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イベント前日。
「バレンタインとホワイトデーの中間だしー……色も中間?」
パネルや布など、店の備品と睨み合いをしているのはキイ・ローランド(
jb5908)。
どういった雰囲気を作り出そうか?
(でも灰色は微妙だし、黒と白のモダンな感じとかいいかな)
「キイ、イメージ固まった系?」
そこへ、テイクアウト用のラッピングを終えた梅ヶ枝 寿(
ja2303)が階下から顔を覗かせた。
「白と黒のテーブルに、白黒半分なテーブル。そーゆーのを一角に設けてみようかなって」
「なる。下手すっと、葬式カラーになるもんな」
「……そういえば、バレンタインって何色なのでしょう?」
厨房のを確認を終えた村上 友里恵(
ja7260)が、ぽそりと呟く。
「そりゃあ、ラブの日だから――」
赤? ピンク?
(あれ、でも、白黒……)
「あれ?」
「まあ、いいんじゃないかな! コンセプトだし」
かき回された寿の脳内を、キイがポジティブに押し切った。
セッティングが進められる中、黙々と片隅のテーブルに向かう少女の姿がある。
「わあ、季節のお花ですね、樒先輩!」
樒 和紗(
jb6970)の手元を覗き込み、御影が歓声をあげる。
「会場の基調がモノトーンであれば、こういった彩りが生きるだろうと思いました」
持ち込んだ画材で用意していたのは、テイクアウト用のサンクスカードと、イートイン用のウェルカムカードだ。
「病弱だった俺が今元気に過ごしていられるのは、家族や周囲の人々のおかげなんです」
歓迎と感謝の言葉が綴られたカードへ、愛しそうに視線を落とし、和紗は語る。
歳の離れた弟が生まれるまで、家を継ぐべく『男子』として育てられた。
男言葉は今も抜けないが、それまでに培った経験、選び取った撃退士という道は、しっかりと今の彼女を形成している。
「皆を招待することは出来ないけれど、その分お店にいらしたお客様に感謝の気持ちを伝えたい……。そう思っています」
静かに聞き入る御影へ、ふと思い出して和紗が手を鳴らす。
「そうだ。一階には、蝋梅か梅を飾り香らせたいですが……どちらが良いでしょう?」
二階には届かないよう、位置には気を付けて。
「……試しに、小枝をこちらに」
和紗が手荷物から包みを取り出す。
黄色の花弁、小ぶりの花が顔を覗かせた。
「わあ、甘い香り! あぁ、この花なら見覚えが」
「蝋梅の花言葉は『先導』『慈愛』『優しい心』……といったあたりが、有名でしょうか」
「梅の花も素敵ですが、花言葉を合わせると蝋梅が一層、素敵に感じますね」
少ない数でも、しっかりと香りを主張する花。
ささやかだけれど、可憐で、芯の強さを感じさせた。
花言葉にも思いを乗せて、訪れる人々を歓迎しよう。
●戦場、或いは厨房
「おはようございます、御影さん♪」
「村上先輩、よろしくお願いします」
昨年のオニオンフェスでも、二人は顔を合わせている。
独自性の強いメニューを打ち出す友里恵の発想は、今回も楽しみだ。
「今日は、御影さんにこちらを……」
「え、私にですか?」
小首を傾げる御影へ、友里恵が取り出したのは――水色のエプロンドレス。
フリル、レース、リボン。ふわふわひらひら。
乙女らしさの塊に、御影が固まる。
「でも、これから」
これから、お菓子や料理を 作る わけで。可愛らしい服装は、その、被害に遭いかねないわけで……
「美味しい料理を作るにはまず形から入る、という古来から伝わる方法なのです」
春を思わせるような、やわらかな笑顔という名の嘘で、友里恵は御影を包み込む。
「!!」
もちろん、御影は気づかない。
「御影さんがこういう服を着たらどんな感じか、私とっても気になって……」
スカートの裾を持ち上げて見て、どことなくソワソワしながら御影はくるりと回ってみる。
(この衣装の御影さんに、猫耳猫尻尾を付けたらどうなるか……。隙を見て実行しましょう)
丁寧に仕事をしよう。息巻く御影の後ろで、くすくす笑う友里恵がそんなことを考えているだなんて、誰も想像していない。
「奇縁というか。京都以来でしょうか、光嬢」
「グラン……せんぱい」
ギクリ。
音がしそうな動きで、御影は振り向いた。
淡々とした物腰で、グラン(
ja1111)は調理の準備を整えている。
京都。
大根焚きを振舞うイベントで、意地を張った結果、華麗なる大根ステーキを作り上げた思い出。
あれはあれで、美味しかったけれど。
「難しいこと慣れていないことは、できなくて当たり前です。慣れるまで付き合いますので安心して作りましょう」
「むむむ……」
「今回は、どういった構想で?」
「ええっと……」
問われ、御影は手荷物から紙の束を取り出す。
「ベースはこれとこれとこれで、その中の、こっちと、これを合わせて、それで完成図が」
「……欲張りましたね」
「あ、戸次先輩! お久しぶりです」
「……ええ。随分と久しぶりですが、できる限り尽くしましょう」
後ろから、構想図を覗きこんで呆れたのは戸次 隆道(
ja0550)。
「『スイーツでも食べに』…… まさか、一緒に作ることになるとは思いませんでした」
「フラグではないと、言ったでしょう」
昨年の、京都要塞陥落戦でのやり取りを引き合いにして御影がからかう。
肩をすくめ、力を抜いて、隆道は苦く笑った。
「こう見えて、料理は得意分野なんですよ。一緒に作りましょう。ただし――」
隆道の柔らかな雰囲気が、そこで一変する。
「教える以上、途中でやめることは許しません」
それはもちろん、望むところ。
料理の先生二人体制で、御影はスイーツ作りへ挑戦することとなった。
御影へ助言をしつつ、隆道は同時進行で自身のメニューも進めている。
計量や火加減など、ポイントとなる部分はグランが付き添った。
訪れる人達へ、最高のもてなしとなるように。
昨日の和紗の表情が、御影の胸には深く印象に残っていた。
「それでは、試作しながらお店出しの準備を始めましょう」
料理が得意と自負すれど、失敗することはあるので、そんな時は責任をもって自分で美味しく頂きます。
友里恵は昨日のうちに冷凍庫で冷やしておいたグラスへ、パフェの飾りつけ。
「調子はどう? 作るの自体は得意じゃねーんだけど、デコるのは任せろ☆」
手伝えることはないかと、寿が顔を見せた。
「いかがでしょう。抹茶アイスにチョコとクッキーとマシュマロを豪華に載せて、名付けて『ホワイトデー全部返し』です♪」
「色々と、ヘヴィだな友里恵……」
山と盛られた抹茶アイスに、花が咲くようなトッピング。
「イートイン二人連れとか、グループ客向けにいんじゃね? 実はさ、『相手へ贈りたいメッセージを、スイーツプレートにソースでデコレーション』っての考えてたんだ」
日頃言えない一言を、甘いスイーツと一緒に相手へお届け。
「メニューっつか、オプションっぽいけど」
照れ臭そうに、寿は頬をかいた。
●白と黒と彩りのカフェへようこそ
和気あいあい、或いは必死の厨房事情と並行し、カフェの制服に身を包んだキイと和紗が出迎えの準備を整えていた。
「いらっしゃいませ。ようこそカフェ『ベリーベリー』へ」
背は小さくたって、立ち居振る舞いは紳士そのもの。
元気の良さを切り替え、キイはスマートにもてなす。
一組目は、女の子三人組だった。
イベントを聞いて楽しみにしていた、店のファンなのだそうだ。
「では、白と黒の狭間のひと時をお楽しみください」
大げさなくらいに、優雅なお辞儀。オーダーを取り、キイは踵を返す。
(梅ヶ枝君の提案は……オーナーさんからのお返事にしてもらおうかな)
お祭りなんだし、夢に浸って貰わないと!
黒髪を編み込んで纏めた和紗は、老夫婦の手を取り階段を上がる。
同じ年頃の孫娘が居るのだと、元気にしているのだろうかと夫婦は笑った。
蝋梅の花が咲く季節に、毎年遊びに来ていたこと。今は疎遠になっていること。
優しい思い出の欠片は、ちょっとしたところに潜んでいる。
「和紗ちゃん? 制服似合ってるね」
「竜胆兄」
オーダーを厨房へ通したところで、不意に頭を撫でられた。
聞き慣れた声、暖かなてのひら。
ジェンティアン・砂原(
jb7192)だ。
「来てくれたのですね。いらっしゃいませ」
「……僕、甘い物苦手なんだけど」
震えるジェンティアンへ、和紗は笑いを誘われる。
「甘くないメニューもありますから、大丈夫ですよ」
昨日、御影へ提案しておいた。
バレンタインに、ホワイトデー。
甘いお菓子が飛び交うイベントの中間だというのなら、甘くないメニューもいいだろう。
ケーク・サレは、具材のアレンジでバリエーションも広がる。
「へえ。それじゃあ紅茶と甘くないメニューを頂こうかな。美味しいもの、期待してるよ?」
片目を瞑って見せる彼は、幼い頃から和紗を可愛がってくれていた大事なはとこ。
今も昔も、深い感謝の気持ちは変わっておらず、和紗にとって一番に伝えたい相手の一人だろう。
ジェンティアンはスカートの裾を優雅に翻す彼女の後姿を見守り、それからテーブルに用意されたカードに気が付く。
「ふーん、このカード……。あと一階のウェルカムボードは和紗だね」
(……小さい頃は外に出られなかったからね、お絵かき得意になっちゃって)
『得意』を、こうして伸び伸びと活かせるようになってよかった、とも思う。
甘いものが苦手な彼にとって、バレンタインデーは地獄の日…… それを知って、今日という日に招待してくれたのだろう。
「のんびり、楽しんでいきましょうか」
見渡せば、かわいらしい女性のお客たちが目の保養。
楽しい時間となりそうだ。
(魔のバレンタインを切り抜けたと思ったらこのリア充イベントですよ。何なの私をころすけするつもりなの?)
男女がカフェへ入ってゆく姿に、二の足を踏んでいたのはフレイヤ(
ja0715)。
(黄昏の魔女なのよ、真昼間から召喚だなんてお呼びじゃないのだわわ! こんなとこに呼びつけるとか、ことぶこったら見つけたらマジ容赦しないわよ……)
ドアの隙間から、招待してくれた寿の姿を探すが…… 見えない。
甘いお菓子と花の香りだけが、魅惑的に漂ってくる。
悲しいかなお昼時。黄昏の魔女のエネルギー供給源は食べ物である。
「てか、ことぶこどこよ、私孤独死しちゃうじゃない……」
そろり、そろり、滑り込む姿は警戒心の強いネコ。
「くえー…… クエッ!」
「きっ、来たわね終焉の魔王!!」
視界に現れた青い塊へ咄嗟に叫び、それが着ぐるみであると気付いてフレイヤは咳払い。
可愛いサイズのペンギンは、『ペンすけ』と名札を付けていた。
短足ながらの華麗なステップで、店内を伺うフレイヤをエスコートしに来てくれたらしい。
中の人はキイで、彼は彼で、てっきり匂いに誘われた子供だろうかと和ませに来てみたので、互いにドッキリであった。
しかし、キイとて紳士。
柔軟に対応し、フレイヤの緊張をほぐすべくスキルのダンスを披露する。
(ことぶこ…… えっと、梅ヶ枝君のことだね! そういえば招待したい相手がいるって、言ってたっけ)
ダイナミックなブレイクダンスから身を起こし、手を繋いでフレイヤを席へ。
小さな袋詰めのお菓子を手渡すと、ピシっと敬礼して厨房にいる寿のもとへ向かった。
緊張していたフレイヤは、お菓子の袋を取り落しそうになりつつ、ポカンとペンギン紳士を見送った。
(……私、まだ何もオーダーしていないのだわ)
え、ぼっち?
招待されて、案内されたのに、まさかのスルー?
え?
●惨状 否 参上
「せんせい焼けましたぁ!!」
和紗に手渡されていた、ケーク・サレのレシピ。
具材の調理・下ごしらえに始まって、指を切ってまな板を切ってナイフが折れてフライパンが天井に衝突して紆余曲折を経て、美しい黄金色の姿をオーブンから見せた。
涙目の御影の背を、ポンポンとグラン先生がたたく。
(成長しようと奮闘する光嬢は、微笑ましいものです)
「ちょうどオーダーが入ったところですよ」
ジェンティアンへのセットだ。紅茶の準備はグランが進めている。
「よかったぁ、間に合って……」
白い皿へ盛り付け、カウンターへ。
「オーダー! あ、何にするか聞くの忘れちゃったんだけど、梅ヶ枝君のおともだちー!」
セットを受け取った和紗と入れ違いに、キイが顔を出す。
プレートをデコレーションしていた寿が、ビクリと跳ねた。
「えー、あー、……コレだけ、俺が直接持ってきてーんすけど」
そう告げる寿の顔は、赤い。皆まで言うな。
「薔薇っぽい花束のプレートアートしよーかなと……。べ、別にこれやりたくてメニュー提案したんじゃないんだからね!」
力の入った構想に、自然と厨房メンバーの視線が集まる。
「嘘です超コレ目的っしたすんません!」
「それじゃあ、とっておきのメニューをどうぞ♪」
友里恵が、そそと冷蔵庫にストックしていたスイーツを取り出す。
アイスで仕上げ、チョコレートをトッピング。
パンダやシマウマが、可愛らしくプレートの上で躍っている。
「タイトルは、『白黒つけないぜ!』です♪」
なぜか寿の胸に深く突き刺さるものがあったらしい。泣いてない。
●ベリーベリーサンクス!
「有難うございました」
「どうぞ、またのお越しを」
和紗とキイが、最後のお客を送り出した。
二階のテーブルを集めて、チョコレートやアイス、惣菜に紅茶。みんなで作ったもので打ち上げを。
「甘いものが沁み渡ります……」
「充実した一日でした」
チョコレートソースを頬に付けながらアイスを口へ運ぶ御影へ、和紗が笑いかける。
否、和紗だけではなかった。
何故だろう、この視線……
「はっ 村上せんぱい!?」
「終盤、隙だらけだったもので……」
ぽっ、と顔をあからめながら、御影へ猫耳猫尻尾を付けた張本人が恥じらっている。
「似合ってるなら、いいじゃありませんか。……はい、御影さん」
「ありがとうございます?」
隆道は、笑いをかみ殺しながら小さな包みを。
――手作りチョコレートだ。
「よく頑張りました。私からのご褒美です」
美しく形が整った、生チョコレート。
今日のあの厨房で、いつのまに。
「……くやしい」
「何故」
得意分野はあるし、教えてもらって感謝もしているが…… 女子として、悔しい。
なにしろ、隆道は撃退士としての腕も確かなのだ。
「そんな! 私と! 村上先輩からの、お土産ですー!」
御影と友里恵が全員へ頑張った手作りチョコレートを配る。
「光嬢……。一緒に作っておいて、猫耳には気づかなかったんですか」
グラン先生の声には、聞こえないふり。
「今日は、本当にありがとうございました。一緒に過ごすことができて、たっくさん勉強させていただきました」
ぺこり、御影が頭を下げる。
「また、楽しいイベントができるといいなと願いつつ。おつかれさまでした!」
共に笑い、汗を流し、達成感を胸に、感謝を。