●一方通行の話
「柏木部長ー!」
昼休み。彼女を訪ねる、同学年の男子生徒。
「こないだの件、どーなってる?」
親しげにウィンクを飛ばすのは愛智 勇希(
ja6194)。ここ数日で、柏木陽子に急接近している要注意人物だ。
「今日の放課後にでも一緒に……って思ってんだけどさ!」
「よかった……待ってたの。ありがとう」
陽子ちゃんは滅多に見せる事のない、柔らかな笑顔を勇希へ向ける。あぁ、そのまま、もう少し首の角度をこっちに……!
「あれでしょうか」
「あれね」
物陰からスマホで高等部二年某教室入り口を連写する一般人女性を、更に物陰から眺めるのはレイラ(
ja0365)と東雲 桃華(
ja0319)。
「思い込みのベクトルを変えてあげられたら、いいかも知れません……」
「あんなことをしても、きっと想いは伝わらないというのに……」
恋する乙女は魅力的に見えるなんて、きっと都市伝説だ。残念極まる姿を目の当たりにして、二人は揃って肩を落とす。
しかして、『想ってるだけで充分幸せ』そんなことも無いのだ。
(私も彼女と同じで、今……。でも、だからこそ……私は彼女の事を許せない)
「本当に相手の事を想っているのなら、決してそんなことは出来ない筈だわ」
(もし私が同じ事を彼にしたのならば、彼はきっととても困ってしまうでしょうから、ね)
「え?」
「なんでもないわ。……えぇと。彼女の名前は――」
独り言を打ち消して、桃華はレイラが隠密行動で調べ上げた資料に目を落とした。
「ねぇねぇ! 『ストーキングキューピッド』って知ってる?」
「アレでしょ、ネットで見たー! この学園に潜んでるってホントかなぁ」
女子生徒達の噂話が、二人の前を通過していった。
「……あれは?」
「影野さん、でしょうね」
影野 恭弥(
ja0018)は今回、完全な裏方に徹している。
人伝だけの噂では足が付くからと、ネットの掲示板もフル活用して情報操作をしているのだ。
依頼人、爆弾女とも一切の接触を持たない。それもまた、今回の件では大事な役割の一つであった。
「それにしても、これで振り向かないとは恐ろしい集中力ですね」
勇希は既に去っている。爆弾女は、その後も頬を紅潮させ、陽子を見守っている。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「気をつけて」
桃華は爆弾女――名を立花リカ、彼女と直接会話しておくことを望んだのだ。
レイラにも、深入りはさせない。
そこは女同士、すべて言わずとも通じる。
レイラは桃華が立花に接触するのを見届けてから、桐原 雅(
ja1822)が追っているもう一つの『裏』、立花へ想いを寄せる男性がいるかどうか……そちらの詰めへと向かった。
●これは恋の噺
終業の鐘が鳴り、学園内が部活だ依頼だとざわめきだす。
特に高等部は生徒数も多いことから、毎日なにかしらイベントが起きているようなものだ。
さて、それでは本日は。
「恋愛成就の七不思議があるそうです。一緒に聞きに行きませんか」
村上 友里恵(
ja7260)が、手を振り柏木へ呼びかける。彼女の後方に立花がいることをしっかり確認した上での行動だ。
柏木の隣に立っていた勇希が手を挙げ、親しげに友里恵に声を返す。
「あれ、友里恵じゃん! 柏木部長のトコに来たってことは、もしかして?」
「愛智さんも、御存知でしたか」
そこで始める小芝居。
「あったりまえだろ、オレが恋愛話を逃すわけがねェ! 恋愛成就の七不思議と来たら、柏木部長に取材してもらうのが一番だと思ってな!」
「取材って、もしかして、今日の放課後のことですか?」
「ソレソレ! 玄関ホールで坊主が独演会を開くらしいじゃん! こんな面白い話、逃す手はナシだろ!?」
勇希のオーバーアクションに、道行く生徒達の何人かが振り返る。
「最近流行ってる恋愛成就の七不思議って知ってる?」
他方、立花の真後ろで雅が誰とも知れぬ生徒へ声を掛ける。立花の耳へ、キッチリ入るように。
「詳しい内容は或瀬院さんが話してくれるよ! 今日の放課後、これからだね!」
玄関ホール。
講談師よろしく誂えられた即席の高座に着くは或瀬院 涅槃(
ja0828)。
噂を知る者・知らぬ者・流した者、押し合いへしあい事の起こりを楽しみにしている。
友里恵と勇希が柏木と付属品の立花を引き連れてくる。少し離れた位置では、棒付キャンデーをくわえた恭弥が立花の動向に気を配っている。
場は、整った。
そこで、涅槃はようやく口を開いた。
「此度は拙僧の小話を聞きに来て頂き、感謝感激雨あられ。この題目に釣られて来たと言うことは、皆……恋愛に興味有りといった所かな?」
間を取って、意味ありげに周囲を見渡す。女子たちがキャアキャアと騒ぐ。
「今回お話しする七不思議。恋愛成就とはいうものの、ただの恋愛話とは一味違う。しかも、その味がちょいと濃い目ときたもんだ。それというのも……」
バン、卓を叩いて調子を取る。
「『ストーキングキューピッド』」
楽しげな雰囲気が、一気に不穏なそれとなる。
噂を知る者・知らぬ者・流した者、それぞれが思い思い思惑通りの話をする。
「ストーキングって、ストーカーよね? ストーカーがキューピッドって、どういうこと??」
雪室 チルル(
ja0220)が大きな声で、大多数の意見を代弁する。
「ストーカーに取り憑くのが『ストーキングキューピッド』だって聞いたよー」
「キューピッドまでストーカー? ストーカーのストーカーとか居たら、超お似合いなんだけどなー」
噂を耳にしたらしい女生徒の声に勇希が発言すると、どっと笑いがおこる。
どうやら『ストーカー行為を繰り返す者』を特定し、取り憑くものらしいと、周囲に伝わる。
「取り憑かれちゃうと、恋人が出来なくなっちゃうんだって……」
「本当? それってすごく怖いわね!」
噂を知らない者・代表のチルルが、雅の発言に大きな相槌を打つ。
そこは『学園七不思議』、『不思議』と『怖い』が表裏一体となる妙である。
とうとうと涅槃が語り、勇希が「よッ!」と合いの手を入れる。
「ストーキングキューピッドが取り憑く。すると追い回す相手にゃ恋人は出来るが、憑かれた当人の恋は永遠に実らない。祓いたければ、ストーカー行為を止め、想いを相手に直接伝えなければならない最大の試練が待っている。伝える勇気があるのなら、そもストーカーなどしないが道理」
涅槃の弁に、それもそうだと一同が笑う。
「恋すんのは罪じゃねぇ! でも無許可なストーカー行為は犯罪だ! エスカレートしていつかは逮捕なんてコトになったらカワイソーってなワケで、キューピッドが教えてくれてんのかもな。愛の使いだもんな!」
「そっか。逆に言えば、ストーキングされると知らないうちに恋愛成就しちゃうってことかしら!?」
「それはとても素敵ですね」
勇希、チルル、友里恵が連携して、『ストーキングキューピッド』そのもののフォローをする。
「それで『恋愛成就の七不思議』、かぁ」
詳細を知らされていなかった柏木も、関心して聞き入っていた。
「想いは直接伝えねば、実るものも実らん。まぁ、一種の教訓とも言えるかもな?」
「ねぇねぇ! 『一度祓った者が再びストーカー行為を行った場合、キューピッドが永遠に取り憑いてしまう』っていう話も聞いたの!
それって本当なのかな??」
チルルの質問に、涅槃はニヤリと口の端を上げる。
「さもありなん。いやはや、七不思議とは実に面白いものだ」
――不思議は不思議のままに、幾つもの不思議を連れて、ひとつがふたつ、ふたつがみっつ、やがてななつとなりにけり。
ババン。涅槃は卓を叩き、講談を終えた。
●それは恋の話
イベントが終わり、楽しかったと去ってゆく者、思い当たる節があるのか詳細を涅槃に訊く者、三々五々に分かれてゆく。
勇希たちは、友里恵が用意してくれた椅子に座ったまま、七不思議についての雑談を続けていた。
いつの間にかさりげなく、雅とチルルも輪に加わっている。
少し離れた位置に立花、更に恭弥。
レイラと桃華は別行動を続けており、姿は見えない。
気づく者があれば、ちょいと奇妙な連鎖の構図。涅槃は友里恵からの差し入れである飲み物を口にしながら、ホール全体を見守る。
「あはは。おもしろかった。柏木部長はどう? 七不思議は別として、こう、一方的熱烈に想われるのって!」
勇希が、さらりと爆弾を仕掛ける。
察した柏木も、やや緊張した面持ちになる。
「そうね。私だったら―― やっぱり直接、告白してほしいわ。盗撮、非通知無言電話、日用品の窃盗、なんて困るもの」
「それはストーカーの域だな!!」
まずいまずい、我慢の限界を越えているらしく、柏木の直接的な発言に、勇希が笑い飛ばす形でフォローを入れる。
「そうなのよ!」
ガタン、柏木が勢いよく席を立ち、振りかえる。
「陽子ちゃん……」
立花もまた、立ちあがった。心なしか、目元がうるんでいる。
一同が、ゴクリと息を呑む。
恭弥だけが『これは駄目だ』と先に首を振っていた。
「知らなかった。そんなに、私の事を待っていてくれたのね!! 嗚呼、私の可愛い小鳥さん!」
「「ダメだった!!!」」
抱きつく勢いの立花を、チルルと雅が精いっぱい押さえ、
殴りつけかねない勢いの柏木を、勇希と友里恵が押さえる。
「聞いて陽子ちゃん。私は真剣なの。貴方を想うと夜も眠れなくて、お休み前に声が聞きたくて」
「どう考えてもお休みという時間帯だけじゃなかったわ! 非通知着拒に気づいてから、あらゆる番号でかけてきたでしょう! 斡旋所の番号からも掛けてきましたよね!」
「だって私、斡旋所でバイトしているのだもの。私用電話は良くないって思ったけど……」
「…………」
絶句。そこか。
「不定期シフトだから、まだまだ知らない方も多いと思うけど。不安な中で陽子ちゃんの姿だけ、輝いて見えたのよ」
「たまたま、昔の知り合いってだけでしょう!?」
「それが、運命だと思うの。この広い学園島で、お別れした人もたくさんいる……だけど、再会できたのは陽子ちゃんだけ。ああ、貴方は私の太陽」
『一方的な』お別れだろう! そして学園島なのだから生徒との再会率は推して知るべし!
「偶然の再会、それを運命だと呼ぶなら――」
そこへ、桃華の声が凛と通った。
「こちらも、運命となりますか?」
続くはレイラ。
そして……
「立花さん。君が……その、迷惑行為を続けていると聞いてね」
2人に連れられて来たのは、柏木と立花の接点であった、レストラン菜花亭のマスターであった。
「あれは、アリなのか?」
「ナシです。かつての雇用者として、保護者意欲が駆り立てられたらしいです」
涅槃の問いに、レイラが残念そうに首を振る。
柏木、立花、マスターが話し合いを始めたところで、恭弥も含め、全員が涅槃の元へ集まり互いの情報を曝け出した。
「立花さんのことを、いいなって想う方は居ないこともなかったのですが……柏木さんへのアプローチを知り、皆さんドン引きで終了、ということでした」
ここしばらく、桃華と一緒に立花の周辺を調べていた雅がしょぼくれる。
恋の連鎖が上手く繋がりハッピーエンド、とはいかないようだ。
「そのことだけなら、体のいい虫よけとしての行動……と受け取ることもできなくはないけど」
彼女と直接話した桃華が、遠い目をする。
「恋も……様々ね」
話の内容は女同士のトップシークレット。
少なくとも、立花を応援しようとは思わないが否定までは至らない、何がしかの感慨をもったらしい。
桃華がそう結論付けてしまえば、他の誰も口を挟むことはできない。
「良くも悪くもホンモノだったわけだな。手に負えない」
恭弥がボソリと言う。
涅槃の噺を、表情をコロコロ変えて心から楽しんでいたというのだ。その時ばかりは、陽子からも視線を外して。
ご迷惑をおかけしました、と何故かマスターが頭を下げた。
「恋も大事だけど、まずは一人の人間として恥ずかしくない態度を取るべきだということで納得してもらったよ。
学園で斡旋所の手伝いをしているというから、空き時間は再び僕の店で働いてもらう事にしました。惚れたはれたを抜きに、労働する喜びというものを知ってもらいたい」
当時も、目当ての男性を気にかけるあまり、適当な仕事ぶりだったのだという。
菜花亭のまかないを、上の空で食べるスタッフは後にも先にも彼女だけだったらしい。
一人の料理人として、とても悔しい事で印象に残っていたのだと、雅たちの調査を受けた際、彼は答えていた。
……それもどうだろう、と一同は思った。
「『ストーキングキューピッド』に取り憑かれては、困りますしね。二度目は逃れられないのでしょう?」
立花が、ゆったりとした口調で続く。
二度目――つまり、先程の柏木へのアレは本気だったということだ。そして、ストーカーである自覚はあったというわけだ。
「恋愛してーならオレと付き合っちまおうぜって言いてートコだけど、オレ逢う人全員愛してっから……っ」
勇希の言葉に、立花が笑った。
「恋愛は無理でも、友愛は楽しそうです」
「愛はいいよなっ」
いいのか、それで!
……いいらしい。
柏木への失恋を自覚して、それでも同じ職場で再び働くのだと立花が告げ、柏木がしおれた。
「そう言えば、なんで好きになったの?」
話が丸く収まりかけたところで、チルルが混ぜっ返した。
立花の目がみるみる輝きだし、柏木の美点をツラツラツラと述べはじめる。途中で柏木が貧血を起こした。
●後の話
この一件が終わった後。
「噂に尾ヒレは付き物、と」
恭弥が暗躍し、
『もしもストーキングキューピッドに再度取り憑かれた場合、どんな方法でも一生払うことは出来ず残りの人生をずっと非モテとして生きなければならない』
恐らく学園内に一定数はいるであろう非モテ諸君。そしてそれを知る者たち。
彼らを震撼させる追加情報が、流された。
立花の影を消し去る内容に柏木は大笑いし、こうして学園には新たな『七不思議』が生まれたのであった。
これにてお仕舞い。
ご清聴、ありがとうございました。