●地下鉄廃駅にて
「ここから先が、例の廃駅入口となります」
依頼を受けた撃退士たちに対して、年配の警察官は秋葉原の通風孔を鍵でこじ開けながら促す。
「ご案内ありがとうございます。あとは私たちで何とかしますので」
十人いる撃退士の中から、常木 黎(
ja0718)は淡々と礼を述べ、内心ではシビアに考えていた。ネズミ退治をさっさと済まして報酬を頂こうか、と。
「あまり気乗りはしませんが、これもお仕事」
黎の隣にいたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)も、ネズミ退治の依頼でテンションがやや落ちている仲間たちを明るく励ます。
「面倒だが早いところ駆除しないとなあ」
エイルズレトラのさらに隣で電子タバコをふかしながら、綿貫 由太郎(
ja3564)も遠い目で呟く。
「わはー♪ 今度はネズミさんとの追い駆けっこなのだなー♪」
鈴蘭(
ja5235)は、なぜかネズミ退治が楽しみだったらしく、通風孔から覗いている深部までの階段をさっさと降りて行こうとする。
「ちょっと待って!」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は階段を降りて行く何人かを道中で呼び止めた。
「報告によると、今回の敵はかなりの敏捷性に優れているらしい。もちろん天魔なので物質を透過して逃げることだって可能だ。突撃する前にこちらからも「仕掛け」を作った方がいいだろうね」
グラルスの問いかけに対して、鳳 静矢(
ja3856)がゆっくりと口を開く。
「そうだな。物質透過を封じる阻霊符をこの辺で仕掛けよう。それに念の為、誰かがここで待機していた方がいいな」
誰か立候補はいないか、とグラルスと静矢は確認をする。
「私ヤルよ。私も報告にアッタ通風孔からネズミが出る件、気にしている。ちょうど阻霊符、携帯シテきたよ」
紅 椿花(
ja7093)は、阻霊符をひらひらさせながら微笑む。
「あ、自分も通風孔付近で待機していようかな? 複数で逃げてきたときの為、こちらも二人いた方がいいよね?」
平山 尚幸(
ja8488)は、眠そうな口元を抑えながらも、しゃっきりとした目で応答する。
「よし、決まりだね。では、残りの八人は学園で考えてきた通りの作戦に移る!」
黎が号令をかけ、一堂はぞろぞろと通風孔の階段を最深部まで降り、廃駅のプラットフォームへ向かって行った。
「うん。このアタリで阻霊符を張るヨ!」
椿花は念を入れながら、阻霊符をプラットフォームから通風孔に移る位置に張り出す。
これでこの位置から半径500mほどは天魔の透過を防ぐことができる。
「阻霊符の方、よろしく頼むよ。ネズミたちがここまで来たら自分が迎撃しておくから」
尚幸はにこりとしながら、マグナムを構え出す。
●ネズミたちの宴
残りの八人の撃退士たちはプラットフォームに出ると、まずは明かりを探すことにした。
一堂は、通風孔から覗き込むわずかな光を頼りに、手探りで壁伝いで、天井の電灯のスイッチを探し出す。
すると、静矢の腰のあたりから仄かな明かりが灯り出る。
「おっと、驚かせてごめん。こんなこともあろうかと、LEDランタンを腰に巻いてきたんだ」
静矢はLEDランタンの灯を頼りに、なんとか天井の電灯のスイッチを探し当てることができた。
「スイッチ、入れるぞ!」
ジジジ、と電気の摩擦音がプラットホームに響き渡り、チカチカと天井の電灯が半分ほど灯り出した。
「キキキ?」
と、そのとき、プラットホームの何処かしらから、鋭く短い鳴き声が聞こえてきたのである。
「あれ、今、キキキと何かが言いましたよね?」
ヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)は、突然聞こえてきた鳴き声に驚き、周囲を警戒しながら見渡した。
「ですよね? 自分も今、キキキと聞こえました!」
ヴィーヴィルの隣にいた六道 藍(
ja8682)も同意して頷く。
「あ、いたぞ! 今、線路の奥に隠れた!」
会話していた二人の背後にいたグラルスも思わず小声で叫んだ。
「しっかし、ネズミども、隠れて出てこない気だな? だが、こっちも奥の手があるぞ!」
由太郎は、初夏ではあるが着こんでいるコートのポケットを手でまさぐり、紙で包んでいた鶏肉を取り出した。
「ですね。僕も用意してきましたよ」
エイルズレトラはぶら下げていた手提げから豚肉を。
「こっちにもあります!」
藍はリュックサックからチーズを。
ネズミの餌?を持参してきた三人はプラットホームの真ん中にそれぞれ鶏肉、豚肉、チーズを置いて、身を潜めた。
「ほれほれ、出てこい、ネズミども! 宴の始まりだ!」
由太郎は目を細め、ネズミたちを煽るように小声で呼び掛ける。
すると五分もしないうちに、ネズミたちが、キキキと言いながら、線路の奥のあちらこちらから続々と出てくる、出てくる。
「キ!」
「キィー?」
「キキキのキ♪」
報告では二十匹は、いるらしいネズミたちが、揃ってぞろぞろと餌に集まり始めるのである。
ネズミたちはご馳走を発見した喜びで奇声を発しながら餌にたかり出したのだ。
「今だ、みんな! 集中砲火だ!」
静矢の合図と共に、火力をぶっ放せる仲間たちは一斉に射撃を繰り広げる。
「逃がさないよ、確実に狙い撃つ! 貫け、電気石の矢よ!」
グラルスによって、稲妻の雷光をまとった「トルマリン・アロー」の矢じりは、勢いよくネズミたち目がけて飛び放たれる。
「お姉さま、氷のご加護を!」
ヴィーヴィルによって、輝く氷の錐である「クリスタルダスト」は空間に出現して、氷弾の追撃がネズミたちを襲い出す。
「ネズミたちよ、燃え尽きてしまいなさい!」
エイルズレトラによって、線状の炎、「火遁・火蛇」は地面を這って一直線にネズミたちを直撃する。
三人の放った雷、氷、炎の三色の魔法は、それぞれが入り乱れ、黄金色、水色、紅の閃光がネズミたちを弾き飛ばす。
「それそれ! これでどうだい!」
由太郎は電子タバコをくわえながら、ショットガンを煌めかせ、「ストライクショット」をブチかます。
「ネズミさーん、ばいばーい!」
鈴蘭は笑顔でアサルトライフルの引き金を引きながら「ストライクショット」を撃ち込む。
「この火力に耐えられるかな?」
黎はオートマチックを連撃しながら「ストライクショット」の銃弾を浴びせる。
三人の放った銃撃はネズミたちを火力で跳ね飛ばし、銃口から煙がもくもくと上がる。
集中砲火が終わると、プラットホームの真ん中にあったネズミたちの宴は跡形もなく消え去り、コンクリートは爆撃で削られ、ゆらりとうっすらと煙っていた。
「どうだ? やったかな?」
静矢がプラットホームを遠目から覗き込むと、黒い物体が素早くちょこまかと線路上に逃げ出した。
暗くても目が利く「夜目」を発動させていた黎は、鍛えられた動体視力で、逃げ回るネズミたちを急いでカウントする。
「どうやら……。十匹は今の集中砲火で倒したみたいだね。残り十匹は線路上に逃げた。さあ、作戦通り、A班とB班に分けて迎撃しよう!」
こうして、黎の掛け声で、その場にいた全員がA班(一番線側)とB班(二番線側)に分かれ、迎撃の準備が始まったのである。
●A班VSネズミ
ネズミたちのうち四匹は一番線の線路に逃げ込んだ。
先ほどの罠にはめられたショックで逆上していたらしく、A班が線路側に入ると、ネズミたちは後ろ足で立ち上がり、毒牙を怪しく光らせ威嚇してくる。
A班のエイルズレトラはシルバーレガースを構えながら、藍はナックルダスターを構え、毒牙で構えているネズミたちと距離を詰めていく。
同じくA班の黎は二人の背後でオートマチックを構え、射撃の準備をしている。
「緑柱の光よ、毒に抗い給え!」
四人目のA班であるグラルスは、前衛の二人の背後から毒抵抗の魔法、ベリル・レジストを発動し、エイルズレトラと藍は淡い緑色の光に包まれていく。
「毒への特殊抵抗値を高めて、毒状態にかかりづらくなる魔法だよ」
グラルスは微笑しながら、前衛の二人に彼の行動の意味を告げる。
「キーーー!」
と、そのとき、前衛のネズミたちがエイルズレトラと藍に飛び掛かってきたのだ。
「そこか!!」
藍は、反射的に「石火」を発動させ、ナックルダスターがアウルの力で輝きだし、加速度のついたカウンターの一撃がネズミの一匹を跳ね飛ばす。
「キキ?」
もともと生命力はさほど強くなかったのか、跳ね飛ばされて落下したネズミはそのまま果てた。
「キィ!?」
「キキキ!!」
残りの三匹のネズミたちは動揺し、ちょこまかと疾走し始める。
「逃げられたら厄介ですね! 逃がしませんよ!」
エイルズレトラは「壁走り」を発動させ、一番線壁側の壁を伝って走り出し、ネズミたちのうち二匹に追いついた。
彼は腰に差している「烈風の忍術書」を取り出し、手元から出現した風の刃がネズミたちを直線的に追撃していく。
「キィィィ!」
「キ?」
壁伝いから風の刃で撃ち落とされたネズミたちは仰向けになって倒れた。
「あ、しまった! もう一匹は?」
エイルズレトラが態勢を立て直そうと、周囲を探し回ると、そのときちょうど、黎がオートマチックでネズミを狙い定めていた。
「っ、南無三……!」
黎は「夜目」を発動し、線路奥の暗闇に逃げるネズミの背後から「精密射撃」の一撃を撃ち込んだ。
「キィ!?」
銃弾の一撃はネズミを十分に仕留め、撃たれて跳ね飛んだネズミはそのままぐったりと動かなくなった。
●B班VSネズミ
A班がネズミたちと戦闘している頃、B班も二番線に逃げ込んだネズミたちと戦闘している最中であった。
静矢は大太刀を構えネズミたちに詰め寄って行く。
その背後で狙撃の準備をしながら由太郎、ヴィーヴィル、鈴蘭はそれぞれの銃をネズミたちに狙い定める。
二番線に逃げ込んだ四匹のネズミたちも先ほどの宴を邪魔された恨みで怒りに沸騰している為、毒牙を怪しく光らせながら撃退士たちをかじる用意をしている。
静矢が切り込みに飛び掛かろうとしたそのとき、ネズミたちの方も四匹一斉に線路上を駆け出し、静矢目がけて突進してきたのだ。
「ネズミ如きに使うのはもったいないのだが……」
静矢は、大太刀に渾身のエネルギーを溜め、直線状に向かってくるネズミたち目がけて、大太刀を思いっきり振り抜く。
大太刀から放たれた黒い光の衝撃波は、柴色の大きな鳥の形をしたアウルの塊となり、向かってきたネズミたちを勢いよく薙ぎ払う。
静矢の発動した「紫鳳翔」はネズミたちにクリーンヒットしたかのように思えたが……。
線路上で倒れていたのは、わずか二匹。
残りの二匹は紙一重で回避したらしく、どこかへ逃げて行ったのだ。
「しまった。やり損ねたか!」
静矢は急いで後衛の三人のもとに駆け出す。
後衛の三人はそれぞれ銃を構え、どこからともなく聞こえてくる「キキキ」という奇声に耳を澄ましていた。
「キィィィ!!!」
プラットホームの影に潜んでいたネズミの一匹が、毒牙を振りかざしながら、勢いよくジャンプして、今、まさに、鈴蘭を背後から直撃しようとしている。
「危ない!!!」
ネズミが描く放物線を見て取れた静矢はとっさに鈴蘭の前に飛び出した。
「きゃあああ!」
「うっ!」
ネズミの毒牙の一撃は仲間を庇った静矢の腕に突き刺さり、彼はその場で膝を付いてしまった。
「早く毒の解除を! ええと、レジスト・ポイズンよね!?」
突然の毒牙の一撃を受けた静矢を助けるべく、ヴィーヴィルは急いでレジスト・ポイズンを発動し、淡い緑色に包まれた光が静谷を優しく包み込んだ。
「キキキィ!」
残った二匹のネズミたちは、毒牙の一撃を敵に浴びせることができたので、嬉々としながら、次の攻撃に出る為、構え直している。
「こんにゃろう! やりやがったなあ!」
「ネズミさんなんて、死んじゃえ!」
由太郎と鈴蘭は、同じパターンで飛び掛かってきたネズミたちに、それぞれの銃で「クイックショット」をすかさず撃ち込み、ネズミたちを弾き飛ばす。
撃たれたネズミたちは地上に落下し、息を引き取った。
「静矢、大丈夫だよね?」
鈴蘭は自分を庇って代わりに毒牙の一撃を受けてくれた静矢に振り向く。
「ああ、これぐらいの傷、なんともないさ!」
静矢はその場にいた三人に微笑んだ。
彼は、ヴィーヴィルのレジスト・ポイズンのお蔭で無事に毒を解除でき、受けた攻撃そのものも大したケガではなかったので、命に別状はなかった。
●敗走するネズミたち
勝負はついたようだ。
一番線のネズミ四匹はA班に見事に倒され、二番線のネズミ四匹もB班に完敗したのだ。
プラットホームでの集中砲火から逃げ延び、線路上ではなく通風孔に向かって逃げた残りの二匹は敗走していた。
「キキキ!?」
「キー!」
敗走していた二匹は、通風孔で待機していた椿花と尚幸の二人と鉢合わせになった。
ネズミたちは壁を透過して逃げ出そうとしたが、阻霊符の力で壁から跳ね返される。
「ココ、通行止め。さっさとやられに戻る、スルデスよー」
椿花は、アウルの力で影を凝縮し、黒く煌めく棒手裏剣を手の中で生み出し、鉢合わせして面喰っていたネズミの一匹に「影手裏剣」を投げつける。
「キ?」
ネズミの背中にぐっさりと手裏剣が突き刺さり、ネズミはその場でぺたりとぽしゃった。
「逃がさん!」
尚幸は手元で構えていたマグナムから、「ストライクショット」を放ち、火花を散らした弾丸は、逃げようとするもう一匹のネズミの脳天に直撃する。
「キィ?」
頭上をやられたネズミは同じくその場で力尽きた。
●任務完了!
「とりあえず……。こっちは終わりのようね」
二番線上のネズミたちを倒し終えたB班はプラットホームに上がり、ヴィーヴィルが代表して、合流してきたA班のメンバーたちに報告をする。
「ええ、こちらもなんとかなりました」
A班の方は、エイルズレトラが代表してB班に戦闘結果を伝える。
「通風孔の方デモ、二匹シトメたよ」
通風孔の階段から椿花と尚幸が降りてきて、椿花がA班とB班に通風孔でも戦闘があったことを告げる。
「念の為、この駅の周囲を調べないか? もし生き延びているやつがいたら、後で厄介だ」
静矢の提案により、全員で廃駅を隈なく調べることになった。
どうやら、先ほどの二十匹を倒した時点で、敵は全滅していたようだ。
「報告では二十匹。最初のプラットホームで十匹倒し、A班が一番線上で四匹倒し、B班が二番線上で四匹倒し、通風孔では二匹倒した。倒した数は二十匹。算数は合ってるかな?」
黎は算数の確認を促すが、他のメンバーから異論はなかった。
「よし、これにて、任務完了。表で待機している警察官に報告を済ませてから、学園に帰ろう」
グラルスがその場を締め、各自は任務完了の喜びと疲れの入り混じった表情で廃駅を後にした。
<完>