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白銀のゲレンデ、晴れ渡る青空が目に眩しい。
きっと、滑走したなら最高に気持ちが良いだろう。
無人のスキー場を、撃退士たちは登る。
頂上を飛空するドラゴンの群れと対峙する一名の撃退士の姿は、ここからでも良く見えた。
「黒い天使が告げる、愛の道は勝利者の道だと!」
ワイルドの風を感じ、命図 泣留男(
jb4611)――メンナクとお呼びください――は遥か山頂に舞う愛を失いし黒き獣へと宣言した。
彼のサングラスは伊達じゃない。
このシチュエーションにおいて、クリアなビジョンを約束するマストアイテムだ。
(――焦る事ぁない、すぐそこだ)
『前』の出来事が、常木 黎(
ja0718)の心を少なからず掻き乱す。
(あの時とは、違う)
守るべきもの、天秤に掛けるべきこと、自身の能力……
今は、目指すべきものはまっすぐ上に、綺麗に揃っている。
「雪山にドラゴン! わー、ファンタジー……」
明るさを失わない紫ノ宮莉音(
ja6473)へ、友人の若杉 英斗(
ja4230)はぎこちなく頷いた。
そこに敵がいる限り、倒すのが撃退士の宿命。
そう、そこに――
「訓練って……、敵はドラゴンじゃないですか。これって実戦にみえるんですけど、筧さん!」
ツッコミを、叫ばずにはいられなかった。
「え! 若杉君!?」
聞き知った声は山頂へ届き、盾を構えていた筧が振り返る。
後方には、助走を付けた白雷竜が――
「筧△ー……」
フリーランスが滑空の一撃を受け、山頂から転がり落ちる様を、強羅 龍仁(
ja8161)が死んだ目をして見守った。
(冬季強化訓練と聞いて来たが、どう見ても応援だな)
まあ、自分たち能力を高める機会、ということ自体に変わりはないだろう。
(むしろ、過酷な環境ほど……、士気は上がる)
表情を崩さぬアイリス・レイバルド(
jb1510)は、敵の位置や動き・仲間たちの配置を頭に叩き込みながら現状を把握し、こくりと頷いた。
顔には出ていないが、やる気は増している。
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「鷹政さん、大丈夫……だよね?」
「へーきへーき、得意分野」
黎の呼びかけへ、筧は笑顔一つで盾から銃へと得物を切り替える。
「1対7って鷹政さん、むちゃくちゃやんー! もー!」
転がったら雪だるま、まさか目の前で実現するとは思わなかった。
回復魔法を掛けるほどの手負いはないか確認し、莉音はペシペシと筧のコートの雪を払う。
「お騒がせしております……。サンキュ、莉音君」
「どっかに飛んでっても困るし、頑張って早く倒しちゃいましょー!」
筧が転落してきたことで、山頂のドラゴンも様子見の為か高度を下げているようだ。
「アイリスさんも京都以来か。よろしく…… っと」
呑気に挨拶をして回る余裕もないが、筧は揺れる鮮やかな桃色の髪に目を止めた。
「東雲さん!」
「強化『訓練』? これが? ……今は、天魔をなんとかすることが先でしょう?」
「……はい」
小さな体に巨大な戦斧を手にする東雲 桃華(
ja0319)は、冷ややかに一瞥して前線へと向かった。
「こうして共闘は初めてか? ……どうかしたか、鷹政」
「あー、いや。ま、がんばりましょう。よろしくな、強羅さん」
筧が、桃華と顔を合わせたのは、二年近く前だろうか?
『フリーランスとの共闘』という期待を裏切った形になり、それ以降、依頼へ同行するのは今回が初になる。
こちらは桃華の事を覚えているが…… 向こうは、どうだろう?
重ねて落胆させてしまったようだが。
「偶には格好良い所見せて欲しいものだな、『先輩』?」
前衛陣の盾となるべく、龍仁は筧の背を叩いて走り始める。
「ふっ。黒き風が囁き続ける限り、ソウルブラザーの敗北はないと誓うぜ」
メンナクは翼を広げ、空へと飛び立った。
「ディアボロ相手か。今回はアタッカーとしてがんばらせてもらおう」
英斗が拳を鳴らし、静かに闘志へ火を点けた。
メンバーに、癒しのプロフェッショナルが4名も居る。
今日は英斗が、思う存分に暴れられる日だ。
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山頂・中央部に浮遊する、青い炎のような塊。それを取り巻くように、白と黒の竜たちがこちらを威嚇している。
(この、足場が崩れたら――)
睨み合い、桃華は考える。
観光客は避難しているといえど、スキー場の運営に関しては今期は絶望的となるだろう。
(倒すべき脅威がいて、被害を被る人がいるかも知れない。それを、訓練だなんて)
「――墜とすよ!」
黎が合図とともに、右端前衛の黒氷竜へとトリガーを引く。
対空能力に秀でた一撃は、慎重に慎重を重ねた狙いによって翼あるものを雪原へ墜とした。
反動で軽く雪が舞うが、視界に影響を与えるほどではない。
「英斗くん、このあとお願いー!」
最前線の黒氷竜には、莉音が向かう。
「高度が低いうちに、どんどんいくよー!」
「任せろ!」
莉音の審判の鎖が竜の動きを絡め取り、そこへ英斗が雷の刃を重ね、ディアボロの鱗を切り裂いた。
「幸い、機動力には自信があるの。――例え足場が悪くても、ね」
縮地を発動させた桃華が、縦横無尽に雪原を駆ける。
アウルを集中させた脚力には、多少のマイナスもハンデとはならない。
(ブレスの軸を、仲間達へ向けさせないわ)
右後方には、黎。
正面には莉音と英斗。
龍仁が追いつき、上空にはメンナクがいる。
(敵が空を飛んでいても、仲間が落としてくれる)
敵に狙いを定めさせず、接近戦を挑んでくるようであればもうけものだ。
「!!」
右奥の黒氷竜が氷のブレスを吐きだしてくる。桃華は髪先を凍らせるに留め回避し、更にサイドから回り込むように戦斧で斬りつけると、その胴体の下へと潜り込んだ。
そのことにより、桃華に雷球を落とす姿勢を見せていた白雷竜のモーションが止まる。
(指揮するものが居ればこそ――範囲攻撃である雷球は、放ちにくい筈)
撃退士たちの速攻に対し、応戦側が躊躇しているようにも見える。
もとは雪崩に対し警戒をしていたアイリスが、副産物的に事象に気づいた。
(雪崩が起きた時は起きた時。及び腰で敵に負けたら意味が無い――それは)
それは、敵にとっても同じこと。
味方の巻き込みを恐れ、及び腰になるようであれば――
「回復は任せろ、思う存分暴れればいい」
アイリスの思考を読むかのように、龍仁が声をかけた。
「訓練だからな。思いきるのもいいだろう……あくまで、淑女的に」
微か。ほんの微かに口の端を上げ、アイリスはイリスの紋章を手に雪原を進む。
「ふふっ……。どうした? そんなところにいちゃあ、戦場の悪羅悪羅モンスターの本質は見えねぇぜ!」
果たしてメンナクの声は、ディアボロたちへ届いたか。
彼の意図は、仲間たちへ届いたか?
高度自在に飛翔する彼の存在は――唯一の撃退士側の飛行者は――、空を飛ぶものに対してプレッシャーを与えるに充分であった。
接近される前に。
左手に待機していた黒氷竜が、凍てつくブレスを吐き出す……!
「くっ、……なかなかやるな……。しかし、その程度の情熱じゃ、俺の鼓動は止められない」
血を吐きだしそうなメンナクのセリフ回しだが、致命傷には至っていない。
ただし、胸の前でクロスさせたその腕は、温度障害の影響で動きが鈍っていた。
「生き物は、息を吐きだした瞬間が最も無防備になる―― ディアボロにも当てはまるかは、わからないが」
敵の意識が上空へ向けられた隙に、距離を縮めたアイリスが虹色の刃を生み出した。
「動きが鈍れば次の手はいくらでも広がる。……メンナク、きみの負傷を無駄にはしない」
「私の刃が届くのならば、こちらのものっ」
アイリスと連携を取り、桃華が対角線上にいる黒氷竜を両断した。
「いくぜ、ディバインナイト・モード起動!!」
彼女たちの背後を守るよう、レートを上げた英斗が立ち向かう。
「ふっ…… 雪の妖精でも、通り過ぎたかな!?」
白雷竜の滑空による攻撃を受け止め抜き、雷の魔法攻撃を胴体へ叩きこむ。
「白雷竜! 俺の雷の味はどうだ!!」
「英斗くん、かっこいー!」
次は、自分がフォローをする番。
薙刀を振るい、莉音が間髪入れずに斬りつける。
――硬い!
「黎さん、ラストお願いしまーす!」
英斗、莉音の連続攻撃で黒氷竜は撃破できたが、白い方は能力が上らしい。
「Good job、莉音ちゃん」
しかし、莉音が大きく薙ぎ払った軌跡は、白い胴体に赤い血のラインを残している。それは恰好の目印。
黎は口の端を上げた。
(これで、マイナス要素はチャラだ)
「墜ちなってぇの」
螺旋を描き、渾身のアウル弾は白雷竜に命中した。
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(道が拓いた!)
残るは白雷竜が1、手負いの黒氷竜が1、そして指揮を執るという蒼炎。
「出し惜しみは無しでいくわ」
桃華は闘気解放し、敵将へと向かう。
「ちょっとは、俺の方も見てほしいよね! お兄さん妬けるわー」
蒼炎を守るよう、そして接近する桃華へ威嚇する白雷竜へ、鷹政が射撃で出鼻を挫く。
白い尾が、風を切り裂く音を立ててうねる。
「下手な挑発をするな、被害が拡大するだけだ」
「あっ、強羅さん酷い」
「鷹政さん、下がってて」
こちらを向いた白雷竜が、微かに高度を上げて雷球を撃ち落としてくる!
周囲への拡散を防ぐよう龍仁が盾で応じ、範囲外から黎が再びのイカロスバレットで叩き落とす。
「あきらめるな! 天が試練を課すのは乗り越えられる男だけッ!」
雷球が直撃した筧へ、メンナクがレザージャケットの胸チラさせつつヒールを注いだ。
(何故だろう、フォローに動いたはずなのに、全力でフォローされている気しかしないのは)
筧、泣いてない。
「ここで、殺しきる」
白色の大鎌へと持ち替えたアイリスもまた、蒼炎へと斬りかかった。
ヴン、
音を立てて障壁が発動され、通る手ごたえは鈍い。
「私は私の力を出し尽くすだけ――時間は、掛けていられないわ」
桃華は跳躍から、自身の・そして斧の重さを全て乗せた一撃を――!
「ダメージが半減? だったら、倍以上の攻撃を与えればいいだけでしょう?」
「喰らえ、シャァアアイニングゥフィンガァァアーーー!!」
そして輝く神輝掌が、他方向から駆けつけた英斗によって繰り出され、禍々しき蒼炎は浄化された。
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「他にケガはないか? 掠り傷ひとつだろうが、油断するな。遠慮も要らん」
「俺がセクシーすぎたことを全ての女に謝る。……ソウル以外に痛むところは俺が癒そう」
寒い場所では、ちょっとした傷が響くだろう。
今は戦闘直後で興奮状態だから気にならないかもしれないが。
龍仁やメンナクたちが、メンバーの様子を伺う。
敵は殲滅完了。
深手を負った味方もいないし、一体ずつ敵を倒していったためだろう雪崩が起きることもなかった。
警戒し続けたことが、戦況へ良い影響を与えたと言える。
(……間に合った)
黎の張りつめていた神経が緩み、ようやく感情が温度を取り戻していた。
戦場に立つ限り、私情を挟むことはしない。戦えるなら、力があるなら……
「また、助けに来てもらったね」
座り込んでいる彼女へ、後ろから筧が声をかけてきた。
「あの時は…… 私は」
戦力になんて、なれなくて。ずっと、そのことが胸に引っかかっていた。
(返すこと、出来たんだろうか)
「ありがとう」
逆光になっていて、表情はよく見えない。けれど、思い浮かべることは容易だった。
「鷹政さーん、帰りのリフト一緒に乗ろ……!」
遠くから、莉音が両手を振っている。
「おっけ、もう少しで試験運転するっていうから、それで降りるか」
「あっ、戻ったらココア飲みたいです!」
「……うん、おっけ。ココア飲みたい人、手を挙げてー! おやつは300久遠までならおごりまーす!!」
「筧さん、スキー場のフードコーナーで300久遠以内で買えるようなものって」
「若杉君には、大人のコーヒーなー!!」
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ディアボロとの戦闘によるスキー場の影響に関しては、専門家が調査をし、運営を再開するか判断するそうだ。
筧も、万一の護衛の為に滞在を延ばすという。
「ほら、預かり物だ。良かったな、今季1番か?」
「へ? ……あ」
龍仁から『預かりもの』を受け取って、メッセージカードに目を通し筧は複雑な笑みを浮かべた。
旅先のトラブルとはいえ、自分のタイミングの悪さに呆れてしまう。バレンタイン、か。
「そういえば、どうして1人で来たんですか?」
莉音の言葉に、筧は『預かりもの』を取り落しかけた。
「あー、えー。旅行? 訓練の、下見?」
学園へは『訓練のご案内』としか、通していない。
「あ、旅行やったんですね。それで偶然にもおれたちは?」
「そんなところ?」
「……『たち』?」
非常にどうでも良い筈の部分へ、アイリスが持ち前の観察眼で疑問符を挟む。
「たかましゃおじちゃーん!」
絶妙なタイミングで、おさげの少女と黒髪ショートカットの女性が姿を見せる。
「バカ弟! 無事に終わったら連絡入れろって言ったでしょう!」
「わー、あんまり似てないお姉さん! クラブで聞いた! の、むすめさん? お名前はー?」
筧へヘッドロックを仕掛ける女性へ、莉音は臆することなく声をかける。
「あら、可愛らしい。私は筧 成実、弟がお世話になってるわね。この子は、従妹の子なの」
「さゆり、さんさいです!」
「わー。僕は、紫ノ宮莉音ですー*」
「初めまして、……妻です」
「ちょ、強羅さん!?」
「タカ……見合いを断りつづけてきたのって…… そう、そうだったの……」
「姉ちゃん、惑わされないで!! やめて強羅さんマインドケア解除してください俺が泣く」
大人の笑顔というより大人げない対応の龍仁へ、筧が叫ぶ。
見合い、という単語に、距離を置いて一服していた黎がビクリと肩を揺らした。
「そんなことより筧さん、少しお話いいかしら?」
すっと、言葉を挟んだのは桃華。
(今回の事を学園に対して訓練だなんて連絡の仕方。あまり好きになれそうにないわ)
全てが終わった今なら、良いだろう。
有無を言わせず、襟首を掴んで桃華は去ってゆく。
「……バリエーション豊かね」
嵐のようなやり取りの果て、筧の姉が呟いた。
「身内で撃退士って、私はあの子だけだから。……それで家族の何が変わるわけではないけど」
24時間365日、危険と隣り合わせているということ。
「家族旅行も、ままならないのよね」
従姪を抱き上げ、彼女は寂しげに笑った。
「なんて、怒られるわね。今日の事は、ありがとうございます。あの子、私には隠しておきたかったのかもしれないけど」
『撃退士』としての姿と、『家族』としての素顔と。
だから、学園へは細かな事情を伝えなかったのかもしれない。
撃退士と、その家族。
繋がり方は、千差万別だろう。
例えば、こういう形もあるのだということ。
『冬季強化訓練』という名目は…… 誰の為、だったのだろう?
深々と頭を下げ、ロッジへと戻ってゆく『撃退士の家族』の背を見送る撃退士たちの思いは、それぞれの胸の中に。