●序章
劣勢の中を突き抜ける、光が一筋。
「ユメノ、行け! 振り返るな」
Vice=Ruiner(
jb8212)の銃弾が路を拓く。
「我らが叙事詩に終止符を打つ時は今ぞ、大帝ウル!」
紅蓮まといし伝説の剣を手に、ユメノ――君田 夢野(
ja0561)が叫んだ。
「ふっ、ふははは! ふははははは! 斯様な剣で、ウル大帝を討てると思うてか!!」
石斧を振るいしウル大帝の、純白の翼の陰から黒猫が高らかに笑った。
何処からともなく、ロックなリュートが熱いビートを刻み始めた。
――すべてが、まばゆい光に飲み込まれる。
●第一章
碧空を鳥が翔ける。穏やかに風が吹く。
今日も昨日と変わらぬ、平穏な一日だと誰もが思っていた。
近衛騎士の詰所にて。
「近衛騎士がそうであることを知っても逆に親しみが沸くとも―― すまない、控える。だからその剣を下げてくれまいか」
白銀を首筋に当てられ、ニコリともせずに島津 忍(
jb5776)は両手を挙げた。
求められる情報を手段を選ばずに入手・売買していた『情報屋』たる彼は、二年前にとある一行の国外逃亡をアシストすると同時に『手を出してはならない』情報を、得た。
その情報は城下に流布されれば国が揺らぐとも言われるが、関係者以外はその存在すら知る事は無い。
彼に剣を突きつける近衛騎士ヒカルもまた、彼が国の管轄下で軟禁状態にある理由を知らされていない。
「コホン。私の事は、どうでもいいのです。シノブ殿。此度の戦さ、貴方の能力をお借りしたい」
「近衛の寮に間借りしている身。私に断る権利があるとは思えないな」
「正午に、城下街へ向けて公示を出します。傭兵たちの動きに、注意を」
「得意分野だ」
「出立まで、五日。工作する余裕もないとは思います、が……。シノブ殿には続いて戦場にて」
「喇叭だろう、わかっている。外の空気を吸えるんだ、悪くない取引」
裏切れば、今度こそ首と胴体は泣き別れ。
それを知らぬ男ではない。
生かされているその意味を、逆手に取る程のカードは残されていない。
「生き残るためには勝つのみ。……閃刃の近衛騎士殿の弱点が甘味であるくらい、可愛いものだt 控える」
――ウル大帝との、決戦。
その公示は瞬く間に城下街を駆け巡り動揺をもたらした。
「ナチュラルとロックがオレの胸で核融合する!」
改造リュートをかき鳴らし、公示内容を高らかに歌い上げるのはメンナク。愛を謳う堕天使・命図 泣留男(
jb4611)。地上に降りたストレイ・エンジェル。悲しみを武器に変え今宵お前のハートにロックオン。
つまるところが吟遊詩人である。
ライトアップも自家発電OK、昼間でも眩い輝きを放ってオンステージ。
そのハスキーな歌声は風に乗り街の端へも届いてゆく。
病で眠っている老人の耳へも否応なく届いてゆく。
それは非常に便利なハズなのだが、なぜか浴びる視線は冷たくて、そんな天使の身体を包み込むのがブラックレザージャケットであった。
「戦いは数ですわ、お兄様」
広場中央で、大きく声を上げるのはイクヨ。天道郁代(
ja1198)である。
高く結い上げた黒髪が風になびき、陽光にメガネのレンズが反射する。
「モブ? 雑魚? それがどうしたという話ですわ!! 敵を倒してこそ道は開かれ、道を開いてこそ大将首を獲れるというもの!」
少女の声は、晴天によく通る。
戦乱を前に、迷いを抱える者たちが誰というでなく聞き入った。
英雄でなくても。
歴戦の勇者でなくても。
戦う力があるのなら。この街を、国を、少しでも守ることができるなら。
「即席の戦闘集団か」
集う者たちを横目に、マサル――藤村 将(
jb5690)が退屈そうに鼻を鳴らし、愛用の剣を担ぎ直した。
(誰でも良い、異形だろうが怪物だろうが…… 俺を満足させてくれりゃあ)
戦闘狂の剣士は独り、戦場へ向けて歩み始めようと足を踏み出す。
「そこなあにさん、得物の塩梅よろしくねぇんじゃありゃせんかい?」
その、旅立ちの出鼻を華麗に挫かれた。
「誰だ、てめぇ」
「流しの鍛冶師でさ。ほら、刃こぼれしてらあ」
箱鞴と道具満載の道具箱を背負子に乗せたるは、ヨスガ……点喰 縁(
ja7176)。20歳ほどの若者だ。
極東の国出身で、戦場から戦場を渡り歩いて仕事をしている。
戦さの匂いを嗅ぎつけて立ち寄ってみれば、ご覧の通り。
「戦場での応急処置も請けておりやすがね。まずは始めが肝心だ。お代は銭とは限らねぇ。値するなら、武勇伝でも?」
「……ちっ」
マサルは舌打ちひとつ、道具を広げたヨスガを相手に軽い話を一つ二つ。
(しっかし……)
言うだけあっての手際の良さ。愛想の良い笑顔。しかし、どことなく表情は死んでいる。ように見える。
(俺には関係のねぇことだけどよ)
情報屋ジュン……亀山 淳紅(
ja2261)は、歩きながら集めた情報を整理していた。
表の顔は歌謳い。歴史を繋ぐ吟遊詩人。
(歴史は公平に歌われなあかん)
絶対の中立者。それが彼の矜持。
(それには足らんものが、ある)
音楽を愛し真実を愛するジュンには、志を同じくしながら二年前に違う道を選んだ相棒がいる。
あの頃から、互いに成長しているだろうか。
きっと、彼もまた、この戦いを耳にしているだろう。同じ、空の下で。
「さぁ、スリル満点ご覧あれ!!」
そこへ、妙に馴染みのある声が響いてくる。
あれは――あの、踊り子は……。
東国の衣装を纏う長身の青年が、黒髪の男の演奏に合わせ幾本ものナイフをジャグリングし、踊り子に向けて……
「ユウマ君、とうとう取ってしもたんか!?」
ざくざくざく。
投じられたナイフは、踊り子の衣装の際どい部分を器用に切り裂いた。
「とってへんしー!!」
「動くと危ないである」
木へ縫いとめられた踊り子ユウマ175cm ※小野友真(
ja6901)へ、道化姿のギィネシアヌ(
ja5565)が短く声を発すると同時に林檎を放る。
追いかけるように発射される矢が一条。
トン、と絶妙なタイミングで、射抜かれた林檎がユウマの頭部へ着地、コロリ転がる。
「命(タマ)、取り損ねたか……」
「ギィネ? ギィネ? 命と書いて、今、なんて読んだの?」
「……パパが困ることはしないのだ」
かつてギィネシアヌを拾ったのはオミ、加倉 一臣(
ja5823)。彼の為に、傭兵としての腕を磨くとギィネは誓った。
パパを巡るライバル・ユウマだが、パパがユウマを大事だというのなら命を取るまではしない。命は。
最近は、突っかかることも随分と減った。今回は『からかい』である。ザッツ・コミュニケーション。
「背ェ伸びたし! 男らしなったやん! ジュンちゃんおっひさー!」
「いぇー!!」
薄布を取り払えば、きちんと青年の旅装だ。
ユウマは友人との再会に、笑顔で駆けつけハイタッチ。
無茶な逃亡劇から二年が経過し、よもや指名手配なんぞされていないとは思うが、しばらくはクオン王国へ近づけずにいた。
「なーなー、最近の情報頂ける?」
「情報……。せやな。そろそろ『お祭り』が始まるで」
「ども。……戦争が始まるってのは聞いたけど」
「とびっきりや」
オミが顔を出すと、ジュンは片目を瞑っては手を振り、風のように去って行く。
「とびっきり、ねぇ」
「強い敵と戦えるなら本望だぜ……!」
「可愛いこと言っちゃって!!」
愛娘をギュウと抱きしめ、パパはそっと後ろへ視線を流す。
「で、おたくはどうする? ――拾った命だ。好きに使いな」
黒い影が、ふらりと動いた。
市場の片隅に、黒猫ニャーディス……カーディス=キャットフィールド(
ja7927)が開く薬屋がある。
「鰹節国原産の秘薬ですよ〜。どれだけ削られても驚異の再生力! 戦場の必需品ですよ〜」
「あいにく、私はただの旅人なんだ。そうだな、怪我や熱病に効くものはあるだろうか」
嘘か真か愉快なセールストークに静かな笑みを浮かべ、旅人であるシズル、天風 静流(
ja0373)が腰を落とした。
さらりと、美しい黒髪が肩を滑る。
「それでしたら、こちらとか……。せっかく美しい髪をお持ちですので、花の油なんてのも如何です?」
「うん? そういったものは初めて見るな……」
「私の毛並も、これで艶々です」
「愉快な薬屋だ。とりあえず、こちらの薬と干し肉をもらおう。しばらく滞在しているから、また縁があれば」
「お待ちしてますよ〜〜」
薬草と塗り薬、それから保存食の類を購入し、シズルは市場を後にした。
(戦争、か……。この状況に乗じて何かをする者もいるのだろうか……)
戦場から遠く離れたこの街では、準備を整える傭兵たちの姿が目につく。
中には、『傭兵ではない者』も紛れ込んでいるのかもしれなかった。
「武器は持っている、が……」
妙な胸騒ぎがして、外套の下の得物へそっと手を伸ばす。
「折角なんだから。美味しい物でも飲んで食べて、ゆっくりする。英雄だなんだのはそういう人に任せよう」
(誰か暴れたり、攻めて来ない限り使い道もあるまいよ)
見事なフラグをそっと立て、シズルは颯爽と繁華街に向けて歩を速めた。
街の、路地裏にて。
薄暗い場所で秘密のやり取りが交わされるのは、世のお約束。
「待ちくたびれたよ」
「かんにんやで! 新しい情報入った?」
「ウル君が、実は魔法少女だったとか」
「それ、たぶんニャーディスの仕事や……」
金色の髪の道化へ、ジュンが苦笑いで首を振る。道化は『知ってるよ』と肩をすくめた。
「この二年、貴族を陰で操ったり、道化に変装して王城を調べ上げたり……。正直、飽きちゃって。ウル君が動いてくんなかったら危なかった」
てへっ☆ 可愛らしい笑顔で禍々しいことを、道化は口にする。
道化が外見にそぐわぬ力の持ち主であることを、ジュンは知っていた。
だから―― これは――
自分の心に幾つかの言い訳を重ね、ジュンは紙片を取り出した。
「そこまで辛抱したんや、不要かとは思うけど。これ、上手いこと使こてや」
「ありがと。えーと? おぬしもなかなか悪よのう?」
「代天使様には敵いませぬ。で、そっちの決行はいつなん?」
「そうだね……。進軍開始して、手薄になった頃かな」
道化は、冷えた青い瞳でそう返答した。
「という具合や」
「なるほど。あ、これあげる。あの店の林檎、美味しいのよねー」
盗賊カエデ――嵯峨野 楓(
ja8257)と、続いての密談。
真っ赤な林檎を受け取り、ジュンは齧りつきながらカエデがもたらした情報へ目を通す。
「あとは盗賊カエデ様に任せて、泥船に乗ったつもりでいなさい!」
「沈むの確定やんか」
「分前は8:2ね。勿論8は」
「わかってる。自分は2あれば充分」
「あら、謙虚ね?」
お宝命のカエデにしてみれば意外な反応で、少女は目をパチクリさせる。
(でも、ま…… ヒトのことは、言えないか)
財宝目当てに幾度か城へ忍び込んでいる彼女にも、今回はもうひとつ『別の目的』がある。
互いに、深入りは禁物。痛い腹は探らせない。
幸運を祈り、二人は別れた。
戦乱の香りに、街がにわかに色を帯びる。
(何事でと思いましたが……、そういう事であれば全力を尽くすまでです)
「数年ぶり……ですね。街も、すっかり様変わりして」
剣と魔法の両方を巧みに使いこなす魔法騎士、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は公示に目を通し、それから街を行く人々、建物などを見て回る。
(あ、あのパン屋さんは今もあるのですね)
懐かしい。昔はよく、新米騎士のヒカルが朝一番の鍛錬の後に直行し、限定販売のスイーツデニッシュを……
「あら」
思い返した傍から、見慣れた青髪が。制服といい、見間違えようがない。
「ひゃう!!? ふぁ、ふぁてぃなさんっっ! 帰還されていたのですか」
背後からそっと忍び寄り、後輩の成長ぶりの物理的な確認を。
「火急とのことで連絡を頂戴しました。ヒカルさん……暫く見ないうちに立派に成長して……」
「ど、どどどどこを触ってらっしゃうんですかぁ!!」
厚手の生地で作られた制服の上から、ファティナは『ボディチェック』を欠かさない。
「嬉しくもありますが、気付かぬうちに大人になられて少し寂しくもありますね」
ぎゅっとそのまま抱きしめられれば、姉にそうされるようで安心してしまう温かさがあり。
ヒカルが抵抗を忘れかけたところでパン屋のドアが開き、黒髪の女騎士が姿を見せた。
「何年経とうが、変わらないな銀狐……? 離れろヒカル、伝染るぞ」
「カンナさん!! 限定デニッシュは、デニッシュは!」
「見ての通りだ。いやヒカル、その前にだな」
「ふふふ。カンナさんも相変わらずのようですね。積もる話も、せくは…… コホン。も、戦いの後でも出来ますしね」
クスッと笑い、ファティナは大人しくヒカルから離れる。
パン屋から紙袋を抱えて出てきたのは、ヒカルたちと同じく近衛騎士のカンナ――水無月 神奈(
ja0914)。
ヒカルの甘味好きをよく知り、こっそり抜け出しては付き合ってくれる面倒見のいい先輩である。
その面倒見の良さが、ヒカルだけに発揮されていることを……当人は全く気付いていないようだが。
「こうして三人が揃うのって…… もしかして、ものすごく久しぶりでしょうか」
「穏やかな状況でないことが残念ですが、まずは勝つとしましょう。それから、ゆっくり」
「……ああ」
ファティナの帰還は、非常に頼もしいことだった。彼女の力量は、カンナも良く知るところ。
(だが……)
それでも。
黒髪の騎士の表情は、晴れないままだった。
今と昔。
変わらずにそこにある、傭兵たちの憩いの場所――酒場クオンガハラ。
もともと人気メニューだったカレーが爆発的ヒットを飛ばし、今や近隣の主婦たちまで情報交換相手となっている。
(……あれから、二年か)
マスターであるタツ……強羅 龍仁(
ja8161)は手を止めないまま、ふと時の流れに思いを馳せた。
独自で、ある人物を探しているのだけれど未だ有力な情報は掴めないまま。
さすがに疲れが見えてきている。
「タツ、元気?」
「カレー、いつものだ!」
「……久しぶりだ」
カズオミたちファミリー御一行様が姿を見せ、少しだけその表情が和らぐ。
「伝説の怪物だなんて面白いにも程がある。参戦しない手はねぇよ」
「傭兵魂が滾る情報やん。タツさん行かへんの?」
まずは水で準備運動・カズオミが話を振り、一も二もなくカレーに飛びつくユウマがタツを見上げる。
『いつもの』激辛カレーを頼んだギィネは、パパへ「あーん」のタイミングを見計らっていた。
「俺はここで待ってるさ。無事に帰ってきたら、特製カレーを振舞ってやるからな」
「そいつは楽しみ」
(これより『特別』って、どの方向性だろうな)
愛娘が装備している特製カレーを前に、カズオミは生唾を飲み込んだ。
平和な日。
戦いの日。
旅立ちの日。
変わらず酒場はそこに在り、人々を見送る。
今日もまた、変わることなく。
傭兵たちを送り―― 店も看板という頃合い。
「マスター。まだ何か、残ってるものある?」
呑気な声とともに、ドアが開いた。
「カケイ……、話がある。裏に来てくれ」
「他に誰がいるでもなし」
流浪の傭兵・赤毛のカケイは口の端を歪めた。
「言いたいことは、わかってるよ」
俯き、言葉を探しながら。
「マスターの気持ちには感謝する。でも、俺は意思を尊重するだけだ」
「……尊重?」
「俺は、いつだって想ってる。そのことだけは、離れていたって変わらない」
当人が居ない以上、ここは仔細について語る場ではないだろう。
それでもタツは、その人物をずっと探している。
待ち続けている。
「正解は俺にもわからない。ただ、『時間』は必要だって考えてるよ」
様々な思惑を乗せ、夜は更けていった。
●第二章
戦場を舞う土埃が視界を乱す。
曇天の空からは翼持つ異形が雨の如く矢を降らせた。
大帝ウルが石斧を大地へ叩きつけ、亀裂が走り、敵味方の区別なく飲み込んでゆく。
「久しぶりのデカい戦……。楽しみだねぇ」
弓使い・レイ……常木 黎(
ja0718)は女豹の眼差しで戦場を見渡した。
敵に陣というものは存在せず、ほとんど数に任せた力押し。
対するこちらと言えば、騎士団が中心となり大まかな戦略を用意し、傭兵たちも頭に叩き込んでの自主行動をとっている。
それぞれの判断が、どう絡み合い、結果をもたらすか……。
(それにしても、こう人が多いと)
すぐに見つけられる――そう踏んでいた相手が、前日までに捕まえることができなかった。
裏を返せば、それほどまでに傭兵部隊の数が膨れ上がっているのだ。
(国を守るって感覚はピンと来ないけど)
守りたいと思うものなら、レイにもあった。
こくん。
待機中に、持参していたお菓子を食べつくし。
東方より来たる女傑・近衛兵団のユマ……或瀬院 由真(
ja1687)の表情が凛としたものへ変化する。
「参りましょう。私が盾となり、前線を押し上げます!」
長大なランスを構え突き進む姿は、まさに女傑。
縁あってヒカルに拾われ今に至るが、真の姿を見せるのは今回が初であろう。
「邪魔するものは、文字通り薙ぎ払います」
肩を並べるファティナが、ユマの押しとどめる敵を始め前方へと強烈な魔法を放ち、焼き尽す。
「平和を乱す不埒な輩は、私に突かれてさようならです!」
ランスによる突進、吹き飛び出来たスペースへカンナとヒカルが駆け込み追撃を与えてゆく。
「上空部隊も面倒です、ね…… 一気に焼きますよー!」
弓持つ者へ、ファティナが遠慮のない火炎球を炸裂させた。
近衛兵団精鋭部隊によって、戦いの火蓋は切って落とされた!
「じゃ、行ってくるから」
後方支援部隊から、最前線へと抜擢されたトモミ――礼野 智美(
ja3600)は至って軽く言葉を残し、激戦区へと向かってゆく。
常であれば、自身の傭兵チームにて負傷者救護を行う人員の護衛をしているが、今回に至っては小隊の壁を越えた戦略が必要とされていた。
「連動の効率化への協力、感謝する」
「慣れているよ。これも、生きて帰る為……。持てる力は全部出そう」
近衛兵団所属・シノブからの伝令に従い、トモミは刀をスラリと抜いた。
矢を打ち払い、槍を躱し、距離を詰めては異形を切り捨てる。
「俺の後ろを抜けられると思うな!! 心持たぬ異形共、『絆』の力を見るがいい!」
離れていても、守るべき後ろには絆で結ばれた仲間たちがいる。
だから、小隊を離れていてもトモミは戦い続けることができる。
刀から槍へ、或いは槌へ、臨機応変に武器を使い分け、神速をもって戦場を駆ける。
「まさに首輪だが……、これも悪くない」
彼女の背を見送り、シノブは口元に笑みをたたえ……次の部隊へ。
(さて、ちゃんと勝って無事に帰らないとですねー? 恋人も待ってますしねー?)
傭兵スワ、櫟 諏訪(
ja1215)は決意を新たに。
恋人とコンビを組んで各地を転戦していたが、数年前に王国へと根を下ろしていた。
そんな恋人は今は『お留守番』中。
必ず生きて帰って―― などというフラグは、誰ぞへ押し付け……もとい、破らねばならない。
「良いフラグを発見しましたよー?」
「スワ君!? 今、俺を狙わなかった!!!?」
「精密誤射ですよー? 白羽の矢(実弾)といったところでしょうかー」
前線で大剣を振るっていたカケイの頬を、的確に銃弾が掠めてゆき。
「相変わらず、危なっかしいね」
騒ぎを聞きつけ、レイがたどり着いた。
「レイさん」
「『勝つ』んでしょう? あなたの目的は、私の目的だから。支援するから、前向いて」
「はーい」
ようやく見つけたと思えば、呆れるほどの『いつも通り』。
それでも気を緩めることはせず、レイはカケイへ集中するよう促す。
「カケイさん、帰ったら……」
「よ、スワちゃん久しぶり!」
「オミ、俺は無視かよ! ……? レイさん、何か言いかけた?」
「……や、何でもない」
フラグ発生絶妙のタイミングで登場したカズオミたちを一瞥してから、レイは視線を逸らす。
「二人ともお久しぶりですねー! 今も王国は相変わらず、だけど少しづつ前に進んでますよー?」
オミとユウマへ笑いかけながら、スワの銃口は敵へ向けて。
「みたいやなー。ところで奥さん、今日はどうしたん?」
ユウマとレイのカケイに対する回避射撃がクロスする。
「あ、奥さんは産休中なのですよー? 我が子の為にも必ず生きて帰るのですよー?」
「ごめんスワちゃん、それってフラグ……」
「奥さんもお子さんも戦場にいるカズオミさんを、しっかり援護しますよー?」
「……あ、俺ですか」
華麗なるフラグの押し付けにカズオミは笑みをこぼし、弓を引く。
「大丈夫。パパのフラグは叩き折る」
「ギィネったら!!」
「ところで、お気づきであろうか」
槍を叩き折る。剣を弾きかえす。返す刃で下から袈裟掛けに異形を斬り倒す。側面から接近する者には肘を沈め、蹴りで潰す。
そうしながら、カケイが声を上げた。
「なんで、これだけメンバーがいて近接戦闘担当が俺だけなんですか!!!」
「カケイの兄貴、便りになるぅ♪」
「盾が一人しかいねぇよ!!」
「ふっ、ここはオミの出番ですね……」
スッ
後方から前線へ、進み出たのはユウマ。
「え、俺ですか、俺は一介の弓使いですよユウマさん」
「違う! こっち!! 愛剣『オミ』! ……カケイさん手ぇ欲しくないですー? お代勉強しますよ、如何すか?」
「俺の崩壊は部隊の崩壊を意味する。ユウマ君、わかるかな?」
「ハイかYESしかないすよね! だいじょぶ任せて!!」
●幕間
伝承に曰く。
ウル大帝を倒すことができるのは、ただ一振りの剣のみという。
どれだけの傷を与えても、最後に彼の首を落すのは、その白刃のみという。
今は森の深く深くそのまた深くに安置され、地下の異形たる悪魔の守り人が守護しているという。
しかし伝承を継ぐ吟遊詩人が絶えたことを、守護悪魔は知らなかった。
ウルが動き出したことを察知し、さすれば自然と人間どもが押し寄せるだろうと待ち構えていたのだが、誰一人として来なかった。
当然だ、誰も知らないのだから。
「……ふわぁ。……誰も来ないなぁ」
守護悪魔ののは(
jb7599)が、小鳥のさえずりに眠気を誘われたところで、漸く事態に気が付いた。
●第三章
(ウル大帝…… ここで撃退したとしても、いずれ再び現れるだろう)
雑兵たちを斬り伏せ、カンナは紅い瞳を敵陣奥の怪物へ向ける。
(その時の標的は再びクオンかも知れないし、他国の地やもしれない)
ヒカルの側面へと放たれた矢を落し、庇うように回り込む。
(それなら心命を賭してでも、ここで討つ。クオンの為、そして何より――)
「カンナさんっ!」
あらゆる雑音に塗れたこの戦場で、彼女声だけが光を放つように響いた。
「オラオラオラァ!! 死にたい奴から掛かってきやがれ!!」
敵の大小一切問わず、自身が負う傷も気に懸けることなく、マサルが剣を振るう。
旅立ちの前に、流しの鍛冶師・ヨスガによって手入れをされた得物は、見違えるほどの切れ味で彼の欲求に応えた。
紙細工のように異形を切り払ってゆく。
「大技ばかりに気を取られて、隙だらけだぞ」
返り血に染まるマサルへ敵の意識が集中する中、トモミが素早く懐へ。
矢を番えた腕自体をワイヤーで切り裂く。
サイドステップで間合いを取り、突っ込んできた剣持つ者の足元を狙い、薙ぎ払った。
「即席部隊だが、悪くないね」
愛刀へと持ち替えたところで、トモミが笑う。それくらいの余裕が生まれていた。
「何していいか分からないバトルの時は、とりあえずヒャッハーやっておけばいい! ……死んだお婆様の遺言ですわ!」
街で有志を募ったのだというイクヨの言葉がまた、なんとも心強い。
マサル、トモミが前線を開く槍となり、後方からイクヨ率いる部隊が殲滅してゆく。
自然と生まれた流れがリズムとなり、どう動くべきか明確に示してくれる。
「倒したら身ぐるみ剥いでいきましょう!」
(それはやりすぎじゃないか……? 士気は上がってるし、景気づけにはいいんだろうか)
微かな疑問は言葉にせず、不思議な空気にトモミも背を押されるように、突き進んだ。
「うだつの上がらないお兄様たち! 名を上げるチャンスを提供いたしますわ!!」
イクヨの言葉が引き金となり、フォローだけだった後方部隊の一つが攪乱目的で分裂してゆく。
「ひゃっはー! 勝てそうな敵を相手にするぜ〜 ですわ!」
少女は、なかなかに優秀な指揮官なのかもしれなかった。
あくまで『倒せる敵』に絞り、自軍の無駄な消耗は避ける。
彼女自身も射程を生かした魔法攻撃で援護し、そうすることで『狙い目』を示唆していった。
(二年、この心を再び燃やすには十分に長い休息だった)
幾つかに分かたれた近衛兵団、その一つを率いるのがユメノ。
一時は国を離れ、放浪の吟遊詩人をしたこともあった。
国の窮地を知り、戻り――そうして今、ここにいる。
左腕部分だけが赤く塗られた鎧こそ、彼が彼たる証。『赤袖のユメノ』の名を、取り戻した証。
(俺は今、この地に帰ってきた。我が剣で平穏の地を守る為に)
久しいはずなのに、戦場の風が肌になじむ。
「右へ跳べ、ユメノ」
後方から、ヴァイスが短く声を飛ばす。
物陰より放たれた矢へヴァイスの回避射撃が加わり、ユメノへ傷一つ与えることなく地へ落ちた。
「こちらは構わなくていい。……ウルを落とすのだろう? 俺を踏み台にして行け」
与えられたオーダーは、正確にこなす。
流れのガンマンがユメノと出会ったのは偶然だったが、偶然に導かれ今こうして共闘している。
「そら、また同士討ちだ。知能が低いというのは残念なことだ」
半歩下がれば、眼前を槍が交差し、異形達が貫きあう。
ヴァイスはそして、互いの頭へ銃口を。
一進一退から、徐々に王国側が優勢へと変化してゆく。
異形の屍が築かれ、それを踏み越え、ウルの姿を肉眼で捉えるに至る。
「烏合の衆かと思えば……」
低く、ウルの声が響いた。
「ヒカル! 危ない!!」
「カンナさん!?」
大きく、白い翼が羽ばたき一つ――生じた業炎が旋毛となり、うねりながら戦士たちを飲み込んでゆく。
「心配性ですね、カンナさん。何のために、私が戻ってきたと思うのです?」
「物理だろうが魔法だろうが、ちっこかろうが!! 守るべきものを守ってみせま…… 誰がどチビですかぁー!?」
「自分で言ってるぞ、ユマ」
咄嗟にヒカルを庇ったカンナだったが、ファティナにユマ。攻防に特化した、頼もしい仲間たちがそこにいた。
「道は私が切り開きます。大帝の首を望む方々は続いて下さい!」
「では、言葉に甘えよう。――ヒカル」
「付いていきます、カンナさん。二年間、共に磨き合った剣の腕を見せつけましょう」
息巻く妹分へ、カンナがふっと柔らかな笑みを落した。
「ヒカル、私はお前が好きだ」
「……え」
「愛していると言って過言では無い。だからこそ、お前と、お前が護ろうとしている人々の明日の為に戦えるなら――」
「カンナさん……?」
「命など、惜しくない」
騎士として命を賭す戦いがあるなら、今がそう。
想いを告げるべきか秘めておくべきか、そもそもこの感情はどういった類なのか……手余ししていた時期が、カンナにはあった。
けれど、今ならわかる。
今なら、告げることができた。
「ヒカルさん。一緒に行かないのですか?」
「ふぁてぃなさん……」
「あんな、立派な死亡フラグ……。ヒカルさんが、へし折ってあげないと」
ずっと傍にいた。
けれど、カンナが抱いていた気持に気づくことが出来なくて……
戸惑い、双眸に涙を浮かべるヒカルの肩を、ファティナが押す。
「閃刃のヒカル。――参ります」
帰りようがなくなったね。
矢の残数をカウントし、レイが皮肉な笑みを浮かべる。
「カケイさん、ちょっと下がって。それ以上のケガは拙いよ。ユウマくん、10分稼げる?」
「まっかせろーい! あ、レイさん、これパース!」
「……! サンキュ!」
カケイと双璧を為す形となったユウマは、今は無用である矢筒をレイへ。これで、まだしばらく戦えるだろう。
「最前線は、ウルとぶつかり始めてるようだな」
「辿りつくのに長かった。ここからが本番なわけでしょ」
「ああ。……」
腕や足など、大きな部分の止血をしながら、カケイとレイは情報交換と作戦の立て直しを。
騎士団からの戦況報告は適宜流れて来るが、状況は場所によって違う。
カケイたちの戦域は敵の数に押されかけている。
「言っておくけど」
無茶をしがちな彼を心配して追ってきたのはレイの本心だけれど。
「私は死ぬつもりはないよ。それに――」
それに。
「負けるつもりもない」
「……かっこいいなぁ」
「見込みが無ければ切り捨てる。以上」
「レイさん、そーくーる」
苦笑いをして、カケイは再びユウマの隣へ。
「鰹節属性は、フラグを押し付けても生き残りそうですねー?」
「スワちゃん、あとどんだけフラグのストック持ってるの……?」
肩を並べるカズオミが小さく震えた。
「パパ!! 逃げて!!」
「「限定パパ!!?」」
遥か遠方のウルを注視していたギィネの声に、その場の全員がツッコミを入れた。
大きなモーションによる、石斧での地割が――その余波が、ここまで来る!!
「っ、デカイ!」
「カケイさん!!」
突き飛ばされ、難を逃れたユウマが叫ぶ。
崩れた足元に体勢を崩した赤毛の傭兵へ、幾本もの槍が――
鮮血と。
闇のように黒い髪が、カケイの視界を遮った。
「レイさん!?」
「……腕は二本、あなたは一人、でしょう?」
「切り捨てるって言ってたのに…… あ。利き腕は死守してるんだね」
倒れ込んだ細い体を抱き留め、それから冷静に状況を確認する。
レイを襲った槍持つ者たちは、スワ・ギィネ・カズオミの集中攻撃で撃破されていた。
「死ぬ気はないって、言ったでしょ」
「そーくーる」
「切り捨てられたくなかったら、stand up! 戦場でチンタラしてるヒマはないよ!」
腰に提げていたサバイバルナイフを引き抜き、レイが立ち上がる。
さあ、巻き返しはここから――……
曇天を割り、まばゆい日差しが降りてきた、そう思った時だった。
「君たちー!! なんで重要アイテム取りに来ないのー!? 暇でしょー!?
うらーっ あたしに負けた奴は鼻に指突っ込んでブサイク顔にするぞー!!」
上空より現れたのは、守護悪魔ののは。
「どれだけ切り刻んでも鈍器で殴っても、ウルに止めを刺せるのはーーーっっっ!」
ここで、大きく息を吸い込む。
「スーパーウルトラアルティメットエンドレススラッシュオーバードライブスカイコズミックドラゴンブラスターグッドラックオーシャンドリームサイクロンエターナルフォーチュンフルパワークエイサーライジングアークデビルバーストフォーエバーフライング クラッシュフォースブラックヒストリープラズマジャッジメントクライマックスジェネレーションブレイブファイナルノヴァハイパーソーd」
――ズドン
言い終える前に蒼い雷球が地を奔り、ののはを吹き飛ばした。
「さすがや、ソウヘイさん。……あれは優先して倒すべきギャグ要員やんな」
ソウヘイと呼ばれた影のような男は、反射的に放った魔道球に沈痛の面持ちで後悔の意を表した。
さて、このスーパー(略・以下『伝説の剣』)、蒼雷球により遠くへ弾かれ、クオン王国軍最後方まで吹き飛ばされることとなる。
「なんでぇ、この剣? えれぇ古いが…… ま、俺にはこの道しか残されてねぇんだ。任せな、見違えてごらんにいれやしょう」
ある程度の長さを見込まれる戦いにおいて、武器の消耗がネックの一つ。
簡易鍛冶場を作り、武器の修繕を請け負っていたヨスガの手元へと渡った。
(戦火で親兄弟を失って、つれあい・養い子も行方知れず…… そんな俺が、戦場で『火』を扱うたぁ皮肉なもんだ)
――カン
熱した刃を打つ。
――――カン
その度に、ヨスガの瞳に輝きが反射した。
――――――カン
「……なん……?」
なんだ、この、剣は――
誰の、何処からの……
おかしいと気付いたのは、修繕完了してからだった。
眩く光る、刀身。
古めかしい柄、嵌められた宝玉…… まるで、昔話に出るような……
「お前の失った愛の全てがオレの胸にあるッ!!」
どこかで聞いた、エッジの効いたリュートの調べ。
ロッキン吟遊詩人メンナクだ。
「失われし愛を取り戻した時、真実の輝きがオレたちを祝福するはずさ、ソウルブラザー」
キラキラと光を背負い、情熱的にメンナクが歌い上げる。
「……それは、つまり」
「愛を伝えるべき相手は、この先に…… そうだろう?」
「たぶん?」
ヨスガは首を傾げる。
戦況の詳細は掴めないが、ウルの首へ刃を当てられるような猛者は最前線だろう。
疑心暗鬼を抱いたまま、伝説の剣をメンナクへ託す。
「お前の愛…… しかと受け取ったぜ」
「なんでそうなるんでぇ!!!?」
カンナの剣が、黒焔を帯びてゆらめく。
「撃退など甘いことは言わない。此処で喰われろ、――ウル!!!」
踏み込み、下段から奥義を放つ。
ウルの巨体を横一文字に斬る――が、
「ハッ! 浅いわっ!!!」
「ちぃッ」
「同じ個所へ二度、ではどうでしょう」
「……ヒカル!?」
「カンナさん。私だって、同じ気持ちです」
「……」
「お姉ちゃんがいたら、こんな感じかなって……家族が傍にいたなら……。私も、カンナさんが大好きです!」
(ヒカル、たぶん、それはちがうんだ……)
たぶん、そう受け取られるような、気はしていた。
(でも)
今は―― それで、悪くないのかもしれない。
カンナに教わった踏み込みで、剣筋で、交差を描くようにヒカルが剣を振るうが、それでも致命傷を与えるには至らない。
「覚えているか、赤腕の騎士達を――お前が打ち滅ぼした、かつての俺の戦友達だ」
ヴァイスのアシストを受け、たどり着いたユメノが叫ぶ。
「我こそは百人騎士長、赤袖のユメノ!」
名乗りを上げ、巨体を動かしたウルのタイミングを逸らし、側面へと回り込む。
――一太刀、浅い。
――二太刀。石斧によって剣を弾かれる。
「……くっ」
「ユメノさん!!」
ヒカルが、予備の剣を渡そうとしたところへ、
「愛は、愛でしかわかり合うことはできないのさ、Baby……」
天から、光と歌が降り注ぐ――メンナクだ! 速い、さすが空をひとっ飛びすると早い!!
「オレたち皆の愛だ、受け取れ」
「!? その剣は……」
うっかり手にしたユメノは、妙にしっくりくる握りに目を見開いた。
全身の血が沸騰するような、力が湧いてくる。
力は紅蓮の炎となり、剣に纏わりついた。
「!!? 貴様、どこでそれを――」
「我らが叙事詩に終止符を打つ時は今ぞ、大帝ウル!」
紅蓮まといし伝説の剣を手に、ユメノが叫んだ。
「ウル、俺が届けた『剣』で滅びるがいい」
跳躍し、最上段から斬りかかるユメノの背を目に――ヴァイスが静かな声で告げた。
●第四章
傭兵たちも戦場へ向かい、どことなく人寂しいクオンの城下街。
それでも変わらぬ生活を送る人々がいる。
「さぁ、いらっしゃい。おいしい味噌ラーメンはいかがですかー」
「? ええと……それは、なんだろうか」
ヒデト……若杉 英斗(
ja4230)が引く屋台へ、シズルが興味を示して足を止めた。
「北方のサッポーロ王国仕込の、味噌ラーメンです。材料を10時間じっくり煮込んだスープが売りなんですよ」
「へえ……。いい匂いだな。ひとつ、頂けるか?」
「まいど!」
「商売も、戦場近くでやれば繁盛するだろうに。主人は行かないのか?」
「伝説の戦い? ふっ……興味ないな」
ダンディな笑みを浮かべ、ヒデトはドンブリへスープを注いだ。
食欲をそそる香りが広がる。
「俺は、俺のラーメンを食べた人の笑顔がみたい。ただ、それだけだ。ヘイ、お待ち!!」
「ありがとう。……ん、これは初めての味だ。酒場のカレーもなかなかだったが……」
「俺のカレーがどうかしたか。主人、ラーメン一つ」
「おっと、これは失礼」
不意に姿を見せたタツへ、シズルが隣の席を譲る。
「とろりとした味噌スープに、コシのあるちぢれ麺。クオンじゃあ、なかなか味わえませんよ」
「ふむ…… 良い出汁を使ってるな」
「わかりますか」
「主人、いつまでここに?」
「城下街の平穏が約束されるまで―― そうですね、戦乱が終わるまでは」
「いつか、俺の作るカレーとコラボしたいところだな」
「カレーラーメン。いいですね」
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である!」
そこへ顔を出したのは、ハッド(
jb3000)。
王というからには王なのだろうが、皆の知るクオン王国の王ではないようだった。
「そこな者。平和とは何か?」
「えっ」
ズビシと指され、ヒデトが返答に詰まる。
「悪党がのさばらない日常……?」
「う、ん……。他人へ迷惑を掛けない?」
「家族団らん……だろうか」
シズルとタツも、釣られて思案顔。
「我輩が考えるに、ウル大帝んとやらは個人個人の災厄ではなく、『天上の異形の侵略』そのものであろ?」
「ああ、それは。そうだね」
シズルが理解を示す。
「悪党も、迷惑も、家族も、『天上の異形の侵略』を許してしまえばズタズタなのは請け合いじゃ」
「……そうだな」
タツは顎を撫でた。
「我輩は教会と協力し、天上の異形の介入を封じるための結界を作り出し、人類どもが平和を謳歌できる礎を織り成そ〜ぞ」
「そんなことができるんですか!? ……いてっ」
「ここはひとつ、王の威光をみせるしかあるまいて〜」
立ち上がったヒデトが、勢い余って屋台の天井に頭をぶつける。
気にするでなく、ハッドは片目を瞑るとスタスタと教会本部へと去って行った。
「……大丈夫、なんでしょうか」
「なんでもありだが……言うことに一理はある、な」
(平和の礎か……)
戦いが起きることは、当然だと心のどこかで考えていたようにも思う。
タツは、シズルは、王を名乗る青年の背を見送り、それから慌てて残りのラーメンをすすった。
それはのどかな、昼下がりだった。
「警備が手薄だと、不届き者が多くて困るわー」
慣れた足取りでカエデが王城内を歩く。
「ね! 番兵さんっ?」
少女の陰から、黒い犬が飛び出したかのように見え、衛兵が吃驚する――その瞬間に。
背後を取り、カエデは手刀で衛兵を沈め、制服をひん剥く。
「ちっ、貧相な体…… アンタじゃ萌えねぇな」
追い打ちをかけ、いざ目的地へ。
以前も忍び込んでいる。道に迷うことはない。
宝物庫は、三階。窓から逃亡は要注意。
(ここを曲がってー。同じ轍は踏まないわよー)
魔道の鳥の囀りで番兵を眠りに就かせ、機密文書保管庫へ。
盗るもの盗ったら、まず安全な場所へ!
「アロー! ブツは手に入れたわ。それと面白い情報も。あ、勿論報酬は上乗せね」
カエデが手にしているのは、他国産の通信機であった。
――そう。大盗賊カエデ、今回は国境を越えてのスパイ活動もやっちゃうよ!
「クオンは、ウルに恩売るみたい。異形味方につけて何するつもりなのかねぇ」
ブーツで床をコツコツと蹴りながら、他国との戦争構想を仄めかしてみたりして。もちろん嘘である。
「それじゃ、また。Bye!」
通信を切り、さて仕事ついでにお宝を。
(……でも、そうね)
貰うばかりじゃ、味気ないかな?
ジュンから受け取った『情報』が、彼女の脳裏をチラついた。
(ウル君は、きっと負けちゃう気がする……。でも、ボク達もただ負けてあげるわけには行かないんだ、勝利の代償を貰うよ)
ある時はニンジャマスター。
ある時は死神参謀。
ある時は貴族、またある時は道化…… そのいずれも、世を忍ぶ仮の姿。
影に紛れ、隠し通路を歩きながら本来の姿へと戻ってゆく。
「進軍そのものを、囮にさせてもらうね、ウル君」
封じられた伝説の剣が解放されたのを、彼も感じ取っていた。恐らく、ウルは討ち取られる。で、あるならば――
――こちらも、もらおうではないか。『王の首』を。
影から影へと移動し、ジュンの調べ上げた『この時間帯に王が確実にいる部屋』へと忍び込む。
「ボクは変幻の姿を持つもの、代天使イヌエル。はじめまして……そして、さようなら」
イヌエル――犬乃 さんぽ(
ja1272)は、まばゆいばかりの笑顔とともに、玉座へと王鎌を振り下ろす――!!
刹那。
純白の羽毛が室内に散った。
「国王が攫われたわーー!」
カエデが叫びながら、城を駆け抜け城下街へと逃げてくる。
「国王が!?」
「なっ、手薄とは聞いていたけれど……」
歓談していた、ヒデトたちが血相を変える。
まさか。
不穏だとは知っていたが、街の人々に集中するあまり、国王を狙う者がいるなど考えても居なかった。
近衛騎士たちは、何をしていた!!?
「くっ、こうなったら仕方がない―― クオンガーパワー…… 変ッ身!!」
「どういうことだ、ヒデト!」
「城下街を守る正義のヒーロー、クオンガーファイヴ・赤紫とは俺のこと!!」
ちなみに、あとの四名絶賛募集中!!
「クオン・サーガの後番組の座を狙う! クオンガーファイヴ!!」
ジャキーン!!
ポーズを決めたところで、状況を飲み込めないままシズルが手を叩く。
「城下街から国王陛下まで! 暮らしの安全を守るクオンガーファイヴに任せろ! 行くぞ、シルバー! ゴールド!!」
「銀髪だからというのはわかるが…… シルバーは抵抗があるな」
「他の色なら納得するのか?」
ツッコミ要員が圧倒的に足りない中、三人は城へと向かった。
時、同じくして。
「我輩に任せるがよかろうぞ〜。この二年間で、凄い技術を開発したのじゃ!」
教会へ話を通したハッドが、床一面に陣を描き、術式を展開していた。
魔道に精通する者たちの力の流れを集中させ、聖なる力を増幅させる。
「ありとあらゆる邪悪な者どもよ―― 去るが良い!!」
●第五章
「ふっ、ふははは! ふははははは! 斯様な剣で、ウル大帝を討てると思うてか!!」
石斧を振るいしウル大帝の、純白の翼の陰からニャーディスが高らかに笑った。
メンナクが、ロックなリュートで熱いビートを刻み始めた。
――すべてが、まばゆい光に飲み込まれる。
「ユメノ君! かんにんやで!!」
ウルの背後に、こっそり隠れていたのは―― ニャーディスとジュン!
ファイヤーブレイクを叩きこむと同時に、ありったけの火薬樽を王国軍側へと投げつける。
魔道の炎、実物の炎とで戦場が一気に荒れる。
「ジュン! 裏切る……のか?」
「いーや。自分は、変わってへんよ。終曲は時に、序曲と同じ音を奏でる…… ユメノ君なら、わかるやろ」
それは、かつての相棒との意外過ぎる再会だった。
「早く、国に戻った方がえぇで。この隙に、国王さんの首を狙っとる奴が居る。ソッチの警備は万全やった?」
「!!」
「ウル大帝も、ここは引きましょう。伝説の剣がクオンに在る限り、勝てませんよ〜」
「……ちっ おいこら、やめろ!」
ニャーディスが、勇敢にもウルを姫抱っこして逃走スタート。
「それから、約束はよろしゅー、やでー♪」
「ジュン、ウルと何を?」
震えるユメノへ、ジュンはウィンク一つ。
「『天界歴史の閲覧権』。天界の歴史は長いからなー。ええ歌にして、伝えていきたいな」
「……おまえってやつは」
撤退を始めた軍勢の中、かつての相棒同士は笑顔で向き合っていた。
――道は違えど行きつく先は、大河のその先、一つの海であるように。
「ジュン! また会おう!!」
「必ずやで、ユメノ君!」
「尚、私たちの逃走経路には油をまいておりますので深追いは危険ですよ〜〜」
ハッドが発動した聖なる光により、国内すべてが浄化されてゆく。
「!? あれは!!」
クオンガー赤紫が、城の屋根に引っかかっている何かを発見する。
「……国王、か?」
シルバーが目を眇める。
「魔法で眠らされて移動…… ポイ捨てにも見えるけど」
ゴールドが位置関係から推察する。
「あ」
「あっ」
「あ!」
「信じらんない! 直前で国王がダミーだなんて!!」
「「代天使イヌエル!!」」
●終章
戦いは、こうして終結を迎えた。
人々はまた、平和な生活を取り戻す。
ウル大帝を打ち倒す伝説の剣は、クオン王国に眠っている。
この剣がある限り、剣を扱う勇気ある者がいる限り、ウル大帝がこの大地を蹂躙することはないだろう。
ただし、心せよ。
神話の時代が終わり、いつか異形が並行世界の彼方へと移り住んだとして。
戦いは、人と人との間でさえ、巻き起こる。
心せよ。
いつだって、LOVE&PIECEこそが世界を救い、孤独なお前のハートを包む。
そう、まるでオレの翼のように。
オレの翼が、お前の居場所。
語り継がれる、永遠の愛の歌。
―クオンサーガ・完―