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マスター:狭霧
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/12/31


みんなの思い出



オープニング


 事件は少年が何気なく口にした一言から始まった。

 晴れた日の昼下がり。
 しかし日の光が差し込まない室内で、少年がソファに寝転がりながら雑誌を眺めていた。
 少年は中学生くらいだろうか。やや幼さが残る顔立ちだ。
 一方の室内はといえば、奇妙な材質の壁で仕切られた小部屋だった。
 奇妙なのは壁だけではなく、窓や照明がないにも関わらず過不足なく照らされ、暖房らしきものが見当たらないのに快適な温度に保たれている。
 そんな普通ではない空間にありながら少年はどこまでも自然体だった。
 この部屋を普通のものとして受け入れている以上、少年も普通ではないのだろう。

「ああ、もうクリスマスの時期か…」
「クリスマス?クリスマスとは何かね助手君!」
 普通ではない少年が何となしに呟いた独り言に食いついたのは一人の男だった。
 頬のこけた痩せ形の男性。年の頃は三十代前半に見える。丸眼鏡に白衣という風貌は科学者だろうか。
 男に助手と言われた少年は、余りの食いつきぶりに眉を寄せると、しぶしぶといった様子で話し出した。
「俺も細かいところまでは知りませんけど、一般的には恋人がキャッキャウフフする日ですよ師匠。
 あと、良い子にしてた子供にはサンタクロースって爺さんがプレゼントを配るんです」
 面倒くさいのか酷く適当な説明だが、男にはそれで十分だったらしい。
「ほう、ほうほう……ほう!」
 それを興味深そうに聞いていた男は笑みを浮かべた。面白いものを見つけた子供のように破顔する。
 何が面白いのか、大仰なジェスチャーを交えて体全体で歓喜を表現していた。
「いい!いいぞ!インスピレーションが湧いてきた!
 人間よ、いつも素敵な素材を提供してくれる君たちに吾輩から心ばかりの贈り物だ!待っていたまえ!」
 男――悪魔は笑顔のまま、彼が研究室と呼ぶ部屋に消えていった。

 一人残された少年――ヴァニタスは溜息をひとつ落とし、遠くを見るように呟く。
「はあ……いつになってもあのテンションにはついていけないよ…。
 どんなディアボロができるのか判らないけど、運が悪かったと思って頑張れ」
 それはこれから迷惑極まりないプレゼントを贈られる人間たちへの同情だった。


 クリスマスに因んだイルミネーションが街路樹を明るく彩っていた。
 それを眺めながら、親子三人が手を繋いで歩いている。
 遠くからシャンシャンシャン……と、ジングルベルの音が聴こえてきた。
 それを聴いて思いついたのか、小学生に上がったばかりといった年頃の少年が母親に話しかける。
「今年はサンタさん来てくれるかな」
「どうかしらね。今年一年、良い子にしてた?」
「うん!」
「それならきっと来てくれるさ」
 少年は純粋にクリスマスを待ちわびて指折り日数を数え、両親も少年にとって最高のクリスマスにするべくこっそり計画を考えていた。
 ほほえましい家族の会話。
 こんな時代であっても、希望を胸に毎日を生きる家族の輝きがあった。

 ――だが、その輝きを無残に散らすのが天魔という存在だ。
 いつしか鈴の音がかなり近づいてきたのに気付いた、次の瞬間。
「メリィイイイイクリスマァアス!!」
「……は?」
 巧みに車を避けながら、しかし爆走といって差し支えない速度で車道を突っ走っているサンタクロース。
 目が点になるというのは今のような状態を言うのだろうか。皆一様に絶句している。
 ……無理もあるまい。
 ふと、少年はさっきのお母さんとの会話を思い出した。
『良い子にしてたらサンタが来る』
 落ち着いて考えればサンタ=今のアレとはならないだろうが、しかしそれでも、あの光景は純粋な少年の頭から離れず。
「ぼ、僕悪い子でいい!」
 つい、そう口にしてしまった。
 無理もないと思うだろう。事実、両親もそう受け取っていた。
 しかし、普通ではない存在が近くにいた。
 如何な地獄耳か、少年の声を拾ったサンタ(仮)は手綱を操るとそりを滑らせ、見事なドリフトでスピンターン!
 街路樹を薙ぎ倒しながら迫ってきたではないか!
「悪い子はいねぇええがああああァ!!」
 眼を血走らせたサンタは、見た目老人とは思えない脚力でそりから跳躍。少年の目の前に降り立った。
「お前ぇ悪い子がぁああああ?!」
「良い子ですっ!良い子にしてました!!」
 血走った目を爛々と輝かせながらニタリと嗤って見下ろす怪老に、即座に前言を撤回する少年。
 無理もない、怖すぎる。控え目に言ってもトラウマものだろう。
 少年をじぃっと見つめるサンタクロース。
 歯の根が合わないほどガタガタ震えていた少年と、少年を庇うように抱きしめていた両親を暫く見つめた後、一瞬前までの狂気が嘘のようににっこりと微笑んだ。
 だが。
「泣く子はいねぇがあッ!!」
「ひっ……!」
 一喝――その怒声に耐え切れず、少年の瞳からは涙が零れる。
 瞬間、少年の首が路上に転がった。次に、我が子を目の前で理不尽に奪われた両親も……
 惨劇を目の当たりにした人々から次々に悲鳴が上がる。
 この場を生み出した張本人。赤い服を返り血でより濃い紅で濡らしたサンタクロースは踵を返してそりに戻り、悪い子も泣く子もいなくなったその場から去って行った。


 久遠ヶ原学園にある斡旋所。その一室で、気だるげな雰囲気を隠そうともせず男性職員が生徒を見渡す。
「お前ら、サンタクロースは何歳まで信じてた?」
 唐突にそんな話を振ってきた職員に、訝しげな反応を返す生徒たち。
 彼はそんな生徒たちを気にすることなく続ける。
「これから見せる映像は今回の討伐対象の姿を撮影したものだ。
 夢や浪漫といったものをぶち壊されることになるだろう。サンタクロースの正体を知った日のようにな」
 まあ色々と覚悟して見てくれ、と再生ボタンを押した。
 全員の視線が集まったスクリーンにそれが映し出される。

 シャンシャン――とジングルベルの音が聞こえてきた。
 察しのいい何人かが、ああサンタの天魔かと想像したが、甘い。
『メリィイイイィクリスマァアアアスッ!!』
「……え?」
『悪い子はいねぇえがあああああ!!』
「…………」
『泣く子はいねぇええがあああああ!!』
 確かに見た目はサンタだ。
 夜の街を出刃包丁片手に爆走する怪老をサンタクロースと呼んでいいのかは甚だ疑問だが。

 これを見た生徒の反応は推して知るべし。
 色々と凄い映像を見せられた後、咳払いして職員が説明を始めた。
「……見ての通り天魔だ。イベントでも何でもないからな。
 こいつが毎日21時から24時までの間、某市の街中から住宅街にかけて爆走するようになってな」
 フリー撃退士が幾度も討伐せんと挑んだが、圧倒的な突破力に悉く蹂躙されたらしい。
 見た目はネタだが、すでに犠牲者も出ていると告げられる。
 いつ次の犠牲者が出るか判らない以上放置するわけにはいかず、かといってフリーでは手詰まり。ゆえに速やかな討伐のために久遠ヶ原に依頼が回ってきたというわけだ。
「こいつが我が物顔で暴走している限り安心して外出できん。クリスマスシーズンだってのに経済的にもダメージがでかい。
 だから無理を言って今夜だけ、こいつの出現範囲を無人状態にしてもらうように交渉した。
 この際多少の器物被害は大目に見るが…その代わり、今夜で確実に討伐してくれ」

 ――町の平和と、子供たちの夢を守るために。


リプレイ本文


 偽サンタを討伐すべく集まった撃退士達だが、雫(ja1894)と柘榴姫(jb7286)がサンタクロースを知らなかったため、簡単なクリスマスの説明から始めていた。
 ――のだが。これが意外に難航していた。
 なぜか。知識が偏っている者が多かったのだ。

 ルーガ・スレイアー(jb2600)の場合。
「あれだろー?この時期、どのネトゲでも出てきて、アイテムをくれる奴だよなー」
 ……間違っていないといえばいないのだが、それはネトゲやソシャゲの運営的なサンタである。子供たちが夢見、心待ちにしているサンタではない。
 レアアイテムもある意味では夢なのだが、そういったゲームをやらない二人は理解できなかったらしく首を傾げていた。

 神雷(jb6374)の場合。
「どうやら、サンタとは良い子にプレゼントを配る御仁だそうですよ。良い人ですね!」
 こちらは概ね合っているが、どこか人から聞いたような、にわか知識感が拭えていない。
 それでも彼女を師匠と慕う柘榴姫はそれで納得したらしい。
「いいですか?良い子の所にしかサンタさんは来てくれませんからね!」
「わかったわししょー。よいこにするからだいじょうぶ」
 それならいいです、と頷く神雷。
 彼女たちの容姿も相まって、二人は師弟というより姉妹のようで。その微笑ましいやり取りに会議室の空気も和らいだ。

「どうやってサンタさんは良い子と悪い子を区別するんです?」

 そんな空気を打ち壊し、投げ掛けられた疑問。雫だ。
 終わったものとばかり思っていた神雷は、不意打ち気味の質問にえーと…と視線を彷徨わせた後。
「サ、サンタさんにはそういう不思議な力があるんですよ!」
 そう苦し紛れに捻り出した設定を口にする。
 しかしそんなもので納得するはずもなく、雫の追撃。
「不思議な力ですか。それは天魔の類なのでは…」
 天魔扱いされている本物のサンタクロースの弁明を必死に考えるものの、元々人間界について知識の引き出しが少なかったこともあり、ここがにわか知識の限界だった。
「ケイ様…!」
 どうしようもなくなった神雷は田村 ケイ(ja0582)に助けを求め、その後も雫は色々な疑問を投げかけたが割愛。
 田村先生が頑張ってくれました。
「――というわけよ。解った?」
「はい、とりあえずは。ありがとうございました」
 一先ず納得し、しかし…と資料映像に目を向ける。
「どう見てもあれは、サンタのコスプレをしたなまはげでしょう…」
「本当に。ナマハゲサンタとかとんだブラックジョーク…いや、確かどっかの国のサンタはこんな感じだったっけ?
 …まあいいか」
 彼女の言うように外国には悪い子に罰を与えるサンタの類も存在はしているのだが、それを言い出したらまた面倒なことになると判断したケイはそっと口を噤んだ。
 予想外に時間を取ってしまったが、一同は偽サンタを追い詰めるための策を話し合うのだった。

 ――まぁ、実在していても私の所には来てはくれないでしょうね…
 そっと呟いた声は誰の耳にも届くことはなく。真意を胸に秘め、雫はいつも通りの様子で相談に参加したのだった。


 夜の帳が下り、街灯に照らされた夜の街に少女が二人立っていた。
 一人はぴーぴーと泣いている。
 周囲に人気は全く無く、雑踏がずいぶん遠くに聞こえる。

 建物の陰に身を潜め、御剣 真一(jb7195)は険しい顔で少女たちの様子を窺っていた。
「みんなに夢を与えるサンタクロースを利用して悪事を働くなんて…絶対に許さない!」
 ここに赴く前そう言っていたように、夢を与える存在を悪夢の象徴に堕とすディアボロが、どうしても許せないのだ。
 ゆえに真一は油断しない。相手がどんなに愉快な姿だろうと、非道を働いたという事実は変わらないのだから。
『さんたくろうすのニセモノがあらわれた件について( ´∀`)』
 そんな彼とは対照的に、ルーガはスマートフォンで呟きを投稿していた。
 痛む体を押しての参加だが、いつもの調子を崩さずに敵を待ち続ける。
 狐の面で顔を隠した神雷も、どこかそわそわとした様子でその時を待っていた。


 寒空の下、待つこと暫し。
 雫と柘榴姫から僅かに離れ、携帯を弄る一般人を装っていたケイの耳がその音を捉えた。
 シャンシャンシャン――
 ジングルベルが聴こえる。蹄の音が近づいてくる。
 撃退士達は身を固くしてその時に備え、そして。此方に駆けてくるトナカイを視界に収め――
「私、悪い子なんです…」
 ぽつり、と雫が呟いたのを耳にしてか。
「悪い子はお前ぇがああああッ!!」
 サンタがそりから跳び降り、雫に斬りかかってきた。
 細首を狙って薙がれた斬撃。咄嗟に闘気を解放して後方に跳び、紙一重で致命傷を避ける。
 そのまま後退した雫に追い縋り、出刃包丁を突き出すサンタ。
 それに身を裂かれながら、しかし雫の瞳には敵の後方から迫る仲間の姿が映っていた。

 一方、サンタが雫に斬りかかったのを確認したケイは腕を振るう。
 同時、目に見えぬほどに極細の糸は、雫らに意識を向けていたトナカイの脚に絡み付いた。
 腕を引くと皮を裂き肉に減り込み、流れる鮮血が純白の糸を紅く染める。
 のみならず、傷口が不快な臭いを発しながら腐敗を始めた。彼女は繰る妖魔の糸に腐敗のアウルを纏わせていたのだ。
 生きながらにして腐っていく恐怖を感じたのだろうか。トナカイは一声嘶くと、足を引き摺りつつも一歩を踏み出し、ケイに角を振り翳す。
 自身に襲い来る凶角に対し、ケイは慌てず絡んだままの糸を引き僅かに狙いを逸らすことに成功した。

 雫がサンタを、ケイがトナカイを抑える。
 そのわずかな時間で、サンタの背後より迫った神雷が無骨な双剣を叩き込む。
 不意を打って抜かれた鬼神の刃はサンタの背を裂くがやや浅い。しかしその手応えを確認した神雷は面の下で瞳を金色に輝かせ、嗤った。
 そんな中。
「さんたさん、ぷれぜんとがほしいわ」
 一人佇んでいた柘榴姫はサンタに向かって堂々とプレゼントを要求した。
 当然、二人の相手をしているサンタからの返答は無い。いや、袋を柘榴姫の方向に薙ぐも彼女の位置には届かない。
 一向にプレゼントをくれようとしないサンタに柘榴姫は首を傾げると、得心がいったと言わんばかりに頷いた。

 ケイに脚を引かれ、バランスを崩したトナカイに真一が疾駆する。
「…人目が無くて助かるな…これなら思う存分暴れられる…その姿で人々の夢を奪ったお前たちだけは…絶対に許さん!」
 ――駆けながら光纏。金色のアウルが彼を覆い、その姿を異形へと変えていく。
「…グウァァァァッ!!!」
 鬣を靡かせるその姿は獅子の如く。
 真一は完全な獣人へと変貌すると、咆哮と共に旋棍をトナカイの横腹へと叩き込んだ。
 強烈な一撃にトナカイの膝が折れる。その隙を逃さずもう一方の棍で殴打する。
 確かな手応えを感じると同時、反撃を避けるべく地を蹴り左に跳ぶ。
 しかし次の瞬間、真一も予想だにしていなかったことが起きる。
 一瞬光を受けて煌めいたのは鋼糸だったのだろう。柘榴姫がトナカイにワイヤーを巻き付け、そりに飛び乗ったのだ。
「にくにゃー、ぷれぜんとはどこかしら?」
 “にくにゃー”とはトナカイにつけた名前だろうか。鋼糸を絞め、トナカイにプレゼントの在り処を訊ねるその姿は純粋無垢な少女のようだが、しかしこの状況では極めて異質だ。
「ねーねーにくにゃー、ぷれぜんとのばしょをおしえてほしいの」
 ギリギリと鋼糸が肉に食い込む。数本のワイヤーは腐敗した皮膚を容易に裂き、より深い傷を刻みつける。
 トナカイは満足に動かない体ながら強引に振り解こうとして――
「ルーガちゃんのドーン★といってみよーお( ´∀`)!」
 突如飛来した黒光の衝撃波に地に伏せることになった。
 十数m後方から放たれたルーガの封砲。
 天使に受けた傷は想像以上に深い傷を彼女に残していたが、魔具の出力を最大限引き出した砲撃は一定の威力を維持していた。
 待機していた仲間が集い、圧している状況。だからこそケイは冷静に自身の行動を選択する。
 妖糸を焼失させるとリボルバー拳銃を具現化した。
 撃鉄を起こし、未だ動けずにいるトナカイに照準を合わせ、アウルを弾丸に込める。銃口から覗く光は白。冥魔を滅する純白のアウルが収束する。
 引き金を引くと同時に吐き出された星弾は見事トナカイの太腿部に着弾、腐敗箇所を抉り飛ばす。
 最早一刻の猶予も無いと悟ったか。
 トナカイは滅茶苦茶に暴れ、全身から鮮血を撒き散らしながらそりを振り回そうとするが、しかし。
「させるかァ!……ガアァァァアア!!」
 獣化した真一にそりを全力で抑え込まれ満足に動かせない。
 そんな中、ワイヤーを手綱のようにしっかり握って耐えようとしていた柘榴姫が呟いた。
「だめよにくにゃー、よいこにしないと」
 少し怒ったような声色を滲ませ、柘榴姫が呪を紡ぐ。紡がれた呪詛はアウルを介して蛇の姿を模ると、トナカイの首筋に牙を突き立てた。
 途端、一度大きく体を震わせると脱力。地に伏せたそれは二度と動くことはなかった。
 骸と化したにくにゃーを柘榴姫は無機質な瞳で見下ろす。
「これはもういらないわ」
 そう一切の興味を失ったように言い捨てるとそりから跳び降り、今も戦闘――時間稼ぎを続けている神雷の元へと駆け出した。
 ケイや真一も戦っている仲間を援護すべく、サンタへと意識を切り替えるのだった。


 トナカイを討伐した撃退士たちが向かうまで、サンタとの戦いは切迫していた。
 雫が大剣を力の限り叩きつけ、重い金属音が響く。
 全力の薙ぎ払いだったが、サンタは地を踏み締め巨大な出刃包丁で受け止めていた。それでも完全に受け切れなかったか、大剣の刃が肩に食い込んでいる。
 手が痺れるほどの衝撃のはずだが、サンタに堪えた様子は無い。
「悪い子だあぁ!」
 それどころか雫に手を伸ばし、その細首をへし折らんとする。
 剣を引き、距離を取ろうとする雫だが、それよりも早く二条の剣閃がサンタを襲った。
「私を無視しないでくださいよ!」
「悪い子がぁあああッ!!」
 伸ばされた手に斬撃を加えるが、反射的に払われた刃に深々と斬られた。
 傷を抑えてたたらを踏んだ神雷に包丁を振り下ろそうとしたサンタだったが、突如意識を彼女から外すと弾かれたように顔を上げる。
 この隙に、とサンタから距離をとった神雷の横を黒い光が通過した。
 見ればルーガがドヤ顔でサンタに指を突きつけている。
「( ´∀`)子どもをいじめ、レアガチャチケットもよこさないお前に価値はない」
 言っている内容は全く理解できていないだろうが、馬鹿にされていることは伝わったのか。サンタは低く唸り声をあげる。
 そんなサンタを目にしながら、神雷はようやくですねと呟いた。
 面の下で口角がつり上がる。足止めに徹してきたため好きに攻められなかったが、トナカイを撃破できたのならばもう抑える必要は無いと。ようやく全力で戦えると歓喜する。
 それを思えば斬られた痛みなど気にならなかった。むしろ戦いを実感できると好ましくすらある。
 神雷は改めてサンタを見据え、そして――

 第二幕の開幕を告げたのは、ケイの狙撃だった。サンタを貫いた酸の弾丸が着弾点周囲を腐敗させる。
 サンタはその痛みに怒号を上げると、片手に携えたプレゼント袋に手を突っ込む。
 しかし、中から何かを取り出す前に黄金の獅子が肉薄した。
「お前は絶対に…許さない!」
 憤激と共に全力で叩き込まれた双龍旋棍はサンタの鳩尾を捉え、サンタの巨体が揺らぐ。
 しかし。その足元に落ちたのはリボンで飾られた小箱。
 気付いた真一が逃げる間もなく、ドオォン!と、彼とサンタを巻き込んで炸裂した。

 光が収まると、そこには辛うじて立っている真一と、健在なサンタの姿。
 それを目にした雫の行動は早かった。
 僅かに離れていたサンタとの距離を詰めると、勢いを殺さぬまま大剣を逆袈裟に振り上げる。
 しかし如何なる偶然か、サンタは最早ボロボロになった出刃包丁で強引に軌道を逸らすと紙一重で回避しきった。
 そのまま雫を刺し貫かんとするが……その髭が、鷲掴みにされた。
 間髪いれず強引に引っ張られ、下を向いたその顔面に叩き込まれる拳。
「あっはぁ♪」
 うっとりと愉悦に染まった声色。
 神雷にとって今の攻防は予測通り。だが、実際にうまくいくと得もいえぬ高揚感が湧いてくる。面の下に浮かぶ表情は歓喜か恍惚か。
「さすがししょー」
 神雷の手際に掛け値なしの称賛を送りながら、サンタを射程に収めた柘榴姫が髪を繰る。
 蠢く髪は無数の白蛇の如く。これも幻影だ。しかしざわめく蛇たちは精神を縛る鎖となってサンタを縛る。
 そして、再び肉薄するのは真一だ。
 旋棍を握る。アウルを燃やす。
「グルゥウァァアアア!!」
 咆哮と共に打ち放った渾身の一撃。その衝撃はサンタを貫き、意識を刈り取る。
 そして。
「さて、子供の夢を奪った罪はその身で償って貰いましょうか?」
 体のリミッターを外した雫が動く。
 鉄塊の如き大刃を振るうこと三度。
 包丁を握った腕が飛ぶ。胴を逆袈裟に裂き、返す刃で袈裟に斬り下ろした。
 勢い余って石畳を叩き割ると同時、血飛沫と沈む巨老。

 斯くして、悪夢のようなサンタクロースはここに討ち取られたのだった。


 サンタクロースは討ち果たした。
 撃退署の処理班が来るまでの間、撃退士は思い思いの行動を取っていた。
 ルーガはソーシャルゲームに精を出し、雫はケイとサンタの件について話しているようだった。

 そんな中、真一は家族が犠牲になった現場に足を運んでいた。
 既に花などが供えられていたその場所に自身も花を添え、黙祷する。
 救えなかった命を想うと涙が零れた。
 彼らが犠牲になったのは真一のせいではないが…それでも想わずにはいられなかった。
 真一は天魔の犠牲になる人々を一人でも多く救うと改めて誓い、流れる涙を拭った……

「ししょー、ぷれぜんともらえなかったわ」
 開口一番。柘榴姫は悲しそうに、それはそれは悲しそうに神雷に報告していた。
 天魔のサンタだ。仮にプレゼントを貰えるとしても碌な物ではないだろうが…それでも欲しかった。
 本当に悲しそうな様子の柘榴姫に、神雷はあえて厳しい口調で接してみる。
「良い子じゃないとサンタさんは来てくれないって言いましたよ!」
「よいこにしてたわ。ほんとうよ、ししょー」
 まあ事実である。
 柘榴姫の目を見つめていた神雷は本当だと確信したのか、表情を和らげると柘榴姫の頭を撫で。
「このサンタさんは天魔ですからね。クリスマスには本当のサンタさんが来てくれますよ」
「ほんとう?」
「もちろんです!」
 神雷の笑顔を見て柘榴姫はようやく笑顔を見せる。
 大丈夫。きっと、彼女の元にもサンタさんが来てくれる。

 偽物はもういない。
 願わくば、皆が良いクリスマスを送れますように――


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

cordierite・
田村 ケイ(ja0582)

大学部6年320組 女 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
心優しき若獅子・
御剣 真一(jb7195)

大学部8年262組 男 阿修羅
ふわふわおねぇちゃん・
柘榴姫(jb7286)

大学部2年278組 女 陰陽師