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「お前たちは完全に包囲されている! 大人しく投降せよ!!」
くるみ割り人形に占拠された『まりあ』。そこに、拡声器で投降を呼びかける警官……否、撃退士が居る。不二越 悟志(
jb9925)だ。
不二越曰く『これを一度はやってみたかった』という、刑事ドラマでよくある呼びかけ。それに対するくるみ割り人形の答えは……
『とつげきー!!』
『まりあ』周囲に積まれた段ボール城壁。そこに開けられた銃眼から行われるコルク銃の斉射だ。もっとも、コルク銃では射程が短すぎて包囲する撃退士まで届きもしないのだが……
「投降の意思なし、っと……物騒な人形だけど、初依頼には丁度いいかしら?」
咥えていた煙草を携帯灰皿に仕舞い、叶恵 麗歌(
jc0036)が微笑を浮かべた。その両手に握られるのは、クーゲルシュライバー。通常天魔相手に武器として働くようなものではないが、このくるみ割り人形たちを退治するには丁度良いだろう。
余裕を見せつけるようにゆったりと接近する叶恵に対し、くるみ割り人形もコルク銃を向けようとするが……先程の斉射で、弾が入っていない。慌てて装填を始めるくるみ割り人形ごと段ボール城壁を蹴り開き。さっそく、側に居たくるみ割り人形を引っ掴む。
『えーせーへー!!』
「とりあえず、首を抜けば黙るかしら?」
くるみ割り人形の叫びも介さず、その首を引っこ抜いた。それだけで、くるみ割り人形は動作をピタリと止める。
「あ、どうやらそれで正解みたいですね!」
嬉しげな声を上げる不二越とは対称的に、突然仲間が首を引き抜かれたくるみ割り人形たちはあんぐりと口を開いて驚きを露わにした。当然、撃退士達がその隙を逃すわけがなく……
「今です! 一気に城壁を破壊しましょう!!」
撃退士達が、猛然と段ボール城壁の破壊に取り掛かった。
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『まりあ』正面玄関。そこでくるみ割り人形が死闘を繰り広げる中、後方で指揮を執る存在が居る。
騎兵型のくるみ割り人形。いわゆる、指揮官的存在だ。他よりも少し長いプラスチックサーベルを振り回し、必死になって頑張っている様子がよく分かる。もっとも、頑張ったところで結果を出せなければ意味が無いのが指揮官という役職なのだが。
そんな彼の後ろの壁から、ヌッと人間の両腕が突き出た。フワリと黒い髪が現れ、顔が現れ、胴が現れていく。
天使・悪魔種族の使う【物質透過】。それを利用した奇襲だ。そうして現れたのは、クレメント(
jb9842)だ。彼の気配に気づいた騎兵が振り向き、両者の視線が交錯する。
「……やぁ、可愛い騎兵さん?」
クレメントが笑顔を作るのと、騎兵が猛然と駆け出すのはほぼ同時。すかさずクレメントが追撃に掛かろうとするが。
「おっと……!!」
その足元に、コルク銃が撃ち込まれる。騎兵の護衛に付いていた数人のくるみ割り人形が放ったものだ。その間に騎兵はさっさとクレメントとの距離を取ってしまうが……
「オープンセサミ……ご機嫌いかがかな兵長殿……?」
その行く先からも、腕が突き出した。それはガッと騎兵の胴体を握りこみ、逃がさない。
クレメントと同じく透過して来たジョン・ドゥ(
jb9083)だ。即座の動きでジョン・ドゥが騎兵の首を引き抜こうとした瞬間……
『えーせーへー!!』
騎兵が一声叫んだ。それを合図に、カウンターに立てられていた写真立てがカタンと倒れる。
陰から現れるのは、三体のくるみ割り人形と、ビー玉大砲。
「しまっ……!!」
すでに狙いを付けているそれに、クレメントとジョン・ドゥが目を見開いた瞬間。
『とつげきー!!』
ビー玉が、狙いを過つ事無く二人を直撃し、一m吹き飛ばした。
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『とつげきー!!』
「さ、早く終わらせましょうか。これでも忙しい身ですので」
「流石はおもちゃ屋……この中から人形を探すのは大変ですね」
ビー玉砲弾とコルク弾が飛び交う中。段ボール城壁を完全に破壊した撃退士達は、『まりあ』店内への侵攻を果たしていた。くるみ割り人形たちも張り切って入るが、いかんせんあまりにも威力不足である。
そんな彼らの反撃手段はビー玉大砲なのだが……
「砲手はあそこです!」
鞍馬 真治(
ja0015)が、叶恵の背を護りながら棚の隙間を指さす。指さされたくるみ割り人形は慌てて逃げ出そうとするが、あまりにも遅い。棚の影から、浮上するように現れた撃退士が砲手の首を掴み、引き抜く。その動きに一切の躊躇は無い。
海城 阿野(
jb1043)だ。ナイトウォーカーのスキルである【ハイドアンドシーク】で隠れる彼の奇襲に、くるみ割り人形ではとても対応できたものではない。一人、また一人と掴まれ、首を引き抜かれていく。
「良いですねこの感覚、癖になりそうです」
仲間の首を噛み千切る撃退士に、くるみ割り人形たちは震えあがって逃げ惑う。ほとんどのくるみ割り人形は【ダークハンド】で捕えられるが、ほんの一部が逃走に成功した。
が……必死に走る彼らの前には、不二越が待ち伏せているのだ。
「見つけた……さあ、駆逐だ」
ガッと鷲掴みにして反撃を封じ、スポンと首を引き抜く。くるみ割り人形ごときでは対応できない早業だ。
「この調子なら、早く終わりますかね?」
また撃ち込まれたビー玉砲弾を緊急障壁で弾きながら、鞍馬は独り言ちる。今度は位置が近いので、誰かに頼むのではなく自ら排除に向かう。その途中で、ふと店の奥を見やって彼は首を傾げた。
「そういえば……まだ騎兵は討伐できないのでしょうか?」
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「そっちに逃げたぞ、逃がすな!」
「分かりました……少々乱暴で申し訳ありません!」
ジョン・ドゥとクレメント。彼らの足元を、所狭しと駆け回る騎兵人形。直線ではそこまで早いわけでもないが、思いのほか小回りは効くらしい。クレメントの足払いをジャンプで躱し、騎兵は逃走を続ける。しかも、逃げながら大砲の射線上に誘導してくるのだから質が悪い。
「正面のも合わせると、恐らくこれで最後でしょう!」
大砲を動かすくるみ割り人形の首をはね、クレセントが声を上げる。その声に反応したように騎兵は辺りを見回すと、『まりあ』の正面玄関に向かって駆け出した。
「正面行ったぞ! 好都合だ、このまま仕留める!」
ジョン・ドゥの声に頷き、クレメントが走り出す。
いよいよ人形兵団全滅の時だ。
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「そっちに行ったぞ、気を付けろ!!」
突然の警告の声に、クーゲルシュライバーでくるみ割り人形の頭を弾き飛ばしていた叶夢はチラリと振り返った。足元を猛然と走ってくるのは、サーベルを抜いた騎兵人形。
叶夢がアクションを取るよりも早く、騎兵人形がサーベルを振り上げた。その様子に苦笑しながら、叶夢もまたクーゲルシュライバーを構えた。
「派手に行きましょう?こんなに楽しいお人形遊びなんて十何年ぶりかしら…って、やめとこう」
年甲斐もなく、という言葉が脳裏に浮かびかけ、慌ててそれを打ち消す。
『とつげきー!!』
そこに、隙やりとばかりに騎兵人形がサーベルを振るう。一瞬反応が遅れ、慌ててクーゲルシュライバーを合わせるが……
「っと……!!」
合わせ方が不味かったのか、クーゲルシュライバーが滑った。騎兵人形の首を捕え損ね、ペン先がカツンと床を打った。
「しまった!!」
一撃は受けざるを得ないか、と一瞬覚悟した彼女の隣を、サッと通り過ぎた人影がある。
「背中は任せましたし、任されましたからね」
大砲を殲滅した鞍馬だ。彼の手の中にあるのは、先程己に向かって撃ち込まれたビー玉。
「やられたからには、やり返しましょうか……!!」
手の中からピン、とビー玉がはじき出され……見事に、騎兵人形の顔面に命中した。
が、首が抜けない。
「おや?」
鞍馬が驚くのと、その足元をサッと騎兵人形が通り過ぎるのはほぼ同時。騎兵人形のすぐ先には、『まりあ』の正面玄関。
逃げられるかと一瞬鞍馬が眉を顰めたが、その表情はすぐに緩められた。騎兵人形の胴を、もういい加減見慣れた黒い腕がガシリと掴んだからだ。
「これで最後よねぇ? ざーんねーん」
若干オネエ口調を混ざらせながら、海城が騎兵人形を摘み上げる。首を掴み、ゆっくりゆっくりとねじり上げ……
「はい、ポーン!」
プツン、と引き抜いた。
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「コイツら、引き取りたいんだけどダメかな? もう動かない人形だし……短い時間だがこの51人は全員一緒に戦ってたんだ。バラバラにしちゃ可愛そうだからさ」
戦闘も終わり、店中に散らばったビー玉やくるみ割り人形の部品を回収する中で、ジョン・ドゥが撃退士達に問いかけた。その手に握られるのは、先程海城に首を抜かれた騎兵人形。試しに首を嵌めなおすが、動き出す気配はまるでない。
「報酬内容には“好きなおもちゃ”を持って行っていいって含まれてましたし、良いんじゃないでしょうか?」
彼らは人の命が犠牲になって造られた。おもちゃというには憚られる。
しかし、その最期を悼む為の虚偽は真の安寧のために。
クレメントの提案に、弔うという意味でならと他の撃退士達も頷いた。
それを確認し、ジョン・ドゥはニッと笑みを見せる。
そんな彼の見えない位置で……首を嵌めなおされた騎兵の腕がカタンと動き、一瞬だけ小さく敬礼の姿勢を取った。
Fin-