●
山を天然の要塞とし、各所に散っては襲撃を繰り返していたサーバント。
拠点を見つけ出し叩きながら、復興中の街へは進ませまいと迎撃に努めていたDOG撃退士。
一進一退の攻防が続いていたが、補充の利かないサーバントに対し、撃退士は外部から応援を呼ぶこともできる。
いつかは……いつの日かは、平穏を取り戻すことが出来よう。
そう信じ、戦い続けていた。
が。その日、バランスの一つが崩れようとしていた。
翼を広げ、黄金の竜が紅蓮の炎で地表を焼き払う。
撃退士たちは空の脅威へ対抗する暇もなく地上の騎士に押されている。
ひとり、またひとり、倒れ伏しては手練れの血が大地に染み込んでゆく。
見下ろすのは、冷たい金色の瞳の天使。
●
(あの黄金の大天使の置き土産、か)
インレ(
jb3056)は、かつて間近に対峙した金色の月を脳裏に浮かべていた。
彼女の指示に従うかのように、サーバントはゲート跡地近隣の山へ残り戦いを続けているという。
直接の使徒ではなかったにせよ、盟友――と呼んでいいものか――その遺した使徒に、それから。
(北條と見間違う天使……)
攻守に長けた鞭使いの青年を、インレが姿を目にしたのは一度きり。
(……いや、僕は手を伸ばすだけだ)
武器が、能力が、似通っていたとして。糸を辿れば、彼の月に繋がって居るやもしれぬとして。
欲をかいて眼前の道を断たれては意味がない。
伸ばす手の先を、見誤ってはいけない。
「敵の狙いは、撃退士か補給物資か?」
インレは通信機越しに短く問う。
多くを訊ねる余裕はない。それは、こちらにも、向こうにも。
斡旋所で確認した塩見の番号へ連絡を入れると、呻き声が返ってきた……持ち主は恐らく交戦中、戦闘不能者にパスしたのだろう。
遠く、ブロンズソルジャーの叫びが聞こえる。
『補給物資は無事だ。……今のところ』
「ふぅむ」
(敵の攻撃が補給物資に絞られているなら、最初から投げ捨てて逃げれば済む、か……)
『撃退士が物資を守るように立ち回らせている』とも考えられるが。
もうひとつ、訊ねたいことはあったが轟音とともに通信は切れた。顔を上げれば、ブレスを吐いたドラゴンが山側へと後退している。
再度の焼き払い、あとは地上兵に任せると言ったところか。
「どうやら、狙いは『撃退士』のようだのぅ」
通信機を懐へしまい、インレは仲間たちへ伝えた。
(まだ……ここを戦火にしたいのか……)
暗澹たる想いを抱いて、強羅 龍仁(
ja8161)はその言葉を聞いた。
大天使を倒しても。追い払い、ゲートを壊しても。この土地の平穏は遠い。
しがみつくように、敵は戦いを放棄しない。この土地で、再びゲートを開くことなどしないだろうに。
「しかし、ここに来て何故天使が……?」
「リカに何かあったか、リカだけでは対応できないことが進行しているのか?」
龍仁のつぶやきを聞いて、同様の疑問を抱いていた龍崎海(
ja0565)が確信は持てないまま考えを挙げる。
シュトラッサー・リカが、伊豆の残党を率いてゲリラ戦を展開していることは知るところだ。
イスカリオテとガブリエルが富士ゲートへ身を寄せている今、死天大戦以降にこの地で指揮を執るのはリカ――そう、認識していたが。
天使の到来が、ガブリエルたちの考えによるものかどうか今は判らない。
先駆けを告げるように、残存以外のサーバントが姿を見せたのは少し前の事。
その戦いに、海は参加している。指揮能力を持つサーバントと、対峙している。
しかし今回、翼持つ黒騎士を指揮するのは気配消す鳥ではなく、新参の天使だという。
「死んだはずの使徒と同じ戦いをする、か」
「戦況に合わせて、ということも有り得るが……。天使が態々使徒の技を摸すか?」
先頭を走るキイ・ローランド(
jb5908)が気がかりを口にし、龍仁は眉根を寄せる。
「亡霊さんにでもなったのかな?」
「確かにサーバントはガブリエルに合わせた配下だから相性はいいだろうけど、本来の戦い方じゃないならそれは隙になるな」
おどけるキイへ、海が冷静に返した。
天使・カラスの名は過去報告書の中にこそあれ、交戦記録は無かった。
どんな戦いが『基本スタイル』なのか、知る者は居ない。
あとは、体当たりで確認するしかない。海は思考を切り替える。
「先行しているDOG撃退士も心配だし、物資も無事なものは確保しないとね」
「ええ、急ぎましょう」
前衛を担う一人、日下部 司(
jb5638)が小さく頷いた。
(争って、奪い合って、大切な物を失って傷ついて……)
人も。天使も。悪魔も。繰り返し、繰り返し……
三種族の三つ巴だなんて謳う者もいるそうだが、人と天使の間に生を受けたエルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)にとって、全てに大差はないように思えた。
ただ悲しくて、唇を噛む。
(それでも、戦わないと)
戦うことで自身の罪が洗われるとも、今は思わない。
戦って戦って血に塗れ、罪悪感と悪夢に苛まれた幾つもの夜を知っている。
それでも、エルネスタは剣を手放さない。
立ち向かうことを、捨てない。
今もなお、虐げられている命がある―― 理由は、それで十分。
(私の、この手で守れるのならば)
●
――遠い
全体の攻撃力を底上げするスキルを持つというドラゴン、そして指揮を執る天使も。
上空、陣の遥か後方に控えている。
こちらからの攻撃がすぐに届かないのと同様に、向こうもまたワンモーションで攻撃は出来ないだろう、と見える。
「率先して倒すべきは、ドラゴンだと思うのですが」
「それがセオリーなんだろうけど」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)、それにカイン 大澤 (
ja8514)が『案の定』と言った表情で視線を交わした。
「高みの見物決めてる黒マントや、鎧連中に確実に邪魔されるんだろうな」
体は強引な治癒と改造で15歳ほどに引き上げられたカインだが、言葉遣いはたどたどしい。
近づくほどに見えて来る現状、到着手前に作戦の詰めを確認し合う。
「あー 結構いるな」
「思った以上に数が多いね」
3体のダークナイトを先陣として、ブロンズソルジャーが2〜3体ほど従い、交互に槍を繰り出している。
既に倒されたサーバントもいることを考えれば、余程の数を投入してきたか。
「対天使で白兵主体の人員が裏目に出たか? いや、『今』は違うかな」
海は大戦のことを思い返しながら、現状と照らし合わせる。
(補給部隊が少数だから、数で圧倒するという手を選んだのかもしれない)
少年兵として戦場を歩いてきたカインは、敵の構成を目にしてその『攻め方』の予測がついた。その、攻略の鍵も。
「ん。近いやつから潰すのが良さそうだ」
「下手に飛び出すわけにも行きませんしね……」
「接近戦、周りのカバーは自分がこのまま請け負うよ」
陣形は基本的に維持したままで問題ないと判断し、キイが申し出る。
「天使以外は、誰かしら交戦経験のあるサーバントなんですよね。油断はもちろんできないけど、手の内は俺たちの方が、よく知ってる」
情報共有、敵の特性の把握も完了。
司は明るい声で、士気を上げるよう努めた。
わからないことに不安を募らせるより、わかっていることで足場を固めた方が、ずっと生産的だろう。
●
真っ直ぐな軌跡を描き、アウルの弾丸が青銅兵の肩を撃ち抜いた。
ヴェスだ。
迷いなき一発が、DOG撃退士へ援軍到着を報せる。
「大丈夫か」
続いて、低音の声とともに柔らかな癒しの風が吹き抜ける。
「遅くなりました! 皆さん、大丈夫ですか?」
龍仁のタイミングに合わせ、司がウェポンバッシュで前線に噛みつくダークナイトを弾き飛ばし、そのまま前衛の一人と入れ替わる。
「来るとわかってる攻撃なら! いくらでも防いで見せる!!」
間髪入れずに繰り出されたソルジャーの槍を、シールドで防いで。
司と龍仁が壁となる間、気絶から目覚めたDOGの撃退士たちも素早く状況を飲み込む。その辺りは、さすがプロだ。
「塩見さん、久しぶり」
「龍崎くん!? ペーラさんも……。また、来てくれたんですね」
黒髪を短く整えた、見るからに真面目然とした青年ディバインナイトが、聞き覚えのある声に振り返った。
回復魔法で塞がった頬の傷に、痛々しく乾いた血が張りついている。脇腹や足にも傷を負っている。満身創痍だ。
それでも、海やヴェスの到着に、人好きのする笑みを浮かべた。
「まだ青銅兵の相手をできるなら手伝ってほしい。どうですか?」
「さすがに他のメンバーは自衛が最善策だと思いますが、僕はまだ戦えます」
海へ、塩見が頼もしく頷いて見せる。
「前衛は、自分たちに任せて」
重体で動けない撃退士を後方へ下げながら、キイが声を掛けた。
「後方から、援護射撃を行います。護衛をお願いできますか」
「そういうことなら」
遠距離攻撃用の武器を持つ敵を、優先的に狙う――それが、過去の報告書にあるブロンズソルジャーの特徴だ。
今回はどうかわからないが、それを確かめるにも盾が一枚、有ると違う。
ヴェスの申し出に二つ返事で、塩見は後退し彼女の盾を務めた。
エルネスタは、光の屈折を利用して己の姿を『消す』。
(気配は、読まれても構わないわ)
太刀筋や攻撃時の隙、自身の急所を『見せない』ことにこそ意味はある。
前衛のすぐ後ろから、攻撃の機を伺った。
「かかってこい。貫けなどしないけどな」
盾を構えたキイが、横転したトラックの前へと飛び出してタウントを自身に掛ける。
その両翼を、司と海がガッシリと固めた。龍仁は司の、やや後方に位置どる。
キイが集中攻撃を受けようものなら即座にアシストできるように。
頑健な壁へダークナイトが俊速の剣を振り下ろし、別の角度からブロンズソルジャーが背より光の翼を噴出してチャージ攻撃を仕掛ける――!
生半可な『盾』ならば、その連携で脆く崩れたはずだ。
けれど大地に足をしっかりと着け、キイは全てを受け止める。
「どっちが硬いか試してみるか?」
素早く、それでいて重い二連撃に耐えきり、反撃のフルメタルインパクト!
「……って、ちょっと予想外…… そっちも硬い、ね」
渾身の力を乗せた攻撃を、左手から発動された防護壁で防がれてしまう。掠り傷程度しか、通らない。
(長期戦? それでも、負けやしない)
キイは青い瞳に、騎士たる誇りの炎を灯した。
(ドラゴンは、動かない)
咆哮を上げ続ける金焔竜は、キイのタウントに反応していない。
(距離があるから? それとも天使の指揮が強いのかしら)
いずれにせよ、率先して自身が動く様子はないと読んだエルネスタが呼吸を整える。
この戦線にドラゴンの介入が無いのなら、ずっと動きやすくなる。
「一度、落とすぞ!」
右手を挙げ、龍仁が叫ぶ。コメットの合図だ。
前線の味方を巻き込まないギリギリの位置へ狙いを定め、振り下ろすモーションと共にアウルの隕石を天から降らせた。
大小さまざまな塊りに装甲を潰され、或いは弾き飛ばされ、ブロンズソルジャーたちの足が下がる、
(……今!)
敵の動きが止められた瞬間を逃すことなく、赤い髪の女騎士は前線へ踏み込んだ。
雷の剣が、閃きと共に軽装の兵士を切り裂く。
「麻痺で足止めできれば上々と思っていたけれど」
トン、撃破してから一歩下がり、体勢を立て直しエルネスタが呟く。
龍仁の初撃を受けた青銅兵ならば、ただ一押しで潰せそうだ。
高く結い上げた赤い髪は、再び生み出した蜃気楼へと消えてゆく。
「前衛が、盾に専念してるだけだなんて思わないでね」
龍仁とは逆方向から、海がヴァルキリージャベリンで突進して来るブロンズソルジャーをまとめて貫く。
「……騎士は、やっぱり違うか」
同様の攻撃を浴びせても、防護壁で遮られてしまう。
「ペーラさん、どう?」
「……物理でも魔法でも、手ごたえは変わらないようです」
二種の銃を使い分け、攻撃を繰り返していたヴェスが短く答える。
「攻撃力半減ってわけでもないのかな」
海は、かつて京都で戦ったサブラヒナイトの鎧を思い浮かべるが、それとも違うらしい。
(魔法的な『スキル』か。全てに万能とは考えたくないけど…… 攻撃は、今のところは剣による物理だけ、ということは)
守りに特化したサーバントなのかもしれない。
戦いながら、周りの声を聞きながら、海は推測を重ねてゆく。一つの戦いで、少しでも有益な情報を得られるよう。
「幾ら硬かろうが── 鏖殺するだけだ」
暗い暗い闇の底から、ひっそりとインレの声が浮き上がった。
千の敵を鏖殺する王を呼び起こし、異形たる黒鋼の腕を顕現させる。
黒き兎が、最後方から駆け上がる。
「──オォォォォォッ!!!」
持ちうる力を最大限に引き出して、腕が、黒鋼の刃が、天界に属する兵士を食い荒らした。
●
一歩間違えれば味方をも巻き込みかねない範囲攻撃の陰で、じわり、じわり、カインが外側から詰めてゆく。
操る火炎放射器の威力は、決して高い部類ではない。
他の派手な攻撃に紛れ、ダークナイトは片手間に防いでいる――『防がされている』。
インレの攻撃を防ぐ際に意識を移したことがスイッチとなり、黒い少年兵は全力跳躍で一気に距離を縮めた。
「到着。とらえた」
愛用のバトルシザーズ――通称【断末魔】を、油断しきったその腹部へと突き刺して。
「なに言ってるか、わかんねえよ」
突き立てた鋏を強引に開き、装甲を引き剥がす。ダークナイトは何事か叫ぶが、もちろん人の言語を為していない。
左手から発する防護壁は、『この距離では通じない』。
ダークナイトの守備力の高さは、装甲はもちろんだが防護壁に依るものが大きいようだ。
「もっと、やわらかいところがあるか」
鋏から、ショットガンへ―― 腹から、形を成さぬ声を発する、口の中へ。
「……結構苦労するぞコレ」
単独戦闘に慣れた、少年の流れるような動きに目を奪われていた塩見は、振り向く青い瞳に笑いを零した。
返り血に髪を濡らし、多様な武器を操る少年は―― 少年だ。
無機質な表情でありながら、言葉には血が通っている。
もっとも、更に狂気じみた能力を持っているのかもしれないが。
一体のブロンズソルジャーが、隙間を縫ってヴェスを狙いチャージを仕掛ける。
モーションに目を光らせていた司がとっさに進路へ飛び出し、盾で受け止めた。
「後ろには、通すものか!!」
激しい衝撃が腕を通じて司の全身に響く。
「そのまま、止めていて」
耳元で、ふわりと姿なき女性の声――エルネスタだ。
淡い緑色の輝きを纏い、姿が浮かび上がる。
疾風迅雷の、閃滅。
愛剣【閃光の女神】の刃がキラキラと閃いて、ブロンズソルジャーを袈裟がけに斬り捨てた。
(時間の問題で、どうにかできそうね)
頑健な前衛陣と、的確に仕留めてゆく中衛・後衛とで、敵の勢いを削ぎ落すことに成功している。
持久戦の様相を呈しているダークナイトも、残り1体。
「キイ君、タイミング合わせられる?」
「わかった。自分は剣を潰すよ」
司の提案にキイは頷き、ダークナイトの右手へ回る――司は、防護壁を発動する左手へと。
「壁ごと、切り裂く!」
「ご自慢の『壁』を無くして、立っていられるかな」
刹那の翔閃に対し、壁が発動し――無防備となった右側面へ、再度のフルメタルインパクトを叩きこむ!!
装甲ごと、ダークナイトは崩れ落ちた。
「ドラゴンが動いたぞ!」
その直後、龍仁の鬼気迫る声が走る。
高さと距離を考えれば、自身の武器が届く範囲へ移動することは厳しい。地上にはまだブロンズソルジャー数体が距離を保ちこちらへ槍を向けていて、陣形を崩すわけにも行かない。
「ブレス…… どちらが」
ナパームブレスであれば、回避射撃を当てれば空中で誘爆もできる、が…… この距離は。
ヴェスが回避射撃を放つ方向を迷う。
「……来る!」
エルネスタの予測回避に、ヴェスの回避射撃が重なるが――もろとも、ファイアブレスがエルネスタを飲み込んだ。
●
高度を下げ、接近してもなお、ドラゴンのブレスの射程は長い。
「塩見さん、ありがとうございました」
「気をつけて。空では……僕は、守ってあげられないから」
翼を広げ、飛翔するヴェスを塩見が不安げに見送る。
(ファイアブレスは…… きっと、この弾丸より射程は長いけれど)
太陽を背に回し、ヴェスは金焔竜との間合いを測る。空を飛ぶ敵は、もう一体――天使が、居る。
ヴェス一人、空中で狙われてしまってはどうしようもない。
さあ、どう攻めるか。
「ガブリエルの時も連携して対応できたんだ、その使徒を模したって程度なら俺達で倒せるね」
海がアウルの鎧でダメージを最小限に食い止め、龍仁が神の兵士で意識を繋ぎとめ、エルネスタは最悪の事態を免れた。
彼女へ回復魔法を掛けながら、海はインレへ視線を送る。
(挑発に、乗るか? ――ッ)
次の瞬間。
後方に下がっていたブロンズソルジャーたちが、一斉に撤退を始めた。
「どういうことだ?」
予想していなかったことに動揺を隠さず、龍仁はドラゴンと天使の動きを視界に納める。
「山中では、よくあったことです。不利と判断したら、消耗を避け撤退を…… 『いつも』であれば、ですが」
油断はできない。塩見もまた、説明しながらも武装は解かない。
ドラゴンと天使は、立ち位置を変えていないのだ。
ドラゴンは、ヴェスと睨み合いを続けている。
ブロンズソルジャーを追うにしても、近づけばドラゴンがブレスを吐いて邪魔をするのは明白だ。
周辺を焼き払うナパームブレスはいうまでもないが、単体を狙い撃つファイアブレスも一発の威力が大きい。
それを追い、ヴェスが攻撃をしたのなら、今度は天使が動くだろう。地上が乱れれば、ブロンズソルジャーが舞い戻らないとも言い切れない。
(もし、天使が動いたなら)
海とインレもまた、飛翔の構えを見せる。
遠く、黒い外套を纏った金眼の天使が、腰から硬鞭を引き抜くのが確認できた。
なるほど、あの時――東方戦線で、ガブリエルのシュトラッサーが使用していた物によく似ていた。
「……どうする?」
「敵戦力の撤退及び、味方撃退士の救助…… 当初の目的だけを考えれば、現状で充分とも思えますが」
龍仁の声に、気を抜かず司が応じる。
こうなることを、予想していた者は、居なかった。
天使が、ドラゴンが、積極的に攻撃を仕掛けてきたなら―― その対策ばかりで。
「鞭って、拳銃並の速度で飛んでくるから目視じゃ無理か」
ぽつり。
カインが何の気なしに呟く。
(天使に興味はわかないが……鞭の技術は気なるな)
風が動く。
ドラゴンが後退し、火炎球を吐き出した。
「!! 皆さん、退ってください!」
ヴェスが回避射撃をぶつけ、火の玉は空中で爆ぜる――それを、鋭い竜巻が切り裂き、前衛陣を襲った。
火球が空中で炸裂することを見越し、盾にして攻撃を仕掛けてきた!
(この技は)
見覚えがある。反射的にシールドを発動し、受け止めながら海は顔を上げる。
仲間の阿修羅が、一撃のもとに重体へ落された、サイクロン。軌道上の全てを吹き飛ばす竜巻だ。
消えゆく炎の向こうに、細められた金眼があった。
腰へ差していた硬鞭は、先端をしなやかに伸ばし風を巻き起こし、操る。
「お前達にも事情はあるのだろうが、退けさせて貰うぞ」
後方に控えていたインレは、風の暴力から免れていた。
(手を伸ばすと、約束した)
それは、眼前の敵より、もっと大きな。眩く輝く存在へ。
心を燃やし、インレは飛翔する。
「……へぇ。『はぐれ』か、君たちは」
間合いを取り、青年天使は、カラスは、腰に手を当てた。
「合いの子も。なるほど、なるほど。――お陰で、快適に移動が出来たよ。
わたしのように力弱き者は、他に紛れやすくてね。君は…… 残念だったね」
「?」
顔を向けられ、龍仁は何事か飲み込めなかった。
「先は、うちの子が――『バズヴァ』が、お世話になったねぇ。真っ直ぐに向こうを追ってくれたから、無事にわたしはここへ駆けつけることができた」
「……? ……!! まさか、あの時の」
間をおいて、ようやく察する。
「おかしい、とは思わなかったかい? 人の子は、もう少し賢いと思っていたけれど」
「バズヴァ? それなら、この付近で……」
聞き覚えのあるサーバントの名に、海が首を傾げ――龍仁は歯噛みした。
指揮能力を持つ、鳥型サーバント。
海やヴェスが、以前この地を訪れたのは、黒騎士とその個体が確認されたからで――時をほぼ同じくして、別の場所で同じサーバントが姿を現し、龍仁はその撃退に当たっていた。
――敵は、本当に学校を狙う意思があったのか?
言葉にしたのは、龍仁だ。
ここからは離れた、しかし東海圏内での戦いの事だった。
敵の攻撃リズムが極端におかしな戦闘だったとは感じていた。が。
(まさか。避難する、あの中に、奴が混じっていた――?)
さらりと流れる黒髪も、白い肌も、人の波に入ってしまえば確かに区別はつきにくい。
金色の瞳だけが強い存在感を放つが、それだって撃退士や『はぐれ』たちが珍しくない現代では素通りされるかもしれない。
「月に比べれば、烏に手を伸ばすは容易いな」
「自分の実力を発揮する間もなく倒れろ」
そんな会話をぶった切り。
上空から接近したインレが鋼糸を天使の腕へ絡ませ、その隙に真下へ迫ったキイが矢を放った。
「おっと、お喋りが過ぎた」
穏やかな笑顔と共に天使は鞭を空いた手へ持ち替え、攻撃を振り払う。油断は、していなかったようだ。
旋回させた鞭が、守りの風を纏う。
「……邪道だな」
(武器を武器とした使い方をしてねえ)
カインが半眼で呟くも、敵が空に居たのでは悪態を吐くことしかできない。
鋼糸が衣服に食い込み、肉の表面を裂くのも厭わない――逆手にとって引き寄せる感触を受け、インレの方から振りほどく。
「どれほどの実力かは存じませんが、孤立して囲まれて、いつまで余裕でいられますか?」
ヴェスが、均衡を破った。
反撃を頭から追いやり、己の間合いでトリガーを引く。
集中の一撃、ダークショットをドラゴンへ放つ!
「悪いけど」
金焔竜は、僅かにバランスを崩し、しかし落ちることはなかった。
「大切な、戦力でね。使い捨てるわけにはいかないんだ」
「……サーバントを、守っ……?」
龍仁が、目を疑う。
先に発動した『守りの風』は、ドラゴンも範囲に含めていたということか。
――天使が?
サーバントを?
「今回は痛み分けかなぁ? ご挨拶も兼ねて、こんなところだろうか」
猛禽類を思わせる暗色の翼を強く打ち、天使は飛翔高度を上げる。しかし、その声だけはやたらと響く。
「覚えておいて、わたしの名はカラス。闇を渡る風。時が満ちるまで、この山を借りるよ」
●
日が落ち始め、風の温度が少し下がる。
戦いが終わった荒れ地で、撃退士たちは応急処置を、あるいは休息を、あるいは連絡を待っていた。
「殺し損ねた」
海と龍仁が回復魔法を施す間、張りつめた緊張の意図がほどけたカインが地面に座り込んで空を仰ぐ。土と草の匂いがする。
警鐘のように鳴り響いていた脳内の声は、もう聞こえない。
「……損ねましたね」
ヴェスが、その隣に腰を下ろす。
ドラゴンを。天使を。落とせなかった。
敵にとっては、高さを含め距離が武器のようだ。ヴェスひとりが飛翔しても――飛翔することが『穴』になってしまう、こともある。
あと一歩、踏み込めなかった。踏み込んだ先が、見えていたから。
「使徒に対する弔いと言うよりは、自身を囮にした陽動だったってことか?」
銀髪をかきむしり、龍仁は電子たばこを咥えた。
龍仁も、北條自身と対峙した一人だ。戦い方は目に焼き付いている。
大戦で命を落とした北條、同じく主君を喪ったリカ。
(シュトラッサーに対して、或いはその主君である大天使に対して『弔いの意』があっても、不自然ではないかとも考えていたが……)
そう見せかけての、行動だったのだろうか。自分たちが北條の影を追うを見て?
今回の会話だけでは、真意を探ることも出来ず。次に対峙する機会があったとして、同様の技を見せるとも限らず。
(サーバントを守るのは…… 気に懸るな)
確かに、金焔竜は強力なサーバントだ。
――使い捨てるわけにはいかないんだ
それは、大天使のサーバントだからだろうか。
だからといって、ブロンズソルジャーを撤退させるために、自ら前線へ切り込むというのか。
「言葉の挑発に乗らないっていうよりは、乗るほどの余裕はない感じかなあ」
死活の反動分で軋むインレの身体に回復魔法を掛けながら、海が見解を尋ねる。
「技は同様であっても、使い方は違うようだしのぅ」
半分眠りながら、インレ。
真っ先に、脅威を打ち落としに来た北條とは、違う。
もっとも、今回は撤退が目的だったからかもしれないが。
「使徒は、主君を守るのが最終的な目的とも言えるのか。天使の場合は…… この場合は、上司? ガブリエルってことなんだろうか」
立場の違い。状況の違い。所持能力が類似しているから、違う部分を挙げてゆけば対応策も見えてくるかもしれない。
「地上のサーバントは、自分の盾で抑え込めると感じたけど…… ドラゴンのブレスは厄介だな。ねえ、大丈夫だった?」
キイが、エルネスタの顔を覗きこむ。
「魔法防御も吹き飛ぶような感覚……だったわね」
金焔竜は、サーバントの中でもかなり強力な部類だ。
蜃気楼で姿を隠しても、気配を察知されてしまうことは想定に入れていた。
ヴェスの回避射撃があり、自身の予測回避があり。
それでもエルネスタが被弾したのは運によるものも大きいかも知れないが、敵にが高い精度を持ち合わせていると考えた方が良いのだろう。
ナパームブレスばかりが、脅威ではないようだ。
それにしても。
(合いの子……)
キリ。
天使が吐いた言葉に、エルネスタは歯を食いしばる。
否が応にも、自分を置き去りにした母を思い出す。
(……今はもう、関係ないわ)
心を、乱されてはいけない。そう思うほどに。
手当が終わる頃、塩見が支署との連絡各種から戻ってきた。
「トラックは手痛い損失ですが……補給物資も半分程度は無事でした。撃退士にも…… 死者はなく」
『死者』は。
その区切りと、塩見の暗い表情が完全なる無事ではなかったことを伝えていた。
「生きてさえいれば、経験は全ての糧となります。進退はこれから考えると思いますが、連絡役や司令は変わらず担えますから」
「撃退士としては……再起不能ということですか……?」
「あ」
司の追及に、塩見はようやく『しまった』という顔をする。嘘が吐けない気質らしい。
「僕が到着した頃には、既に血の海でした。皆さんがたどり着いて真っ先に、回復魔法を掛けてくれていなかったら。動けない仲間を後方へ下げてくれていなかったら」
青年は、俯いて首を振る。親しい者も、きっと中には居たのだろう。
どうしようもない状況で、その中で最善の最善だった。――そう言い聞かせるしかできない。
死んだ者は戻らないが、生きてさえいれば、幾らでも道は広がっているのだ。
「敵の動向は、恐らく今後、複雑さを増してくるかと思います。僕たちだけでは手におえない時…… どうか、また力を貸してください」
頭を下げ、笑顔を作り、DOGの若き撃退士は声の震えを押さえてそう告げた。
迎えの車が、間もなく到着する。
学園生たちを、日常生活へ戻す車が。
●
ガブリエルの残存勢力を、シュトラッサー・リカが纏め上げていた伊豆半島。
そこへ、風まとう天使が一柱、渡ってきた。
新たなサーバントを従えて。
一進一退のバランスが崩れ、それでもこの地で戦いは続く。
守るため。
戻るため。
想いを、それぞれの胸に秘め。