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ビルの谷間を、騎士が駆ける。屋上で煌々と光るサーチライトの光を纏い、敵を求めて駆け抜ける。蹄の音は響かず、壁をすり抜け。首なし騎士が、駆け抜ける。あとに残るのは、甲高いサイレンの音。そして、穿たれた犠牲者たちの血痕。
そんな彼らの前を、幾つかの影が横ぎった。影は、その正体を見極めるよりも早く路地裏へと走り込む。
当然、血に飢えた騎士たちがそれを見逃すはずもない。影を追って、路地裏へと飛び込んだ……瞬間。
「夜中に傍迷惑やわぁ。お肌に悪いて……」
騎士たちの視界を、緋色の花弁が通り過ぎる。その中央に居るのは、一人の女性。指に挟んだ符が、パチリと小さな火花を散らし……
『…………!!』
ゴッ、と。路地裏を、人間では見る事も感じることも出来ない何かが吹き抜ける。しかし、それが何なのか、騎士達は全員理解したであろう。
阻霊符。撃退士の必需品ともいえる、天魔の透過を妨げる装備。それが、効果を発揮したのだ。
「はよ終わらせて、帰って寝よ?」
阻霊符を軽く振って。九条 泉(
jb7993)が、妖艶な微笑みと共にするりと道を開けた。
その空間を騎士たちに向かって飛来するのは、一本の投槍。そして、その尻に結び付けられたカラーボール。
おそらく、騎士達は気付いたであろう。自分たちが、撃退士のの罠に見事に掛かったことを。
中央に居た首なし騎士の胴を、投槍が貫徹し、カラーボールの飛沫が鎧を鮮やかに彩った瞬間……
騎士達が、それぞれの得物を構えて走った。
突撃だ。
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騎兵の突撃とは、古今東西あらゆる国に於いて、戦局を覆す戦術として用いられてきた。調教された軍馬による怒涛の突撃は、人間では抑える事が非常に難しかったからだ。
しかし、この戦術は現在では廃れつつあると言える。何故なら……
「こういう時は、射撃で蹴散らすものだよね!」
突撃する騎士に対して、撃退士はL字型に陣形を組んで激しい弾幕を浴びせかける。
その程度で怯む騎士ではないが……恵夢・S・インファネス(
ja8446)の攻撃に対しては、一気に散開した。彼女が放ったのは、ただの弓や銃弾の類ではない。範囲攻撃……コストこそ重いが、一撃で自分達全員に大ダメージを与える可能性がある一撃だ。
路地裏を漆黒の光柱が貫き……しかし、騎士一人に命中するのが精一杯だった。何しろ、スキル・封砲の軌道は、直線を描くことしか出来ないのだ。
「でも、目的は達したよね!」
さらについでというようにカラーボールを投げつけ、恵夢は一つ頷く。騎士達が集団で突撃を行ってくるというなら、これ程恐ろしいものはあるまい。しかし、各個撃破となれば話は別だ。十分に、撃退士達に分があるのである。
L字砲火から一転、二人組に別れて自分たちに走りくる撃退士に対し、騎士はそれぞれの出来うる全力の迎撃を開始した。
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「将を射んとすればまず馬を射よ、というからね」
二人組に別れた撃退士達の内一組。鴉乃宮 歌音(
ja0427)とエリス・K・マクミラン(
ja0016)は騎士の騎乗する馬を狙った。正面に立たないように素早く動くエリス。そして、クロスボウの射程に入らないよう巧妙に距離を拓く鴉乃宮。二人に対し、騎士は大きく剣を振り抜き、騎馬を持って蹴りを放って猛反撃を行う。
しかし、その反撃は若干ぎこちない。それは、鴉乃宮の狙撃にある。
「『目標捕捉』」
淡々と放たれる狙撃は、的確に騎馬の頭や、油断すれば騎士の頭を撃ち抜く。それは、騎士が攻勢に出る事を躊躇わせる足枷だ。さらなる一撃に、思わず騎士が盾を掲げた瞬間……
「いかにも顔を攻撃してください、と言いたいような盾の持ち方ですね。ならば……!」
エリスが、一気に肉薄した。その拳に巻き付けられているのは、黒色の布。
『…………?』
騎士には、それが何か理解できなかったのだろう。敢えて防御に徹することも無く、反撃を叩きつけようと剣を振りかぶる。
瞬間、エリスの拳が騎士の盾へと叩きつけられた。
『…………!!?』
路地裏全体に、まるでゴングを殴りつけたかのような轟音が響き渡る。あまりの一撃に、騎士が態勢を崩すほどの一撃が放たれたのだ。
当然、エリスが拳に巻いているのはただの布などではない。れっきとしたV兵器……レイアーバンドだ。大地の女神の名を関するそれの一撃は、並みのディアボロでは受け止めきれるものではない。
『オォォォオ…………』
さしもの騎士も、いくら盾越しとは言えこれ程強力な一撃を喰らっては動きが止まる。そもそも、盾自体先程のL字砲火で……いや、それ以前の撃退士達との連戦で、いい加減損耗していたのだ。そして、その隙は致命的だ。
「夜も更けているし、早いところ決めようか」
鴉乃宮が、キリキリと弓を引く。その狙いは、無慈悲な程的確に騎士の頭へと向けられているのだから。
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槍は、剣よりも強い。これは、歴史的観点から見ても間違いあるまい。槍は剣よりも間合いが広く、一方的に攻撃を行うことが出来るのだから。もっとも……
「そういう話は大好きだけど、被害が広がらないうちに止めないとね!」
撃退士と、ディアボロの間ではその法則はそうそう当てはまるものではない。
槍を持って攻撃を行う騎士に対し、永連 璃遠(
ja2142)はグラムを以て相対した。炎の番人の名を持つ剣と、騎士の槍とが幾度も交錯し、激しい火花を散らす。
両者の戦いは、互角と言っていいだろう。永連も経験を積んだ撃退士とはいえ、槍を相手にしては若干の不利は否めない。騎馬という条件の下、己より高い位置から幾度も突きだされる槍に対して反撃を行うのはかなり難しいのだ。
そして、騎士は一人で攻撃を行うわけではない。騎士が乗る馬もまた、永連に対して蹴りを放ち、彼の態勢を崩そうとする。
「グッ……!?」
馬の蹴りが永連の脚を掠め、その態勢が大きく崩れた。その瞬間、してやったり、とばかりに騎士が槍を振りかぶる。
が……彼もまた一人で戦っているわけではない。援護を行う仲間がいる。
「射撃に長柄に近接プライマリかー……馬も居るけど、ちょっとバリエーション足りなくない?」
ジャキン、と。金属の擦れる音が、小さく響き渡る。恵夢が構えるのは、二丁拳銃ブレイジングソウル。この瞬間を待っていたとばかりにブレイジングソウルが幾度も吠え、その銃弾は一発たりとも外れることなく騎士の盾を叩く。
『…………!!』
その射撃が、功を奏したのだろう。騎士が、思わずたじろいだ。
「その隙は、逃しません!」
当然、永連がその隙を逃すわけが無い。咄嗟の動きで騎士が槍を突き出すが、それは永連の肩を掠めるだけに終わる。
大きく目を見開いた騎士の頭に向かって、グラムが突き出される。
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全体的に撃退士側の優位に進む中、一人苦戦する撃退士がいた。
九条だ。彼女だけは、組むべきパートナーが不在の中、一人で騎士を抑えなくてはいけなかった。阿修羅とは言え、一人で騎士を相手にするのは厳しいものがある。
「やっぱり、お馬さんが邪魔なんよね……!!」
騎士の剣を闘神の巻布の逸らし、馬の蹴りを体術で躱すが……それも、限界がある。交戦を続ける九条の腕や脚には幾本もの刀傷が刻まれ、呼吸も荒くなっている。
「スタンでけた頭狙い放題やねんけど…そないに甘ぁ無いやろね」
スキル、薙ぎ払い。その効果は、敵をスタン状態にするというものだ。だが、騎士の剣による連打が、その余裕を与えない。
「でも、このままやとじり貧やね……やってみるしか……」
ギリッ、と。歯を食いしばり、スキルを発動しようとした瞬間……
『…………!?』
横手から、騎士の鎧を貫徹したものがある。
銃弾だ。さらに、騎士の乗る騎馬にも幾本もの矢が突き立つ。
「……今!!」
隙を見つけてから、発動までの判断は一瞬だ。ザリッ、と脚が地面を踏みしめ、シィィッ、と一度鋭く息を吐き、素早く吸う。
『オォォオオオオ!!』
騎士が剣を振るよりも、九条の一撃の方が早い。全身のばねを使って放たれた蹴りが、騎士の盾を一撃する。
スキル、薙ぎ払い。その効果は絶大だ。盾の上からとはいえ、一撃で騎士の頭は白目を剥き、ドゥッ、と騎馬が倒れ込む。
「ようやっと捕まえた。もう逃せへんよって……」
もはや動くことの出来ない騎士の盾を退けて、九条がもう一度蹴りの構えを取る。
「ウチの為に死んだってくれんやろか?」
一撃が、叩き込まれた。
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「デュラハンとは死を告げる妖精。戸を開けた家主に血を浴びせ、己を見た者に目潰しを食らわせるそうな」
ザラザラと消えていくデュラハンを見て、鴉乃宮が軽く肩を竦めた。その一言に、恵夢とエリスが首を傾げる。
「どうみても、妖精ではなかったと思うんだけど……」
「たしかに、どう見てもモンスターの類にしか見えませんし」
「あぁ、日本だとアンデッドと呼ばれるらしいからね」
鴉乃宮の豆知識に、二人が感嘆の声をあげ、普段本の虫である永連も小さく頷く。
「確かに、どこかホラーなイメージかな。自分自身の首を持って走るだなんて。学校の怪談でも、自分の首をボール代わりにしている幽霊の話が……」
どこか長引きそうになっている雑談を見て、すっかりクタクタになっている九条が軽く手を振った。
「もう夜中やし、とりあえず帰りながらにしようや。ウチもうくたくたよ」
一人で騎士を抑え続けていた九条には、とても雑談に参加する気力が無いらしい。その言葉に頷き、撃退士達は路地裏に背を向けた。
Fin.