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月が昇るには、まだ早い
蛍が舞うには、まだ早い
三日月のように細められた双頭の鷲の目は、嘲笑うがごとく。
重厚な鎧、その周囲へ妖しげに、光の球が浮かぶ。
長柄のメイスを両の手に、三体の鳥人サーバントが撃退士たちを上空から取り囲んだ。
――狩り
人々を集め、何処ぞへと攫うサーバント。
静岡県北方の山岳地域、人口の少ない箇所から根こそぎ奪うその行動を、誰とはなしにそう呼んだ。
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木々がざわめく、その音が行動範囲の狭さを撃退士たちへ伝える。
囲まれたとはいえ、完全に不意を突かれたわけではない。
アイコンタクトで互いの立ち位置からの対処を確認し合う。
(先手を取れたということでしょうか)
逸早く、闇の翼を広げるのはヴェス・ペーラ(
jb2743)。
移動力の限り上昇し、双頭鷲たちを眼下に納める。
約一ヶ月ほど前に、彼女や玲獅は同様の案件へ参戦している。その時は、夜中の襲来へ駆けつける形だった。
(きっと、この後に――)
大地を踏み鳴らし、上空30m――ヴェスの翼の最大高度――まで立ち昇る竜巻を起こすサーバントを筆頭に、『狩り』に携わる部隊が集結するに違いない。
少女が歌い人を集め、巨人の『檻』へ収容していく様子を目にしている。
順番で言うなら、あの『歌う少女』が先に駆けつけるのだろう。
「これは幸運ですね。ここで、あの敵を倒せば被害を減らす事が出来ます」
神の導きとはこの事。黒井 明斗(
jb0525)は槍を握る手に力を籠める。
眼前に浮遊する双頭鷲は赤塗りのラメラーアーマーに身を包み、いかにも守りが固そうだ。
「ここは、僕が押さえます」
背後に仲間たちを守りながら、明斗が呼びかける。少しでも怪しい動きを見せたら、妨害に飛び込めるよう身構える。
赤鎧の双頭鷲を正面に捉える明斗から見て右手に、銀鎧の双頭鷲。
赤と銀の間の位置にラグナ・グラウシード(
ja3538) が居り、やや後方の上空にヴェスが居る。
明斗の真後ろで盾を構えるのは御堂・玲獅(
ja0388)。
銀鎧の双頭鷲と、それから蒼塗り鎧の双頭鷲を警戒している。
玲獅の右手に、ランベルセ(
jb3553)と天宮 佳槻(
jb1989) が位置していた。
「せっかく面白そうだったのに」
囲まれた、と察したと同時に鼻を鳴らしたのがランベルセである。
山越え谷越え滝を眺めた帰り道。
日が暮れると川辺には『蛍』なる生き物が光り出すと聞いて、人界に疎い天使は楽しみにしていたのだ。
「こういうとき、何て言うか知ってるぞ。――空気読めよ」
「一般人を引き寄せ集めて連れて行く、ですか。人間が天魔にとって資源なら、充分にあり得る事ですよね」
ランベルセへ苦笑を零しながら、佳槻は蒼鎧の鳥人へ相対する。
(むしろ、今まで無かった方が不思議かもしれない。何というか、やる事がだんだんと人間に近づいているように思えるのは気の所為か……?)
大上段から見下すような『油断』というものが、ここ静岡では感じないように、思う。
佳槻は、伊豆半島での戦いにも身を投じていた。場所は離れているが、同じ静岡県内でのこと。
ゲリラ戦と人攫いでは種類が異なるが『形振り構わない』印象は同様に感じられる。
「どれにする?」
ランベルセの声が、佳槻の思考を僅かに止めた。
「目の前を」
「蒼か? 俺も好きだ」
「え?」
蒼。それは、ランベルセにとって『特別』な存在で、しかして佳槻が知る由もなく、予想外の返しに顔を上げる。
「動いて! 早く!!」
切羽詰った、ヴェスの声が響いた。
これまでの道中、冷静な姿が印象的だっただけに意外に感じると同時に、上空からの合図ということに二人の陰陽師は咄嗟に振り向いた。
もともと、何がしか奇襲を受けても対応可能なよう、ある程度バラけて歩いていたつもりだった。
囲まれた瞬間にヴェスが飛翔したのも、そこにある。――が。
上空から目にして気づく。隣接を気にするあまり、斜めのラインを失念していた。
「逃がすか……!」
明斗が叫ぶ、しかし敵がワンテンポ速い。
赤鎧の鳥人はふわりと宙を移動し、嘲笑と共に炎のブレスを吐き出した。
一直線に、撃退士たちを呑み込んでゆく。
「この程度! 道ゆくリア充よりも温い!!!」
銀の盾で防ぎながら、ラグナはしかし違和を感じていた。
(確かに温い、しかし、これは……)
あらゆるダメージを防ぐ障壁は、今日も絶好調。だが、その力が十全を発揮していないように思える。
「このブレス…… 通常の攻撃というだけではない?」
鉄壁の盾を誇るラグナだからこそ――一時に全ての体力を奪われないラグナだからこそ、気づいた異変。
手ごたえからは、『驚異的な威力』とも違う。
(守りの力を下げている……?)
そんな攻撃が可能なのか、敵は。
「翼が焦げた…… どうしてくれる」
気合だけで立ち続けるランベルセが、不機嫌に呟く。
(気を、つけていたのに)
一方、佳槻は青ざめる。
ヴェスの声が無ければ、完全に無防備となっていた。
玲獅による神の兵士が発動し、ギリギリの部分で意識を繋ぎとめながら気を引き締める。
(――まだ、私は弱い)
ちり。玲獅の心が焦れる。
(だからせめて。目の前の敵を倒し、命を護る務めを果たしましょう)
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銀鎧の鳥人が高度を僅かに上げ、上空のヴェスへと襲い掛かる。
「っと」
彼女が辛うじて攻撃を回避する下で、明斗はブレスを放った直後の赤き鳥人へと距離を縮める。
遠方までブレスを届かせるため高度を下げていた敵へ、少年の白銀の槍が伸びる。
「僕は大丈夫、他の敵を先にお願いします」
強く踏み込むも硬い鎧に攻撃は阻まれる。持久戦になりそうだ。
「ふん。色付きに輝く鎧なんぞで目立とうなどと浅はかな。おい、そこの鳥頭!
見るがいい、そしてその記憶に刻むがいい。もっとも輝くのはこの私。ラグナ・ラクス・エル・グラウシードだ!!」
煌びやかなオーラがラグナを取り巻く。
銀の、そして赤のラメラーアーマーの双頭鷲の目元が、嘲笑からやや気の毒そうな色へと変化したような気がするのは気のせいだろうかご褒美だろうか。
(機動力…… といっても、この狭さじゃ移動距離はそれほど重要ではないのかな)
では、決め手となるものは何か―― 『いかに先手を取るか』?
ブレスによる先制攻撃。飛行する撃退士への追撃。
二体の双頭鷲が立ち回り、それを防ぐうちに、ものの数秒で撃退士の部隊は二つに分かれていた。
「一体ずつ確実に集中攻撃していくことには、変わりません!」
迷いを振り切り、佳槻が鎌鼬を起こす。
「楽しそうだな。いい獲物を見つけたか?」
ニタニタと笑いの消えぬ双頭鷲へ声を掛け、ランベルセは別角度から布槍による攻撃を――
――ヴンッ
双頭鷲がまとう橙色の二つの光球から光弾の嵐が伸びては、双方の遠距離攻撃を潰した。
正確に言えば『捻じ曲げた』。
「そんなのって……」
『攻撃性の物ではなく、2射程内ではこれといった反応を見せないことが確認されている』事前情報として伝えられていたのは以上であるが、
(裏を返せば、遠距離攻撃に対して防御の役割ということか――?)
見開く佳槻の双眸に、鈍重なメイスが迫る。
ブレスの影響は体に残っており、攻撃を放った直後の脚に、力が入りきらない。
玲獅のガトリング砲が、光球そのものを狙い一つを砕く。
散りゆく光が佳槻の視界の端に映り、そして世界は暗転した。
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交戦開始して程なくの、嵐のような瞬間だった。
(三体の、動向の把握が先決)
倒れた佳槻を眼下に、それでもヴェスはマーキングによる敵の捕捉を優先する。
状況次第でこの場を離れ、恐らく訪れるであろう増援と連携を組まれてはたまらない。
真正面の銀鎧の鳥人をマーキングした後、更に高度を上げて間合いを取る。
その間に、もう一体による攻撃を明斗が受け止めていた。
「……!?」
(重い……!)
守りに絶対的な自信を持つ少年も、ラグナ同様の違和を感じる。
ブレスは魔法。メイスは物理。それぞれに属性は違えど……
一、二撃なら耐えられるかもしれない。
しかしそれ以上は?
仲間が襲われ、回復を選ぶだけ攻撃手が減る。
「……面倒なことになったな。我らだけで、あれを掃討するのか」
彼と肩を並べるラグナも、敵の能力を把握したようだ。
(あの光、何だか怪しい……。近づかれたくないな!)
「二つ対になってキャッキャウフフとリア充気取りか! 消し飛べ!!」
リア充滅殺剣を放ち、銀鎧が纏う光球の一つを潰す。
鳥人を遠距離すれば、防がれる。しかし、光球そのものを狙った時は?
その結果は、先に玲獅が示していた。
「貴様の相手は私だ、間違えるなよ!」
大剣を構え、浮遊する銀鎧の鳥人を睨み据える。
ブレスを吐こうが、メイスを振り下ろそうが、騎士たる盾が全て防いで見せよう。
「アレ自体を、狙えばいいのか?」
光球の発動に、反射的に攻撃を仕掛けた玲獅だったが、ランベルセの負傷度合いの酷さから続けての攻撃ではなく回復手としての行動を選ぶ。
入れ違うように立ち位置を変え、布槍は蒼鎧の右肩へ浮かぶ光球を貫き――それをさせるがままに、蒼鎧の鳥人はメイスを振りかぶり、そして下ろした。
玲獅が息を呑む。
ブレスの初撃を気力で何とか凌ぎ、続けてヒールを掛けて――その上からの、打撃でランベルセは沈んだ。
彼だって天界の眷属、決して守りに弱いわけではない。
――状況が、違う。
敵の構成も。恐らくは、状況における最優先目的も。
(考えるのは、あとでいい)
玲獅は盾を構え、シールゾーンを発動した。
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赤い鎧に向けマーキングを放ち、ヴェスは玲獅の元へと反転する。
「僕は、そうそう崩れませんよ」
ライトヒールによる自己回復で、明斗は体勢を立て直す。視界の端で、ラグナが銀鎧の残る光球を完全に砕いた。
攻勢へ転じることさえできれば、短期に畳みかけることさえできれば、望みはある。
その望みは、決して捨ててはいけないはずだ。
少年の強い眼差しを、しかし双頭の鷲は嘲り笑うかのように。
その守りの力を打ち砕く重さで、吹き飛ばした。
「……くそッ」
騎士道を重んずるラグナが、リア充以外の対象へ珍しく毒づく。
盾にして癒し手である明斗が落ちた。肩を並べ、敵の攻撃に耐えてきた同朋が。
「私は盾! 簡単には潰えんぞッ!」
咆哮し、自身を奮い立たせる。
最後のリア充滅殺剣を銀鎧へ放ち、二体の鳥人の攻撃を死角なく防ぐことができるよう位置取りを変える。
覚えのある重みが玲獅を襲う。
「まだ!」
まだ、耐えられる。
「遅くなりました」
最後の一体へマーキングを終えたヴェスが、アシッドショットで加勢する。
一撃の弾丸は、その自慢のラメラーアーマーを腐敗させ、微かながら浸食を始める。
「……攻めなければ、終わりません」
時間がない。
『狩り』のサーバントたちが集ったのなら、今の状況では蹂躙されるしかない。
たとえ自分たちは命を繋いだとしても、人々は攫われてしまうだろう。
命を投げ打って戦ったとして、あの光の靄纏う少女へ通すだけの戦力を、捻出できるかどうか。
「私の怒りの一撃……、耐えられるかッ?!」
ラグナが叫ぶ。
仲間の無念を乗せた、渾身のリア充粉砕撃で銀鎧の鳥人を撃破した。
間髪入れずに襲い掛かるメイスの攻撃を、シールドで受け止める。
「この程度で、我が怒りが鎮まるものかッ!!」
(追いつかない……)
盾を構え、そこから武器へと切り替えられないまま、玲獅はその場に縫いとめられていた。
耐えられて二撃。そこへ回復魔法を挟めば、結果的に防戦一方となる。
(多分、敵増援が来るまでに鳥人の殲滅は難しい……)
諦めるつもりはない。それでも、勝機が見えない。
敵を甘く見た? そんなつもりはない、最善を考えた。
それなら――
「『歌う少女』が来たら、などとも言ってられないようですね」
ヴェスもまた同様の考えだったのだろうか。
渾身のダークショットが駆け抜け、蒼鎧の鳥人を穿つ。
後方では、文字通りにラグナが孤軍奮闘していた。
彼の辞書に、恐らく『諦め』という言葉はない。
剣を振るい、盾を発動し、サーバントへ立ち向かい続ける。
「命を護る、務めを」
誓いを声にして、玲獅は顔を上げた。凛と咲く花のように、迷いなく。
増援が来ようが来まいが『ここで自分たちが全滅したら全てが終わる』。
それだけは、確かなのだから。
メイスの攻撃を盾で防ぎ、そのまま後退して銃による攻撃を放つ。
アシッドショットの効果で、少しずつ少しずつ、攻撃は通りやすくなっているようだ。
距離を詰めてからは、ブレスを放つ様子もない。こちらが密集しないよう、ヴェスが常時気を配り声を掛けていることも影響しているだろう。
ヴェスが再びのアシッドショットを撃ち込む。気にせず鳥人は間合いを詰め横薙ぎにメイスを振るう。玲獅の盾が、間に合わない。
声にならない声を上げ、ヴェスは最後のダークショットを放った。
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――ゴウ、
風の鳴る音と、サーバントの断末魔。
近づき、そして遠のく気配を、ラグナは耳にした。
「……勝った、のか」
「立っている数だけで言うのなら」
その隣へ、ヴェスが翼を畳んで舞い降りる。
6名中、4名が戦闘不能となった。そのダメージの深さも計り知れない。
幸いにして、追撃させる暇を与えず引き付けつづけた故、重体となったものはいないはずだ。
「あんなのがゾロゾロしているのか、この土地は」
今回は巡り合わせが悪かったかもしれない。しかし、こうした戦いが静岡では頻発しているのだ。
戦いとなる前に、人々が攫われてしまうことだって、ある。
夏の近づきを伝える、生ぬるい風が吹く。
意識を取り戻した面々も、ゆっくりと身を起こした。
支部へ連絡を入れ、事の経緯と救急班を要請する形になるだろう。
このまま体を引きずって帰還するのも、文字通り骨が折れる。
「もし、ここから人がいなくなったら別の場所へ行くのでしょうか? それとも、再び人を呼び集めるのでしょうか……?」
この戦いは、『狩り』を行なうサーバントへ、その背後の存在へ、少なからず影響を与えるに値したのだろうか。
不安げに、佳槻が口にした。
「同一個体ではありませんから、行動自体は無差別だと思いますが」
首を横に振りながら、ヴェスは思案する。
(何者であろうと……いかに強くても、関係ない)
牙をむき命を脅かすなら立ち向かう。それだけのこと。
揺れる茂みの向こうに、ぽつり、ぽつり、光が見えた。
「……ほたる?」
地に伏したままのランベルセが、薄く目を開けつぶやいた。
(あれが…… そう、なのか?)
それは、短い生を煌々と主張する光。
(平和なら『家族』と来たいところだったな)
佳槻がぼんやりと、そんなことを。
野に在って、夜の訪れとともに儚き世を逞しく生きてゆく光。
死線を経て、護りぬいた人々の命の、象徴だった。