●ラムネ工場に来たぞ!
機械音特有の無機質な音が響き渡り、働く人たちの大声がせわしく飛び交い、子どもたちのはしゃぐ声があちらこちらから聞こえてくる。
今日、久遠ヶ原学園小等部二年の初見クラスと抽選に当選した学園生は、茨城臨海ラムネ工場に遠足に来ていた。
「おちびちゃんたちー! フラフラとどこかへ行っちゃわないようにね!」
小等部の最前列で子どもたちを誘導しているのは、アルレット・デュ・ノー(
ja8805)である。
ラムネこうじょうにきたぜ、イェイ! と、はしゃいで列を乱す子どもたちを注意しているところだ。
「ふふ……ラムネ工場なんて、とてもわくわくしますよね」
アルレットの隣で、同じく小等部の子たちを最前列で一緒に誘導しているリゼット・エトワール(
ja6638)は、がんばるアルレットを眺めながら笑顔になる。
後列の方ももちろん忙しい。
「あ、危ない! 車が!」
或瀬院 由真(
ja1687)は、工場を行き交うフォークリフトに飛び出しそうになる子どもを引き寄せた。
由真は、後列から誘導に協力しているところである。
「いや、本当、すみません。助かりました、ははは」
この遠足の責任者、初見小次郎が子どもに代わって礼を言う。
「ああなってるんだ、そうなんだー!」
誘導に協力しているはずの男、ジェニオ・リーマス(
ja0872)は小学生に戻ったかと思われるぐらい、激しくはしゃいでいた。
フォークリフトがラムネボトルの詰まっている段ボールを運んでいるシーンで大喜び!
「ふふふん、ふん♪」
誘導に協力しているもうひとりの男、鷺谷 明(
ja0776)は工場の機械や働く人たちを遠目で見ながら口笛を吹いていた。
まったり行こう! そうだまったり! にやり!
工場の出入口から、働く人とフォークリフトが通る通路を抜け、いよいよラムネを造る機械とご対面。
工場の従業員たちは、段ボールから空のラムネボトルを機械の前で並べている。
速度の速いベルトコンベアーに次々とボトルを置いていく。
どうしよう……? 何か質問した方が良いだろうか?
子どもたちに交じりながら、好奇心を胸にさくさくメモを取っていた冬樹 巽(
ja8798)は思い切って質問をする。
「あの…質問が……。その、ラムネって、なぜその名前なのでしょう……?」
案内役の従業員は、質問しても大丈夫かな、と不安な巽の質問に、にこにこしながら答えれくれた。
「レモネードが訛ってラムネになったんだよ。ラムネって実は日本産の飲み物なんだ」
なるほど……そうだったのか……、と巽の表情がぱあっと明るくなる。
製造は続く。
機械は空のボトルを水洗いして、すぐにラムネの液体を注入。
液体が入ったボトルは、1列に4本ずつセットされ、何列も一緒に回る。
4周ほどぐるぐる回り、ビー玉で蓋をする。
ぐるぐる回る光景を見つめながら、海柘榴(
ja8493)は、メモを振り返り、子どもたちの相手をしている従業員に質問してみた。
メイドの向上心を発揮!
「ところで、なぜ、こんなにがんばってぐるぐる回すのでしょうか?」
従業員は海柘榴の熱心な質問に笑顔で答える。
「ビー玉の蓋に圧力をかけるためだよ。それと、ラムネの元と炭酸水を混ぜているんだ。蓋がちゃんと閉まらないと、炭酸が抜けたり、カビがはえてしまうからね」
なるほど……これはメモしなくては!
製造は終わりに近づく。
機械から出て来たラムネボトルには、「玉押し」が従業員たちによって手作業で付けられていった。
その後、ラベルが順々に張られていったのだ。
「質問いいですか? そちらの従業員の方がボトルのてっぺんに取り付けている物は何ですか?」
葦原 里美(
ja8972)もメモを取りながら一緒にがんばって質問する。
今日はラムネの研究をするぞ、と熱心だ。
「『玉押し』と言うんだ。ラムネを開けるとき、ラムネ内のビー玉を押し落とす為に、凸型になっている、あれだよ」
従業員は、笑顔を絶やさず答えてくれた。
里美は作業をしていた従業員のひとりから「玉押し」を手渡され、ああ、あれか、と納得。
最後に、出来上がったラムネは段ボールに積まれ、フォークリフトで外へ運び出されていった。
巽、海柘榴、里美の三人はフォークリフトのめまぐるしく動く様に息を呑んで見送る。
あのラムネ、人工島にも送り出されるのかな?
●どっきどき☆お弁当タイム
午前中の工場見学が終わり、社員食堂にて昼食の時間。
とあるラウンドテーブルでは、12時の時計回りからして、 明、ジェニオ、巽、由真、リゼット、アルレット、海柘榴、里美の順で席に着いている。
さあ、待ちに待ったお弁当だ!
みんなでごそごそとお弁当をテーブルに並べているそのときだった!
明は、まるでアウルの力を発動させたかの如く、恐ろしく素早い手つきで弁当を用意する。
重箱からは、おにぎりが次々と出てきた。
「あ、これ、どうぞ! どうぞ!」
明は時計回りに、ひとりひとりに配って行く。
まあ、頂いてしまってすみません、おにぎりありがとー、わーい嬉しいなー、とみんなさっそくのおもてなしに嬉々とする。
じゃあ、さっそくおにぎりから、いっただきまーす!
かぶりつく一同。
が、しかし……。
「おえええええ! この塩むすび、砂糖むすびになっているよ!」
と、ジェニオが思わず吐き出す。
「ぐはっ……、この明太子むすび……辛さが100倍?」
と、ゴォォォ、と炎を吹く巽。
「え? ガキッ!? この梅むすび、梅が凍ってるぞー!」
と、歯が欠けそうになり、急いで梅を吹き出す里美。
まあ、こんな具合で恐ろしく殺人的なおにぎりが手渡され、阿鼻叫喚の展開が!
「では、もう一度、最初から、いただきまーすって、やりましょう!」
海柘榴は仕切り直し、テーブルに彼女の手料理を並べだした。
タコさんウィンナー、うさぎさん林檎、甘めの玉子焼き、一口サイズの唐揚げ……どれも子どもの遠足を意識した作りだ。
「あ、海柘榴さんとかぶっちゃったかな?」
里美は、タコさんウィンナー、唐揚げ、卵焼き、プチトマトを並べた。同じく子どもの遠足向けである。
「和食もありますよ」
由真は、和食弁当を広げた。
二段の重箱で持ってきており、白米、天ぷら、煮物、焼き魚がぎっしりと詰まっている。
「僕も……和食」
巽の弁当箱には、小さめの俵型おにぎり、アスパラとうずらの卵、きゅうりをベーコンに巻いたもの、卵焼き、ポテトサラダが詰まっている。
「こっちはサンドイッチだよ!」
アルレットは、レタス、ハム、いりたまご、フルーツ、きゅうり、ピクルスのサンドイッチを並べた。
「僕はキッシュを作ってきたよ」
ジェニオは、鮭、ほうれん草、キノコ、玉葱、ベーコン、ジャガイモがたっぷり詰まったキッシュを取り出す。
「あ、私は、食後のデザートを持って来ましたので、よろしければどうぞ」
リゼットの弁当箱にはさくらんぼが溢れていた。
さあ、どうしよう?
「こういう時は、互いのおかずを交換したりするのも楽しいですよね?」
由真がみんなの表情を交互に見渡しながら、ナイスタイミングの提案。
「みんなのお弁当も少し分けてもらえるんだー。あたし、しあわせぇ〜」
アルレットは頬を緩ませ、喜んで賛成する。
もちろん異論があるわけなく、社員食堂の食器を借りて、皆で分け合って食べることにした。
そのときだった。
ぐぅぅぅ。
何とも言えないお腹の悲鳴がどこからか聞こえてきた。
明は笑顔だが、じっとみんなの食事を見ている。
隣のテーブルで弁当を忘れてきた子どもに、弁当を分け与えていた海柘榴と里美。
明と視線が合った。
「あの、よかったら、これ、どうぞ?」
海柘榴は殺人おにぎりをくれた明にも慈悲の心を発動した。
「はあ、ったく、しょうがないね……」
里美も仕方なく明に分け与える。
明は有難く子ども向け弁当を受け取ったという。
●さあ、味ラムネはどんな味?
午後のラムネ作りの時間……。
従業員から説明があり、先ほどのラムネ製造機械の原液を注入する過程で、それぞれ、醤油ラーメン、唐辛子、わたあめのボタンを押せばいいとのことだ。
「「ワタアメ」って何? 日本のお菓子? あたしそれの味がいいなぁ! 」
アルレットは最後尾の列に並び、「ワタアメ」味ラムネを早く飲みたくてうずうずしていた。
「味はわたあめで……。醤油ラーメンと唐辛子はお菓子向きじゃないと……」
巽はわたあめ味を消去法的に希望している。
「醤油ラーメンとラムネが出会った。正に未知との遭遇ですね、これは」
由真は醤油ラーメン味に興味津々な様子だ。
やがて、三人の番が来て、それぞれが思い思いのボタンを押す。
ラムネはぐるぐる回って、一瞬で出来上がった。
しかし色はさすがに変色していて、それぞれ醤油ラーメンは薄茶色、唐辛子は赤、わたあめはピンクだ。
「何これぇ、甘ぁいっ。おいしぃぃっ。 炭酸のしゅわしゅわとワタアメの甘い味が口の中で広がるのぉっ。しあわせぇ〜」
アルレットは日本の炭酸、しかもわたあめ味を大変気に入ったようだ。
「これで、正解? 下手に冒険しなくてよかった……」
巽は意外とおいしかったようで、胸をなでおろす。
「ううん。醤油ラーメン味のインパクトは、当分忘れられそうにないです……」
鶏がら醤油のダシが効いたラムネをちょびちょび飲みながら、由真はため息をつく。
●ラムネゼリーでバトル?
海柘榴たち五人は、ゼリーを作る為、チームを組んだ。
工場の調理室を借り、材料が提供され、レシピのメモも渡された。
「まずは、ラムネ粉末を溶かしましょう」
海柘榴は、鍋に計量カップの水300ccを入れ、火に掛ける。
工場で採れたラムネ粉末50gを鍋に入れ完全に溶かす。
それと同時に、ゼラチンの用意も開始。
「ゼラチン大さじ1杯、ってこれぐらいかな?」
ジェニオはゼラチンを、分量外の水50ccに入れて、ふやかす。
「ラムネが溶けきってきましたね?」
しばらくして、鍋の火を見ていた海柘榴はみんなに知らせる。
彼女は静かに火を止めた。
「ええと、このゼラチンと砂糖を大さじ1杯と、食紅を小さじ1杯だったかな?」
レシピを見ながら、ジェニオは、先ほど用意していたゼラチンを鍋に入れる。
「せっかくだから、赤く透き通ったゼリーを作りませんか? 食紅は赤にしません?」
異論はない。
リゼットの提案により、ゼリーの色は、赤に決まった。
こうして、ジェニオが砂糖を入れ、リゼットが食紅の赤を鍋に入れる。
「そして、あら熱を取り、後は型(5つ)に入れて、30分、調理室の冷蔵庫で冷やすんだよね?」
液体ゼリーから加熱直後の熱が取れるのを待ち、里美は鍋からその液体を型に流し込んだ。
全部で五人分のゼリーができる。
「もう一捻り欲しいなあ。そうだ、ゼリーが固まったら、その上に青の食紅で魚の絵を描けないかなあ?」
里美の提案にリゼットが笑顔で答える。
「いいですね。赤いゼリーの上に青い魚なんて、お洒落ですね!」
海柘榴とジェニオももちろん賛成。
30分後……。
冷蔵庫で冷却された五人分のゼリーは無事、固まり、ゼリーとなる。
真っ赤な透明のスライムは、冷蔵庫から取り出すと、ぷるぷると揺れていた。
「どうやら……出来たみたいですね?」
海柘榴はおそるおそるゼリーの型のひとつを取り出した。
ジェニオ、リゼット、里美もそれに続き、自分の分を取り出す。
「あれ? ゼリーが五人分あるよ?」
冷蔵庫に余ったもうひとつのゼリーを見て不審に思ったジェニオがチームに呼び掛けた。
「間違えて多めに作っちゃったのでしょうね?」
リゼットも首をかしげる。
「そうだね。多め……。って、もう一人、誰か忘れてないかなあ?」
里美は、はっと何かを思い出したようだ。
時、既に遅し。
明は再び暗躍していた。
「いっただきまーす!」
ジェニオたちが、あれ、このもうひとつのゼリー、誰のだろう? と議論していたその時……。
隣でラムネゼリーを作っていた班は、まさに完成したゼリーを食べようとしていた。
隣の班も食紅は赤を使ったようで真っ赤なゼリーである。
そのとき、悲劇は起きた。
「ぎゃあああああああ!」
隣の班の大学部の青年が、一口ゼリーを口に運んだ途端、顔面真っ赤になり、口から火炎を放射した。
ゴォォォォォ!
まるで火炎系魔法のスキルが発動しているではないか!
しばらく火を噴いていた彼は、噴き終ると、ばったりと倒れた。
隣で見ていたジェニオたちは目を疑った。
何これ? このシナリオ、まったりした学園ものだよね? なんで戦闘シーンがあるの?
そして、ひとりの青年が隅で声を殺し、くくく、と笑っている姿が視界に入る。
ああ、また彼か。
やっちまったな。
明は、調理中に抜け出して、隣の班に協力するふりをして、ゼリーに七味、ラー油、タバスコを大量にこっそりと投入したようだ。
事の異変を悟ったジェニオたち。
「わわわ、本当にすみません、すみません!」
海柘榴が必死に隣の班に謝る。
「申し訳ありません、なんとお詫びしてよいのやら……」
リゼットもはらはらしながら、一緒に謝る。
「って、明さん! 謝りなよ!」
明を捕まえて、一緒に謝らす里美。
「ところで、そこの彼、大丈夫ですか? ライトヒールなら持ち合わせていますが、間に合いますか?」
ジェニオは慌てて、火を噴いて倒れた青年のもとに駆け寄り、ライトヒールを発動させる。
「では、気を取り直して、ゼリーを頂きましょう!」
リゼットが四人に改めて呼び掛け、やっと試食の段階に入った。
「と、その前に、食紅の魚を乗せて……」
里美は食紅の魚をゼリーの上に描いて乗せる。
「いっただきまーす!」
五人はスプーンを片手に、ゼリーの型をもう片手に、それぞれ掬い出し、一口、口元へ運ぶ。
「これは懐かしく美味しい……味ですね……。ぜひ、今後のお菓子作りの参考にしたい所です!」
海柘榴はラムネのスプーンをくわえてうっとり。
「うーん、ラムネ粉末が強く効いていて美味しいね?」
ジェニオも爽快な味に笑顔。
「鮮やかな赤色がさらに美味しく感じさせます!」
リゼットはスプーンでゼリーの感触を遊びながら嬉しそうに眺める。
「よーし、メモしておこう! また後で作ってみよう!」
里美は元気に食べながらも、熱心にメモを取り出す。
と、四人が平和にゼリーを食していたとき。
ゴォォォォォ!
先ほどの火炎魔法よろしく、明が口から火炎を噴射した!
「わわっ! 明さん! 大丈夫?」
ジェニオはライトヒールを慌てて再発動。
残りの三人は、私じゃないよ、絶対違うよ、と互いに首を振る。
隣の班の青年の眼光は怪しく輝いていた。
と、こんな感じで「まったり」とした工場見学の一日は終了して行った。
抽選で参加だった八人は、工場の人たちや初見先生に感謝し、工場見学を満喫できたようだ。
<完>