非リア充(基準不明)が全滅した砂浜。当然一般人はすでに退避している。おかげさまで、本来は海水浴客で賑わう浜辺も今はたった二人……いや、二体のディアボロだけのプライベートビーチだ。
当然、そんな状態をいつまでも許しておくほど撃退士たちは甘くない。すでに学生八名が久遠ヶ原学園から派遣されている。
「「やあやあ『親愛なる』天魔の皆々様! リアルは充実していますか?」
『してますかー!』
全員腕利きだ。それは間違いない。今両手に装着したパペット人形とともにディアボロへ呼びかけた小宮 雅春(
jc2177)も、当然優秀な撃退士なのだ。
ただ、相性というものがある。どうしても覆せない相性というものはどうしても存在する。それでもある程度の優劣であれば覆すのが撃退士という存在だが……
『アハハハハハ!』
言葉を紡ごうとする雅春へと連続して矢が襲い掛かる。まるで言葉を封じるような速射だ。
「逃ーげろー!」
『キャハハハハハ』
砂浜の上だというのに雅春は華麗なステップでそのすべてを躱す。ステップとディアボロの攻撃で濛々と砂煙が巻き上がり……
「行け、フェンリル!」
その中から、召喚獣フェンリルが飛び出した。
「やったか!」
傍らに立つ真里谷 沙羅(
jc1995)と手を重ねながら、ミハイル・エッカート(
jb0544)が空いた右手をぐっと握る。彼は沙羅という恋人のいる『リア充』であり、なおかつフェンリルの使用タイミングはディアボロが雅春に注視した瞬間。完璧なタイミングである。
が……
『キャウンッ!』
「なっ……!?」
砂煙の中から、フェンリルがはじき出された。その体には、刺さりこそしなかったが幾本かの矢が叩き込まれた形跡がある。
「まあ、大丈夫ですか? すぐに治療を……」
フェンリルが受けたダメージは、当然ミハイルにもフィードバックされる。大したダメージではないが、怪我は怪我だ。即座の動きで沙羅はミハイルの治療を開始する。
「ありがとう、だが……」
戻ってきたフェンリルをもふもふと抱きしめながら、ミハイルは眉をひそめる。フェンリルには、確かに恋人がいない。つまり……まさか。
「フェンリルは非リア充枠?」
「フェンリルさんは非リア充……?」
おそろいのラッシュガードを風にはためかせ。困った顔でこちらを見るフェンリルを撫でながら二人は顔を見合わせた。
「リア充はイチャイチャすることではない、如何に生活が充実している、満足しているということやで」
砂浜を、季節外れな雪玉が飛びまわる。九頭龍晴明(
jc2343)が符から射出するそれは、いずれもディアボロに当たる前に砕けて消える。
彼のいうことは至極真っ当であり、リア充とは本来そういうものだろう。だが、このディアボロに正論は通じない。相手は、ゆがんだ形で顕現した『リア充』なのだから。
「一昔前は、友達が一人でもいればリア充だと聞いたものですが……言葉は移ろいゆくものですねぇ」
先ほど避けきれず額に刺さった矢を放り投げ、雅春がやれやれと首を振って見せる。あらゆる非リア充――フェンリル含む――攻撃を粉砕し、ケタケタと品のない笑いを見せるディアボロに、二人はげんなりとした表情を見せた。
「イチャイチャするだけがリア充じゃないやろうに」
と。晴明の漏らした一言に、ディアボロが反応した。二人同時に弓を構え、晴明めがけて集中的に攻撃を開始する。
「おや、怒ったん? なんや、イチャイチャするだけって自覚があったんか?」
大半の矢を躱し、あるいは弾き、しかし全てを防ぐことは不可能だ。数本の被弾を覚悟し、防御姿勢を取った瞬間。
「んー……見かけだけリア充のディアボロに笑われるのもなんだか、ねぇ?」
二人、同時に前に出た人影がいる。蓮城 真緋呂(
jb6120)と米田 一機(
jb7387)のカップルだ。真緋呂の手の中にはアウルが集まっており、
「このレベルなら負けるわけがない」
不敵な笑みと共に障壁が展開された。激しいスパークと共に九頭龍を狙っていた矢が食われ、消えていく。しかし、ダメージこそないものの衝撃がすべて失われるわけではない。
「おっと……」
被弾したはずみにパーカーがはだけ、水着に包まれた真緋呂の胸がたゆんと揺れた。
その様子を隣で見ていた一機が、慌てた様子で目をそらす。
「やだなぁ、こっちじゃなくてあっち気にしてくれないと」
「あ、いや、ちが……見てない見てないほんとだって!」
「えー、見てたよ。ガン見だったってば」
戦闘中にもかかわらずイチャつく二人だが……要はその程度の相手なのだ。
所詮ディアボロたちのいうリア充とは、想像で行われるおままごとに過ぎないのだから。
「やはり、恋人がいないと攻撃が通らないようだね」
「恋人? 旦那様でもよろしいですか?」
戦場からやや距離が空いた場所で。美森 仁也(
jb2552)と美森 あやか(
jb1451)が首を傾げる。米田と蓮城の振るう直刀は確実にディアボロを削っているが、一方でミハイルが送り込んだフェンリルは弾かれた。
敵の特性が不確かだ。それゆえに、仁也は慎重にあやかを背に庇う。
「俺の大事な御姫様、俺の後ろにいなさいね」
その言葉に、あやかはこくんと頷いた。もともと戦闘が得意なほうではないのだ。が、もちろん黙ってみているだけではない。
「旦那様、気を付けてくださいね」
そっと彼の背に手を添えて加護を掛けながら。彼女は内心で決意する。
(カオスレート的にお兄ちゃん不利だし……あたしも大事な愛する人を護ってあげられますから)
拳を握り、手の中にアウルを貯める。いつでも旦那様を、お兄ちゃんを護れるように。そんな彼女の思いを知ってか知らずか、仁也はゆっくりと小銃を構える。
そして、ディアボロと撃退士たちが十分に間合いを取った瞬間。小銃が、跳ね上がった。
「フェンリルさんに名前ですか……?」
ミハイルの治療にあたっていた真里谷が、背後で撃たれて吹き飛んだディアボロをしり目に首を傾げる。その姿すらいとおしいと思いながら、ミハイルはフェンリルを抱き上げた。
「そう、二人で名前を付ければ、召喚するたびに真里谷のことを想うことができるから!」
「それでは……そうですね……」
ルピナス、という名前はどうでしょう? 意味は……
「ただ愛というだけならば、攻撃が通らない道理はないはずですが……」
「僕は本を読んだり、動物と遊んだりすることで充実してるんやけどな……」
集中的に狙われる非リア充枠――本人たちとしては非常に不本意だろうが――の雅春と晴明が、とうとう膝をついた。その様子を見てディアボロたちがヘラヘラ笑おうとした瞬間。
「のこのこ来なければ、やられなかったのに!」
「やられなかったのにねぇ?」
一機と真緋呂の二人が飛び込んだ。特に真緋呂の斬撃が剣呑だ。明らかに腕を絡めるディアボロ二人の腕切断を狙っている。互いを思いやることもない全速での退避だ。その様子に、二人はふんと鼻で笑う。
「ふははは、怖かろう!」
「相手が攻撃にさらされても庇いもしない……そんな男、別れたほうが良いわよ」
二人の言葉がよほど聞いたのか。逃亡しかけていたディアボロが、怒りの表情で踏みとどまり……
「今度こそ……いけ、ルピナス!」
そこに、再度フェンリル……いや、『ルピナス』が飛び込んだ。
一瞬ひるんだディアボロたちは、すぐに余裕の表情を取り戻す。何しろ、先ほどルピナスの攻撃は防ぐことができた。ならば、今度も防げるに決まっているのだから。
「ルピナス、ラテン語で狼を表すループスが語源です」
ミハイルの傍ら。沙羅が、名前の由来をすらすらと説明していく。
「ループスの花言葉は、いつも幸せ。そして、あなたは私の安らぎ」
これで、ルピナスさんは私の想いも籠りました。つまり、リア充枠ではないでしょうか?
ディアボロが消え、平和を取り戻した砂浜で。撃退士たちは、それぞれの休暇を満喫する。あるものは遠慮なく海で遊び、あるものは砂浜で城を作り。
「どーん!」
真緋呂の飛びつき体当たりで、一機が海中に没する。十秒ほど浮いてこず、真緋呂が慌てて海中を探った瞬間。
「おらぁ!」
ワカメを頭に乗せた一機が背後から現れ、仕返しとばかりに海へと引きずり込んでいく。
「いやぁ、ごめん許してっ!」
砂浜に、快活な笑い声が響く。二人は、どうやらアグレッシブに楽しむ派らしい。
一方のミハイルと沙羅は静かなものだ。
(水着姿は少し恥ずかしいですね……)
戦闘も終わり、ラッシュガード姿でゆったりと泳ぐ二人だが……沙羅はといえば、照れくさそうに頬を染めている。
「……神よ、俺に出会いをありがとう」
そんな彼女を見て、ミハイルは神妙な顔で天に感謝を捧げていた。
「たまにはこうして遊んだりするのもいいですねー」
そんな彼らを尻目に、晴明はのんびりと浜辺で砂の城を築城する。それだけみればほほえましい光景なのだが……さて、なぜ久遠ヶ原学園指定の女子水着を身にまとっているのかは不明である。実によく似合っているが……
昼に遊ぶ学生ばかりではない。中には、夜の海に魅力を感じる学生もいるようだ。例えば、美森夫妻がそれにあたる。
「月の輝く中を、波打ち際で手を繋いで歩きたいです」
なるだけなら妻を人目に晒したくない、というのが仁也の意見であるが……夜の海であれば、人目もないだろう。きらりきらりと月光で輝く海の側を、二人はゆっくりと歩いていく。いったいどのような会話をしているのか。それを報告書に記載するのは、あまりにも野暮というものだろう。
さて。ディアボロには効果がなかったが、れっきとした恋愛対象を持つ学生だっている。そう、恋愛対象は、必ずしも人間であるとは限らないのだ。
「仲良き事は美しき哉、ってね。ねえ、ジェニーちゃん?」
両手の人形と戯れながら、雅春は怪しく笑みを浮かべる。それが本心からの言葉なのか、それとも奇術師としての振る舞いに過ぎないのか。彼の目を見れば、答えは一目瞭然だろうが……
Fin