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最近、秋田県では天界の不穏な動きが日々増加している。
中でも頻繁に観測されている二種のサーバント、燈狼とヤタガラスの姿が確認されたとあって、今回の件も無関係でない事は明白だった。
「まったくぅ…めーわくだよっ、最近シューゲキが多すぎるんだよっ☆」
新崎 ふゆみ(
ja8965)が零した愚痴は、恐らく一連の事件の対応に当たる人員の大部分が感じていることだろう。
敵がこちらの事情を酌んでくれるはずもないが、こうも続くと愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
「また秋田…住んでるヒト達ぁ気が気じゃねぇだろうな」
愚痴を聞き流しながら、笹鳴 十一(
ja0101)は、襲撃を受け続ける秋田に住む人々の心情を憂慮していた。
水面下で何かが動き始めていることは明白だが…だからこそ、たとえひと時だけでも人々の不安を和らげたいと願う。
それは東北から渡り歩いてきた神凪 宗(
ja0435)も同様に感じている。
「ま、やれるとこからやっていくしかあるまい」
そして全体像が見えない以上、ライアー・ハングマン(
jb2704)の言うように、現れた敵を叩くしかないのだ。
「陽炎…ステルス…厄介な上…大蛇…ですか…」
敵は燈狼、ヤタガラス。そして新種の大蛇型。
前者はいずれも厄介な能力を持つサーバントで、後者は情報のない新顔だ。難戦になるだろう戦場を前に、支倉 英蓮(
jb7524)は薄く笑みを浮かべる。
「自分がどこまで通ずるか…興味深い相手…です…!」
仇なすモノ全てを尽く断ち切らんと、闘志と殺意を滾らせて、未だ見ぬ敵を思い描いた。
「巳年も終わるし、早々にご退場願いましょうか」
新井司(
ja6034)が最後に言い捨て、ディメンションサークルを潜る。
空間を越え、撃退士達が転送された先――揺らめく陽炎の中で、白い大蛇が自分たちを見据えていた。
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彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は転送されてすぐ、声をかけて一人離れた。
周囲を見渡し、一か所だけ離れた場所にあった爆発跡を確認しに行ったのだ。彩は中心部からの範囲を目測で割り出し、半径5メートル!と、仲間に伝える。
周囲を確認し逃げ遅れた人がいないことを確認すると、遁甲の術で気配を薄め潜んだ。
「……………………」
(確かに陽炎だらけで厄介じゃな)
ネピカ(
jb0614)は陽炎に覆われた戦場を見て顔を顰める。
(今のところは田んぼを焼き払っただけで済んどるが、ここで食い止めんと被害が想像したくないほど拡散するはずじゃ。ここで絶対にぶっ潰さんと)
もし山に炎を吐かれたら、家を焼かれたら。広がった炎は瞬く間に燃え広がり、容易に消えない傷跡を刻みつけるだろう。
それだけは絶対に防がなければならないと決意し、烈光丸を抜刀した。
こちらを見据えたまま動く気配を見せないサーバントを前にし、真っ先にふゆみが動く。
立ち込める陽炎を気象現象として解釈し、陽炎揺らめく戦場に走って近づくと、持参していたミネラルウォーターを全て周囲にぶち撒ける。
「そーれ、そーれ★ミ」
温度を下げて陽炎を消そうと試みるが、しかし一向に効果は見られない。
それどころか、突出した行動が焔大蛇の興味を引いたらしく、その赤い舌がチロリと揺れた。
焔大蛇の口腔に炎が集い、ふゆみを焼き尽くさんと吐き出される。
迫る火炎を前に、彼女はプロスボレーシールドを前に構えた。
「だーりんの愛で守られたこの盾で!がんばっちゃうんだよっ☆ミ」
星が散りばめられたデコ盾は見た目こそアレだが防御能力は一流だ。ふゆみは盾でダメージを最小限に抑えると、行くよだーりん!と強気に焔大蛇を睨みつける。
陽炎を消す目論見は外れたが、奇しくもこの時点でふゆみは焔大蛇を引きつけるという役目を果たしていた。
……因みに、彼女は気付いていなかったが。
盾の正面に貼られた恋人の写真は見るも無残な燃え滓になっていた。恋人に合掌。
ふゆみが大蛇の相手をしている時、後方でも動きがあった。
英蓮がライアーに縮地を付与し、移動力を底上げすると、ライアーは闇の翼を展開する。
「いってらっしゃいませ…。良い結果を期待して…おります…」
「おう、ありがとな!」
差し出されたペンキ缶を片手に持ち宙に舞う。
一息で到達可能な高度まで達すると、広く視界を取り眼下を見下ろす。
「今回も、逃がさねぇぜー?」
ライアーは以前もヤタガラスを撃墜している。その経験を活かし、感覚を総動員して影を追う。
照明弾の貸与はならなかったものの、未だ燃え続ける炎のお陰で明かりには事欠かない。
稲わらが燃えて出た白煙が薄らと空を覆う中、痛みを堪えながら目を凝らすと…目の隅を黒い影が過ぎ去った。
すぐに其方に目を向けるが姿は無い。ならばより高みからと、上空へと舞い上がった。
ライアーがヤタガラスを追っている中、地上の撃退士達も激戦を繰り広げていた。
立ち塞がったふゆみを焔大蛇が薙ぎ払う。吹き飛ばされないように踏ん張るも、横合いから燈狼がふゆみの細い腕に爪を立てた。
咄嗟に盾に備えられた槍で払うも、燈狼が身に纏う陽炎のせいで目測を誤り空を切る。
「もー!当たらないんだよっ!」
敵の陽炎に翻弄されて中々ペースを掴めない。攻撃は大方防げているものの、じわじわと体力を削られ、こちらの攻撃は中々当たらない現状に鬱憤が溜まっていく。
そんなふゆみの後方で英蓮が魔法書を開いていた。
ライアーから注意を逸らすまでもなく、大蛇の意識はふゆみに向いている。そんな状況で盾は意味を為さず、ならばと一つの実験を開始する。
魔具が生み出す風の球体で大気を流動させ、陽炎を除去しようという試み。
魔法書から放たれた風球は一直線に大蛇に向かうと、偶然にも身体に命中した。だが当たりはすれど、魔法能力に秀でない英蓮では殆どダメージは与えられず、また期待した効果も見られない。
「だめ…でしたか…」
それを見た英蓮は、特に期待もしていなかったのか消沈した様子もなく、陽動を続行するために魔法書を構えた。
一方、燈狼たちは群れを成して撃退士達を包囲しにかかった。
事前情報では燈狼は十体。しかし今自分たちを囲もうと動いている燈狼はそれ以上。明らかに多い燈狼の群れを見て、幻影が紛れていると確信する。
仲間たちが身構える中、ネピカは抜刀した烈光丸にアウルを通す。
「………………」
(幻影に視覚が惑わされておる。ここは足音や気配に頼って攻撃するのがセオリーじゃろうが…私は一つ試したいことがあるのじゃ)
光輝く烈光丸を振るい、跳びかかってきた燈狼の一体を斬り伏せ――
「…………!」
頭を割ったと同時、その姿が瞬時に消失する。
今の燈狼が跳びかかる前に確認した時は影があった。幻影には影が無いというネピカの考えはつまり…。
(失敗、か。ならばセオリー通りやるしかないのじゃ)
思い、シルバーレガースを活性化。包囲を狭めようとする燈狼を迎え撃つ。
そんな彼女の左前方より迫っていた燈狼の横を銃弾が掠めた。十一による牽制射撃が、包囲を狭めようとする燈狼の一部を阻む。
「ガラじゃねぇけど…たまにはこういうのもアリかな。」
刀での大立ち回りを好む十一だが、広い視野を持って依頼に臨んでいた。冷静に、戦場を見渡しながら燈狼を狙う。
――瞬間、司が動いた。十一の銃撃によって怯んだ燈狼に跳躍して迫ると痛烈な蹴撃を放つ。司が放った雷打蹴は、陽炎を掻い潜り胴を捉え、痛烈なダメージと共に燈狼を吹き飛ばす。
吹き飛んだ燈狼が上げた悲痛な鳴き声に狼の仲間意識が刺激されたか、あるいは司を最も厄介な敵と認識したか。全ての燈狼は残らず司に注目し、彼女を狩り倒さんと一斉に攻めかかった。
四方八方より襲い来る燈狼の爪牙を払い、いなし。時にカウンターを入れながらも、燈狼達の連携の前に傷は増えていく。
幸いだったのは燈狼個々の戦闘力はさほど高くなかったということだろう。その身に宿すCRを中立にしていたことも功を奏し、司は燈狼の猛攻を凌ぐことができていた。
無論、無暗に注目を集めたわけではない。すべて燈狼を一網打尽にするための策の一環であり、そして今――
「いいぞ、そのまま動くな」
突如として飛来した影の手裏剣群が、司に群がっていた燈狼を幻影諸共に刺し貫く。
宗が最高のタイミングで放った影手裏剣は、燈狼達に致命的な傷を負わせていた。
見届けた司も動く。影手裏剣をその身に受けてなお健在な個体を本物と断じ、拳に纏わせた蒼を輝かせ。
「手折る――、瞬華集灯…!」
流れるように二体の燈狼を打ち穿ち、その命を摘み取った。
地に伏す燈狼を流し見て短く息を吐く。
大蛇はこちらに注目していない事を確認し、残りの燈狼に目を向けたところで――上空に、大輪の花が咲いた。
自身の翼で到達できる最大高度まで到達したライアーは注意深く周囲を探る。
と、その獣耳が鳥の羽音を拾った。すぐさまそちらに目を向けるが、変わらず夜闇が広がるばかりで姿は無い。
ならば、と。手にしたペンキ缶を上空に放り投げると、ファイアワークスを炸裂させる。
爆炎が夜空を一瞬明るく照らし、破裂したペンキ缶は内容物を広範囲に撒き散らす。
暗がりで見えづらかったが、尚も目を凝らしたライアーの目に、宙に浮かぶ極彩色の点が映る。
「そこか…!」
補足と同時、即座に振るった鎖鞭はヤタガラスを打ち据え、一撃でその命を刈り取った。
地上では、燈狼の殲滅が続いていた。
後方支援に徹していた十一も大太刀を抜き放つと燈狼の群れに切り込んだ。陽炎に間合いを惑わされながらも、そんなものは関係ないとばかりに刀を振るい幻影を裂いた。
「幻影だろうと…全部消しちまえば関係ねぇだろ!」
その言の通り猛々しく刀を振るい、本体も幻影も関係なく薙ぎ払っていく。
と、一体の幻影を切り払ったところで、十一の身体が僅かに流れる。身の丈を超える大太刀を幻影に対して振るったことで、僅かに刀の勢いに身体が流された。
その隙が司よりも魅力的に映ったか、燈狼が牙を立てようとした時、後方より燈狼の顔面に光が当たる。潜行して戦況を窺っていた彩がフラッシュライトを照射したのだ。
攻撃の機を僅かに外した燈狼を十一が返す刀で斬り飛ばす。
そして、宗の放った二撃目が燈狼を蹂躙したところで――
「待たせたな!」
ヤタガラスを墜としたライアーが参戦する。
上空から影ができていない個体を判別しようとして、ふとその違和感に気付いた。
……全ての燈狼の足元に影はある。が、形が違う。周囲で燃える炎に照らされ横に伸びるものもあれば、変わらず足元に留まっているものもあり――気付き、にィっと笑みを浮かべる。
「ハングマン!」
「おう!」
司がライアーの攻撃範囲から飛び退いたのを確認すると術式を起動。
Surrender of Wrath――ライアーの眷属たる狼の姿を模ったアウルが燈狼らを引き裂き蹂躙する。燈狼もその爪で応戦するも、アウルの塊に物理攻撃は意味を為さず喉笛を食い千切られた。
同時、冥魔の具現たる黒狼の暴威から逃れた燈狼をネピカが迎え撃つ。
その数二体。どちらにも影がある。左右から挟撃して襲いかからんとする燈狼を前に――
「左が本体だ!」
突如飛んだ声。根拠は解らなかったが、あれほどはっきりと断言したのならば信じようと決める。
燈狼が牙を剥き出し飛びかかってくる。タイミングを合わせるように踏み込むと同時に、大きく頭を振りかぶり――勢いをつけて打ち付けた!
信じ難い程の石頭から繰り出された信じ難い威力の頭突きは、飛びかかってきた燈狼を地に叩きつける。
消えることなく着地したその燈狼を、大太刀を振り被った十一が両断する。
と同時に、最後の燈狼の姿が、ふっ…と掻き消えた。
全ての燈狼が屍に変わったと同時、もう一方にも変化が起きる。
焔大蛇が纏っていた陽炎の揺らぎが小さくなったのだ。それを好機と見た英蓮は二振りの小太刀を抜刀し、九字を切りながら大蛇へと駆ける。
「ふゆみ必殺☆ずばばーんっ!」
同時、闘気を解放したふゆみが放った薙ぎ払いが大蛇の芯を捉えた。
気の抜けるような掛け声だが、骨身に響く衝撃に大蛇の動きが硬直する。この上なく大きな隙を曝した大蛇を前に、英蓮は駆けた勢いそのままに二刀を薙ぐ。刀に纏わりついた死霊の怨嗟は、濃密な冥の瘴気を孕んで白い鱗を陽炎ごと削り取った。
それだけに留まらず、抵抗力を奪われた大蛇の頭部に闇を纏った矢が突き刺さる。
見れば後方より宗が捻じれた洋弓を構えていた。
声にならない絶叫が夜空に響く。硬直の影響でのた打ち回ることもできない大蛇が捉えたのは、己を囲もうとする撃退士達の動きだった。
身体の硬直を振り払い、尻尾を大きく薙ぎ払って撃退士達を吹き飛ばそうとする。
痺れが抜けきらなかったのか、英蓮と十一が共に完全に躱しきる。
「動いちゃダメだよっ☆もう一発ずばばーんっ!」
再び蛇の動きが鈍ったのを確認すると、英蓮がジルヴァラを活性化。九字を切り、大きく腕を振るう。如何に陽炎を纏って輪郭を揺らがせようと、側面から薙がれては意味はない。
呪詛を纏った極細のワイヤーは大蛇の首に絡みついて締め上げる。
「このまま…生首にしましょうかぁ…?焔のごとく蛇さん自らの血で…真っ赤に染まって…フフッ」
ワイヤーが蛇身に食い込み、徐々に血が溢れ出す。
尚も抵抗する大蛇に止めを刺さんと、側面より迫った司が拳に溜めこんだアウルを一点集中、打ち放つ。爆ぜたアウルは大蛇に僅かに残った生命力を大きく削り、そして――
「これなら陽炎も関係ねぇだろ!」
横薙ぎ一閃。冥の紫炎を燃やして加速した大太刀の一閃が大蛇の胴体を通過する。
冥に大きく傾いたカオスレートの恩恵もあり、見事一刀の下に大蛇の胴を断ち切った。
一度痙攣を残して地に伏した大蛇。その首に半ばまで食い込んだワイヤーを巻上げると、意外にもあっさりと首が飛んだ……。
英蓮は首を刎ねた際に飛んだ血痕を指で拭う。
「こうして…討伐を終えましても…戻らぬモノは…数数多…。詮無いことです…」
憂いのある表情でしっとりと呟くその姿は、少女でありながら妖艶な色を帯びていた。
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サーバントを全滅を住民に知らせた撃退士たちは、住民の好意で公民館を宿代わりにしていた。
司は持ち込んだ救急箱で負傷した仲間の応急手当を行っている。
仲間内で特に負傷が大きかったのは大蛇を最前線で足止めしていたふゆみだったが、一時的とはいえ大量の燈狼を引きつけていた司も生傷が目立つ。
彩も傷こそ負わなかったが、無理を押していたため今は脱力してぐったりとしている。
その横で、十一や宗、ライアーは今回戦った敵の能力をまとめるべく話し合っていた。
知りえた情報を共有し、天界の動きにいち早く対応できるよう。
秋田の地に忍び寄る騒乱の足音はすぐそこまで迫っていた。