●巡る音符
『依頼の範疇外』そう伝えられていた、オルゴール探し。
しかし、今回の件を引き受けた誰もが、それを苦としなかった。
護衛第一、無理はしない。それでも、最善を尽くす。
微かな希望を叶えられるのは、自分たちにしかできない事なのだから。
「現地集合……ですか」
撃退士達からの提案に、父親は驚きを隠せなかった。
確かに『一晩の護衛』であるから、借り出したキャンピングカーで先に現地入りすることに問題はない。けれど。まさか。
「失くしたモノ、その全てが戻るわけではありませんが……。取り戻せるモノがあるのならば」
姫宮 うらら(
ja4932)が、胸元に手を当てて誓う。
「オルゴールを探したいって思いは伝わりました! 任せてください! そういう思いを守るのも、私たちの役目ですから」
高瀬 里桜(
ja0394)が優しく微笑む。
「それと、どんな曲か教えてもらえますか? 歌は得意なの♪」
茶目っ気たっぷりに、付け加えることも忘れずに。
「護衛は勿論、疎かにしません」
天羽 流司(
ja0366)は、不安そうな父親へ正面から向き合う。真剣なまなざしに、ようやく父親は首を縦に振った。
壊滅した街。その、境界線。
運転を交代し辿りついたその地からは、ラインの向こうが霧がかっているように見える。
「運転は初体験でしたが、乗馬と違ってこれもなかなか楽しいものですね」
豪快なドライビングテクニックを披露したうららが、爽やかな笑顔で降車する。頭を押さえながら流司が続いた。
「闇雲に探して見つかる物ではないし、候補を絞り込んで重点的に探したいな」
周辺を見渡す天風 静流(
ja0373)が手にする地図には、既にいくつかのチェックマークがある。
双城 燈真(
ja3216)が下調べして、車内で伝えたものだ。
「危険ってわかってるけど……。大切な物が戻ってくるなら俺は構わない……!」
――俺みたいな人が増えるのは嫌だからね。
照れ隠しに小声で付け足し、燈真はオルゴール探しへ意気込みを見せた。
No3−drei(
ja7925)が、コクリと頷く。
「そこまで深く入り込まなくていい感じだな」
地図と実際の土地を見比べて流司が頷く。
さすがに自宅まで入りこむ事は不可能だが、目ぼしいところは徒歩で回れそうである。
「此処より先は敵陣の只中、気合を入れて参りましょう」
うららがショートスピアを手に、先陣を切る。
不自然に重なる瓦礫を撤去し、オルゴールは無いか確認しながら一行は進む。
「チャペルの形をしたアンティークオルゴールって、素敵だなぁ〜。見つかるといいな!」
父親からありったけの情報を引き出した里桜は、すでに曲を覚えており、鼻歌交じりで探索をしている。
「モデルとなった教会で式を挙げたといってたな」
静流は周囲への警戒を解かず、頷きを返しながら――忍び寄る陰に気付いた。
「来たぞ!!」
瓦礫の山向こうから姿を見せたスケルトンへ先制の一矢を放ち、臨戦態勢に入る。皆も陣形を整え、全方向からの襲撃に備えた。
「お前たちに構ってる暇はないんだ……!」
燈真が打刀を振るい、飛びかかるグレイウルフを薙ぎ払う。
致命傷に構わず牙をむける死にぞこないへは、No3−dreiが身の丈以上の大鎌を操り最期を言い渡す。
スケルトンの群れが押し寄せてきたところで、流司が先手を打って呪文で焼き払い、うららが確実に仕留めてゆく。
「里桜さん、危ない!」
死角に回られた里桜の横を燈真が放つ衝撃波が駆け抜け、その先のグールドッグを裂いた。
「あっ、ありがとう、燈真くん!」
「ん。気にしないで、気をつけて!」
燈真は片手で応じ、それを握りしめて技の威力を実感する。
(飛燕は便利だな……、間接攻撃出来るのは大きいよ)
「ここから先は、無理か?」
流司が状況から判断し、歯がみした。
一体一体は大した強さではない。しかし、進むごとにつれ量が増えるとあらば話は別となってくる。
この後には、夜を徹しての護衛が控えているのだ。
「やるならとことん、といきたかったが……」
周囲の掃討を終えたところで、流司が全員に意見を確認した。
誰もが、悔しそうにうつむく。
状況次第では諦める――最初から打ち合わせをしていたことだ。
流司は沈黙を答えとして受け取り、ジャケットの内ポケットから発煙筒を取りだして明後日の方向へ放り投げた。
遠く、ディアボロ達の群れが動き出す気配を感じる。その隙に、一行は撤退に転じた。
(大切な思い出の品、なんとしてでも……!)
割り切れない感情を抱え、うららも皆について走った。
日暮れは、近い。
●夜の光
空がオレンジ色に焼ける頃、父娘を乗せたキャンピングカーが到着した。
「この度は、お世話になります」
父と一緒に、少女も言葉なく表情も薄く、頭を下げる。
「私が阻霊符を使いますので、天魔の透過能力による奇襲は防ぐ事ができます。安心していて下さい」
静流の説明に、そんな便利なものがあるのかと父親は目を丸くした。
「君も俺と似たような感じだね……。まぁ、俺は二重人格だから増えた印象もあるかな…?」
緊張気味の少女へ、燈真が握手を求める。
(増え……?)
後半の言葉を疑問に思ったらしく、手を握り返しながら、少女はきょとんとした顔をする。
そこへ、
「……何か飲む?」
No3−dreiがポットを片手に撃退士達用のキャンピングカーから顔をのぞかせた。
夕飯、には少し早い。
しかし、皆が何かしら疲労を抱えているのは確かな事で。
「私、ココアがいい! ね、一緒に飲もう? No3−dreiちゃんのココア、美味しいんだよっ」
里桜が、少女の背をポンと叩く。
「コーヒーお願いしまーす! 居眠りしたら大変だ」
「じゃあ、僕も。ブラックで」
挙手する燈真に流司が続く。
「手伝おう」
全員分となれば――それもメニューがバラバラとなれば、ひと仕事だ。
静流が苦笑いして、No3−dreiと一緒に車へ乗り込んでいく。
「そんなにうつむいたらダメだぜ! うつむくのは燈真と俺だけで十分だ!」
急に、燈真が人が変わったように――事実、変わっている――張り切った声で、少女と……それから父親へ向けて、声を掛ける。
双城 燈真にはもう一つの人格があるという事を、父娘は少し後で、知ることとなる。
屋外にアウトドア用のテーブルを広げ、簡易な夕食を摂っているうちに周囲はプラネタリウムに包まれた光景となってゆく。
人工の光に慣れた目が、浄化されるようだ。
無理を押して、娘に見せたいと父が願う気持ちが誰にも理解できた。
そして、この街から離れての都会暮らしは、息が詰まるだろうとも。
食後、父娘はキャンピングカーの屋根に登り、星空観賞。
撃退士達は二人一組で護衛、見回り、休憩の持ち回りとなる。
「「お邪魔しても、いーですかっ」」
里桜と燈真のコンビが、仲良く父娘の居る場所へと顔を出した。
燈真が軽やかに梯子を登りきる。続く里桜は、少女の隣にちょこんと座る。
「ごめんね……、君の為に頑張ったのに……」
薄い表情で見上げる少女へ、燈真が言葉を詰まらせる。
計画が成功していたなら、ここでオルゴールを手渡すはずだった。
母親との思い出を、暖かいものとして受け取ってほしかった。
(でも、できなかった……)
表情の硬い少女を見る度に、燈真は無力感で胸が締め付けられる。
(俺がもっと強ければ、こんな……)
まずい、泣きそう、
その時だ。
――、――――……
夜空に響く、暖かい音色。
銀盤の奏でる幻想的なものではなく、包み込むような柔らかさのある――……
(うららさん?)
燈真は、うららが車内で見慣れぬ何かを手にしていたことを思い出す。どうやら楽器だったらしい。
楽器は――オカリナは、家族の思い出の曲を紡ぐ。間を見計らい、そこへ里桜の歌声が乗る。
星の光ように澄んだ歌声。
きっと、少女の母親の歌声とは違うだろう。オルゴールの音色とも違うだろう。
それでも、これもまた、少女を想い、贈る歌だ。
ハッとなり、燈真が左側――少女とは逆の方を振り返る。父親が、肩を震わせて号泣していた。
少女が、そこで初めて笑いを見せたと報告を受けて、交代と情報交換のために車に集まった仲間達の間に安堵の空気が流れる。
「あとは、天魔が現われず朝を迎えられれば――……か」
流司が顎に手を当て、懸念する。
日中に境界線の向こうへ踏み入った事が、下手な刺激になっていなければいいと祈るしかない。
「参りましょうか、天羽さん」
対するうららは、音楽が少女に喜んでもらえた事で気持ちを立て直したようだ。
晴れ晴れとした表情で、流司を促した。
「……自然の光というのも、強いものだな」
流司は思わず、溜息をもらす。
闇を照らすスキルは習得しているが、天魔襲撃時に備えて温存するつもりでいた。しかしこの様子なら、懐中電灯でも視界に苦労しなさそうだ。里桜が全員分の借出し申請を通していてくれたのだ。
「先の巡回では、怪しい気配は見当たらなかったそうですね」
阻霊符の効果で、天魔が近寄ろうものなら姿をすぐに察知できる。
うららが腕時計を確認すると、既に0時を回っている――少女は、父親に寄りかかり、眠りに就いているであろうか?
――がさ
周辺で、草むらを分ける音が聞こえた。遠い。一般人なら聞き逃すほどの、音。
ざ、ざ、
野良犬の足音のように思える。しかし、それはどこか歪で――腐敗の匂いがする。
うららが感知し、反応する。ワンテンポ遅れて流司も察した。
「そこか!」
当たりをつけて、流司がトワイライトで闇夜を照らす。阻霊符の効果ギリギリのラインから、ずるりとグールドッグが姿を現した。
2、3体と続けざまに飛び出してくる。
「姫宮うらら、獅子の如く参ります!」
此処より先にはいかせぬと、髪をまとめるリボンをほどいて高らかに宣言する。
流司が待機組に連絡をとる間、うららがグールドッグたちを食い止めるため、全身全霊でもって群れへと立ち向かった。
車からも、すぐに仲間たちが出てくる。
一点からの攻撃とは限らない。親子の居る車を護る事が最優先だ。
「姫宮君、伏せて!」
静流の声が後ろから響く。
鋭い矢が、うららの応対するグールドッグを貫いた。
「……ひと段落、か」
視界内の敵は全て撃破したと判断し、静流が流司たちへ歩み寄る。
「昼の探索がまずかっただろうか」
「一概には言えない。もともと、ここは境界線だしな。あてもなく徘徊していただけかもしれない」
難しい表情をする流司の肩を、静流が軽く叩く。
「さて、折も良いし、交代するとしよう。2人はとりあえず、休むといい。随分、気を張り詰めていただろう」
静流に言われ、うららは乱れた髪を慌てて抑えた。
静流とNo3−dreiの2人は、交わす言葉も少なく巡回の任にあたる。
半歩後ろを歩く少女が車内での休憩時間も、ずっと持ちこんだ書物に視線を落としていたことを思い出し、静流が振りかえる。
「No3−drei君……そういえば、車でも寝てなかったな。大丈夫か?」
「気にしないでいいわ、睡眠を必要としない身体だもの……」
「からだ……」
外見年齢にそぐわぬ返答に、静流が思わずオウム返しで呟く。
学園には、色々な生徒が集う。外見などただの飾りに過ぎない。それは既に知っている。けれど。
「少し、休もうか」
「……え?」
突然の切り出しに、No3−dreiが微かに表情を動かした。
「だいぶ、明るくなってきた……春の夜は短いな。星空も綺麗だが、朝焼けも期待できそうだ」
「…………そうなの?」
日が昇り、沈み、また昇る。周期的な天体運動は真新しいものではなく、写真でも映像でも、たくさん目にしてきた。
けれど、当然のように思える事に、依頼人も――そして、周囲の撃退士達も大きく感情を動かす。
No3−dreiには、よくわからない。けれど……良いというのなら、そういうものなの、だろう。
●取り戻された音
うららが、朝から元気に食事のおかわりをしたり、里桜が改めて歌って見せたり、なごやかな雰囲気で、帰路を辿ることとなった。
大切な思い出を取り戻すのではなく、大切な思い出を作る事が来たのだと、父親は何か吹っ切れた表情を見せた。
妻との思い出のオルゴール……こだわっていたのは、彼自身だったのかもしれない。
少女は、里桜や燈真にすっかり懐き、声を出せないまでも、口を動かし、笑顔を見せた。
(心の問題は難しいことだから、そう簡単に声が戻るとは思えないけど……)
期待を、してしまう。
思う事を、止める事は出来ない。
豊かな自然に抱かれた、壊滅した街で。流司はそんなことを考えた。
帰り道。静流がハンドルを握る後ろで、ずっとソワソワしていたうららが、ようやく顔を上げた。
「あっ、あの! 提案があるんですけど」
そっと、うららが手の中に隠し持っていた何か。
昨夜のオカリナだろうかと、誰も気に留めていなかったのだが。
「……見つけ、まして」
「「……!!!」」
その一言に、静流がクールな表情で急ブレーキを掛けた。一同は驚き腰を上げたところだったので、盛大にあちこちへ頭をぶつけ、声にならない声が呻きとなって車内に響く。
「あの! 木箱は破壊されていたので……このままの姿を、お見せするのは忍びなくって」
「それは……たしかに、そうだな」
うららの手のひらに、ちょこんと銀盤が乗っている。横にはハンドル。手動式アンティークオルゴールの、コアだけが残っていたのだ。
なんとしてでも見つけたい――うららの、強い気持ちが実を結んだのだろう。
「教会……名前から、資料を見つければ」
「俺たちで再現?」
「完全複製とはいかなくても――まぁ」
「……できなく、ない」
里桜、燈真、流司、No3−dreiが、うららの言わんとする事を汲み取る。
「乗りかかった船、だな。もともと、こちらから言い出したこと」
静流が、ハンドルを切った。帰りがてら、どこか材料を買える場所に寄ろう。
微かに表情を取り戻した少女。
彼女が、再び歌声を取り戻す日は――きっと、そう遠くない。