●チクタク、チクタク
夕暮れに浮かび上がる美術館。いくつかのオブジェが飾られた正面玄関に置いてある看板は、現在ここで刀剣博が行われていることを示している。
誰もが知る著名な日本刀から、異国より海原を越えてもたらされた華美な宝剣まで。展示されたいずれの品も金額には代えられない価値を持つ一級品だ。
それを狙う者がいる。尖ったもの、刃がついた物であれば、時計塔の針からV兵器まで一切の区別なく呑み込むサーバントが。
現れた時もまた、唐突だった。博物館の正面に居並ぶ撃退士達の前に、刃がアスファルトを噛み割る鈍い音を響かせて。それは、姿を現した。
黒い燕尾服を翻して。
舞踏会の仮面を夕陽に鈍く光らせて。
四肢の代わりに生えた刀剣を揺らし。
よく言えば、戦闘に特化した姿。悪くいえば……
「すっげぇキモいデザインですね!」
悪くいえば。そう、気持ち悪い姿。そんなサーバント『セイバー』は、玉置 雪子(
jb8344)の言葉に特に反応を示すことも無く、博物館の玄関を目指して歩を進める。
「倒したら剣とかドロップしそうな件」
「オヤジギャグ……? それより、全身武器……ちょっと、厄介そう……」
普段使い慣れていない武器であるパイルバンカー・グラビティゼロの調子を確認しながら、Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)が小さく肩を竦めた。グラビティゼロの機関部が閉じられるのを合図に、撃退士達は談笑を止める。
さぁ、戦闘の時間だ。
美術館の玄関口まで、残り100mの地点で。快音と共に、一つ火花が飛び散った。サーバント『セイバー』の顔面を見事直撃したのは、ライフルから放たれる銃弾。
「まずは私が……!」
チリン、と涼やかな音を響かせ、空薬莢が地面を転がった。瞬きする間も無く反動で下がっていたスライドが次の弾丸を咥え、薬室へと叩き込む。
桜庭 ひなみ(
jb2471)の握る、980mmもの長身を誇るスナイパーライフル・ヨルムンガンド。それも、ただの銃撃ではない。スキル・ダークショットを利用して天使に対する威力を高めた銃撃だ。
しかし、その一撃はセイバーの身を軽く揺らすだけに留まる。
無傷ではない。セイバーが付けた仮面には罅が入り、確実にダメージが入ったことを如実に物語っている。
が、止まらない。レイピアで出来た足が、堅音鋭く一歩を刻む。よどみなく、まるで機械で出来ているかのように。
さらに、舞踏仮面をつけた顔がグルリと180度回転した。そうして睨むのは、今まさに自分を撃った人間。
「あっ……!」
反応した桜庭が、回避射撃を行うより早く。風を孕んで開いた扇が、その眼前に翳された。
同時にセイバーが燕尾服を翻した。翻った服の中には、巨大な口がぱっくりと開いており。
『オォォオオオオ……!』
ナイフが飛び出した。10本や20本では済まない。100、200もの小さな刃が飛び出し、扇の表面に弾かれ、或いは突き立っていく。
「私が傷つく分には構わないが……女の子は、出来るだけ怪我させたくないな」
一振り。浅く刺さっていたナイフをそれだけで払い落し、礼野 智美(
ja3600)は一つ頷いた。
先程見えた口。あれで、刀剣を喰らうという。
「剣を使えないのは少々嫌だが……」
眉を顰めて阻霊符を床に設置し、彼女はサーバントへ向けて歩を進めた。
「物理攻撃は、効果が薄いんですかね?」
桜庭のヨルムンガンドにセイバーが耐えたのを見て。狩霧 遥(
jb6848)は、一冊の魔法書のページを捲った。
魔法書・アブラメリンの書。天使に対して強い攻撃力を持つ装備だ。狩霧の呪文詠唱によって起動したアブラメリンの書は、注がれた魔力に従って真紅の槍を生み出し……
「行ってください!」
狙い通り、生み出された槍はセイバーの胸に深く突き立った。ボッ、と布を突き抜ける鈍い音が生まれ……それでも、やはりセイバーは止まらない。先程の桜庭の攻撃と同じく、ダメージを与えられない訳ではないのだが、足止めには至らない。
「やっぱり、これで行きましょうか……」
遠距離攻撃では止め切れないというならば仕方ない。改めて彼女が引き抜くのは、真っ白な柄と鍔を持つ直刀・幸村。
やはり、接近戦で足止めせざるを得ないらしい。
後衛の行った物理・魔法攻撃も目立った効果を発揮せず。セイバーが美術館まで残り50mまで迫ったところで、撃退士達が大きく動いた。
「……始めます」
「頑張るよ!」
先程までの軽い調子とは打って変わって。鋭い視線をセイバーに投げかける玉置と、狗猫 魅依(
jb6919)が前進した。
「ここはミィに任せて!」
スキルの詠唱を行うため動きが鈍る玉置を護る為に、狗猫が前進した。その手に握られているのは、どこか似つかわしくない不気味な道化人形・メフィスト。
「いっくよー♪」
そうして放たれるのは、魔法で精製される漆黒のナイフ。まるで先程桜庭に向けた攻撃の仕返しとばかりに撃ち込まれたそれは、セイバーの燕尾服のあらゆるところに突き立ち、切り刻んでいく。
『オォォオオオオ……!』
ここにきて。またセイバーが同じ動きを見せた。腹部の口を大きく開け、狗猫に向かってナイフを放とうとし……
「やらせません!」
その直前。二対の直剣、モラルタ・ベガルタを握った狩霧が飛び込み、ナイフを外へと弾き防御する。
「あまり騒ぐな、不愉快だ」
狗猫が距離を開ける時間を稼ぐ為、さらに礼野が飛び込んだ。スキル・血界発動の特徴である紅の紋様を全身に浮かばせて、すれ違いざまにセイバーの腹へと雷鳥鉄扇を叩き込む。
「ッ……!」
無論、セイバーも黙ってやられるばかりではない。鋭い動きで足のレイピアを礼野へと叩きつけ、さらにその反動を利用するようにツーハンデッドソードを振りかざす。
レイピアは余裕をもって躱したが、ツーハンデッドソードを躱すには姿勢が悪い。それでも地面を蹴って回避するが、態勢を立て直す余裕がない。
「どうぞ、剣です」
そこへ。セイバーに向かって放る様な軌道を描き、投げ込まれたものがある。その正体をセイバーが判断するよりも早く、投擲物は仮面を捕え、真っ二つに破壊する。
投げ斧だ。酷く冷ややかで、向こうが透けて見える程の透明度を保った氷で作られた投げ斧の一撃に、セイバーがガクリと膝をつく。
玉置のスキル・soft-error.exeが直撃したのだ。立ち上がろうとその身をふらつかせるセイバーに対し、巨大なライフルを抱えた少女が吶喊した。
Spicaだ。全長1000mmもの長大なスナイパーライフルXG1を振りかざし。
「まず、一撃……」
撃つのではなく、銃床を叩きつけた。先程玉置の一撃が突き立った場所へと寸分違わずに、だ。
『………………!?』
この一撃が、セイバーの平衡感覚・意識を完全に刈り取った。スキル・痛打の一撃は、例えサーバントであろうと耐えられるものではなく……
「止まって、見える……」
殴った勢いそのままに銃身を回転。躊躇なく頭部に狙いを定め、ほぼ零距離状態で引き金を引く。
声も無く地面に倒れ伏したセイバーの胴に向かって、再度銃床を叩き込む。決して軽くないであろうセイバーの体が浮かび上がるほどの一撃。
スキル・薙ぎ払い。またしても、敵の意識を刈り取るタイプのスキル。
そして、またしても殴った勢いそのままに、GX1は既に射撃体勢を整えているのだ。
再度、射撃。また顔面。
『……!』
この一撃にセイバーが目を醒まし、状況を理解しようと頭を振り。
「眠って……」
顎に向かって銃床が振り抜かれた。もう一度スキル・痛打。今度こそ、セイバーの体が数メートル浮かび上がる。が。
『オォォオオオオオ……!』
セイバーが、気絶しきらなかった。今度こそ完全に覚醒し、Spicaの直上で腹部の口を大きく開く。
「…………!」
それにSpicaがライフルを引き戻すよりも早く。
「私が……援護します……!」
桜庭の回避射撃が、再度空中のセイバーを直撃した。
『オォオオオ……』
「チッ!」
瀕死とはいえ、敵はまだ動く。故に、セイバーの前に礼野が立ち塞がった。回避射撃を受けてもなおSpicaを狙ったナイフを雷鳥鉄扇で叩き落とし、ステップと共に後ろへ下がる。
「ぶっとべぇ!」
「Spicaさんは、やらせません!」
完全にSpicaに狙いを定めたセイバーが、着地と同時に彼女へ突っ込むより早く。夕陽で延びた影の中から、ズルリと巨大な刃が姿を現した。
狗猫のスキル・クレセントサイスだ。セイバーの腹部にある口の奥まで刃を叩き込み、ひっかける様にして放り投げる。そうして投げられた先には既にスキルを使用する態勢に入った狩霧が待ち受けており……
「これで、決まりです!」
雪村の先から一直線に放たれたスキル・封砲。その一撃が、セイバーの胴を粉々に粉砕した。
●終幕
「もしかして……剣、ドロップするでしょうか?」
四散し、レイピアとツーハンデッドソードを周囲にばら撒くセイバーだったものを見て、桜庭がぽつりとつぶやく。それを聞いた瞬間、玉置が宝物でも見つけたように目を輝かせた。
「剣ドロップするんですか! やったー!」
走り出した彼女の目の前で。地面に突き立った剣が粉々に砕け散った。
「剣ドロップしないじゃないですか! やだー!」
「ヤダー!」
地面にがっくりと跪く玉置の周囲で、狗猫が楽しげにステップを踏みながら真似をする。
「…………」
そんな二人に苦笑しながら、Spicaが発動しようとしていたスキルを解除した。精製されなかった魔力が拡散し、宙にふわりと消えていくのを見届け。礼野もまた、雷鳥鉄扇をヒヒイロカネに戻す。
「……コンボ、残念だったな」
「……コツは、掴んだ」
次こそは全部叩き込む。真面目な顔で頷くSpicaの頭を一撫でし、美術館へと視線を向ける。
展示室の奥まで見渡せる玄関からは、セイバーに指一本触れられなかった刀剣達が、さも安堵したかのように夕陽を受けてきらめいているのであった。
Fin.