●戦場の霧
平野を、蒸気が覆い尽くす。さも霧のように漂うそれを引き裂いて走るのは、六人の撃退士達だ。久遠ヶ原学園から派遣された、精鋭の名に恥じぬ生徒達。それも、ナイトウォーカーとダアトが大半を占める大火力部隊である。
が、それは言い方を変えれば打たれ弱いという事だ。特に、今回のような高機動・近接型のサーバントを相手取るとなれば苦戦は必至であろう。そう、普通ならば……
「さて、仕事、だ……」
一人のダアトが、右腕に得物を接続する。それは……零距離決戦兵器、グラビティゼロ。いわゆるパイルバンカーである。丁寧に使い込まれたリボルバー機構が回転し、動作確認を行った。
ダアトでありながら、近接型物理兵器――それも、下手な専門職が使う装備よりも優秀なそれ――を使いこなすのは、アスハ・ロットハール(
ja8432)だ。もはや、この時点で異質とも言えるパーティーなのだが……その背を護るのも、また異質。
アスハの背を護るのは、ダアトと鬼道忍軍。そして、彼女達? もまた、奇妙だった。
まず、ダアトなのだが……彼女もまた、近接型ダアトであった。
本来、敵に対して魔術を用いた雷撃を行う護符、雷帝霊符。それを、バンデージのように拳に巻いているのだ。しかし少女は、それが当然であると言うように平然と歩を進める。
少女の名は、柏木 優雨(
ja2101)。さすがに物理武器を使うわけではなかったが……それでも、十分珍しい存在だろう。
そして、もう一人の少女は。
「ニンジャにとっては、夜の闇もへっちゃらだもん! 忍法ナイトビジョンの術だ!」
……いや、少女ではない。少年だ。ヒュルリ、と。その指運一つで体の周りをヨーヨーが自在に動き回り、最後にストンとポーチの中に納まった。
鬼道忍軍、犬乃 さんぽ(
ja1272)。アスハと同じくナイトビジョンを装備した彼にとっては、闇の中でも真昼も同然だ。それでも、これだけ濃い蒸気の中からサーバントを発見するのは容易では……
「おろ?」
蒸気を突き破り。鋼鉄に包まれた巨腕が犬乃へと伸びる。
「……サーバント!」
人間の腕程もあるサーバントの指が、犬乃の胴体を握りしめた。
●霧中の会敵
犬乃は、咄嗟の判断を迫られたであろう。空蝉を使うか、指を攻撃して抜け出すか、仲間の援護を待つか。
「ほぇぇぇ、デカいですねー。恐いですねー」
が、犬乃が答えを出すよりも早く。緊張感のない台詞と共に、弾丸の様にサーバントへと突っ込んだ撃退士が居た。
己の身長を超える巨大な大鎌、デビルブリンガーを頭上でクルリと一回転させ。悪魔、パルプンティ(
jb2761)が突撃を敢行したのだ。したのだが……突撃は、若干失敗した。直前で、足が縺れたのだ。
「おっとっとぉ〜!?」
その影響で、鎌の挙動が乱れた。デビルブリンガーはフラリとその目標を変え……
『……!!?』
サーバントの肘裏へ、その身の半分をサクリと埋めた。鎧と鎧の接合部。そこを、たまたまとは言え見事に貫いたのだ。
『オォォォオオオオオ……!!!』
いかに巨体を誇るサーバントとはいえ、大鎌に腕を貫かれては堪えられない。悲鳴を轟かせ、犬乃を放り出す。
即座に蒸気の奥深くへと身を隠そうとするが、撃退士達がこの絶好の機会を逃すわけが無い。即座に、弾雨の嵐がサーバントを叩きのめす。
PDWの弾雨だ。並みの拳銃などくらべものにならないその威力に、装甲を纏ったサーバントですらも数歩後ろに下がった。
「今のは牽制だ。次は壊すつもりで行くぞ」
ガキン、と。一度PDWを構え直し、不知火 蒼一(
jb8544)はサーバントへと射抜くような視線を投げた。一瞬、サーバントの巨大な眼球とその視線が交錯し……
『ウオォォォォオオオオオオオ!』
気圧された、というわけではないのかもしれないが。サーバントが、高速で飛び下がる。
「チッ……!」
その動きに反応したアスハが、即座にゼログラビティを構えるが、一瞬追撃を躊躇った。何しろ、サーバントの腹には巨大な口があるのだ。下手に攻撃を行うと、武器ごと腕を持っていかれかねない。その隙を突くように、サーバントは撃退士達の射程から離脱してしまう。
「……今回は、ボディが狙いにくそう、だな? カシワギ」
「狙いにくいのは……お互いさま、なの。でも、そこが……面白いって、言うんでしょう?」
柏木とアスハが一度視線を合わせ……前衛ダアトが、突っこんだ。
●鋼鉄と、肉塊と
正面から突撃してくる二人の人間。それに対して、サーバントの反応が一瞬遅れた。どちらを脅威と見るべきが判断できなかったのと……
「お前の相手は、ボクだよ!」
先程捕まえようとした人間が、月明かりに照らされながらこちらを指さしてきたから。それが激しく目立ったため、突っ込んでくる二人への注意が逸れてしまったのだ。
当然、突っ込んでくる二人に気付かないのだから……もっと後ろにいる人間になど、気付けるはずがない。
ズルリ、と。暗闇と霧を引き裂きながら、サーバントへと刃が飛ぶ。ただの刃ではない。捻じれ、何かどす黒い液体に濡れ、濃い鉄錆びの匂いを放つ魔法の刃。
鑑夜 翠月(
jb0681)の魔道書が放った攻撃だ。それは易々とサーバントの鎧を打ち抜き、破壊する。
「こんなサーバント、ここで倒しておかないと危ないですからね……!!」
まるで猫の耳の様に跳ねた髪をパタパタと揺らし、鑑夜は攻撃を続ける。
巨大なうえに、攻撃の仕方も残虐なサーバントだ。街に到達してしまえば、どれほどの被害が出る事か。市民を、先遣隊と同じような目に遭わせるわけには行かないのだ。
「出来る事ならば、もっと接近したいところですけれど……」
かわいらしいリボンで飾られた彼女……いや、彼の頭の中では、既に一つのスキルの詠唱が完了している。
スキル『ダークハンド』。束縛系の呪文だ。しかし、使いどころはかなり難しい。味方をも巻き込んでしまう上に、射程がかなり短いのだ。
と、なれば……当然、味方の援護が必要となるわけである。
「行く、ぞ……合わせて、くれ」
「分かった、の……」
「分かった、任せてよね!」
「さーて、デカい分攻撃も当てやすい〜、って都合よくいきますかどうか?」
打たれ弱いはずのダアトとナイトウォーカーが前衛の殆どを占めるという不思議な絵面。それでも、全員が何の迷いもなくサーバントの懐へと走り込んだ。
走るアスハの背から、フワリと翼が開く。漆黒の、しかし微かに紫がかった翼。
アスハが独自に改良を加えたスキル、『誓いの闇』だ。その効果と見た目は、いつも彼の隣にある人間を連想せずにはいられない。
その守護の力を信じているのか。アスハは、振り抜かれるサーバントの腕を恐れもせずに飛び込み、
「まずは、様子見……だな」
ゼログラビティが、一度甲高く吠えた。魔法光が彼の手の中で炸裂し、弾倉が回転。その結果として顕現するのは、鋼鉄製の杭。
『オォォォオ…………!?』
「ん……?」
その一撃は、易々とサーバントの鎧を貫徹した、が……アスハは、一瞬眉を顰める。
手応えがおかしいのだ。まるでゴムに対して叩き込んだような、グニャリとした感触。それは、彼の経験から言わせれば……
「相性が悪い、な……」
舌打ちを一つ残して、アスハが後ろへ下がる。代わりに飛び込むのは、柏木。
「魔法が、ダメなら……これは、どうなの?」
彼女の拳が、サーバントの鎧を鋭く叩く。当然、ダアトの腕力では鎧を貫徹することなど困難だ。お返しとばかりにサーバントが腕を振りかぶり……
『…………!!!』
空気が、破裂した。柏木の拳から爆音が響き、目を射る雷光が炸裂する。
雷帝霊符を用いた魔法攻撃。しかし、それも決定打とはならない。サーバントの口がガバリと開き、柏木を呑み込もうとする。先遣隊のように、一人であれば食われたかもしれないが……
「それだけの巨体なら、鎧に覆われてない場所もバッチリ狙えちゃうもん、ニンジャの技でくびはねるヒットだよ!」
「首ちょんぱ、狙って行っちゃいましょうかねぃ!」
彼女は、一人ではない。犬乃とパルプンティが、横合いから飛び込んだのだ。
パルプンティの振るう大鎌が、犬乃の八岐大蛇が、サーバントの首元を抉る。
『ウオォォ!?』
特に、犬乃の攻撃はよく通った。鎧を紙切れの様に破り裂き、その下の筋肉を引きちぎった一撃。その正体は、『風遁・韋駄天斬り』である。鬼道忍軍らしい、体術を用いたスキルだ。
二人の一撃離脱にサーバントが反応したころには、パルプンティはすでに一撃の反動を利用して間合いの外にいる。
故に、狙われるのは犬乃だ。もっとも、彼とてまったく無防備などという事はあり得ないのだが。
「爆ぜろデカブツ……!!」
不知火の支援射撃が、サーバントの顔面を襲う。的確に叩き込まれた攻撃ではあったが……今度は、そこまで堪えた様子もなく、サーバントは軽く首を振るだけで復帰した。
「チッ……さっきのは不意打ちでビビっただけか」
「さっきの犬乃さんとパルプンティさんの攻撃にはたじろいでたから、斬撃が有効なのかも……」
一旦攻撃を止めて、髪を弄びつつ鑑夜が意見を出した。
「なるほど、な……打撃には、強く……斬撃には、弱いという事、か」
アスハが、どこか残念そうに首を振った。打撃武器の中でも最高峰に位置すると言って過言ではないパイルバンカーが通らないのだ。敵の対打撃防御力は、相当のものなのだろう。
もっとも、弱点が分かったところで武器を変えるつもりは無いらしいが……
「弱点が分かったの……なら、仕切り直し……ね?」
柏木が一つ頷き。撃退士達が、再度装備を構えした。
●霧払いの精鋭達
今まで沈黙を保っていたサーバントの左肩。そこから、わずかながら蒸気が漏れだし始める。それに、撃退士達も気付いていた。
「あまり、時間が……無い。行く、か」
アスハの右腕にアウルが集中し、ボンヤリと光を放つ。敵の動きを見切るまで取っておいた、必殺の一撃……スキル『魔断杭』だ。
『オォォォオオオオオ!!』
それを見て、どう考えたのか。サーバントは、一直線にアスハに向かって飛び込む。
一直線とはいえ、かなりの高速。それを止めるために前に出たのは、鑑夜だ。
「拘束してしまえば、こちらのものです!」
当然、鑑夜は近接型ダアトなどではない。ごく普通の、魔法攻撃に主眼を置いたダアトだ。機動戦型のサーバントとの相性は決して良いとは言えないが……
「向こうから近づいてくるんです、なら射程は関係ないですね!」
鑑夜の思惑を察知した撃退士達がわずかに後退した瞬間。サーバントの脚を、何者かが握りしめた。
『…………!?』
突然の、足元からの奇襲。不意を打たれたサーバントの巨体が、地を転がる。
脚を握りしめるのは、黒く捻じれる数多の腕だ。それは次々に現れ、サーバントの体を拘束していく。
「よし、上手く行きました!」
スキル、ダークハンドが発動したのだ。サーバントの膂力に幾本もの腕が引きちぎられるが、代わりの腕が即座に影の中から補充される。
「これなら、確実に……行ける、な……!!」
瞬間。アスハが動いた。右腕を振りかぶり、狙うのはサーバントの胸部。
『オォォォオオオオ……!!』
「止められるなら……止めてみろ……!!」
響き渡るのは、鉄がひしゃげ、擦れる甲高い悲鳴。そして、肉を打つ鈍い音。鎧を貫徹して威力が若干減衰してなお、サーバントの巨体がわずかに浮くほどの一撃が生み出されたのだ。
「やはり、相性が……悪い、か」
カラン! と空薬莢の落ちる音が凛と鳴り……しかし、サーバントを倒すには至らない。あまりにも、相手の防御が堅いのだ。
しかし、強烈な一撃を受けた鎧が、広範囲に渡って砕けた。むき出しになるのは、幾つもの筋線維が束ねあげられて作られるサーバントの肉体。
『…………!!』
己の鎧が砕かれたことに気付いたのだろう。サーバントが暴れ、ダークハンドの拘束が振りほどかれる。
「逃がす、訳には……行かない、の」
が。その体は、もう一度拘束される。柏木の足元に闇が生み出され、そこから百足が湧きだしたのだ。湧きだした百足は、一直線にサーバントへと体を伸ばし、縛り上げていく。
「一気に決める……!!」
武装を、PDWから刀へと持ち替えた不知火が、身動きの取れないサーバントの懐へと飛び込む。
「斬撃は効くんだったな?」
炎を纏う黒刀・火輪。その切っ先がサーバントの肉体へ深々と突き刺さる。
『ウオォォオオオオオオ!!!』
痛みに、サーバントが仰け反った瞬間。
「首が丸見えだよ!」
「今度こそは貰っちゃいます!」
犬乃と、パルプンティが突っ込む。
おそらく、サーバントの目に最後に映ったのは、巨大な鎌と禍々しい日本刀。そして、暗闇に光る二つの笑顔であったことだろう。
●
「あ……これ……」
首を落とされ倒れ伏すサーバント。その側に落ちたものを見つけ、鑑夜が駆け寄る。
拾い上げられるのは、ヒヒイロカネ。わずかに付着した血は、恐らく先遣隊のそれだろう。
「仇は、とりましたよ……」
それをグッと握りしめ。鑑夜は、サーバントに対して背を向けた。