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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2014/08/20


みんなの思い出



オープニング


 優雅に泳ぐ、シロイルカ。
 とある街の水族館から届いた、ポストカードだ。
 二年ほど前にディアボロが出現し、閉館の危機へ追い込まれた小さな水族館。
 飼育員の親戚が久遠ヶ原でレストランを経営しており、その伝手を辿り復活を懸けての依頼を持ち込んで――今が、ある。

「わぁ、それじゃあ順調なんですね!」
「おかげさまでねぇ」
 レストラン菜の花亭のマスター・桜庭は、人好きのする笑みを浮かべてデザートプレートを差し出す。
 本来であれば、ランチのあとに数種類の中から好きなものを一つ選ぶ形だが、こちらは御影光(jz0024)のリクエスト『全のっけ』であった。
 ミルフイユにレアチーズ、ガトーショコラにライスプディング。それから焼き菓子数種類。
 本来であれば、ランチの後に(略)だが、リクエストによりデザートのみも始めました。
 『弱点・スイーツ』の名を欲しいままにしていた光は、最近ではどうやら弱さを強さに変える術を身に着けたらしい。
 曰く、『言ってみる勇気』だそうだ。
「おいっっ…… しい……!!」
 テーブルへ突っ伏す勢いで、震える。
「私ですね、ライスプディングを食べたのってここのお店が初めてなんです。優しい味ですねぇ……」
「家庭菓子のイメージが強いから、カフェで単品とかは珍しいかもね」
 お米と牛乳と砂糖。その組み合わせを聞いて、ピンとこないパターンが多いのだろう。
 バニラで優しく風味を付けたそれは、食欲のなくなりがちな夏にピッタリなのに。
「家庭でも、作れるのですか?」
「今は、色んなバリエーションもあると思うよ?」
「マスターさんのライスプディングは」
「これは、当店オリジナルですから」
「……ですよねー」
「そうだな。せっかくだから、今度の料理教室の題材の一つにしようか」
 ――ガタタタ
 バイトというでなく、高校生の光が『レストラン』だなんて場所へ通っている理由がそれだった。
 月に一度、開かれる料理教室。
 不器用なりにそれなりに、学べないだろうかとチラシを手にしたのがきっかけ。
「あ、そうだ。これが今月の―― うん?」
「はい?」
 今月の案内を渡そうとした桜庭が、ポストカードの走り書きに気づく。
「……直接学園へ持ち込めばいいのに」
「?? 何か、書いてあったのですか?」
「うん、よければ御影さんから、斡旋所へお願いできるかな? バイトの子、今日と明日は連休でね」
 マスター自らホールへ出るのは珍しいと思えば、そんな事情だった。
「わかりました! ふふー、秘伝のライスプディング講座、楽しみにしてますね!」




「浴衣で水族館、ですか」
「素敵な企画ですよね。前日、人数限定ですけど久遠ヶ原の学園生を無料で招待してくれるそうです」
 マンボウを新たに迎え入れたことに併せての企画なのだそうだ。
 実際の期間中は、『浴衣でご来館されたお客様にはマンボウ君ストラッププレゼント!』らしい。
 残念ながらというか流石にというか、無料招待には付かないけれど。
「夏が暑いなら、水族館ですよね。ひんやりした空間を浴衣で歩くのって、想像しただけでも素敵です」
 鍛錬に励む夏も良い。
 海で泳ぐのも良いだろう。
 動物園や遊園地だって楽しい。
 けれど、屋内には屋内の楽しみ方がある。
「あ、そういえばこの街って」
 頷きながら、斡旋所の男子生徒が手を止め、スマートフォンで検索をする。
「やっぱり! 最近、近くに巨大観覧車ができたんですよ。へぇえええ、いいなぁ。水族館とハシゴも楽しそう」
「観覧車!!」
 きらりと光の目が輝く。
 剣術道場通いの幼少期に不満はないが、ベタな娯楽施設へ過度の憧れを抱いているのも事実だった。
「あっ、でも…… 水族館、夜間もやってる…… 夜の水族館も素敵な響き」
「観覧車で夜景も良いよね」
「はう!」
 光の反応を眺めていて楽しくなってきたらしい斡旋所の少年は、悪乗りして魅力的なプランを上乗せドン。
「お。圏内にジェラートショップ発見」
「止めて下さい死んでしまいます」


 ともあれ、危機を乗り越えた水族館からの、素敵なお誘い。
 涼しいひと時を過ごしませんか?





リプレイ本文


 水族館に観覧車、小さな町から遊びのお誘い。
 解散が告げられると共に、少年少女は思い思いの場所へ――。


「ランベくん、ランベくん! ジェラート食べるのっ」
「……イルカに会いたいとか言っていなかったか?」
 柔らかな金髪を揺らし、姫月 亞李亞(jb8364)が振り返る。
 ランベルセ(jb3553)は目的地と逆方向を示され、怪訝な顔をした。
「あら、イルカも見るのよ? だけど、その前にジェラートなの」
「ふむ。順番か」
「浴衣だと、おまけがつくんだからね」
 ぐいぐいと、亞李亞はランベルセの浴衣の裾を引く。
(それで、これか)
 小動物のような眼差しに心動かされるでもなく、ランベルセは自身が纏う黒地に白縞の浴衣へ目をやった。帯は白、ピシリと角帯結びにしてある。
「ほらっ、はーやーくっ」
 白地の涼やかな浴衣のすそを翻し、少女は先に行ってしまう。
「わかった慌てるな、脱げるぞ下駄が」
 二人の間に色恋の空気は無く、ランベルセの気分はすっかり引率者だ。
 青年を急かすことに夢中で、後ろ向きに走る少女はカクンと後ろへ転ぶと同時に下駄が宙を飛ぶ。
「だから言ったろう、……抱っこしてやろうか?」
 軽くキャッチして、高身長から嘲笑うかのように、ランベルセ。
「もーっ ありあの方がお姉さんなのよ?」
 外見や言葉遣いが幼くても、生きてきた時間は彼よりも長い。
「年齢に行動が伴っていない」
 口ではそう言いながら、膝をついて亞李亞へ下駄を履かせてやって。
「お姫様と従者みたい……」
「で、やたらと種類があるがどれにするんだ?」
 少女の呟きをスルーし、ランベルセはジェラートショップの看板を指した。
「えっと、おまけが1つずつと、ありあのとランベくんのとだからー……」
 指折り数え、ラインナップを見上げ、亞李亞は味の組み合わせを考え込む。

「ジェラート、特盛で!」
「お魚さん味を、ダブルで!!」

 そこへ、賑々しく駆けこんで来たのはクアトロシリカ・グラム(jb8124)と真珠・ホワイトオデット(jb9318)。
「お魚さん味だって。ランベくん、チャレンジする?」
「断る」




 きらめく夏の日差しから逃げるように、水族館は静寂に満たされている。
 適度な空調と、魚たちのために落とされた館内照明。
「真珠ちゃん、金魚柄の浴衣、チョー似合ってるよ! 可愛い!」
 特盛ジェラートを片手に、クアトロシリカはビッと親指を立てた。
 自身は、白地に青系の雪華模様と月を描いた涼しげな柄。コレでサービスたっぷりにジェラートを盛っていただきました!
「えへー。くーちゃんとおでぇとなので、おめかししましたにゃ♪」
 浴衣の金魚は食べられないこと、お魚味のジェラートが無かった事は残念。
 真珠はくるりとまわり浴衣の柄を得意げに見せる。金魚の尾のような、ふわりとした質感の帯が可愛く揺れた。
「ちゃーんと水族館のこと勉強してきたですにゃ! くーちゃん褒めて褒めて!」
「んん? 教えて教えて」
 さりげなく、真珠のミルクジェラートをスプーンでひとすくい頂戴しながらクアトロシリカが友人の顔を覗きこむ。
「水族館は生簀っていうn」
「惜しい! 水族館の魚は食べる為に飼われているのではありません……!」
 反対側のココナッツ味を、もうひとすくい。
「……あのお魚は食べられないですにゃ!?」
「美味しそうでも食べたら、めっ☆」
「あんなに美味しそうなのに……勿体無いですにゃ……」
(真珠ちゃん……食べていいよって言われたら、水族館中の魚食べちゃうのかしらん)
 涙を落す真珠へ、自身のいちごミルフィーユをひとすくい差し出しながら、クアトロシリカは笑った。
「食べられないけど、触ることはできるみたい。ね、向こうのヒトデ、見てこよっか」
「……くーちゃん」
「ん?」
「鯖……鰯…… じゅるり」
「……もう少し、ここに居よっか」
 真珠は、水槽の向こうを自由に泳ぐ魚の群れにハートをわしづかみにされたらしい。



「この時期に水族館は初めてかもしれませんね」
「ひんやりしてて、気持ちいいですねぇ」
 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)と御影も、のんびりペースで館内を満喫中。
 二人揃って、涼やかな浴衣姿。もちろん、あとでジェラートも満喫する予定だ。
「夏は、なんとなく日光を浴びないと損! という印象が強くて」
「海やプールも素敵ですけどね、光さん♪」
「巨大水槽を泳ぐとか、できたら楽しそうでした……」
 ファティナの言葉に混ぜるな危険を詰め込んで、御影が巨大水槽の前で足を止める。
 顔つきの悪いサメが、ゆるり水底を泳いで過ぎ去って行った。
「……安全な、プール。来年はプールも良いですね、ファティナ先輩!」
「そう思います」
 青ざめた御影へ、くすくす笑いながらファティナが館内パンフレットを開く。
「日光を浴びるといえば、イルカのショーは屋外なんですよね。観に行きましょうか?」
「是非!」
 水族館のイベントと言えば、定番中の定番。ゆえに、外せないひとつ!


 かれこれ20分ほど、ひとつの水槽へ張りついている少女の姿があった。
 可憐な浴衣がよく似合う、歌音 テンペスト(jb5186)である。
(ときめきアクアリウム…… この水槽のお魚さん、全て捌いたら何人分のお寿司が作れるのでしょう……!)
 唇の端から透明の液体が糸を引いたところで、慌てて拭う。乙女にあるまじき姿。
「現地調達が叶わなくても……ッ、このインスピレーションは大切にしないと!!」
 行先が水族館と聞いて、屋外用調理器具は用意してある。
 水族館=魚=魚料理? そんな安直なネタで、業界を渡って行けると思うてか!!
 お寿司妄想まではお約束として、実行に移すならば斜め上を行く必要がある。
「ショーには、時間がありますね」
「れでしたら、せっかくなのでマンボウ君に会いに行きませんか?」
 さてどうしようかと悩む乙女の後ろを、聞き慣れた声が通りかかった。
「些細なストレスで死んでしまうそうですが、どうやって飼育するのか気になりますね……」
「繊細なんですね、マンボウ君……」
(この声は……)
 振り返ると案の定、青髪ポニーテールの少女が銀髪美女と並び歩いていた。
 唐突だが、和服とは良いものだ。日本人の体形に合わせている――女性であれば、起伏の少ない体でも美しく見えるように。
 しかし残酷なことに、起伏豊かな体は尚のこと色香たっぷりとなるように、できている。
「……ふっ」
「歌音先輩!?」
 歌音は発展途上である御影の、そしてその隣のグラマラスな胸元とを見比べるように視線を流し、最後に己の豊かなそれへと落とし、意味ありげに顔を逸らす。
「光ちゃん……。まな板にもアンモラルな魅力があるから、強く生きて欲しいの」
 慈愛に満ちた微笑を差し向け、歌音は去っていった。
(浴衣だとあたしのGカップが目立っちゃって…… ごめんね)


 きょろきょろ、物珍しげにひとりで歩くのは蒸姫 ギア(jb4049)。
(魚を見て楽しいのか、良く分からないけど……)
 漆黒の浴衣は裾に金の装飾、革製の帯にガンベルトなど、愛用のゴーグルに合わせた色遣いとアレンジで『スチームパンク浴衣』と変化を遂げている。
 サービスしてもらったジェラートを片手に、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
 変な顔の魚、カラフルな魚、砂から生えている……魚? ……人界には珍妙な生き物が、多くいるものだ。
「あっ」
 水槽の前で立ち尽くしている間に、せっかくのジェラートが溶けて来た!!
「暑いから涼しい場所に行ってみたかっただけだし……ゆっ、浴衣なのも涼しいからでおまけにつられたからじゃ、ないんだからなっ!」
 ふっと目が合った真珠たちへ、何を言われたでもないのに言い訳を叫びペロリと手元を舐める。大丈夫、大惨事には至っていない。
 甘さと香ばしさのキャラメル味。美味しい。
(それに……)
 マンボウ君が前面に打ち出されたパンフレットへ目を落す。
 ストラップは明日からの来場者プレゼントということだったけれど、とぼけた愛嬌のあるキャラクターは気を惹いた。
「ぎっ、ギア、別に可愛いとか思ってないし!!」
 ツンとする割りに、折れないよう丁寧に浴衣の帯へと差し込み、次の場所へ。


「見て見て、一機君トンネル水槽よ!」
 両手を広げ、海と一体化する気分を味わいながら蓮城 真緋呂(jb6120)は目を細めた。
 浴衣は藍地、館内の雰囲気によく似合う。くす玉や松竹梅の古典柄が、幻想的に浮いて見えた。
「うん、可愛いよ」
「可愛い…… かなぁ?」
 浴衣姿を褒めた米田 一機(jb7387)だが、真緋呂はキョトンとトンネル上の魚群を見ている。そこじゃない。
「あ、奥の水槽が噂のマンボウじゃない?」
「え、行こう行こう!」
 真緋呂がパッと表情を明るくし、一機の腕を引く。
 大きな大きな円筒タイプの水槽に、泳ぐは一尾のマンボウ。
 体長は1m弱だが、これから更に大きく育つのだという。
「マンボウ……生きてるね」
 やたら死にやすい、という笑うに笑えない特徴をピックアップしたゲームが流行るくらいなのだ。
 生きて、泳いでいるというだけでこの安心感。
(こうしてみていると、普通の女の子なんだけどなぁ)
 一機の眼差しは、ずっと真緋呂へ向けられている。
「イルカショーまで、もう少し時間があるね。ゆっくり、見て回ろうか」
「うん! 握手したいから、最前列とらないとね!!」




 日中は水族館で、という考えの生徒が多いらしく観覧車や街中はゆったりとしていた。
「楽しめる時は楽しみませんと」
 かつてディアボロ騒動が起きたのは水族館だというが、事件の余波は街全体にも及んだのだろう。
 新しい店が目立ち、少しずつ歩き始めている感がある街並み。
 行き交う人々の姿に、御堂・玲獅(ja0388)は目を細める。
 楽しむことが、きっと今のこの街の『為』になるのだろうと感じ取った。
 クチナシの髪飾りからほのかに甘い香りを漂わせ、玲獅は新しい街を歩く。
 色鮮やかな撫子が咲く黒地の浴衣は銀髪に美しく映え、足元は黒塗りの桐の下駄と全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 すれ違う幾人かが振り返っているが、彼女は気づいていない。
「えーっと、お一人様ずつですか。相乗りになってもよろしいですか?」
 観覧車乗り場へ辿りつくと、案内員からそのように打診される。
「私は構いませんが……」
 促され、玲獅は顔を上げる。
 ――チカリ
 眩しさに、片目を閉じた――
「あら、久しぶりィ…… で、いいのかな?」
「その節は……」
(今日もズレて……いらっしゃる?)
 何かが光っているかと思えば、阿手 嵐澄(jb8176)――通称はランスと言ったか―――の頭皮が艶やかな黒髪からチラリズムしていた。
 指摘すべきか否か……対面早々のハプニングに玲獅は惑いながらもランスへ会釈をし、同じゴンドラへと乗り込んだ。
 二人が戦場を共にしたのは、過去に一度。
 こういったイベントごとで乗り合わせるとは奇遇の一言だった。

 ゴンドラ内からの写真撮影は自由ということで、玲獅はデジカメを手に、上昇してゆく景色を楽しむ。
 豊かな自然は何処へ行っても変わることなく、遠目の山並みは青々としていて、心が和む。
 ランスもまた、窓際に肘をついてリラックスしていた。こころの洗濯に、もってこいだ。
「平和だねェ……」
 眼下では、ジェラートを手にはしゃぐ子供たちの姿。
 せがまれ、しぶしぶ財布を取り出す親の姿。
 水族館から、お土産を買って来たらしい家族連れ……
 幸せそのものが、そこに在る。
「本当に。争いが、遠い世界での出来事のように思えてしまいますね」
「世界中が何処でもこうあってほしいものだけど……。そうしたら、おにーさん失業だねェ」
 ランスの言には、一理あるだろう。
 耳を傾け、くすりと笑いを零しながらも玲獅は考えた。
(今は、撃退士が外敵と戦うことで守られている平和ですが……)
 玲獅の実家は、医者を生業としている。
 撃退士の能力に目覚めるまでは、家業を継ぐつもりで経験を積んできたので、もしも本当に平和な時代が来たのなら、それなりの選択肢はある。
 けれど、そういった者たちばかりでもないだろう。
「まぁ、難しいことを考えると毛根にも良くないしねェ。のーんびり、景色を楽しもうかァ」
「ええと…… そう、ですね」
 笑っていいのか、悪いのか。
 ある意味で戦場に身を置いている時と同レベルの緊張をしながら、玲獅はカメラを握る手に力を込めた。
 いずれにせよ、袖振り合うも他生の縁。
 こうして、かつて共に戦った仲間と一緒に観覧車で他愛もない会話(一方的にスリリング)というのも得難い経験だろう。




 玲獅たちが見下ろしている街並みの中に、日比谷日陰(jb5071)たちの姿もあった。
「暑……い…………」
「折角の夏ですし、叔父さまも少しは外に出るべきですわ!」
 すでに溶けかかっている叔父の腕を、日比谷ひだまり(jb5892)がグイグイと引いてはアーケードから炎天下へと連れ出そうとしている。
「ひだまりちゃんには、いつもお世話になってます、高橋です。……あっ、怪しいものではございません! 高橋です!」
 暑さと眠さで今にも落ちそうな瞼の日陰へ、元気よく挨拶する青年は高橋 野々鳥(jb5742)。怪しまれずに自己紹介することで頭がいっぱいで、日陰が溶けていることには気づいていない。
「あー……、日比谷日陰だ。いつもひぃ……ひだまりが世話になってんな。まあ、仲良くしてやってくれな?」
「ののにーさんは、ひだまりの音楽の先生ですの。叔父さまは叔父さまですわ! 宜しくなのですわ」
 笑顔全開ひだまりに引きずられながら、あくび交じりに日陰が返し、
「ちょっと、こっち」
「はっ、はい!!?」
 くい、と指先で招かれ、野々鳥の声が裏返る。
「……着崩れてる。襟元は、こうして…… こう。帯の締め方は――」
「こここ光栄ですっ」
 襟元を正され、自ずと姿勢も正す野々鳥であるが、肝心の日陰は着慣れた浴衣が着崩れたままである。彼の場合は着慣れてるからこそ、味になっているのだと思う。
(ひだまりちゃんを水族館に誘ったら、叔父さまもいらっしゃるんだものな……。いや、別にやましいことなんて何一つないけど!!)
 清く正しく仲の良い友達付き合いではあるが、保護者様登場となると少しばかりビビリが入る。
「ほら、さっさと中にいこう、ぜ…… なんで外に引っ張ってるんだ、ひぃ」
「先にジェラートなのですわ、叔父さま。何だかお祭りみてーですわね!」
 浴衣姿のお客様には1フレーバーサービスと聞いて、ひだまりは張り切って金魚柄の浴衣を着てきたのだ。
「……涼しそうでいいな……?」
 向かう先を聞いて、少しだけ日陰の目に生気が戻る。
「そういうことなら、せっかくだから二人の分は俺が奢ろう」
「え! でも」
「まあ、こんな時ぐらい気にせずに、な?」
 野々鳥がポーズだけでもと財布を取り出したところで、日陰が見抜いて片目を瞑った。
 実を言うと、さほど歳の離れていない二人であるが、遠慮なく野々鳥は恩恵に与ることに。
 乗れる波には乗っとけ行っとけ。
「それでは、お言葉に甘えて……チョコとチョコをコーンで!」
「被ってるが……?」
「好きなんです、チョコ」
 日陰が怪訝な顔をするが、青年はテヘッと笑顔で答える。
「ひだまりは苺レアチーズとオレンジシャーベットにしますわ!」
 カラフルなジェラートの並ぶショーケースにピタリと張りつき、少女は叔父の袖を引く。
「……でも他のフレーバーも気になりますわね。い、今のちょっと待ってくださいまし! ……ううん、決められねーのですわ」
「んー……、俺は抹茶と黒糖味のものをカップで。ひぃ、味見に分けてやるよ」
「やったぁですわ!! ……」
「俺のチョコも一口あげるよ。ひだまりちゃん、他に何で悩んでる?」
「ううーーーーん。これ以上よくばると、バチが当たりますわね! ののにーさん、ひだまりのも食べてみます?」
「…………」
「あっ、じゃあ、三人で味見しあいっこしようか!!」
 なんとなーく日陰の視線から勝手に何かを感じ取り、野々鳥は求められても居ない墓穴をせっせと掘った。
 でも、黒糖ジェラート美味しかったです。




 盛大に水飛沫を上げ、三頭のイルカがハイジャンプからの着水を。
 青空にキラキラと水滴が輝いて、最前列の観覧席を豪快に襲う。

「見た? 見た? 歩ちゃん!! すっごく高く跳んだね!!?」
「あぁ。ばっちりカメラに収めたよぉ、姉さん」
「さすがぁ!」
 観覧席中段で大はしゃぎするのは、雨宮 祈羅(ja7600)と雨宮 歩(ja3810)。
 今年の6月に、同じ『あまみや』になったばかりの二人だ。
 紺地に蝶柄の浴衣姿の祈羅は、イルカたちのパフォーマンスひとつひとつへ子供のように瞳を輝かせ、
 そんな彼女も一緒に、歩はファインダーに収める。
 同じ姓で読みが違う、親しみを込めて『姉さん』と呼びかけていた交際期間と基本的なスタンスは変わりない。
 でも――
「籍を入れてから初めてのデート、だねぇ」
 隣り合う手を握る力、ほんの少しだけ強くして。
 歩は、イルカに夢中になる祈羅をからかうようにシャッターを切った。
「記念すべき日、という事で思い出をたくさん作ろうかぁ」
「歩ちゃんばっかり、ずるい!」
「それ、絶対ピンボケだろぉ?」
 負けじとカメラを手にする祈羅だけど、最初から撮影体勢に入っている歩に対しては分が悪い。
「ほら、握手タイムだって。行っておいで?」
「えっ。一緒に行こ?」
「ボクは此処で見てるさぁ」
「当たり前だけど、歩ちゃんの手は離さないよ?」
 にっこり。
 ……にっこり。
「思い出は、一人じゃ作れないんだからね。歩ちゃんが一緒だから、楽しいんだよ」


 最前列に位置どって、思い切り水を被ったのは草薙 タマモ(jb4234)。
 そんなお客様の為にタオルも用意されている。
「おーっ! かわいいっ!!」
 もふもふもふ、タオルで髪を拭きながらもアクロバットからは目を離さない!
 三連ジャンプ、合図に応じて輪くぐりを。
(はじめてみたけど、イルカってお利口さんなんだね)
 担当のお姉さんと、しっかりわかり合っている空気がタマモにも伝わってくる。
 楽しんでジャンプしていることが、伝わってくる。
「きゃー! いるかさんすごいですにゃ! 握手ですにゃ!」
 その隣で、真珠がぶんぶんと身を乗り出して手を伸ばす。
「キラッキラしてるねぇ」
 真珠ちゃんも、イルカも。
 ずぶ濡れを気にしていない真珠をせっせと拭いて、クアトロシリカが笑った。
「わたし知ってる! イルカって、魚じゃないんだよね」
「お魚じゃないなら…… なんなのです……?」
「えっ」
「……食べちゃダメなもの、かな?」
 タマモの発言に真珠が小首を傾げ、タマモも返答に詰まる。そこへクアトロシリカが外れずともソウジャナイ助け舟。
「……食べられないのか?」
「ランベくん、イルカは食べれないと思うのよ?」
 前列の会話を耳にし、フランボアーズ&チョコのジェラートを片手にランベルセが眉根を寄せ、
 亞李亞は驚いて桃&ミルクを取り落しそうになる。
「他の水族館には先日行ったな。魚を見た後に魚を食べる場所があって驚いた」
「もう、ランベくんってば……。あっ、1口欲しいのよ?」
 イルカたちが小休憩している間に、亞李亞がスプーンでランベルセのジェラートをひとすくい。
「そうそう。イルカと握手が出来るんだって、楽しみなの。どんな感じなのかな?」
 見た感じ、ツルッとした肌みたいだけど。
「はいっ! わたしイルカさんと握手がしたいです!!」
 タマモが元気よく手を挙げると、真珠も続く。
「あっ、真珠ちゃん、危な――……」
 ――だぱん、だぱん
 クアトロシリカの制止届かず、元気っ娘二人が揃ってプールへと落下した。


 握手タイムまでの準備時間がやってきて、苑邑花月(ja0830)は喉がカラカラになっていることに気づいた。
 イルカたちの仕草ひとつひとつに感銘を受けて拍手をし、声援を送っていたら。
「どうぞ、花月さん」
 鈴木千早(ja0203)が、冷たい飲み物をそっと差し出す。
「皆、可愛いですが、どの子が気に入りました?」
「そう、ですね……。花月は、いちばん小さな……右端の子が。……一生懸命、跳んでいましたの」
 淡いピンク地に花と鈴蘭柄の浴衣姿の花月が、おっとりと笑う。
「千早さん、は?」
「俺は――……」
 ふむ、と考え込む千早の横顔に、その浴衣姿に花月は見惚れていた。
(千早さん、の浴衣姿……凛、としていて……)
 浴衣というと女の子の華という印象が強いけれど、男性はより男らしく映えるもの。
「浴衣、で……水族館……。何だか新鮮ですわ、ね」
「そう言えば、色んな所に花月さんとは行きましたが……。こうしてキチンとデートは、初めてですね」
 大切な友人としての期間は長いけれど、恋人として交際を始めたのは最近のこと。
 改めて言葉にされて、花月の白い肌がシュワシュワと赤く染まる。
「花月さんの浴衣姿、可憐で綺麗です」
 そんな彼女へ、千早は微笑んで。
「手を、繋いでも構いませんか?」
「手、ですか? あ、あの……勿論、で……す」
 耳の先まで真っ赤になって、花月はそっと手を差し出した。
 重ねた千早の手は、ひんやりとしていてとても気持ち良かった。


(さて、誘ってから気付いたんだが……。丁度、葉月の誕生日だな)
 握手タイムのアナウンスが流れ、優雅な金魚柄の浴衣姿でそちらへ向かう天宮 葉月(jb7258)の背を見送り、黒羽 拓海(jb7256)が考え込む。
「元は誕生日プレゼントに考えていた訳じゃないんだが、いい機会だし、これを渡さないとな」
 拓海が内ポケットに忍ばせていたのは、桔梗のモチーフが施された可憐なリング。花の中央には8月の誕生石であるペリドットがあしらわれていて、拓海が込めた思いは深い。
(どのタイミングで、というのが問題か……)
 確実に二人きりでいられるのは、この水族館。
 雰囲気はあるが誰かと相乗りになるかもしれない可能性があるのは観覧車。
(他に誰か居たら恥ずかしいが……)
 葉月の気性を考える。
 より、喜んでもらえるのならば後者だと思う。
(そこは、我慢だな)
 うまく行くことを今は祈るばかりにして、少しだけ肩の力を抜くとしようか。

(珍しく拓海から誘ってくれたけど、……これって私の誕生日だから? それとも単なる偶然?)
 つるつるのイルカと握手をしながら、葉月はそんなことを思う。
 キュイッ、可愛い声でイルカが鳴く。つぶらな瞳がこちらを見上げていた。
「ふふー。またね!」
 最後に手を振り、葉月は浴衣の裾を翻す。こちらを見守る拓海と目が合った。
「イルカ、可愛かったよー。ああいう風に芸が出来るのって凄いよね」
「次はアシカか。そっちも観るか?」
「んー、でも、そろそろ館内もゆっくり回りたいかなぁ」
 葉月の言葉に小さく頷き、拓海が立ち上がる。
「……」
「? どうかした?」
「いや、なんか、甘い……」
「ああー。これかな、白百合の髪飾り。ふふ、似合う?」
「……そうだな」
「…………」
 真顔で頷かれ、冗談めかした葉月の方こそ照れてしまう。
「つっ、次に行こう!」
「だったら、ふれあいコーナーでも行ってみるか。ヒトデを突付くのは面白いぞ。すぐに硬くなる。ナマコなんかも一緒だな。それと」
「なぁに?」
「今の葉月も、一緒だなと」
「そんなことないものー!!」




「マンボウ君ストラップは、売店で買えないのかな……」
 パンフレットと水槽とを見比べ、七ツ狩 ヨル(jb2630)が名残惜しそうにつぶやく。
 翡翠の龍が絡む浴衣を締める紅色の帯が、どことなくションボリしているように見えた。
「お出迎えしたばかりやからねぇ」
 もし、次にこの水族館を訪れることがあったなら充実したラインナップを楽しめるのかもしれない。
 蛇蝎神 黒龍(jb3200)が、ぽふりとヨルの頭を撫でる。
「ジンベエザメほどじゃないけど、おっきいね」
「……ん、長生きできるとええんやけど」
「?」
 黒龍が言葉を選んでいることに気づき、ヨルは顔を上げた。
「マンボウてな、もーっと大きく育つことはできるんや。けど、凄く繊細な生き物やで、その前に死んでしまうことが多いんよ」
「そう…… なんだ。大きいのに……」
 『大きい=強い』、そんなイメージを抱いていたヨルだったから、黒龍の説明に目をパチクリした。
 よく見ると、水槽の壁面に当たる部分に、クッションのようなビニール幕が張られている。
 それは回遊するマンボウの激突を防ぐためなのだと、解説板にあった。
「来年も、マンボウ君に会えるといいね」
「たくましゅう、生きとって欲しいねぇ」
 この水族館がマンボウを迎え入れたのは、長生きさせられる設備が整ったのだということなのだろう。
 撃退士にしか守れないものは確かにあるけれど、人の手にだって守れるものはある。
(その決意、どんなものか…… 見せてもらいたいし、見せてあげたいなぁ)
 傍らの大切な存在を思いながら、黒龍はそんなことを考えた。
 ヨルへ見せてあげたいと思うもの。二人で見ていきたいと思うもの。黒龍には、たくさんある。
「イルカショーも観終わったし、一度ジェラート食べに行こか、ヨル君」
「……ん」
 白から青のグラデーションの生地、背には黒い龍が描かれた黒龍の浴衣は、涼しげであり彼の存在を、気持ちを、何処かに主張していた。
 繋ぎとめる帯は、ヨルとお揃いの紅。
 翡翠の龍と黒き龍は、そうして一度、太陽の下へ向かった。




 陽が傾き始めた街に、元気のいい少女の声が響く。
「先輩! 次はこちらです!」
「光さん、まだ先ほどの食べ終わって……」
「大丈夫、今度のお店は行列ができているので、待っている間に美味しく食べれちゃいます」
 食べ終える頃に、オーダーも決まるはず。
 ファティナの左手をとって、冷たい甘味巡りの案内人・御影は実に活き活きとしている。
「ふふ。私のおごりですから存分に楽しんで下さいね。でもこの後に響かない程度に、ですよ?」
「はぁい!」
 この後の御影には、観覧車の予定がある。
 待ち合わせの時間まで、ファティナと同行というスケジュールというわけだ。
「ひとりだったら、絶対に食べ切れない種類ですものね。クッキーサンドやクレープ包みも、挑戦したくって」
 ラムレーズンを餌付けされながら、御影が指折り数え。
「あ、居た居た! 光ちゃーん」
「歌音先輩」
 水族館でも観覧車でもない方向から駆け寄ってくる、本日二度目の歌音登場。
「アンモラルで閃いたの。差し入れを作ってみたんだけど…… よかったら、どうかしら?」
「え、歌音先輩の手作りですか?」
 ふんわりショートケーキの断面には赤いゼリー的なものがサンド、パフェグラスからはスティックタイプの
「ししゃも」
 御影の笑顔がフリーズした。
「子持ちよ?」
「この、赤いのはゼリーじゃなくて」
「新鮮なマグロ! 『水族館×新鮮な魚介料理』というタブーへの挑戦ね!!」
 ただただ甘いだけがスイーツじゃないわ。歌音はそう告げる。
 材料は近場のスーパーで買い込み、屋外調理器具で作り上げたという。
「……ファティナ先輩、わたし、ひらめきました」
 好きなものを自分で作ることができるようになれば、幸せなんじゃないだろうか。
「光さん、落ち着いてください」
 ぐぐぐぐ、パフェスプーンへ手を伸ばそうとする御影の手を、ファティナが必死におさえた。
「それに」
 ぽすんと抱き寄せ、御影がずっと手にしているクーラーバッグを持ち上げてやる。
「きちんと、練習してきたものもあるのでしょう?」

「何やら騒がしいが…… 食べすぎていないか?」
「光嬢は元気そうでなにより」

 ドタバタしている様子に気づき、待ち合わせ相手の水無月 神奈(ja0914)とグラン(ja1111)が姿を見せた。
「神奈さん、グラン先生! だ、だいじょうぶです、8分目です」
「……8分目まで、アイスで満たしたか……」
 予想はしていたが、と神奈が額を押さえる。
「落ち着くまで、少し散策でもしましょうか」
 万が一の時には救急箱もありますよ、とグラン。
「日中にリサーチしておいたのです。遠方の街ですが花火大会があるとのこと。観覧車からも、小さいでしょうけれどきっと見えますよ」
 だから、乗るのなら夜が良いだろう。




 ナイトタイムに入り、水族館が幻想的な照明へと切り替わる。
「何だか……昼と違った趣、で……素敵、ですね」
 千早と手を繋いだまま、花月はくるりと天井から水槽へと館内を見渡す。
 ブルーに落された照明、天井は星をイメージした淡い光が浮かんでいる。
 日中はオープンだった通路のいくつかは閉鎖となり、この時間帯だけ通れる道も開く。
 ふわふわとした足取りで進む花月へ、千早がゆったりと合わせて進む。
 花月がふわふわとしているのには、きちんと理由があって。
(でも……ライト、に照らされた千早さん、が幻想的で……目移りしてしまいま、す)
「あ……。シロイルカ……可愛らしいですわ、ね」
 斡旋所の、募集告知に貼られていたポストカードの、あのシロイルカだ。
 親近感で緊張が緩む。
 ショータイムの、躍動感あるイルカたちとはまた違い、大きな水槽で伸び伸び泳ぐ姿は優雅の一言。
「ふふっ……こっちに来ました、わ……」
「シロイルカ、気に入ったのですか?」
 ガラス越しに戯れる姿に、千早がクスクス笑いを零す。
 そんな彼女の姿を見ているだけで、千早の胸は暖かくなった。
「……花月さんは凄いですね」
「……何が、でしょう?」
 思わず唇からこぼれた一言に、花月がキョトンと顔を上げる。
「秘密です」
 返る答えは、いつもの微笑。
 いつもとは、ほんの少しだけ意味が違うのかもしれない微笑みだった。


「へーっ。人間って、魚を食べるだけじゃなくて、観賞もするんだね」
 ジェラート片手に、タマモが夜の水族館を散策する。
 アクアトンネルをくぐると、魚の群れの隙間から光が零れる。
(……たしかに綺麗よね)
 この柔らかな光は、ひとのちからでは作り出せないような気がして、少女天使はぽんやりと見上げた。
「あら」
 そこへ、聞き覚えのある声。
「わっ、御堂さん。こんばんは!」
「こんばんは。草薙さんも、いらしていたのですね。夜にご縁があるのでしょうか」
 タマモと玲獅が行動を共にしたのは、夜中の戦闘任務だったように思う。
「今日は、気を緩めても良いみたいだね」
 期せずして、二人ともジェラートをコーンでオーダーしていた。
 何を頼んだのかなんて話しながら、流れで一緒に館内を回り始める。
「下から魚が泳ぐのを見る機会なんて、あんまりないものね。凄いなぁ」
「夜に光る生き物もいるそうですよ」
「へぇええええ」
「フラッシュをたかなければ、撮影も大丈夫と許可はもらったのですが……上手に撮れるでしょうか」
 カメラを手に、玲獅が首をひねる。
「御堂さんは、昼間は外に居たの?」
「えぇ、観覧車で風景などを撮影してきました」
「いいなー。あとで見せてもらっても良いかな」
「もちろんです」
 今はジェラートと、この蒼の世界を楽しもう。
 

 しっとりとした雰囲気の中、和気あいあいと賑やかなのが日比谷一行。
 右手に日陰、左手に野々鳥をホールドして、ひだまりが先陣切って進んでゆく。
「叔父さま、叔父さま! あのお魚は、なんという名前ですの?」
「ん……? あれじゃわかんねぇな、どれだ」
「ええっと…… ご近所の八百屋のご主人にそっくりなお顔の」
「あー、あれな」
「それでわかるんですか……」
 両手がふさがれているから指をさせないひだまりの、説明を的確に日陰が汲み取る。
 思わず野々鳥が言葉を挟む。あの魚にそっくりな親父ってどんな顔かも気になった。
「夜に水族館は来たことはなかったが、案外いいもんだねぇ……」
 涼しくて、静かで、穏やかで。
 それを破っているのが姪であることはさておいて、日陰は首を回してあくびをひとつ。
「おっ。ひだまりちゃん、アレなら俺もわかるぞ!」
「どれですの、ののにーさん!!」
 きゃっきゃとはしゃぐ若者二人の姿も微笑ましい。
「ほらーひだまりちゃん、あれがマンボウだよ」
「えっ あれですの……?」
 残念! それは違う魚だ!
(まぁ、せっかく自信満々に教えてるし……ひぃも納得してるし…… いいか)
 日陰、<訂正が面倒という理由>で説明を放棄。


 一方こちら、昼となく夜となくフワフワふらふら、漂う正真正銘のマンボウ。
 身を乗り出して、ギアはじーっとにらめっこ。
「何考えてるか分からない奴だけど、こうやって見てると不思議と癒されるな……」
 耐えきれず、思わずにこっとしてしまう。
 そんな、ゆるい魅力があった。
(マンボウ君パンフレットは、大事に持って帰ろう……)
 ちょっと疲れた時なんかに、きっと元気をもらえる気がする。


「怖かった……」
「あのお魚も、お外だったら食べられたのですかにゃ??」
 深海魚ゾーンを抜け、クアトロシリカと真珠は小休憩。
「うん、美味しいのもいるらしいね。あは、真珠ちゃんホント魚好きね」
 今度、食べられる魚奢ったげるからね。
 そう言って、クアトロシリカは真珠をぎゅっとする。
 日中のイルカショーでプールへ落下したものの、髪も浴衣も既に乾いていた。ちょっと、お魚の匂いがする。
「……あ。クラゲコーナーだ。行ってみよ?」
「きらきらですにゃ!!」
 ぼんやりと明るいその空間へ、二人は飛び込んだ。




 ライトアップされ、ふよふよ漂うもの、自ずから光を発するもの、長い長い糸のような触手で泳ぐもの……実に様々なクラゲたちが泳いでいる。
「すごく綺麗……。ずーっと眺めていたいくらいだね」
 クアトロシリカが、ほう、とため息を零す。
(美味しいのですかにゃ?)
 真珠の問いは、口にせずとも繋いだ手から伝わった。
「おやおやァ、自然はすごいねェ」
 自分のペースで館内を見て回っていたランスも、この空間には驚きの言葉を―― 否。
 すっ、と指先を頭部へ当て、
「……おにーさんも、光ることにかけちゃあ、ちょっとしたもんだよォ」
 照明の角度を利用し、自らの頭皮もライトアップ。
「自然に光るものは、止められないよねェ……」
 同じく光るのであれば、それは誰かにとっての癒しであったり、元気につながるといいな。
 そんなことを考えながら、ランスは愛しい眼差しをクラゲたちへ向けた。
 普段は徹底したリアリストだが、こんな日くらい、心を休めたっていいと思うの。


 クラゲゾ−ンから、シロイルカの巨大水槽へと移動してきたのは黒龍とヨル。
「黒、ひとくち頂戴」
 一つはお揃いで大好きなカフェオレ、もう一つはそれぞれのチョイス。
 黒龍は純米吟醸のジェラートがあると聞いて挑戦していた。
 カフェオレとアルコールの効いた組み合わせはなかなかに美味。
「あーん」
 ――なにこのかわいいいきもの。
 震える手で、黒龍はヨルへと『あーん』してやる。
「……美味しい……。カフェオレも、組み合わせで……こんな風に変わるんだね……」
「ヨル君は何を頼んだんやっけ」
「納豆味……?」
 ヨルからの『あーん』、心の中で泣きながら断念。

「……海の中みたい」
 シロイルカ、それに追従するように泳ぐ小魚の群れに見入り、ヨルがポソリと呟いた。
「こないだのダイビングは昼間やったから、これも新鮮やね」
「うん」
 あの時の光景を思い起こし、ヨルは小さな手を相方へと伸ばす。重ね、握る。
(『ここでしか生きられない物もいる』って、前に聞いた……)
 水槽に閉じ込められた生き物は、可哀想じゃないの?
 そんな疑問への、返答だった。
(……この世界を、守らなきゃ)
 動物園や水族館の生き物たちを、人間が守るというのなら。
 それらを包み込むように、守りたい。
 強くなる想いは、そのまま黒龍にも伝わる。
 知って、学んで、吸収し、伸び行く魂は美しい。賞賛と愛しさを込め、ヨルの手を握り返した。
(全ての思い出が、ボクらの絆となり記憶となり、大事な宝物になる…… そう、信じとる)
 蒼に映り行く水のカレイドスコープに見惚れるヨルの髪を他方の手櫛で梳いて、そっと口づけを落とす。
(全てを重ねよう、いつかきっと)




 電飾の施された大きなそれを見上げ、ランベルセが深く息を吐き出す。
「こっちよ、観覧車! 夜景が綺麗らしいの」
「……子供のくせに」
「ランベくーん?」
「……ああ、子供じゃないんだったか? 微塵も色気はないが」
「せっかくだから、ありあ、シースルーゴンドラが良いな!」
 聞こえませーん、と亞李亞はランベルセの大きな手を引っ張る。
「乗るだけなんだろう? 眠くなりそうだ。おまえ飛べないのか?」
「…………ランベくん…… ありあと一緒にいるの、イヤ?」
 ぐす。
 再三の冷たい態度に、さすがの亞李亞も涙目になる。
「……そういうわけじゃない、面倒なだk」
「じゃあ、いいよね! ほらほら、早くいかないと行列になっちゃうよ!!」
「…………」
 くるくるくるくる、表情の変わる少女に今日という日は最後まで振り回されるのだろうな、とランベルセはようやく覚悟を決めた。
※これが最終イベントです


「初めてだけど、回る姿を観覧して楽しむ車ね、きっと」
 歌音はそう当たりを付けて、共に楽しむ美少女を探すが――
 右を見てカップル。
 左を見てカップル。
「夜の繁華街は合意済みの二人組にしか立ち入りが許されないというの!? 認めないわ! 断固として認めないわ!!」
 居ないなら、作ればいい。
 ――一緒に観覧車を眺めない?
 決め台詞を胸に、歌音は街中でフリーの女子を求め彷徨いはじめた。




「ボクらを結ぶ雨は降ってないけど、今日も素敵な夜だねぇ」
「雨降ってたら、こんなにきれいなお星さま見れいないからいいと思う!」
 シースルーゴンドラを希望する者が多かったから、歩と祈羅は待ち時間なしで乗れる通常のゴンドラへ。
 それでも充分に、広い窓から星空を楽しむことができた。
 並んで座り、同じ景色を目に焼き付ける。
「あ、そろそろ頂上かな?」
(頂点はチューポイントらしいけど、さすがに人多いと無理があるしねー)
 星空でも撮ろうかと、祈羅がカメラに手を伸ばし――その手を握りこんで、歩が優しく抱き寄せた。
「こうしていれば、誰にも見られないと思わないかい?」
 くい、とトレードマークの帽子のつばを引いて。悪戯っぽく探偵は笑った。
 からの――
「旦那さん、油断してたでしょー」
 不意打ちの、頬へのキス。
 してやったりと、祈羅がにっこりと。
「たまには、こっちから、仕掛ける、よ?」
「……まったく、姉さんといると飽きる暇がないなぁ」


 マンゴーとティラミスのW、おまけでローズをチョイスした真緋呂は、一機と二人きりで観覧車に乗る。
 どちらからというでなく、ごく自然に隣に並んで。
「一機君、一口頂戴?」
 抹茶とチョコの組み合わせを楽しんでいた一機の手が、ピタリと止まる。
「え、でも」
「頂戴?」
「〜〜〜〜。はい、あーん」
「あーん! どっちにしようか悩んでたんだよね。やっぱり美味しい! ね、一機君にもあげるよ」
「ぼ、ぼくはいいよ」
「……あら。私のジェラートは食べられないっていうの?」
「そうじゃなくて……」
 結局、押し切られますよね。
 段々と高度が上がるにつれ、景色も変わってゆく。
「綺麗ね……。この光が消えないように頑張らなくちゃね」
 無意識のうちに重ねていた手のひらの温度を感じながら、真緋呂が言葉を落とす。
「生きてるから今があるんだよ。……だから、あの日の事は間違いじゃなかった」
 空いている手で、一機は少女の髪に触れる。
 今まで、何かに焦る様に生きている彼女へと、語り掛ける。
「これからもっともっと、そう思えるようになるから。だから、あんまり無理したらダメだからね」
 静かに、いたわるように。心へ届くように。
「……一機君もだからね?」
 照れ隠しに、上目づかいで真緋呂は応じた。


 拓海と葉月を乗せたシースルーゴンドラが、頂点へと差し掛かる。
 ジェラートは食べ終え、空のカップは傍らに。
「楽しかったねぇ。星も、凄く綺麗……。あ、花火!」
「……葉月」
 低い声で、拓海が名を呼ぶ。
 淡い期待を抱いていた葉月の肩が、小さく震えた。
 ゆっくりと向き直ると、左手を優しく取られる。
「拓海――……」
 満天の星空を背景に、左手薬指へとリングが通される。
「これのお返しだ。……誕生日おめでとう」
 正式な受け渡しは学園へ戻ってからと、なるけれど。
 今日という日に、その指へ贈りたかった。
 革紐に通されたリングネックレスを示し、拓海は不器用に微笑んだ。


「この位置からなら夏の大三角も見えるか」
「神奈さん、星座に詳しいのですか?」
 神奈、グラン、御影はシースルーゴンドラから夜空と夜景を満喫する。
「幼い頃は姉に連れられよく見たものだ……」
「この星空へ線を引いた人って凄いと思います」
 やりとりを聞いていたグランが、そっと笑った。
「光嬢。こちらをどうぞ」
「グラン先生…… 何故、星座早見表を」
「ただ楽しむだけでは勿体ない、学生として学ぶ機会でもあればと」
 回転盤を動かしながらグランが説明する。
「これで、今日の此処からの星空になりますよ」
「わぁあああ。凄い!」
 星座をひとしきり楽しんでから、御影はシートへと行儀よく戻る。
「今日はご一緒できるとお誘いいただいたので、私からもちょっとだけ」
 ファティナへは、別れ際に渡している。
 小さなクーラーバッグから、カップに入った餡みつが姿を見せた。
 白玉や黒蜜はお手製ですよ、と胸を張り。
「ふむ、フルーツの切り口が綺麗になりましたね」
「わかります!?」
 グランに褒められ、御影がわかりやすく喜びを顔に浮かべた。
「光嬢の手ずからは、色々と食べてきましたから」
 ぽんぽん。穏やかな表情で、グランは御影の頭を撫でた。
 その落ち着きこそが『先生』と呼ばれる由縁である。
 夏の星座、それにまつわる神話などをグランが解説するうちに、ゴンドラは頂点の制止タイムへ。
「ちょうど、花火大会ラストの打ち上げのタイミングですね。これは運が良い」
 彼の言葉からカウントすること、3、2、1――……
「わぁっ」
 遠く遠くの街で、美しく花火が上がった。




 帰りのバス出立までの、短い時間。
 集まり始めた学園生たちが、互いの思い出や発見を笑顔で語り合う。


 観覧車から集合場所への途中、神奈に呼び止められて御影は二人で迂回する道を選んだ。
 しばらく沈黙が続き、それから思い詰めた表情で神奈は切り出した。
「光……、私が復讐の為に戦っているのは話したか?」
 問いに、御影は首を横に振る。
 故郷が京都にあることは聞き知っていたが、深い事情まで耳にするのは今が初めてだ。
「目的は今でも変わらないし、止めるつもりはない。だが……その中で初めて、目的以上に大切なものを見つけた」
「たいせつな」
「それが…… 光だ」
 間をおいて――恐らくは音にするために時間を要した――、神奈は口にした。
「初め、その気持ちが何なのか分からなかったが……今なら言える」
 夏の夜、生ぬるい風が吹く。

「私は、光が好きだ」

 空を見上げればきっと、落ちてきそうに星は瞬いていることだろう。
 そう感じながら、御影は微動だに出来ずにいた。
「……友人としてでは、なく。だから……その……、だ。私と……付き合ってくれないだろうか」
 冗談を、こういう形で言う人ではない。知っている。
 同性だから、なんてことは久遠ヶ原において然したる障害ではない。知っている。
 ただ―― 御影にとって、神奈はただただ、姉のように近しく慕っている存在で。
 それは例えば、グランやファティナも同等なのだ。
「わ、わた、わたし」
 どう答えたらいい? わからない。
 ごめんなさい、と謝ることも、なんだか違う。
 それじゃあ喜んで、というのも、なんだか違う。
 だって。
「初恋もまだなんですよ……?」
「…………」
「いえ! 同じ道場へ通っていた、五つ上のお兄さんには憧れていました!」
 小学生時代のことである。
「……時間を、いただけませんか?」
 意味や重さが違っても、御影にとっても神奈は確かに『大切』なのだから。
 神奈が何事か言いかけた時、集合を告げるアラームが御影の手荷物から響いた。


「光嬢」
 戻って来た御影を、何も知らないグランが待っていた。
「日頃から頑張っているご褒美です」
 待ち時間に買っていたらしく、小さな紙包みを差し出す。
「観覧車のキーホルダー! ありがとうございます。大事にしますね」
「……何か、あったのですか?」
「えっ、ななななんでも!」
 さすがにこればかりは、グラン先生であろうと相談するわけにはいかない。
 ややあって戻って来た神奈はファティナの隣へ腰を下ろし、そのまま目を閉じてしまった。




 遊び疲れた一行を乗せ、ゆっくりとバスは動き始めた。
 きらめく想いは、それぞれの胸に。






依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

鈴蘭の君・
鈴木千早(ja0203)

大学部2年241組 男 鬼道忍軍
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
郷の守り人・
水無月 神奈(ja0914)

大学部6年4組 女 ルインズブレイド
天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
ランベルセ(jb3553)

大学部5年163組 男 陰陽師
ツンデレ刑事・
蒸姫 ギア(jb4049)

大学部2年152組 男 陰陽師
タマモン・
草薙 タマモ(jb4234)

大学部3年6組 女 陰陽師
撃退士・
日比谷日陰(jb5071)

大学部8年1組 男 鬼道忍軍
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
\ソイヤ/・
高橋 野々鳥(jb5742)

大学部6年28組 男 ナイトウォーカー
日蔭のぬくもりが嬉しくて・
日比谷ひだまり(jb5892)

大学部2年119組 女 バハムートテイマー
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
クアトロシリカ・グラム(jb8124)

大学部1年256組 女 ルインズブレイド
ズレちゃった☆・
阿手 嵐澄(jb8176)

大学部5年307組 男 インフィルトレイター
妹ひとつで全てが解決・
姫月 亞李亞(jb8364)

大学部6年153組 女 阿修羅
\不可抗力ってあるよね/・
真珠・ホワイトオデット(jb9318)

大学部2年265組 女 ダアト