●赤帽子討伐作戦
血に染まる公園の中央。鉤爪と斧にタップリと血を吸わせたレッドキャップは、何かの気配に気づいたように公園の入り口へと剣呑な視線を向ける。
視線の先に居たのは、新たに到着した撃退士の一団。その数は、六人。
「見つけた! これ以上好き勝手はさせないんだから!」
撃退士の一団の中で真っ先に動いたのは、雪室 チルル(
ja0220)だ。
その小柄な体からは想像のつかない力強い動きで、レッドキャップに向かって土嚢を投げつける。見事な力加減で投擲されたそれは、高速でレッドキャップに向かって飛んでいく。
「……!」
ただの土嚢であれば、本来透過能力に任せて無視すればいい所を、咄嗟の動きでレッドキャップは斧を振るう。その一撃に弾かれ、土嚢は鈍い音を立ててレッドキャップの目の前に落ちた。それで、完全に雪室を敵と判断したのだろう。素早い動きで生首を掴み、雪室に向かって投げつける。
「まだまだ行くよー!」
体勢を崩しながら、雪室が抜き放ったのはツヴァイハンダーFE。
雪室の身長を優に超す長さを誇るそれは、エストックのような細身の刃を持つ。その刀身は、突き出された瞬間強烈な冷気と共に氷結晶の道を作り出す。
氷砲『ブリザードキャノン』。その一撃は、しかし万全の状態から放たれたものではない。レッドキャップは素早い動きでそれを避け、ブリザードキャノンは投げつけられた生首と土嚢を穿ち、破裂させるだけに終わった。破裂した土嚢はレッドキャップを中心に大量の砂をばら撒いていく。
無論、これも作戦のうち。砂を撒き、血に濡れた足場を整えようという撃退士の策だ。
「生首を怖がってる場合じゃなさそうですね……」
本当なら、すぐにでもレッドキャップに一太刀を入れたいところだが……あまりにも、足場が悪い。神雷(
jb6374)も地面に素早く砂を撒きながら、傍らにいたヴォルガ(
jb3968)に対してスキル『風の烙印』を掛ける。ふわりと風がヴォルガを包み込み、彼を敵の攻撃から守ろうと展開する。
とはいえ、レッドキャップもそれを無言で見過ごすわけが無い。次の瞬間、その枯れ枝のような足が地を蹴り、凄まじい瞬発力を持って撃退士達を襲おうとして……
「これはこれは……滅ぼし甲斐の有る個体ねぇ……」
その身を、漆黒の閃電が刺し貫いた。その後を追うように、空気が張り裂けた事を示す轟音が響き渡る。
『L’Eclair noir』と呼称される雷撃魔法。それを放ったのは、卜部 紫亞(
ja0256)だ。彼女の指先には未だ雷撃の残滓が残り、ボンヤリとした明かりに照らされている。
さしものレッドキャップも、この一撃には辟易したらしい。左手の鉤爪が腰に掛かっていた生首を再度掴み、そして投げた。
その投げ方は、ダメージが残っているのか先程と比べて酷く不格好だ。それでも、威力は決して馬鹿にできるものではない。意外な速度を持つその一撃を、卜部はギリギリの動きで躱す。そうして地面を転がった頭部は……
「痛い、いたい、イタイィィイイイイ!」
目を大きく見開き、耳まで裂けそうなほど口を開け、叫び始める。その生首の口に、すぐさまガムテープを張ったのは桜木 真里(
ja5827)だ。
「こんなこと……」
それでもなお叫ぼうとする生首を公園の隅に向かってそっと移動させ、桜木は怒りを込めてレッドキャップを見据える。このような事をしたディアボロを、許すわけにはいかない。そんな意志が、視線に宿っていた。
「うわぁ、悪趣味ー。戦利品のつもりなのかな?」
ヒュン、と軽い風切音と共に、一人の少女の手の中に長大な刃が現れる。その長さゆえに扱いの難しい大太刀。それを軽々と鞘から解き放ち、神喰 茜(
ja0200)は微かに笑みを浮かべる。。その手に収まる大太刀・八岐大蛇は武器とは思えないほど美しく、夕焼けをその刀身に映して紅く輝いていた。
そのまま、神喰の動きは止まらない。鮮血に染まったような緋色の髪がフワリと揺れ、次の瞬間には金色に輝き始める。代わりというように、彼女を包む光纏はより深い紅色を帯びた。
『剣鬼変生・金色朱羅』。神喰の、力を渇望する精神から生み出されたスキル。
「貴方の首、頂くよ」
剣鬼が、レッドキャップに向かって突き進む。その、無造作な前進に対して、レッドキャップは即座に反応した。
右手に握られた斧が高速で振り抜かれ、神喰を襲う。レッドキャップにとって渾身の一撃であったそれは、しかし神喰の髪を数本斬っただけに終わった。
レッドキャップの攻撃はギリギリで躱したが、無論体勢は崩れてしまう。その隙を突くようにレッドキャップが振り上げた鉤爪を、横合いから突き出された刃が迎撃した。
「我々は、一人で戦っているわけではないのだ」
その刃の持ち主は、ヴォルガだ。まるで死神のような風貌の彼が握るのは鈍い漆黒の刀身を持つ大剣、アイトヴァラス。
「お前に明日は拝ませない」
ヴォルガの一撃が空を引き裂き、レッドキャップを左から襲う。その一撃をギリギリで躱すレッドキャップに向かって放たれるのは、桜木の放つ雷撃。万全の状態ではないレッドキャップでは当然避けられるはずもなく、その足を雷光が貫く。
「ほらほら、ドンドン行くよー!」
そうして隙が出来れば、微かな冷気と共にツヴァイハンダーFEがレッドキャップへと襲い掛かる。
体勢を立て直して合流した雪室だ。その一撃を斧でいなし、レッドキャップは雪室へと向き直る。
「どうしたのさ、掛かってこないの?」
ツヴァイハンターFEを肩に背負い、雪室がレッドキャップを挑発する。それに反応し、レッドキャップが一気に雪室へと飛びかかった。
その動きはあまりにも唐突で、そして素早い。ヴォルガの反応が遅れ、振り抜かれた斧とツヴァイハンダーFEがガチリと噛みあう。それと同時に、左手の鉤爪が雪室の首筋めがけて突き込まれた。
「雪室さん……!」
思わず桜木が声を上げるが、鉤爪は彼女を傷つけることは無かった。
「先遣隊は各個撃破されたようですが、私達はそうは行きません!」
鉤爪に対して鈍い輝きを放つ包丁が突き込まれ、その侵攻を妨げていたからだ。さらに、枯れ枝のような右手に向かって肉厚の鉈が振り下ろされる。
レッドキャップの死角を移動していた神雷、その得物である両面宿儺だ。血がこびり付いているのではないかと錯覚する程不気味なオーラを纏ったそれは、レッドキャップの右腕こそ外したものの手に握った斧にぶつかり、火花を散らす。
「良くやった、神雷!」
その動きに合わせて、ヴォルガが鉤爪に向かってアイトヴァラスを叩きつける。意外と頑丈なのか、鉤爪はアイトヴァラスの斬撃を受けても折れず、耐えきった。
四方から行われる攻撃にレッドキャップは狙いを絞り切れず、ただキョロキョロと周囲を見回すばかりになる。如何に強力な力を持っていようと、単独では六人もの撃退士の連携に対抗することは出来ないのだ。
「ほらほら、どこ見てるのさ!」
先程の仕返しとばかりに、雪室の刺突がディアボロの肩を切り裂く。その一撃にディアボロが怯んだのを確認し、桜木と神喰が動いた。
「行け、マジックスクリュー!」
桜木の腕の中で生まれた魔法の渦がレッドキャップを包み込み、混乱させる。レッドキャップの動きが間違いなく鈍くなったことを確認し、神喰は八岐大蛇を渾身の力を込めて振り抜く。
「よし、良い手応えだ」
直撃だ。ベキッ、と耳を覆いたくなるような鈍い音が響き渡り、レッドキャップの体が紙細工のように吹き飛ばされる。その左腕の鉤爪は、間違いなく砕け散っていた。
地面に叩きつけられたレッドキャップは、必死に立ち上がろうとして、しかし膝を折って倒れ込む。あまりにも強烈な威力を誇る神喰の一撃に、意識を持っていかれてしまったようだ。
「今がチャンスですね、行きます!」
もちろん、その隙を見逃す撃退士達ではない。神雷が両面宿儺を手に走り寄り、レッドキャップの右腕に向かって叩きつける。
パッと飛び散った血が、神雷の狐の面に降りかかる。かなり強力な一撃だったのだろう。レッドキャップの腕はほぼ両断され、持っていた斧を取り落とした。
しかし、その一撃が引き金となったのだろう。レッドキャップは素早く跳び起き、後ろへと飛び下がる。鉤爪を失った左手は即座に生首を掴み、撃退士達に向かって無差別に投げつけ始める。
「くっ!?」
「死にたくない、しにたくない、シニタクナイィィイイイイ!」
中でも、完全に不意を打たれた桜木と攻撃の直後で体勢が崩れていた神雷が生首の掠った勢いで転倒してしまう。彼らの側で生首が叫び声を上げ始めると同時に、レッドキャップが桜木に向かって全速で走り始める。
「うるさいわね! 邪魔をするなら吹き飛ばすわよ!」
足元で叫ぶ生首を蹴りつけながら、雪室がレッドキャップに向けて氷砲ブリザードを放つが、その一撃はレッドキャップを掠っただけで外れてしまう。
「ちぃ……こいつ……!」
ヴォルガの放った斬撃が、レッドキャップの足を斬りつける。しかし、それもレッドキャップを完全に止めるには至らない。少し速度を落としつつ、それでもなお走るレッドキャップ。その足を止めたのは、地面から無数に湧き出た白い腕だ。
「そんなになっても、ずいぶん元気なのね」
卜部が、退屈そうな視線をレッドキャップへと向ける。彼女が発動させたのは、拘束魔法である『 La main de haine』だ。腕に絡みつかれて動きを封じられたレッドキャップに向かって、神喰がツカツカと歩み寄る。
その手に握られた八岐大蛇が、獲物を求めるようにチラリと光った。
必死に逃げようと足掻くレッドキャップの側に立ち、彼女は八岐大蛇を大上段に振り上げる。
「貴方だって、同じことを人にやったんだよね?」
じゃあ、自分も同じ目にあってみたらどうかな?
次の瞬間、まるで処刑台のギロチンのように大太刀が振り下ろされ……レッドキャップの首が、一撃で斬り落とされた。まるで、椿の花が落ちるように、呆気なく。
●すべてが終わった、その後に
戦いが始まる頃にはまだ明るかった公園も、陽が沈むと同時に一気に暗くなってしまう。もしも討伐に手間取っていれば、戦闘はかなり困難になっていただろう。
「貴方達に、思いがあったのかどうかは分からないけど……」
レッドキャップが倒れた後。残された生首は、声一つあげることも無く、ただ静かに目を閉じた。それを出来るだけ丁寧に布で覆い、桜木はそっと頭を下げる。
その一方で、レッドキャップの首を見ながら、ヴォルガは首を傾げていた。
(赤帽子……短期戦滅の効果は絶大……だが、本来複数で動いてこそ真の力を発揮するディアボロのはずだ)
実際、レッドキャップは撃退士達の連携の前には脆く倒れた。しかし、もしもこれが二体や三体など複数いた場合、相当手こずることになったはずだ。
(まさか、今回は実験的なものか……? だとしたら少々不味いな……)
ヴォルガの問いかけに、生首たちは何一つ応えない。レッドキャップの空虚な瞳も、ただヴォルガの顔を映して鈍く光るばかりであった。