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相模灘と駿河湾を分断するように走る山並み。
東西をつなぐ峠道は幾つかあり、それらの拠点の一つとして、麓にDOG支部はあった。
学園からの応援到着を、青年撃退士が安堵の表情で出迎える。
「急な話で…… 来てくださって、ありがとうございます」
「以前、DOG本部へ赴いたことがあります」
エルム(
ja6475)の言葉は短く、それだけで充分な想いを伝える。
彼女としては多少なりとも親近感を抱いていたし、大戦後も状況が落ち着いていないことを目にしている。
「ホーシューもらえるなら、キケンな場所でもいっちゃうよっ★」
トレッキングセットも準備OK、新崎 ふゆみ(
ja8965)は用意してきた地図を中央のテーブルへと広げる。
ふゆみも以前、エルムと同じ任務へ参加していた。
「ねーねー。ふだんは、どんなルートを通ってるの?」
「それからルートを使用した頻度、襲撃を受けた場所を詳細に教えて頂けますか?」
マーカーを片手に尋ねる少女の隣で、ユウ(
jb5639)が捕捉する。
「はい。基本的には、この場所をスタートに――」
問われ、青年が支部のある場所からツイと指先を動かした。
山道へ入る場所はひとつ、そこから三つほどルートを用意し、基本軸としているという。
峠へ繋がる、整備された道。
独自に開いた細い道。
山間を縫う獣道――とはいっても、数度踏んだことで歩きやすくなっているという。
「奇襲を受けたってことは、ルートを把握されているのかも」
「可能性は、高いです」
道筋を眺める龍崎海(
ja0565)へ、青年が短く頷く。
「奇襲を受けた際の敵勢力に関しては、情報をお送りしたと思いますが」
青銅兵と、それから飛行能力を持つサーバント二種。後者が、初顔だったとのこと。
「……鳥と騎士かぁ。京都のように魔封じと物理半減って組み合わせを思い出させるなぁ」
「魔封じ……ですか。そういった手ごたえは感じなかったという話です」
京都でおなじみとなっていたサーバント・ファイヤーレーベンであれば攻撃魔法を封じるから、その場にいた撃退士なら気づくだろう。
「物理半減は……どうでしょうね。発動した防護壁は強固だったと言いますが、身を固める鎧までは、確かに」
そこまでは刃を届けられなかったのだと青年は答える。
奇襲当時に使ったのは、整備された道。
車が走ることもできるだけの広さ、見通しの良さがある。
「時間帯は、いつ頃だったのでしょう?」
流れる銀色の髪の毛先を指に絡めながら、ヴェス・ペーラ(
jb2743)が問いかける。
「午前中です。午後からは、もう一つ……僕たちの部隊が、獣道を回る予定でした」
明るく、動きやすい時間帯。
見通しが良く、巡回にも慣れた場所。
(私が、敵だとしたら……)
奇襲地点が追加された地図を眺め、ヴェスはチェックポイントを幾つか書き込む。
1.深く落ち込んだ窪地。
2.三方が険阻な所。
3.草木が密生し、行動困難で視界不良な所。
4.山間部のでこぼこした所。
「こういったポイントの周囲で、待ち伏せを考えますね」
「それでいうなら『2』が近いですかね」
両サイドが木々で、道は一本――と、慣れているからこそ思い込んでいた節は、ある。
「青銅兵の能力、チャージを最大限に発揮させるためでしょうか」
一気に間合いを詰める能力を発揮するなら、『直線の道』が確かに適している。
エルムが考えを口にし、天羽 伊都(
jb2199)がうなった。
「ん〜、こちらの方面は何というか、したたかな思惑を感じますね〜。情勢を理解しての……頭の良さが伝わってくるっすよ!」
「それから、各々の能力……でしょうね。エルムさんが、さきほど仰いましたが」
青年は、眉間にしわを寄せた。
「ここ最近、近隣に出没するのは青銅兵、銀騎士が主でした」
頻繁に連絡を取り合う向こう側の支所は、それこそ大変な状況らしい。
その分、こちらは絞られた敵を相手に専念し、少ない撃退士でも対応できていた。
ガブリエルの残したサーバントが相手であり、こちらとしても敵の手の内は、知れていた。
「青銅兵が突撃してくれば、けたたましい声ですぐにわかりますし」
例えば巨大なドラゴンならば、遠目にもわかる。
……ということは。
海は、かねてからの疑問を問うた。
「突然、道の背後に敵が現れたってこと?」
「いえ、我々が『気づかなかった』ですね。敵の声を頼りにし過ぎていました」
攻撃を受けるまで、耳に慣れた『声』を察知しなかった。
「そうなると、新戦力には潜伏関係の能力の与えることができるのかな?」
「どうでしょうか。青銅兵には、数十メートルを一気に縮める能力があります。我々が通り過ぎた後、木々から背後に控えておいて一気にズドン、だけなら潜伏能力は不要でしょう」
雉も鳴かずば撃たれまい、その逆ということか。
「青銅兵は今まで通りバッドステータスは効き易かった?」
「そこは『変わらず』だったと聞いています。能力に変化はなく、だからなんとかあいつらだけは仕留められた」
「……新型をこっちに投入したってことは、戦力分析されるより更に時間を稼ぐ方を優先ってことかな」
互いに手の内を知り尽くした膠着状態。
そこへ投じられる一石の意味を、海は考えた。
「巡回コースに近いラインを探したのですが。こちらの、谷沿いで常に視界が開けたルートを進みませんか?」
怪しいと思しき場所に近づけば、ヴェスならば翼を広げ、高所から見渡すことができる。
基本として全員の視界が明るいこと、敵にとっても『慣れ』である場所をずらしたいと、そういった考えからの提案だった。
事前調査・準備は、遅くまで続いた。
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一夜明けて、行動開始。
「敵戦力の総数が不明なので、統率者の撃破を最優先に行動したいっすね」
さて、如何にして『統率者』を看破するか?
山道を歩きながら、伊都が体を慣らす。
「巡回時の制服みたいなものがあれば、借りたかったところだけどね」
後衛の海は、背後へ注意を配りながら残念そうにつぶやく。
こちらの支部では、そういったものはないそうだ。
『敵』――ここでは、間近に刃を交わすサーバントではなく、その背後、全体に指揮を執る存在がいると仮定して――に、『学園からの増援がなくても対処は可能』と伝えられたら良かったが。
どのみち、最初から区別が無ければ変わらないだろう。
今までとは、違う。
それは、撃退士側も。
(空と地上からの挟撃がやっかい……か)
旋回するのは鳶に違いないと判断してから、エルムは少しだけ肩の力を抜く。
ヴェスの提案で、片側が崖となっている道を進んでいるから、少なくともそちら側からの奇襲は『無い』。
崖を這い上がるようなサーバントがいれば別だが、現状ではそういった報告もない。
「この辺り、チェックポイントですね。飛翔いたします」
拳銃を手に、ヴェスが闇の翼を広げる。
「よろしくぅっ★」
ふゆみがヴェスへと手を振った。上空で味方が警戒してくれていると思うと心強い。ふゆみは、ヴェスと組んで鳥型対応を取る作戦だ。
「奇声後、突撃するまでのタイムラグはなかったということですから……注目効果、ということも考えから外していいんでしょうか」
「チャージで攻められれば、一瞬だからね」
ユウの懸念へ、海が頷く。
「……声」
もう一羽、鳶が増えた――否、あれは。
エルムが目を見張る。
黒い翼の―― 鳥が、鳴いた。
それと同時にヴェスの銃口が火を噴き、マーキングを撃ち込んだ。
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「バズヴァ、上空は一体のみです!!」
ヴェスの声が走る。
「前回で味を占めてるなら――」
殿の海が脚に力を込めると同時に、木々を薙ぎ倒して側面から青銅兵が飛び出してきた!
「能力が変わっていないなら、奇襲の意味をなさないなら―― 俺の敵じゃない」
鋭い槍をバックラーで受け止め、そのまま幻影の鎖で束縛する。
(充分、有効……!)
多少の個体差はあるだろうが、青銅兵の能力は以前戦った時と変わっていないようだ。
「前後を挟撃されるとわかっているなら、逆にこちらが各個撃破する好機です」
『正面からは光球』――その奥に、エルムは光る刃を見た。
「エルムさん!!」
上空へ舞ったユウが、牽制のアウル弾を放つ。
地上に控えていたバズヴァの放った魔道球、その影からチャージを仕掛けてきた青銅兵の、軌道が微かに逸れる。
魔法攻撃を辛うじてかわしたエルムの、肩口を槍が抜けてゆく。ユウのサポートが無ければ、真正面から貫かれていたかもしれない。
「すないぱーふゆみ、ただいまサンジョー☆(ゝω・)v」
中衛のふゆみは、そのまま腰を落として真っ直ぐにバスヴァを狙う。
(1つの集団を動かすのは1人の指揮官、ってゆーことは、えーっと!)
空中において全体を見下ろしている者か、あるいは『それ』と判る一体だけの存在か?
そう予測を立て、まずは複数いる黒鳥の、一つを。
最大限の火力とカオスレート補正を乗せたそれは――
「Σえっ」
バズヴァの『盾』としてダークナイトが飛来し、防護壁で攻撃を防ぐ。
――固い。
並のサーバントであれば、ともすれば一撃で落とせたかもしれない攻撃力だというのに。
「天界勢で黒ってのは珍しいよね、ボクと被るんでゴメン被りたいっすけど……」
海が束縛を掛けた青銅兵を切り捨てていた伊都が、踵を返した。
黒い甲冑を纏った獅子たる少年は、体勢を崩したエルムのサポートに回る。
「騎士さん、その『鳥』が守るべきものっすか?」
「残念ながら、どんなに上手に隠れても……動きはこちらの手の中、です」
上空のバズヴァの滑空を避けながら、ヴェスは二羽目へもマーキングを。迎撃したい気持ちは強いが、相手の動向を握ることが先決。
倒すだけならば、味方もいる。マーキングによって動きを掴むのは、今はヴェスにしかできないことだ。
(上からの視界情報を受け取って、地上は迷彩で隠れての、指示……でしょうか)
同種のサーバントであれば、そういった情報共有も可能なのかもしれなかった。あるいは、上空も指示下であるか?
翼を持つ騎士が、地上の鳥の守りに入ったことを考えれば、そちらが自然だろうか。
そして、他のサーバントへの指示というのは、恐らく――
「新崎さん!」
「ふゆみにお任せだよーっ★ えーいっ★ミ」
地上のバズヴァは、黒騎士によってバズヴァへの射線は防がれる―― ならば。
ふゆみは上空へと目標をシフトする、タイミングを同じくしてヴェスは飛行速度を上げ、制空権を握った。
(――地上の騎士は、動かない。これが答えですね)
「空中なら、逃げられると思いました?」
銃声とともに、羽を散らして一羽のサーバントが墜落した。
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海が、腕を伸ばす。
青銅兵からの集中攻撃を回避しきれなかったエルムを『神の兵士』で掬い上げると同時にヒールで速攻の回復を。
「大丈夫?」
「負けるわけにはいきません」
返る言葉は、シンプルだった。
上空から援護射撃に徹していたユウが、槍へ持ち替え急降下する。
敵陣の中心で槍を旋回させ、力づくで道を開き――エルムが、駆ける。
「私が隙を作ります、エルムさんはその隙を突いて下さい」
(『指揮官を守るために、騎士は動けない』!)
自分たちの狙いが黒騎士であってもバスヴァであっても、騎士は防護壁を発動させるはず。
ユウは防護壁を発動する左側面へと回り込み、鋭い蹴りを放ち防護壁を誘発させる。吹き飛んだ距離を、エルムがさらに踏み込んだ。
「先手必勝。――秘剣、翡翠!」
朱色の刀身が、鮮やかな輝きを放った。
その疾さは、川面を翔ける翡翠の如く。
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「まだ―― 指揮が生きてるっすか!」
接近戦にさえ持ち込んでしまえば、切り払うのみ。
上空のバスヴァ、地上のダークナイトを撃破し、残る青銅兵の掃討をしながら伊都の目は地上のバズヴァを探した。
ヴェスがマーキングを付けたから、取り逃すことはないだろうとわかっていても落ち着かない。
(動きが……)
何故、落ち着かないのか。
「引き込まれてる?」
誰かが、呟いた。
何処へ? ――敵陣深く、へ。
「ぬぬっ☆ お前がリーダーとふゆみちゃんは見たのだっ!」
迷彩を駆使し、山道に紛れ移動するバズヴァ。しかし、その動向はヴェスに把握されている。
指示を受け、目を凝らし――木々の隙間の移動の隙を、ふゆみが捕えた。
「初めて使うからちょっと不安だけど…… えーいっ! 女はドキョー★ミ」
深追いが懸念される中、射程40mを誇るスナイパーライフルの5連続射撃が木霊した。
「シ、シビレルー……!!」
「新崎さん! 大丈夫ですか!?」
リミッターカットの反動で動けない少女の元へ、ヴェスが舞い降りる。
射程を生かした立体的な連携を上手く取ることが出来たことが、ヴェスの放ったマーキングの効果を最大限に発揮することに繋がった。
少女の身体に負荷がかかっていないか、案じるように肩を貸す。
「えへへ、ありがとっ☆」
「良かった……。もう、近隣にはサーバントらしい動きは見られませんが」
「生命探知でも確認したけど、小動物くらいだね。山頂まで行ってみたかったけど、変に誘われた気がしたな。止めておく方が無難か」
最後方から、ゆっくりと海が歩み寄り、全員が改めて周囲を見渡す。
「気になったのが」
昨夜、皆で書きこんだ地図を取り出し、ヴェスが幾つかマーカーで道を足す。
「この辺り。DOGの方からの説明以外で、道が」
「サーバントの使ってるもの、ということかな」
青銅兵や銀騎士は、翼を持たない。地上を移動する以上、人間と同様に痕は残る。
「実際に戦闘を上から見て、その認識で合っていると思いました」
ユウも頷く。
「ダークナイトが羽を持ってた、っていうのは、その辺への対策ってことっすか?」
新型の敵を送り込む、ということは。
キャラ被りを案じていた伊都が、思いついて口にする。
「高所を飛んでいれば気づきにくい鳥型と、足跡を残さない騎士、か」
青銅兵も『声』を消せば、それまで頼りにしていた分、影響は少なくないはず。
「なるほど、『新戦力』か……」
誰の差し金か。
投じることで、生まれる意味は。
考え込み、それから思い出したように海は顔を上げた。
「皆、並んで。徹底して回復をかけるよ」
「え、でも……掠り傷ですよ?」
「『撃退士はサーバントを殲滅し、傷一つ残さず帰った』……どこで誰が見てるかはわからないけど、それくらいの手土産を持たせてやりたいと思わない?」
アウルディバイドで、スキル回数も回復するから遠慮なく。
その一言に、反論は挙がらなかった。
伊豆路、先駆けの翼は落とした――。
さあ次は、どんな手を、打ってくる?