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まだ日は落ちていない。太陽は空に輝いている。なにせ、今は昼間だ。だというのに、森の中は酷く暗い。不安に駆られて頭上を見上げたとしても、枝葉の間から漏れるわずかな陽光しか見る事は出来ない。
ゲートで世界から隔絶されてしまったのではないかと疑ってしまう程深い森の中。進軍するのは六人の撃退士。事件発生からわずか数十分の間に、それぞれが的確な装備の調達を完了していることは称賛に値するだろう。
目を覆うバイザーを身に着け、或いは手に手に光源を握り、這いまわる木の根を避けながら疾走する。
撃退士達がハイペースで進軍を行っているのも、一部の撃退士が速度を活かして先行しているからだ。
先行しているのは、一人の天魔と一頭の駿馬。背に生やした翼で飛行する天魔は、木々を躱すことなど意識せずただ一直線に飛行を行う。彼の行く手を阻もうとした枝葉は、まるで煙を裂くように何者も捕える事が出来ない。
逢見仙也(
jc1616)。物質透過で天魔と同様のルートを選択できる彼ならではの進軍方法だ。
もう一頭、金属質な甲殻に覆われた駿馬もまた、よく見れば地面に一度たりとも足を付けていないことが分かるだろう。
バハムートテイマーの召喚獣。ミハイル・エッカート(
jb0544)の呼び出したスレイプニルだ。彼らは暗闇の中に点々と残る村人の血痕を素早く確認しながらも、時折頭上へ注意を払うのも忘れない。
これは、地上を走る他の撃退士達も同様だ。わずかな時間しか無かったが、村を検分した撃退士達はとある感想を抱いていた。
「足跡が無い」
透過したとしても、足跡まで消すことは出来ない。当然だ、地面まで透過すれば地の底まで沈み込んでしまうのだから。そう考えた上で、ミハイルは全員に注意喚起を促していた。
敵の正体は、恐らく飛行が可能なタイプのディアボロかサーヴァントであり……
「やはりいたか」
最初に気付いたのは、ルーカス・クラネルト(
jb6689)だった。インフィルトレイター特有の鋭い視線が枝葉の中から飛行組を狙っていた何かを捉え、即座の動きで得物が掲げられる。
PDWが激しく火を噴き、しかし全ての弾丸は標的から逸れた。弾かれた葉が数枚落ち、代わりというように慌てたような羽音だけが遠くへと逃げていく。
「あっ……外れちゃいました?」
タンッ、と。桜色の着物をはためかせ、木々の間を飛ぶように移動していた不知火あけび(
jc1857)がルーカスの傍らへと着地し、悔しそうに刀を鞘へ戻す。その様子を見て苦笑しながら、ルーカスは宙を指した。
「村人を運んでいる可能性があった。不確定要素で動くよりは、作戦に忠実に……だな」
彼が指し示す先。既に飛行組が手負いの敵を追って速度を速めている。
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「ん、先行組が追いついたようやね」
先行した逢見とミハイルが作り出す銃火を確認し、クフィル C ユーティライネン(
jb4962)が頷く。彼女達地上班と飛行班で敵を挟み撃ちにすることがこの作戦の骨子だ。
「せやけど、敵の正体はなんなんやろか。鳥っぽいっていうのは分かるけど……それに、どれが村人を運んでるんやろ」
敵との間合いは高速で狭まりつつある。しかし暗い森の中を飛び回る敵の正体は、いまだにはっきりと掴めない。さらにいうならば、敵が村人を掴んでいるのかどうかすら不明だ。
「んー……どうやら村人を連れている個体と、連れていない個体が入り混じっているみたいだね。区別をつけるのは難しそうだ」
生命探知で敵を精査していた藍那湊(
jc0170)が、小さく頭を振りつつ答えた。この暗闇で、しかも戦闘時の咄嗟の動きで村人を避けるのは至難の技だろう。
「多少はタネも仕掛けも持っているんだけどね」
そう言って、藍那は手の中の符を軽く握りしめた。
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「逃がすわけにはいかねぇな!」
幾度目かの掃射が、敵の足を止める。が、同時に村人の悲鳴も微かに聞こえた。その悲痛な叫びに、ミハイルはわずかに眉を顰める。
敵は飛行することで不安定な地形を躱し、なおかつ自身のみが透過することで悠々と高速飛行を行っている。彼ら飛行組が足止めを行わなければ、捕捉は非常に困難だっただろう。
しかしそれは、地上組との間にわずかながらインターバルが開くという事だ。地上組との合流が敵わない限り、攻勢に出るわけにはいかず……
「逢見、まだか!」
「まぁまぁ、もう少し待ってください」
どこか余裕すら見える態度で、逢見は地上を確認する。その動作と、地上班が『射程範囲』に入るのはほぼ同時。
「あぁ、もう頃合いですね。藍那さん!」
今まで透過していた木の幹に背を預け。彼の呼び声に呼応するように、藍那が手の中の符へと力を籠める。
阻霊符。それは、設計された通り過つことなく力を発揮し、範囲内での投下を不可能にした。それに伴い、ディアボロ達の翼が枝葉に捉えられ、村人という重い荷物を持ったディアボロ達は耐えきれず地面に着陸を図る。
そこに、怒涛の勢いで地上班の撃退士達が飛び込んだ。
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「これは……八咫烏か」
手近に落ちてきた敵の羽を撃ち抜き。ルーカスは敵の機動力を的確に削ぎながらつぶやく。黒い羽毛に、三本の足。それぞれの足に村人を一人ずつ捕え、八咫烏が耳障りな悲鳴を上げていた。
「村人さん傷つけさせるわけにはいかんもんなぁ!」
ルーカスを啄もうと一羽の八咫烏が嘴を伸ばした瞬間。即座の動きで、クフィルが間に割って入った。瞬時に結ばれるのは陰陽師が得意とする術式の印。
「奇門遁甲!」
指先のスナップで八咫烏の顔面へと叩きつけられたそれは、即座に八咫烏から方向感覚を奪い取る。これに混乱した八咫烏が攻撃を外した頃には、背に背負われていた物干し竿が既に刀身を輝かせており、
「はぁ……!!」
一閃。その一撃だけで、八咫烏の三本の足が全て宙を舞った。円を描いて繰り出された斬撃は、それを防ごうと村人を離した一本目の足を両断し、反応すら出来ていなかった二本目、三本目をあっさりと切り裂いたのだ。自由になった村人は、地面に倒れ込みながら必死に逃げ出そうとする。
そんな村人を追撃させないように牽制しつつ、ルーカスと藍那が回収していく。回収しながらも周囲の八咫烏に追撃を加えていく手腕は見事と言えるだろう。
しかし、墜落した八咫烏は十匹程。木々が邪魔で上手く動けないとはいえ、決して少ない数とは言えない。如何に手練れの三人とはいえ数の上で不利と言えるだろう。
……ただ。八咫烏の並びが悪かった。阻霊符の影響で木々の隙間へはじき出された八咫烏たちは、図らずとも一部が直線に並んでいたのである。
当然、その隙を逃すはずがなく。
「参ります!」
八咫烏がその声に反応し、一斉に上を見る。そこに見えたのは、木の幹を蹴って宙へと躍り出た不知火の姿。腰の刀は既に鯉口を斬られ、淡く雷光を放っている。
「これでまた少しはサムライに近づけた、かな?」
斬、と。振りぬかれた刀は、過つことなく八咫烏の首を捉えていた。一つ頭が落ち、二つが首から血を噴き。その雨を浴びながら、不知火は倒した八咫烏の下から村人たちを救出する。
透過術を使えば上空からの奇襲で撃退士達を苦戦させただろう。しかし種が割れてしまえば所詮この程度。彼らは、自ら不利な戦場を選んでしまったのだ。
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上空では、まだ攻防戦が続いている。敵の数は減ったと言っても、いまだに三羽がミハイルと逢見を狙っているのだ。しかも、一羽は未だに村人を掴み、振り回して離さない。
その様子を確認し、ミハイルが吠えた。
「いつまでも人間が捕食される側だと思うな、このクソ野郎! 俺が地面に叩き伏せて、力の差を見せ付けてやるぜ!」
彼の声に合わせ、スレイプニルもまた森中へ響くような嘶きをあげる。これが効果を発揮したのだろう、今まで誰を攻撃するか狙いを絞りきれていなかった八咫烏が、ミハイルへと狙いを絞る。それはつまり、村人から意識が逸れるという事だ。その隙を突くように、ミハイルの放った弾丸は八咫烏の足を削り、村人たちを開放していく。当然翼のない村人は落ちるが、
「おっとっと!」
下で待機していたクフィルと藍那達が、なるべく傷に響かないように抱きとめていく。
「人間を渡す気はないですよ? 一応人間側ですし」
救助状態では、撃退士とは言え無防備だ。それ故に逢見は無傷の二体を同時に相手取っていた。豊富なスキルを持つ彼だが、それ故に状況に合致するスキルを選ぶのは非常に難しい。とはいえ、この状況に最善となるスキルもようやく絞り込んだ。
「ディアボロは友達ですねぇ。なにしろ――」
両腕から、光り輝く鎖をじゃらりと垂らし。それを警戒して距離を取ろうとする八咫烏目がけて、最大の笑みを見せながら鎖を叩きつけた。
「――刻んで砕いても問題ない、利用すると便利な楽しい遊び相手ですから」
鎖にからめとられた八咫烏が、地面へと叩きつけられる。その後を追うように、彼もまた地面目がけて飛び込んだ。
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「まだ戦闘に参加していない烏がいたなんて……」
「常に最悪の事態を想定して行動する。軍人の鉄則だ」
戦場から少し下がった位置で。村人の治療にあたっていたルーカスと不知火が嘆息する。側には、胸部を撃ち抜かれて動かなくなった八咫烏の死体がある。
もしもルーカスの索敵が甘かったら、頭上から奇襲を仕掛けてきたこの個体に対応するのは非常に手間となっただろう。他に察知できたとすれば藍那の生命探知だろうが……
「あちらはあちらで、生存者の捜索に忙しいだろうからな」
生き残った村人の数を数え。二人は微かに表情を暗くした。
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「あと四人足りない……!!」
生命探知も駆使して。藍那が、既に消えつつある八咫烏の死体を探り、腹を裂いていく。しかし、見つかるのは数少ない犠牲者の遺体――事件が発生した際に、見せしめで食われた者の遺体だけだ。
それでも、諦めるわけにはいかない。過去のようなことを繰り返させるわけにはいかない。これ以上、人々が死んでいくのを黙ってみていることは出来ない……
「あれ。中の様子は見えるか?」
必死に刀を振るう藍那の肩を叩き。ミハイルが、一体の八咫烏を指さす。よくよく見れば、その腹はほんのわずかに動いており……
「…………生存者、発見!」
信じられないという表情で、藍那が叫んだ。
「最後の一人は丸のみにされていたから助かったとは。子供でなければ死んでいたでしょうね」
村人たちを病院へ搬送した後。逢見は驚いた様子で小さく首を振る。藍那によって救出された最後の一人も含め、村人たちは全員命に別状はないという。
「それでも……全員を助ける事は出来なくて……」
暗い顔でため息を吐く藍那の前に、ぬっと箱が差し出される。書かれている言葉は、『銘菓久遠ヶ原饅頭』。
「みなはーん、いつもうちのらーちゃんがお世話になっとりま。これ詰まらんもんですけれどー」
にこにこと、クフィルが全員へ菓子折りを渡していく。ずっとバッグの中で出番を待ち続けていたのだろうか、心なし箱は暖かくなっているような気がした。
「…………」
どうしようか、と箱を持ったまま考え込む藍那に、不知火が饅頭を一つパスする。
「美味しいですよ? 依頼も終わったんだし、気分転換にどうでしょう?」
不知火に勧められるまま口に運び。思わず、頬をほころばせた。
「ん……凄く甘い……」
それに釣られるように撃退士達はそれぞれ饅頭を口に運び……同じように、頬を緩めた。
Fin