●対艦戦闘、用意
陸ガメの主砲が地面を抉り、抉られた地面は荒々しく踏みつけられてまた固められる。まさしく、陸戦の王者と言える風格だ。その大砲群の長射程は撃退士達による狙撃を完全に拒否し、たとえ接近が叶ったとしても頑強な装甲が攻撃を阻んでしまう。
「移動要塞みたいな亀ですね……」
その特徴を、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が一言で表した。まさにその通りだ。ただの一撃が命取りになり、こちらの攻撃は塵芥のごとく弾かれる。余裕ぶって勝てる相手ではない。
「単純だが……それ故に、怖い。気を引き締めるか」
好きなように暴れる陸ガメ戦艦を遠巻きに見つめ、天風 静流(
ja0373)は小さく首を振る。
決してその主砲射程圏内に入らぬよう、慎重に……撃退士達は、亀の左舷へと移動していく。そうして六人が亀の左舷についた瞬間。
天風が、走った。その身から発されるのは、濃密な……もはや可視すら可能なのではないと錯覚する程の殺意。彼女の術式・外式「鬼心」が発動したのだ。
しかし、その殺意すら己を止めるには足りぬとばかりに、亀は天風の方を見向きもしない。代わりに彼女を睨んだのは、甲羅の天辺に据えられた三連装主砲。
『……!』
オォ、と。主砲が吠えた。その砲口が紫の光を放ち……
「シィィ……!」
それを見た天風の口から、鋭く息が吐きだされ、再度吸われた。次の動きは即座で、その体が、鋭く飛んだ。亀に向かって直線的に走り込む動きからの、跳弾のような動きだ。その動きに主砲が一瞬の迷いを見せ……それでも、砲撃を敢行した。山なりの軌道を描いて、魔法が天風へと叩き込まれる。
が、その一撃はほんの僅かに逸れた。天風の動きを、砲塔が捉え切れなかったのだ。標的を逸れた砲弾が地面を喰い、炸裂する。轟音が鳴り響き、風が鳴る。
危うかったが、躱した。しかし当然無傷では済まない。魔法弾の引き起こした爆風に吹き飛ばされ、その体は地面を二転、三転と転がる。転がった先で咳き込み、軽く頭を振る。その艶やかな黒髪から、パラパラと砂が零れ落ちた。
主砲の一撃が目標を捉え切れなかったことは、亀も即座に気が付いた。主砲が再度チャージを始めるが……遅い。
すでに、五人の撃退士が怒涛の勢いで走り込んでいるのだから。
●数とは即ち、力である
「……これは進ませるわけには行かないですの」
亀の副砲射程圏ギリギリまで前進した橋場 アトリアーナ(
ja1403)が、驚きの声を上げる。その甲羅の縁に設置された副砲群は、大凡百門を下らない。こんなものが街中で炸裂すれば……その被害は、考えられないほど凄まじいものとなるだろう。出来る事ならば即座に亀の本体を破壊したいが……そうもいかない。
撃退士を射程圏内に捉えた瞬間。副砲群が、一斉に蠢きだした。全ての方が、己から最も狙いやすい撃退士へと照準を定める。
「主砲ならいざ知らず……そんな豆鉄砲で私を止めるですって?」
副砲群の攻撃は、撃退士達の進軍を抑え、さらに二つの選択肢を迫る。回避か、防御か。
ブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)の場合は、防御を選択した。その身を守る為に顕現するのは、大盾ヘラルドリースクトゥム。百二十センチもの長大な盾は、小柄なブリギッタの体を殆どカバーする。
その盾に向かって、副砲群が猛烈な射撃を加えた。最初の二、三撃は盾を傾けて弾いた。が、それ以降は弾ききれない。まともに盾に激突し、その体が数メートルに渡って下げられる。
防御を選択したブリギッタは、その斉射に押された。かと言って、回避が正解かと言えばそうではない……もっとも、殆どの撃退士が回避を選択したのだが。
「俺の安息の場所は戦場の中にしかねーな」
はぁ、と軽く首を振り。ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が副砲の射程圏内に侵入した。
普段人型をしている機械化した体。その偽装を解いた姿が、副砲群の前に晒される。
他の撃退士よりも一回り大きなシルエット。明らかに破壊力を持っている事を伺わせる鋼色の無骨な四肢。それを危険と判断したのだろうか。副砲群が、ラファルへと砲撃を敢行した。
それを、ラファルはギザギザとした鋭い軌道を描きながら走ることで回避する。それでも、全てを回避することなど出来ない。
「邪魔すんじゃねぇ!」
砲弾が、顔面狙いで飛んできた。それを回避するためにも、彼女は一つのスキルを発動した。彼女好みに改造が施されたスキル、「フラッシュアウル」。その効果が発動した。
彼女の体を構成する機械群が唸りを上げ、その回避力を最大限まで跳ね上げる。
顔面を、砲弾が掠める。それ程ギリギリの状態で、回避は成された。
ラファルは上手く躱したが、他の人間はそうもいかない。
「あの副砲群だって、何かの視界に頼っていると思うけどな」
何 静花(
jb4794)は、亀の視界に収まらないよう、出来る限り死角を進むことでその攻撃から逃れようと画策した。
が……それは、失敗に終わる。副砲一門一門は、まるで目でも付いているかのように的確に静花へと狙いを付けた。
砲塔を注視して回避しようとした彼女の判断は決して間違ったものではない。敵が一人だけであれば。しかし、亀は幾門もの砲を一人の撃退士に対して照準出来るのだ。
砲の連射が、静花を削り、炸裂する。決して致命傷ではない……が、軽くも無い。嵐のような砲雨を、しかし彼女は抜けた。全身は擦過傷だらけではあるが、抜けきったのだ。
そうして、全ての撃退士が無傷でこそ無いものの突破したところで……亀が、動いた。
まるで撃退士の射程圏内を嫌うように、その身を撃退士から遠ざけるように動いたのだ。
●追撃に次ぐ追撃
「まさか、私達を無視して前進する気ですの!?」
それに対して、もっとも素早く反応したのは橋場だ。亀に向かって進む手を緩めぬまま、その手の中に鈍色の拳銃を顕現させる。少女の手には似合わぬ巨体を誇る自動式拳銃、ワイバーンV70。それが、副砲に向けて連続で吠えた。
数門の副砲がその直撃を受けて、破損する……が、亀は止まらない。さらに距離を取ろうとする亀に対して、さらにラファルが追撃を掛けた。
「十連魔装誘導弾式フィンガーキャノン、斉射!!」
ラファルの掛け声に合わせ、両腕の肘が大型の機械式砲塔へと変化した。その威圧感は、亀の副砲に決して劣るものではない。それが斉射されれば……その結果は、分かり切ったものとなるだろう。直撃を受けた副砲群が爆裂し、亀の動きが一瞬衰える。
しかし、亀の甲羅で更なる動きがあった。主砲が、高速で旋回したのだ。狙いの先に居るのは、間近で狙いづらい撃退士達ではない。
先程の一撃でまだ動きが鈍く、副砲の射程外に居た天風だ。
「静流さん、危ない!」
その狙いに対し、前に出たのはファティナ。主砲の砲撃に対し、彼女は防御を持って対抗したのだ。
一般的に脆いと言われるダアトではあるが、それは物理攻撃に対してのみ。ラファルのマジックシールドは主砲の一撃を受け止め……
「……!!」
本来人間が受けるべきものではない、致死の一撃がマジックシールドを食い潰す勢いで炸裂する。その一撃に負けたマジックシールドが粉砕され……しかし、相殺された。爆風が吹き荒れ、ファティナと天風を押し包むが、それでも耐えたのだ。
「あ、危なかったですね……」
膝をつきそうになり、慌てて体を立て直し。ファティナが、ほぅとため息を吐く。それに対して天風が頷いた瞬間。
亀の左舷後方の足。そこで、轟音が響き渡った。
接近した静花が、掌底を叩き込んだのだ。
亀の足が浮いた瞬間に行われた、打ち下ろすような一撃。しかしそれは、亀の足を止めるには足りなかった。あまりにも体格差があり過ぎるのだ。
「堅いな!!」
堅く、そして重い。そんなものに掌底を打ち込んだのだ。静花の体勢がわずかに崩れた。そこを狙うように、亀の足が振り下ろされる。
「クッ!?」
踏まれるわけには行かない。踏まれようものなら、ミンチどころでは済まない。危ういところで足を躱すが、それでも亀の巨体が地面を踏み抜くのだ、凄まじい衝撃が生まれる。立ち上がろうとする静花の体が、大きく揺らいだ。
それをフォローするのは、ブリギッタだ。
「エクスプロード、イグニッション!」
ブリギッタが引き抜いた剣が、亀の副砲群を薙ぎ払った。轟音と爆音が響き渡り、副砲が原型すら残さず引き剥がされる。しかしその一撃ですら、亀の甲羅には傷一つ付けられないのだ。仕返しとばかりに地面が亀によって踏み抜かれ、その衝撃がブリギッタと静花を弾き飛ばす。
それでも走り込むのは、橋場とラファル。橋場の腕には、パイルバンカーが装備されていた。
決戦兵器、グラビティゼロ。戦艦とは決戦兵器であり、それに対抗するならばこれを使うしかあるまい。
だが、その必殺の一撃は……装甲を、穿ち損ねた。甲殻が音を立てて欠けたが、それだけだ。むしろ衝撃に橋場が押されてしまう。
対し、ラファルが使用するのは……
「もう一発、派手にやってやろうじゃねぇか!」
その手が、再度砲へと姿を変える。一瞬、亀がギクリと動きを止めたように見えたのも決して気のせいではあるまい。
人間が放つには若干規模が大きすぎる砲撃が放たれ……亀の左舷副砲は、壊滅的被害を負った。それでもなお数基が残っているのだから、その数と規模には呆れるしかない。
それでも、その火力はほぼ半減したのだ。
●総攻撃の要を認める
副砲群をほぼ壊滅させたことで、撃退士達は勢いが付いていた。それでもなお……この亀は、厄介だった。
装甲を持って固められた亀の足は、移動するだけでも脅威となる。地面が殴りつけられるたびに、撃退士達は衝撃で大きく後退を余儀なくされるのだ。
「魔法に弱いのは、分かっているんです!」
それでも、人間には知恵と言うものがある。亀の装甲が物理攻撃に高い耐性を示すのであれば、魔法でもって打撃する。ファティナの雷霆の書から放たれる雷剣が幾本も装甲に突き立ち、穴を開けていく。そうして出来た穴には、橋場がゼログラビティを叩き込み、ブリギッタが剣を突き立てて装甲を引き剥がしていくのだ。
そればかりではない。先程の主砲の仕返しとばかりに、天風の振るうヘルヘイムサイスが装甲に突き立ち、紙細工のように引き裂いていく。そんな彼らの攻撃ですら、あまりにも厚く広範囲に渡る装甲を前には苦戦を強いられる。
が……とうとう、撃退士達の猛攻が装甲を打ち砕いた。左舷後方の足。それを守る装甲が、とうとう砕け散ったのだ。
待っていましたとばかりに己の武器を抜くのは静花とラファル。
「装甲さえ剥ければ、どうということは無いな」
ヒュパッ、と。空気を切り裂く音が響き、亀の足へ深々と食い込む。肉が裂かれて血が噴出し……初めて、亀が悲鳴を挙げた。
『…………!?』
痛みから逃れるように足が振られ、まとわりつく撃退士達を一撃で弾き飛ばす。それでも、ラファルが喰い付き続けた。
「どうした亀公、なに怖がってやがる!」
怨、と。周りの人間を震え上がらせる冷気と共に、八岐大蛇が鞘の束縛から解かれた。その一撃が亀の関節に向かって吸い込まれるように突き立ち……とうとう、亀の体が傾いた。
効いたのだ。強靭極まりない足も、さすがに関節を断たれてはどうしようもない。どう、と倒れ込み……そして、頭と四肢を引っ込めた。
「あ、ちょっと……!!」
ブリギッタが眉を顰める。甲羅の破壊はほぼ不可能だというのに引っ込まれては、撃退士達でも手の出しようが無い……無いのだが。
「でも、可愛らしい御鼻が見えてましてよ?」
橋場が引っ込んだ亀の鼻面をグラビティゼロで軽くつつく。確かに甲羅に引っ込むのは間違った選択肢ではない。しかしこの状況では、狙ってくれと言うようなものである。
「爬虫類の頭脳じゃあこれぐらいしか思いつかなかったんだろうよ」
亀の鼻面を見下ろし、にやりと笑みを浮かべるラファル。そんな彼女の座右の銘は、どぶに落ちた犬は沈める。
「ちょっと面倒だけれど、動かないだけ楽になりましたよね」
ファティナが少し笑い、スッと得物を振り上げた。
……そう。足の止まった戦艦などただの的でしかなく……撃沈されるしかないのである。
【撃ち方、止め】