●
(日本って、変わったイベントが多い気がする)
スタッフの腕章をつけ、自主警備にあたっているイリス・リヴィエール(
jb8857)は神妙な面持ちで来場者を眺めていた。
そんな中、人の流れをせき止める姿が一つ。
「皆様の美を記録するためです。これくらいの準備は当然でしょう?」
カメラだけならば簡単なチェックで通過できたはずを、呼び止められたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)。
メイク直しの小道具に、レフ板・照明・その他、本格的な撮影道具を持参してきたからだ。
「美脚を写真に収め、即現像して個展の様に会場の一角に飾ろう、という主旨です。如何でしょう」
なるほど、説得力があり魅力的な企画だ。
「あぁ、写真は個人情報ですからね。どれがどなたの物であるか、書類に一筆貰う形で」
え、個人情報を、自分が手に?
え? いやだなぁ、
「あ、はい、終わりましたらここで書類をシュレッダーですね。はい」
気に入った子はナンパしつつ、書類でTEL番ゲット! という野望は許可が下りなかったものの、同時進行型写真展にはOKが出た。
「趣味と実益を兼ねた写真屋だよー。張り切っちゃうからね!」
鼻歌交じりで、ジェラルドはスタッフ用に準備された撮影用の席へ向かう。
(美脚を愛でるイベントね……。本当に変わったイベントをするものね)
イリスが、なんの気は無しにジェラルドの背を眺めると……不意に彼が振り向いた。
「これは美脚のお嬢さん。きみもこれからステージかい?」
「ステージの警護は、始まってからヒリュウを召喚して行なう予定よ」
ジェラルドの言葉の意味を理解できなかったため、イリスは真顔で応じた。
冬の制服をキッチリ着込み、黒タイツというシンプルな出で立ちだが、それ故にイリスの脚のラインは美しく映える。
大会参加者と思われるのも、然もありなん。
「ああ、こちらでしたか」
「……ん、律、だったか? それに、ひかる、緋華」
「今日はよろしくお願いします。自主警備に当たる方々へ、ひとつご協力をお願いしたくて」
礼儀正しく一礼するのは鷹司 律(
jb0791)。
「僕は、不審者が舞台へ上がらないよう重点的にチェックする予定だが、それも関係するかい?」
清純 ひかる(
jb8844)の問いかけに、律は小さく頷く。
野崎は、律の半歩後ろで必死に笑いをこらえているようだった。
「今回、『看護部屋』を用意して頂くよう、申請しまして」
「看護」
「部屋」
イリス、ひかるがおうむがえしに繰り返す。
「という名義の、『押し込み部屋』ですね。私はスキルで眠らせて強制連行させる予定ですが、もし各自で手におえない者がいましたらそちらへ、と」
「ふむ。それは便利そうだね! わかった、暴れる奴がいたら、適度に痛めつけて看護すればいいんだ!」
「ほどほどにね。……斬新だわ、鷹司さん。良い作戦だと思う。皆もヨロシク」
野崎が、パンといい音を立てて律の肩を叩いた。
「あ、いたいた緋華さん」
「ルカさん! 久しぶり」
「幻朔さんが出るって言うから来ちゃった☆ 緋華さんは出ないの?」
駆け寄ってきたのは神嶺ルカ(
jb2086)。文珠四郎 幻朔(
jb7425)と共に、昨年の秋から冬にかけての事件を、共に追った関係だ。
「じゃあ、僕も一緒に警備しちゃおっかな。打ち合わせがあったなら、聞かせてもらえます?」
広い会場を回り歩くには警備の人数が少ないけれど、事件が起きそうな場所は狙いがついている。どうとでもなるだろう。
平穏無事に終わるに越したことはないのだが。
●
「面白そうね。貴方も一緒に参加しましょ」
斡旋所に貼り出された募集要項へざっと目を通し、即決したのは月臣 朔羅(
ja0820)だった。
「ふふっ、是が非でも目立つべく颯爽と参戦致しましょう!」
全身、どこをとっても自信のバランスである桜井・L・瑞穂(
ja0027)は、手入れの行き届いたブルネットの髪を背へ払いながら応じた。
――そう高笑いし、今日という日にコンディションを合わせてきた。
もちろん、美容に関しては日頃からケアを怠っていないが。
「体が美しいのはもちろんのこと、それを引き立てる衣装選びも大切ですの。完璧ですわ!」
純白に、青薔薇が刺繍されたチャイナドレスは今日の為の特注品。
青を好んで身に着ける瑞穂だが、今回はピンポイントのアクセントとなるよう、ラインを導くように刺繍を使っている。
ファー付きの毛皮のコートも白だ。
朔羅は対になるよう意識した、黒地に金刺繍。こちらは肌の白さを際立たせる仕様。
「あら?」
一足先に着替えを終え、黒い毛皮のコートを羽織っていた朔羅が瑞穂の着替えを覗き。
「あらあら、ダメよ? 美脚を競う大会でそういうのは禁物。没収ね」
「ちょっ、朔羅!? 何をなさいますの、あぁ〜っ!?」
瑞穂が用意していた網タイツ、ひん剥くという行動により、没収。
(ん……人間界の、冬のコーディネイトを見せ合う企画と聞いたのだけど)
熱気が、なんだか、想像していたものと違う。
エリス・ヴェヴァーチェ(
jb8697)は眠い目を擦りながら、参加者控え室の壁にもたれかかっていた。
「皆でコーディネイト見せ合って楽しみましょう会、って聞いたんだけどな……」
「……あら、あなたも?」
エリスに声を掛けられ、リーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)はコクリと頷く。
「なるほど……こういう組み合わせも素敵ね」
「そ、そうですか?」
素直に褒められ、リーリアは照れる暇もなく自身の服装を見下ろす。
フォックスのフェイクファーがフサフサした黒のハーフコートに、丈を合わせた同色のミニスカート。
ストッキングはやや薄めの黒で、オックスフォードタイプのブーティも黒で統一していた。
同じ黒でも、濃淡や素材の使い分けで重くならないようにしている。
色白の肌、はちみつ色の髪、赤い瞳が自然の装飾となっているから、全体としてバランスがとれているし、自然とほっそりとした脚へ目が行く。
「参考にさせてもらっていいかしら」
考えるのが面倒、という言葉は寸でで飲み込んだ。
(な、なんで自分がこんな恰好を……!)
控え室の片隅で、壁に向かってガタガタ震えている銀髪美少女の姿がある。
(美脚大会に、犯行予告が届いたんじゃないのか……!? 参加者に紛れてスタッフとして行動しようとしていたのに……)
バレたら終わる。
男としての何かが。
そう、震えているのはれっきとした大学部男子・志堂 龍実(
ja9408)だった。
どこでミステイクが発生したかはさておき、美脚大会参加側として登録されていた。
(しかし出る以上、負けるのは…… 嫌だ!!)
男らしい。実に男らしい。
龍実は女性として育てられていた時期があり、開き直れば行動は早かった。
髪はおろし、メイクも完璧、念のために眼鏡を着用。
胸パッド? 使ったさ、ああ使ったさ!!
「脚の魅せ方一つでも、ずいぶん違うんですね」
「うわ!!?」
気配無く後ろから声を掛けられ、龍実は飛び上がりそうになる。
興味津々に龍実の衣装を眺めているのはダナ・ユスティール(
ja8221)。
「とある検査結果を待つ間に気晴らしで斡旋所に寄ったら楽しそうなイベントだなーって思って来たら、なぜか参加することになってしまいまして」
本当は、色んな人のコーディネイトを見て回る方を楽しみにしていたのに。
首から提げたデジカメを持ち上げ、ダナは舌を出して笑った。
「露出だけじゃないんですね。『冬の美脚』だからでしょうか」
「あ、ああ、そうだな。素足を見せなくとも、形で魅せることもできるだろう?」
龍実の衣装はグレン・チェック柄のフレアワイドパンツに黒のロングブーツ。
歩くたびに脚のラインは強調されるが、何があっても肌は見せない。
男の脚も綺麗なものだが、どうあっても『男』のものなのだ。愛好家に見られたら即バレる。
正体を隠し通さねばならない龍実にとって、心血を注ぐ部分である。
上はニューヨークハットと白いシャツでスリムにまとめており、清潔感があった。
「売ってる店の名前とか、教えてもらえますか?」
小麦色の肌のダナにも、相性が良さそうな色使い。
瞳を輝かせ問われ、龍実はさてどうしよう、と冷や汗を流した。
●
――やはりはぐれて来たのは正解だったな。
『ハーフはモテるぜ』そんな言葉を真に受けて、冥魔界からはぐれを決意した秋宵 水鳥(
jb8359)は、自身の選択の正しさを再確認していた。
美脚を愛でる社交場…… こんなものが、人間界にあるなんて!!
種族や能力の壁を越え、美を語り合い愛でることができるなんて!!
「あー、秋宵さん? 参加名簿に名前はあったけど、今日の行動は――」
「僕はむちむちな太腿を心ゆくまで堪能しに来たんだ。イエス太腿! ノータッチ!」
「……了解」
野崎に声を掛けられ、勢いよくイケメンは振り向いた。
「出来れば、むちむちをこの手で堪能したいのだが……」
「ノータッチ、大事だね」
「わかっている。郷に入れば郷に従え。美脚の仰せのままに。――して」
聞き分けは良いのだが、真顔で残念な発言を重ねる水鳥が、一つ提案する。
「こういう場には司会進行役が必要だろう? 僕がやる。任せろ」
「……大丈夫? 理性的な意味で」
「イエス太腿! ノータッチ! もちろん、太腿に限らず公平に紹介することを約束する」
目を見る限り、嘘をついているようには見えないし、犯罪行為に及ぶ類の変態にも思えないのだ。
(まあ、なにかあれば、あの部屋行きってことか)
大丈夫だとは思うけれど。おそらく、たぶん、メイビィ。
――さぁ、美脚大会〜冬の陣〜 いよいよ開幕!!
●
トップバッターを飾るのは、知楽 琉命(
jb5410)。
『撃退士の皆さんによる、鑑賞会を!』
そんな熱望を受けての、独自の衣装だ。
ステージ中央へ進みながら、羽織っていた黒のクロークを軽やかに解く。
その下には、普段の戦闘時をイメージしてアレンジを施していた青を基調とした衣装。
撃退士は、戦う間もその脚は美しい。
ガントレット、クロスアーマーを模っているが、スカートやサイハイソックスは市販のもの。
撃退士、といっても普段は一般人と何ら変わらないのだというアピールにもなる。
一番の見どころは……
水鳥のアナウンスと共に琉命はスキルを発動、視覚的にブーツを補強し、ヒールの高い足鎧姿を魅せつけた。
ヒールの高さや形は、ひとりひとりに『似合う』ものが異なってくる。
自分自身をよく知り、更に魅力を引き出す『冬の美脚』――それが、琉命からの提案だ。
●
「健康美、見せ付けちゃうぞー!」
元気の良い少女の声が、マイクを通して会場内に響く。曲調が変わった。
次に登場するは、緋伝 瀬兎(
ja0009)。
バック転で舞台へ飛び出し、白のもこもこベストから紙吹雪が雪のように舞う。
「せぇ、の!!」
着地と同時に。
短パンにニーソックス、ベストにアームウォーマー。肩と足のW絶対領域をアピール!
『イエス! 太腿!!』
『秋宵さん、黙って』
司会と風紀委員のやり取りがノイズ交じりに乱入したが、気にしない。
(やっぱり脚か〜)
たはは、と心の中で苦笑いしつつ、瀬兎は演出担当スタッフへ目で合図。
噴出するドライアイスの一瞬を利用して、鏡写陽炎・発動!
鏡合わせの分身と決めポーズ、
「ご当地ニンジャアイドル・緋伝 瀬兎! よろしく!!」
ニンジャヒーロー発動で、会場の視線を一身に!
●
「ふふっ、お姉さんも負けてらんないわねー」
黄金のガソリンの入った缶を舞台袖へコトリと置いて、雀原 麦子(
ja1553)は戻ってきた瀬兎とハイタッチ。
(胸やお尻に無い足の魅力と言えば、攻撃(※物理)ができること。これをアピールしなくちゃ損ってものよね)
ロングコートの下は、ショートパンツに編み上げブーツ。
しなやかな蹴り技の演武で舞台を沸かせる。
鋭い蹴りを、舞うように繋げる。
その度に、コートで隠れた足が見え隠れしては歓声を呼んだ。
常に見せるわけではなく、隠されているからこそ、時折覗くからこそ、想像と欲求が駆り立てられるというわけだ。
リズミカルな太鼓の演奏に合わせた華麗な演武は、美脚はもちろんのことその技の美しさへも惜しみない拍手が送られた。
●
妖艶な曲へと、BGMが変更される。
瑞穂と朔羅、対をなす華が登場だ。
両サイドから登場し、深いスリットから白い太腿を艶めかしく覗かせながら、モデルウォークで中央へ。
舞台に立つこと、観衆の空気を読むことには人一倍慣れている瑞穂が、アイコンタクトで朔羅へサインを送った。
カツン、瑞穂が青のピンヒールを鳴らす。
二人は同時にコートを肩まで脱ぎ、今までチラ見せだけだった太腿を大胆にアピール。
「ふふふ。此れで完璧ですわ♪」
(チャイナドレスか……。鉄板だな。鉄板だけに美しい。冬は露出が少なくて物足りないが、先ほどの、ニーソに太腿が食い込んでいたり、コートからの)
マイクを握りしめ真顔をキープしている水鳥は、脳内で花を咲かせている。
(勿論スラリとした脚もいいがやはり触り心地良さそうな太腿が好きだな。嗚呼……そのマシュマロのような太腿に挟まれたい……)
そこまでは、よかった。
(こっそり、ヒリュウのアカツキを召喚しようそうしよう、視覚共有で近くから見y)
これが、良くなかった。
『……おいこら、胸に行くんじゃない!!』
マイクを通し、水鳥の声が響く。
主に似ず、召喚獣のアカツキは…… おっぱい派だったのです。
「御褒美が欲しいのかしら?」
笑顔を向けたのは、朔羅。
(朔羅がキレましたわ)
それが怒りの感情の表現であると、瑞穂は知っている。
「召喚獣に、罪はありませんけれど」
コホン。豊かな胸めがけてくるヒリュウへ、瑞穂も笑顔で咳払い。
「しつけのなっていないペットの責任は、主が負うものだと思います」
「「のっ!」」
美女二人の美しい蹴り技が、アカツキを襲った。離れた場所で、水鳥も倒れる。
『救護担当、応援よろー』
「担当ではありませんが…… 救護室へ、お連れいたします」
「看護部屋でも良い気はするけどね……」
●客席からお届けします〜1〜
二人仲良く並んで座る、女子高生が二人。
酒井・瑞樹(
ja0375)と村上 友里恵(
ja7260)だ。
「ここから見ていると、周囲の反応もよくわかるな」
想いを寄せる相手へアピールの勉強になれば。そう考えて瑞樹は席に着いている。
美脚を披露する参加者たちの衣装、ポーズはもちろん、それに対して男性陣はどんな反応を示すのか。
(先輩はどうも、そういう方向に弱いらしいからな……。私も勉強しなければならぬ)
努力をすること。
武士の心得として唱えるまでもなく重要なことだ。
「村上さんは、先ほどから何をメモしているのだ?」
ふと、隣の友人の行動が気になり呼びかける。
「タイツ派やストッキング派や絶対領域派の数をしっかりカウントして、冬場の最大勢力をが誰なのかはっきりさせるお手伝いです♪」
「むっ。それは興味深いな」
参加者の衣装、それに対する会場の反応……。友里恵は細かに、それらをカメラにも収めている。
「この会場の熱気……。皆さんの滾る情熱がどの様に写るか、私気になるのです。……ぽっ」
「たしかに、常軌を逸した盛り上がりようだな。それでいてマナーも良い。不思議な空間だ」
過去の大会では、それでも乱闘が起きたという。
情熱とは恐ろしいものだ。
「過激なポーズや衣装の方が、きっと先輩さん好みですよ」
参考にして、自分も行動に移せれば…… そう考えていた瑞樹の肩を、友里恵が笑顔で叩いた。
「そ、そうだろうか」
「ほら、たとえば」
「わっ、え、村上さん!!?」
いそいそと瑞樹を半脱ぎに取り掛かった友里恵へ、警備中の野崎がクールにホイッスルを鳴らした。
「失礼します」
律が、合図を受けて友里恵へナイトアンセムを発動した。
●
(わ、私だって…… あ、脚には自信あるんだもんっ!)
細身で、胸が控えめなことを気にしていたエルレーン・バルハザード(
ja0889)は、今回の大会を耳にして燃えていた。
仮にこの場で、胸が云々と言い出す輩が出ようものなら瞬殺する心づもりもある。
ポップな音楽に合わせ、もっこもこの白いコートでステージへ!
眩いスポットライト、浴びるフラッシュは、コスプレの時に似ているような、ドキドキワクワクがある。
コートの裾からは、チラチラと膝下だけがもどかしく覗く。
(うわぁ。すごい、すごい)
会場の反応が、手に取るように伝わってきて、なんだか楽しくなってくる!
「そー、ぉれ!!」
そして―― 舞台中央で、コートをキャストオフ!
ミニスカから伸びる、すらっとした脚が惜しみなく光の下に晒される!!
冬なのに、ミニスカ! 生足! 美しい肌!
「ふふん……おさわりは、げんきんだよっ★」
言ってみたかったこのセリフ。
(おとこのひとは、いつだって、むねとかおっぱいとか乳とか、そーんなものばっかりにキャッキャするんだから!)
「生膝ぁあああああああ!!!!」
観客席で、誰かが叫んだ。
マニアだ、マニア過ぎる。
エルレーンは一瞬だけ驚き、それから笑顔で手を振った。
素晴らしい世界は、色んなところに扉が開いているものだ。
●
BGMが、夏のヒットソングへと切り替わる。
何事か、と会場がどよめいた。
(胸が無いなら脚を磨けばいいじゃねぇか! 見てろよ、脚重視の魅力を見せてやる!)
真夏の太陽が如き闘志を燃やすは宗方 露姫(
jb3641)。
男勝りな性格とは言え、気にするモノは気にする。女の子だもの。
恐らくは同じカテゴリなのだろうか、エルレーンが満面の笑みで戻ってきて、二人は視線で頷き合う。
イケる。
この会場は、イケる。
曲に反し、姿を見せたのは丈長のセーターにショートパンツ、黒のストッキングにブーツという冬ファッションの少女。
元気いっぱいのウォーキングに、竜の尾が楽しげに揺れる。
リズミカルで、曲調に確かにマッチしていた。
気づいている者は少ないかも知れない。尾の動きが、視線が足へ行くよう、さりげなく誘導していることを。
(よっしゃ、ここらで!)
スタッフへの合図とともに、スモークが焚かれる。
(俺はスキルなんて、便利なものは無ぇからな!!)
文字通りの早着替えで、煙幕が消え去る前に変身完了!
BGMのボリュームが上がると同時にどよめきが起こる。
「どーだ! これが夏を制したオンナの美脚だぜ、恐れ入ったか!」
とっておきのスマイルで、とっておきの水着姿!
寒さ? 関係ないね!!
ここからが美脚の見せ所!
ひらりひらり、青のパレオを翻すようにステージ上で演舞を。
それは、悠々と泳ぐ龍の如く。
●客席からお届けします〜2〜
襟がしっかりした衣服にコート、室内だというのにマフラーをぐるぐる巻きにして、手にはデジカメを装備した青年の姿が客席に一つ。
(いいねぇ、美脚……。夏の生足も眩しいが、露出しない奥ゆかしさがまた品があって ……うん? 今の女性は)
ただひたすら美脚というものを堪能し、うっかり静かに弾けていた点喰 縁(
ja7176)が、小首を傾げた。
(いやいや、まさか)
閑話部で面識のある龍実かと思ったが、いやいやいやいや。
料理は上手だし外見も確かに女性的ではあるが、気性は男らしいものだったと記憶している。
それはさておき。
「……脚はいいですねぇ、加藤さん」
「わかるかい、点喰くん」
隣に座る中年撃退士へ、語り掛ける。
「最近、薄手の防寒効果のある衣類増えてきやしたから、昔よかタイツの類でラインがしっかり拝みやすいというか……。
ただ、こう、ハイソで頑張るお嬢さんとかも良いですよねぇ。若さだけで、けなげに立ち向かう絶対領域といいますか」
「北国の子ほど、がんばるともいうね。そういえば先の――」
「ああ、ばっちり収めておりやす。清く正しくステージ等見せる心づもりのある方とお見受けしやした」
「さすが点喰くん」
「ところで、その、加藤さん」
「なんだい?」
「適うなら、俺も『全日本美脚愛好協会』ってやつに入会…… できやすかねぇ」
「ははははは! 大歓迎だとも、点喰くん!」
「かっ、加藤さん、声が大きい――」
「……縁くん?」
客席横から投じられたのは、野崎の声――姉と交友があるため、バッチリ顔が割れている――だった。
「…………」
「…………」
目が合い、互いに言葉にできぬ笑顔を浮かべ、そっと逸らした。
●
舞台が暗転、からの――異色の出場者に、会場はざわめいた。
「……モノ好き共め」
ポンチョを一枚羽織っただけで、椅子に座り脚を組むのはUnknown(
jb7615)。
生脚裸足の出血大サービス。むっちりもっちりした質感が堪らない。
妖艶な擬態でもって、女性とも男性ともつかぬ――おちつけよくみろあのきんにくは男だ!
脚を組んで観客を眺め微笑み、見テルダケ…… 大胆なアクションはないというのに、目が離せないのは悪魔に魅入られているからかツッコミどころを探しているからか。
化粧、特別な衣装を纏うでもないが、体の随所に浮かび上がる金色の光が、爪先、足首、膝、太腿へと視線を辿らせた。
(性別も種族も超越してやるのだ)
悪魔的魅力を発揮するには良い舞台である。
「…………」
ふ、と。
Unknownの視点が、一か所で止まっていた。
(我輩、お腹が空いたのだ)
しゃべらないのは、寒さからの省エネ対策じゃないんだからね!
切なげな眼差しで訴える。
切なげな眼差しで訴える。
切なげな眼差しで訴える。
客席から若者が立ち上がり、そ……っと菓子を進呈した。
にぱー、とUnknownは満面の笑みとなる。
両手で恭しく受け取り、たちまち口へ放り込んで、お辞儀。
尻尾はゴキゲンに揺れていた。
『……舐めるか?』
感謝の代わりに、と爪先を差し出したところで、ホイッスルが鳴った。
やだ、ポーズだったのに。
「男性の、骨太な太腿も良いのよねぇー。ビールが進むわぁ」
最後まで手を叩いていたのは麦子である。
可愛い女の子の玉肌も良いが、男性にしかない脚の魅力も良いものだ。
(……男性の綺麗な脚を見ていると惨めになってくるわね。……もう少し保湿や鍛錬を徹底しようかしら)
決して。決して自分の脚に自信がないという訳ではないのだけれど。
会場外を見回りながら、ヒリュウの視覚共有でステージをチェックしていたイリスが人知れず拳を握っていた。
●
「遅くなってすみません!」
ぱたぱたと到着したダナは、控え室で衣装の吟味に夢中になってしまっていた。
丁寧にスタッフへ一礼して、ステージへ。
選んだのは、ふわふわニットワンピースに、ラビットファーのストゥールという組み合わせ。
ワンピースの下には、微かに覗く程度の丈の、黒のショートパンツをはいている。
こだわりのストッキングは、透けて茶褐色に近い色になる、20デニールをチョイスした。
黒のエンジニアブーツで、快活に歩く。
女性らしさにカジュアルをプラスして、『観る』側が罪悪感を抱くことのないような、健全さ。
続いて、リーリアとエリスが並んで登場する。
「拝見させてもらった限りは、自分も見せるべきなのよね……」
「……あの、大丈夫ですか?」
「うふふ。眠い」
並んで歩くというよりは、エリスがリーリアにもたれかかっている。
ショートパンツとロングブーツは黒、ジャケットは髪の色に合わせた赤。
素材はレザーで統一し、パッと見た感じは『踏まれたい系美女』なエリスなのだが…… 待ち時間の長さに、怠惰が勝った。
「あの、こ、ここで寝たら、いけませんっ」
「あなたの膝の上、心地よさそうでつい……」
舞台上で眠りに走ろうとするエリスを、リーリアが必死に押しのける。
「あっ、危ない、二人とも――」
ひかるが、とっさにステージへ駆け上がる。
不審者が飛び込もうとしたらいつでも対応できるよう気を張っていた分、参加者の異変に気づくのも早い。
倒れるエリスを、絶対領域発動で支える!!
――その、反動で。
鎧の草摺と冬用ブーツの隙間から、健康そうな小麦色の太股がチラリした。
――ざわっ
どよめく会場。
冬の装いと、夏の名残の肌とのギャップ。これを少年に対して感じることは禁忌か否か。
脚だもの、罪はないじゃない?
いやしかし、脚と言えど。
「急に会場の空気が……?」
異変に気づきながらも、ひかるはエリスを抱き上げ、王子様よろしく優雅にステージを後にするだけであった。
●
「大丈夫ですか? 顔色が優れませんが」
「寒いのは苦手なんです……」
心配そうに顔を覗き込む琉命へ、腕組みをしていた緋流 美咲(
jb8394)が本音を打ち明けた。
「脚のストレッチや引き締め運動、お肌のお手入れをしてきたから、しっかりやり遂げたい気持ちはあるんですけど」
(寒がりでも、愉しめる美脚アピール…… 出来るといいな)
無理をしてしまう参加者も居るだろうと救護体制をとっている琉命のような人もいる。
勇気をわけてもらって、美咲はステージへ向かった。
「寒い、寒い〜〜!」
シチュエーションは、外からの『ただいま』。
舞台中央には、こたつがセッティングされており、客席側に内部が見えるようになっていた。
ダッフルコートとブーツの下には、白のニットワンピにミニタイトスカートと黒のニーハイを着こんでいる。
「ふぅーっ。冬はやっぱり、こたつですよね……」
コートを脱いで。ブーツを脱いで。
ニーハイソックスを脱いだところでざわめきが起きた。
髪をかき上げながら、少女がこたつへ入る―― 赤い電熱の明かりに照らされた生脚……
横座りになり、崩れた脚の無防備さ……
「あれは、撮ったら神罰が下る気がしやした。神聖でした」
点喰 縁は、後に語った。
●
「さあ、者ども、私のおみ足をありがたく拝見なさい!!」
その声は、何処か高い場所から響いた――
舞台の天井ギリギリから、ブルームーン(
jb7506)が闇の翼を広げて姿を見せる。
雅なBGMだと思えば、意外なことに、振り袖姿。
元日、成人式……そんな冬のイベントを意識した、縁起のいい柄で。
空中の階段を下って来るかのようにゆっくりとステージ上を目指す彼女を、スポットライトが追いかける。
ちらり、ちらり、歩くたびにそっと持ち上げた裾が微かに揺れ、足首だけが慎ましく覗くのがまた。
和服だからこそ強調される脚線美というものを、皆様ご存じだろうか。
見えればいいというわけではなく、ラインを強調すればいいというわけでもない。
奥ゆかしさ――それこそが、和の心。
(この国の人は下手にモロ出しにするよりもこういうのがウケやすいんでしょ?)
身も蓋もなく言えば、こうである。
確信犯の小悪魔は、くるっと回ってからの折り目正しいお辞儀で。
ジャパニーズブラボー、の声が飛び交った。
「んー、アイドルになったら、ファッションショーとかモデルとかイロイロありそうよねー♪」
ホクホクと舞台袖へ戻るブルームーン。
もしかしたら、今回を機にスカウトが来ちゃったりするかもしれないし!!
●
(人体は美術的にも美しいモチーフだしな)
美大へ通っていた経験のある地領院 恋(
ja8071)は、極めて冷静な視点で大会を見守っていた。
「地領院君のお姉さん! 長野ぶりですね!」
「神嶺ちゃんか、その節はどうも。……そっちは、風紀の?」
「野崎です。大きな騒ぎも特に起きなくて良かった」
ルカと行動していた野崎が、恋と軽く握手を交わす。
「恋さんは美術系なんだ、すごいカメラですね!」
「幻朔先輩のお姿を写真に収めねば、とな」
「まぁ、私は脚にも自信はあるけどね」
「噂をすれば」
出番が近いであろうに、姿を見せた幻朔へ、野崎が笑いながら振り向いた。
「幻朔さん、今日は私服なの?」
「あらやだ、スキニーって脚に自信がないと穿けないのよ? 知らなかったの?」
ルカの言葉へ、幻朔がクスっと笑う。
「応援してる、行ってらっしゃい」
「拳の使いどころのなさだけが残念よね」
冗談とも本気ともつかぬ言葉を野崎へ返し、幻朔は舞台袖へと向かっていった。
飾らない気取らない、自然体の幻朔のウォーキング。
『街ですれ違ったら三回くらい振り返る系きれいなお姉さん』といったところか。
「素肌が見れない分、想像が膨らむでしょ? お姐さんと大人の評論会しましょ♪」
挑発的なウィンク一つ、BGMがダンス音楽へと変わる。
「恋ちゃん、そんなところに居ないでこっちいらっしゃい」
「え、えとアタシは後ででも!」
「大丈夫、カメラは任せて、いってらっしゃい♪」
ルカにも後押しされ、恋はステージへ。
男性パートとして、幻朔をエスコートする。
(見せつけるのでなく、目指すのは動きで魅せるチラリズム。格好良い中にもきちんと色気を出すには……)
ステップ、ターン、繰り返しながら、恋はずっと美術脳。
憧れの先輩と並べた幸せを噛みしめつつ。
「僕は、脚より足だな。大地に触れ人を支える部分でありながら繊細だ。……正直に言うなら見るより触りたいよね」
本気と冗談の境目が、あるようなないようなルカの言葉に野崎が笑う。
「ルカちゃんも来る〜?」
壇上から、幻朔が手を振った。
●
救護室に看護部屋。
それぞれ、予想していたほどの人数を押し込めることなく、無事に大会は終了した。
「拍子抜け…… といったら不謹慎かもしれませんが、乱闘は起きなくて何よりでした」
「鷹司さんが、穏便に運んでくれたからさ」
備えがあって悪いことなど何もない。
乱闘以外にも、トラブルなどいくらでも考えられたのだから。
ジェラルドが撮影した写真パネルを眺めながら、警備活動にあたっていた面々も肩の荷を下ろした。
舞台参加者も、ほどなくここへ集まるだろう。
きっと、自分では想像していなかった写真に驚くはずだ。
出演者も、サポートも、全力を尽くしての大成功。
第5回美脚大会、これにて閉幕!