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曇天に風が吹く、木々がざわつく。
湿気を帯びた空気は重く、沈み込むように。
「最近、野崎さんと一緒になること多いですよね」
ディメンションサークルでの到着点から、目的地へは見通しが良かった。
背の高い校舎が、木々に紛れて覗いている。
並走しながら、若杉 英斗(
ja4230)は野崎へと声を掛ける。
彼は野崎と共に、近隣の山の頂上で黒き天使との邂逅を果たしていた。
「ああ、確かに。……あれ? 若杉くん」
「ナイトウォーカーに転科して、はじめての戦闘なんです」
「なるほど、ちょっと雰囲気変わったと思った」
「うまいことできるか、ちょっと不安はありますけど……必ず、助けてみせます」
たしかに、敵のブラフかもしれない。
けれど。
(今まさに、襲われている人達がいるんだ)
力強い眼差しを向け、そうして英斗は駆ける脚に力を込めた。
「…………」
「Take it easy」
青年の背を見送る肩へ、おどけた声が掛けられる。
「例えばそこに私の意思が介在しなくとも、戦場に違いは無いのだから……なんてさ」
どこか自嘲めいた笑みを浮かべ、常木 黎(
ja0718)は肩をすくめた。
春の始めの天使との邂逅、そしてそれ以前に展開された彼の使徒との戦いを、二人は共に越えてきた。
「気に喰わない事はあるけど……、色々と」
「『馬鹿の考え休むに似たり』?」
言葉を探し、言いあぐねる黎の言葉を野崎が奪う。
どうにもできない歯がゆさは、野崎だけのものではない。
今回の任務に恐らくは少なからず絡んでいるだろう『気配』も、それ以外に関しても――……
「サンキュ、黎さん。ちょい浮上した」
「……大丈夫ですよ。出来る事を一つずつやっていけば。焦る必要はありません」
「雪ちゃん」
スイ、と追いついた影へ、黎が振り返る。
「黎様、今回も宜しくお願いします」
盾の一族の少女・夏野 雪(
ja6883)だ。
バハムートテイマーへと転科して、新たなる『盾』の力を身に着けている。
「新しい力を得ても、本質が変わることはありません。更なる力でもって、新たな高みを目指すだけです。……ヒー君」
手を伸ばし、雪がヒリュウを召喚する――少女は愛くるしい姿を一度、ぎゅっと抱きしめ。
「上から見てきて。もしの時はそのまま行ってもらうけど、ヒー君なら大丈夫だよ」
親ばか全開の好い笑顔で、ヒリュウを空へと放つ。
「アテにしてるよ」
「はい。……私達も行きましょう。急がねば」
黎の言葉に柔らかな表情で応じ、それから『普段通り』の戦場で見せる冷静な姿へと雪は切り替える。
ストイックに一つの道を極めることも、いくつかの特性を吸収していくことも、その人物の・信念の『本質』を変えるものではない、と雪は考えていた。
(高みを目指し行く事も、目的に向かう事も、性質が違うだけ)
違う性質、だけれど今は、同じ場所を目指し、駆ける。
信を寄せ合う者たちと、戦える幸運と。
守るべき存在への、誓いを胸に。
雪のヒリュウが飛び立つのとタイミングを合わせ、犬乃 さんぽ(
ja1272)が九字を切った。
「リン……レツ・ザイ・ゼン、――出でよ忍龍!」
『忍龍』と称して召喚されしは、紛うことなきヒリュウであるが、さんぽEYEに掛かれば立派な『忍龍』。
「偵察ならニンジャにお任せだよ! この子は厳しいニンジャのシュギョーもつんでるもんっ」
ニンジャ、すなわち忍び動くもの。だいたい、たぶん、OK。
「夏野ちゃんとは違う方向から、視察して来てもらうよ。……GO!」
さんぽの指示に従い、ヒリュウはすぅっと羽ばたき、先行する。
ヒリュウが忍ぶかどうかはひとまず横に置き、ヒリュウたちの姿をサーバントが認識し攻撃を仕掛けて来るならそれはそれ、スルーして現状の戦線を維持している撃退士のみへ集中攻撃するのなら援護するまで。
(ついでに、敵でおかしな動きする奴に気づけないかな?)
ヒリュウと視覚共有しながら、さんぽと雪が先導する。
先導する中で、さんぽはヒリュウの視界の、その先を追った。
「お話の出来る敵さんなら、お引止めして事情をお尋ねする事も出来るのですけれど……、鳥さんやライオンさんでは無理そう……ですね」
ヒリュウ伝いの敵の動向を頭に入れながら、水葉さくら(
ja9860)がポソリとこぼす。
「襲撃にしては、非効率な動きですよね」
「……ああ、俺も考えていた」
御堂・玲獅(
ja0388)が懸念を挙げると、強羅 龍仁(
ja8161)が険しい表情で頷く。
報告によれば、森林地帯の裏手に回り前線を抜くといった行動はせず、サーバントたちは深手を負う前に撤退・攻撃を繰り返しているらしい。
「直前に入った報告書を読む限り、前線を抜く程度の指揮能力はありそうだが……」
最初から、撃退士のみを狙っているようだ。
「何かの時間稼ぎ……、囮、釣り、もしくは全て、か?」
「例えば、こういった場合…… 私が敵の立場なら、という仮定ですが。狙うのは――」
・襲撃を繰り返す事で現地住民達や撃退士の疲弊や不安を増長
・自分達の手の内に撃退士の動向をまとめさせる
・その間に大兵を作り、自在に動かし、集める事ができる場所と時間の確保
「こういった辺り、でしょうか」
龍仁の推測へ肉付けするように、玲獅が考えを音にする。
「フリーランスが弱いとは思わないが、2名で飛行型を含めて7体抑えるのは状況的に腑に落ちん」
龍仁の一言に、異論を持つ者は居なかった。
不安げに、さくらは胸元で手を握る。
「こちらは本命ではないかも……という事ですけれど、襲われる側としては目の前の事象が『本命』以外何ものでもないですよね」
「オドラサレてるカンがあるけどっ」
沈み込みそうな空気を、新崎 ふゆみ(
ja8965)の明るい声がズズイと持ち上げた。
「でもっ、とりまアイツラ倒したらまたホーシューゲットだぜ★ミ」
「新崎ちゃん」
さんぽが、スナイパーライフルを手にするふゆみへ、ヒリュウと共有した視界の中でも気に懸る点を伝えた。
飛行系と合成獣は、連携を取って交互に攻撃をしていること――つまり、撃退士側に集中して配置されていること。
指揮官は、かなりの後方へ下がっていること。
「なるほどっ、そうゆーイチカンケーね」
可能であれば武器の射程を最大限に活かして指揮官を真っ先に落としたいところだったが、これではふゆみ単独では難しい。
「だったら、ふゆみはぁ……(・3・)」
少女は愛らしく唇を突き出して、到着までの短い時間に次の手を講じた。
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じりじりと後退するフリーランス二人の間をアサルトライフルの弾幕がすり抜けては、対峙していた三つ首の獅子を襲う。
二体のラドが悲鳴を上げて、フリーランスたちから距離を取る。
「待たせたねぇ。道が混んでてさぁ」
「お疲れだ。選手交代だ」
撃退士たちの到着に、二人は事情を把握する。
龍仁がスイッチして前衛に入り、すれ違いざまに二人へと癒しの風を吹かせた。
「本隊は、私がしっかり引き付けます!!」
もう一体、後方から勢いを付けて飛びかかって来たラドの攻撃をシールドで防ぎ、さくらが凛と顔を上げる。
(偵察や対空へと、他の方が専念できるように……っ)
4枚の翼を顕現する杖を手に、巨大な合成獣へと挑む。
「出番だよニール! ……我等が盾、戦場で示す!」
雪の声とともに、雄々しく勇ましい黒蒼のドラゴンが姿を見せた。
空中に在りて盾となり、蒼い羽根を持つサーバントと対峙する。
「さぁ、ここからはこちらの手番だ。我等が意志、推し通す!」
「まずは、このまま前線を押し上げていきましょう」
白蛇の盾を手に、強固な壁を為す玲獅が声を上げる。
「こちらを抜くつもりがないというなら、逆手にとって距離を詰めるのみ」
素早く現状を飲み込んだ玲獅が、シールゾーンを発動した。
バレットストームで急襲を受け、距離を取っていたラドの伸びかけた蛇の尾がシュルリと戻り、打ち払い攻撃が封じられる。
もう一体が、跳躍から間合いを詰めて、さくらへと襲い掛かる!
「……っ、くう! 退きません!!」
ダイヤモンドシールドで、鋭い爪を受け止めきる!
「水葉さん、危ない!! ――喰らえっ、クリスタルクロス!!」
サイドから回り込み、英斗が白銀に輝く双龍牙をラドの頭ひとつに集中打を浴びせる。
(――軽い!)
カオスレート補正が乗ることで、サーバントに対する手ごたえが随分と違う。
鋭く振り抜いたトンファーが、獅子の首ひとつを砕いた。だらりと下がり、動く気配はない。
「ケガはない?」
「ありがとうございます。掠り傷、です」
さくらが、照れ笑いを返す。
盾として護る行動が多かった英斗にとって、守り手のサポートに入るタイミングも掴みやすいという利も、きっとある。
「ッッ!」
英斗の行動に反応し、もう一体が咆哮を上げた。
今までなら盤石だった絶対防御も、微かにだけれど体に響く。
「さすがにディバインナイトのときとは……勝手がちがうか」
攻撃が鋭利になる代わりのリスク。
(全てが全て、今まで通りとはいかないけど)
これまでの積み重ねが確実に己の中に生きていることが全身に伝わってくる。
「斬り裂け! ディバインソード!!」
続けざまに、神必殺技の聖剣を降らせた。
空から襲い来る蒼羽をも貫いて、眠りへと落とし込む。
スレイプニルが受けた貫通攻撃のダメージが、そのまま雪の身体に響く。
「どうした……! その程度で、私達の盾を砕けると思ったか!」
それでも、歯を食いしばり、盾の少女は前を向く!
「ふゆみのデコイパーライフル……! 鳥さんたちをばーんばーんだよっ★ミ」
一方。
距離を置き、森林地帯へ身を潜めるふゆみが、仲間たちの上空――雪が召喚したスレイプニルと戦う蒼羽を狙い、一体ずつ撃ち落としていく。
雪も援護に気づき、ふゆみを振り返ってから召喚獣への指示内容を変えたようだ。
「こうゆーのやってると、本物のすないぱーみたいだよっ☆ミ」
(サングラスも、もってくれば良かったかなっ?)
狙撃方向が単調にならないよう、立ち位置を随時変えながら射撃を続け、ふゆみはそんなことを考えた。
「黎さん!」
「任せな」
野崎がクイックショットを放ち、頭一つ失ったラドのもう一つの頭を狙う。そこへ重ねるように、黎が別角度からもろとも薙ぎ払うピアスジャベリンを撃ち込んだ。
アウル弾は貫通し、後方へ退避していたもう一体のラドも巻き込む。
「してやったりだ、ポテトヘッド」
嘲笑一つ、狙撃手たちはすぐに次のターゲットへ。
玲獅や龍仁が前線維持に専念し、英斗がフットワークを活かしての攻撃を、後方から黎たちが狙撃。
空の敵は、雪による召喚獣とふゆみが、確実に抑え込んでいた。
「機動力では……負けませんっ」
ここで一つ、前進を――さくらが、強く踏み込んでケリュケイオンの握りを変える。主の意思に従い、四枚の翼が伸び、先端が鋭い剣へと変化する。
残るラドの胴体へ、鋭い突きを繰り出す!!
鳥が、鳴いた。
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――銃の射程には、まだ遠い。
黎が舌打ちし、ふゆみが森林から駆け出してくる。
「今だヒリュウ、ニンポーニンジャヒーロー!」
真っ先に駆け抜けたのは、さんぽの一声だった。
前線に出ることを恐れずに回り込んでいたニンジャが、ヒリュウへ指示を飛ばす。
山を背に、把握しにくい姿のバズヴァだったが、恐らくは撤退指示の一鳴きで居場所も知れた。
小さな体、目いっぱいでヒリュウが威嚇の咆哮を。
「これなら射線軸を気にする必要は無い! ……逃しはしない」
龍仁が武器を変更し、魔力の衝撃波を飛ばす――躱されてしまうが、その『一瞬』が次へとつながる。
ラドを背に回し、黎が駆ける。背後は仲間たちへ任せて問題ないと、判断しての行動だ。
今、重要なのは――!
翼を広げる指揮官へ、その小さな頭部へ、クイックショットを。無駄な動きの一切を省いた的確な狙撃が、指揮官の目元を掠めた。
「忍龍の次はボクの影だ……GOシャドー!」
もう一押し踏み込み、さんぽが自身の影を伸ばして動きを束縛する。
「……美味しいところ、もらっちゃうよ?」
冗談めかし、野崎が後を受けた。
トリガーを引き、イカロスバレットがバランスを崩したバスヴァを撃ち落とした。
「Good Jooooob!」
「yeah!」
黎と野崎がハイタッチを交わし、振り返れば戦場も収束へ向かっていた。
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「おつかれさまでしたっ☆ミ」
野崎の元へ、ふゆみが駆けてくる。朗らかな笑顔を浮かべた。
「おつかれ、ふゆみちゃん。ナイスアシスト」
「フリーランスの人たちは、まだガッコかな?」
「みたいだねぇ、こっちの様子は見えてるだろうし、ま、ゆっくり向かおうか」
「その前に、皆さんの回復を。護りは万全であることを、住民の皆さんにお伝えしたいです」
「ふむ」
呼び止める玲獅へ、それもそうかと野崎が全員へ集合を掛けた。
天魔被害の頻繁な地区。
それに加え、ここ数か月の頻度は高まるばかりで。
フリーランスも注意を傾けてはいるようだが……いざという時には、自分たちが居ることも伝えたい。
いつだって、駆けつけると伝えたい。
玲獅の考えは、もっともだと思う。
「お手伝いいたします」
今はバハムートテイマーだが、雪はもともとアストラルヴァンガードを専攻している。回復魔法の心得は完璧だ。
「……引き付けられたろうか」
(この地の結果が静岡に影響するなら……)
遠く離れた、区分としては同じ地域に属する土地へ、思いを巡らせながら。
ポソリ、龍仁が呟く。
遠目には、学校を拠点に続々と退避する車が走り出している。
「敵は、本当に学校を狙う意思があったのか?」
引き付ける――口にした当初は、一般人が逃げるための時間を稼ぐため、という意味だった。が。
音にしてみて改めて、龍仁の心の中に一つの疑念がプカリと浮上した。
「学校……、ですか」
敵の動向の不自然さを同様に感じ取っていた玲獅だったが、そこまでは意識していなかった。
「撤退、しようとしてた、か」
くしゃりと前髪を掴み、黎が鼻を鳴らす。
形勢不利と見ての撤退指示かと思ったが――?
「うーん、企み…… あの位置だと、バズヴァは最初から戦うつもり、なかったカンジだよね」
さんぽがヒリュウの目を通して受け取った全体像からの違和感は、それくらい。
「住民を学校へ追い込み、撤退させる―― 余力を残しながら『この場所から人払いをする必要』が、あったっていうこと?」
無理やり繋げ、野崎は唸った。
ゲートを開くというなら逆だろう、人を集める。
開いてから、集めても良いだろうけれど…… これだけの騒ぎになれば撃退士が目を光らせるのはわかりきっている。
ならば。
――ならば?
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快適な時代になったよねぇ。
曇天の下、軽快に走る車が一台。
金眼の天使が喉の奥で笑っていたことに、気づく者は居なかった。
風に吹かれ、ともすれば弾けて飛ぶような危うい賭けを、するり抜けて。