.


マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/05/13


みんなの思い出



オープニング


 日本海へ突き出た男鹿半島、そこから秋田市、グルリと内陸へ入り込んで仙北市が在る。
 鳥海山の天界ゲートを拠点とし、ラインを描くように襲撃を受けたのは昨年末の事で。
 散発的にサーバントが出現しようが、年を越そうが、春が来ようが、人々の生活は揺らぐことなく営まれる。


「それじゃ、買い出し行ってくるけど。他に必要なモノある?」
「愛が足りない……」
「何を言うか」
 友人の返答に、安東 政広は振り返りざまにクーラーバッグをその顔面へと叩きつける。
 小中高と腐れ縁、地元に残り実家の家業を継いだのも同様で、このままじゃ嫁が来ないんじゃなかろうかと互いに青ざめて今に至る。
 同年代の女性? 既婚ですが何か。

 追分の町、鹿角。
 秋田・青森・岩手の県境に位置し、土地の奪い合いが激しかったのも昔のこと。
 古き良き町並みを残し、盆地特有の自然の厳しさと共に穏やかな日々が繰り返されてきた。
 この町に、何もないとは言わない。
 嗚呼、言わない。意地でも言わない。言わないけれど、生活必需品のまとめての買い出しは、近郊市街まで車を走らせるのが常だった。
 揃わないわけじゃない。
 気分転換。
 そんな言葉を理由に。

 子供の頃は、親の車。
 小学生になったら、電車に乗って。
 中学生の頃、自転車で冒険した時は復路にて後悔という言葉を覚えた。
 高校生になってからは、自転車さえあれば何処へでも行けるような気がした。
 自動車免許を取ってしまってからは、すっかり近い存在になってしまったけれど。
「桃缶、白いやつ」
「その辺でも買えるだろうが」
 風邪を引いて弱った幼馴染が、どうにも愉快だ。
 三十路近くという歳で、何をしているのやら。

 ――サーバントが襲撃しようが、春が来ようが、親が死のうが、風邪を引こうが…… 自分たちの命は、ここにある。

 たまには夫婦でのんびりしてくればいいさ。
 結婚三十周年おめでとう、お祝いは夫婦水入らずの旅行チケット。
 その帰りの途、都市部で発生していたサーバント出現事件に巻き込まれ、幼馴染が両親を失ったのは年明けの頃だったろうか。
 涙が枯れ果て、それでも貯金が枯れ果てる前になんとか持ち直したと思えばこの風邪だ。
「……行くなよ」
 弱弱しい声が、引き留める。
「俺の家も、お前のとこも、冷蔵庫カラだぞ、無茶言うな」
「行ったら……帰ってこないだろ」
「馬鹿いえ」
「せめて」
「せめて?」
「安東がいない間、手を握ってくれてる女の子置いt」
「よし、そのまま寝てろ、武田」
 掛け布団を追加し、青年は幼馴染の家を後にした。
「ったく、ほんずなす」
 車へ乗り込み、政広は苦く笑う。
 気持ちは、わからないでもない。前を向いて生きろだなんて軽々しく言えない。
 幼馴染の記憶は、そのまま自分の記憶でもある。
 彼の厳しい両親は、自分にとって優しい両親のようなものだった。

「あーー、帰りを待つ可愛い嫁が欲しい」

 この町に、何もないとは言わない。
 嗚呼、言わない。意地でも言わない。
 気心の知れた友人が居て、帰る家があり、思い出と共に過ごした自然が在る。
 しかし、嫁がいない。居ないことに不自由を感じなかったせいで、機を逸したというやつだ。
 結局、腐れた縁は何処までも腐っていて、似たような思考回路しか持たないのか。
 
 ウィンドウを下げ、米代川を渡る風を受けながらアクセルを踏み込む。
 見慣れた景色。変わらぬ日常。
 県内各地で不穏なニュースは増えているけれど、巻き込まれるのはもう充分――可愛い嫁さんを貰って、平穏な生活を……


 晴れた空に似つかわしい平和な考えは、何かが倒壊する音とともに崩れ去った。




 撃退署へ、連絡が入ったのはそれから程なくしてだった。
「ああ、その件なら今――」
「はい、……はい、大湯、はいはいストーンサークルの」
「巨大な蜘蛛? 色は判りますか、重要なことなので」
「なるほど、二種ですね、それで狼が大量に――」
「……」
「…………」

「「全部同じところからか!!」」




 緊急案件だ―― 耳に馴染んだフレーズが、久遠ヶ原へ持ち込まれた。
「秋田県、鹿角市。青森や岩手の県境辺りだな。山を越えれば十和田湖があるといえばわかりやすいだろうか」
 山に囲まれた盆地であり、歴史的町並みが今も残る場所。
 川が流れ温泉があり、環状列石――いわゆる『ストーンサークル』が存在しており、どこかしら神秘的な香りも漂う。
「鬼蜘蛛に燈狼……特徴を掴んでる生徒も多いかもしれんが」
 秋田県内で、多く確認されているサーバントだ。
「発見が確認されたのは大湯ストーンサークル近辺。そこから市街地へと南下している。通り道にされた家屋は押し潰されてるそうだ」
 家の中に、人間は―― あえて、職員は言及しなかった。
 悲鳴に近い電話が殺到した、とだけ。
「鹿角市街中心部の手前に、駅があってな。そこで民間人が一人、案内役として待機しているって話だ。現地の詳細な情報も、彼から送られたものらしい」
 退避するよう呼びかけても、待つ人間がいるからと頑なに拒否し、今に至っているという。
 出かけ際にUターンしたらしく乗り付けた車はあるものの、それ以上はさすがに本人も進むことが出来ず、しかし置き去りに逃げることはできないと。
「撃退士が到着すれば、後の事は任せて安心して逃げるだろうさ。留まるかもしれないが、それでも戦場までは同行しないだろう」
 ――彼を、巻き込むな。
 暗に含まれた言葉は、しかし誰もが承知している。
「鬼蜘蛛に追従している燈狼が、どうやら互いに分身しながら移動しているらしく、実数を掴めないのがネックだ。
とにかく倒せ、ひたすら倒せ。狼を駆逐せんことには蜘蛛に攻撃は届かない、そうこうしている間に全てが潰されちまう」
 人は逃げても、帰る場所を潰されてしまっては『戻れない』。
 逃げることができない人々もいるだろう。逃げても逃げても、牙が、爪が、届くこともあるだろう。
 ファイルを閉じ、デスクを叩き、そうして職員は言葉を締めた。





リプレイ本文


 緑の香りが、濃い。何処からとなく、咲きはじめの花々が匂う。
 日差しに暖められた風は、芯に微かな冷たさを残す。

 四方に田畑が広がり、ポツンポツンと民家が建っている。更に視線を伸ばせば、途中からは無軌道に押し潰されていた。

「……ッ」
 無残な光景を前に、山里赤薔薇(jb4090)は声を詰まらせる。
「酷い、街の人達が帰るお家が……。ボク、絶対に許さないから!」
 古き良きジャパニーズハウスは、どれだけ大切に人々が暮らしてきたかを証明している。
 どれだけ愛着を寄せられて、歳月を過ごしてきたかを証明している。
 犬乃 さんぽ(ja1272)の肩が怒りに震えた。
(俺らは、ここで戦って『はい終了』だが……)
 最新の情報を持つという一般人・安東のいる駅舎の屋根と、線路向こうの、中途半端に破壊された建物を見比べながら、恒河沙 那由汰(jb6459)は舌打ち一つ。
「――だりぃな。……面倒事は嫌なんだがな……」
 憎まれ口を叩き、それに反するように地を蹴る脚へ力を込めた。
(帰る場所…… 俺には、在る)
 鈴木悠司(ja0226)は、広がる現実を青い双眸に映しながら『大切なもの』を其処に重ねた。
 他の人にも、そうであって欲しい。そして、それが『此処』というのなら……
(だから、守る)
 そも起伏の少ない表情が、戦いを意識することで尚のこと無表情に近くなる。
 力を。
 誰かにとっての大切な場所を、守り抜く力を。求め、願い、武器を手に。
 

「あなたが安東さん? こんにちは、ボクはニンジャの犬乃 さんぽ! 久遠ヶ原から、暴れ回る天魔をやっつけに来たよ!!」
 小ぢんまりとした駅舎の前に年季の入ったRV車が停まっており、傍らには落ち着かぬ様子の青年の姿があった。
 さんぽの朗らかな声に、青年がハッとした表情で振り返る。
「あ…… はい、安東 政広は俺です」
(家族や幼馴染の事が心配で仕方ないんだろう)
 自分よりずっと年上の男性が、泣きだしそうな顔をしていて。
 若杉 英斗(ja4230)は、胸の奥が締め付けられると同じ強さで、闘志が燃え上がるのを感じた。
「彼奴らの狙いが何かは分からないけど、安東さんやこの街に住む人達の為にも、天魔の好きには絶対させないもん! 今の状況を、教えてもらえるかなっ」
 さんぽに促され、安東は車に常備していたらしい道路マップを広げ、撃退士たちが到着するまでの様子、そして現状を伝えた。
 素人目だから、もどかしい部分もあったが、メンバーたちはじっと聞き入る。
「ありがとうございます。……後は私達が解決します。大丈夫、大事な人達はきっと無事です」
 だから、今は駅舎から離れて――
 見上げる赤薔薇へ、安東の表情が強張った。
「もし、よければ俺も一緒に…… 建物が崩れて地図が役に立たない場所でも……、俺なら町の案内が、できます」
 その声は、震えている。
「此処に何か大切な物でもあるのかしらァ? ……私には貴方の気持ちは分からないわァ……。でも、これだけは考えて欲しいわァ」
 ずっと押し殺してきた恐怖、多少延長したって耐えられる……居残ると言い募る安東へ、黒百合(ja0422)が言葉を挟んだ。
 彼女の独特なテンポの口調が、程よい間となる。青年は、少女の意見を待った。
「此処で、ただ呆然と見ているだけが貴方にとって最善の行動かしらァ……。自分の出来る最善の行動は何かしらァ……?」
「俺は気休めを言うつもりはねぇ。ここに、てめぇがいても足手纏だ。避難してな」
 そして那由汰の歯に衣着せぬ発言に、俯いて歯を食いしばる。
「んー……っ、だったら。せめて、ココで待っててくれると助かるかなッ☆彡」
 少し考えてから、新崎 ふゆみ(ja8965)が妥協案を提示した。
「戦いが終わって安全を確認したら、今度は町の人たちの無事を確認してまわらなくっちゃ、でしょッ?」
 ――町の案内が
 安東に、出来ること。
「でもっ、もしテキが近づいてきたら……車で逃げてねっ、おぢさん☆ミ」
「 おぢ 」
「もち、そーならないよーにふゆみたちもがんばるけど★」
 悪気のない女子高生の発言、という名の凶器に絶句する青年を眺めつつ、那由汰が深く長い溜息を吐きだす。
 強引にでも避難させようと考えていたが、ふゆみの言葉にも一理あるだろう。
「……出来ねぇ約束を、するつもりはねぇよ」
 だるそうに、首の後ろへ手を回し。
「……駅舎に、敵の一体も届かせねぇ」
「僕たちを、どうか信じて待っていてくださいね」
 胸元で可愛らしく手を組み、鑑夜 翠月(jb0681)がにこりと笑った。
 ようやく、安東の表情が和らぐ。
「急ごう。一刻も早くサーバントを殲滅してやる!」
 英斗が拳を打ち鳴らすのを合図に、撃退士たちはサーバントが迫りくる方向へと目を向けた。


 

「見晴らしがいいのねェ……」
 陰影の翼を広げ、真っ先に最大高度から状況を再確認するのは黒百合。
 上空の風に、彼女の長い黒髪が躍った。
 ……前線は維持するには時間制限があるらしく、フイと消えてはまた増えてを繰り返している。
 黒色のサーバントは常に体から柔らかな光を発し、ゆらりゆらり的を絞らせず地を走る。
 絶えず動いて分身のタイミングもそれぞれだから、どれが本体か見極めるのは非常に難しそうだ。
 黒百合からの情報を受け取りながら、地上班も前進を始める。
(専攻を変えたけど、やることは変わらない。奪われないよう守るだけよ)
 深呼吸で気持ちを整え、赤薔薇は駅前から少し離れた建物と建物の間へと、体を滑り込ませる。
 道路を挟んで反対方向には那由汰が配置についた。
(ここで生きる奴らは、その後もここで生きねぇといけねぇ……。なら……)
 小さな駅舎。しかしその駅は、線路は、多くの街へ都市へ繋がる道であり。
 自分が壁としているこの建物も、今回の事件で住居を失った人々の拠り所となるはずだ。
 消耗品の盾として使うことは、避けたい。

 ――みしり

 巨大蜘蛛が何かを破壊する音は、遠く。しかし、確かに。
 悲鳴は聞こえない、空き家か避難済みか……いずれにしても、生きてゆくための場所がまた一つ、傷付けられている。
「出でよ忍馬! ニンジャ合体だ」
 九字を切り、さんぽは忍馬――スレイプニルを召喚、軽やかな身のこなしでその背へと飛び乗った。
 正面を駆けながら、悠司は闘気解放に縮地と連続して発動していく。
(仲間が来るまで、出来るだけ進行を抑えるんだ……)
「準備できるものが限られていたって、ふゆみたちは負けないんだよっ★ミ」
 悠司の少し後方を、水鉄砲を手にしたふゆみが進む。
 狼たちに守られ、巨大蜘蛛は町を破壊しているという。前線での戦いが長引けば、建物への被害は大きくなる―― そう、判断して。
「そーれ★ ボクジューシャワーをくらえっ」
 前線を抜け、真っ先に蜘蛛自体の動きを止めるべく、ふゆみは墨汁を詰めた水鉄砲を燈狼に向けて一斉噴射を試みる―― しかし。
 ふゆみがトリガーを引くより早く、悠司が群れの隙間を抜けるより早く、10体近くの燈狼の群れが、二人へ襲い掛かった。
 速い。
「!! 愛のパワァで、まもってだーりんっ☆ミ」
 咄嗟に身をかがめ、ふゆみは恋人の写真で強度倍増の盾で身を守る。最初から盾として蜘蛛の動きを止めるつもりだったから、行動は早かった。
 一方、走るモーションへ移っていた悠司は完全に虚を突かれ、回避することもままならず爪で、牙で、猛攻を許してしまう。
「しまっ……」
 どれが影で、どれが本体か、肉眼では識別できない。
 そうする間にも消えたり増えたり、幻燈ゆらめく狼の、その一体が悠司の首筋へ深く牙を立てた!
「鈴木さん……!!」
(この状況で、待ち伏せはできない!)
 燈狼を待ち受ける場所まで引き付ける作戦から急きょ変更し、倒れた悠司を助けるべく英斗が飛び出る。

「分身ごと片付けてやる! 喰らえ、ディバインソード!!」

 直ぐに判別できないのなら、判別しなくてもいい攻撃手段を仕掛けるのみ――!
 叫びとともに、力強く腕を振り上げ、下ろす!
 春の空に、アウルの力で形成された白銀の聖剣が幾つも煌めいて反射した。
 使い手の意思に従い、黒きサーバントの身体を穿つ。本体も分身も区別なく。
 分身は消失し、4つのサーバントの死骸が悠司の周囲に崩れ落ちた。
「お前達の相手は、ボクだっ!」
 ふゆみを守るように、さんぽが駆けつける。
「喰らえッ 大地爆裂ヨーヨー☆ストライク!」
 スレイプニルの背からヨーヨーを地表へ放ち、分身諸共アウルの土石による爆発に巻き込む。
「これで…… 全部?」
 撃ち漏らしへ、赤薔薇がファイヤーブレイクを。
「……行かせるかよ」
 群れからするりと抜け、一体だけ駅舎へ向かい始めた燈狼へ、すかさず那由汰が駆け寄るとサンダーブレードで斬りつけた。
 一閃。
 幻燈と雷光がぶつかり、爆ぜ、そしてサーバントは事切れた。
「大丈夫ですか? 覚えたてのヒールだから……癒されなかったらごめんなさい」
 気絶から醒め、ゆるりと身を起こした悠司へ、赤薔薇がライトヒールを掛ける。
「ん。んん……、ありが、とう」
 けほ、血の塊を吐きだしてから、悠司は声が通常どおり出ることを確認し、赤薔薇へ礼を。
 予想以上に、敵の動きが速かった……完全にイニシアティブを取られてしまっていた。
 遮るもののない通りを正面からぶつかり合って、一瞬でも通り抜けられると考えたのが甘かったのだろうか?
 隙を作るなら、全員で燈狼に当たるか、戦闘が始まった隙をすり抜けるべきだったのだろうか。
 
「……あらァ? 地表は綺麗になったわねェ?」

 空から、黒百合の声。
 時間にして一瞬、けれど流れた血は敵味方夥しく―― 気が付けば計8体の燈狼が倒れ、他に揺らめく灯りは無かった。




 金色の瞳を、愉悦に細め。
「きゃはァ……暴れられる御時間は終了よォ、さっさとこの世から御退場をお願いしようかしらァ……♪」
 高度30mを維持して、尚。
 地上に対しても長い射程を誇るスナイパーライフルを構え、黒百合は高精度狙撃スコープ越しに黒色の巨大蜘蛛――餓蜘蛛を覗く。
 遠目にもわかる巨躯が、平屋建ての家屋を押し潰す――完全に、隙だらけのその背中。
(牽制する予定は……これじゃァ、変更よねェ……)
 上空で、敵味方双方の陣形を握り、万が一の時には注意喚起を叫ぶ位置に、黒百合はあった。
 しかし、真正面から切り込んだ悠司・ふゆみへの波状攻撃はあまりに速く。
 蜘蛛を、意識しすぎていたからかもしれない。
 それを思うと――
「最善の行動、ねェ……?」
 自分が、力無き一般人へ掛けた言葉が跳ねかえる。
 結果オーライ、狼たちは掃討した。ならば。
 切り替え、黒百合は大きな『的』へ向け、強烈なアウルの弾丸を放った。

(……行ける。動ける)
 体に違和感がないことを確認し、悠司は再び縮地で駆ける。
(今度、こそ)
 鬼蜘蛛が、のそりと押し潰した家屋から頑強な脚を伸ばす。
 近隣の家屋、その外付け階段を上がり、直線距離を最短にして、悠司はアサルトライフルで攻撃を仕掛けた!
 動きを止めるべく脚部を狙うが――硬い。
「そーれ☆ いっちゃうよー! どっかんどっかんくらーっしゅ☆ミ」
 地上からは、ふゆみが逸早く駆けつけ、銃撃でバランスを崩した鬼蜘蛛へとリミッターカットの猛攻を。
 盾であり、刃である魔具が、キラキラと攻撃に合わせて反射する。
「シ、シビレルー……!」
 反動で動けなくなるのもお約束。

「暴れ足りないわァ……」

 ゆっくり降下してきた黒百合の言葉は、戦闘終了を示していた。
「被害は、最小限に食い止められたってことで良いんだろうか」
 複雑な表情で、英斗が呟く。
 分身を使い、揺らめく燈狼に惑わされた印象が強くて、どうにもすっきりしなかった。
(実体と分身の区別は……攻撃するしかなかったのかな)
 影は、分身にもあった。角度を変えたからといって、姿に違和があるでもなく。
 それ以上、観察をする余裕は無かったが、『本体に攻撃が命中した場合、分身は消失する』ということは確認できたから良しとするべきなのか。
「最少だろうが最大だろうが…… こいつらは壊されて、そんで……こっから後ろは、丸っと無事だ」
 那由汰が、三白眼をちろりと背後へ流す―― 駅舎から、安東が青ざめた顔を出していた。
「おい! 案内すんだろ!?」
「は、はい!」
 動けない……というか、腰を抜かしている?
 さんぽが駅舎へと向かい、再度召喚したスレイプニルに跨ると、安東へと手を伸ばした。
「短い時間だけど、忍馬で運んじゃうよ」
 クライムの技術を持たない一般人だから、さんぽが青年を抱きかかえる。
 少女のような外見の少年にエスコートされ、安東から苦笑がこぼれた。
「そうだ。ねぇ、安東さんを待ってる人って、お嫁さん? 恋人さん?」
 そして、そのまま表情が凍結した。




 サーバントたちが進んできた道なりに、家屋は押し潰されている。
 逆を言えば『それ以外』は、無事だった。
 内心、ホッとしかけた那由汰が、慌てて首を横に振る。
(柄にもねぇ……、笑えねぇ……。くそ……、感化され過ぎだ)
 赤らんだ頬を、周囲に気づかれないよう袖口で隠し。

 遠く、ふゆみのホイッスルが響く。負傷者発見の合図だ。
「……ふゆみ、あほだから、カイフクとかはできないけど、っ……でも、これぐらい、やらせてほしいんだよ」
 倒壊した家屋の、瓦礫を取り除きながら、だらりと伸びる手へ懸命に呼びかける。
 血の気の引いた、白い手。仕事で荒れた職人の指先。
 両の手で握りこみ、赤薔薇が光を注いだ。




 春の夕日が、美しく燃えている。
 ある程度の遠方は、黒百合が翼で確認をしてきて。
 安東の家族は、風邪を引いていた彼の幼馴染の元へ向かい、難を逃れていたそうだ。
 ひたすら音を立てないよう身を潜めていたから、通話などに応じられなかったということだった。


 涙腺が決壊した安東が、泣き笑いで頭を下げた。
「もう…… 大切なものを奪われるのは……おしまいだって、思ってたのに」
 平穏な、平凡な日常に、ドラマティカルでデンジャラスな演出なんて頻繁に要らない。
(大切なモノ……)
 青年の言葉に、悠司の心が揺れた。
 力。
 常に、悠司はそれを求める。
 己の無力さを、感じるがゆえに。

 大切なモノを奪われる悲しみを苦しみを、赤薔薇は知っている。
 祈っても願っても『神様』が救ってくれるわけではないことを、知っている。
 それでも――たとえば今日。救うことができた命が、あった。
 目を伏せ、間をおいて、それから少女は顔を上げた。
「私たちが……戦います。奪わせません……」
 平穏な、平凡な日常を。
 大切な人を。
 帰る場所を。




 県内各地で散発するサーバントの被害。
 次は、何処か。狙いは、何か。
 日々を懸命に生きる人々が知るわけもなく、わからないまま、日々を懸命に生きている。
 生まれ育った、大切な此の場所で。






依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA