.


マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/18


みんなの思い出



オープニング


『わたしたちが強くある必要はない。相手を弱めるか、こちらの駒を上手く使うことが出来れば、それで十分だと思うんだ』

 かつて、カラス(jz0288)が己の使徒へと告げた言葉だ。
 山間にあって尚、遠く見える富士の峰。この国で一番の高さを誇る山。
 そこに作られたゲートを守る大天使。
 自分にとって、あまりにも遠い遠い存在。そう考えていた。
 浅間山ゲートが壊され、残存サーバントたちが山へ潜伏するようになってから打ち捨てられた建物の屋根に腰掛け、風をもたらす金眼の天使は富士山を見遣る。
「己が駒に足りえるか……。久しぶりだな、こういった感情は」
 カラスは特定の上位天使に仕えるでなく、必要に応じて下される指示で動き回ることが多かった。
 数年前のゲート展開失敗も、地脈にばかり意識が行った上位天使へ、現状調査不足を訴えるも抗いきれなかった部分が大きい。
 損をしたのは、力を失ったカラスだけ。上位天使は他の天使へ別に指示を出し、力を増した。めでたし。
(今回は、そうもいかないからね)

 夏が近い。
 熱を帯びた風が、青年天使の黒髪にじゃれつく。
 この暑さだというのに、黒い外套を外すことなく蒼天になびかせる。
 山中での行動が多いだろうからと黒衣から深緑の衣服へと替えたのに、高い場所にいたのでは意味がない――片翼が居たなら、そう呆れそうなものだ。

 片翼を担った使徒は、今は居ない。
 生真面目で、曲がることを知らない、一筋の矢のような女だった。
 それでこそ、使徒にする価値があったわけだが。
 山向こうの海に浮かぶ、小島を拠点とする少女使徒をカラスは思い浮かべた。
(……あの子は) 
 ――それから、ガブリエルの使徒であった、青年は。
 彼女らもまた真っ直ぐに戦い、或いは末に果てた。
 遺された者たちの戦いを目の当たりにすれば、それに至るまでの状況もそれとなく伺える。
 軽い気持ちで携わるわけにはいかない。
「全てには、限りがある。山を彩る木々も、やがては枯れる。命は潰える。――潰える、その時が来るまで」
 問わず語りに語るのは、己の心を固めるためもあった。
 腰に差している硬鞭は、確かにカラス自身が使い慣れた得物ではない。
 それでも、敢えて用意したには理由がある。
 幾つかの自身の技から、模したものを組み合わせたには理由がある。

 春が終わり、夏が来る。夏が終われば、秋が来る。
 片翼を喪った季節が来る。

 何を得るために生きてきたのか、あの時ばかりは見失いかけた。
 復讐の念に駆られるような性格であれば、そも、ここまで生きていないと自覚はあるが。
「シュトラッサー・リカ。君を無事に富士へ届けることが出来れば、わたしも命の燃やし甲斐があるかな?」
 ――ひらり
 『伝書鳩』がカラスの肩へ止まる。
 カラスは金の瞳をそっと伏せ、柔らかな笑みを口元に浮かべた。




 伊豆の国市北部にある、DOG支部の一つが殲滅されたと聞き、三島市寄りの支部に所属していた撃退士・塩見が駆けつけた。
「支部が直接攻撃を受けたって…… どういうことですか!?」
「三点同時攻撃……やられたよ」
 深い嘆息と共に、薄紅色の髪をかき上げた女は、久遠ヶ原学園の儀礼服に身を包んでいた。
「明日付で厄介になる予定だったんだけど、ね。あたしは、久遠ヶ原の野崎 緋華。よろしく」
「DOG所属の塩見です。学園から応援が来るとは聞いていました。……よろしく、お願いします」
 アイスブルーの切れ長の瞳が塩見を下から上へと品定めするように眺める。
 苦笑に変え、右手が差し出される。軽く握手し、女の冷たい手はすぐに離された。
「僕も、しばらくこちらの立て直しに当たれと回されたので。学園生の方とは、幾度か同行していますから話も早いだろうと」
「……塩見くん、だっけ」
「はい」
「たぶん、たしかにあたしの方が年上だと思うけど。固くならないで良いよ。コミュニケーション第一で行こう」
「……はい」




「呼びかけに応じてくれてありがとう」
 臨時招集に駆けつけた学園生たちを前に、緋華が状況説明を始めた。
 本来の場所より数キロ離れたビル内に仮設された支部だ。
「襲撃を受けたのは、昨日。サーバントのアジトへ襲撃班は、その山中で。周辺地域の警護に当たっていた班には、ドラゴンを含む大部隊が押し寄せ――」
 緋華は、そこで一度、言葉を切った。
「支部そのものには、天使が単身で切り込んできた」

 完全に、潰しに来た。

 たしかに時間帯は最も手薄になる頃だったが、おいそれと襲撃を許すような場所には建っていない。
 周辺地域へ向かうドラゴンの背から降下しての、ほぼ一方的な状況だったようだ。
「天魔にはV兵器しかダメージが与えられなくても、撃退士はそうじゃないからね……」
 多少の『一般的な攻撃』であれば掠り傷程度とはいえ。

 建物が崩され瓦礫が降り注ぐ。炎が燃え盛り酸素が無くなる。何かに引火し、誘爆する。
 視界と行動を縛られた中で、縦横無尽に攻撃を受ける――
 それが、果たしてどういった光景だったか……。

「一進一退ズルズルするつもりがなくなったか、あるいはここを砕くことで再度の時間稼ぎを狙ったか、そこらはわかんないんだけど」
 昨日の今日で、命を繋ぎとめた者も意識が回復しておらず、詳しい事情は聞けずにいる。
「ただ、無事な南部を守るためにも、ここを崩したままじゃいられない。形成を立て直すまでの間、力になってほしいんだ」
 伊豆の国市から南―― 以前よりゲートの影響外にあった地域は、平和を保っている。
 そこまで戦火を及ばせるわけにはいかない。
「二日あれば、詳細なデータを用意できます。機器類の整備も。それまでは、山間へ踏み込むことは控えて防御に専念した方が良いかと」
「あたしも、そう思う。前回の遭遇時も奴は撤退を選んだって言ってたよね。……悔しいけど、今は『時間稼ぎ』に乗るしかないんじゃないかな」
 塩見の言葉へ、緋華が頷いた。
 攻めに出るより、守りをしっかりと。
 周辺地域への警戒、支部の機能の立て直し。最優先はそれらだ――

 話がまとまりかけたところで、大きな羽音が細く開いた窓から聞こえてきた。
 目を見開き、緋華が振り返る。


 次の瞬間、盛大にガラスが割れた。





リプレイ本文


 派手な音を立て、窓ガラスが飛散する。
 陽光に煌めく破片ごと、飛び込んでくる蒼翼のサーバント。

(奇襲? このタイミングでか?)

 昨日の今日だ。
 臨戦態勢を整えながら、恒河沙 那由汰(jb6459)は訝る。
「ちぃ……。だりぃけど……今は、やるしかねぇな」
「外に、未だ敵がいます。侵入者はここで流れを止めなければ」
 ヴェス・ペーラ(jb2743)は降り注ぐガラスの破片を避けながら後退し、スナイパーライフルを活性化すると同時に迷いなく弾丸を放つ。
 素早い動作で一体を撃破した、確認する間もなく、残る二体が大きく口を開き波状の範囲魔法繰り出す。
 水中に取り込まれたかのような圧力が空間を支配する。下手をすれば、意識が刈り取られてしまいそうだ。
(自分が相手なら……何を最優先とするでしょう?)
 白蛇の盾で攻撃を防ぎ、御堂・玲獅(ja0388)は考える。
 仲間を守る――そうはいっても、この盾が守れるものは己が身ひとつ。
 範囲攻撃を繰り出されたなら、限界がある。
「塩見殿!?」
 後方。少女の悲鳴ともつかぬ叫びが響く。緋打石(jb5225)だ。
「石ちゃん、そっちはケガは?」
 石へ庇護の翼を発動した塩見が攻撃を肩代わりし、スタン状態に陥っていた。
 野崎が石の肩を強く揺する。
「自分は大丈夫じゃ。――『ひさしぶり』……か」
 窓の外で黒い翼を広げる天使を睨みつけ、石は呟く。野崎もまた、無言でうなずいた。
 黒髪金眼の天使・カラス。その使徒を、二人はかつての任務で撃破した。
 野崎が『此処』へ来た理由も、そこにある。
 ――が、今はそんな感慨にふける暇すらなく。

 室内、それもデスクを囲むミーティングの最中。
 こちらの初期位置は説明するまでもなく固まっているわけだし、向こうは『外』も空間として所有している。

 とっさに回避を試みたリチャード エドワーズ(ja0951)もまた、波によって床に両手をついていた。
「挨拶をしている暇はないようじゃな」
 とんだ『ご挨拶』だと石が辻風を放ち、
「命がけでここを守った人がいるんです。その想いは、ちゃんと受け継いでみせます……!」
 初撃が直撃したものの、なんとか気絶へは至らなかった竜見彩華(jb4626)は、気力を振り絞ってスレイプニルを召喚した。
 蒼煙を纏う馬竜が咆哮し、主の意思に従い真空波を飛ばす。
 『無理に応戦しないよう』指示を受けているのか、石・彩華の連続攻撃も寸でのところで回避され、サーバントの羽を軽く散らすにしか至らない。
「天魔のやる事も、随分と手の込んだものになったことだ」
 バブルに飲み込まれずに済んだ天宮 佳槻(jb1989)は後方へ跳び退り距離を取りながら、鎌鼬を放つ――が、

 ――ドン

「天宮くん!!」
 サーバントの突撃及びスキルの応酬が建物に響いたのか、天井の一部分が落下し、結果的に佳槻の攻撃が無為にされる。
 砕けたコンクリートは蒼羽がその翼で振り払った。
「このクリティカル回避は無いわ……」
 舌打ち一つ、野崎が敵の足元を狙い牽制のアウル弾を放つ。
 決して高くない天井、サーバントも飛行は止めている。イカロスバレットを使ったとして本来の威力を発揮できない。
「片付けは……しょうがねぇから、これが終わったら手伝ってやるよ」
 口の中にたまった血の塊を吐きだし、那由汰がゆらりと立ち上がった。
 吹き飛びかけた意識を繋ぎ、大地の恵みで長らえる。
 開幕初手で、このダメージだ。まだまだ、先は長い。敵は多い。

 回復か。反撃か。防御か。悩む暇はない。
「現状を覆す行動を示さねば、カラスは私達の言葉に耳を貸す事はないでしょう」
 玲獅は踏み込み、シールゾーンで蒼羽のスキルを封じに掛かる。
(下から突破音……。こちらに足止めさせ、挟撃や包囲に持ち込むといったところでしょうか)
 DOGから支部の立て直しに派遣されたは塩見のみ。そして、学園からは野崎。
 追加で応援が来たならば二人のどちらかに連絡が入るはずで、外から接近していた天使たちに気づいていただろう。
 それがない、ということは――推して知るべし。
 この地でゲリラ戦を続ける残存勢力の歩兵には銀騎士・青銅兵、それにカラスが引きつれてきた黒騎士もいる。そのいずれかであろう。
 当たりを付けながら、玲獅は現状の早期打開に賭ける。
 自身が徹底してサポートすることで、仲間たちが攻撃に専念できるよう。
 ヴェスの二撃目が奔り、入れ違いに残った一体がスタンに掛かっているリチャードを襲う。
「……っ」
 剣のように鋭いくちばしが青年の背面へ突き立てられる。
 呻き声が上がる。

「ええい、往生際の悪いっ!!」
「お願い、今度こそ……!」

 石の巻き起こす風と彩華の召喚獣が、角度を変えて再びの攻撃をクロスさせる。
 サーバントの青い羽根が舞い上がり、そしてハラハラと落ちていった。




 玲獅のヒールが、リチャードの身体を淡い光で包み込む。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
 スタンから回復したリチャードは、軽く痛みの残る額を押さえながら現状を把握する。
「酷くやられた、か……」
 リチャード、それに塩見。ディバインナイトで『盾』としての力を誇る二名がスタンに落とされた。
 先手を取り敵の行動を制限することができるならば戦い方も変わってくるかもしれないが、俊敏さにも長けるというのならば……
 『間合い』すら握られている以上、『自分たちの考えへ乗せる』ことは、容易ではなかろう。
(……焦ったところで仕方ない。冷静に、着実に……ここを切り抜けるだけだ)
 呼吸をひとつ。リチャードは心を鎮める。
「あとは、出来る限りの敵を殲滅というところか……」
「下から、近づいてくる気配が」
 玲獅が、先ほど感じたことを伝える。今日のところはDOGから塩見以外に応援は来ない予定だという確認もとれた。
「それでしたら。最終的に3階でまとめて抗戦するにしろ、先に2階で倒すにしろ、私が先行しましょう」
 ヴェスが申し出、
「僕も向かいます。……残存勢力によるゲリラ戦か。目的が時間稼ぎとして何の為に、そしてどれくらいの時間を稼ぎたいのでしょうね」
 佳槻が拳銃へ武器を切り替え同行した。
「外の鳥どもは…… 動かぬ、か。牽制のつもりか?」
「だろうね。下からも敵が近づいてるっていうなら…… どちらが『本命』か、あるいは両方か」
 石が顎を撫で、野崎もまた遠方の敵勢力を睨み付けていた。
 いずれ、会議室を空にすることは上手くないだろう。全員がビル内へ向かってしまえば完全に侵入を許す。それも、ここからとは限らない。
 ビルは5階まである。
「俺は、下からの増援に向かうぜ。盾役に、塩見も借りられっか?」
「ああ、僕でよければもちろん」
「……そう、じゃな。自分もそちらへ回ろう。ただし、何事かあればすぐに戻る」
「野崎さんは……?」
 彩華が、険しい表情のインフィルトレイターを見上げた。
「あたしは、ここに残る。遠距離射手は必要だろう」
 そうして、玲獅・リチャード・野崎の三名だけを会議室に残し、他の撃退士たちは時間差をつけながら階下の敵対応へと向かって行った。




 敵の足音は、聞こえない。
 強引に正面玄関のドアを突き破った後、飛行能力で黒騎士たちは足音を消す形で階段を進んでいる。
「……来ましたね」
 2階から3階へ続く階段、その手前に身を潜め、ヴェスは姿が見えると同時にアシッドショットを撃ち込んだ。
 片手で発動される防護壁によってダメージのほとんどを防がれてしまうが、微かに傷付けた箇所から腐敗の効果は望めるはずだ。
「ここだ!」
 防御行動の逆を突き、佳槻が八卦石縛風を。
 黒き鎧に身を固めた騎士の、足元から見る見るうちに石へと変化してゆく。
「はっ…… センスのねぇ石像だなぁ。神社の狛犬の方が、よっぽど品性あるんじゃねぇか……?」
 軽口を叩きながら、後方から那由汰が属性攻撃を乗せた鎖鞭を振るう。
「硬ぇ!! 石になって更に硬くなんのかよ!」
「スキルも防御行動もとれませんけど、そうですね」
「いい的には変わるまいて」
 吠える那由汰へ佳槻が淡々と応じ、呆れながら石が刀を抜く。

「!? みんな、まっでけれ!」

 叫んだ声は聞き覚えあるが、イントネーションがわからず、全員の動きが一瞬だけ止まった。
「あ、あ、えっと! 会議室で! 会議室が!!」
 全員の注目を浴びた彩華が、紅潮する頬を押さえながら。
「動いたか」
 刀を振り抜き鞘へ納め、石が反転する。
「思ったより厄介だぞ、その石っころ!」
「ここは僕が食い止めますから、緋打さん、竜見さんたちは――」
「わかりました! 塩見さん、お願いします」
 石と彩華が会議室へ戻る。
 塩見は盾を活性化し、最前線へ飛び出すと他方の黒騎士の剣を防ぐ。
 こちらはこちらで、長期戦となりそうがゆえに手薄にすることは難しかった。




「攻めてくる気は、無いのか?」
 壁を背に、リチャードが呟く。
 多くの仲間たちが室外へ出てしまい、妙な静寂が訪れていた。
 机は薙ぎ倒され、窓ガラスが割れ、サーバントの死骸が三つ横たわる。
 吹き込む風は微々たるもので、その向こうには視認が漸くといった距離で天使と、両サイドを固める翼持ちのサーバント。
「あたしの銃じゃ、生憎と射程外だね。羽が生えてりゃ別かもしれないけど天使と空中戦もゾッとする」
 数年前、ゲート展開に失敗し、つい最近では使徒を喪った天使の、現在の能力がどの程度かはわからない。
 かといって、こちらが掴んでいるのは『天使』というだけで、その階級はわからない。
「…………」
 護りの姿勢を貫いていた玲獅が、じり、と窓へ歩み寄る。
(てっきり、猛攻撃を続けて来ると――)
「!」
 不意に。視界から天使たちが消えた。
「どうした?」
 リチャードが壁から背を離す。

 離れて、というべきか
 来る、というべきか
 来るのなら、では狙うのは誰か?
 守るとして、一つの盾で、全面が割れた窓ガラスという枠の、何処を?
 玲獅が息を呑む。

 『窓枠』を死角とし、天使が急降下と共に伸ばした鞭を振りおろす。
 宙より放たれたサイクロンは、窓枠もろとも砕き、崩し、サーバントの死骸さえ巻き込んで室内を蹂躙した。
「下がっていろ!!」
 野崎を庇うよう、リチャードが前へ出る。続けざまに巻き起こる風に片目を開ければ……蒼い羽が迫っていた。 

 天使の放つ一撃を、隠れ蓑にしての貫通攻撃――……!




 ドアを開けた彩華の頬に、暖かな血しぶきが降りかかる。
 ずるり、金色の髪が床に流れる――リチャードだ。
「……ッ」
 次いで目にした石も言葉を失う。
「入ってはいけません!!」
 玲獅が叫ぶ。しかし。しかし、これは。

「指揮官の特攻はありえないと、思っていたかな」

 猛禽類を思わせる黒い翼。
 金色の瞳。
 石は、それに見覚えがある。
 仲間が銃で追撃をしても軽々と逃げおおせた、その速さも知っている。

「手の内を明かすことは寿命を縮めるから、好きじゃないんだ」

 笑い、そして聞き取れない歌を――呪歌を、口ずさむ。
 風が凪いだ、ように感じた。

 カラスは鞭を一旋、周囲に風の陣を纏うとともに、しなやかに下方へ打ち付ける。
 ――ダウンバースト、気流の変化による暴風が周囲を襲った。
 まともに受けた野崎が倒れる。

「おい! 何が起こって――」
 轟音を聞きつけた那由汰が非常事態発生と踏んで飛び込んでくる。
「……てめぇか」
「ひみつだよ?」
 『何が』とは、言わず―― 笑い、天使は三度目の鞭で、もう一度サイクロンを巻き起こす。
 壁として立ちはだかっていたストレイシオン、そして那由汰をも巻き込み――


 嵐の後には、何も残らなかった。




 重体二名。
 戦闘不能二名。
 野崎もまた重体で、身動きが取れずにいる。ただし、天使の技に関しては記憶していた。
 玲獅の治療を受け、とぎれとぎれに野崎が語る。
「歌のあと、急に動きが早くなってた……。このところじゃあ、倍速で動く敵は珍しくなくなってたけど」
 話に聞けば、静岡県北部で人々を攫うサーバントの中にも、三倍速で剣を振るう少女の姿があるという。
「他は、確かにガブリエルの使徒・北條のものと類似していますね。防御系、遠距離系、範囲魔法……」
 石化させた黒騎士は撃破できたが、もう一体はどうやら天使の参戦に合わせたらしく逃走してしまった。
 戻ってきた塩見が惨状を前に、それでも再起不能や死亡者が出なかったことに安堵し、情報のまとめを手伝う。
「……俺達が知ってる技を、態々使う? 何の為にだ……? ……ブラフか?」
 指一本動かすのも重い中、那由汰は思考する。
「ガブリエル配下のサーバントと連携を取る際の相性もあるのでしょうね。既視感から『慣れている』と僕たちが判断してしまえば困惑も生まれる」
 同じ技だろうが、使い手が異なれば影響も違う。
 北條は使徒であり『ガブリエル』という主が第一の存在理由であった。
 しかしカラスは違うだろう。
 『守るべき主』が、ここには居ない。ガブリエルの命令によりここへ遣わされたのだとしても、何かの盾になる戦い方をする必要が無い。
「……守るだけでは」
 玲獅が言葉を落とした。
(先頭に立ち、盾を翳すだけでは―― 仲間を守ることは無理なのでしょうか)
 自分を素通りした、蒼い突風を思い出す。
 では、どうすることが良かったのだろう。
 黒騎士対応へ集中していたヴェスもまた表情を暗くする。
 誰もが誰も、同じ武器を持っているわけではない。
 天使が、長射程の攻撃を駆使していることは情報にあった。知った上で自分にとって最善の選択をとったつもりではいたけれど。
 反撃を許さぬ間合いを作り出し、一方的に攻撃を仕掛け離脱していったことを思えば――
 それももう、今更なのだろうか。
 次へ繋ぐことは?
(人間の側にはある程度、慣れのようなものが生じているんだろうか)
 例えば組織内の人間関係。
 あるいは天魔との戦いそのものに。
 治癒膏で応急処置を手伝いながら、佳槻もまた考えに耽る。
(だからといって、天魔に好き勝手させて黙っているつもりもないが)
「一つの命が潰えても繋がった命は続きます。……天使にも、そうして繋げたい何かがあるのでしょうか」
 佳槻の呟きに、塩見が顔を上げた。
「山向こうで指揮を執っているのは、元はサリエルの使徒ですからね……」
「……主を喪った使徒、使徒を喪った天使か」
 石が、そう言葉にして薄く目を開いた。
「そこに同情があるのかどうかは知らないがな。天界の事情など、知る由もない」
 リチャードは壁にもたれ、穴の開いた天井を見上げた。
 嗚呼。ぼろぼろだ。体も、建物も。

「とりあえず」

 掠れた声で、野崎。

「意識が戻ったら、みんな、ここの後片付けしようね。なぁに、上の階は手つかずで敵は逃げてった、寝泊りはできる。
拠点を整えなくっちゃ反撃なんかできやしない」





 伊豆半島からのゲリラサーバント一掃を目標とした作戦が決行されるのは、それから少し後のこと。







依頼結果

依頼成功度:失敗
MVP: −
重体: 鉄壁の騎士・リチャード エドワーズ(ja0951)
   <屋外からの攻撃に穿たれ>という理由により『重体』となる
 新たなる風、巻き起こす翼・緋打石(jb5225)
   <天使による爆風に沈められ>という理由により『重体』となる
面白かった!:4人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
鉄壁の騎士・
リチャード エドワーズ(ja0951)

大学部6年205組 男 ディバインナイト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
スペシャリスト()・
ヴェス・ペーラ(jb2743)

卒業 女 インフィルトレイター
想いを背負いて・
竜見彩華(jb4626)

大学部1年75組 女 バハムートテイマー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA