●午前零時のシザーハンズ
暗闇の中に、微かな物音が生まれた。砂利を踏みつける足音が、きっかり六人分。そして、漆黒の色を切り裂くように、パチンと明かりが灯る。
ヘッドライトの明かりだ。それを灯したのは、ベルメイル(
jb2483)である。スッとサングラスを指で押し上げ、彼は徐に拳銃を抜き、味方に向ける。当然、同士討ちを始めたわけではない。マーキングを使って、仲間の位置を把握するのが目的だ。
「この暗闇では、それぞれの班が何処にいるか判断できないからね」
素早い動きで、撃退士達にマーキングが行われていく。
「マーキングは十分間持つはずだから、この依頼の間は大丈夫だよね」
佐乃原 荷礼(
jb8162)が、予めアドレスを交換した端末を通話状態にする。今回のディアボロは、奇襲タイプだ。端末の会話ボタンを押す暇すらも無く行動不能にさせられる危険すらもある。それを考えれば、どれだけ警戒してもし過ぎることは無いだろう。
「それじゃあ、気楽に行くとしようか?」
撃退士達の間に漂う緊張を解すように、高橋 野々鳥(
jb5742)が気楽に歩き出す。それを合図としたように、撃退士達はそれぞれの取り決め通りに移動を開始する。
どこに隠れているのか分からないシザーハンズ。それを暗闇から引きずり出すために。
●北の林班
シザーハンズが現れた廃墟の北に位置する林。そこは、先遣隊がシザーハンズをロストした林だ。その中を、フラッシュライトを翳した佐乃原が歩いていく。
そう深い森ではないが、月すらも出ないこの暗闇では死角だらけだ。相当神経も削れるだろう。しかし、それでも佐乃原の表情は普段通り淡々としている。
そんな彼女の後ろを、暗闇の中を渡り歩くように追尾する影がいる。
敵ではない。この依頼に集った六人の撃退士の一人、紅香 忍(
jb7811)だ。その動きは素早く、佐乃原の振る光は紅香を掠める事すらも無い。彼は目元を覆うナイトビジョンを駆使して佐乃原を攻撃しようとする敵がいないかを確認しながら進む。
そんな彼の動きが、ふと止まった。ナイトビジョンの濃紺色の視界の中で、微かに動いたものが見えたからだ。
「……佐乃原様」
佐乃原に聞こえる、ギリギリの声の大きさで呼びかける。それに反応し、佐乃原は即座に魔具を引き出した。
白銀の輝きを持つ槍、シャイニースピア。それを軽く一振りし、佐乃原は臨戦態勢を整える。しかし、態勢は整えても敵の位置が分からない。一瞬動きを止めた佐乃原の為にも、紅香は素早い動きで攻撃を繰り出す。
彼の両手から放たれた無数のワイヤー。チタンワイヤーと呼称されるそれは、瞬間の動きで空間を切り刻んだ。
●東の林班
シザーハンズが現れた廃墟の東に位置する林。その中を、『トワイライト』が作り出した明かりがふわりふわりと進んでいく。
桜木 真里(
ja5827)とベルメイルの班だ。
「どうして、恋が叶うという噂が殺されるという噂に変わってしまったんだろう?」
ふと思いついたような、桜木の独白に近い問いかけ。それに対して、ヘッドライトをふらふらと揺らしながらベルメイルは首を傾げた。
「確かに、それは気になるところだ……まあ、赤い糸は結ぶ物であって切る物では無い。こうならなくても、どこかで噂は綻んでしまったのだろうね」
そこで、ベルメイルはふと視線を左へ向けた。その視線の先で、一瞬木の葉が揺れる。それを確認した瞬間、桜木とベルメイルの手の中に、それぞれの得物が顕現した。
桜木がすばやく翳すのは、灰燼の書。炎に関するありとあらゆる事柄が記されるというその書は、今にも火の粉と灰を噴きだしそうに見える。ベルメイルが握るのは、デュアルソード。蒼く輝く刀身が美しい双剣だ。
二人は一瞬視線を交わし……桜木の灰燼の書が、高速でページを開く。間髪入れない動きで、炎の剣が狙った先を突き貫いた。
●廃墟班
もっとも最初にシザーハンズが現れた廃墟。その入口で、ふらりふらりとランタンの光が輝く。
「幽霊屋敷とかマジこえーんだけど……!」
赤髪を揺らしながら、佐倉 火冬(
jb1346)が震え声を出す。周囲を落ち着きなく見回しながら、得物であるシュナイデンサイスを油断なく構える。
「いや、どちらかと言えば佐倉君の方が怖いよ?」
二百センチもの間合いを誇るシュナイデンサイス。万が一にも巻き込まれないように大きく距離を取りながら、高橋は廃墟へ踏み込み、あちこちに散らばる瓦礫を騒々しく蹴りつけながら阻霊符を張りつける。彼は、今回囮役として働くのだ。
「先輩頼りにしてるっす! 俺か弱いんで……」
おどけた調子でそんな事を言いながら、佐倉はスルリと廃墟の暗闇へと入り込む。シザーハンズが囮である高橋に食いついた瞬間、逆に奇襲を仕掛けるためだ。
「まあ先輩に任せときなさい! ……先輩もか弱いけどな!」
はっはっは、と笑い声を上げながら、高橋は廃墟の奥へと慎重に踏み込む。
瞬間。先程佐倉が移動した暗闇とは真逆の位置。そこから、鋏が連続して高橋へと射出された。
「……おぉ!?」
シザーハンズだ。撃ちだされた鋏が高橋の体に突き立つ寸前、その体が深い闇に包まれる。
スキル『ナイトドレス』。闇に捕らわれた鋏は大きく勢いを失い、それでもなお高い殺傷力を持って高橋へと殺到した。咄嗟に身を捻るが間に合わず、数本の鋏が高橋の体へと突き立つ。
「気をつけろ、シザーハンズだ!」
しかし、傷は大したものではない。故に、高橋は端末へと叫びながら魔具を振り抜く。直剣、ストームレイダー。嵐の襲撃者の名を関する剣が暗闇に向かって振り抜かれ、小さな火花を生み出す。
シザーハンズを掠めたのだ。その一撃に怯んだように後退するシザーハンズの背後の闇から、突然大鎌の刃が現れる。
「せっかくロマンチックな都市伝説だったのに、なんでこーなんだよ!」
スキル『ハイドアンドシーク』で闇の中に潜んでいた佐倉だ。その体から強烈な冷気が溢れだし、シザーハンズへと襲い掛かる。
スキル『氷の夜想曲』。しかし、それはシザーハンズを眠らせるには至らない。むしろ、反撃に繰り出された鋏に、慌てて後退せざるを得なくなった。
さらに追撃を掛けようとするシザーハンズに対し、横手から高橋が突撃を掛ける。
「ハサミ男、お前の相手は俺だっての!」
シザーハンズの視線が高橋へと向き直り、佐倉から外れる。その隙をついて、佐倉は再度『ハイドアンドシーク』を発動して闇の中へと逃げ込んだ。
しかし、それは高橋が集中攻撃を受けることを意味する。ストームレイダーを守りの形で構えて『ナイトドレス』を発動する高橋に対し、シザーハンズが鋏を振りかぶった。
●午前零時十分
暗闇に包まれた廃墟の中で、幾度も火花が散る。その火花を見た撃退士達は、全速で廃墟に向かって走っていた。彼らの中でも真っ先に廃墟に到着したのは、マーキングで詳しい位置を把握しているベルメイルだ。
「大丈夫か、二人とも!」
「ナイトウォーカーが前衛張って大丈夫なわけないって」
ベルメイルが踏み込んできたのを確認し、高橋は即座に後退する。その体は彼方此方から血が滲み、決して傷が浅いものではないということを伺わせる。
もう一人、佐倉の傷も浅くは無い。一度目の奇襲が失敗した為、シザーハンズが佐倉を強く警戒してしまったのだ。
「俺はか弱いのに、酷い目にあったっすよ……」
目元に向かって流れる血を軽く払い、佐倉も続いて後退する。
「あれはこっちで何とかするよ!」
それを援護するのは、少し遅れて到着した桜木だ。追撃を行おうとするシザーハンズに向かってスキル『スタンエッジ』を発動。強烈な雷撃を叩き付け、スタン状態にする。『氷の夜想曲』には耐えられても、スタンエッジまでは持ちこたえられなかったらしい。シザーハンズはガクリと膝をつき、動きを止める。そこに飛び込んだのは紅香だ。
「……死ね」
シザーハンズの頭蓋に、強烈な打撃が加えられる。体術を駆使して行われるスキル、『兜割り』の一撃が、シザーハンズに直撃した。カッと目を見開き、シザーハンズはフラフラと覚束なげに揺れる。
その隙を突こうと、さらに佐乃宮が突撃を掛けた。その手から空気の炸裂する高音と共に稲妻の刃が現れる。
スキル『サンダーブレード』。それはシザーハンズを貫き、接触面から凄まじい火花を散らす。
しかしシザーハンズも黙っているわけではない。その両腕の刃を振るい、佐乃宮に対して反撃を試みる。
「こいつ、離れろ!」
援護を行おうとベルメイルはリボルバーCL3を引き抜く。しかし、シザーハンズも反撃を受けるという事は分かっていると言いたげに佐乃宮を盾にするような動きをする。紅香が牽制するために攻撃を集中するが、それでもシザーハンズは攻撃対象を変えない。
「しまった……!」
執拗なシザーハンズの攻撃に、佐乃宮の動きが遅れ、ついに体勢が崩れた。咄嗟に振ったシャイニースピアを掻い潜る機動で振り下ろされる鋏に一瞬目を閉じた瞬間、間に桜木が飛び込む。
「攻撃受けるのは向いてないんだけど……!」
翳した手のひらから現れるのは、桜木を守るように広がる巨大な魔方陣。スキル『緊急障壁』だ。それを、しかしシザーハンズの鋏は速度を緩めつつも貫通、桜木の腕を深く斬りつける。さらに追撃を掛けようとするシザーハンズの後ろ。闇からスルリと現れたのは……
「夜更かしは体に良くないぜ!」
佐倉だ。リベンジとばかりに、選択したのは『氷の夜想曲』。その体から再度冷気が溢れ出し、シザーハンズを襲う。
「っしゃあ!」
二度目は、決まった。シザーハンズの体が、音を立てて床に倒れ込む。安堵からか、桜木と佐乃宮がその場に膝をつく。
「こうなればただの的だよねー……こいつを倒せば、俺ってモテモテじゃね?」
ベルメイルに手当を受けて復帰した高橋が、やや覚束ない足取りでシザーハンズの側へと歩み寄る。そして、その手に握られたストームレイダーが、シザーハンズへと突き立てられた。
●午前零時十一分
「恋が叶う頃の君なら会っておきたかったよ」
撃退士達がそれぞれ帰還の準備を始める中。息絶えたシザーハンズに向かって、ベルメイルは独り言ちるように呟く。当然、答えが返ってくることは無い。
その隣で、桜木は首を傾げて考え込んでいた。シザーハンズの噂が途中で大きく変わった理由。それはまさか、より噂に面白味を持たせ、好奇心で人をおびき寄せるためだったのではないか、と。
(……流石に考え過ぎ、かな)
軽く首を振り、桜木もまたシザーハンズに背を向ける。その一方で、佐乃宮は何か都市伝説の取っ掛かりとなるようなものは無いかと周囲を見回していた。
しかし、特に見つかる物も無い。唯一引っかかったのは、廃墟の中で唯一、わずかに埃が積もっていない場所があったことだろう。まるで何かが置かれていたように、そこだけは床が綺麗になっている。
(たまたま……だよね?)
彼女もまた、軽く首を振って廃墟を後にした。残されたのはシザーハンズの死体のみであり……それもまた、ピクリとも動くことは無かった。
FIN