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曇天、頬をなぶる風は冷たい。
目的の街へ近づくにつれ、建物の崩れる音、天魔の咆哮が響いてきた。
『街に人が戻る⇒ソシャゲ人口増える⇒ソシャゲ栄える⇒(°Д°) ウマー!』
『ゆえに、出撃するなう(´∀`)』
使い慣れたスマートフォンで、ルーガ・スレイアー(
jb2600)は出撃前の呟きを投下する。
それから、顔を上げる。
倒壊した建物、復興に向けての拠点としているのだろう簡素な建物、それらが遠方からも確認できた。
「折角、復興に向けて動き出した所なのに……。何としても周囲への被害を最小限に抑えて早期に殲滅させないと」
地元の撃退士がサポートについているとの話だが、長きに渡って天魔の支配下に置かれた街へ、急に人が集まるわけでもないのだろう。
少しずつ少しずつ、悲しみと怯えを抱きながらも進もうとする姿を感じ取り、日下部 司(
jb5638)が戦いへと気持ちを強めた。
「天魔と冥魔の戦闘への横槍、か。コイツは愉快だな」
紫煙をくゆらせ、苦笑を浮かべるのはヤナギ・エリューナク(
ja0006)。
首尾よく横槍を入れるには、両者に気づかれないよう背後を突く必要がある。なかなかに難しい要求だ。
「天界ゲート跡地をディアボロが徘徊、そこにサーバントの飛来……。もやもやするな」
ヤナギの言葉を継ぐように、郷田 英雄(
ja0378)は目を眇める。
「天使か悪魔、あるいは両方の策略がニアミスしたのか?」
人の住まぬ此の街で、人が戻ろうとする此の街で。
(今回の状況、何かが、歪んでいる。そんな気がする)
歪み――。例えば。
幾つもの戦場を経験してた英雄の脳裏をチラと掠めたのは、一つの街。巨大なモニュメント。
そうだ、あの街も天界に支配され、搾取されつくして抜け殻となった。
残されたのは、助けを求める声が埋められた塔だけだった。
(……が、細かいことを考えるのは俺の性分ではない。全て潰す)
あの時と、今と、重ねたところで奥に何が潜んでいるかは繋げられない。
眼前の戦いへ、今は集中するとしよう。
巨大な瓦礫の山が迫る。ここで、行動は二つに分けることになる。
「こっちから敵がよく見えるって事は、その逆もまた然り……自覚してないと狙い撃ちされるわよ」
「助言、肝に銘じておこう」
狙撃手の視点から、鷹代 由稀(
jb1456)は鳳 静矢(
ja3856)へ声をかける。
咥え煙草のまま、くぐもった言葉はその裏に潜める胸の内でもあった。
静矢、そしてルーガの二人は、瓦礫の山を伝い登り高所からの攻撃に回る。
残りは、全力移動をしながらサーバントたちの背後を突く、といった作戦だ。
サーバントの中には、飛行能力を持つものも存在している。
見つかり、集中攻撃を受けるようであれば地上からの援護は難しく、平地を行くより足回りも安定しない場所での交戦となれば大ダメージも有りうるだろう。
「少数での行動ですから、どうかお気をつけて」
司は心配そうに二人を交互に見やり、そして瓦礫の影を選び走り始めた。
「奇襲での一斉攻撃、成功させようね」
並走するソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、明るく頼もしい笑顔を司へ向ける。
「流れ弾が街を破壊したりしないように、しっかり狙わないと」
「ええ。仲間も町も、絶対に守ってみせます……!」
立ち直りへ向けての歩みを、止めることとならないように。
街そのものを人質に囚われているような状況だが、だからこそ出来る限りの配慮をしたい。
好き勝手に暴れるだけなら、自分たちも天魔と変わらないのだ。
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(いくら人がいないと言っても、余所でやってほしいものだね)
幸い、サーバントとディアボロは互いしか認識しておらず、盛大な戦いを展開していた。
空を翔る天馬、炎を吐き散らし吼える黒獅子。
大きく身を振るう巨大百足がクロウラーと言ったか。
苦々しく、ソフィアは敵の位置を確認する。
「せっかく直そうっていう街を、これ以上壊される訳にはいかないからね。手早く確実に仕留めさせてもらうよ」
ヒュッ、息を吸い込んでから、ソフィアは狙い定めて直近の天馬を魔力による太陽の弾丸で放つ。
太陽に焼かれる神話の英雄のように、白い巨体は翼を落とされ地表に墜ちた。
「機動力が高いなら、それを削り倒せば良いだけの話よ」
こちらから、無理に無理な場所へ向かう必要もない。
ソフィアの攻撃の更に遠くへと、由稀が構える対戦ライフルのアウル弾は軌跡を描く。
「戦場見渡すのは、私の役目ってことで」
狙撃手の名に恥じぬ、的確なショットで射程限界の天馬の頭部を撃ち抜いた。
二筋の遠距離攻撃を引き金に、弾丸のように仲間たちも続いてゆく。
上空に向けての不意打ちに、サーバントの群れには少なからず動揺が生じたようだ。
それを怯んだと判断したのか、ディアボロが咆哮し、前線を押し上げ始める。
(だよなァ、だよなァ。そんで、まだこっちにゃ気付いてねェだろ?)
サーバント勢の注意が上空へ向けられている隙に、ヤナギは遁甲の術を活用し、完全に背後を取ってから土遁を仕掛ける!!
飛び立つ前の天馬に、アウルで作り出された土の礫が足元から襲い掛かる。
深入りしたヤナギへ、黒獅子たちは取って返すが――
「なかなかの手ごたえじゃないか?」
英雄の放つ烈風突が、真正面から牙を剥きヤナギへ飛びかかろうとした黒獅子の一体を吹き飛ばした!!
ディアボロの群れの中へ飛ばされた獅子は、フローティングアイの雷撃に貫かれ、そして動きを停止した。
「はっ、軽いな……」
「ナイス連携?」
ヤナギが、英雄をツイと見上げた。
「これからだ」
短く、英雄が応じる。心なしか、口元には笑みが浮かんでいた。
組んで戦うに、戦闘スタイルは相性が良さそうだ。
「わ〜、素敵! 選り取り見取りじゃない!」
雨野 挫斬(
ja0919)は、これからの解体を想像しては身を震わせる。
歓喜に潤む瞳は、しかし獲物を冷静に品定めしていた。
戦場へ乱入してきた撃退士たちへ、困惑しながらも攻撃を仕掛けるサーバント。直線になったタイミングを狙い司が封砲を撃つ、そこで挫斬が最前線へと飛び出し、拳銃で止めを刺した。
「始めましょうか! み〜んな解体してあげる!」
サーバントも。
ディアボロも。
天馬も、獅子も、百足も、眼球も、みんなみんな!!
いちばん、解体し応えのあるのは誰かしら!!!
挫斬が笑う。
ずっと息をひそめ、そこから爆発的なスピードと火力による奇襲。混乱する戦場。
なんという爽快な眺めか。
ソフィアのライトニングが、由稀のアウル弾が、敵から見えない場所より飛び出しては場を攪乱していく。
「……まともに喰らったら、ヤベーな」
黒獅子の吐きだす炎をギリギリで回避し、ヤナギはゾッとした。
「ま、威力が高くたって当たらなければ話にならねーってな」
炎には炎で、どうよ?
軽い身のこなしで回避からの着地、流れる動きで火遁・火蛇で黒獅子を包み込んだ。
「っと、背後も注意か」
英雄は黒獅子への止めより、他方向から仕掛けてきた天馬の対応を選ぶ。
「任せてください!」
そこへ、追いついた司が滑り込み、盾役を担った。
「……っ、く!!」
(避けるわけにはいかない、これ以上被害を広げてたまるか!)
シールドで、天馬の攻撃を受け止める。ジリ、足元が地面を削った。
ふっ、
次の瞬間。腕にかかる負荷が消えた。
「アハハ! やっぱり銃より直接解体したほうが楽しいわ!」
返り血を浴びながら拭いもせず、偃月刀を振り下ろした挫斬は手に残る感触に酔った。
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地上班による電光石火の奇襲作戦が成功した頃、高所からの攻撃を試みる二人が敵を射程圏内に収めた。
直線距離だけで考えれば近く思えるが、2mの高さの瓦礫を登るには通常の足場とは勝手が違う。
最大4mということは、サーバントである天魔の飛翔高度よりも低く、発見されることに注意を払いながらであれば、なおのこと。
戦場へは出遅れる形となったが、結果的には対ディアボロ戦において敵の出鼻を挫くに至る。
「ルーガちゃんのドーン★といってみよーう!」
ドーンと放たれる封砲が、地上のクロウラーを薙ぎ倒す。倒し損ねは静矢の強撃を籠めたアウル弾が引導を渡した。
初撃以降は、敢えて目立ち敵の意識を引き付けるよう、ルーガは長身をスラリと伸ばし。
懸念があるとすれば天馬の存在であったが、既に地上班によって掃討されていた。
「ルーガちゃん、空中なう(´∀`)」
状況判断を素早く行い、ルーガはそのまま闇の翼を広げた。
だいぶ、ディアボロの陣形にも変化が生じていた。
「虫を潰すには面で吹っ飛ばすのは一番だから……ね! っと」
得物をショットガンに切り替えた由稀が、司の抑え込むクロウラーの胴体を狙う。
「ちっ、アンデッドってワケじゃないだろうに!」
半分に千切れた胴体が、無茶苦茶に周囲を薙ぎ払う様に暴れる。
V兵器だから不要と知りつつ、『無いとリズムが狂う』――傭兵時代の癖でリロードの動作をしながら、由稀は悪態を吐いた。
「活きが良いのね! だったら生きたまま解体してあげる! キャハハ!」
止めは挫斬が嬉々として請け負った。
『きこえますか…… きこえますか…… 最後方が……前線を狙っています……なう(´∀`)』
「!!?」
唐突に脳内へ響く声に、ソフィアがビクリと顔を上げる。
独特な言い回しは、ルーガだ。
(あ。『意思疎通』か)
びっくりした。と、同時に。
残りわずかとはいえクロウラーの巨体が盾となり、死角が出来ていたようだ。
遠方ではルーガが弓を構え、高所からの静矢の狙撃によって、フローティングアイの現在位置はおぼろげに伝わる。
「そろそろ、遊びも終わりかね」
ヤナギは噛みつきに来たクロウラーを軽やかに避け、焔のリングによる魔法攻撃をガラ空きの頭上へと放った。
「そこだね」
身を下げるクロウラー、跳躍するヤナギ。その先に――フローティングアイが控えていた。
しかし、ルーガの助言でソフィアが目星をつけていた。
こちらから見えないならば、敵からも見えないはず。『見える瞬間』を狙っているのだろうと。
そしてそれは、今のルーガからではサポートが間に合わない場所なのだろうと。
今一度の太陽の弾丸が、黒き眼球を貫いた。
(さて…… もうひと押し、というところか)
上空への警戒は不要。敵は地上での戦いに集中。
その隙に、静矢は全力跳躍を駆使して瓦礫の山をひとつ、ふたつ、越えてゆく。低めの部分同士を狙えば難なく冥魔勢の後ろを取ることができた。
(……ここ、だな)
空中で敵との間合いを測るルーガが背面の攪乱に当たっており、正面は主力が。
それぞれと違う角度から攻撃できる場所を割りだし、跳躍一つで地上へ降り立つ。
愛刀『紫電』が、紫色の霧を纏い始める。
「喰らい尽くせ……!!!」
刀を振り抜き、紫鳳翔で残り僅かのフローティングアイを強襲する!
「これで……充分だろう!!」
英雄が、最後の一体となったクロウラーへ薙ぎ払いを仕掛ける。
後方から踏み込んだ静矢が、紫光閃にて身動きも許さぬほどにそれを更に切り裂いた。
●解放された街で、未来に向けて
『撃退完了なう(*´ω`)』
呟きの投稿を終え、ルーガはパタパタと機嫌よく翼を閉じ開きした。
人間界の事物に興味津々のルーガだが、残念ながら、ここには興味を引くような景色は広がっていない。
それでもきっと、人間界で数えるところの何年か後には人々であふれ、ソシャゲ人口も増え、「あらやだアナタあの時の!」なんて出会いもあるのだろう。
そう考えれば、とても有意義な戦いであった。
「仕事の後の一服は、たまんねーな」
「あ、ちょっと火ィ貸して」
「見ない銘柄だな……」
由稀の咥えた煙草へ、英雄がジッポで火を点けてやる。
ヤナギ、由稀、英雄ら愛煙家は応急処置もそこそこに、煙を吐きだしては薄ぼんやりとした空を仰いだ。
此の街で展開された戦いの意味を、理由を、知ることはできなくとも、勝利がもたらすものくらいはわかる。
今はきっと、それでいいのだろうと思う。
全ての敵を倒して倒して倒して、その残骸の真ん中で膝をつき、挫斬は震える自身の肩を抱きしめる。
「あは、どれから解体しようかな! 楽しみ!」
(でもどっから来たんだろ? どっちともハグレかな? ま、いいか!)
初動まで焦らされた分、たっぷり堪能しなくちゃ!
ただの瓦礫の山…… 誰もが、そう思っていた。
サーバントもディアボロも掃討し、ようやく心に余裕が出来て。
「これだけ寄せるのにも、きっと時間がかかったんですよね」
そっと歩み寄り、司が瓦礫の山に手を伸ばした。壊されてしまった建物を、一か所に集めたのだと、復興の軌跡の一つなのだと知れた。
そこから振り返れば、まだ幾つか倒壊した建物はあるが、ほとんどが更地になっている。
「手伝い、できたのかな」
まっさらな土地を見遣り、ソフィアが呟く。
暴れまわる天魔を倒す、自分たちが今回課せられたのは、それのみだけど。
この瓦礫が崩れ、散乱するような結果になっていたなら、街の人々をきっと悲しませただろう。
「ふむ……。戻って来る場所、か……」
二人に並び立ち、静矢は顎に手をあてた。
天使に囚われていた街。
精神を搾取され、その終焉がどういった形であったのかは想像するしかできない。
ただ、こうして『元はあった建物』を崩す必要があり、再び建ててゆく必要がある。
そうして、街は息を吹き返していくのだ。
時と場所、共に遠く離れた故郷だとして。
戻ること、立て直すことをあきらめない――棄てはしない。
人の心の強さに、触れた気がした。
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「……撃退士?」
飛ばしたサーバントが、ディアボロを蹴散らす前に倒されたと報告を受け、ウルは顔を顰める。
「ちょろちょろと、どこにでも現れるな」
「追手を? ウル様」
「捨て置け、俺はディアボロ風情に荒らされるのが気に食わんかっただけだ」
『人間』が戻るというのなら、それはそれで結構なことだ。
配下の大天使・ユングヴィへ、吐き捨てるように告げる。
「しかし、本当に人間が戻るとも思わなかったな……。この調子で励めと、他の者にも伝えろ」
「承知しました」
収穫は、充分だ。
吸いつくした土地で撃退士が何をしようと影響はない。
幾らでも戦い、『人間』へ希望を与えればいい――やがて天使たちの糧となろう。
ふっと目を伏せ、権天使は口元に笑みを刻んだ。