●
山間部の農園へ辿りつく頃には、すでに体はホコホコ温まり、準備運動は万端。
ジャージ。軍手。スニーカー。
完全満喫装備もOK、
「お芋が食べたい気分です」
きりっ。農園のアーチ看板を見上げ、沙 月子(
ja1773)はグイと軍手の裾を引いた。
「これが最後の収穫になるんですね……」
初めて来た場所なのに、最後の場所。そう考えると、なんだかしんみりするものがある。
月子と一緒に焼き芋を使用と約束をしている北條 茉祐子(
jb9584)もまたしかし、ジーンズ・長袖Tシャツに、パーカーと芋掘り全力スタイルである。
「居た居た。沙、北條、芋掘りってどの辺りで始める? バラバラで動いても良いけど」
篠倉 茉莉花(
jc0698)が【焼き芋】仲間の二人を見つけ、駆け寄ってくる。
淡々とした低体温な雰囲気の茉莉花だが、協調性がないわけじゃない。
適度な距離を保ちつつ、三人娘は芋畑との対峙をスタートした。
「少し寂しい気もするけれど……。一日、十分楽しませてもらおうかな」
結った黒髪を背に払い、礼野 智美(
ja3600)は周辺を見渡す。
既に思い思いに行動は開始されていた。
「まずは、依頼された『レストラン菜の花亭』への持ち帰り分の確保か」
誰かが主導するということはなかったが、出発時に渡された段ボール箱は畑の中央にあり、どうやら各自でそこへ納める形式らしい。
「……少しは、よりこのみした方が良いかな?」
今回のイベント参加に当たり、事前に芋や椎茸の調理法を確認してきたが、サツマイモであれば元の形を活かす料理もある。
レストランなら、きっと幅広い料理を出すのだろう。
さて、自分はどんなものを作ろうか。
そんなことを考えながら、智美はしゃがみ込んで柔らかな土へと指先を差し入れた。
やや離れた場所で、
「一杯掘って、持ち帰るぞ!」
元気いっぱいに息巻く少年は音羽 千速(
ja9066)。
体を動かすことが好きだし、元より田舎育ちで農作物に関する知識もそれなりにある。
美味しい芋をたくさん持ち帰って、兄弟たちの喜ぶ顔を想像して。
限られた時間内で、何日分の食料を確保できるだろう。
「秋の味覚、って言ったらイモ類よねェ……。そろそろ旬も過ぎるし、楽しませてもらうわァ♪」
黒百合(
ja0422) が、うっとりとした眼差しで宝の眠る畑を見下ろす。
(全力収穫は、他の人へお任せねェ……)
これだけ人手があるのだもの、自分の食べたい分だけ丁寧に掘り出すのもアリなはず。
枯れ葉や干からびた芋の蔓などは、別の場所へ集めつつ。
柔軟体操を済ませ、畑の一区画を己が領分として見据えるは天羽 伊都(
jb2199)。
(シイタケは、あんま好きじゃないからなあ)
ターゲットをサツマイモに絞り、兎に角体を動かしまくる計画である。
「疲れた分を食事して楽しむ! よっし、行くよ!!」
基本的にインドア派、だからといってアウトドアが嫌いなわけでもない。
やるとなったら、トコトンやろうじゃないですか。
●
精神統一からの開眼。
大きな籠を背に。首には長いマフラー。
この場所を、修行の一環ととらえているのは犬乃 さんぽ(
ja1272)であった。
「ニンポー芋掘りの術&キノコ狩りの術!」
マフラーが地に付かぬ速度で椎茸栽培場を駆け抜ける。
彼の走った後にはキノコの一本も残ってはいなかった。お見事。
「ニンジャシュギョーに、サツマイモとシイタケを採って採って採りまくっちゃうよ!」
俊足を活かし放題の、広い農園。美味しい空気。
体を伸び伸び動かすことが、とっても気持ちいい。
「わわ!?」
「おや」
サツマイモに比べて椎茸の方は人が少なくて、採ること・走ることに集中していたら、Uターンしたところで女性と衝突しそうになる。
「ゴメンなさい、ケガはなかった?」
「ああ、平気だ。そちらこそ、足を捻ってはいないか?」
勢いの良いさんぽへ、天風 静流(
ja0373)が穏やかに笑いかけた。
とっさの跳躍、くるりと宙返りで着地をしたさんぽが、冷や汗の流れる額を拭う。
「ボクは大丈夫! つい夢中になっちゃって……」
「たしかに、この静けさでは集中力も増すな」
かくいう静流も、気づけば黙々とシイタケと向き合っていた。
普段の買い物でも、ここまでじっくり眺めることは無いはず。
「閉園……か。折角のご厚意だし、有難く貰って行くか」
「勿体ない様な寂しい様な……。せっかくだから、全力で思いっきり、採っていきたいね!」
「……そうだな」
楽しむ姿を目にすること、それも依頼者の望みだった。静流の心の中に掛かっていた軽い靄が晴れてゆく。
「それにボク、美味しい物食べられるの凄く嬉しくて♪ じゃあ、またね、天風先輩!」
「気を付けるんだぞ、行ってらっしゃい」
元気が全身から溢れる少年を見送ると、彼女の唇には自然と優しい笑みが浮かぶ。
「誰か誘えば良かったろうかとも思ったが……。ここでの出来事でも、土産話にしよう」
収穫物を持ち帰り食卓に並べたのなら、きっとそれは楽しい話になるだろう。
「これも時代の流れという奴か……。せめて、いい思い出の日となるといいな」
「残念でスけれど、折角なので沢山ご馳走ニなるのでス♪」
穂原多門(
ja0895)と巫 桜華(
jb1163)は、二人並んで雑談を交わしながらのシイタケ採り。
なじみ深い食材だけに、こうして木から生えている姿、手ずから採る感触というのはなんだか不思議なものだ。
「酒の肴に焼きしいたけは鉄板として…… そうだな、桜華ならどのように調理する?」
「んー。中華風卵スープに刻んデいれたり、肉詰めで片栗粉つけテ焼いてモ美味しいですよネ♪ 多門サンのお好きなお酒にも、よく合いそうでス」
桜華は未だ酒を飲めない年齢だけれど。いつか、一緒に楽しめたらと思っている。
「まあ、その……なんだ。酒の肴も良いんだが……、たとえばシイタケ入りの味噌汁なんかを作ってもらえると 嬉しいなどと……思うわけだが」
照れ隠しの咳払いを交えつつ、思い切って切り出してみる。
「味噌汁、ですカ? ハイ、ウチで良ければいつでも作って差し上げマスですヨ♪」
対する桜華は、深読みなしの満面のニッコリ。
「……楽しみだ」
深読みをしなくても、既に本懐は伝わっているのだと……思いたい。
●
(……閉まってしまうのか……)
学生たちでにわかに賑わう農園を眺め、明日にはそのすべてが無くなってしまうのだという現実にカイン・フェルトリート(
jb3990)は寂寥感を抱いていた。
「カインは椎茸に行くのかな……?」
「……ん。立派なの……とってくる……」
ぼんやり立っていると、ケイン・ヴィルフレート(
jb3055)から声を掛けられる。
人好きのする笑みへ、カインはコクリと頷きを返し。
「私はサツマイモ堀りをするよ〜。あとで見せ合いっこしようね〜」
手を振り合う二人の間に、たいそう立派なニョロリとしたものが飛んできた。
「!?」
「!!?」
「愛しい殿方の前でしたらキャーぐらいいいますけど、ねぇ……」
飛んできた方向を見れば、波打つ銀髪の後姿が畑へ黙々と向かっている。
「……にゅるにゅるは……苦手……」
反射的に後ずさり、密かに震えるはカイン。
「……女性は…… 強いね〜……」
振り向きもせず放り投げたディアドラ(
jb7283)へ、笑みを送るのはケイン。
ディアドラは白い肌を土で汚しながら、つなぎ着用で全力でもって芋掘りに挑んでいた。
時折、ご立派なミミズと遭遇しては動じることなくポイッとしている。
「……あら。カインさんとケインさん、いかがなさいましたの?」
まさか、ミミズが怖いだなんて? まさか。
美しく微笑む彼女へ、男性陣はそっと首を横に振るしかなかった。
「たくさん採って、スィートポテトを作りますわ!」
「美味しく出来たら、御年99才の経営主さんにもあげたいね〜」
秋空へ向けて、日比谷日陰(
jb5071)がアクビを投じる。
(さて、のんびりまったり過ごすとするかねぇ……)
「お芋が採りつくされてしまいますわ! 叔父様も早く早く! ですわ!」
「地味に痛い」
適当に見つけた敷物ごとひっくり返され、顔面を打った日陰がのっそり起きる。
顔を上げれば、姪っ子・日比谷ひだまり(
jb5892)がキャッキャとはしゃいでいた。
「ひだまりも姉様と頑張って採りつくしますの!」
「叔父上……捕まえた」
ひだまりの姉・日比谷日向(
jb5893)が籠を差しだす。
「はぁ、仕方ねぇなぁ……」
可愛い姪っ子ふたりに捕獲された以上、抗うことなどできやしない。
「……な、なかなか重いのですわ」
「ああ、そういう時はな、周囲の土から掘ると楽だ」
「花ちゃん、手伝って欲しいのですわ!」
日陰のアドバイスを基に、ひだまりはヒリュウの花ちゃん召喚!
「そうそう、土を掘っ きゃあ! 虫さんですわーー!!」
「まき散らすな、ひぃ」
勢い余った花ちゃんが、数匹のミミズさんをトルネード状に巻き上げ、日陰や日向を襲う。
「…………」
「ひゅう? 肩にミミズ乗っけたまま、どうした」
ヒョイと摘まんでやりながら、日陰が日向の手元を覗きこむ。
「あー……」
うまく抜けず、芋が折れてしまっていた。
「ほれ……スコップ使えば楽だぞ?」
しょんぼりしていた日向が、叔父から手渡された秘密兵器に反応した。
(今度は……周囲の土から……芋を傷付け……ないように)
化石採掘か、と叔父は緩く笑い、ポンと日向の頭を撫でた。彼なりのエールだ。
「って、またサボリやがろーとしていますわね、叔父様!!」
(秋やなぁ……)
レストランへ提出分の芋は採り終えて、宇田川 千鶴(
ja1613)はボンヤリと空を見上げる。
薄い青、空は何処までも高く高く。
遠方では紅葉が始まって、山の峰は微かなグラデーションが掛かっている。
「秋ですね〜」
千鶴は言葉にしていないのに、応えるように石田 神楽(
ja4485)がにこにことして呟く。
それが二人にとってのごく自然。向かい合って芋掘りをしながら、神楽は土からコンニチワしたミミズさんを見なかったことにして土へ戻しつつ。
「……? 芋の蔓、って分けた方がええんやろか」
ふと、傍らに寄せていた蔓の山へと千鶴が目をやり首を傾げた。
「ああ、蔓から根付きますよね」
「植物は……たくましいな」
これで、おしまい。農園の経営者がそう決めたって、植物たちは知らない。
生ある限り、繋げようとするだろう。
「お、でかいミミズ」
芋掘りに紛れて傷つけることのないよう、千鶴は軍手で摘まむとポイっと後方へ投じる。
「千鶴さん、投げたら誰かに当たりますよ」
「毒を持ってるでなし、安全やん?」
神楽がそっと立てたフラグに気づくことなく。
「バターとアルミホイル持って来てん。焚火して食べたいな」
「秋の風物詩ですね〜」
忙しい日々の合間、ちょっとした休息を二人は満喫していた。
「最近さぁー、依頼で身体がガタガタだから、こういうイベントで癒されたいんですよね」
つい先日も重体になったばかり、回復したから大丈夫と言えば大丈夫なのだけど。
ひとしきり芋を掘り、若杉 英斗(
ja4230)が腰を上げ大きく伸びをした、ところへミミズが投擲されてくる。
千鶴の一撃である。
「俺の盾は、ミミズ一匹通しはしないぜ!!」
スコップを緊急活性、顔面直撃を回避したところで遠方の二人が振り向いた。
「若杉さん、来てたんや」
「だから言ったでしょう、千鶴さん。誰かに当たるって」
「後ろは自分が守りました」
ちょっと休憩、と英斗が二人のもとへ歩み寄る。
「こんだけ大きい農園が潰れるって、少し寂しいもんやねぇ」
「もったいないですよねぇ」
千鶴の言葉に英斗が頷き、
「実際、農家という職種を選ぶ人は少ないのでしょうね〜。寂しい事です」
「農業の後継者不足は深刻なんですね」
神楽としみじみ語りあう。
「……あれ」
(あの天使?)
会話の途中、離れた場所で黙々と芋掘りをしている小さな背中に気づき、英斗が顔を上げた。
幼馴染が『今回のイベントに行ってるはず』と話していたのは、あの子の事だろうか。
「どうかしましたか? クマでもいましたか?」
「いえ、狙撃するようなものではないです」
肉厚の物を選んで、シイタケ段ボール二箱分。
栽培場から農園入口まで運び出し、グラン(
ja1111) は額の汗をぬぐう。
(日本農家の後継者問題は深刻なようですが、この機会を良い経験にかえたいものですね)
天魔と戦う撃退士だって、エネルギー源は大地から頂戴しているのだから。
「おや、あの背中は」
さて、次はサツマイモを――そう身を返した青年は、見覚えのある後姿を発見した。
「ラシャ君も来ていたのですか?」
学園指定のジャージ姿、細い肩がビクッと跳ねる。
「え…… あ。あの時の」
「大学部3年のグランです。怪我の具合は、もう良いのですか?」
「……あ、ありがとな!! アンタが機転を利かせてくれたおかげで、掛けた迷惑も最小限に………… すまなかった」
少年堕天使が崖上空から落ちて翼をヘシ折った一件へ、深く関わっていたのがグランだ。
ちなみに英斗の幼馴染も同行しており、少年を直接治療したのが彼女に当たる。
立ち上がって勢いよく礼を告げたかと思えば、青ざめて謝罪に変わる。
己の不注意で要らぬ手間を掛けさせたことを思い出す。
金髪の少年へ、それ以上の気遣いは不要と微苦笑しながらグランは話題を変えた。
「芋掘りは…… 初めて、のようですね」
「あ、うん。なかなか思うようにいかないな」
折れたり、スコップで傷ついてしまったサツマイモが、蔓に繋がったまま籠へ詰まれている。
「この時期でしか体験できない『勉強』です。――せっかくですから」
「グラン、いつもそんなの持ち歩いているのか?」
「初めてさんがいるかと思いまして」
すっと図鑑を取り出したグランへ、ラシャが呆れ声を出す。
「例えば、サツマイモの生態。根本を知れば、収穫の仕方もわかるというものです」
捲るページの豊かな色彩に、人界知らずの堕天使は身を乗り出した。
「提出分のシイタケは準備し終えましたが、あとであちらにも行ってみましょう」
「キノコの図鑑もあるのか」
「『新しいことを知る喜び』には、これが一番です」
●
忍法『高速機動』に迅雷を乗せて、縦横無尽に畑を駆ける姿が一つ。
能力の無駄遣い以外の何でもない? いいえ、有効活用です。
「この区画は終了かな」
ゆっくりと歩いて掘り残しが無いか確認しながら、天宮 佳槻(
jb1989)は両手の土を払う。
「芋は焼いても蒸しても夜食に最適だからな。油で揚げてもいいし。頼まれた分の確保も完了したことだし…… どれだけ持ち帰ろうか」
佳槻一人で収穫しただけでも大量にある。
「管理状態に気を配れば、芋も長期保存できるか。椎茸は……干し椎茸に出来るか? 生よりそっちの方が潰しが効きそうだけど」
せっかく持ち帰って、腐らせてしまってはもったいないし申し訳ない。
「まあ、いざという時は――」
学園で出来た『家族』、それに部活を通じた人間関係。
決して交友範囲は広い方ではないだろうと思う、それでも反射的にいくつかが思い浮かんだことに、佳槻自身が少し驚いた。
佳槻は複雑な経歴を持ち、『感情』そのものへ距離を置いて考える癖がある。それは、自分に対しても他人に対しても。
(けど)
いざという時は、やっぱり『彼女たち』が食べてくれるのだろうと思う。
「うん、もう少し詰めていこうか」
「しっかし、立派な畑やなあ」
ひと段落がつき、葛葉アキラ(
jb7705)は豊かな畑の土をさらりと掬った。
体験系をメインとしていた、ということは、ここの作物は一般の店に並ぶわけではない。
にもかかわらず、手塩にかけて育てられたことは芋一つとってアキラには解かった。料理人の嗅覚というやつだ。
「これまで、おイモさんを美味しいしてくれてたんやな」
もぞもぞと土の下で蠢く気配へ、笑みをこぼし。
「閉鎖やなんて勿体無いなぁ……。ま、しゃーないことやし」
心無い管理者の手に渡り荒れ果てることがあったなら、その方が気の毒というもの。
スパンと気持ちを切り替え、アキラは提出分とは別に採っていた芋を籠ごと持ち上げる。
「最後の収穫、手伝わせて貰たところで、美味しいモンの1つでも作ろか」
(うちはサツマイモごはんでも作ろかな?)
収穫の際に傷ついてしまった芋も、調理してしまえば等しく美味しく。
栗ごはんと似た感覚だが、サツマイモにはサツマイモの魅力がある。
「山奥やもん、お水も美味しいで、これは」
美味しいご飯の秘訣は、何より水。
だんだんと楽しくなってきて、アキラは鼻歌交じりに調理場へと向かって行った。
●
「閉園しても、良い土を作り続けて下さい」
ぽん。
樒 和紗(
jb6970)は太陽の暖かさを含む土を軽く叩くと、今は見えない『畑の友』へと声を掛けた。
(閉園とは寂しいですが、御事情が御事情…… それでも、育まれた土は、きっと)
無駄にならない未来であればいいと思う。
(今日はせめて、俺に出来る事を精一杯……)
気持ちが、経営者であるご老人へ届けば、と思う。
和紗が調理場へ到着すると、そこは既に賑わいを見せていた。
「お料理練習中ですの! 最近はだいぶ上手くなったんですわよ」
食材を、危なっかしい手つきで切ってゆくのはひだまり。。
「料理……は片付けながら作るのが基本……で、作り終わったら……洗い物は少ないように……する」
日向は洗い物を運ぶ傍らで、ひだまりの様子を優しく見守りつつ、
「『ひぃ』……サツマイモのシッポ、もらっていく……ね」
混入しそうなモノを、そっとフォロー。
「お豆腐、白滝、白菜…… お肉は、猪さんだけだと寂しいかと思って他にも用意してみました♪」
にこやかに鍋の支度をしている村上 友里恵(
ja7260)の後方で、佳槻が難しい顔をしている。
(猪肉は鍋に牛乳を入れると柔らかくなると聞いて、牛乳も持ってきたけど…… 通常の鍋になっているな)
友里恵の作る鍋自体に異常性は見当たらない。
自分はここで、牛乳を差しだすべきか否か。問題は、そこである。牛や豚には、どうなのだろうか。
「……。鍋もいいけど、串焼きとかもあるといいな」
結論:回避
「シイタケにマヨネーズをかけて焼くシイマヨ焼きとか、塩を振って炙る塩焼きとか…… 夢が膨らみますね♪」
椎茸をたくさん採ってきたのです。
踵を返す佳槻へ、気配を感じた友里恵が微笑みかけた。
「ボクも串焼き、食べたいな! 肉厚シイタケ、きっとすっごく美味しいよねっ」
まずは、串に刺すところからだ!!
道具を一揃え運んできたさんぽが参加する。
「鍋用の猪肉は、焼き肉風に網焼きでもいいかも?」
普段の食事は簡単に済ませがちで、こうして時間を掛けて何かを食べるということは珍しい。
ただ、想像を巡らせることは嫌いじゃない、色んな声を拾って繋げて佳槻は幾つかの提案を弾きだす。
「楽しそう! 網焼きの方はボクも手伝うねっ」
「……闇鍋化だけは、俺が止めるか。安心しろとは言えないが」
危険物混入時に、いつでも取り上げられるようワイヤーの準備をしながら日陰が少年たちへ声を掛けた。
真剣な表情で、ドラムコンロと調理台を行き来するのはディアドラ。
「美味しいの……好き。手伝う……よ」
「あら! カインさん、ありがとうございます。早速ですが、こちらの御芋を『暖かいうちに』潰していただけますか?」
温度の期間限定、が何やら高難度に聞こえたのは気のせいだろうか。
「やぁ、料理してるところはさすがに女性だね〜」
「ケインさん?」
にっこり。
「……いやぁ、含みは無いんだよ本当だよ〜」
汗だらだらで、ケインは笑顔を浮かべたまま話を逸らす。
「……これ……大きくて、立派……」
ハッとして、カインが本日一番のシイタケを取り出した。
二人に見せようと、わかりやすいところに置いていたのだ。
「きっと美味しい」
きりっ。人間界の料理本で、色々な写真を見ていて、そのどれもが美味しそうでカインは食べたことが無かった。
(皆で食べれたら、嬉しい)
楽しみで、カインは不器用ながら一生懸命にディアドラの指示に従った。料理上手は教え上手、カインにもわかりやすく説明してくれる。
「さ、あとは形作って完全に焼いて出来上がり! 形作り……ケインさんも、できますわよね?」
にっこり。
(さて、と)
美味しそうな匂いが漂う中、和紗は茹で上がったサツマイモを裏ごししていた。
「上物ですね……。綺麗な黄金色」
キメも細やかで、難なく裏ごし網を通る。
「甘みも充分。これなら砂糖は控えめでいいですね」
素材の味を前面に、砂糖はほんの少し、支え程度で。
難しいものじゃない、ちょっとした手間を加えることで、立派な『和菓子』へと姿を変える。
小さな盆に、お茶と共にのせられた黄金のそれは『秋の味覚』を体現していた。
「宜しければ、お茶をご一緒して頂けませんか?」
和紗が向かったのは、農園の片隅で今日一日を見守っていた経営者である老人のもと。
そろそろ日が傾きはじめ寒くなってきた頃合いに、熱いお茶は嬉しいものだ。
「俺にも実家に祖父がいますので、こういう空気は懐かしく。これまでの農園の話等、聞かせて頂けたら嬉しいです」
「菓子は、娘さんが作ったのかい?」
老人は相好を崩し、和紗の手から盆を受け取った。
それまでは寂しそうな表情をしていたのが、暖かみを帯びたものへと変わる。
「こうして、老人の話を聞いてくれるなぁ嬉しいことよ」
和紗も笑顔で頷き、それからスケッチブックを取り出す。
「皆の楽しい姿、形にも残しておきますね」
●
畑のあちこちで、小規模な焚火が行なわれていた。
真っ先に、良い香りを漂わせているのは黒百合。
芋、だけではない。
あの香りは何だと、周囲が振り返る。
(ふふ〜〜 最高だわァ〜?)
アルミホイルに包んだ芋は、燃える枯れ葉などの更に下へ埋めて。
周辺には、事前に醤油へ漬け込んだイノシシ肉を串に刺し炙り焼き。
これが香りの出どころだ。
「イモだけだったら、さすがに飽きちゃうものねェ〜? ん〜〜〜っ、美味しい」
食べるペースに合わせて串焼きを用意しながら、そろそろ頃合いだろうかとイモも取り出す。
シンプルに塩。
贅沢にバター。
「やっぱりじゃがバター最高よねェ、これぞ秋の味覚って奴よォ……♪」
ホクホクの焼き芋を、はふはふ頬張って。時折、イノシシ肉に齧りつき。
なんという、至福の時間だろうか!
「こういうのって、シンプルなんが美味しいんよな」
「食材の味が引き立つ、ですかね」
二人で夕暮れと焼き芋を楽しむのは、千鶴と神楽。
椎茸は、バターを乗せて醤油を掛けてのホイル焼き。
「こちら、火が通りましたよ。どうぞ」
「おおきに、熱ッ、……はふ、あったまるわ」
「お水もお茶もありますよ?」
火傷をしないよう、もそもそ食べる彼女の様子に、神楽はにこにこしながら紙コップを手渡した。
「それにしても、いっぱい採ったなあ。少し持って帰る?」
自分たちは、自分たちの食べる分だけ確保できればいい。最初は、そう考えていたけれど。
「お菓子とか作るか……」
「サツマイモでお菓子ですか?」
「神楽さん、なんか作れる?」
こくりと頷き、千鶴が問い返す。
「パウンドケーキやクッキーが王道でしょうか……。後はスイートポテトですかね〜」
スイートポテトとなると、神楽も簡単に作り方を思い出せない。
ざっと材料を脳裏に浮かべ、そこから手順を辿ってゆく。
「ケーキか、えぇね」
「では、帰ったら一緒に作りますか」
にこにこ。
「それを持って、休日に散歩も良いと思いますよ」
「前向きに、考えとく」
秋の日の散歩。嫌いじゃない。
一緒に何かを作って、何処かへ出かける。本格的に寒くなったら無理だろうから、それは魅力的な誘いだった。
額の汗をぬぐい、月子が満足げな表情を浮かべている。
「ふっ…… 盛大な焼き芋が、今ここに! です!!」
「沙先輩、お手伝いしますね」
「あたしもご馳走になるから、手伝えそうなことがあったら手伝うよ。……その、バケツと新聞紙は何に使うの?」
茉祐子と茉莉花も彼女の下へ集まる。
「新聞紙を濡らして、芋に巻くのです。その上に、アルミホイル。ひっくり返しながら焼くんですよ〜」
「手が込んでるんだね」
「その分、おいっしいですから!」
人手があれば、地道な作業も苦にならず。
「焼き芋やってると聞いて来てました。順調に進んでる?」
月子と交友のある英斗が、ヒョイと後ろから覗き込んできた。
「順調です! 一緒に食べていきませんか?」
「それもいいかな」
「あ、少しだけホイルに包んで焼いても良いですか? ホイル焼きもおいしいかなって。椎茸もありますし」
お醤油とバターも持ってきました。茉祐子が、そわそわとアレコレ取り出す。
「ラークシャサさんにも勧めてみようかなって思ってたんですよね。こういう野外での楽しみ方とか、きっとまだ知らないんじゃないかなって」
「大勢で食べるのが美味しいと思います。お誘いに、お芋の一つでも持って行っていきませんか?」
「あ、それなら俺に任せて」
「熱いので気をつけて下さいね」
「うわぁっちいいい! あっつあっつ……!!」
「いや、そこまでオーバーにするほどでもないんじゃん?」
冷静な茉莉花へ、
「これが、リアクション芸だ!」
とのこと。
「んん、甘〜♪ ホックホクで美味し〜!」
慣れているのか、月子は動じず。
●
大きなお鍋、串焼き網焼きそれぞれが美味しく出来上がり。
丸太を半分にしたテーブルで、思い思いの食事タイム。
鍋を3人分の小どんぶりにとりわけ、日陰が姪っ子たちの元へ。
「叔父様ありがとうございますわ!」
「おいしいね……『ひぃ』、叔父上」
日比谷家、穏やかな食卓。
(花ちゃん、花ちゃん……)
その下で、ひだまりは苦手なシイタケを召喚獣の花ちゃんに食べてもらおうかと四苦八苦。
喚んでしまえば、どう足掻いても見つかってしまう。
苦手なことは身内ですもの、二人とも知っている。
(こ、こ、ここは)
「お、大人のレディは好き嫌いなんてねーものですわ……!」
ぱくん!
思い切って口に含み、二・三回噛んで丸のみ。
「好き嫌い気にせず、こんな時ぐらい楽しんだって構わんだろ?」
微笑ましく思いながら、日陰が残るシイタケを引き受けた。
(成長は早いなぁ……)
日向は、そっと妹の頭を撫でて。
「天風先輩、お芋できたよ、はい!」
「ああ、ありがとう」
限られた場所を分け合っているので、串焼きの合間に蒸しあがった芋を、さんぽが静流へ手渡しを。
「食べ応えがあるな」
「食べ過ぎたら、お腹の様子に注意しないとね、例のアレがね、アレだからね」
ふるふると伊都が首を振りつつ、未調理の芋の山に目が行った。
「提出用を差し引いても、ずいぶん残ったよねぇ。家族用に、たまにはボクから仕送りとかいいかもかな」
(両親と妹宛に送ろうかな、たまにはね……)
「サツマイモごはん、炊けたでー。食べたりん育ちざかりは、遠慮なく食べたってな!」
そこへ、アキラが登場。
「ウチは、御老体に差し入れしてくるよって!」
●
調理場で呆然と突っ立っている少年を発見し、友里恵は鍋の物をよそってやる。
「これもシイタケとサツマイモでできているんですよ♪」
堂々と嘘を吐き、豆腐と白滝の碗をラシャへ。
「へー、すごいな! あの茶色いのが、それが真っ白だったり透明だったりに」
「なりません♪ それは、お豆腐と白滝です」
「!?」
「ラシャさん、……高いところが苦手だとか」
「うぐ、だ、誰がそんな」
「高い所の事を、逆に『自分より頭が高い者は居ない』と考えれば、苦手意識も薄れるかもですね♪」
一理あるだろうか。少年は考える。それから振り向く。身長188cmのグランが見下ろしている。
尚、何事も真に受ける少年が罠に掛からないよう、そっと見守っているようだ。
「……無理、だと思う」
※友里恵は身長の話をしたわけではありません
「あっち、あちちちち! こいつは活きのいい焼きイモだな! ほら、君も食べる?」
そこへ、月子特製焼き芋を手に英斗が顔を出した。後ろで、茉祐子が笑いをこらえている。
「焼き芋に活きなんてあるのか?」
「まぁまぁ、食べてみてよ。向こうで、たくさん焼いてるんだ」
「シイタケのホイル焼きもあるんです。お口に合えば良いんですけれど」
「焼き芋…… 私、気になります」
お鍋を少し、分けましょうか。
手を打ちならし、友里恵が準備を始めた。
賑やかになってきて、それを肴に多門と桜華はゆっくりと食を進めていた。
小さな鍋で、二人分のボタン鍋。
多門のグラスに冷えたビールを、桜華が注いで。
「シシ肉は癖があるが、味わいも深いな」
「ぼたん鍋初めてでス! お鍋をつっつき合うの、楽しいでス♪」
一つの鍋を、分かち合う楽しさ。それもある。
採ったばかりのシイタケやサツマイモも、薄切りにして彩りに。
「ン、よく火が通ってますよ、多門サン」
桜華は食べごろの肉を掬い、ふーふーしてから『あーん』と彼の口元へ。
一瞬だけ照れを見せ、それから多門もありがたく頂戴。
「それでは、今度はこちらから」
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茶巾絞りにスィートポテト、サツマイモご飯をたっぷり頂戴し。
ご老人も、幸せそうだった。
これから冬が来て、春を迎える頃にはこの土地の行く末も定まるのだろう。
少なくとも、こうした農園からは姿を変えるはず。
それでも、変わることのない思い出を貰ったと、老人は話した。
「まあたまにはこういうのも、いいもんだなぁ」
「お芋いっぱいですわね、一緒にスイートポテト作りたいですわ! 姉様!」
「『ひぃ』は料理上手に……なったね、大学芋もいい……と思う。叔父上も一緒に作……ろう?」
日比谷家三人は仲良く手を繋ぎ、迎えのバスが待つ場所へ。
いただきます。
ごちそうさま。
普段の何気ないことが、なんだかとっても特別に感じた、そんな一日。