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夜の帳が下りる頃、若い二人の男女が談笑しつつ住宅街を歩いていた。
斎宮 輪(
jb6097)と榛原 巴(
jb7257)だ。
南瓜頭を誘い出す囮という最も危険な役回りながら、その表情には全く気負った様子がない。
「輪、さん♪ 輪、さん〜♪」
「……全く、お前というやつは」
巴は気負うどころか、実に幸せな様子でべったりと。ここぞとばかりに腕を組んで身を寄せていた。
気分はすっかり恋人同士。事情を知らない第三者が見てもそう思うだろう。
輪も輪で、ひっついてくる巴に苦笑するものの、いつもの事だと放置する。
二人にとってはこれが昔から変わらない自然な距離だった。
エマ・シェフィールド(
jb6754)はそんな二人の様子を空から見下ろしていた。
翼を出して空を飛び、時折住宅の屋根で羽を休ませながら見失わないように二人を追う。
「ふみ〜。仲良しさんだなぁ」
口調にも雰囲気にもほわほわとしたものを纏いながらも、その目は油断なく周囲に向けられていた。
二人が危険になればすぐにでも対応できるよう、万一の備えも怠らない。
別の屋上からは桜花(
jb0392)と杠葵(
jb6984)。
桜花は葵が持参していたホットココアで一服していた。一口飲めば甘さが口に広がり、身体の中から温まってくる。
一方の葵はというと、ダウンジャケットとマフラー装備な上、なにやらふさふさな尻尾まで完備していた。用意周到すぎである。
尻尾モフってみたいな、と場違いなことを考えつつ、再びココアに口をつけた桜花を横目に、葵はふと疑問に思ったことを呟いてみる。
「私も日本人ですが、なぜ日本人は関係の無い文化の習慣を行うのでしょうか」
答えは期待していなかったが、意外にも桜花から返答があった。
「それは知らないけどさ、たぶん深い理由があるんだよ。たとえばハロウィンは年端もいかない美少女美少年のコスプレを堪能して合法的に戯れつつ、子供たちにも喜んでもらうためとかさ」
……何か違う。
葵はそう感じながらも、曖昧に笑いを返すので精一杯だった。
天風 静流(
ja0373)、シリル・ラビットフット(
jb6170)、宮路 鈴也(
jb7784)の三人は、GPSを使い、ある程度の距離を維持しつつ囮の監視を行っていた。
動きがあればすぐに急行できるように神経を研ぎ澄まし、その時を待つ。
「流石に今回のこれは悪戯の範疇を越えていますね」
そんな中、不意に鈴也がそう呟く。
一連の行方不明事件。どれだけの人が今回の天魔によって家族や友人を失ったのか。どれだけの人が悪戯なんてふざけた理由で命を奪われたのか。
考えるだけで自然と握る手に力が入る。残された者の苦痛は、自分もよく知っているから。
だからこそ、Trick――悪戯などという言葉で片づける奴らが許せないと。
「これ以上の犠牲者は出させません。ハロウィンももう終わったことですし、この事件にも決着をつけましょう」
そう、誓いの意味も込めて口にした。
「うん…これ以上は、やらせない」
鈴也の誓言に応じるかのように、シリルがお守りに触れながら続ける。
「祭りの終わりは、潔く済ませないと」
戦いは嫌いだけれど、これは悪戯では済まないから。護るために武器を取ろうと。
「では、奴らには早々に退場して貰うとしよう」
最後に静流が締め括る。
無意味な戦いは好まない静流だが、今回の戦いは必要なそれだ。人に害を為すならば是非もない。ゆえに屠ろうという帰結の下、武を携えてこの場に赴いていた。
そして彼らが決意を新たに意識を監視に戻した、その時。
携帯が、鳴った――
●
――着信の数分前。
「えへ、へ…輪、さん〜♪」
相変わらずのべたべたっぷりを披露していた巴と輪。
今日何度目かの十字路を曲がろうとした。――瞬間、突然飛び出してきた南瓜頭が視界一杯に広がった。
「……っ!」
突然の邂逅に思わず反射的に飛び退き、輪は咄嗟に巴を庇うように立つ。
その反応が可笑しかったのか、ケタケタ嗤った南瓜達は、二人を囲むように動き、問いを投げた。
『トリックオアトリート!』
最初の対象は巴だった。
お菓子か悪戯か。問われた彼女は慌てず、準備していたお菓子の中からパンプキンケーキを取り出す。
「はい、どぞ、ですよ?」
そう言い、小さな手に乗せて差し出す。
お菓子を前にして、南瓜頭は嬉しそうな声を上げると、巴からお菓子を掻っ攫った。
同時に巴を強い疲労感が襲う。
まるで生命力というものを急激に吸い取られたかのような……。
仲間がお菓子を貰ったことで満足したのか。或いは自分たちが真に望むお菓子が手に入らないと悟ったか。残り二体の視線は、傍にいた輪に向けられた。
それに対する輪の答えは「お菓子はない」
“望みの答え”を聞き、南瓜の口が歓喜に歪む。
その目が赤く光ったと輪が感じた瞬間、視界が暗闇に包まれた。
「……っ!」
どんな悪戯でも対応できるように身構えていた彼にとっても全くの不意打ち。
思わずよろめいた輪の脳天に叩き込まんと、最後の南瓜頭が斧を振りかぶり、踏み込んでくる。
いや、踏み込もうとした刹那――空中から魔法の剣が飛来した。
剣は南瓜の頭を掠め、地面に突き立つ。
反射的に上空を見上げたそれが捉えたのは、純白の翼を広げた一柱の天使。
ふわふわとした笑みを浮かべ、同様に気の抜けた声で告げる。
まるで悪戯をした子供を諌めるように。
「とりーっく、おあ、とり〜と♪ おいたがすぎる子はどこの子かな〜」
魔法書を開き、周囲に剣を作り出しながら。
「幻想時間はおしまいおしまい。きみたちは退場だよ〜!」
このハロウィンは終わらせると。
ならば倒さねばならない、と本能的に理解するも、南瓜達に宙を舞う天使を墜とすための武器はない。
ゆえにそれは問いを投げた。トリックか、トリートか。
「お菓子〜!って、あ、ボクがお菓子渡す側か〜」
てへ、と。可愛らしく笑う。どこまで本気か判断に困るが、奴らにとっては言質さえ取れれば構わなかった。
お菓子と答えた。ならば――ガチリと歯を鳴らし、活力の源である甘味を喰らう。
剣が掠めた傷が癒えるが、次の瞬間、再び放たれた魔法剣が頭に突き刺さった。
お菓子分が一瞬にして削り取られ、悲鳴が住宅街に木霊する。
「おしまいって言ったでしょ〜」
間延びした声で終わりを告げた天使は、住宅の屋根に足をつけ、尚も南瓜頭を狙っていた。
エマに狙われている一体を彼女からの攻撃の盾にしつつ、巴から受け取ったケーキを食べ終えた南瓜頭が、悪戯をされた輪に追い打ちをかけようと狙いを定める。
しかしそれは、突如襲い来た無数の銃弾に身体を穿たれ、遮られた。
射線の先には駆け付けた葵と桜花。一瞬そちらに気を取られたが、すぐに自らの欲求に従い悪戯を再開しようとする。 だが。
「お菓子を食べたいならこっちだよ」
立て続けに撃ち込まれる桜花の散弾がそれを許さない。
ダメージそのものは耐えられないレベルではないものの、こうも執拗に狙われては無視できない。
南瓜頭は怒りのまま、彼女らに向かい、駆けた。
――トリックオアトリート!
迫ってくる南瓜頭から向けられる問いに、桜花は少し思案して。
「じゃあお姉さんに悪戯してもらおうかな?」
そう言う桜花は笑っていたが、どことなく邪な感じを受けた。
「いやいや桜花さん、悪戯って碌なことされませんよ?」
思わず葵のツッコミが入る。
「えー、もしかしたら女の子には違う悪戯かもしれないじゃない!」
「あり得ませんって」
良からぬことを考えているのかもしれないが、生憎と良からぬベクトルが違う。
南瓜頭の悪戯が桜花を襲う。
彼女が期待したような悪戯ではなく、ディアボロ風の悪戯で、桜花の視界は闇に落とされた。
「ほらやっぱり……」
軽口を叩きつつも視線は迫る南瓜頭から外さず、ガルムの銃弾をバラ撒いた。
南瓜頭は足元めがけて撃ち込まれた銃弾を跳躍して躱すと、そのまま血に塗れた斧を振りかぶって迫りくる。
狙いは今も攻撃を続けている葵。咄嗟に身を引くが、躱しきれずに浅く裂かれた。
「……ッ!」
鈍い痛みに顔を顰める。さらに追撃しようと、再び斧を持ちあげる南瓜頭の前に小さな影が立ちはだかる。
シリルだ。
見れば、あちらにも静流と鈴也が合流していた。
突然の乱入者に、邪魔するなと言わんばかりに振り下ろされた斧を、双剣を交叉させて防ぐ。
しかし、斧の勢いを殺しきれず、自らの双剣が肩に食い込んだ。
痛みとともに、距離が近くなったことで血に塗れた南瓜が顔に近付いた。
至近距離で見せつけられた惨劇の証に一瞬たじろぐも、歯を食いしばり耐える。
自分の目的を思い、姉を想う。
――…怖がるのは後だ。後で、いい。
その決意とともに、光り輝く星の輝きが双剣に集まっていく。
左の銀剣で斧を押し返し、切り払う。そして、開いた懐に黄金に輝く剣を渾身の力で叩き込んだ。
大きく身体を切り裂かれてたたらを踏む南瓜頭。
がら空きになった南瓜頭の腹に艶やかに光る黒銃が突き付けられる。
一瞬、時が止まったように感じた刹那――
「ジャックポット!」
地獄の番犬の咆哮と共に、天の光を纏った星弾がその命を喰らい尽した。
「なんて……一度言ってみたかったのです」
言いたかった台詞を使えてご満悦だったのだろう。
ぶんぶんと尻尾を振って喜びを表すその様子は、狐というより犬のようだったという。
シリルと同時に静流と鈴也も合流していた。
現場に駆け付け、敵を見止めた鈴也がまず驚愕したのは南瓜を彩るように付着した血糊だった。既に黒く変色し、染みになっていたが、特筆すべきはそれが多く付着していた場所である。
凶器であろう斧は当然として、まるで口紅のように口の周りにべっとりと。
「あの血はまさか被害者の…?」
それを見て、彼は被害者たちの運命を悟った。彼らの行方はこいつらの腹の中なのだと。
思い至ったと同時に沸々と怒りが湧き上がってくる。
表情にこそ出さなかったが、マライカを構え、銃弾を吐き出すことでその感情を発露させる。
光の弾丸は今まさに輪を攻撃しようとしていた南瓜の頭に着弾、頭が大きくぶれる。
それを逃さず、巴がブレイジングスピアを突き込んだ。
輪を執拗に狙っていた個体だったからか、怒りの込められた突きだった。
静流は冷静に状況を見、思う。一体は充分に引き受けられると。
事前に準備していたお菓子を取り出すと、それを南瓜頭めがけて放る。
投げられたお菓子はエマに狙われていた南瓜頭に命中。
攻撃ともいえないそれに周囲を見回すと、その先には静流と鈴也。
彼らを新たな獲物と認識して、そしてエマから距離をとるために地を蹴った。
思わず銃をポイントする鈴也と、剣を放とうとするエマを手で制し、立て続けにお菓子を放りつつ距離を取る。
敵がそれに乗ったことを確認すると、静流は指先に尖った爪を出現させた。
襲い来る斧を身体を僅かに逸らすことで躱し、指先より紡いだ灰色のワイヤーを繰り、絡ませ払う。
目に見えぬほど極細の糸に、南瓜頭は為す術もなく転倒する。
起き上がろうとするが、身体の自由が利かない。
「逃がさんよ。ここで終わりにしよう」
静流が声色を変えず、言い放つ。
転がるそれに視線を落とし、自身の愛刀たる薙刀を具現化して構えた。
放つは絶技、肆式「虹」。
底冷えするほどに蒼白い刃が常軌を逸した速度で振るわれる。
常人から見れば、それだけで静流が紛れもない達人と認めるに余りある技の冴えだったが、この業の真髄は虹の如き七連を放つ瞬撃。
だが身体操作が未熟と自身が認めるように、身体に要らぬ力が入ったか、繰り出せたのは一閃のみ。
しかし、その一閃で十分だったと証明するかのように。軌跡が煌いたのち、南瓜頭は真っ二つに両断された。
「私もまだ未熟だな」
眼前に倒れたそれらから視線を外し、息を吐く。
謙遜とも取れるその発言は、彼女が己に下した、心からの評価だった。
静流が敵を屠ったのと時を同じくして、残る一体の南瓜頭も危機を迎えていた。
鈴也の加勢に加え、輪の視界が戻ったことで状況はさらに撃退士側に傾く。
エマや鈴也による背後、あるいは側面からの援護射撃。運よく痛打を与えても、巴のライトヒールが即座に傷を癒し、すぐに立て直される。
お菓子だけでは追い付かず、その身体には次々と傷が増えていく。
このままではやられると察したのか。反転し、住宅の庭に逃げ込もうとする。
が――
「逃がしませんよ」
「逃げちゃだめだよ〜」
飛来したアウルの弾丸と魔法の剣が足を穿つ。激痛に足を止めた隙に、逃げ込もうとした庭先にエマが降り立った。
新たな逃げ道を探して周囲を見渡す。すると両側から、それぞれの相手を片付けた撃退士達が迫っていた。
最早逃げ場をなくした南瓜頭を追い詰めるようにゆっくりと近づいて、輪が雷の剣を作り出す。
「さて、それじゃあ終わらせて貰うよ」
その言葉と共に、雷の剣が薙ぎ払われた――。
●
「怪我してる人は治療しますから言ってください」
戦闘が終わった後、回復の術を使えるシリルが、負傷者の手当てをするために声をかけた。
自身も浅くない傷を負っているが、それを隠して他者を優先するつもりらしい。
軽くとはいえ斧の一撃を受けた葵にライトヒールをかけ終え、自身の傷を回復しつつため息をひとつ。
「…なかなか、綺麗にはいかないね」
そう一人ごちて、お守りに触れる。
自分はまだ弱いだろう。能力的にも、精神的にも。護る術。姉を護るためにはまだ足りなくて。
それを思うと、少しだけ、疲れたかもしれない。
――それでも。仲間を護れたのは誇れることなのだと、人が聞けば言うだろう。
仲間の手当ても終わり一息ついていたとき。
突然、巴が何かを思いついたように輪に声をかけた。
「輪、さん。輪、さん。トリックオアトリート!」
満面の笑みを向けてきた巴だが、突然何を言い出すのかと輪は苦笑する。
「? ……俺、お菓子持ってないぞ?」
そもそも輪はもとから悪戯を選択していたわけだし、普段からお菓子を持ち歩いているわけでもない。
巴もそれは解っていたのだろう。
「……じゃ、輪、さんを、下さい♪ 輪、さん、大好き、です♪」
満面の笑みを崩さぬまま、輪に抱きつく。
突然の巴の行動に、輪は驚くでも慌てるでもなく。
「はいはい、有難う」
頭を軽くたたき、そう答える。彼らにとっては昔からこの距離感が当たり前だった。
一時は離れても、今またこうして当たり前のように傍にいる。
――きっと、これからも。この二人が離れることはないのだろう。
かくして、ハロウィンの悪夢は幕を閉じた。
秋は終わり、冬が来る。
春が来て、夏が来て――来年にはまた、子供たちの楽しげな声が聞こえてくることだろう。
狂気に満ちた嗤い声ではなく、希望に満ちた笑い声が――。