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抜けるような秋晴れの空の下、七人の少年少女が山道を歩いていた。
ふと見上げれば、鮮やかな色彩が頭上を覆い、時折はらりと紅葉が舞い落ちる。
暖かく色付いた木々に囲まれて歩いていると、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚さえ覚える。
しかしその中にありながら彼らの顔に笑みはない。
彼らがこの山に来た目的は、紅葉狩りではなく天魔の調査。ゆえにみな真剣な表情を覗かせていた。
「森の中にワンピースの少女…か。お伽話みたいだね」
そんな張り詰めた空気を解すかのように、松永 聖(
ja4988)が明るく言った。
確かに言葉だけ聞くとお伽噺の妖精のようなイメージがある。背景を考えれば、そんな綺麗な話ではないが。
「…もしかしたら、ディアボロかもしれねーな。白いワンピースって良い響きだけど、何つーか…不自然だし」
ロード・グングニル(
jb5282)がそう言葉を返す。
軽装で登山する者は確かにいるものの、冬の足音さえ聞こえ始めるこの季節。ワンピース一枚で登山をする猛者はさすがにいまい。
それを考えると天魔が絡んでいることは間違いないと思うのだが…。
「調査、か」
調査を行い、天魔であれば討伐せよ――という依頼内容に思うところでもあったのか、ぽつりと梶夜 零紀(
ja0728)が呟く。
「詳しく原因を調べずとも怪しすぎる状況よね。天魔が関わっている可能性は高そうだわ」
零紀の言葉に応じるように、セアラ・ウィルソン(
jb7422)が言葉を返した。
「高いどころか、天魔の可能性はほぼ100%のように思うが…」
状況証拠ではあるが、それだけでも怪しすぎる。どう見ても普通ではない状況で、調査という前置きは不要だと感じたが。
「…思い込みは危険か」
「限りなく黒だけど、白の可能性もゼロじゃないのがなぁ…面倒」
続くユーリヤ(
jb7384)の言の通り、天魔に利用されている人間の可能性が捨てきれない以上、仕方のないことだった。
とはいえ面倒なことに変わりなく。天性の面倒くさがりだったユーリヤにとって、酷く頭の痛い話である。
「でも状況から察するに、完全に魅了されてるよねぇ、行方不明になった人達。
それが女の子の仕業だとすると…そんな魅力的なレディなら会ってみたいかな?」
「まぁ俺も、女の子の魅了に一度、掛かってみたいね」
ジェンティアン・砂原(
jb7192)そう冗談めかして口にし、ロードも話に乗る。
「…あなたたち、好きものね」
そんな男二人に対し、セアラが呟いた。
表現の乏しい外面からは何を考えているのかいまいち掴めないが、たぶん呆れているのだろう。
或いは彼女なりにからかっているのかもしれないが。
術に掛かったフリをして攻撃を確実に当てるためにーと弁明するロードや、笑うジェンティアンを軽く流しつつ歩くセアラ。
何気に付き合いのいいはぐれ悪魔であった。
彼らの中にあって、佐藤 七佳(
ja0030)の意思はその誰とも異なっていた。
そも、七佳は今回の天魔の行為に特別な感情を抱いていない。
天魔が人間を糧とすることは、人間が他の生物に行うそれと何ら変わるものではないと考えている。
それでも七佳は、敢えて命を断つという悪を為すためにこの場に赴いていた。
全ては、彼女が心から追い求める本当の正義を見つけるために。
一方。地上を往く撃退士から離れ、スピネル・クリムゾン(
jb7168)は緋色の翼を広げ、空中から探索を行っていた。
眼下に広がるのは黄昏に色付いた自然。天界にも魔界にも存在しない、人間界で初めて見る景色は途方もなく美しく、赤々とした色彩が彼女の目を奪う。
「お山綺麗〜♪これが紅葉ってやつだね♪」
探索をしつつも秋の山を満喫していたスピネルであったが、通報者への思いが心の隅に燻っていた。
ふとした拍子に頭をよぎり、表情を曇らせる。
「アウルも無いニンゲンだもん、お友達を置いて来たのは仕方ないのかもしれない…けど、それを酷いって思っちゃうあたしはヤな子なのかな…」
誰に聞かせるでもない独白。考えてもこの場では答えは出なかったが、しかし。
「でも、これ以上被害は増やしちゃダメだよね」
今やるべきことは明瞭だから。よし!と気合を入れて鬱々とした気持ちを掻き消して、ばさりと大きく羽ばたいた。
――彼女が通報にあった広い空間を見つけ、七人を案内したのはそれから数分後のことだった。
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紅葉の木が立ち並ぶ中、ぽっかりと開けた空間。
その中央には通報に合った通り、白いワンピースを着た少女と枯れ木が一本。
撃退士達は警戒するように踏み込まず、その様子を観察していた。
「助けて……」
服装を除けば、普通の少女にしか見えないが…。
「ニンゲンの世界の木ってこんなにポツンと生えるの?」
スピネルがふとした疑問を述べる。
人間界に疎い彼女だから出た些細な疑問なのだろうが、案外こういう場合、先入観に囚われない方が的を射る場合がある。
ユーリヤが何かに思い至ったように答えた。
「RPGだと、ドライアードとか木とセットの妖精が悪さしてることってあるよね」
そう言われると、気に留めていなかった樹の違和感が際立ってくる。
そして、念入りに周囲の様子を探っていた聖が何かに気付いた。
「……ねえ、ここ。この辺一帯に荷物が散らばってる。やっぱりおかしいよ!」
落ち葉の下に隠れていた数々の品。誰かが偶然落としてしまったと考えるには、余りに数が多すぎる。
それが意味するところに気が付いた瞬間、彼らの間に流れる空気が張り詰めた。
スピネルは既に炎の烙印の付与を始めている。
――そして、一歩進んだところで異界認識を行使したジェンティアンが決定的な一言を告げた。
「判定結果、ディアボロさんでしたー」
やはり…と誰もが思っただろう。しかし、七佳と零紀はすぐにでも飛び出したいと逸る気持ちを押し留める。
敵が魅了能力を有するだろうことは全員の見解だった。ゆえに、仲間に刃を向けるという最悪の事態を避けるべく、ジェンティアンが聖なる刻印を刻む手筈になっていた。
幸い少女――ディアボロは動かない。
獲物が近付いてこないのが不思議なのか、可愛らしく首を傾げ、彼らを眺めている。
その間に、聖が闘争心を解き放ち、ロードが祝詞をあげる。セアラが闇の翼を広げ、空へと舞った。
ユーリヤは先ほど思い至った可能性を考慮し、周囲の警戒を強める。
そんな、今までの獲物とは違う彼らの様子を見て、少女は静かに立ち上がり。
ふわり…と、その身体が宙に浮いた。
純白のワンピースを靡かせて浮遊する様は可憐な妖精のよう。
しかし、紛れもなく殺意を孕んだ嗜虐的な笑みを浮かべており――
――ここに、戦端は開かれた。
「往くわ!」
先陣を切って七佳が駆けた。背部から光纏を噴射し、光の帯を残しつつ妖精に迫る。
迅雷の如き速度を以って、一息で彼我の距離を詰め――
――瞬間、正面から突き出された無数の根が、七佳の身体を貫いた。
「ぐっ……!?」
完全な不意打ちのもと打ち込まれた一撃は、皮肉にも彼女が得意とする戦闘スタイルに似て、速度を威力に転化した強力なカウンターを七佳に見舞っていた。
彼女の魔装が形成した防護力場がダメージを抑えたものの、衝撃で後方に吹き飛ばされる。
即座に光纏の噴射により体勢を立て直した。
妖精の攻撃かと、そう思った。しかし、目に飛び込んできた出来事がその予測を否定する。
妖精の背後。根を蠢かせ、幹を震わせ、枝をざわめかせていたそれは、明らかに普通の樹ではない。
「やっぱ1体じゃなかったか」
そう言ったジェンティアンだけでなく、ほぼ全員が何らかの違和感を感じていたため、驚愕は少なかった。
「って、この樹も天魔なの?!」
聖は仲間の存在は疑っていたものの、樹が天魔だとは思わなかったようだが。
そんな中。擬態を止めて活動を開始した邪木を見据え、ユーリヤがストレイシオンを召喚する。
「あれは私が抑えるから、皆は少女型をよろしく」
そう言うと、暗青の竜とともに仲間から離れ、邪木に身をさらす。竜は低く唸るような咆哮とともに一直線に雷撃を迸らせた。
それは確かな威力で邪木を襲うも、まるで光纏のように淡く纏った紫光に遮られ、その表面を薄らと焦がす程度の傷しか与えられない。
僅かに舌打ちを落とし、次の指示を出したその時、自分と同じように邪木に対峙しようと動くロードの姿を目に留める。
「一人じゃきついだろ。俺も手伝う」
何か言いたそうなユーリヤにそう返すと、鎌鼬を放つ。
練り上げられた風の刃は幹に浅く傷を刻むも、やはり決定打には至らない。
しかし気を引くのは成功したらしい。邪木は枝に垂れる蔦を鞭のようにしならせ、彼らに襲いかかった。
迎え撃つストレイシオン――ユーリアは眼光鋭く睨みつける。
その眼は、抑えと言いつつも、自分たちの力で敵を打倒せんとする気勢に満ちていた。
ユーリアとロードの邪木との戦闘を背景にして、もう一方も動き出す。
宙に浮く妖精が手を翳すと、巻き上がった枯葉が魔力を帯びた刃へと変わり乱れ舞う。
黄葉の刃は、体勢を立て直した七佳と、接近しようとしていた零紀を飲み込んだ。
身体に走る痛みを耐え忍ぶ。猛攻が弱まった時を見計らい、再び七佳が駆けた。
妖精は勢いに気圧されたのか、咄嗟に高度を上げようとするが……頭を押さえるように降った光矢がそれを許さない。見れば空を舞うスピネルがプルガシオンを構えていた。
止む無く速度を落とした妖精の肩に、聖が放った矢が突き刺さった。
不意の一撃を受け、空中で体勢を崩した妖精に、七佳のガントレットからナイフが射出される。
ナイフに魔法陣が層を成し、意志と肉体の接続を断たれた妖精は指一本満足に動かせない。
「念を入れさせてもらうわよ」
上空の死角から機を窺っていたセアラが、ワイヤーを妖精に巻き付けた。
撃退士達の連携の前に、妖精は体の自由を完全に奪われ、地に伏せる。
そんな妖精の前に零紀が立った。ハルバードを手に妖精を見下ろし、押し殺した声で問う。
「どれ程の人間を犠牲にした?」
答えが返ってくることなど期待していなかったが…妖精は辛うじて動く口で、途切れ途切れに、震えながら言葉を紡いだ。
「たす…け て…」
それは今まで数多の人々を誘い、欺き、屠ってきた魅了の言葉。
人の形をしているとはいえ、所詮はディアボロ。言葉を解す程の知能はなく、単なる悪あがきだったのだろう。
しかし、聖なる刻印の加護を受けた零紀には効かない。そして彼自身、そんな戯言を聞く気はなく……
「人を欺く天魔…裁きの鉄槌を下す」
静かな怒りとともに、斧槍を振り下ろした――
ロードとストレイシオンを巻き込んで、樹槍が襲う。
ロードは地面が一瞬盛り上がる様子を捉えようとするも、反応を超える速度で突き上げられた根の槍は避けきれない。
しかし、彼と竜を守護する青い燐光……ストレイシオンの防護結界がその威力を大きく減じさせた。
完全に無効化できたわけではないが、その痛みを堪え、風を操り刃を放つ。
掠り傷しか与えられないのは承知の上で、それでも仲間に矛先が向けられないように全力で攻勢に出ていた。風の刃はまたも浅く幹を削るに留まり――否。
風刃が当たる瞬間、邪木を覆っていた紫光のオーラが消失した。妖精からの祝福を失った邪木に鎌鼬が直撃し、大きな裂傷を刻み込む。
「これは……」
劇的な変化に安堵と疑問が湧き上がる。動向に警戒しつつ仲間の方に目を向けると、妖精を倒したところだというのが理解できた。妖精を倒したことで邪木の能力が低下したのか。
ストレイシオンが吼え、雷撃が木を貫き焼き焦がした。
先程までは厄介なだけだったCRの差もここにきてプラスに転じる。確かな手応えを感じ、ユーリヤの口元に僅かに笑みが浮かんだ。
邪木は果たして苦痛を感じているのだろうか。変わらずその場から動く気配のないそれは、蔦を操ろうと枝をざわめかせる。
だがその動きひとつとっても先程までと比べ、速度も精度も欠いている。
振るわれた蔦の鞭をロードは身体を逸らして躱す。
その伸びきった蔦を狙い、金色の光が煌めいた。空中から襲撃をかけたスピネルが、大鎌を振るい蔦を断ち切る。
「雑草はちゃんと刈り取らないとね♪」
断罪の大鎌を構え、次々と枝を落としていく。
己の周囲を飛び回るスピネルを目障りと感じたか、邪木は蔦を振り回し、彼女を叩き墜とさんと荒れ狂う。
邪木の意識がスピネルにとられている隙に、素早くジェンティアンが邪木を抑えていた二人に接近し、回復を施した。
「足止めありがとう。助かったよ」
「大したことねー」
「もう少しゆっくりしててもよかったのに」
お礼の言葉に彼ららしく返すと、三人もまた戦列へと加わる。
同時に、妖精を相手にしていた仲間たちも邪木に接近し、各々の攻撃を叩き込もうとしていた。
範囲攻撃に巻き込まれないように散開、その場から動かない敵を包囲する。
四方八方、時には空中からも襲いかかる攻撃が、確実に邪木に傷を刻み、生命力を削り取っていく。
七佳が封意を打ち込み、ジェンティアンが審判の鎖で締め上げ、その動きを魔法的に制限する。
零紀が渾身の力でハルバード振り、根を断ち切ると、双剣に持ち替えた聖が闘気を解放して痛烈な斬撃を加える。
「こうなると、もうただの木だな」
ロードの言葉通り、一切の動きを封じられた邪木は傍目には枯れた巨木にしか見えず、彼の放った光槍をその身に受ける。
空中よりセアラがワイヤーで枝を数本纏めて切り落としたかと思えば、スピネルが大鎌を閃かせ、太い枝を根元から切り落とす。
ストレイシオンもその爪で幹を薙ぎ、樹体を大きく揺るがせた。
為す術なく体を削られていく邪木は、最後の足掻きとして根で彼らを刺し貫こうとするが、二重に縛られている状態で満足な攻撃が繰り出せるはずもなく……
「あたしは、あなたの死で先に進むわ。せめて安らかに逝きなさい」
紫色の魔力を纏う建御雷に持ち替えた七佳が、深々と幹を斬り裂く。
その瞬間、邪樹は一度枝を大きく震わせ、一切の活動を停止した。
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命を失い、今度こそ本当に朽ちた巨木となった残骸を背に、彼らは散らばっていた荷物を一つ一つ回収していた。
ディアボロを討伐した後に周囲を探索したが、生存者はおろか遺体すら発見できなかった。
せめて、遺品くらいは家族の元に返してあげたい。
その提案に反対する者は誰もいなかった。
激しい戦闘に巻き込まれ破損していた物も多くあったが、一つ一つ丁寧に拾い集める。
そんな中、ロードが一つのカメラを拾い上げた。
それは壊れて動かなくなっていたが、どうやらフィルムは無事に残っているようだ。
もう持ち主のいないそれを袋に収める。
素晴らしい風景が映っていると信じて。
それが、少しでも遺族の救いになるように願って――。