えぇ」
 遠縁にあたる少年が、この顔つきの悪い中型犬を非常に気に入っているのだ。
 傍目から見ると襲われているに近い体勢で飛びつかれつつ、風太はロッキーの頭をワシャワシャ撫でる。
「で、今日は野犬保護センターの方はお休みで?」
「空き時間に、お手伝いに来ているんです。もうすぐ、フェスティバルですから」
「僕は外モノだから、話にしか聞いてないんだよねぇ」
 修道院の地下にはワイン醸造の施設があり、秋になるとそれを主役とした祭りが開かれる。
 ブドウ畑にテーブルを広げ、ライブ演奏に手を叩き、修道院特製の菓子や軽食を楽しんで。
(なるほど、地元の…… これはいいかもなぁ)


『あ、筧さん? 僕僕、僕です。例のアレが用意できたんでー』
「詐欺の類は間に合ってます」
 風太からの連絡に、筧 鷹政(jz0077)は笑顔で通話を切ろうとする。
『美味しい地酒の話、振ったの筧さんでしょうに』
「え!!」
『ワインなんですけどね、地元の修道院で造っているのが年イチのフェスティバルで振舞われるんです。良かったらどうです?』
「ちょっと待って、スケジュール確認する」
『来週のー』
「……仕事入ってる」
 絶望感溢れる一言。向こう側で、風太が喉を鳴らして笑った。
『それじゃあボトルだけ用意しとくさね、『ぼっちの匠』』
「そのネタ、覚えてる人の方が少なくね?」
 誰がぼっちか、返しながら鷹政は手帳をめくる。
「待って、あー、いや、うん、ずっても這っても行く」
『なにもそこまでせんでも』
「賑わいそうなんだろ? 少しくらいは手伝いますよ」
『言質いただきましたー』
「待って、夏草君、何処にいるの!? なんでバック盛り上がってるの!!?」
 どうやら、修道院から直接電話をしていたらしかった。やられた。




 多治見の、ワインフェスティバル。
 骨休みに遊びに来たら? 友人である情報屋・陶子から野崎 緋華(jz0054)へ連絡が入ったのは、彼女がちょうど富士から一時撤退し学園へ戻った時の事だった。
「なんてタイミング」
『活動圏内では情勢が注目されている場所だもの』
 柔らかな声が、緋華の耳にくすぐったい。
 ここ2ヶ月ほど静岡の企業撃退士組織DOGに身を寄せ、富士山へ拠点を移した天界軍との攻防を続けていた。
 日常らしい日常から、随分と遠ざかっていたように思う。
「そうね。いいのかもしれない」
 自室の壁に背を預け、薄紅色の髪をかき上げて、掠れた声で緋華は呟いた。
『天魔が絡む案件でもないし、護衛依頼も出されていないの。学生さんたちにもお誘いを掛けたら? きっと楽しくなるわ』
「陶子さんは来るの?」
『私は、遠くからこっそり特ダネを拾う係ね』
 情報屋は、顔が割れすぎても拙い。彼女はそう続ける。
「せいぜい、落とさないようにするよ」
 緋華は細やかな内容をメモに書き付け、学生バイトの依頼として提供できるような形へと整えていった。
『加藤さんも、野崎さんに会えなくて寂しがっていたわ。遭遇したら、冷たくしてあげてね?』
「……それは、どういうサービスなの」




 久遠ヶ原学園、斡旋所。
「というわけでね、『多治見ワインフェスティバル2014』のお手伝いバイトなんだ」
「ワイン……アルコールですか。未成年はどうしましょう?」
「自動的に、ブドウジュースにすり替える」
 斡旋所の少年の問いへ、鋭い眼光で緋華が答えた。
「一般の地元民も遊びに来るお祭りだから、外見年齢を含めてチョイと厳しめに判定させてもらうつもり。撃退士の毒耐性を考えれば、ここのワインのアルコールは効かないようなものだけど」
 そこは体質の個人差、酷い酔い方で悪印象は与えたくない。土地の企業撃退士にも迷惑を掛けてしまう。
「お酒は楽しく飲んでこそ。飲まれてハシャぐのは身内の時限定で、ってね」





リプレイ本文


 前日の小雨も止んで、爽やかな秋晴れ。
 高い高い空に、修道院の赤い屋根がよく映える。
「最後尾は、こっち。車道に出ないように」
 影野 恭弥(ja0018)が、開場待ちの一般客の整列を促す。慣れてるらしく基本的には整然としたものだが、時おり元気の良すぎる子供がはしゃいで飛び出す。
 労力少なく、開場してしまえばお役御免の手軽なバイトだ。
「……お、思っていた以上の、行列なのだ」
 衣装の準備をしながら、今か今かと会場を待つ客の列にギィネシアヌ(ja5565)の声が震えた。
 いやいや、これは武者震いである。晴れ姿を大勢に見てもらうのが楽しみなだけであり決して緊張なんかいやまさか
「蛇ちゃん、キャンバスはこっちに…… ? 何を持った来たんだ?」
 共に舞台で演目を披露する地領院 恋(ja8071)が、振り向いては少女の手にある紙袋に首を傾げた。
「せっかくの舞台、ライブアートということで衣装を用意してみたのぜ! ディアンドルといってな、ドイツの民族衣装なのだ」
 元は山村の農家の女性が着ていたのだという。
 襟ぐりの深い白ブラウス、袖なしのボディス、同色のスカートにエプロン。動きやすいようにと、スカート丈は短くアレンジされている。
 自身には燃えるヒーローの赤、
「恋さんには…… 薄い紫が似合うかなぁ?」
 ちょっとしたサプライズも込めていたため、一応、色は何パターンか用意していた。
「なるほど、そういうのもたまには、いいかな……」
 かわいい。
 ボディスには、華美にならない同系色のレースと紐。
 スカートはフンワリしたフォルムだが活発さが前面に出ていて、可愛いものが好き、でも身に付けることには気恥ずかしさがある恋にも抵抗は少ない。
「フィノちゃんは、金色に近いオレンジが良いと思うのぜ」
「フィノもおそろいなのだね! 折角の機会だから、いっぱい楽しむのだよ!」
 同じ舞台へ上がるフィノシュトラ(jb2752)が、恋の後ろから衣装を覗きこんで嬉しそうに声を上げる。
「レベッカさんは、ドイツ出身だから…… こういうのは着慣れてるのか?」
「んー、んー? 可愛いわよね」
 ギィネシアヌから話を振られ、アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)が曖昧に首をかしげる。
 日本へ来て10年。その10年前の記憶は欠落していて、つまりドイツで生活していた頃の記憶は黒い森より深いところにある。
 ナチュラルにスカートを差しだされ受け取っているが、生物学上は男である。でも、こういった衣装が良く似合うのだから仕方ないじゃない。
「私が舞台に立たないわけにはいかないでしょう!」
 衣装を胸元にあて、レベッカはひらりと回ってみせる。似合うのだもの、フルに有効活用しないと!!


「やはり、この時期は肌寒いですね……」
「大人は、アルコールで体をあっためられるけどねぇ」
 ソフトドリンクの種類に、温かいものもあるとはいえ。
 軽食コーナーの支度を整えた天宮 佳槻(jb1989)が、ドリンク類を取り扱う野崎の下へ顔を出す。
「サービスで、ホットワイン風のノンアルカクテルを付けようと思うんですが」
「ノンアル……ってぇと、このブドウジュースで?」
「ええ。あっさりした野菜サンドに、コクのある葡萄カクテルは合うと思いませんか?」
 その手には、すり下ろし生姜のチューブと蜂蜜の小瓶が装備されている。
「そこまで手を回されてNOとは言えないよね……?」
 他のドリンクと見分けられるよう、別途に紙コップも用意してある。
「それじゃあ、ひとまず2本くらいあればいいかな? 足りなくなったら教えてね」
 楽しみにしてる。言葉とともに、野崎は佳槻へとブドウジュースの瓶を2つ手渡した。
「今のうちにワインの説明を聞いておきたいんだけど、良いかな」
「これは男前が来たね」
 その背へ声を掛けるのは、ビシッとギャルソンスタイルを決めた砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)。
「砂原くん、だっけ。あたしは野崎、アルコール関係はここで管理してるからヨロシク。
で、ワインなんだけど。この修道院で造っているのが、この三種。赤・白・ロゼ、ブドウの品種が――…… メモ、大丈夫?」
「僕、記憶力だけは良いから」
 にこにこと、底の見えない人当たりの良い笑顔で竜胆。
 大学部三年を三回ほど繰り返しているが、そこはそれ、大人の事情。


 大人から子供まで、みんな大好きパンケーキ。
 恐らくは、一番の混雑が予想されるだろう。かといって、せっかくのイベントごとに作り置きなんてナンセンス。
 焼きたてを待たせず届けられるよう、それなりの人数が配分されていた。
「パンケーキ食べ放題と聞いて!」
「俺たちは……焼き放題、かな……。あ、生地はオーソドックスなタイプなんですね。あとはもう混ぜるだけ…… ふむ」
 目を輝かせて突進する小野友真(ja6901)を抑えつつ、加倉 一臣(ja5823)は現地スタッフから詳細を聞きこむ。
「せっかくだから、パンケーキにもバリエーションつけたら楽しいかなって思うんですよね」
「肉類は不使用とのことでしたが、スモークサーモンは構わないでしょうか? エッグベネディクト風に仕上げるのもいいかと考えまして」
 月居 愁也(ja6837)に夜来野 遥久(ja6843)が続き、メニューの提案を。
 四人の青年の後ろへ隠れるように、ピンクプラチナの癖毛を揺らす少女の姿があった。
「んー、大丈夫か、胡桃ちゃん? 具合、悪なった?」
「だいじょうぶです。お菓子作りは、得意!」
 緊張気味の面持に気づいた友真が振り返ると、軽く首を振ってから矢野 胡桃(ja2617)は笑顔を見せた。
「小野のおにーさん、加倉のおにーさん、月居のおにーさん、夜来野のおにーさん、今日はよろしくお願いします、ね」
 甘いものは食べるの大好き、作るのだって得意。
 来場者の多さに少し面食らったけど、頼れる人たちがいるから大丈夫。
「ええっと、用意してもらってるパンケーキ生地だと、薄いタイプです、ね。ふんわりさせるなら、メレンゲ入りじゃなきゃ」
 『2枚重ねて、簡単なトッピング』が基本だという。
 パンケーキの作り方には幾つかパターンがあって、友真たちが構想していたのは卵白を泡立ててつくる『ふんわりパンケーキ』。
 メレンゲの泡立ち命であるから、生地の作り置きはできない。
「よっし、そんじゃ俺、ひたすらメレンゲ作りまーす! 泡立て? 手動ですよ。お任せ下さい」
「俺たちの絆が試されるな、愁也」
 キラリ、遥久の笑顔が輝く。
「……任せろ遥久!!!」
(飼いならしとる)
(飼いならしてるな)
(飼いならしてるって、いうのかしら?)
「二人で居ればそれで良い的発電機……」
「自然に優しい新エネルギーは意外と身近にあるなって思うよね」
 ふふっと生ぬるい微笑みで、友真と一臣は二人組を見遣った。


 ステージからは、音楽機器の調整が聞こえてくる。
「さすがに、音響設備はご愛嬌ってところか。誤魔化しの一切がきかねェ分、燃えるってもんだぜ」
 打ち込みの確認を終えてから、ヤナギ・エリューナク(ja0006)はベースの音合わせを始める。
「ケイ、今日の調子はどうだ?」
「あら。誰に聞いているの?」
 壇上で発声練習を始めた歌姫、ケイ・リヒャルト(ja0004)へ様子を伺えば、妖艶な流し目が返される。ここまでが『いつも通り』、呼吸の合ったやりとり。
「今日も楽しんでいけそうだな」
「ワインに見合う、素敵な舞台に盛り上げるとしましょう」

 ヤナギのベースが、音慣らしから演奏へと変わる。緩やかなBGMとともに、『多治見ワインフェスティバル2014』が開幕を告げた。




 くるり、濃紺のメイド服の裾が踊るように翻る。
 人の波を華麗にくぐり、舞台演奏に合わせてダンスをするように鳳 蒼姫(ja3762)は家族連れの座る食事スペースへ。
「ご注文は何が宜しいですか? お子様には、ホットワイン風ドリンクもオススメですよぅ♪」
 大人ばかりが楽しむ場ではないと、明るい笑顔でご案内。
 テーブルを広げる周辺の、木々から収穫されたブドウの恵みをみんな等しく分かち合いましょう?
「お待たせいたしました。二種類のパンケーキと修道院ワイン・赤がお二つですね」
 蒼姫とすれ違いざまにターン、トレイ片手に鳳 静矢(ja3856)が隣の席のカップルへ。
 食事スペースに居ながらにして、間近で舞台を楽しむような演出。
 シンプルなスタイリッシュスーツ姿、静矢は穏やかな笑顔で。
「おっと、常木さん」
 追加オーダーを受けて振り返れば、ざわめきの中に知った顔。
 戦闘任務で同行することが多いから、彼女のこういった服装は新鮮だな――……などと感じつつ静矢が声を掛ければ、本格的なヴィクトリアンメイド服に身を包む常木 黎(ja0718) が目礼を返す。
 イベントごとであれ『仕事は仕事』、彼女らしいというかなんというか。
「手慣れたものだね?」
「一応、経験はあるから。静矢くんたちは…… さすがだね」
 蒼姫との呼吸の合った動きを目にしていた黎が、賛辞を贈ろうとするも無難なものへ着地。それでもきっと、静矢なら汲み取ってくれるだろう。
「赤・ロゼ・白、お一つずつですね。お勧めのサイドメニューもございますが」
 単純に運ぶだけで終わらないのは竜胆だ。
 ワインの説明も丁寧に、そしてそれぞれに合うメニューも添え、新たなオーダーを持ち帰る。
 時期的に勘違いされやすいが、提供しているワインはしっかり熟成させたもので、いわゆる『ボージョレ・ヌーヴォー』ではない。
 年代ごとに味の特徴も微妙に変わってくるので、その繊細さも残さず伝えて。

(服装も、力入れて参加してるんだなー……)
 サンドイッチを齧りながら、常名 和(jb9441)は給仕たちの動きを注視してする。
 和も、学園にあるとある料理屋にてフロア担当をしているから、他の人たちの立居振舞というのをじっくり見てみたい思いがあった。
 あえて、今日は『お客様』の立場。
「後学のためになるといいなあ」
 フードやドリンクを『美味しいな』、と感じるのは、提供する場がお客にとって心地いいものだから。
 テーブルを囲む人たちが、心地いい存在だから。
「あ、そのココア、俺で――……」
 手を挙げかけた和の視界の端を、アルパカが横ぎって行った。
 ……アルパカ?
「岐阜県名物・アルパカサンドはいかがですか〜〜」
 通る声は、可憐な少女のもの。
 落ち着いて二度見すれば、それはアルパカの着ぐるみであった。
「ただのサンドイッチではないのですよ、アルパカの形をしているのです!」
 視線に気づき、村上 友里恵(ja7260)が振り返った。
「ホントだ。へえー、可愛いね」
「岐阜県でアルパカの知名度向上と、アルパカブームに火をつけるのです♪」
※多治見から北に向かった某市に、かつてアルパカが居たり居なかったり
「お兄さんには、出血サービスいたしましょう。ぜひ、オーバーアクションでアルパカサンドに注目を集めて下さいね♪」
「!!?」
 小さなバスケットの中に、可愛らしいサンドイッチが3匹。
 さて、どう化かそうかと『手品』で舞台参加予定の少年はアルパカ少女を見送った。




「そろそろ気分もノッて来たところか。盛り上がって行こうゼ!」
 ヤナギの奏でる曲調が、さりげなく変わってゆく。
 ミディアムテンポに、起伏の激しい音程が落葉のようにはらり、はらり。
 透明感のあるケイの歌声が、伸びやかに客席へ波紋を広げる。
 秋の寂寥感。
 実りの歓び。
 分かち合う幸福。
 ワインを思わせる葡萄色、深いスリットの入ったマーメイドラインのドレスが、彼女の歌に合わせて揺れる。
 フォーマルな黒衣装のヤナギが、それを受け止めるようにビートを刻む。
 サビメロへ入ると色彩豊かな情景を前面に。

 キミしか見えない、見ることが出来ない
 キミしか聴こえない、聴くことが出来ない
 キミしか感じない

 ――ここから、ヤナギのベースソロが疾る。
 緩急をつけたメロディラインは、蔦を絡ませ伸び行く葡萄。
 それは陽を浴び、激しく、激しく――

『感じたくない』

 力強く、ケイとヤナギの声がハーモニーとなって。

 ……今だけはボクの中で踊っていて


 ラストは優しく、柔らかに歌い上げ。
 熱で瞳の潤むケイとヤナギは、見渡す限りの観客から惜しみない拍手を受け、ステージを降りた。




 本格的だなぁ、と客席に居たのは若杉 英斗(ja4230)。
「む。僕らのヒーロー『ヒャンタグレープ』おかわりして来よ」
 次の演目まで時間があるようで、ならば混雑も落ち着いてきた会場を歩いて回ろうか。
 友人たちもバイトに精を出しているはずだが、英斗は全力で遊びに来ている。
 だって、イベントだぜ!? お祭りだぜ!? 遊ぶところだぜ!!
 名称こそ『ワインフェスティバル』だが、ロックありメイドありアルパカあり、アルコールなしでも楽しめそうだ。
(パンケーキコーナーが、すごい行列だったんだよなぁ……。まだ先かな)
 食事スペースでゆっくりしたい系の人には給仕が接客を、食べ歩きしたいテイクアウト派は直接ならぶことになる。
 時間はたくさんあるし、ドリンクだけ頼んで…… と、何の気は無しに食事スペースへ目をやれば見慣れた赤毛。
「筧さーん、なんかひさしぶりですね!」
「あっ、若杉君だ!! こっちおいで、サンドイッチあるよーーー」
「若杉?」
 手招きに応じ歩み寄れば、筧の傍には見慣れぬ中年男の姿があり、英斗の名に反応を示した。
「もしかして、久遠ヶ原の若杉君か、ディバインナイトの!」
「え、自分、そんなに有名人ですか?」
「その節は、親戚の子が世話になったねぇ。あの子を攫った天使が今は富士に居るとは不思議なものだ」
「――あ」
 七歳の少女が山へ連れ去られ、救出するという依頼は今年の三月頃だったろうか。
 そうだ。あの時の天使こそ――
「自分はここのところ、富士の方へ行くことが多くて」
「……それじゃあ、野崎さんとは?」
「言われてみれば同行すること、多いですね」
「そういや、俺とはあんまり顔を合わせることなかったもんな」
「あとで、よろしくお伝えておいてくれ。私とは口も利かず冷え切った眼差ししかくれなくてね」
 岐阜県をメインに活動しているという中年撃退士・加藤が遠い目をし、筧が英斗へサンドイッチを勧める。
「そちらは、最近の調子どうですか?」
 野菜たっぷりのサンドイッチは、ヒャンタグレープの炭酸と相性がいい。
「多治見に関して言えば、それなりに平穏かねぇ。企業が腰を据えてくれると連絡伝達が早い」
「俺の方は、ま、ナントカ暇なしってトコロですかね。一人じゃ仕事の幅が狭い分、ほとんど選り好みしないで飛び込むから」
 スケジュールは立てているが、急な欠員補充要請があれば二つ返事で飛んでいく。
 今日も、来れるかどうかギリギリだった。
「筧さん、『笑う門には福来る』ですよ!」
 苦く笑う筧の背を、英斗が景気づけるようにバンバン叩く。
「彼女持ちになったクセに! アツアツな時期じゃないんですかっ」
「――だそうです。アツアツ?」
 その、後ろ。
 困ったような表情で、黎が居た。
「あ、これは加藤さんのオーダーのパンケーキ。鷹政さんの分は、あとで特製を持ってくるって友真くんたちが」
「出汁入りかな……」
「なんか、すごくメレンゲ作ってたから大丈夫だとは思う、けど」
「そういえば黎、今日は猫耳じゃないんだ」
「学園祭じゃ、無いから、ね?」
 昨年のことを蒸し返す筧へ、黎の頬が薄く色づく。
「……後でね」
 耳元で囁き、そうして黎は仕事へと戻って行った。
「…………アツアツじゃないですか」
「なんていうか、ごめん。涙ふいて……」
「心の汗です」
 テーブルに伏した英斗の肩は、やさぐれたように見えなくなんかないったら。




「俺たちの絆の結晶は任せた……ぜ……」
「粉と合わせる時はさっくり……、と」
「焼く時の火加減が、だいじ」
「お待たせしました、こちらがエッグベネディクトです」
 愁也が力尽き、友真が受け取り、胡桃が焼き上げる。ふんわりパンケーキと食事用、エッグベネディクトと言った更にひと手間かけるメニューへと分かれてゆく。
 その裏で、一臣はテキパキと使用済みの道具の片づけを始めている。
 ふんわりパンケーキは好評を博し、長蛇の列となっていて、残る生地から作れる枚数を割り出し、売り切れ御免と列の整理をするのも一臣の仕事。
「成程、なかなか菓子作りは大変なものですね」
 卵白をほぐし、泡立て、砂糖を加えて艶が出るまで―― 泡立ちが足りなくても、立て過ぎてもよろしくない。
 極上のホイップは、なるほど数を重ねることで見極められる、か。
「卵黄が少し入るだけでも泡立ちませんしね」
「ごめん。遥久マジごめん」
 食事用パンケーキ……ツナやサンドイッチに使用しているサラダを使ったものは、従来の生地で焼いた薄めのものへトッピング。愁也と遥久の担当だ。
 メレンゲ勝負は、卵割りの段階から始まっていた……思い起こしながら愁也は小さくなる。
 隣で友真が指をさして笑い、そんな友真は卵の殻を盛大に突っ込んで大騒ぎしていたことを指摘されて小さくなる。
「さておき…… 矢野さん、ずっと火を扱っていて暑いでしょう。変わりますよ」
 ホットプレートの前で奮闘している小さな背中へ、遥久が呼びかける。
「焼くぐらいなら私でもできるかと」
「ありがとう、夜来野のおにーさん」
 コツを幾つか伝授して、バトンタッチ。胡桃は友真と一緒にトッピングへと回る。
 チョコソースアート(仮)を振舞う友真に対し、胡桃はクッキングシートを使ったステンシル。
「クッキングシートを切り抜いて、ココアパウダーを上から……。ね? 型通りのデコレーションが出来るのです!」
「うわー 綺麗やなー……」
 最後は、粉雪のように粉糖を散らして出来上がり。
「いいねぇ、二人とも上手いよ。胡桃ちゃんのスタイルなら、クマとか花とか可愛い形も有りか……。ご用命とあらば、切り抜きを用意して見せましょう」
 キリッとイケメン顔を作る一臣へ、胡桃が歓声を上げる。
「デコアート、楽しそうだよな。材料使って、ブドウのチョコ掛けとかも美味そう」
「うわあああん、一臣さんの食テロー!!」
「……。できませんね。加倉、チェンジだ」
「って遥久、早い……!」
 仕上げ組を冷かしていた一臣の襟首を掴み、遥久がパンケーキ焼きをチェンジ。
 どうしてなかなか難しい。
 片や、友真の好物ということで一臣は作り慣れていて、その手つきも堂に入っている。
「さ、食べ終わったらお皿の番号で、魔女様に占ってもらってね!」
 数量限定・占い付きのパンケーキ。残りわずかです。


 食事スペースの片隅に、ひっそりと設置されている『占い屋』。主は魔女たるエルナ ヴァーレ(ja8327)。
「あたいの占い見せてやるわー! さ、遠慮は要らないわ、そこに座ってちょうだい」
「はあ」
 なんだろう、と覗き込んだ英斗を、有無を言わさず引き込む。
「何を占ってほしいかから当ててあげる」
 手をひらひらさせながら、エルナは卓の上に並べたボトルの『向こう側』を覗く。
 ずらり並んだ『ぼっちの匠』なるラベルのワインは、さながら水晶玉がわりか。
「そうね……、占い結果から言えば同性にモテるわ!」
「えーと……」
 結果の前に、何を占ったのかから聞くべきか。
「え? 違うの……?」
「中らずといえども遠からず……?」
 ハッキリとハズレといえば、彼女を傷付けてしまうだろう。それは英斗の本意ではない、が
「くっ…… お代は要らないのよ、何か美味しいものを置いて行ってくれればいいわ!!」
「現物支給!!?」
 こんな調子で、占い屋がんばってます。
「えーと、次のお客様ー。フォーチュンパンケーキ? あたいにまかせろー!」


「筧さん、はっけーん!!」
「ぐは!! 器官に入っ……」
「あーあー……。だいじょぶ、兄貴?」
 友真のタックルを受け、盛大に咽る筧へ笑いながら一臣がハンカチを差し出す。
「特製パンケーキ、作ってきてん! よかった、冷める前に見つけることで来てー。って、緋華さんも一緒やないですか。これに合うワインありますか!」
「賑やかだねぇ」
 休憩時間らしい野崎が、友真たち一行を見上げて喉を鳴らして笑った。
「甘めだし、ロゼ辺りで良いと思うんだけど。何にでも合う」
「お疲れ様です。野崎さんには、俺から差し入れ。酒にはしょっぱい系、いいですよね」
 酒談義、酒談義。良い笑顔で愁也が野崎の向かいに座り、食事用パンケーキを。
「え、いいの? わー。ありがと! パンケーキのバリエーションが増えて反響も良いって、主催さんも喜んでたよ」
「給仕が足りないようなら助っ人も考えていましたが…… ゆっくりしていて大丈夫そうですね」
 周囲を見渡し、遥久がグラスへワインを注いでゆく。慣れた手つきに野崎が口笛を。
「夜来野くん、だっけ。確実に見栄えは良いよね。でも、休める時は休まなきゃ」
「野崎さん、未成年ジャッジでキリキリしてたからなー」
「く……ただ酒喰らいめ」
「俺は報酬分ですからー」
 野崎と筧が軽口を叩きあい、それとなく和やかな雰囲気が漂う。
「胡桃ちゃんは、ケガとか平気……? あたしも言えた身じゃないけど……」
「お菓子があれば、元気、です」
 野崎と胡桃は、富士での戦いを幾度か共にしている。都度、互いに深い傷を負っている気がする。
「筧さん。ご覧下さい、こちら特製品です。タレ目なんがポイントな」
 チョコレートソースで描かれた似顔絵パンケーキ。皿には『KAKEI(ハートマーク)』までご丁寧に。文字だけタッチが違うのは、一臣が描いたからである。
「尚、このテーブルのパンケーキのいずれかに、当りとして帆立が入ってます(どやぁ)」
「「なぜ入れたし」」
 そんなやりとりの合間、そっと愁也が筧の後ろに回り――
「? 月居君、どうし…… いやいや、俺にそういう趣味は」
「マニアックなこと言って株を落とさないで……!! ああっとこれじゃ食べられないなあーーー(棒)」
「なに、なにが起きるの」
 椅子の後ろで手首を結ばれ、大声を出され、それがもたらす意味が解らず筧は愁也を見上げる。
「常木さーん!」
 野崎が笑いでテーブルに伏した。

 ほどなく、あきれ顔で黎が姿を見せた。
 エプロンを外すと、普通のワンピース姿で通る。彼女も自由時間に入り、筧を探していたところだったから合流は早かった。
「……へえ?」
 気まずそうに視線を逸らす筧を一瞥し。
「食べさせてあげよっか?」
 含み笑いで膝に乗り、特製パンケーキをフォークで一口大に取り分け。皿の、ハートマークを拾って。
「あ〜ん」
 反射的に自身も口を開けながら、恋人の口元へ。
(……本当は、自力で解けるんでしょう?)
(ないしょ)

 ――彼氏彼女、かぁ……
 何処となく微笑ましく、ちょっと寂しげな眼差しで、胡桃が二人を見守っていた。




 舞台、次に備えるはライブアート。
 準備段階から、客席からは期待のどよめきが起きている。
 決して広いとは言いにくい舞台上に用意されたのは――真っ白で巨大なキャンバス。
「さあ、本日限りのライブアート、とくと堪能あれ! なのぜ!!」
 ギィネシアヌは観客に向けて一礼と共に、手にしたアコーディオンで明るく心躍るメロディを紡ぐ。
 恋、レベッカ、フィノシュトラといった女性陣(一部混入、気にしない)の美しいハーモニーが響く。
 キャンバスという名の舞台の上で、立ち位置を替えながら――さり気ない動きで、既に『アート』は始まっていた。
 アクリル+葡萄由来の顔料で、足先を使い描き始めている。
 ――芽吹きの章。
 そう銘打ったパートは、前奏でありこれからに向けた希望を込めて春を意識したもの。

 優雅な乙女たちの舞いから一転、曲調が激しくなる。舞台裏へ回った恋たちが楽器を手に取り力強さを添える。
 ――嵐の章。
 激しい曲調に誘われ登場するは、二人の若者。
 激情の赤髪・マキナ(ja7016)に、雨を思わせるグラデーションの蒼髪・アスハ・A・R(ja8432)。
 マキナは斧を、アスハは太刀を手に、激しく打ち合い火花を散らす。
 紅い軌跡の残像がマキナを襲う、筋を読んだマキナがそれを弾きかえす。
 バックステップで距離を取り、そこから一気に駆けての鬼神一閃。咄嗟にアスハの呼び出した魔法陣が凌ぐ。
 息を呑む攻防の合間にも、キャンバスは彩られてゆく。
(って、アスハさん、今、本気でしたね!?)
(問題ない、加減はしている。舞台上で重体者を出すわけにはいかないから、な。それよりマキナ、そこで鬼神一閃は……僕を殺す気か)
 阿修羅とダアト。殺るか殺られるかの組み合わせである。必死である。
(そこはそれ、裏には地領院さんが控えてますし?)
(知ってるか、彼女は舞台とキャンバスを守るために庇護の翼待機しているだけ、だ)
(   )
 競り合いから、アスハの太刀が強引に斧を振り払おうとして―― 互いの武器が弾かれ、手から離れる。
 くるくると回転した後、それはキャンバスへ彩りのひとつを添えた。
 曲は緩やかに、嵐が開けるよう明るいものへと変化してゆく。

 最終章――実りの章。
 マキナのトランペットが高らかに蒼天へ響く。
 キャスト全員がキャンバスの上へ。
 少女たちは、桶を用意しての『葡萄踏み』を披露。色違いのディアンドルが愛らしく舞台を彩る。
「『アイドル部。』で鍛えてるからね。歌声も美脚も惜しみなく見せつけてあげる!」
 括目せよと言わんばかりに、レベッカは活き活きと。
「笑って笑って、なのだよ!」
 どこか表情のぎこちない恋へ、笑顔のフィノシュトラが手を差し伸べる。
 先ほどまで、手形でキャンバスを彩っていたから、ペタリと恋の手にも葡萄のスタンプ。
「踊りながら潰すなど…… 皆器用なのだぜ」
 時折、いたずらのように曲のテンポが上がり下がり。一生懸命ついていきながら、ギィネシアヌの心も楽しく弾む。
「俺は、こういったのは苦手であるから―― えい!」
「!!? 蛇ちゃん!?」
 フィノシュトラと恋を巻き込み、ギィネシアヌは派手に転んで見せる!!
「へへ、折角の衣装も台無しなのぜ…… けど、これで緊張することもないであるな?」
 顔面が付けた跡は、キャンバスにはまるで花の模様。
「……もう」
 自分の肩の力を抜くための策略だと気付き、恋が困ったように笑った。
 さあ。
 皆で、明るく楽しく歌い踊ろう。
 苦楽を越えた先で、歓びを分かち合おう。


「賑やかで皆楽しそうだねぇ。せっかくだ……私達も踊ろうか、蒼姫」
「はいです☆ れっつダンシングなのですよぅ☆」
 休憩中に舞台を見入っていた鳳夫妻も、音楽に誘われ手を取り合う。
 覚えやすいフレーズの歌詞に共に歌う者、つられて踊り出す者で、会場内は賑わった。


 ラスト、恋が仮想命樹による『生命の樹』をキャンバスから立ち上らせ――…… 完成した絵を、全員で客席に向けて引き起こす。
 躍動感あふれる葡萄畑が、画面狭しと広がっていた。




「「かんぱーい!!」」
 舞台を終えた一同が、ワインやソフトドリンクを手にグラスを合わせる。
「嬉しいね、絵はずっと飾っててくれるんだ」
 いつの間にか舞台の背景となっている巨大な葡萄畑を眺め、恋は目を細める。
「絵が主役、とは言ったものだな」
 アスハがそれに頷く。演武の際も、描くこと・観客の安全を意識しながらの立居振舞は難しかったがやりがいはあった。
「美脚大会は、無かったのよねー……。誰かが主催するなら、飛び入りで参加するつもりだったのに。でも、最終章はソレっぽかったかな」
 満足の笑みを浮かべるのはレベッカ。
「くぅー、終わった後の一杯は格別ですね。……故郷ならワインを楽しめるのですが……」
 日本の年齢制限の厳しさに、マキナは唇を尖らせる。
 けれど、すっきりした甘さのブドウジュースも悪くなかった。
「どんな味なんだろうなぁ。筧君に聞いてみようかな」
 マキナと同学年であるギィネシアヌもまた、ブドウジュースのグラスを突いて首をひねる。
(この会場に居るはずなんだよなぁ?)
 舞台の上からも、卒業生の姿は見つけられずにいる。
 打ち上げで盛り上がる中、スイとアスハが席を立った。


「久しぶり、になるの、かな」
 ワイングラスを片手に、赤毛の卒業生へ声を掛ける。
「……。え。あれ? あれ、アスハ君? それじゃあ、マキナ君と演舞してたのって」
「そういえば、蒼くなってから会ってなかった、な」
 かつて血色だった髪は、とある死闘を経て変質しており、今は蒼のグラデーションが掛かっている。
「バンカーじゃないなんて」
「そこだったか」
 戦闘スタイルを変えてからも、顔を合わせていたかったことになる。なんだかんだで、学園は広く任務は多い。
 気が付けば、あっという間に時は流れる。
「いたいた、筧君発見なのぜー!」
「あ、ギィネさん」
 アスハを目印に、ギィネシアヌもこちらに気づいてやってくる。
「……既に、かなりを飲んでいるようであるな?」
「いやだな、常識の範囲内デスヨ」
「聞いてみたかったのだ、ここのワインってどんな味なのだ?」
「うーん……。そうだな。赤は、料理が食べたくなる。白は、チーズが食べたくなる。ロゼだとピクルスかな」
「わかりにくいのぜ」
「単品で飲むより、何かと一緒が楽しいって感じだねー。お酒は得てしてそんな感じだけど」
「みんな、お疲れ様な! いい舞台だったぜぇ」
「あっすん、カッコよかった!!」
 筧とテーブルを囲んでいた一臣や友真らも、労いを。
「舞台チームの打ち上げは…… あー、結構離れてんだね」
 近ければテーブルを寄せたのに。後で顔を見に行こう。愁也がそちらへ首を巡らせ。
「出張占い屋さんじょー!」
「わ、魔女様だ! あとで行こうと思ってたのに」
「追い出される前に自主休憩にしたわ」
「何を占ったの……」
 登場したエルナへ、愁也が苦笑い。
「あ! 残念!」
 筧を見るなり、エルナが身を乗り出す。その表情はどこか楽しげだ。
「残念治ったの? ねぇ、残念!!」
「残念は名前じゃないですし! 治るものでもないですし!」
「えっ…… うそ、まさか、残念継続中……?」
「どう思う? 占ってごらん」
「うーん……。ラッキーアイテムは芋焼酎!」
「wwwww」
 ワイン畑に草を生やしつつ、楽しく宴と致しますか。
「ぼっちの匠好きなのよねー。ここで作ってるの?」
「あれ、製造元不明なんだよね。でも、なぜかラベルはここにもある不思議」
 限定生産だったのだろうか、一時だけ学園イベントで入手出来た幻のワイン『ぼっちの匠』。
 コレクションを指先で弾き、エルナが尋ねる。
「……ん、このパンケーキは絶妙ね、中の帆立が良い出汁を利かせてお酒によく合うわ」
「魔女様、色んな意味で当たりを引き当てた……!」
 それでこそ魔女様。笑い震えながらも、友真は親指を立てた。




 雨宮 歩(ja3810) と雨宮 祈羅(ja7600)の二人が、ぐるりと会場内を回っている間にパンケーキコーナー当番の時間がやってきた。
「思ったより連絡が早かったね。すごい行列だもんねぇ……」
 友人たちを見かけたら声を掛けたかったが、当番を終えてじっくり時間が出来てからになりそう。
「作りたてのパンケーキ、サンドイッチは如何ですか?」
 隣のブロックでは、佳槻が声を出してテイクアウトの呼び込みをしている。
「暖かいお飲み物と一緒にパンケーキ、サンドイッチは如何ですか?」
「なんか、いい匂いがするよ、歩ちゃん……」
「はいはい。終わったら、ゆっくり楽しもうねぇ」
 誘惑に負けそうな祈羅の頭を、歩が優しく撫でる。
「料理をするならエプロンは必須、だねぇ。簡単な料理ならボクだって問題なくできるさぁ。アレンジはしないでおくけどねぇ」
「そう? トッピングだったら、うちに任せて。おいしければよし! ソース類は下準備の時に作ったから♪」
「……いつの間に。まぁ了解。で、ボクは何をやればいいのかなぁ?」
「黄金色に、パンケーキを焼いてください★」
 白いフリルエプロンを手早く着けながら、祈羅は夫である歩を見上げてニッコリ。
「それじゃお仕事頑張るとしようか、姉さん」
 籍を入れても、親愛を込めた呼び方は変わらず。シンプルな黒のギャルソンエプロンをつけ終えた歩が袖をまくり片目を閉じた。
「がんばったら、後でご褒美くれるの?」
「もらえるかもねぇ」
 茶化したやりとりも、普段のテンポで心地いい。
「……。ねぇ、交換しない?」
「交換? 良いけど、何をだい?」
「エプロン! きっと、歩ちゃんの今日の服に似合うと思うんだ」
「     」
 ニッコリ。

 両面、綺麗な狐色。
 最後はフライパンからふわりと宙を飛んで紙皿へ着地。
「トッピングは任せたよぉ、姉さん」
「『本日の気まぐれパンケーキ』だねー。ドライフルーツ&ナッツ入りには、塩キャラメルソース。フレッシュフルーツには酸味の効いたベリーソースにしよう♪」
 おまちどうさま!
 祈羅がパンケーキにフォークを添えて差し出すと、並んでいた女子高生たちから歓声が上がる。
「生地に具材を混ぜ込んでおく、ねぇ。なるほど、ボクには思いつかなかった」
「美味しいと思うんだよねー」
「え?」
「味見、お願いしていい?」
「してなかったのかい……?」
 らしい、といえばらしいのか……?
 次のお客がメニューを悩む間に、祈羅が試作品をそっと歩の口元へ。
「はい、あーん」
「……ん」
 こういう時の、歩は確信犯的に素直だ。
 さらりと、不揃いに伸びた赤髪が祈羅の手元をくすぐる。
「ん、充分に美味しいですよ、っと。姉さん、どうしたんだい?」
「〜〜〜〜っっ」
 結果的に、仕掛けた祈羅が赤面して身もだえるということも、よくある光景。




 それでは皆様、お立会い。
 引き続いて舞台に立つのは和。簡単なマジックショーだ。
「種と仕掛けを見破れたのなら賞賛を。難しいことは考えず、どうぞ楽しんでいってくださいね!」
 リズミカルなBGMに乗って、ダンスを交えて始めよう。
 仄かな香り漂う山茶花の指輪に触れると、ぽぽぽぽんっと薔薇の花が飛び出す。
 手を打ちならし、背後からバスケットを取り出せば、華麗な手さばきでそれらを回収。
「花の季節もそろそろお終い、ふわふわモコモコが恋しくなりますねー」
 ぐるりバスケットを回転させると―― 愛らしいアルパカサンドが登場した。
「さ、一番前のお嬢ちゃんに」
 手品の仕掛けを見破ろうと立ち上がっていた六歳くらいの少女へ、バスケットごとサンドイッチをプレゼント。
「大丈夫だよ、サンドイッチには仕掛けはありません。ほら、着ぐるみのお姉ちゃんが売り子さんをしてたでしょう」
 子供に大人気で、なかなか近寄れなかったアルパカさん。
 少女の瞳がキラキラ輝く。
(うん。嬉しいな、こういう反応)
 

「折角の収穫とその産物、味わわねーでどうする……ってな」
 演奏後、ケイとは別行動を取り一人でグラスを傾けていたヤナギも、その後の舞台を楽しんでいた。
 ワインの味も良い。
 場の雰囲気が良ければ、それは更に引き立つ。
 体当たりな和の手品は、気取ったところも気負ったところもなく、失敗してもご愛嬌の笑顔。
 自然と空気が柔らかなものになる。優しいものになる。
(悪かない)
 飛ばず、足元のパンくずをつつく白鳩の姿に心地いい笑いを誘われ、ヤナギは拍手を送った。


 イベントも後半へ近づくにつれ、少数とは言え飲みすぎの客も出てくる。
「おっと、体質と合わなかったのかな。無理はしないで。運営本部へ連れて行ってあげる」
 紳士的極上スマイルでもって、竜胆がぐったりとしていた女性をお姫様抱っこ。
「君は、お友達かい? 付き添いをお願いするね」
「はっ、はい!」
 うっかりキラキラオーラに飲まれていた他方の女性が、ハッとして何度もうなずく。
「その、誰にでもこういう……?」
「具合が悪くなっちゃった人に、男女の差はないからねー。救護班を呼ぶより、連れて行った方が早いし」
 こうみえて、力はあるんだよ。
 片目を瞑って見せる彼へ、友人という女性も安心した表情を見せた。




「あー、野崎さん。先日はどうも」
「若杉くん。来てくれてたんだね。そっか、ソフトドリンク組だったんだ。どうりで見かけなかった」
 喧騒から離れた場所に移動していた野崎へ、温かなノンアルカクテルを片手にした英斗が歩み寄る。
「ご一緒した依頼は申し訳なかった……。自分としても、このままで済ますつもりもないですけどね」
「申し訳ないのは、こっちの方さ。……なかなか難しいところだよね。ありがとう、頼もしいよ」
「あ、すみません。せっかく気分転換に来ていたのに。ワイン飲みます? 俺が取ってきますよ! 野崎さんの好みは? 赤? 白? ロゼ?」
「あははは、お気遣いありがとう。好青年にリードしてもらえるのは嬉しいな。そうね、それじゃあ白を」
 顔に掛かる髪をかき上げ、野崎は英斗を見上げた。
「野崎さん」
 英斗が戻るのを待っているところへ、静矢と蒼姫が顔を見せる。給仕中に声を掛けようとしていたのだが、忙殺されて余裕が無かった。
「私が言えたことでは無いが……、次勝てば……最後に勝てば、良いのではないですか?」
 富士でのことを、抱えているのは静矢たちも同様であった。
「気にするよりも前を向いて、か」
「ええ」
「れっつぱーりぃ!」
 蒼姫が、野崎の手を引く。ダンスへと誘う。
 負けることが悔しくないわけがない。生じる被害に心を痛めないわけがない。
 でも、ここで折れてしまったら『終わり』になってしまう。
 辛く感じる心を殺し過ぎても、戦いを続けることはできない。
 だから―― だから、今は、今を、楽しもう?
「ふふ…… ふふふ」
 自然と、野崎にも笑顔が戻る。無理のない、心からの。
「おいで、若杉くん。一緒に踊ろう?」
 ワイングラスを手に戻って来た英斗へ、そうして手を差し伸べて。




 外の喧騒から切り離されたように、礼拝堂は静かで、荘厳な空気を湛えていた。
 ケイはゆっくりと歩き、壁画を愛で、そうしてステンドグラスの下に膝をつく。
 さらりと、艶のある黒髪が前へ落ちる。
(どうか……、彼が心穏やかに過ごすことが出来ますように……)
 想うのは、大切な人。恋い慕う人。


「こういうところで……っていうの、好きかなー……」
 ひと気が少ないこともある、和は礼拝堂を覗きこんで自然と小声になって呟いた。
 思い描くは――純白の誓い? 大切な人と、自分と。それから、たくさんの祝福と。
(いや、まだ二年早いけど……!)
 ぱぱぱぱ、と頭に浮かんだ絵面を掻き消すように手で振り払いつつ。
(あ、先客さんもいる)
 ひっそりと祈りを捧げるケイの姿に気づき、邪魔をしないよう静かに席へ着き、見事なステンドグラスを仰いだ。
(賑やかで楽しいのも良いけど…… こういう空気、いいな)
 手品で緊張したこともある。もう少し、休んでいこうか。




 一通りの嵐が去って、黎と筧は何というでなしの会話を楽しんでいた。
 筧は厄介事ばかり持ち込むから、平穏こそが珍しい。尊いものに思える。
「改めて、この間はお疲れ様」
「黎もね。――間に合うとは思わなかった奇跡に乾杯」
 報告書をまとめ上げて、依頼者と学園双方へ提出して報酬の分配云々…… 筧がこのイベントへ参加できたのは、本当にギリギリの意地と根性と崖っぷちであった。
「疲れ、残ってるんだったら酔いが回るの早いんじゃない?」
「そこはそれ、加減してますよ。楽しい時間だもの」
「そっか」
「しっかし、イベントごとに久遠ヶ原が絡むと華やいでいいね。食べ物も種類豊富になったし。スカート姿も見れたし」
「それは…… 制服、だし? エプロン無いと結構普通でしょ」
 たまに履けばいいよ。
 そう話したことを意識してかどうかまでは、筧は解からないけれど。こうしてここで会えたことが妙に嬉しい。楽しい。
「鷹政ちゃんと黎ちゃん、見ーっけ!」
「お、雨宮雨宮夫妻」
「やぁ、珍しい所にいるねぇ」
 祈羅と歩が、ドリンク片手にもう他方を繋いで歩いているところで遭遇。
「そちらこそ。甘い匂いがするな……。もしや二人そろってパンケーキコーナー担当だった?」
「ご名答。今は晴れて自由の身、ってねぇ。筧たちは休日を満喫している、と言った所かなぁ? 良かったねぇ、今日は身を削らずに済みそうで」
「鉋さんも今日という日は休日満喫しているみたいね」
 筧と歩が応酬する傍らで、祈羅と黎は甘いものの情報交換などをしていた。
「佳槻くんがオリジナルでホットワイン出してたね」
「あ、うちらの後ろでサンドイッチ作ってた男の子だね。凄くいい匂いだった!」
「へぇ、時々いい匂いが通ってたけど、それかな? 行ってみよっか、黎」
「意外に、作り手の間じゃそういう情報が届かないんだよねぇ」
 どちらも忙殺であるからして。
「そういえば、謎のアルパカが練り歩いてるって聞いたよ。うち、見てみたいなー、歩ちゃん」
「アルパカ…… 厭な予感がしないでもないんですが」
 祈羅の言葉に、筧は一人の少女の姿を思い浮かべる。
「呼ばれた気がいたしました……。筧さんには、手作りのカレー鯖サンドやサバ味噌サンドを用意しているのです」
「なぜ、そこで鯖なのか」
 ずい、とアルパカ着ぐるみの少女が登場。
「筧さんがどんな感想を言ってくれるのか……私、気になります。ぽっ」
「かわいいー、ふかふか! アルパカサンド、かわいいね。ひとつもらえるかな?」
「祈羅さん、俺の鯖はスルーですか」
「頑張りなよぉ。大丈夫、お前は一人じゃないさぁ」
「歩さん、俺の鯖はスルーですか」
「それから、お揃いのアルパカきぐるみを着てみませんか? 筧さんが着て歩いて見せれば、きっと大人気間違いなしですもの……」
 友里恵が、重ねて頬を染める。
「鷹政さんがOKなら構わないけど。私、先に歩いてようか」
「黎さん、さりげなく距離を取ろうとしないでください……!」


「鯖サンド」
「ホットワインと交換で、どう、天宮君?」
「いえ、交換しなくても作りますよ、ノンアルとレシピは一緒ですし」
 一瞬だけ、佳槻は表情を固まらせ、それから何事もなかったかのように材料を用意する。
「生姜にレモン汁、スパイスを加えるんです。体の中から暖まりますよ。お二つで?」
「うん。よろしく。――手慣れてるねえ」
「難しいものじゃないし……ちょっとした一手間で楽しみが増えるのは面白いかなって」
「佳槻くん、もしかしてフルで働いてるの?」
「いえ、少しずつ休憩は挟んでいますが…… あまり、周辺はまわってないかも」
 自分が給仕をしていた頃から、変わらずにいるように思えて黎が尋ねれば、言われてみればと佳槻が首をひねる。
「佳槻お兄ちゃん、お仕事まだ終わらない?」
 ひょこっ、と胡桃が顔を出す。
「あ、胡桃……。うん、ホットワインを作るのは僕だけだし……」
「時間が出来たら、教えて、ね。甘いの、一緒に食べ歩きしましょう?」
(……胡桃はこれまでの間に、どれだけ食べてたのかな?)
 素朴な疑問はそっと沈めて、佳槻は胡桃へ曖昧に頷きを返した。




 人に勧めてばかりで、ようやく自分が味わう番。
 食事スペースに着いた竜胆は、襟元を緩めてほっと一息。
「確保しておけてよかった、エッグベネディクト♪ スモークサーモンを使うっていうアレンジが良いねぇ」
 温め直してもらい、赤ワインと一緒に。
「あまり強い方じゃないから、少しだけね」
 ナイフを通すと、ポーチドエッグから黄身がトロリ。
「んー、美味しい。パンケーキから一気に豪華になるよねぇ……」
「あ、あの、先ほどはありがとうございました」
「うん? ああ。具合はどう? 大丈夫なのかい?」
「はい、おかげさまで!!」
 お姫様抱っこで運営本部へ連れて行った女性と、その友人が頬を赤らめて傍らに立っていた。
「ご一緒しても、良いですか? あっ、私はもう、ノンアルコールですが」
「もちろん。ははは、綺麗な娘さんが傍に居てくれるとワインも一層、美味しく感じるよ」
 酒に、強い方じゃない。
 かといって、悪酔いするわけではない。
 ただ…… 笑いのツボにスイッチ入るのであった。
 時折、話の流れとは無関係に思える箇所で笑い声を上げつつ、楽しい時間はゆっくりと。




 オレンジ色の太陽が、ゆっくりと沈んでゆく。
 本格的に気温が下がる前に撤収準備は始まった。
「今日は本当に、お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」
 舞台上、マイクから野崎が最後のアナウンス。
「来年も―― また、よろしくね」
 フェスティバル自体は、毎年開催されているから。
 天魔被害は決して少なくないこの街で、それでも出来る限り欠かすことなく開かれている収穫の歓び。生命の歓び。


 次の年も、どうか、こうして笑い合えますように。





依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 胡蝶の夢・ケイ・リヒャルト(ja0004)
 魔族(設定)・ギィネシアヌ(ja5565)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
 BlueFire・マキナ(ja7016)
 女子力(物理)・地領院 恋(ja8071)
 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 未来祷りし青天の妖精・フィノシュトラ(jb2752)
 ついに本気出した・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
 風を呼びし狙撃手・アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)
重体: −
面白かった!:17人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
春を届ける者・
村上 友里恵(ja7260)

大学部3年37組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
応援有難うございました!・
常名 和(jb9441)

大学部2年222組 男 ルインズブレイド
風を呼びし狙撃手・
アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)

大学部6年7組 男 インフィルトレイター