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走るたびに、冷たい風が肺へと入り込んでくる。
12月の京都。ジンとした寒さが鎮座していた。
(京都……ねぇ。案外、復興の方が関わってる気がするな)
澄んだ空気に目を細め、桝本 侑吾(
ja8758)は再生へと向かう町並みを視界の端に納めた。
「この土地には縁もゆかりも無いが、仕事に手を抜く理由も無い」
侑吾と行動を共にするアイリス・レイバルド(
jb1510)が、極めて淡々と胸の内を口にした。
(縁もゆかりも無いが)
天界勢が遺した建物、復興を阻むサーバント。
崩れた街の、今とこれから…… 観察するに値するだろうか。
(色んな人の想いがここにはあるんだもんな……)
同様に、土地に対する個人的な思い入れこそ薄いが、陽波 透次(
ja0280)は現状に至るまでの、繋がれてきた糸を感じ取る。
「京都の安全、確保したいですね」
広さから聞くに主要な道路の一つなのだろう。
安全に、物資を運ぶルートを確保すること。今回の戦いの勝利は、それに繋がるのだ。
合流ポイントで、赤毛の撃退士が片手を挙げていた。
「ウシシシー 父さんと一緒に京都来れてうれしーなんだぞー!」
「おう、千代! 相変わらず…… 半裸か」
この寒さで。
己を父と呼び慕う彪姫 千代(
jb0742)の髪をかき混ぜながら、筧は他のメンバーへ簡単にあいさつを済ませる。
「卒業生の筧です。見知った顔もチラホラだね。よろしくどうぞ」
「はじめまして、筧さん。今日はよろしくおねがいします」
「うん、よろしく ――あれ?」
礼儀正しく頭を下げる六道 琴音(
jb3515)へ、妙な既視感を抱く。
「妹と幼馴染からは、よくお話を」
「なるほどなるほど」
不思議な縁も、あるものだ。
共通の知人を挙げられ、筧は笑みをこぼした。
「ベテラン撃退士ってのの力、見せてもらうぜ。えぇっと…… こ? 後学? のためにな」
ずい、と大きな瞳で見上げて来るのはSadik Adnan(
jb4005)。異国の少女。
「反面教師なのかまでは、知らないけどな」
依頼も勉学も、選択の幅を広げる為の行動。生き抜く為の選択肢は、多いほうがいい――全ては『生きる為』に。
それが、サディクのスタイルだ。
「作戦と班分けは、こんな感じです。筧さんは、あたしや六道さんと一緒に」
「オッケ、竜見さんと『共闘』は初だね……。よろしく」
竜見彩華(
jb4626)と戦闘依頼を一緒にしたことはあったが、その時は別働隊だった。
「京都の皆さんが安心して暮らせるように頑張ります! 折角取り戻した場所なんですから、ちゃんと守らないと、ですよね」
「頼りにしてます。――で、一名、足りないみたいなんだけど」
筧は、彩華から手渡されたメンバー表を目で追って。
「ハァイ」
「びっくりした!!」
完全に気配を断って背後に現れたのは、常木 黎(
ja0718)。
「なに、新技?」
「そんなところ」
応じる声は軽いが、反して目を合わせようとしない。
(戦闘はあの時以来、か…… あの後から、どう会話して良いのか分らないのよね)
霧雨が煙る街での戦い。
あの時の悔しさは、黎の心に滲みを落としたままだ。
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広い道路を挟み、両側に展開する雑木林へと二班に分かれて突撃していく。
土螻と呼ばれる四本角の羊型サーバントは情報によると計八体、一つ所に落ち着いているわけでもないようだ。
確実に引き付ける手立てがないのであれば、出たとこ勝負といった策を打つのも一つか。
「キュー、葉っぱに紛れるように飛べよ? 行け」
サディクがヒリュウを召喚し、左側を先行させる。
召喚者の指示へ応じるように鳴き声一つ、小さき竜は寒空の下、飛翔した。
「便利だな」
盾役を担うべく前線を位置どる侑吾が、その後姿を眺めて呟いた。
「メーメー羊を狩るのは虎なんだぞー! ガオー!」
「元気だな」
中衛で血気盛んな千代には、やや気圧されて。
「おー! 早く倒して、父さんと遊ぶんだぞ!!」
「そうなのか」
父……筧の事か?
「ま、盾は任せろ」
「おー! 侑吾は盾お願いしますなんだぞー!」
「あ、逃げた」
マイペース同士の会話が呑気に続くかと見えたが、サディクの一言で空気に緊張感が走る。
蹄の音、雑木林から土螻たちが道路へと駆け出している――獏を盾にするように横切り、右手へと。
「こちらの接近に気付いたか?」
アイリスは、その行動をじっと観察する。
「五、六…… 二体、残っているな」
動き遅れたか、敢えて残っているのか?
アイリスの呟きへ、サディクが頷く。
予測が事実となり、観察狂いの少女は表情にこそ出さないが満足したようだ。
「先に抜けたほうから獏の対処という手筈だったな。淑女的に遂行しよう」
黒い衣装を翻し、アイリスは駆ける脚へ力を込めた。
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薙ぎ倒された木々に気を付けながら右班も進む。
「厄介な置き土産だこと」
道路の真ん中で、今のところ動く気配を見せない獏は、全く厄介な輩だ。
野良サーバントにしては趣味が悪い合成獣。
黎は毒づくと共に、周辺警戒に神経を研ぎ澄ます。
「なるべくなら、雑木林を傷つけたくないですが……」
琴音がポツリとこぼす。
「うまく地形を利用して、全員怪我なく終わらせたいです」
「俺も、それがベストだと思うよ」
むやみに被害を拡大して戦うのもうまくない。
理想を語るのは易いが実行は難い、それでも見据えることが大切だと、琴音の背を筧の言葉がそっと押した。
「っと。来るよ、彩華ちゃん!」
「はい!」
敵の動きを察知した黎が、彩華へ合図を送る。
土螻が到着する数瞬手前で、彩華はスレイプニルを喚び出した。
「ろく……?」
侑吾から連絡を受けた透次が、通話越しに呆然と呟く。
「ふふ…… ふふふ…… この状況、可憐……」
スリルジャンキーのハートに火が点いた。
(いやいや)
近づく足音から個体数を照らし合わせ、情報に間違いないと判断する黎は笑うに笑えない。
(脚が速い、恐らくこの土地にも慣れていて、集団でラッシュをかけて来る……利があるとすれば、こっちが『待ち構えてる側』ってところか)
獏の後ろを回り込むように、土螻の群れが押し寄せる。
スレイプニルが、空気を震わせる程の咆哮を上げた。先頭の一体が、威嚇にすくみ上がる。
「あの子が注意を引いている今のうちです! 皆さん、やっちゃってけさえ……じゃない、やっちゃって下さい!」
「勢い削ぐのが先だべな!!」
「筧さん! もー!! 大分訛らなくなったと思ったのに……」
彩華をからかいながら、盾を活性化した筧が前衛へ出る。突進してきた土螻の角をスレイプニルと並び食い止めた。
「鷹政さんがんばってー」
「常木さん愛が足りないよ、そのセリフ!」
獏の動き、土螻すべての行動を視界に納め、黎は一斉掃討のタイミングを計る。
小回りの利かない林で、巨体の召喚獣と盾に徹する一名の存在は実に効果的だ。
「直線的な動きしかできないのって、気の毒ですよね」
目の前の敵にまっしぐらの土螻へ憐みの声をかけ、透次は木々を足場にサイドへ回り込む。
「僕のことも、気に掛けて下さいよ」
スレイプニルの威嚇対象とは違う個体に向け、アウルで生み出した鎖付きの鉤爪を放つ。
「攻撃、できるなら…… ですけどね」
鎖と鉤爪が美しく緋色に煌き、土螻を拘束した。
「援護します」
後続が透次の存在に気づき、足場にしている木へと突進しようとしている。すかさず、琴音が魔法攻撃を放ち足止めを図る。
「突進方向がわかれば、致命打を喰らわないようにするのは容易…… 自分も、仲間も」
中衛だからこそ、よく見える。
ラッシュ攻撃に動揺しないよう、努めて冷静に琴音は状況を判断する。
「It’s clobberin’ time.」
お仕置きの時間よ。
黎が低く呟き、土螻たちが渋滞を起こしたタイミングでバレットストームを撃つ!
アサルトライフルから激しい弾幕が放たれ、動きの止まったサーバントを一網打尽にする。
「狙って貰えないのは寂しい……」
最後尾へと付いた透次が忍ぶ事を捨て、鳳凰臨によって残存した個体へ威圧を掛ける。
透次へと反転したその背後を、琴音の放つ稲妻の矢が撃ち抜いた。
「竜見さん、大丈夫ですか?」
「なんも。こったらダメージ! じゃない、大丈夫です!」
積極的に土螻を引き付け、スレイプニルのダメージを自身も共有する彩華は、気丈な笑顔を琴音へ向ける。
「すぐに、回復掛けますから」
攻撃の合間を見て、琴音が彩華へ回復魔法を施す。
(……流石、あちらさんは早いか)
獏に側面を突かれると厄介だ。常に警戒をしていた黎だが、こちらが土螻を掃討するよりも早く獏へ攻撃を開始した左班の動きに気づいた。
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「ゴア。ここは林だ、狭い場所でまっすぐな動きはダメだ」
召喚したティアマットが爪研ぎにより威力を上げている間に、サディクは指示を出す。
(どうせできないけどな)
獏より大きな召喚獣なので、林の中で小回りを利かせろという方が難儀だ。
「ブレスで挨拶してやれ」
困らせたいわけじゃない、攻撃手段はシンプルに。
機嫌よく、ティアマットがブレスを放つ。
(よーしっ 新スタイル、なんだぞー!)
侑吾の背に隠れ潜行効果を纏った千代が続き、土螻と衝突するより早いか剣虎で全てを切り刻んだ。
「……盾、要らなくないか?」
「おー!? そんなことないんだぞ! 侑吾、ゆーしゅーな盾なんだぞ!!」
前衛で敵と正面から向き合う侑吾がいてこそ、陰に紛れる千代の奇襲が威力を増す。
ついでに、何処からともなく殴りつける攻撃が侑吾によるものだと錯覚させられれば儲けもの、といったコンビネーションだ。
敵が錯覚する前に、倒してしまったが構わぬだろう。
「じゃ、肉壁らしく……」
派手なこちらの攻撃に反応し、獏ものそりと立ち上がった。
「って、うわ」
緩慢な動きに騙された。
ゾウの鼻が地表をこすり高く振り上げられると同時に、冷たい衝撃波が刃となって襲い掛かってきた!!
侑吾は辛うじて大剣で受け止め、相手と自分たちとの距離を目で測る。
「その見た目にその射程…… チートだろ」
動かなくても悠々届くとか。
近づいたら近づいたで厄介なのは凶悪な爪から見て取れる。
「ま、やり方は変わらないけどな」
受け止めきれない攻撃じゃあない。それが解っただけで侑吾には充分だ。
(挑発……乗ってこないな)
魔法攻撃力は高いということか。侑吾の防御力よりは、下。その辺りで目途をつける。
「おー? あいつ虎の脚持ってるけど何か変なんだぞー?」
「私が行こう」
スッ、とアイリスが先行する。
正面からぶつかり合うわけではなく、『正面をずらす』ように軽やかな身のこなしを意識して。
(長距離攻撃が魔法だけなら、掠り傷にもならない)
被弾しようが構わず、緩慢な動きを読み切って先手先手で行動をとり距離を詰める。
間合いに入り大鎌を振るう時には仲間たちも準備を整えていた。
(爪は……確かに厄介だな)
アイリスの攻撃は決して強力ではない。敢えて『そう』しているもので、軽んじられることで相手の隙を観察する。
こちらを振り払うよりは、厄介な他方へ攻撃を、そう選択させておきながら集中を欠かせること。それが最大の目的。
千代の放つ朧隼が、厚い毛皮を裂いてゆく。アイリスの行動が視界の端に入るせいか、防御行動に迷いが生じているようだ。
苛立たしく激昂した獏は、侑吾たちへ向かって突進を始めた。
「やらせないっての」
千代を庇うように侑吾は立ちふさがり、その爪を食い止める。ギチリ、純然たる力と力が拮抗した。
「父さん!」
連携出来ればカッコイイ――千代が右班へ視線を送るが、対土螻まっただ中で筧は盾を展開していた。
「うー。……行くんだぞ、冥虎!!」
半ば八つ当たりの、カオスレート補正を盛大に乗せた最大火力攻撃。
脚だけが虎だなんてよくわからない敵へ、千代のアウルが生み出した暗黒の虎が襲い掛かる。
「……おー」
侑吾との連携を意識した千代の行動に、サディクは感嘆の声をこぼす。
(生き抜くための、選択肢ってやつか……)
その場限りか、あるいはある程度の期間を設定するかはあるだろうが、『誰か』と行動を重ねる、
「れ、連携? ……だったか?」
「おー! サディクとも、連携したんだぞー!!」
「……したのか?」
「羊を狩る時、一緒にドカーンってしたぞ?」
「あれは連携、なのか」
(学べる相手も機会も、生きてりゃいくらでもあるもんだな)
戻ってきたアイリスが、侑吾の負傷具合を見て回復魔法を掛ける。
そうしている間に、右班も合流してきた。
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「おー! 俺、頑張ったんだぞー!」
「よくやった、よくやった。 皆、大きなケガはしてない?」
駆けつける筧に、千代が抱き付きという名のタックルを掛ける。
「ん、お疲れ。こっちも回復手、いるから」
「桝本君にガンガン攻撃向かってたのは見えてたからさ……」
「盾だしね」
見られていたことを、侑吾は少しだけ意外に思う。
「六体でも……スリル不足でしたね」
「えええ? かなり冷や冷やしてましたよー」
敵の攻撃をかわし切り、満足とも残念ともつかぬ表情の透次へ、彩華は目を見開いた。
「あの…… 回復魔法、必要でしょうか」
千代の攻撃がタックルから絞め技へ突入しているように見え、琴音が筧へ声をかける。
「あ、気遣いありがとう琴音さん。平気、日常茶飯事」
ようやく緊張の糸を緩めたところで、黎の耳に筧の声が飛び込んだ。
(……そっか、琴音ちゃんの妹さんも知り合いなんだっけ)
同じ姓の知人がいるのであれば、下の名で呼ぶのも然もありなん、か。
黎には以前から、気に懸っていたことがあった。
「ねぇ、……やっぱいいや」
反射的に呼びかけ、振り向かれたはいいが、言葉が続かない。
「なにそれ」
無事に任務が完了し、上機嫌の筧はクスクス笑う。
(名前で呼んで、……なんて)
冷静に戻ると、恥ずかしさで顔が熱くなる。
(醜態は、晒したくないな……)
そうは思う、が、今更だろうかとも考える。
「れい」
「…………」
「って、いうんだけど。下の名前」
「……黎、さん」
「うん」
音にするまでの間が、筧にとっての『準備の必要な時間』なのだろう。
「……それだけ。忘れて」
「いやいやいや。どうしたのさ!?」
人と人が積み重ねてきたものだとか、なんだとか。
(俺にはよくわかんないけど)
賑やかな輪から、ようやく外れて。
のんびりと眺め、侑吾はあくびを一つ。
「楽しそうで、いいんじゃないかな」
誰に言うでなく、呟いた。
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土螻たちを林で対応したこともあり、路面へはほとんど被害が無く戦いを終えた。
道路開通の報を受け、数時間後には物資を積んだトラックが往来するようになるだろう。
倒れた木々の根元からは、新たなる芽が吹いている。
そのことに気づいたアイリスは、表情にこそ出さないが暖かな気持ちになる。
繋がれた道、開かれた道。
撃退士たちは京都復興へ、確かな一歩を刻んだ。