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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/07/21


みんなの思い出



オープニング


 初夏の風に、波打つ白銀の髪が揺れる。
 『白雷』。勇猛な戦いぶりから、そう二つ名で呼ばれた過去もあった。
 ゲート展開術式に集中する権天使・ヴィルギニアの横顔は、かつての姿を彷彿とさせた。

 丁寧に、時間を掛けて『準備』をしてきた。
 極限まで、悟られないように。
 知ったところで―― もう遅い。
 要の都市が急襲を受け、そのままに出来る撃退士ではあるまい。
 天界勢に圧殺され、それを潜り抜け、この地へ辿りつくのはどれほどの数か。
 辿りついたとして、山間に布陣したサーバントの突破は容易ではない。
 術式完成まで、耐え抜いてみせよう。
 必ずや。




 『東北の地で大きく事態が動いた際に、即座に学園からも人員を派遣して欲しい』

 撃退庁東北支部指令・長月 耀より上記の要請が来たのは数週間前のこと。
 わずか、数週間―― その間に国内別地域でも大きな動きがあり、実に悪い間で最悪のSOSが舞い込んだ。


 久遠ヶ原学園、ミーティングルーム。
「あらゆるものに、限りはある。撃退士の数も然り。さりとて、やらねばならぬ時がある。それが今だ」
 そう言いながら、職員は正面のスクリーンに地図を映し出した。
「出立まで間はないが、諸君らには一番厳しい戦局を任せることになる。しっかりと備えて臨んでほしい」
 現場の情報に関しては、長月が放った密偵から報告を受けている。

 白神山地、二ツ森。

 そこが、新たなる支配拠点として敵が選んだ土地であった。
 ――藤里町から見て、駒ヶ岳の方向
 ――八峰町、山の麓の神社
 菫色の修道女が残した足跡の、点と点とを結んだ先であり、気象条件が整えば山頂からは鳥海山を望むことも出来る場所。
 結果を知ってしまえば納得するしかない。
 世界遺産という、人間にとって『無意識の結界』が張られたその地は天然の要害だ。
 緑生い茂るこの時期、恐らくはトレッキングコースとして整備されている道以外を通るのは至難であろう。
 かつ、山間にはサーバントの影があったという。
 ひたすらに気配を消し、情報収集にのみ専念している密偵曰く―― 大天使ミロスファの姿もあるらしい。

「ゲート展開には、地脈から始まりあらゆる枷がある。一番大きな点として、展開の呪文詠唱はゲートの完成まで止めることができないこと。
規模により、作成に掛かる時間は変わってくる。数日とも、一ヶ月とも断言できない。いずれにせよ、最低数日間は無防備な状態をさらすわけだ」
 それ故、二重三重にサーバントで周囲を固め、大天使を防衛に配置している。
 大都市・仙台を大部隊で襲撃するといった行動にも出た。
「今回に限って言うなら、一日二日で作るゲートのために、こんな大掛かりな真似はするまいよ」
『青森県下に天界の勢力が足場を作る事は、札幌に本拠地を構える冥魔軍の喉元へと噛み付く様なものだ。東北が冥魔と天界の全面対決に巻き込まれかねない。下手をすれば、昨年の九魔どころの騒ぎではなくなるだろう』
 それが、長月 耀の見解である。
 冥魔軍を意識した場所。で、あるならば脅威と認識されるべき規模だろう。
「密偵が見たのは『儀式を行う姿』、開始から何日目かもわからない。」
 文字通り一刻を争う。しかし、無策で突っ込んだところで勝機はない。
 その為の、この『ミーティング』だ。
 『ゲート術式完成までの時間』を余地とし、最善を考える。最悪を考える。打てる手段、メンバー同士の能力・個性を最大限に活かす策は何か。
「理想論を挙げれば。人間の為に整備され、大天使が陣取るトレッキングコースを避けて、時間を掛けてでも道なき道を迂回して進むことが望ましい。
が、現実では時間が掛かりすぎる、体力の消耗も然り。回復魔法は傷の治癒にこそ有効だが、疲労回復は促せないしな」
 だから、敵が待ち受けていることを承知の上で、最短の道を選ぶ。
 そこは理解してほしいと職員が告げた。

「別働隊が突破口を拓く。その隙に、諸君らには先へと駆け抜けてほしい」

 大天使ミロスファは、広範囲に及ぶ魔法攻撃を有している。
 別働隊の動きがあっても完全に無傷で抜けることは難しいだろうが、総員で大天使を相手取り戦線突破を目指すよりは『目』があるとの判断。
 敵とて撃退士たちが『そこを通る』ことは予測できても、少ない手勢をさらに分けて突破するような力技を選ぶことまでは考えるだろうか?
 別働隊がどれだけ大天使を引き付けられるかにもかかってくるが、そこは仲間を信じて進むしかない。
 重要なのはゲート展開術式を阻止すること。
 避けられる小競り合いは極力避け、消耗は最小限にして聖女を護る壁へ挑むこと。

「そこで、……全体の流れを説明する」
 言葉を切り、地図をズームアップする。
「突入するのは、ここから。ミロスファが待機している場所は、この地点。トレッキングコースの中腹辺りだな。
ここを抜ければ、更に森林が深くなってくる。阻霊符を使えばサーバントの動きを抑制できるだろうが飛行は難しくなるだろう」
 枝をへし折りながらの上昇は不可能ではないが、悪目立ちが過ぎる。そもそも山間にあって、空を飛ぶこと自体が『標的』にされやすい。
 飛行したとして、木々から飛び出るのを合図に対空特化のサーバントが檻の如き真白の雷槍を射出する姿が確認されている。
「ここを過ぎ―― 山頂から直径周囲100mほどに『聖女の壁』とも表現すべき、ヴィルギニアの護衛部隊が配置されている。
その更に内側に、もう一つ。二重の構えで権天使を護りぬいている。遠距離射撃に対応する能力持ちと、対近接特化で構成されているようだな」
 これらを破らねば、ヴィルギニアへ刃を伸ばすことすらできまい。
 ――それに。
「弾丸一発でも当てれば術式の阻止は達成できる。しかし無防備とはいえ、相手は権天使。直近の報告書では、広範囲に渡る催眠効果の能力も確認されている。
術式を解除したことにより行動の自由を得た権天使が『催眠』を発動し、撃退士の同士討ちが始まればアウトだ」
 昏倒させられたって拙い。散らしたサーバントを集め、一網打尽にされるだろう。
 術者の意によって、その効果の内容は変えられるものらしい。波のように強弱があるため、覚醒と暗示が交互に訪れることもあるだろう。
 『術式阻止後』の方こそ、撃退士たちの危険度は跳ね上がるとも言えた。
 その辺りの加減は状況次第とも言えるだろう。
 いずれ。
 死んででも止めて来い、ではどうにもならない。このような事態の度に将来有望な撃退士たちを失っては、未来まで続かない。
 生きて帰ってくれば幾度でも再戦の機会はあるだろう。
「非常に厄介、ともあれとかくこれをクリアして、ヴィルギニアへ一発ブチこむ。そうしたら、逃げろ。とにかく逃げろ。全力で逃げろ」
 レーザーポインターが、進行方向をそのままスッと動かす。『来た道』は、指さない。
「もう一つ、退路を拓く班が動く。万が一、諸君が全滅しても。ヴィルギニアの術に落ちても。引きずって連れ帰ってくれるはずだ」
 どのタイミングでゲートが完成するかわからない以上、光信機が貸与される。
 最悪の事態が発生しても、連絡が付くということだ。
 だから、安心して逃げろ。生きて帰れ。


 職員はそこで手を打ち鳴らした。





リプレイ本文


 ざわめく。
 吹く風に、山の木々が。
 ざわめく。
 突然の報せに、胸の奥が。
 ざわめく。
 後方で、大天使の引き付けを担う部隊が。


 全てを振り切り、撃退士たちは白神山地は二ツ森の山頂を目指した。


 二〇一四年、七月。
 決して落とすことのできない戦いが、そこに在る。
 山頂でサーバントたちに守られる中、菫色に淡く輝く光の柱を幾筋も昇らせ『祈る』権天使が居る。
 ヴィルギニア――鳥海山の主・トビトの副官。
 剣を抜いては苛烈な一撃を振るい、
 広範囲に渡る催眠スキルを有する、翼なき聖女。
 その動向をひた隠しに隠し、突き止めた頃には東北の大都市・仙台が他の大部隊によって襲撃を受け、撃退士たちの数も分散させるよりなく。


 ――あらゆるものに、限りはある。

 例えば撃退士の数。
 例えば与えられた時間。
 例えば動かすことのできる味方勢力。

 天・魔・人界、それらに通じていえること。
 敵だって、無尽蔵に駒を動かせるわけではないはず。
 限られた中で策を立て、抗い、牙を剥き、そして。
 そして、止めて見せよう。
 美しい原生林へ咲かそうとする、ゲートという名の白き花を。天界軍にとってのアルカディアを。




 山道の両脇、木々の向こうで何がしかが蠢く気配がする。
 けれど、それが何か確認する余裕もなければ、突き止めて相手をする時間も惜しい。
「やっぱりゲートだったか……。こうなりゃ、意地でも阻止してやるぜ」
 あの花の香りは、今はない。
 柔らかな土を蹴りつけながら、向坂 玲治(ja6214)はこれまでの足跡を振り返っていた。


 撃退士など眼中にないといった、菫色の修道女。
 穏やかな表情で、残酷なまでの太刀筋。
 それだけの力を有し、何故、目の前に現れたか。撃退士一人、殺すでなく。
 在る時は決して姿を見せず、香りだけを残していったという。
 そして。
 形容するとしたら『花』の香り、玲治自身もその威力を体感した。その先で彼女と邂逅した。
 何故、あの場所に。
 何故、本人が。
 ブラフの天使も引き連れず、これといった策という風でもなく。

 ――手際の良さには定評があるのですけれど

 今にして思えば、手際とはこの状況のことだろう。
 人知れず山間にサーバントを配置し、完全にゲート展開へ集中できるよう。
(あれから、何日経った?)
 仙台が襲われたのは今朝方であっても、彼女が術式を始めたのがいつなのかはわからない。
 山の麓にある町へ本人が姿を見せた一件から、すぐに開始したとしたら?


「……借りは、返す」
 低く呟くのは常木 黎(ja0718)。
 彼女もヴィルギニアの厄介さを、よく知っている。
「これ自体が、万全な敵地へ撃退士を惹きつける罠とも思えるが……それでも進まなければならないのは辛いところだな」
「人間ナメてくれちゃってまあ……」
 鳳 静矢(ja3856)がこぼせば、阿手 嵐澄(jb8176)――ランスとお呼びください――も続くように不快感をあらわにする。
 ついでに美しい黒髪もわずかにズレ、ありのままの頭部も一部だけあらわになっていた。
 皆、そっと見ないふりをした。 
 ……気遣いさておき。
 恐らくは、この『道』を外れ視界の悪い場所へ入ったのなら、既に地形に慣れた敵から遠距離攻撃の集中砲火を受けるのだろう。
 木々を越え、飛行しても然り。
 そうして誂えられた道には大天使が控え、ゲート展開阻止に来る撃退士を一網打尽……という策だったに違いない。
 だが。

 ――この道を行きたい者はお行きなさい

 自分たちを待ち受けていた大天使の、真意はわからなかった。
 背後からズドン、も有り得たかもしれない。
 しかし、結論から言えばそれは無かった。

 ――私を止めたい者は止めるといい

 そこで立ち止まり、相手取ることを引き受けた仲間たちが居たから。
 彼らの立ち回りによって、全員がノーダメージで戦線を突破し、山頂を目指すばかりの現在に至る。 
「繋げてくれた道だ。私たちが失敗をするわけにはいかない!」
 紅蓮の髪の、香具山 燎(ja9673)が息巻く。
「その先にも、道はあるのだろう? 必ず、走り切る」
 志堂 龍実(ja9408)が呼応する。
 ゲート術式に専念している間のヴィルギニアは、指先一本さえ撃退士へ向けることはないだろう。
 だが術式が解除されれば、彼女は行動制限から解放される。
 レイピアを振るうか。花の香りを振りまくか。いずれ、撃退士たちは目標達成と同時に新たな危機に直面する。
 そこで、あらかじめ退路を作り救出に来るべく別働隊が、動いている。
 ヴィルギニアの追撃を振り切って、無事に彼らの元へ辿りつくまでが――否、辿りつき、合流し、帰還を果たすまでが。
 課せられた任務だ。

「ま、この作戦の成否が今後の為の分水嶺ってところなら、やれる事をやるだけさぁねぇ」
 ……緊急要請に来てみれば、こんな厄介事だなんて。
 眠たげな眼差しの九十九(ja1149)だが、辿ればヴィルギニアに繋がっていた調査依頼に関わった縁もある。
 世の中、何が何処で結びついているものやら。
 乗りかかった船だと思えば、多少は意欲も増すだろうか?
「人手が足りない…… とも、言ってられないしね」
 同タイミングで勃発した仙台襲撃への対応の方が、結果的には人員を多く割かれている。
 龍崎海(ja0565)が肩をすくめた。
「好きにやらせる訳にもいかないだろう」
 応じるでもなく声にするのは水無月 神奈(ja0914)だった。
 かつて、彼女の故郷である京都が天界勢により制圧された。
 長い時を掛けて取り返し、平穏が戻ったといえるのは今年の春のこと。
 神奈自身は本格的な戦闘任務からしばらく間を開けていたが、事ここに及んで見過ごす気持にはなれなかった。
 奪われたなら取り返す。しかし事前に防ぐことができるなら、それ以上のことはない。
「これでよし、と。さぁて、ちっと気張っていきやすかね?」
 ヒップバッグに入れた光信機をヘッドセットへ繋ぎ、緊急連絡への備えを整えた点喰 縁(ja7176)は軽い調子で意識を切り替える。
(また、天使様と戦わなければいけないんだね。また……)
 撃退士としての経験を積んで、山里赤薔薇(jb4090)も信仰としての存在と、それとは別の存在があると理解し始めている。
 絵画から抜け出たような、美しい翼であったり衣装であったり声であったりしても、『彼ら』は決して『救わない』。
 理屈でわかっていても、発展途上の少女の心から戸惑いが完全に消えることはない。
 戦う相手。わかってる。
 祈る相手は、助けを求める相手は、それではそれは……存在しないのだろうか。
 いつだって、惑いを振り払うとともに、心の中の何かをも切り捨てているような、そんな気持ちになった。
 一同の後方を、遅れながら走るのはユウ(jb5639)、表情は暗い。
(何としてもゲートの展開を阻止しなければ……)
「すまない、走りすぎた。ユウ殿、大丈夫か?」
 手傷を負いながらも参戦した彼女へ、燎が取って返して肩を貸す。
 撤退時には彼女を抱き上げる予定だ、今から慣らしておいて悪くないだろう。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。宜しくお願いします」
「気にすることはない、後方援護に期待しているからな。……そうだ、体勢が苦しいとか、こうした方が楽とかはあるだろうか」
「あ、それなら――」
 試せるだろうか?
 ユウは、考えていた案を燎へ打ち明けた。




「おにーさん、気に入らないわァ……。その、自分だけ高いところで安全気取ってるのがさァ!」
 ランスは後半の語気を強め、荒々しくカツラをキャストオフすると共に一足先に戦闘態勢へと入った!!
((とっちゃうの!!))
 ズレていることに気づきながら目を逸らし続けていた仲間たちの心は、その瞬間だけ一つになった。

(思ったより、振動が少ない…… 撃てる)
 燎の肩へ担がれた体勢で、ユウは愛用の銃を構えた。
 決して広いとは言えない山道の出口に、布陣する女性騎士型サーバントたちが視認できる距離まで来た。
 呼吸を整える。
 平時の力を出し切れない分、いつもより慎重に。

 こちらの接近に気付き飛翔した有翼の射手を、ユウのアウル弾が真っ直ぐに打ち落とした。
 カオスレート差による補正は大きいが、それはユウ自身にも言える。
 ただの一撃でも受けようものなら――
(これ以上の、足手纏いには。決して)
 『自分が落ちないこと』が最低限・最上の援護であると胸に刻み、彼女は再びスコープから敵を狙う。


「さ、戦争の時間だ」
 それを合図に、黎もまた狙いを定める。
(戦争って奴は、勝ってこそだからねえ)
 今回のミッションが、どれだけハードであろうとも負けるつもりなどない。
 向かって右手の射手をユウが落とし、左手の射手はランスの一撃で体勢を崩す。
 そこへ捻じ込むように、黎が続け様の追撃を浴びせた。
「往こうか、疾さと衝突力が命だよ」
 確実に確実に、倒していく。
 敵の脅威は何かといえば、飛行しながら遠距離攻撃を繰り出す射手と、頑健な盾に身を守りながら炎弾を放つ祈り手であろう。
 そこから、崩す。
 狙撃手たちは攻撃の手を休めることなく接近していく。
 敵との距離を見極め、ユウを降ろした燎もまた、最前線へと飛び出していった。



●聖女の壁――外郭
「さぁて。風の向きでも視ようかねぇ」
 ――回楼風、九十九を中心とし四方から風が放たれる。
 前衛陣が衝突と同時に、敵の布陣を確認する。
(……事前情報と、あまり変わりない?)
 先駆けて遠距離攻撃を仕掛けていたから多少の変動はあるだろうと思ったが、陣形は保たれたままだった。
「動くに動けないのが、『護り手』の業さぁね」
 なるほど。
 彼女たちが下手に動けば、そこが『穴』になる。
 恐らく、この敵勢で自由に動けるのは射手くらいだ。あるいは、木々の中の祈り手。
 すばやく判断し、九十九は仲間たちへ告げる。
「アンタ達を全否定する訳じゃないが……、黙って見過ごす訳にはいかないな」
 この場を指揮するのは、恐らく最後方、ヴィルギニアを護る『誓いの騎士』二体なのだろう。
 指揮官も、従うサーバントたちも、知能の高さが伺える。
 龍実は敢えて攻撃はせず、防御に専念する形で最前線の幻燈の騎士へと突進した。
 すばやく繰り出される槍を受け止め、
「此処は任せろ……、自分達が抑える!」
 彼が抑える騎士の向こう、祈り手の構える盾から魔道の灯りが光る。
「龍実くん、奥だ、魔法が来る!」
「させません……!」
 木々を背に前衛側面で状況把握に努めていた黎が、走りかけの火球へと反射的に回避射撃を放ち、
 それが空中で炸裂するのと入れ違いに、ユウが祈り手へと攻撃を飛ばした。
「こいつは…… ラッキー、でいいのかな」
 炎の余波は、龍実には掠り傷を負わせる程度。
「似たような攻撃の敵ってのは、たしかに居たけど、ねぇ」
「なんだって、試すしかないね」
 海が槍を旋回し、龍実の止める騎士へ胡蝶の妖撃を浴びせる。
「……手ごたえ、有り!」
「朦朧の騎士は放置でいいってことだねぇ? 見晴らし良くってイイんじゃなァい?」
 キラリ、見晴らしの良い頭部を輝かせ、ランスは第一陣の残る射手を狙うが―― 回避されると共に上昇を許す。
「へ…… わっ!?」
「ちょ、さすがに全弾フォローは……!」
 高度10mといったところか?
 地表を広く射程に収める位置から、射手が幻燈の矢を放つ!
 龍実が躱し、海が盾で受け止め、縁へは黎が回避射撃でアシストを。
「ハッ、下手くそ! 射撃武器っていうのは、こう使うものさ」
 ――手数こそ多いが、命中率はさほどでもない。
(だからって、油断は出来ないけど)
 嘲笑一つ、黎が前方へ踏み込みながら最後の射手を撃墜した。
 目下の脅威を取り去った――そう思ったところへ、小さな身体が左回りに駆けてくる。赤薔薇だ。
 放たれたのは、眠りの霧。スリープミスト。
 中央の三体の騎士を狙い、深い眠りへ連れてゆく。
「一刻を争う状況だ。噛付かない敵はそのままにしておきたいところだが……厄介な敵はなるべく減らしておかねばな」
 斜めに位置取り、眠る二体とその後方の祈り手までを射程に収め、静矢が紫鳳翔で一気に薙ぎ払う。
 前列の騎士に関しては、遠距離攻撃へ耐性の強さを発揮させない距離から。
「お目覚めの一撃にしちゃあ、ちょいとキツめで失礼しやす」
 すかさず、縁が剣を振り抜き引導を渡した。
「ここをこじ開ける! ゲート阻止は任せたぞ!」
 空いたスペースへ燎が踏み込む。
 白色の魔法鎌を操り、フォースで中衛の騎士を吹き飛ばす!!
「――今、だな」
 木々の中へ踏み込まないよう沿うように回り込んでいた神奈が、後衛へ押し出された騎士諸共、封砲を浴びせ、
「あとは一丁、頼む。頼りにしてんぜ!!」
 残る敵と護る味方の位置関係に注意して、玲治はオンスロートで駄目押しを。
 射手と祈り手、とかく厄介なものを殲滅し、残るは硬い騎士が三体。
 確率も関係するだろうが、海による朦朧も効かないわけではない。
 燎はタウントを発動し、騎士たちがユウへ向かわないよう少しずつ立ち位置を変えてゆく。
 それを受けて、海が他方向へと回る。
「挟み撃ちをさせるわけにはいかないね」
 第二陣へも、向かわせやしない。
 持久戦になるだろうが、ここをキッチリ抑え、撃破することは撤退時を考えても要となるだろう。



●聖女の壁――内郭
 上空から、羽音がする。
「豪勢なお出迎えさぁね……」
 第二陣、前衛を務める射手は二体揃って打って出てきた。
 高低差を付け、誰が狙いかわからぬよう――

 矢の、雨が降る。
 空から。空から。地上から。

「しまっ――……」

 後方に控える射手たちは、ただ真っ直ぐに矢を放つ。
「常木!」
「……っと」
 一度目は急所外しで事なきを得た黎の、眼前に防壁陣が展開される。龍実だ。
「さっきの礼に……なったかな?」
「……ありがと。腕は悪いのに当たるとアレだね、アイツら」
 黎で二発、耐えきれるかといえば難しかったかもしれない。
「それでも攻め込まないと辿りつけない」
「封じちまえば、いいってことですよね。常木先輩、傷の手当はあとでしっかり致しやす」
 追いついた縁が、中央へと踏み込む。
「一か八かは承知の上でぇ!」
 気合一発、魔法陣を展開すると同時にスキル封じのシールゾーンを発動する。
「よんぶんのいちー!!」
 全タコよりは上々でしょうか!!
(全てが全て、上手く運ぶなんざ思っちゃいやせんでしたけどね!!)
 涙をぐっとこらえる縁の後方から、射線を考慮して九十九がバレットストームを放つ。
 凍風纏う大弓より猛射撃が繰り出され、地上の敵を吹き飛ばしていく。。
「諦めの悪さは、大切やね」
「九十九くん……そいつぁフォローで?」

「とっとと落ちちゃいなさいってェ、たっかいところからズルいよォ」
 地上を圧倒した九十九だが、上空までは届かない。そちらをランスが受け持つ。
「あとは…… お願いしても良いですか?」
 か細い声が、青年を追い越してゆく。
 小さな背は、小さな手で、眠りの霧を生み出して残るサーバントを眠りの深淵へと突き落とす。
 赤薔薇が作り出すのは、鮮やかなまでの『道』。
 交戦すらも時間の消費と考え、とにかく最短へと繋ぐ道。

 第一陣突破以降、わき目もふらず駆けていた神奈が、後方の静寂に気づいて肩越しに振り向く。
 赤薔薇が近づいていた。
「ゲートは創らせない。誰にも何も、奪わせない」
 思い詰めた少女の眼差しに、何を言えるでもなく。
「……そうだな」
 一言だけ、返した。




「これで…… どうだ!!」
 持久戦に競り勝ち、燎は魔法鎌を振り抜いた。
 シールドを使い果たし、ダメージも蓄積している。
「第二陣は…… 静かですね」
 海が燎へ回復魔法を施す間に、ユウが合流する。
「山里殿のスリープミストか……。あそこまで辿りつけば、ヴィルギニアが近い。小競り合いを避けて、ゲート阻止に人数を割いたのかもしれないな」
「だとしたら、俺たちも急ごうか。うまく行けば第二陣の敵を挟み撃ちにできるだろうし、撤退もしやすくなる」
「射程も有りますし、全力移動で追いつきます。今は、お二人は先に」
「……大丈夫か?」
「はい。お陰様で、今のところ掠り傷一つありません」
「ユウ殿が、そう言うなら」
「それじゃあ、また、あとで」
「ええ」
 走り出す二人の背を、ユウもまた追い始める。
「――っ」
 癒えきらない傷の、あちこちが痛みだす。
(大丈夫。……私は、大丈夫)
 最後まで、行動を共に。
 ゲート展開を阻止して、最後まで戦い続ける。
 己へ言い聞かせ、前へ、前へ。



●白き花と誓い
 第二陣を突破して、視認できる距離にヴィルギニアがいる。
 胸元で手を組み合わせ、菫色の光を纏い、術式に集中している。
 まるで、そこだけが別世界のようだ。


「あらヤダァ、もうゲート開けちゃう寸前じゃないのォ」
「えっ、そうなのか!?」
「んー、なんとなくー?」
 吃驚する龍実へ、ランスはファジィな返答を。
「どっちにしても、今ここで止めなきゃなんねぇことだけは変わらねぇな」
 素直に振り回される龍実の肩を、玲治が軽く叩いた。
「さあ、がんばっていってちょーだいねェ」
 残るは、無防備な聖女と彼女を守る誓いの騎士が二体。
 とかく全力をぶつけるだけだ。
 ランスは回避射撃を含めた援護に徹するべく距離を測り始める。
「ま、せいぜいあがかせてもらおうかァ、おにーさんたちはしつこいんだよォ」


 接近する撃退士たちに向け、祈りの焔が次々と繰り出された。
「有限って話じゃないの!?」
 回避射撃の尽きた黎が叫ぶ。
「二体交互だと多く感じるな」
 持ち前の防御力の高さで対応しながら玲治がボヤく。
 一気に距離を縮めることが、なかなかに難しい。
「散開した方がいいな。一気に行くぞ」
 ここで立ち止まっている場合じゃない。
 全力跳躍から、神奈が封砲を放つ。
 狙うは本命、ヴィルギニア――!
 右隣の誓いの騎士が白く輝く障壁を発動させ、その攻撃を防ぐ。
「ちっ……。範囲攻撃まで庇うのか」
 神奈はそれを厄介だと感じ、
「なるほどねぇ……。本命ひとつに絞ろうかとも思ったけど」
 黎は好機だと捉えた。
 右手側面へと駆けこんだ黎が、火球攻撃の射程内だとは承知の上で博打に出る。
「静矢くん、行くよ!」
「了解」
 黎がピアスジャベリンで横一列に貫く、タイミングを重ねて静矢が踏み込み、紫光閃で正面から切り払う!
 範囲攻撃の加重攻撃、左右どちらの騎士がヴィルギニアを庇ったって累積ダメージはシャレにならないはずだ。
「――っ くそっ」
 最後の最後、入れ違いに放たれた火球が黎を巻き込んで炸裂した。
 装備する盾の角度の関係で、ランスの回避射撃がワンテンポ遅れ、余波が彼女の身体を襲った。
(ここまで来て――)
 意識が遠退く。
 遠退く意識の向こうで、少女の叫び声が響いた。

「私は人なんだ! 人類から搾取しようとする輩は全部敵だ! 天使でも冥魔でも関係ない」

 それは、己へ言い聞かせるような叫びだった。
 マジックシールドで火球を耐えた赤薔薇が、ありったけの力を込めてファイヤーブレイクを浴びせる。
 騎士の一人が、ついぞ倒れた。
「もう、一押し……!!」
 龍実がエメラルドスラッシュで斬りつける。
 騎士を、騎士さえ、倒してしまえば――……!!
「志堂、退がれ!!」
 返す刀で鋭く斬りつけられ、防ぐ龍実の背へ玲治が叫んだ。
「退が……? 今!?」
 少なからず動揺するも、武器を機甲弓へと切り替えて、下がり際に攻撃を放つ。
(――硬い、これじゃ倒しきれない) 
 歯噛みする青年と、入れ違うように玲治が突進してきた。

「ようやく、ようやくだ……。アンタの喉元に喰らいつく時が来たぜ」

 装甲の重さ、全てを乗せてのアーマーチャージ。強烈な牙。
 ヴィルギニアを10m程後方へと吹き飛ばす。
 何がしかの形で術式を解除した時、あまりにも近くに居ては返り討ちに合う危険性が高すぎる。
 周辺に配下のサーバントがピンピンしていても然り。
 強引に、距離を作る必要があった。
「これで仕舞いだ」
 そして、神奈が最後の騎士を袈裟掛けに斬り捨てた。



●解放
 ――頼んだよ、ヴィルギニア

 嗚呼。
 そういって、くれたのに。

 この世界へと呼び寄せ、必要としてくれたのに。
 お茶を淹れるように、時間を掛け、準備を整え……

 全ては、トビト様の為に。
 なのに。




 ゆらりと、菫色の修道女が立ち上がる。
 纏っていた光は、消えていた。
 白い顔を上げ…… 彼女は、柔らかな笑みを浮かべる。

「あなたたち……でしたか」

 その声に、震えはない。
(声が出る)
 出てしまう、そのことに衝撃を受けているだろうに、彼女は表に出すことをしない。
 怒り狂い、狂気のままに武器を振るうこともしない。
 取り囲む撃退士たちを、ゆっくりと見渡す。
 彼女の内心を、その場の誰もが汲み取ることが出来ずにいた。
 攻撃を仕掛けてこないことを幸いと、逃げだすことも出来ずにいた。
 その威圧感に―― 場へ、縫いとめられてしまった。

「あとは離脱するのみ、最後まで気を抜かずにゆくぞ!」

 空気へ飲み込まれ立ち尽くしていた一団に向けて、鋭い声が上がる。後方から駆けつけた燎だ。
 それと同時に、強烈な花の香りがヴィルギニアを中心に噴出した。
「!? これが……。ユウさん、大丈夫?」
 燎の背に居るユウへと、海が聖なる刻印を掛ける。
「…………んん」
 硬く目をつぶるユウ、何がしかの術に掛かった様子だったがすぐに正気を取り戻す。
「眩暈のような、頭痛のような…… 今は、もう大丈夫のようです」
 それを確認し、燎が全力移動で撤退を始めた。

 シリアスな表情でひた走るランスへ、誰もが声を掛けられずにいた。
 黒髪ロングストレート(のヅラ)だったはずの彼は、なぜか三つ編みを揺らして走っている。
 いや、解けば恐らくは黒髪ロングストレート(のヅラ)であろうけれど、これはおそらくおそらくしないでも、……被り間違えている。
 そして…… やはり、ズレている。
 皆、そっと見ないふりをした。

「おい、起き上がれるか? ……無理はさせられんか」
 直接言葉を交わした記憶は薄いが、幾度か戦場を共にしていたはずだ。見ず知らずというでもない。
 神奈は黎を抱き上げ、撤退を。
「……人間舐めんなよ」
 確かに気を失っているはずの彼女から、掠れた声がこぼれた。
「同感だ」
 そして脚に力を込め、全力跳躍で軽やかに山道を下り始めた。

「みんな生きて! 生き残らなきゃ勝ちじゃない」
 魅了に掛かり、静矢へ矢を向ける九十九へ赤薔薇がしがみつく。
「あーあー、聞こえやすか、こちらゲート阻止班。目標達成、ゲート展開は阻止いたしやした。――お! そいつぁよかった。合流、楽しみにしてやす」
「……だそうだよ。殿は俺たちに任せて、早く逃げよう」
 九十九の背後へそっと忍び寄り、海が聖なる刻印を付与する。
「行こう!」
「逃げるが勝ちってやつかねぃ……」
 先刻までの、不思議な頭痛が消えている。九十九は、ポリと頬を掻いた。
 こればかりは、これ以上は、どうしようもない。
 龍実が九十九を促し、
「なに、道中で何かがあれば私が盾になるよ。頑丈さには定評がある」
「……歩く薬箱も同行しやすね……?」
 乾いた笑いで、縁も追った。


「剣技が自慢じゃねえのか? どうして抜かない?」
「無駄な労力だからです」
 玲治の問いへ、ヴィルギニアは悠然と答えた。
 一人でレイピアを振るい、手近な撃退士を血祭りにあげたところでゲートを再び開けるわけではない。
 それよりは、広範囲に撃退士を捉え、混乱へ落とした方が効率的というもの。
「無駄、ね……」
(直接的な追撃は、無いってことか?)
 ヴィルギニアと言葉を交わした数こそ少ないが、その中で『嘘』を吐かれた記憶はない。と思う。
「日が暮れる前に、お逃げなさい。それとも、この香りがお気に召しましたか?」
「……冗談じゃねえ」
 一歩。玲治が下がる。
 ヴィルギニアは動かない。
 二人の動きを――何かがあったらすぐにフォローできるよう――海が距離を取って見守っている。
「聞き分けのない子ですね」
 すっと、ヴィルギニアが片手を挙げる―― 呼応するように、周辺の木々に隠れていた祈り手たちが姿を見せ、玲治たちを包囲した。
 ただ一か所、仲間たちの向かった退路だけを開けて。
「――お行きなさい」
 二度目はない。
 そう、言外に告げていた。
 視線を逸らさないまま玲治は後退し、充分に距離を取ってから反転していった。




 山頂に、再び静寂が戻った。
 ヴィルギニアは目を伏せ、それから鳥海山の方向へと首を巡らせた。
 風に揺れる髪を押さえる。
(――トビト様……)
 申開くようなことなど、無い。
 この結果が、全てだ。



●アルカディア
(この戦いは、いつ終わるんだろう。私たち人類が滅びるか天魔が滅びるかしないと終わらないのかな)
 でも。
 でも、と赤薔薇は思うのだ。
(私は信じたい。……久遠学園みたいに、すべての天魔も人も共存できる時が必ず来るって)
 ユウを背負う、燎を見て。
 ハーフの血を持つ、海を見て。
 送り出してくれた、大天使対応部隊を見て。
 退路を作り、合流を目指す救出班のメンバーたちを思い浮かべて。

 アルカディアがあるとしたなら、きっとそういう場所だろう。
 そう、強く思う。願う。
 その為に、護るべきものへと、繋げる命へと、この指先を伸ばしていこう。

 ――あらゆるものに、限りはある。
 例えば力。
 例えば命。
 限られているからこそ、十全の燃やし方を考えるのだろう。
 引きだし、全力で挑むのだ。



 出口が見えないような緑の中を、撃退士たちはひたむきに走り続ける。
 白神山地の豊かな木々が風にさざめきながら、その背を見送った。






依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 筧撃退士事務所就職内定・常木 黎(ja0718)
 崩れずの光翼・向坂 玲治(ja6214)
 紅蓮に舞う魔法騎士・香具山 燎 (ja9673)
 絶望を踏み越えしもの・山里赤薔薇(jb4090)
重体: −
面白かった!:11人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
郷の守り人・
水無月 神奈(ja0914)

大学部6年4組 女 ルインズブレイド
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト
紅蓮に舞う魔法騎士・
香具山 燎 (ja9673)

大学部6年105組 女 ディバインナイト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
ズレちゃった☆・
阿手 嵐澄(jb8176)

大学部5年307組 男 インフィルトレイター