●戦い、終わり
突き抜けるように空は青く、高い。
爽やかな風のもと、騎士や傭兵たちによる御前試合が開催されていた。
姫宮 うらら(
ja4932)――白獅子、爪糸使いの二つ名を持つウララは、丁寧に頭を下げ、対戦相手に向き直る。
各地を流浪する傭兵でありながら、その仕草には戦う人間としての品格が備わっていた。
それこそが、『獅子』の称号を持つゆえんだろうか。
「武芸に秀でた方の技や力を身を以って体験できるなど願ってもない機会。獅子の如く、参ります……!」
リボンを解き、白い髪が躍る。
(勝ち負けよりも)
相手は、騎士団の聖騎士。長槍を振るい、ウララを牽制する。
戦争の最前線でもなければ、騎士と傭兵が正面から武をぶつけ合うこともあるまい。
この機会に、吸収したいことが多くある。
繰り出される槍を純白の斬糸にて絡め取る。
止めた動きをそのままに、ウララ自身はスルリと間合いを詰める。
「っ」
糸を離すタイミングを誤り、振り回される槍に体勢を崩す、右足でなんとか耐える、体当たりの威力を逆手に取り――
「勝負あり!!」
するり、背面から回した糸が騎士の首に緩く巻き付いたところで審判の声が上がった。
「さァて、お立ち会いの皆々様。右も左も老いも若きモ、せっかくの祭り、楽しまなければ損ですよォ」
試合場へ入れない市民たちを相手に立ち回るのは四十万 臣杜(
ja2080)。
国籍こそクオンだが、その名・立ち居振る舞いから敵国や異形とすら通じるという噂も絶たない、知る人ぞ知る『闇商人』だ。
「ただいま、白獅子ウララが快刀乱麻の10人斬りを達成したそうですォ? ヒトは見かけに拠らないとはよく言った。こんな可憐なお嬢さんが大活躍」
次の対戦者は、筋骨隆々の傭兵だ。
さて、11人目も軽やかに猛々しく、爪に掛けることが出来るのかィ?
輪を作る民たちへ、臣杜が賭けのコールを迫る。
(あれは)
賑やかな城下町。
怪しげな客引きの声に、ユウマ……小野友真(
ja6901)が足を止めた。
臣杜も、こちらに気づいたらしい。
長い前髪から、紫色の瞳がチロリと覗き、ユウマを見る。
「……お代さえ頂ければ、相応のモノをご用意致しますよォ?」
「ユウマ」
「わかっとる、オミ。情報料に糸目は付けへん」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、なん――」
臣杜のもとへ踏み出そうとしたユウマの肩を、公私共に相棒であるカズオミ――加倉 一臣(
ja5823)が強く掴んだ。
「貴方が何処の誰であろうと、この王国にいる限り不届きな事は許しませんよ」
この時代にあるかどうかはわからないが、鳴ったからにはあるのだろう、景気よくホイッスルが響く。
「「国畜だ!」」
「自覚はありますが、正しくはありませんね。クオン王国管理官です」
眼鏡の位置を直しながら、臣杜とユウマの間に割り込むのは壬生 薫(
ja7712)だ。
平時は騎士団及び傭兵のパイプ役。
お祭り騒ぎの本日は、御前試合に対し非合法な賭け事を行う者や、きな臭い動きをする者に対して見つけ次第憲兵に引き渡す実働15時間体勢である。
まんまとダブルで引っかかった。
「戦いが終わった事で、どうしても浮ついた空気になる昨今……。実に嘆かわしいことです」
薫が臣杜へ伸ばした手は――スルリとほどかれる。
賭けに使われようとしていた大量の紙片が青空に舞った。
「くっ…… 私は貴方達のように、暇を持て余しているわけではないのですが」
キッ、と薫は傭兵たちへと視線を流すも取り逃した憲兵たちが肩を竦めていた。
「……恐らく、私のような人間は、自由奔放なタイプの人間には嫌われているでしょうね」
せっかくの、お祭り騒ぎへ水を差す。
しかし、憎まれ役は必要なのだ。
沸きすぎたところへ水を差し、度を越えるのを留める役割は必要なのだ。
(せめて、これ以上の騒ぎが起きなければ……上々でしょう)
薫の仕事は、まだまだこれから。
「さテ、次はどこにお金が集まりますかねェ……」
闇商人は、明るい空の下の闇へと、紛れていった。
「ヒバナがか……残念だな。……一言はと思ったが。縁が繋がっていれば、また会う事もあるだろう」
「はい、あまりに急で……。カンナさんが居るなら安心だとも、仰ってました」
試合を次に控えた近衛騎士二人、カンナ――水無月 神奈(
ja0914)と、ヒカルは急に国を去った騎士について思いを馳せていた。
――自分が、居れば。
まさか、ヒバナは察しているわけではあるまい……?
近衛騎士としてヒカルの傍に居て、誰よりもその成長に期待をしているのはカンナだ。
そしてそこには、『自分がいつ居なくなっても大丈夫なように』という不安定な思いも抱き合わせにある。
「今は目の前の事だな。試合、期待しているからな?」
「はいっ、陛下の御前でなんて、めったにありませんよね。……参りましょう。近衛騎士の勇、存分に」
黒髪と青髪の剣士は、頷きを交わし試合場へと進んだ。
陽光に、歯止めのされていない剣が輝く。
跳躍から一気に間合いを詰め、畳みかけるように刃を閃かせるのはカンナ。
刃を傷付けない角度で、力の流れを利用してヒカルが凌ぐ。
「防戦ばかりか!?」
「防御は最大の攻撃、と申します」
「はは。言うな!」
笑い、一度距離を取る。
横薙ぎにヒカルが剣を繰り出す、上がガラ空きだ――
「見え透いたフェイクだぞ」
「!!」
下段からの突きへと変えたヒカルの剣先を、柄で叩き落とす。
しかしヒカルは引かない。片手へと持ち替え、スピードを増して再度、首筋を狙う。
「軽い!」
攻撃角度に合わせ、カンナは刃の背で受け止め、攻撃を滑らせる――すりあげ、弾く。そのまま、ピタリとヒカルの脇腹へと刃筋を当てた。
「そこまで!!」
●想い交差する街角
市場を歩く、少女が一人。
「祭りはいいよねー。戸締りが疎かになって。祝典かー……。面白いこと、転がってないかな」
盗賊カエデ――嵯峨野 楓(
ja8257)は、大胆不敵なプロフェッショナル。
王城の宝物庫(三階)に忍び込み、華麗に脱出した経験もある(三階から)(飛行系魔法・道具などなかった)。
(小物には興味ないけどねー)
異国からの布、珍しい工芸品、瑞々しい果物。
それらを横目に淡々と。
「あ。林檎頂きー」
淡々と、喧噪に紛れてヒョイもしゃあ。
これくらい、朝飯前である。
「本当に、良いお天気……」
旅の占い師、トヨ――五十鈴 響(
ja6602)は、祭り独特の高揚感にも動じることのない、穏やかな自然に目を細めた。
広場の片隅、木陰で店の準備を始める。
(外でもちょっと寛いでもらえれば良いな)
井戸水で用意した水出し紅茶も、そろそろ良い頃合いだろうか。
月、星、そして『占い』の文字を刺繍したハンカチを枝に紐で提げれば準備万端。
客寄せに竪琴を奏で始める。
「失せ物探しも恋占いも、何でもどうぞ」
ふ、と人影が近づいたのを察し、竪琴はそのままにトヨは顔を上げた。
「あ、えーと…… その。私の婚期っていつなのかしら……」
深刻な表情で、もじもじと尋ねるのはポラリス(
ja8467)。
町娘……にしては、服装は豪奢だ。どこかの貴族の令嬢が、お忍びで遊びに来ているのかもしれない。
そこは、深く探らないのがマナー。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
小枝13本を上に投げて落ちた形で占う。
トヨは素早く道具を手に――……
「ねえ、占って貰える? 今日の運勢にラッキースポット<お宝の場所>。それから顔色悪ーい男の情報とか、ね。って、ポラリスじゃない」
「あ、あらやだ偶然ね、うふふ!」
ヒョイ、と令嬢の後ろから覗き込んできたのはカエデだ。
対するポラリスはしどろもどろ、託宣を告げようとするトヨの口を慌てて手で覆う。
「恋愛運でも聞きにきたぁ?」
「え? 占い? やだもーカエデちゃん、そんなの信じてんの?」
ニヤリと笑う『友人』へ、誤魔化しきれない誤魔化しを。
「ヨネなんとかに興味は無いけど。何でも亡霊が国に居るって噂、面白そうじゃない?」
「噂の亡霊ってイケメンらしいわよ? ちょっと見てみましょうよー!」
(危うく聞かれるところだった……!)
心の中で汗をダラダラ流しながら、ポラリスはカエデの肩を掴んでUターン。
「あっ、託宣の結果ですが」
トヨが慌てて立ち上がる。
「待ち人、東に居たり。です」
「ありがとー! あ、お代ね。この林檎あげるわ!」
カエデは、齧っていない方のリンゴをトヨへ。
(一難さったこの国も、これから先はどこに向かうのかしら?)
仲の良い少女たちを見送りながら、両手でリンゴを抱え、トヨは思う。
(今までは一つの目的に同じ方向を向けた国々も、それがなくなった今……。この平和を続けていけるほど、人は賢くいられるかしら?)
吹く風が葉を鳴らし、不協和音を奏でた。
噂。
先の戦いで命を落としたはずの、天上の異形をまとめるヨネックラーの姿が城下で散見されるという。
言葉を交わしたものはなく、しかし容姿の特徴は噂に合致しており。
話が話を呼び、興味を呼び、そして最後は―― 何を、呼ぶのか。
答えは、誰も知らない。
「ヨネックラーくんの観察楽しかったんだけどなぁ……。仕方ない、天上からの命も下ったし、死神参謀としての仕事に戻るか」
どこからか、そんな笑い声が響いて消えた。
●酒場クオンガハラにて
最近はカレーが美味いと評判になり、酒場でありながら昼下がりも人気の酒場・クオンガハラ。
「ヨネックラーも天上の手先であろ〜に、同じ天上のウル大帝とやらに滅ぼされるとはど〜ゆ〜コトであろ〜の〜」
かつて勇者、今は王。どこの国とは言わないけれど。ハッド(
jb3000)はカウンターに頬杖を突き、唸る。
酒に食事、それから情報を求め、人々は集う。
「んー、それは少し違うんじゃないのか。ヨネックラーはクオンに倒されているから、ウル大帝は関係ないな」
独り言と察しながらも、マスターのタツ――強羅 龍仁(
ja8161)が言葉を挟む。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である! 王の威光にかけて、真偽を確かめねばなるまいて〜」
「怪我はしないようにな……?」
「協力者を探し出して、ウル大帝への反抗を画策したいところじゃの〜」
「まあ、大変……。貴方様にも神のご加護がありますよう……」
話を聞き、アスミ……黒名 明日診(
jb4436)が優しげな笑みを差し向けた。
「ああ、シスター。お勤めご苦労様だ」
「薬が絶えない酒場も大変ですね、マスター」
「市場より教会経由の方が安上がりでな」
「あら」
口元に手を当て、品の良い笑みを返すと共に、頼まれていた薬草の類をタツへ渡す。
「夜に、また寄らせていただくわ」
「マスター、華麗なるカレーひとつー!」
「華麗なる、は余計だ」
アスミと入れ違いに明るい声が飛び込んだ。昼休憩にと、巡回中だったカケイが顔を出す。
「やっぱ居ると思ったわ、カケイの兄貴」
そこへ、追うようにカズオミとユウマが姿を見せた。
そして二人の間に、マント姿に西洋弓を携えた少女がチョコンと立っている。
「ああ、この子はギィネ。俺の義理の娘だ」
つい、と前へ出るように銀髪を撫で、カズオミは少女を紹介する。人見知りなのか、カズオミの陰に隠れていた、ギィネ――ギィネシアヌ(
ja5565)は顔だけをひょいと覗かせた。
「娘……? ユウマとのか? ……冗談だ」
流しの傭兵である、ユウマとカズオミだ。恐らく、戦場で巡り合った子供なのだろう。
二人の関係も知っているから、タツは冗談を混ぜて返す。
「オミ、あのおじさんたちは?」
「えーと…… 傭兵稼業の兄貴分、だね。カケイさんだよ。マスターは、タツさん。料理がとっても上手」
「パパの、おにいさん…… カケイおじさんと、タツさん、か」
「タツさーん、カレーよろ!」
『おじさん』の響きに絶望しているカケイを置いて、ユウマがオーダー。
「……あれ? レイちゃんじゃん。こっちおいでよ」
カズオミが別卓に一人でいる女傭兵に気づいた。
「……あー」
呼びかけられ、グラスを傾けていた弓使いのレイ――常木 黎(
ja0718)が顔を上げる。
少し迷った表情を見せ、それからゆっくりと立ち上がる。
「……レイ、さん」
彼女とカケイは仕事を一緒にすることもある。
ただ、その名が昔の想い人と同じで、呼ぶたびにカケイの心に波紋を起こしていることを彼女は知らないだろう。
「や、この間ぶり」
からかい半分でレイがカケイの腕に抱き付いてみれば、ガタガタガタと周辺の椅子が薙ぎ倒れた。
「……カケイ、その耐性の低さはどうかと思うぞ」
「相手! 相手にもよるます!!」
「え」
「あ、いや、えーと」
タツの揶揄へ勢い余って返した結果、実に微妙な空気が流れる。
(やばい。今、絶対誤解された)
そも、理解されているかも怪しい。カケイは赤毛をかきむしり、項垂れる。
「その。昼間から呑んでたの?」
「……んー。特に目的があるわけでもないしね。会いたい人に会い、戦いたい所で戦うだけさ」
「そっか」
つい、と視線を逸らすレイの仕草は猫のようにそっけない。
猫のよう、のその意味を、カケイもまた深く知りはしないのだが。その辺りは、レイ本人も曖昧な部分だ。
「戦が終わって暇でさ。カケイさんは、今日は何の仕事?」
空気を変えるよう、カズオミが話題を振る。
「祭りの一日の、サービス巡回業務ー」
「あはは、なにそれ。巡回なら付き合うよ、な?」
つまり、タダ働きだ。
カケイへ、そんな無茶振りをする相手など絞られるし、内容からもお察し。
カズオミは、ユウマやギィネ、レイへ話を振る。
「華と男手で完璧やな!」
先ほどの微妙な間を気にするレイを、ユウマが強引に取りまとめた。
「超辛口お待ちどうだ。カズオミとユウマのはもう1段辛くしておいたぞ」
「なんでぇー!!?」
「オミ、あーん」
「ギィネ? 今、更に激辛ソース足したよね? ギィネ?」
「……パパ、いや?」
「愛娘の願いを断る父がどこにいるか!!」
(絶叫)(しばらくお待ちください)
「父と言えば」
カズオミへ5杯目の水を差し出しながら、タツがカケイへ話を振る。
「……チヨの事、どうするつもりだ? 何時までもこのままというわけにはいかんだろ?」
「ああ……。もう15になるのか」
チヨ――彪姫 千代(
jb0742)は、カケイがかつて助けた少年だ。
当時は幼く、カケイを追い傭兵になりたいと言い募るのを『15になったら』と誤魔化し続けていたのだが。そういえば、今年に入ってからは顔を合わせていない。
「母さん! 父さん今日来たのかー!」
噂をすれば。
「おう、此処にいるぞ。よかったな、ようやく会えて」
「……! 父さん!!!」
(絶叫)(しばらくお待ちください)
カケイはチヨから抱き付き突撃を受け、カウンターテーブルとの板挟みになり背骨が悲鳴を上げている。
(……母さん? ……父さん、って)
どういうことなのだろうか、とタツとカケイとチヨの三人を見比べるレイだが、どこから訊けばいいのかよくわからない。
タツとカケイが夫婦だとは思わないし、しかしカケイに子供がいるとは 可能性としてはないことも無いかも知れないが え どういうことなの。
「カケイさん。フォロー要る?」
「140字で頼む」
カズオミはしゃがみ込み、応急手当てをしながらカケイへ声を掛けた。
●喧噪に紛れ
「武装曲芸師レイバルド一座、期待の新星イリスちゃんだよー! 芸は空中遊戯、よろしくね♪」
傭兵兼任サーカス・武装曲芸師レイバルド一座。
一座としての出し物に先駆け、広場の華やかさに耐えきれなくなった、イリス・レイバルド(
jb0442)はスペースを空けてもらうと一人で曲芸をスタートした。
美少年美少女の撃退士のみで構成される一座だから、全員集合すると自分が霞んでしまうからとかそんなことはない!
「取り出したるは魔法の光の玉。これをぽんぽんぽーんと投げましてー」
背中から、魔法の翼を生み出し、光の玉をキャッチ。翼をはためかせ、再び玉を放る。
高く高く空へと投じられ、風に流されるそれを、イリスは軽やかに踊るように、飛行しながらキャッチしては放り投げ。
周囲の手拍子を誘い、光の玉を増やしてゆく。
「さぁ、名残惜しいけどそろそろ仕上げだよ♪」
宙返りしてからの着地、イリスを追いかけ光の玉が残光で彼女のサインを描く。すっと伸ばした指先に、最後の光が止まり―― フィニッシュ。
蝶のような花のような、可憐で力強いアクロバティックに、惜しみない拍手を!
(気ぃ抜いたときが一番危ない、ってな)
ぱちぱち。
少女の曲芸へ手を叩きながら、ライアー・ハングマン(
jb2704)は人混みを泳ぐように歩いた。
ギルドで引き受けた『城下街の巡回任務』。
「栄えはなくとも、裏方は必要だからな……」
この国での御前試合に興味が無いわけではなかったが……自身の奥の手を大衆に晒す危険性と天秤に掛けた。
「ま、次に行く町の情報を集めつつ城下街を巡るのが良いだろ」
なにしろ放浪傭兵、道のりは長い。
長いといえば……。ふと、装備に目が行った。
せっかくだから、今回の報酬で買い替えた方が良いだろうか。
「結構愛着はあるんだがなぁ……」
前の戦いで酷使したせいか、寿命は近いように思える。修理で保つか?
「……鍛冶屋に顔出すのも悪くないか」
きっと、腕のいい職人もいるだろう。
気を取り直したところで、ライアーの耳がピクリと動いた。
「――来た、か!!」
「食い逃げよーーー!!!!」
実に、しょっぱい事件だった。
(……けど、異形!?)
声の方向へ視線を走らせるライアーが、武器を持つ手に力を込めた。
逃げながら、カラースプレーを手に走り回るのはリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)。地下の異形の姿をしている。
(紛れ込んでいるのは、ヨネックラーだけじゃないのか!?)
意思を持つ異形の中には、人の世へ『落ちる』ことを選ぶ者も居る。
しかし、『彼ら』と『敵対者』を、外見で判別することは限りなく難しい。
(ヨネックラー、ていう奴を探すの手伝えば、お菓子を奢ってもらえるみたいなんだよなー)
リンドは、たまたま通りかかったこの国で、『ヨネックラー』なる存在に関する噂を耳にする。
それも、一つや二つじゃない。
イケメンだとか、お宝だとか、顔色悪いとか、情報量に糸目は付けないだとか――。
(天上関係者だとしたら、地下の悪魔が暴れれば動くんじゃないか?)
迷案という名の名案だった。
素直に、探している人物へ協力を申し出れば効果的な行動をとれたのかもしれないが、それができたらこんなことにはなっていない。
こんなこと:どう見ても一般人を悪魔が襲っています
「イベント事でハプニングは付き物! 颯爽と駆けつけて解決しようじゃねぇか!!」
ライアーの鞭がしなり、リンドの進行方向、石畳を砕く。
「!!?」
視界を遮られ、リンドが足を止めた。
「……ようやく現れたか! ヨネックラー、だな?」
「え?」
「え」
「え」
(異形……)
ふ、と耳に入った単語に、見習いシスター・若菜 白兎(
ja2109)が足を止めた。
(……ヨネックラーさん)
討たれたという敵将を、思い起こした。
どれくらい前だろう。恐らくは彼本人と、遭遇したことがあった。
困ったような表情を浮かべたあの人は、悪いようには思えなかった。
異形は怖いし、あの戦いで沢山の犠牲がでたことはわかっている。
それでも……
「あの人は自分のお仕事を最後まで頑張って、ようやくゆっくり休めるようになった……って考えて、いいのかな」
遠く、教会の鐘が鳴る。
白兎は、瞼の裏に残る顔色の悪い男を思い、黙祷した。
(それでも、噂が本当で……もし会えたら、今度は受け取ってくれるでしょうか……?)
不要と言われた、おやつや飲み物。できることなら――
ふっ、と彼女の横を、黒い影がすり抜けて行った。
「!? ヨネックラーさん……?」
呼びかけ、しかし影は消えてしまう。幻影だろうか。
そして、白兎は気づいた。気づいてしまった。
「一緒に来てた見習い仲間のみんなとはぐれちゃったの……」
『来た道を、逆にまっすぐだ。もう余所見はするんじゃない』
「え?」
振り返る。
誰もいない。
握っていたお菓子が一つ、減っていた。
日が、傾き始め。風向きが変わる。
「……少し、胸騒ぎが酷いな」
元クオン王国近衛騎士・ユメノ――君田 夢野(
ja0561)は、風の流れへ目を細めた。
この数年。様々なことをユメノは経験してきた。
騎士に疑問を抱いたこともあった。
愛した音楽へ駆けたこともあった。
そして今は―― 『吟遊詩人・ユメノ』ではなく、『情報屋・ジュンの護衛、ユメノ』として、再びクオンの街へ足を踏み入れていた。
「さて、……お前が賢明ならどうするべきか分かるよな?」
視線を、戻す。
祭りに乗じて暴れていたチンピラを神速の剣で薙ぎ払い、そして親玉へその剣先を突きつける。
「あんたの記憶、根こそぎもらってくで」
ユメノの陰から、すっとジュン――亀山 淳紅(
ja2261)が姿を見せ、その額へ手を翳す。
「……ヒバナ、大帝…… 顔色の悪い…… ん、こんなもんやろ」
「ヒバナ?」
「知ってるん、ユメノ君?」
失神したチンピラをそのままに、二人は歩き始める。
顎に手を当て、ユメノが長く考え込んでいた。
「あ、ジュンちゃんやー!」
二人の間に横たわる沈黙を、明るい声が打ち消した。
「ユーマ君。ちょうど良かった、探しとってん」
「……例の、掴んだん?」
「情報屋ジュンに、お任せあれ」
「しっびれるぅー」
ハイタッチ、その際に『情報』と『情報料』の交換を。
路地の向こう、ユウマを呼ぶギィネの声が響いた。『やる気ないのか』とオマケが飛んでくる。
「行かな。おおきにな、ジュンちゃん」
軽く手を振り、ユウマは傭兵仲間たちの元へと戻ってゆく。見届け、ジュンは相棒へ向き直り……異変に気づく。
「ユメノ君?」
「悪いな、ジュン……やる事が出来たわ、俺」
旅立った女騎士ヒバナ。
暗躍するウル大帝。
長い戦いに一つの終止符は打たれたが、全てが終わったわけではない。
ユメノはかつて騎士を捨て、自由を得たと思っていた。
違う。そうじゃない。
「気楽に過ごした放蕩の日々も惜しい。それでも、俺は騎士になる時に誓ったんだ。――人類の平和を脅かす天魔を撃ち退けるのだと」
騎士団へ戻る。
相棒の瞳をまっすぐに見つめ、ユメノは決意を伝えた。
「そ、か。せやな。故郷の危機やもんな」
ジュンの声は、震えていた。
腕が立ち、音楽を愛する相棒に巡り合えて。
この先ずっと、こうして歩んで行けるのだと思っていた。
(いやや)
言えない。
(もっと、一緒に)
できない。
だったら。
「なら歌おう。共に奏でよう! この歓喜の声に負けぬ、最高の音楽を!」
旅立ちは華やかに。――せやろ? 相棒。
●暗躍
「一気に湧いて出たな!」
「逢魔が刻って言いますもんねぇ」
「二手に分かれるか。千代、レイさん、俺と一緒に。オミ、そっちは任せた」
「了解!」
御前試合も終わり、広場が賑わいを増す頃合い。トラブルが多発していた。
「カケイさん。チヨくん、いないんだけど」
「……は!? あれ!!? あのデカイの、どうやったら迷子になるんだよ!」
「デカイのだらけだしね……」
「さすが御前試合終了後。あいつ腕っぷしはあるから、やりすぎが心配なんだよな」
「探す?」
「んー。ここはスパルタで」
優先すべきは何かといえば、一般市民だ。ここは止むをえまい。
レイは短く頷いて、得物をナイフへ持ち替えた。混戦になるなら、こちらの方が勝手が良いだろう。
人と人、悪意と善意、悲鳴と歓喜が入り乱れる逢魔が刻。
賑わう酒場、その中で一人佇む美女の姿があった。
「ブルームーンを」
昼とは一転し妖艶な衣装の上に黒ローブをまとうアスミの、テーブルを背後から指先が叩く。
「あら、あたしと『お話』したいのかしら……?」
アスミは、妖艶な笑みを浮かべ、ユウマへ振り向いた。
「そうね、死んだ者に会う方法はいくらでもあるけど」
シスターとしての危険発言を前置きに、情報屋アスミは今日一日での『彼』に関する情報を与えた。
「あまりにも多いわ。『ダミー』の存在を疑うべきね。あ、これはあたしからの追加情報ってことで料金上乗せよ」
情報は近所の噂話から国家レベルの情報まであるという彼女の仕事だ、追加情報含めて頂戴するに限る。
YESかハイしか、選択肢はなかった。
「オミ、ユーマはどこに行ったのだ?」
こんな時に、仕事を放りだすような奴じゃない。
パパを巡るライバルのように感じているけど、ギィネは戦士としてはユーマを認めている。なのに。
「ちょっと迷子になったかな。小さいしな、あいつ」
「そうか。それもそうだな」
小さいもんな、男なのにな。
納得し、ギィネはオミの援護に戻る。
(邪魔しない代わりに、積極的な協力もしないぜ、ユウマ。それでいいだろ?)
心の中で、カズオミは相棒へ問いかけた。
――アラン、
庭の辺りから呼びかけられ、アラン・カートライト(
ja8773)はテラスから身を乗り出した。
「遅かったな、ユウマ。ダンスタイムは終わったぜ?」
彼の傍らには、フレデリック・アルバート(
jb7056)の姿がある。
クオン王国貴族の社交界、今夜は祝典に合わせてのパーティーが開かれていた。
「上層部で掴めた情報はこれだけだ。で、これがこっちから流したもの」
「さっすが、元内通者やんな」
「ヨネックラー専のお前に言われたくねえな」
愛と裏切りのユウマ、とは裏の称号だ。
「一時は手を組んだよしみだ、精々足掻いて頑張れよ。逃亡ルートまで立ててやったんだ」
「おおきに。けど、ここまでしてもろて……なんや悪いな」
「俺達には俺達の、目的があるからな」
気にするな、とフレデリックが応じる。
従兄弟同士で恋仲、というのはこの国ではあまりにも生きにくい。かといって、敷かれたレールから飛び出すことも困難で。
今回の騒動に乗じ、二人は国を抜け出す算段でいた。
まさに、渡りに船と言うやつだ。
「そか。……俺も、強欲に生きるて決めたわ」
愛さえあれば、どうにかなるやろ。
ユウマは笑い、そして闇へと駆けて行った。
「父さん! もう逃がさないんだぞー!」
くすんだ外套の後姿へ、チヨが飛びつく――瞬間、フワリとソレは質感を喪った。
「おー? 父さんじゃないんだぞ? でも傭兵なら俺を一緒に連れて行って欲しいんだぞ! もう父さんには頼まないんだぞ!!」
「初めまして、ボクは天上の死神参謀サンポ、残念だけどキミのお父さんじゃない。……それでも、来る?」
「しに、がみ……?」
日中に、ヨネックラーと思わせる『影』を散らしていたのは、サンポ――犬乃 さんぽ(
ja1272)によるものだった。
影と影が行き交い、あるいは本物も混じっていたかもしれないが……。
道化師のような姿で大鎌を持ち、サンポはチヨへ微笑んだ。
騒動は収まるどころか膨れ上がる一方だった。
東方面では美少女怪盗コンビの登場に、国畜管理官は残業を強いられている。
(動いたか)
カズオミは駆け寄る相棒の姿を確認した。
「足が必要だろう――早く離れる事だ。いずれ、人が来る」
「サンキュ」
「おおきに」
カズオミと共にユウマの到着を待っていた島津 忍(
jb5776)は、あらゆる逃走ルート・手段をメモした紙片を渡した。
金払いの良い者の下につき、求められる情報を手段を選ばずに入手・売買していた情報屋。
時には依頼人の情報さえ売り渡すことから、忍に関する評判は真っ二つに分かれる。
今回の依頼は―― 国外逃亡。
ユウマが個人的に追って追って追いまくった人物をかくまい、そして、目指すところ。
「こんな物好きな依頼、どうして引き受けてくれたん?」
「ふん、いずれ金になる。それだけだ」
「やだクール」
「仕方ねぇな、お前の選択にベットするわ」
「……オミ」
「行こうぜ、時間が無い。走れるか、ギィネ」
●閉幕、そして・・・
「やっと会えたな……。これ、覚えてるやろ」
暗闇へ、ユウマが声を投じる。こちらからは見えないが、向こうには見えているだろう。ユウマの手には、かつて『貢いだ』ものがある。贈り主は自分であると伝える。
闇が、動いた。
「……俺らと一緒に、この国出ません? ここは一旦引く所やん。引きに来て、そんで詰まってしもたんやろ?」
敵の懐に飛び込む――それは面白い案だったかもしれないが、事態はあまりにも急速に変化していた。
「悪いことは言わへん。俺に拾われてください」
――物好きな、
闇の奥から、掠れた声が響いた。
泣き出しそうになるのをぐっとこらえ、ユウマは余裕を気取る。
「物好き上等! スリル満点やろ? 亡霊OK、俺の守護霊なって下さい」
そこで、ようやく闇が笑った。ほんの、微かに。
「物好きが多いな、この国は」
――と、行ってるはずだ。
フレデリックの肩を抱き寄せ、アランが耳打ちする。
「あんな乾涸らびた日々に戻るなんざ、御免だ」
「……これから、何処へ行こうか?」
「お前が居るのなら、何処へだって」
もうすぐ、船が出る。
大河を下り、海に出てしまえばあらゆるしがらみから解放される。
何処へ行こう?
何処へ行ったって。
真実の愛は、此処に在る。
「俺が歴史を創ったその時は、俺を詩に歌ってくれよ」
「歴史は公平に歌われなあかん」
「ああ、もちろんだ」
人も異形も関係なく。絶対の中立者。
音楽を愛し、真実を愛するからこそ、ユメノとジュンは、それぞれの道を選ぶ。
道は違えど行きつく先は、大河のその先、一つの海であるように。
叙事詩の語り部、担い手として、歩み続けるだろう。
あるものは宛無き旅路へ
あるものはウル大帝を追い
またあるものは国へ忠誠を捧げる
休息は、ほんのひととき。
戦士達は、歩き出す。
その先に何が待ち受けているのか?
それはまた、別のお話。