●流入ゲート
雨水ポンプ所の地下一階へ続く階段を三人の撃退士たちがコツコツと靴音を響かせながら降りて行く。
階段を降りると、そこは流入ゲートとなっていて、下水道から流れてきた雨水の川が一方向に勢いよく流れている。
「どうかお気をつけて……」
所長は、一礼すると、降りてきた階段の上へと戻って行く。
「雨が降る前に終わらせてないといけませんね……」
小さな撃退士、雫(
ja1894)は流れる雨水を遠目で眺めながら、ため息をつく。
今日の彼女は髪をお団子頭にして、ダイビングスーツにシュノーケルという、まるでこれから海底に潜ろうかという恰好である。
身長が低いので水中戦になること必須、なので……初めからそれらしい恰好で攻めてみる。
「敵はスライムか……大した能力は持っていなさそうだが、気を引き締めて討伐にかかるか……」
スナイパー気質の霧崎 雅人(
ja3684)は、漆黒のロングコートに身を包まれながら、呟いた。
事前の下調べは万全だ。
「手早く片付けてしまいましょう。余り濡れたままでもいたくありませんしね」
漆黒の軍装姿のマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は、灰銀の髪をかき分けながら、淡々と言い切る。
だが、黄金の眼光は輝いている。
気合はばっちりだ。
「ところで、あれ、なんでしょう? 『感知』のスキルで確認しましょうか?」
マキナは細い人差し指を、流入ゲートへ下水道か流れ込んでくる出入口付近を差して仲間に問う。
何かが、うようよしているような?
雫は両目を閉じ、神経を集中させ、流入ゲート全体にまるで彼女の意識が行き渡るかの如く、この部屋にある全てのものを感じ取ろうとした。
そのときだった。
がっしゃあああん、ざああああ!
撃退士たちが遠目で眺めていた先―流入ゲートへ下水道か流れ込んでくる出入口付近―の壁が破壊されていく。
「あれは……と思っていたが、もはや間違いないだろう、スライムだ!」
雅人は、声を押し殺して、仲間に向かって小さく叫んだ。
「『感知』したところ、どうやらあそこに三匹固まって悪さしているようです」
どうやらこのゲート内では、あの三匹がターゲットの敵だとわかった。
「では、例の作戦に移りましょう!」
マキナが号令をかけ、残りの二人は力強く頷く。
全長縦50mある足場(階段から降りてきたところからは中間地点で縦25mの位置)をそっと歩みだし、スライムが暴れている付近まで気配を殺して近づいてみる。
三人は、こっそりと気配を潜め、下水道から流入ゲートへ雨水が流れ込んでくる付近間近の足場(縦25m移動)までたどり着く。
足場は横10mあり、撃退士たちは水場に10mぎりぎりの地点まで近づく。
水場の方は全体で横30m×縦50mの面積である。
スライムたちの現在地点、水場内の横15m、縦0m(下水道と流入ゲートの境界線の位置)。
撃退士たちとスライムたちの距離、直線で横15m。
どうやら、水色に輝く三匹のスライムたちは、こちらの様子には全く気がついていない。
それどころか、三匹は境界線付近の壁を破壊する活動に夢中である。
「随分と派手にやってくれるな……」
雅人は黒い拳銃(リボルバー LV 1)を、がちゃり、と構え、いつでも狙撃できる態勢を取る。
「水中だからと区別出来ないほどではない様ですね。助かりました」
マキナは水色の光沢を目印として、水場に飛び込む用意で構える。
水場で足を取られるとまずい。
事前に移動力を高める為に……。
彼女の右腕から光纏の黒焔がうねるように輝き発現する。
脚力に自然と力が湧いてきて、淡く光り出す……すなわち「神速縮地」のスキルが発動。
さらに、闘争心を解き放ち、みるみると全身が燃え上がるように力が湧いてくる……こちらは「創造≪Briah≫『神天崩落・諧謔』」のスキルを発動。
「では、飛び込みましょう!」
雫はシュノーケルを目元・口元にセットし、同じく飛び込む用意で構える。
やはりまずは、移動力の確保……。
彼女の脚部は発光した白い風に包まれる……すなわち「縮地」のスキルを発動。
水場では思うように能力を発揮して戦うことは難しいだろうか。
ならば、事前に闘争心を解放させ、光り輝く火の粉が彼女の全身に舞い上がる……「闘気解放」のスキルを発動。
ざぱああああん!
マキナと雫は水場に飛び込むや否や、「縮地」系のスキルで強化された移動力をバネにして、スライム目がけて突き進む。
さすがに二人も近くに飛び込んできたとなると、スライムたちも撃退士たちに意識を向け、破壊活動を中断する。
水場で対面する、撃退士たちとスライムたち。
両者に睨み合っている暇はない。
マキナはさっそく攻撃を仕掛ける。
忍苦無と鋼糸を取り出して、と……。
「それっ!!」
マキナは先制攻撃を繰り広げるが、水上に体の一部を出していたスライムたちは、素早く潜伏。
三匹共に、水底にうようよと這いながら、反撃のチャンスを窺う体制に移行した。
スライムの一匹は、マキナの背後に回り、水底から「タックル」をかまし、のしかかってきた。
「ぐわあああ!」
二匹のスライムたちも集り出し、マキナを水中に沈めるつもりである。
「マキナさん!!」
マキナを助け出そうと雫は水面下に潜るが、地の利は敵の方にあり、スライムたちは雫にも絡み付き、水中に沈めだす。
「きゃあああ!」
そのとき……。
パパン!
拳銃の火を噴く音が響き、銃弾がスライムたちをかすった。
びびったのか、敵は攻撃を止める。
射程8のほぼぎりぎりの範囲から撃ち込んできたのは、雅人だった。
「安心しろお前たちは俺が活かしてやる!」
雅人は仲間を激励するように叫び出した。
水中に沈んでいた二人は、激励が効いたのか、勢いよく水上に顔を出す。
「ならば……拳の連打で!! 私が敵に殴りかかりますから、二人は隙を見て仕留めてください!」
マキナはナックルバンドに持ち替える。
巻き返したかの如く、猛烈な勢いでスライムたちに向かって拳の連打。
スライムのうち二匹は後退したが、目の前の一匹はマキナに向かってきた。
ナックルバンドの連打から鋭い一撃がスライムを……。
ざっっぱああん!!
交戦中だったスライムは弾き飛ばされ、もう二匹は水底に身を潜める。
だが、今の一撃で敵の気力はだいぶ削がれているだろう……。
さらに……。
パパン!
雅人の拳銃は流入ゲートと下水道の境界線付近を狙い撃つ。
今度は、牽制射撃をして、敵を下水道へ逃がさない為の誘導である。
マキナの反撃と雅人の援護により、スライムたちの優勢は劣勢に変わり、おどおどとたじろぎ出す。
(これで、トドメです!)
身長が足りないせいで立てなく、水中に潜っている雫の両手からは、ヒヒイロカネの変形によりフランベルジェ LV 6が生成。
アウルの力が大剣に集中し、真空が生じる。
彼女が大剣を振りかざすと、衝撃波が直線状に解き放たれ、その軌道は水上を這う三日月を映し出すかのようだった。
彼女の目の前に直線状でうようよしていたスライムは衝撃波に吹き飛ばされ、跡形もなく飛び散って行く。
どうやら、勝負はついたようだ。
最後のスライムは、逃亡を試みるが……。
パパパン!!
16m先から鋭い銃弾が撃ち込まれ、スライムを構成している核の部分に、銃弾が貫通し、スライムの動きが止まる。
水面ぎりぎりの足場から拳銃に火を吹かせ、渾身の「ストライクショット」を放ったのは、無表情の雅人だった。
その後、皆、しばらく静止していたが、どうやら敵の気配は全くしなくなったようだ。
「ふう……。こちらのゲートは殲滅しましたね。あとで所長さんに言ってポンプを動かして貰い、敵がいなくなかったか確認しましょう」
雫は水面から足場へ這い上がるや否や、仲間に確認を呼び掛けた。
●放流ゲート
一方、放流ゲート班は……。
所員の雨宮潮に案内され、撃退士三人は一階の内部外部共通の場所にある放流ゲートの階段をコツコツと上がって行く。
水の流れは、流入ゲートの沈砂地を通って、洗浄されポンプを潜り、堤防から放流ゲートへ流れ込み、一方通行で、東京湾へ向かって流れている。
「皆さん、ご無事で!」
雨宮は案内が終わると、そそくさと去って行った。
「害獣駆除……や、獣じゃないね。まぁいいさ下積みも大事だからねえ、キャリア的な意味で。さ、手早く片してお駄賃(報酬)貰って帰るとしようか」
コンバットドレスに身を包んだインフィルトレイター、常木 黎(
ja0718)は、へらへらと笑いながらも、気力の満ちた表情でそう言い放った。
「雨が降る前にサクサク始末しないとな」
男子服に身を包んだ男勝りの剣士、礼野 智美(
ja3600)は放流ゲート全体を見渡しながら、遠目でスライムを探してみる。
「アハハァ! 雑魚は雑魚らしく惨めに朽ち果て死に絶えればいいのよォ……!」
魔術の実験をするときのような表情を浮かべている魔女……ではなく、忍者(鬼道忍軍)の黒百合(
ja0422)は、スライムが潜伏しているであろう水場へ顔を向け、目元と口元を緩ませる。
「さあて、スライムはどこにいるのやら?」
智美はぐるりと見渡し、肉眼でスライムの位置を確認しようとするが、敵はなかなか水面上には姿を現さない。
「―ん、見えないこたないか」
黎は愛用の銀色の拳銃、シルバーマグWE LV 3を、がちゃり、と構えだす。
「フフゥ……。スライムなんて、目の前にいるじゃないかねェ?」
黒百合は水場の中央に視線を注ぎながら、智美に知らせる。
二人は、「感知」のスキルで、全身の神経を集中させ、意識を放流ゲート中に張り巡らせて、スライムの居場所を突き止めていた。
「あの、常木先輩、解説してもらえませんか?」
智美はそのスキルがないので説明を求める。
「うん……。はっきりと見えないけれどね、私たちの目の前、そうだね、横15m先にスライムたちがいるよ。そしてその三匹は、お互いに2、3メートルぐらいの距離感覚でうようよ泳いでいるみたい」
補足になるが、三人は階段を上ってきたところで足場に出た。
足場は流入ゲートと同じく、横10m×縦50m。
黎たちがいる地点は、足場が水場に接しているぎりぎりのところ、階段から10m横であり、縦でいうと25mの地点。
水場の方も放流ゲートは作りはほぼ同じ。
横30m×縦50mである。
スライムたちがいる地点は、黎たちがいる地点から15m横に移動で、縦でいうと25mの地点。
だから黎と黒百合からすれば、目の前にスライムがいる、という感覚らしい。
「じゃあ、打ち合わせてきた作戦通り、やってみようか?」
黎が号令をかけると、残りの二人は、元気よく返事する。
「まずは、阻霊符をと」
智美は阻霊符を展開し、最初にスライムたちの透過による逃亡を防止する。
「個人的に刀の方が慣れ親しんでいるけれど、今回は仕方がない……」
智美は、刀ではなく、拳銃、オートマチックP37を、がちゃりと取り出し、構える。
「智美ちゃんは、銃撃戦は無理しなくていいから。それよりも敵が向かってきたら斬りかかってね」
黎は笑顔で智美を励まし、自身も15m先の水中にいるであろうスライムに銃口を向ける。
「じゃあ、いってきまあすゥ!」
黒百合は足場から水面へと足を運ぶ。
ぽしゃり、と落ちることなく、まるで地上を歩いているかのように、とことこと歩いていく。
「水上歩行」のスキルを発動すれば、ざっとこんなものだ。
「フフフン……。このへんかなァ?」
黒百合が歩み寄ってくると、スライムたちは、ただならぬ殺気を感じたようで、ゆらゆらと忙しく泳ぎ、分散して行こうとする。
そのうち一匹は、黒百合に向かってきた。
「あ、危ない!」
パパン!
智美は拳銃を撃ち込むが、スライムには当たらないものの、威嚇効果にはなった。
「あ、そこ!」
パパン!
黎は智美とは別の方向、東京湾の方へ拳銃を発射。
東京湾側へ逃げ出す敵を牽制。
「待てェェェ!」
鬼気迫る形相の黒百合から禍々しい光纏が発せられ、腐泥と血液で構成された巨大な二つの左手が蠢きながら水面から現れる。
巨大な左手は、直線状のスライムたち目がけて、ぐしゃり、ぐしゃり、と振り下ろされる。
さらに左手たちは腐泥と血液を撒き散らし、スライムをぐちゃぐちゃにしていく。
黒百合の必殺のスキル、「爛れた愚者の御手」は、見事にスライムを木端微塵にして叩きのめした。
「さてェェェ! 生きてる、生きてるわよねェ! 簡単には死なないでよォ、それじゃないと私が僅かな時間を楽しむ暇すらないじゃないのさァ!」
黒百合はあっけなく消えて行ったスライムに激怒し、怒鳴り飛ばす。
さて、残り二匹のスライムたちはどこへ行った?
彼女が「感知」し、スライムを探すと、一匹は足場へ逃げて行くのがわかった。
「逃さないわよォ……逃げれないわよォ。蹂躙して殺し尽くすまで逃さないからァ!」
「水上歩行」、で走りながら、彼女はスライムを追っかけまわす。
智美は、そろそろスライムがこちらへ来るだろう、と忍刀・雀蜂へ持ち替え、中段で刀を構える。
やっぱり、刀の方が落ち着くな。
お? こっちに来るぞ!
一度、阻霊符から手を離してしまうが、この際、仕方がない。
向かってきている敵を迎え撃つ!
「とりゃあああ!」
智美は金色の光纏をまとい、体全体が燃え上がる炎に包み込まれるような気迫を発揮。
忍刀・雀蜂を振りかざし、向かって来る敵に「飛燕」の衝撃波を薙ぎ放ち、スライムを吹き飛ばす。
吹き飛んだスライムは水面にどぼん、と落ち、あっけなく果てた。
黒百合と智美が水場半ば付近にいる二匹のスライムたちと戦闘している頃……。
黎は東京湾方向へ向かって、足場を必死に走っていた。
「間に合わせる……!」
必死なのは黎だけではなかった。
スライムは、黒百合の殺気を感じ取り、もはや勝てないと悟ったのであろうか、東京湾目指して一目散に逃げ出す。
スライムはなかなかの泳ぎであり、そろそろ東京湾出口へ差し掛かろうとしていた……。
「逃がすかって!」
黎はその場から、銀色の拳銃を標的へ定める。
スナイプゴーグルの助けもあって、標準が段々と定まっていく。
敵の位置、東京湾出口まで、あと……3m……2m……1m……、そろそろぎりぎりだ。
ここで撃たないと後がない!
黎は神経を尖らせ、渾身の祈りを込めて、静かに「ストライクショット」を撃ち込んだ。
パパパン――!
乾いた火薬の銃声が響き渡り、スライムの核部分に銃弾が命中し、スライムは弾け飛んだ。
「こんなのに梃子摺ってちゃ格好つかないよねぇ」
黎は仕留めた安堵感で脱力し、冷笑する。
放流ゲートの敵は全滅したようだ。
「さて、こっちは終わったから、流入ゲート班を見てくるよ」
黎はそう言って、流入ゲートへ急ぐ。
黒百合も楽しそうに黎について行った。
「じゃあ、俺は、機械室へ行くか。音の調子を確かめよう」
智美の方は、機械室へ急ぐ。
結局、どちらのゲートでも敵は全滅していたことが確認された。
こうして撃退士たちに活躍によって、雨水ポンプ所に平和が戻り、次の雨の日に治水の危難がなくなったそうだ。
<完>